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神戸地方裁判所尼崎支部 昭和55年(ヨ)254号 決定 1980年11月05日

芦屋市平田町一番一一号

債権者

八馬理

右代理人弁護士

北山六郎

(中略)

西宮市用海町四番五七号

債務者

西宮酒造株式会社

右代表者代表取締役

森本省三

右代理人弁護士

色川幸太郎

(中略)

主文

本件申請を却下する。

申請費用は債権者の負担とする。

理由

一  債権者は、申請の趣旨として、「債務者と債権者との間の本案判決の確定に至るまで、債権者が債務者会社の取締役である地位を仮に定める。債務者は債権者を取締役として扱え。申請費用は債務者の負担とする。」との仮処分命令を求め、申請の理由として、「債権者は、昭和五五年六月二七日の債務者会社の定時株主総会において、他一〇名とともに取締役に選任された。しかるに、債務会社の従来の取締役会長であった森本省三、取締役相談役であった伊藤精三らは、右総会閉会後も議場に残り、他の残留株主らとともに総会を続行したと称し、債権者を除く他の右一〇名のみを取締役として選任する旨の決議をなしたと称して、同年七月一日、債権者を除く右一〇名の取締役のみによって取締役会を開き、森本及び伊藤を代表取締役に選任したとして、右一〇名のみの取締役及び右二名の代表取締役の就任の登記をしている。債権者は取締役に選任され就任の意思を有するにもかかわらず、債務者は取締役会にも出席させず、登記もせず、取締役として取扱っていない。債権者は債務者会社に右総会当日まで代表者として関与してきたことに伴ない、取締役として意見を述べあるいは処理すべき事項は多く、また取引先等から債権者の復帰を望む声も多い。取締役の任期は二年であるところ、本案訴訟による解決をまっていては時期を失することは明らかなので、申請の趣旨記載の仮処分命令を求める。」と述べた。

二  当裁判所は、債権者の本件申請は被保全権利の疎明において充分でないと判断するものであるが、その理由の要旨は次のとおりである。

1  疎明資料によれば、次の事実が一応認められる。債権者は、昭和五三年六月二三日、前記他一〇名とともに債務者会社の取締役に選任された。そのうち債権者と前記森本が代表取締役に選任され、債権者が社長に、森本が会長に就任した。

昭和五五年(以下同じ)四月から取締役会で六月の定時株主総会における議案が話題にのぼった。右総会においては、貸借対照表等の承認の件が第一号議案として、取締役選任(改選)の件が第二号議案として予定されていた。

しかるところ、第一号議案についてはほぼ異論はなかったが、第二号議案については取締役間に意見の相違がみられた。債権者は従前の取締役の一名を退任させ、新たに外部から一名を招聘して取締役に就任させたい意向を有していた。森本らはこれに反対し、逆に、債権者のこれまでの経営態度等に不信を抱き、債権者を次期の取締役から排除したいと考えていた。取締役間では債権者の方針に反対し森本らの考えに賛成する者が多数を占めていた。

六月二日の取締役会で債権者から債権者案の提示がなされた。これに対し森本から債権者を次期の取締役の候補者として推薦できない旨の逆提案がなされた。当日双方間で議論が交されたが結論はでなかった。

これら債権者の言動に不信を抱いた取締役八名は、同月五日、債権者の代表取締役解任のための臨時取締役会の開催を請求する書面を債権者に送付するなどした。

六月一〇日再度取締役会が開催された。この会では第三者の仲裁があり、対外的信用等を考慮して、六月末までに定時株主総会を開催するために、取締役会としては、ともかく従前の債権者を含めた一一名を取締役候補として推薦することに決議した。

六月二七日、本件株主総会が開催された。当時、債務者会社の株主総数七〇四名、発行済株式総数一、一三七万五、〇〇〇株、当日の出席株主総数(委任状を含む)五七九名、出席株式総数一、〇三九万二、一九五株であった。債権者が議長となって議事を進行させた。第一号議案については全員異議なく原案を承認し可決した。

