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神戸地方裁判所尼崎支部 昭和28年(ヨ)59号 決定 1953年4月16日

申請人 日本鉄鋼産業労働組合連合会大同鋼板労働組合

被申請人 大同鋼板株式会社

主文

被申請人は申請人に対し、昭和二十八年四月十一日附通告に基く、昭和二十八年四月十三日第一班勤務時間から同年同月十八日第三班勤務時間迄の間、尼崎工場勤務組合員に対して施行した工場閉鎖は団体交渉再開の申入れに応じない限り之を取止めねばならない。

其余の申請は棄却する。

(無保証)

事実

申請人は、申請の趣旨として、(一)被申請人は申請人の申入れた団体交渉に応じなければならない。(二)被申請人が昭和二十八年四月十一日なした、同月十三日から同月十八日迄、尼崎市杭瀬字新田二十二番地所在の尼崎工場の閉鎖を行う旨の通告に依る右工場の閉鎖をしてはならないとの決定を求め、其申請の理由として、被申請人は鋼板を製造する会社、申請人は被申請人会社の従業員を以つて組織する組合である処、申請人は昭和二十八年二月十八日被申請人会社に、平均三千五百八円の賃上要求を申出たのに対し、被申請人は同月二十八日全面拒否の回答を為して来た。其後労働協約第十八条に基き工場協議会を開き交渉したが、進展せず三月二十六日同協議会は決裂し、同月三十一日団体交渉を行つたが之も決裂し、更に四月八日団体交渉をしたが、之も決裂した。其斗争経過は別紙経過書の通りである(別紙は省略する)。

其後申請人は屡々団体交渉を申入れたが、(四月八日、九日、十一日、十三日)被申請人は何時も之を拒絶して応ぜず、却而四月十一日組合に対し四月十三日から四月十八日迄、尼崎工場を閉鎖する旨を通告して来た、其結果終に四月十三日工場を閉鎖するの不法を犯したのである。

申請趣旨第一項の団体交渉応諾の義務について謂うならば、労資双方は元来争議解決に努力すべきで、此義務は労働関係調整法第二条を待つ迄もない、本件当事者間の労働協約も又其第二十四条に於て之を明記している。従つて被申請人の交渉再開の申込を拒否しているのは全く協約違反である。

次に同第二項の工場閉鎖について謂うならば、資本家が争議行為として、作業所閉鎖を為し得るのは労調法第七条を待つ迄もないが、(尤も労働者に争議権が権利として存するのに対し、資本家に権利として争議権があることを否認する)、本件工場閉鎖は組合側の交渉再開を拒否しながら、工場閉鎖を断行したもので、資本家の争議行為としては違法である。殊に協約第二十四条に交渉に応ずる義務を特約しているに於ておやである。

要するに斯る工場閉鎖は違法な争議行為であるのみならず、協約第二十四条に違反するものであると陳べ被申請人の陳述に在る四月十四日及十五日団体交渉が再開されたことは認めると附陳した。

(疎明省略)

被申請人は本申請は却下されるべきものと陳べ、理由として、申請人は被申請人が申請人の団体交渉申出を拒否したと、主張するけれど此の賃上交渉は疎第一号に在る如く、昨年十月から継続し数次会社と組合と協議した結果、越年資金の妥結に依つて一応之を棚上として打切られ、本年二月十八日改めて鉄鋼労連の統一闘争の形で再要求されたものである。之について両者は三月四日、十二日、二十六日の三回に亘る工場協議会を経て、更に同月三十一日、及四月八日の弐回に亘つて団体交渉を為したけれども終に決裂したものである。

其後申請人から団体交渉の申入があつたけれども、両者間の情勢には何等の変化なく、唯組合が従来の要求を繰返し強行せんとするのみで、団体交渉を為す意味がないので、被申請人は組合情勢の変化のある迄団体交渉を延期するのを相当と信じて、応じなかつたのである。

尤も其後四月十四日及十五日には団体交渉を再会している。従つて会社は理由なく団体交渉を拒否したのではないから申請の趣旨第一項は理由がない。

次に申請人は会社が団体交渉を拒否しながら、工場閉鎖を行つたと主張するけれども、疎第十号にある如く、組合は鉄鋼労連の中央指令に基き、四月十四日以降無期限部分ストを実施すること確認(新聞紙上にある如し、周知の事実)したので、その対抗手段として労調法第七条に依る工場閉鎖をしたのである。

尤も申請人がスト計画を中止して平常通り作業を継続する意思を表明して来た場合には、被申請人は工場閉鎖を解除する意思を表明している。

従つて工場閉鎖は労調法第七条に規定する如く申請人の争議行為に対する被申請人の有する対抗権の正当な行使であり何等違法のものではない。

申請人が争議権を行使する限り、被申請人は対抗権を持つているのであるから、申請人の争議権を制限することが許されないと同様、被申請人の対抗権を制限することも出来ない。依つて申請趣旨第二項は失当であると陳べた。

(疎明省略)

理由

申請人が、被申請人に対し昭和二十八年二月十八日賃上の要求書を提出し、同月二十八日全面拒否された為、同年三月四日工場協議会を開き、爾後十二日、二十六日と三度之を継続したが、其二十六日決裂し、二十七日最終回答を同月三十一日の団体交渉で得られる様申入を為し、同日団体交渉に入つたが、何等の進展なく之も決裂した。

