神戸地方裁判所明石支部 平成6年(ワ)202号 判決 1998年2月02日
兵庫県<以下省略>
原告
X
右訴訟代理人弁護士
中嶋弘
同
中紀人
東京都中央区<以下省略>
被告
菱光証券株式会社
右代表者代表取締役
A
右訴訟代理人弁護士
白石康広
主文
一 被告は、原告に対し、金二八九万八八〇〇円及びこれに対する平成六年一〇月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
四 この判決は主文第一項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一原告の請求
被告は、原告に対し、金三五九万八五〇〇円及びこれに対する平成六年一〇月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が、被告に対し、主位的に不法行為(民法七〇九条、七一五条)、予備的に債務不履行による損害賠償請求権に基づき損害の賠償を求める訴訟である。
一 争いのない事実及び容易に認定できる事実(証拠の摘示のない事実は当事者間に争いがない。証拠の摘示は信用しない部分を除く趣旨である。以下同じ)
1(一) 被告は、証券取引法に基づく大蔵大臣の免許を得て有価証券の売買などを業として営む証券会社であり、原告との取引の取扱店は明石支店であり、その担当者はB外務員である。
(二) 原告は、昭和八年生まれであり、神戸市立須磨高等学校を卒業後会社勤めをし、昭和三六年Cと結婚した。結婚後は専業主婦であったが、昭和五二年ころ喫茶店の経営を始めたところ、経営が不振であったことやCが入退院を繰り返していたことから昭和六〇年ころ喫茶店の経営を止め、コンビニエンスストアで勤務するようになった。なお、原告は、昭和六三年ころ妹から借り入れた資金によって喫茶店の経営を再開している。(原告、弁論の全趣旨)。
2 原告は、昭和四五年ころから、Bを担当者として、被告(昭和四五年一二月までは阪神証券株式会社)を通じて株式の取引を始めた(乙一ないし三、八、一一ないし一四、一七、証人B、原告、弁論の全趣旨)。
3 Bは、昭和六二年五月ころ、太陽神戸銀行明石支店で偶然原告と出会い、同店において三菱商事株式会社のワラントについて話を持ちかけた(その詳細については争いがある)。
4 原告は、ワラント購入資金を捻出するため、昭和六二年五月一四日、東芝、塩野義製薬、日活の株式を代金四一七万六六五二円で売却した。
5 原告は、昭和六二年五月一五日、被告から三菱商事のワラント(ドル建。以下「本件ワラント」という)五ワラントを代金三五六万六五六二円で買い付けた。
なお、Bは、右株式売却及びワラント購入の手続を担当したが、B自身ワラントに対する知識が不足していたせいもあって、その際原告に対してワラントの仕組や危険性について一切説明しておらず、本件ワラントの取引について説明書を交付したり確認書を徴求したりすることもなかった。(証人B、原告、弁論の全趣旨)
6 原告は、本件ワラント購入の約一か月後に被告明石支店を訪れ、Bに本件ワラントの価格を尋ねたが、Bは明石支店では価格が分からないと答えた。その後も、原告は再々本件ワラントの価格を訊きに行った。(証人B、原告、弁論の全趣旨)。
7 原告は、昭和六三年から平成元年ころ被告明石支店を訪れ、Bに本件ワラントの価格を尋ね、Bは、本件ワラントの価格が二〇〇万円台に値下がりしていることを原告に伝えた。この時、Bは、本件ワラントの売却を勧めたが、結局原告は売却しなかった。(証人B、原告、弁論の全趣旨)
8 原告は、平成元年ころ、被告明石支店において、外国新株引受権証券の取引に関する確認書(乙四)に署名押印した(乙四、乙一二、原告、弁論の全趣旨)。
9 Bは、原告に対し、国内及び外国新株引受権証券の取引に関する確認書(乙五)を郵送し、署名押印するよう求めたが原告はこれに応じなかった。
当時の被告明石支店長のDは、平成三年五月ころ原告方を訪れ、前記確認書(乙五)及び外国証券取引口座設定約諾書(乙六)に署名押印を求め、原告はこれに応じた。(乙五、六、証人B、原告、弁論の全趣旨)
10 原告は、平成三年一〇月一六日、被告に対し、代金三一万八〇六二円で本件ワラントの売付を行った。
11 ワラントについて
(一) ワラントとは新株引受権付社債(ワラント債)に表章される新株引受権のことをいう。また、新株引受権付社債は社債と新株引受権とが一枚の証券となって発行される場合(非分離型)と分離可能な形で発行される場合(分離型)とがあり、後者の場合、その分離された新株引受権だけが独自の証券として流通するが、この証券のことをワラントと呼んでいる。
さらにワラント債には国内で発行される円建のものと、海外で外貨建で発行されるものがある。海外で発行されている日本企業のワラント債としては、ヨーロッパ市場におけるドル建ワラント債(ユーロ・ドル・ワラント債)が圧倒的に多い。国内円建ワラントは上場証券であって市場取引が行われるが、ドル建ワラントは我が国の証券取引所には上場されておらず、その取引方法は証券会社と顧客の相対売買によっている。
(二) ワラントとは、権利行使期間内に、予め定められた権利行使価格(普通はワラント債発行条件決定時における当該株価の一〇二・五パーセントの価額)を新たに払い込むことにより、予め定められた数の新株を取得できる権利である。