引き続き、債権者が第二号議案を上程し、取締役改選の件をはかったところ、株主八馬啓より本件については既に招集通知で候補者一一名があげられており承知しているので投票にかえ投票と同一の効果のもとに議長から指名されたい旨の動議が提出された。この動議をめぐって反対、賛成の声が交叉し、議場は騒然たる状況になり、混乱状態に陥った。ややあって、債権者は総会の閉会を告げた。その間に右状況のもとで、債権者は右動議が可決されたものと判断し、動議に従い招集通知記載の候補者一一名を取締役に指名する旨述べ、これの承認を求めたうえ、右指名の承認があったものと判断した。しかし議場は右混乱状態にあったので、債権者の右取締役指名及び右指名の承認を求める発言は総会出席者のだれにも聴取が不能であった。債権者の閉会の宣言により議場は更に騒然となった。債権者及び他の八名の株主はその直後議場から退出した。

しかし議場に残留した株主、総数(委任状を含む)四一〇名(株式総数六二三万三、四九一株)は総会は未だ終了していないとしてこれを続行することとし、議事を進行させ、債権者を除く右一〇名の候補者を取締役に選任するなどして、総会の審議を終了させた。

右総会後、債務者会社は債権者を取締役として取扱っていない。

以上の事実が一応認められる。

2(一)  債権者は、六月一〇日の取締役会において、債権者の反対者である森本らを含めた取締役全員の間で、本件総会においては債権者を含めた従前の取締役一一名全員を選任する旨の合意が成立していた旨主張し、債権者提出の疎明資料にはこれに添う部分がある。

しかし右に認定の事実の経過及び債務者の疎明資料によれば、右取締役会においては第三者の仲裁もあって定時株主総会を予定どおり六月末までに開催するための方策として、債権者および森本がそれぞれの主張を一応撤回し、取締役会としては一応従前の取締役全員を候補者として推薦することとしたものであるが、森本側においては右取締役会における推薦によって債権者が本件株主総会において再度取締役に選任されることまでも合意したものではなく、株主の立場としてあくまでも自らの主張は維持し、それぞれの主張の結着は本件株主総会における株主の決議によろうとしていたものであることが一応認められる。これは役員人事に関する取締役会の合意内容としてはやや異例のことに属すると考えられるが、疎明資料によれば、債務者会社の取締役間では債権者の経営姿勢等をめぐってそのような異例の事態にまで立ち至っていたものと一応認めざるを得ない。

債権者主張の右の点について疎明が充分でない。

(二)  債権者が取締役に選任されたと主張する株主総会における討議の経過は前認定のとおりである。

しかして株主総会の決議は、必ずしも、挙手・起立・投票などの採決の手続をとることを要しないが、表決が成立したといいうるためには、議長の主観的な判断では足らず、総会における討議の過程を通じて、議案に対する各株主の確定的な賛否の態度がおのずから明らかとなって、その議案に対する賛成の議決数が必要議決数に達したことが明白になるなどの客観的要件を満たすことが必要であると解される。

ところで本件総会においては、前認定のとおり、八馬啓からの取締役選任の方法について動議が提出された段階でこれに対する賛否の意見が交叉し、議場は混乱した。そしてその混乱のさなかに債権者は総会の閉会を宣言したのである。債権者が閉会を宣言するまでに右混乱は収拾されていなかった。そしてそれまでに八馬啓の動議に対する各株主の確定的な賛否の態度は何ら明らかになっていなかった。右動議に対する賛成の議決数が必要議決数に達したことが明白になるなどの客観的状況は何ら存在していなかった(右(一)で検討したとおり、森本らは債権者が本件株主総会で取締役に選任されることに反対の意向を有していた。そして疎明資料によれば、本件総会における森本および同人に同調する伊藤の議決権数は出席株式数の半数を超えるものであったことが一応認められる。)。

そうすると、債権者が閉会を宣言する前に主観的に右動議が可決されたものと判断し、その動議に従ってその後の手続を進行させたとしても(もっとも債権者の右議事の進行が総会出席者のいずれにも聴取不能の態様のものであったことは前認定のとおりである。)これによって第二号議案の表決が成立したものとは倒底いうことを得ない。

そうすると、債権者は本件株主総会において取締役に選任されていないといわざるを得ない。

本件株主総会において債権者が取締役に選任されたという点について疎明が充分でない。

三  右の次第で、債権者の本件申請は被保全権利の疎明において充分でなく、事案の性質上、保証をもって疎明に代用させることも相当でない。

よって本件申請を却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 坂本慶一)

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