仍て申請人は四月二日第一回ストを四月七日決行する旨通告し、同日二十四時間ストは決行せられ、同月八日第二回の団体交渉も決裂した、同月翌九日も申請人から団体交渉を再開したい旨の申入を、被申請人は拒否し、其後同月十一日団交再開されたい旨の申請人からの同月九日附の申入に対しても、被申請人は同月十日附で之を拒否した。

一方申請人は同月九日二時間波状ストを被申請人に通告したので、被申請人はストを繰返す限りは工場閉鎖の手段に入るべき旨を同月九日附で申請人に通告した処、申請人は夫れにも拘らず、同日午後六時から八時迄第一波ストを決行し、ついで同月十日第二波第三波の波状ストが二回決行された。

越えて同月十一日附で十三日団交再開の申入が申請人から為され、之に対し被申請人から拒否の回答を為しつつ一方四月十三日から十八日迄尼崎工場を閉鎖する旨の通告を申請人に発した。

ついで同月十三日申請人は右通告を認めず、出勤すること並東京営業所と大阪本社に於て十三日始業時から十八日終業時迄ストを行うことを通告した。

以上の事実は被申請人も認める大同鋼板労働組合賃上闘争経過なる書面に依る本件争議の概略的経過である。

猶其後四月十四日及十五日、被申請人は申請人の申入れに応じて団体交渉を再開しているとの主張は申請人も認める処であり、今後と雖も之を継続する意思があるとは被申請人が当裁判所の審尋に於て陳述する処である。

仍て申請人の申請趣旨第一項について按ずるに、労資間の紛争は出来る限り平和裡に解決することが望ましい、従つて其余地の残存している限りは之を十二分に尽さなければならない。斯の事は本件当事者間の労働協約第二十四条第一項「団体交渉が決裂した場合に於ても、当事者の一方から交渉再開の申入れのあつた時はいつでも、相手方はこれに応ずる義務がある」と明記されている処からしても明である。従つて労資何れの一方からの申出であれ、平和的解決の為の努力についての申入であれば、他の一方は之に応じなければならぬ。此の際、相手方は交渉の成果に対する期待薄の故を以つて其の無駄乃至は無意味を予断して之を拒否することは、正当なる免責の事由とはならない。

然るに被申請人は昭和二十八年四月十一日附の申請人の団体交渉再開の申入を即日拒否している。而して其理由として掲げている処は、正に団体交渉の成果に悲観的予断を以つて、其無意味を主張するに在る。之は明白に本件労働協約第二十四条第一項の違反であるから、被申請人の斯る態度を改めて団体交渉再開に応ずる様請求する申請人の此の点に於ける申請は之を相当とすべき理由のある処である

併しながら、被申請人は其後事実上、自己の前記交渉再開拒否の回答を撤去して、既に四月十四日及十五日の二回に亘り、其の申入に応じて、交渉を繰返しているのであり、且つ今後共其の交渉を続ける意思ある旨言明している処であるから、申請人の此の点に於ける申請の趣旨は其の目的を達し、仮処分を以つて事案の解決を要する客観的必要性が消滅したものであるから、今日に於ては結局に於て理由なきに帰したと謂うべきであるから、其の点の申請は之を棄却する。

次に趣旨第二項について按ずるに、作業場閉鎖が使用者の権利であるか、又は事実行為乃至放任行為であるか、乃至は其行使が消極的(防衛的)にのみ許されるものか又は積極的(攻撃的)にも許されるものであるかは争があるが、本件の場合は、昭和二十八年三月二十六日の第三回工場協議会が決裂し、其後同月三十一日の再会後の協議会も決裂し、四月七日の申請人の二十四時スト決行、同月九日の第一回二時波状スト、及同月十日の第二及第三回波状スト後に於て始めて、被申請人側から、「スト計画を中止して」「作業継続の意志を表明」する迄との条件を附した工場閉鎖を宣言するに至つたものであるから、其の限りに於ては、被申請人の措置は、夫れが権利行使であるか否かを論ぜずとも、寔に労働関係調整法第七条の正当な争議行為である。

併しながら、右は一般的な観察に基く場合に該当するが、本件の場合には工場閉鎖であれ、ストライキであれ、其行使については特段の制約が附せられてあつて、其制約に反する限り前段説示の一般的正当争議行為と謂も、之を違法視せられることになつている、則ち本件労働協約第二十四条(第一項は前顕)第二項に、「前項の場合には第二十五条の規定を準用しない」と規定し、第二十五条は「工場協議会において協議中及団体交渉の手続中は会社組合双方とも一切の争議行為を行う事が出来ない」と規定する。

従つて、被申請人に於て前顕の様に申請人から交渉再開申入があつた場合には、是非共之に応じなければならない。而して之に応諾して交渉再会の順路に乗つた限りは、第二十四条第二項に依り争議行為に愬え、又は之を継続することは出来るが、其交渉再開に応ぜず之を拒否しつつ争議行為の開始乃至は継続は許されないのであつて、右は明白に本協約第二十四条の違反行為であると謂わねばならぬ。

然るに被申請人は前顕の様に四月八日、九日及十一日の申請人からの団体交渉再開申入を拒否して、之に応諾せずして同月十三日から工場閉鎖を為したのであるから、前段説示の如く協約第二十四条違反であり、其の違反を主張して、之が開放を求める申請人の申請趣旨は、申請人の団体交渉再開の申入のある限りに於て、之を為してはならないのである。

仍て此の点に於ける申請人の申請趣旨のみを理由ありとし、他は失当として棄却し、主文の様に決定した。

(裁判官 日下基)

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