大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所尼崎支部 昭和61年(わ)66号 判決 1986年9月12日

主文

被告人甲を懲役三年に、被告人乙を懲役二年六月にそれぞれ処する。

未決勾留日数中、被告人甲に対しては六〇日、被告人乙に対しては五〇日を、それぞれその刑に算入する。

被告人両名に対し、この裁判確定の日から三年間それぞれその刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人両名は、建設業○△組に同僚として稼働していたものであるが、昭和六一年一月三一日午後九時四〇分ころ、ともに飲酒したのち、尼崎市<住所省略>の被告人甲(以下被告人甲という。)方へ戻つた際、被告人甲において、かねてから同人方へ無断で侵入しては盗み食いなどをしていた丙本こと丙(一九四一年七月二日生。以下丙という。)がまたもや同家に無断で上り込んでいるのを認めるや、これに激高して、「丙、また来やがつて。」等と怒号しながら、同人の胸倉をつかんで同家前路上に引きずり出し、同所において、同人をアスファルト舗装の道路上に引き倒し、転倒した同人の腹部、胸部及び顔面等を五、六回足蹴にし、その反動で後頭部を路面に打ちつけさせる等の暴行を加え、さらに、被告人乙(以下被告人乙という。)は、その直後、同甲が警察に電話連絡するためその場を離れた間に、同所において、起き上つて被告人乙の方に向かつて来た丙の胸部及び頭面等を数回足蹴にし、その反動で後頭部を路面に打ちつけさせる等の暴行を加え、その結果、同人に対し、頭蓋内(左硬膜下)出血等の傷害を負わせ、よつて、翌二月一日午前一一時二六分ころ、兵庫県尼崎市西難波町四丁目五番一八号所在の医療法人岡田病院において、右出血(血腫)による脳圧迫により同人を死亡させるに至らせたものであるところ、右傷害致死の結果はいずれの被告人の暴行により生じたかを知ることができないものである。

(証拠の標目)<省略>

(共同正犯の訴因に対し同時犯を認定した理由)

一共同正犯の成否

1  検察官は、被告人両名は共謀して本件犯行に及んだものであると主張するのに対し、被告人両名は、当公判廷においてこれを否認し、弁護人も共謀の事実は認められない旨主張する。

2  そこで検討するに、証拠の標目掲記の各証拠によれば、本件犯行に関し、大要次の事実を認めることができる。

(一) 被告人甲は、昭和五七年ころから、留守中自己の住居をたびたび丙に侵かされ、その度ごとに同人に飲食物を盗み食いされたり、職業上の大工道具を盗まれたりして、かねてから丙に対し腹立たしい思いを抱いていた。

(二) 被告人乙も、同甲から右のような話を聞かされていたとともに、本件発生二日前の一月二九日にも両名で金を出し合つて買つていた肉や刺し身、ビール等を丙に盗み食いされたことから、やはり丙に対し腹立たしい気持を抱いていた。

(三) 前同月三一日は、給料日であつたので、被告人両名は、仕事をすませた後二人で飲酒をし、午後九時四〇分ころ、連れだつて被告人甲方に立ち戻つた。

(四) 被告人甲は、右日時に、玄関を開けて上り口まで入つた際、奥の間から出て来たような格好で立つている丙を発見し、憤激その極に達し、丙に対し、判示認定のとおりの暴行を加えた。

(五) 被告人乙は、同甲が「丙本」とどなつたことから同人が丙であることを認識し、被告人甲が丙に判示の暴行を加えるのを、同被告人がやられそうになつたら加勢をしようとの気持で見守つていたが、泥棒は警察に引き渡さなければと考え、被告人甲に対し、「警察に連絡しな。」と声を掛けた。

(六) これに応じて被告人甲は、警察に通報するために同人方に入り、被告人乙が丙を見守つていたが、丙が文句を言いながら起き上がつて被告人乙に向かつてきたので、同被告人も腹立たしい気持になり、ゴム製のズック靴をはいた左足で丙を足蹴にする等して判示認定のとおりの暴行を加えた。

3(一) 以上の事実によれば、被告人両名が、本件犯行以前に、ともに丙に対して腹立たしく思つていたことは認められるものの、今度丙を見つけたら一緒に暴行を加えようとの意思を相通じていたとまでは認められず、また、被告人乙は、同甲が丙に暴行を加えるのを見て直ちにこれに加勢したものでもなく、むしろ警察に連絡するよう助言していることからみても、被告人両名の間に事前の謀議がなされていたものであるとはとうてい認められない。

(二) そこで次に現場における共謀の有無についてこれをみるに、被告人両名の捜査官に対する各供述調書を仔細に検討しても、被告人両名の現場における明示の共謀はこれを認めることができず、また、暗黙の共謀についても、これが成立するためには、特定の犯罪を共同して実行しようとの意思を有する者が、その意思を表象する何らかの行動を行い、他の者がこれを認識することにより、初めてそこに意思の連絡があつたということができるものであるところ、本件においては、被告人乙は、同甲が丙に逆襲されそうになつたときにはこれに加勢をしようとの意思は有していたものの、その意思を表象する何らの行動をとつておらず、かえつて、被告人甲に対し、「警察に連絡しな。」と声をかけているのであつて、同被告人も、丙を発見した後は、同人が同被告人方にまたもや無断で侵入していたことに激高し、直ちに丙を引きずり出すとともに、以後は同人に暴行を加えることに専心していたことは前記認定のとおりであり、しかもその間被告人乙がどこにいてどのような行動をとつていたかについても明確な認識があつたことを認めるに足りる証拠はないのであるから、本件においては、被告人両名が現場において暗黙のうちに意思を相通じたとの事実を認定することは困難であるというべきである。

(三) してみると、被告人両名は、ともに丙に対して暴行を加えてはいるが、被告人両名には共謀の事実を認めることができないのであるから、これらはいずれも共同実行の意思に基づくものとはいうことができず、本件においては、共同正犯の成立はこれを否定するのが相当である。

二因果関係について

そこで更に進んで、被告人両名の暴行と丙の死亡の間に因果関係があるのか、傷害の軽重又はその傷害を生ぜしめた者を知ることができるかにつき検討する。

なお、被告人両名及び弁護人は、被告人らの丙に対する暴行と丙の死亡との間には因果関係がないと主張するので、この点についてもここで判断する。

1  証人菱田繁の当公判廷における供述、同人の検察官に対する供述調書、同人作成の解剖結果中間報告書並びに医師鯨岡寧作成の創傷診断書を総合すると、丙の死因は左硬膜下血腫による脳圧迫で、その原因は右後頭頭頂部の打撲傷であること、右打撲傷は右部位がアスファルト路面にぶつかつた場合でも、或はゴム底の靴を履いた足で蹴られた場合でも生じる可能性のあることが認められる。

2  ところで、被告人甲は、丙をアスファルトの路面に引き倒したうえ、その顔面等を数回足蹴にし、その反動により後頭部等を路面に打ちつけさせる暴行を加えたものであり、被告人乙も、ゴム製のズック靴で丙の顔面等を数回足蹴にし、その反動で後頭部等を路面に打ちつけさせる等の暴行を加えたものであることはすでに認定したとおりであり、また、稲岡直樹、千塚悟及び松井敏久の検察官に対する各供述調書並びに証拠の標目掲記の各捜査報告書によれば、丙は、被告人両名に暴行を受け、警察に保護されたときには、すでに右頭頂部に比較的新しい擦過傷を受傷していたことが明らかである。

3  してみると、丙の死亡は、被告人両名のいずれかの暴行が原因であると認めるに十分であるが、その他証拠を検討してもいずれの暴行によつて頭部打撲傷ひいては、硬膜下血腫が生じたのかこれを確定することはできないものといわざるを得ない。

三まとめ

以上のとおりで、被告人両名は、意思の連絡なしに、同じ場所で、極めて近接した時間に、丙に対しそれぞれ暴行を加え、その結果同人に判示の傷害を負わせ、よつて同人を死に致らしめたが、その結果はいずれの被告人の暴行によるかを知ることができないので、被告人両名には同時犯が成立すると認定するのが相当である。

(法令の適用)

被告人両名の判示所為はいずれも刑法二〇七条、六〇条、二〇五条一項に該当するので、その所定刑期の範囲内で被告人甲を懲役三年に、被告人乙を懲役二年六月にそれぞれ処し、同法二一条を適用して未決勾留日数のうち、被告人甲に対し六〇日を、被告人乙に対し五〇日をそれぞれその刑に算入することとし、被告人両名に対し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から三年間それぞれその刑の執行を猶予し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により被告人両名に連帯して負担させることとする。

(弁護人の主張に対する判断)

一弁護人は、本件の結果は、被告人両名が、盗犯に対して、生命、身体、貞操に対する具体的な危険が発生していないのに、驚愕、興奮のあまりに行つた行為によるものであるから、盗犯等の防止及処分に関する法律一条二項に該当し、その刑は免除されると主張する。

二しかし、同法一条二項は、同条一項各号の場合において、自己または他人の生命、身体または貞操に対する現在の危険がないのに、恐怖、驚愕、興奮または狼狽により、その危険があるものと誤信して、これを排除するため現場で犯人を殺傷した場合に適用される規定であつて、行為者にそのような誤信のない場合には適用がないものと解するのが相当である。

三ところで、被告人甲は、同被告人方において丙を発見するや、何らの行動を示していない同人に対し、直ちに判示の暴行を加えるに至つているのであるから、丙が同被告人の知り合いであり、これまでの同被告人方等における盗み食い等に際しても、他人に危害を加えたことは一度もなかつたことをもあわせ考えれば、同被告人は、当時相当興奮していたことは認められるものの、自己または他人の生命、身体または貞操に対する現在の危険があると誤信していた事実は、これを認めることができないというのが相当である。

四また、被告人乙についても、同被告人が丙を発見したときには、同人は飲酒をしていたような状態であり、被告人甲との闘争も、同被告人が丙を一方的に攻撃していたのであり、被告人乙が丙に対し判示の暴行を加えた際には、その直前、丙が立ち上つて被告人乙に向かつてはきていたがそれ程積極的な状態でなかつたのであるから、同被告人には、自己または他人の生命、身体または貞操に対する現在の危険を誤信してはいなかつたと認定するのが相当である。

五以上の次第で、弁護人の右主張はこれを採用することができない。

(量刑の理由)

被告人両名が本件犯行に至つた経緯及びその犯行の状況は判示認定のとおりであり、いかに被害者に落度があるとはいえ、その行つた暴行はいずれも一方的かつ強烈なものであつて、致死の結果が発生したことも決して不測の事態であるとはいうことができないから、このような形で命を失わざるを得なかつた被害者の無念を考えれば、被告人両名の刑責は決して軽いものではないというべきである。

しかしながら、他方、本件はすでに認定したとおり被害者の側にかなりの落度を認めなければならない事案であること、被告人両名がいずれも改悛の情を示して、遺族に対しても示談金として一五〇万円を支払つて慰謝の措置を講じていること、被告人両名にはいずれも前科がなく、これまで大過のない社会生活を送つてきたものであること等被告人両名のために量刑上有利にしん酌すべき事情も多々存する。

そこで、諸般の事情を総合勘案して、主文掲記の刑を量定のうえ、被告人両名に対しそれぞれその刑の執行を猶予することとする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官菅納一郎 裁判官川崎英治 裁判官藤本久俊)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例