したがって、現在の株価が権利行使価格とワラント購入コストの和(株式引受コスト)を越えればその分が利益となり、これを越えなければ理論的には無価値となるが、将来の株価上昇を見込んだ思惑が生じると、右の理論的な価格以上の価格が生じることとなる。
また、権利行使期間を徒過すれば権利行使ができなくなり、必然的に無価値となる。
(三) 前記のような価格形成要因を受けて、ワラントの価格変動は一般に株式に比べて大きく、不安定である(甲二、四、七、証人B、弁論の全趣旨)。
(四) 外貨建ワラントの場合、売却時に為替リスクが存在する(甲二、四、七、弁論の全趣旨)。
(五) 従前、分離型の新株引受権付社債及びワラントの取引は自粛されていたが、外貨建ワラントについては昭和六一年一月一日から取引が解禁され、その取引方法は前記のとおり証券会社と顧客の相対売買によっていた。
その後、平成元年一月一一日には外貨建ワラントの業者間売買市場が発足し、同年四月一九日付日本証券業協会理事会決議により、市場性の高い代表的銘柄について売買気配値が公表されるようになり、さらに、同二年七月一八日付同協会理事会決議により、同年九月二五日から、業者間売買を原則として日本相互証券株式会社に集中させ、その値段を公表することとし、併せて顧客との仕切り値幅にも一定の制限を設けた。
以上のとおり、外貨建ワラントは、少なくとも平成元年四月一八日までは、顧客にとってその価格を知ることが困難な商品であった。(甲一、二、証人B、原告、弁論の全趣旨)
二 争点
1 事実経過
(一) 原告の主張
(1) 原告は、高卒の女性であり、証券業務について専門的な勉強をしたことはない。原告は、昭和四九年ころ被告との間で株式の現物取引を開始したが、その投資傾向は安定的・堅実で、堅い銘柄を好んで取引し、保有する株式が値下がりしたら売却せずに保有し続けるという初歩的なもので、その投資資金も数百万円程度であり、原告には危険な取引をする意思はなかった。
また、原告には被告で購入した証券くらいしか資産はなかった。
(2) Bは、昭和六二年五月前半ころ、太陽神戸銀行明石支店において偶然出会った原告に対し、今朝支店長から聞いた話であると前置きし、「三菱樹脂が発行したもので一か月で一〇〇万円の利益が出たものがある。同じようなもので三菱商事が発行するものがあるが、どうですか」などと本件ワラントを勧誘した。
原告は、右Bの発言を信じ、かつワラントが株式のようなものと思い、「考えて電話させてもらう」と答えた。
(3) Bは、前記勧誘の後、二度にわたって原告に電話をかけ、「どないしてですか。申込期日もあるし、もう締め切るよ」などと原告に決断を迫った。当時喫茶店の再開を考えており、株式を売却してその資金に充てるつもりであった原告は、Bの前記発言を信じて、保有していた株式を売却してワラントを購入することとした。
(4) 原告は、Bに本件ワラントの価格を何度も尋ねたが、Bは、平成元年ころに一度回答した以外にはこれに答えることができなかった。また、Bは、株式全体の状況が悪いなどと言って本件ワラントの売却を提案したが、それは単に「売ったらどうですか」と言った程度であり、ワラントの仕組や危険性について何ら説明せず、かえって株式が上がればワラントも上がると述べたため、原告は本件ワラントの保有を継続することとした。
(5) 平成三年五月ころ、D支店長は、本件ワラント取引による損失の補てんを交換条件として、前記一、9のとおり、原告に確認書など(乙五、六)に署名・押印させた。その際、原告は、Dからワラントが権利行使期間経過後には無価値になることを初めて聞かされた。
(6) その後、Dから補償するからと売却を勧められて、原告は、平成三年一〇月一六日、やむなく本件ワラントを三一万八〇六二円で売却した。
(二) 被告の主張
(1) 原告は、昭和四五年ころから株式取引を繰り返しており、Bが投資勧誘を行わなかったにもかかわらず、関西電力、ワコール、日活などの銘柄を自ら選び、Bに取引注文を行っていた。
(2) Bは、昭和六二年五月、太陽神戸銀行明石支店において偶然出会った原告に対し、被告明石支店長のEから「三菱商事のワラントを買って儲かった人がいるらしい」と聞いたことを世間話として原告に伝えたところ、原告はその場で「それ買うわ」と本件ワラント買付の意向を示した。買付までに時間が経過したのは、原告が株価を見ながら持ち株を売る時期を窺っていたからであり、Bの電話により意思決定したからではない。
(3) その後、Bは、原告に対し、再三にわたって売付を勧め、さらにワラントは無価値になってしまう可能性があるからと言って売付を勧めたが、原告はこれを聞き入れず、逆に買い増しを行いたいと述べるほどであった。
(4) 以上のとおり、Bが投資勧誘した事実はなく、違法勧誘を窺わせる状況も存在しない。
2 被告ないしBの不法行為
(一) 原告の主張
(1) ワラント(とりわけ外貨建ワラント)取引の危険性
① 顧客にとって危険性が大きい。また、転売時には為替リスクが存在する。
② 仕組が複雑で理解が困難である。
③ 昭和六二年当時、ワラントの価格形成の公正を確保する制度は存在せず、証券会社が自己の都合で価格設定するという不透明・不公正な状態であった。
④ 証券会社に問い合わせる以外に価格を知る方法がない。
⑤ 顧客が外貨建ワラントを処分しようとしても、当該顧客にワラントを販売した証券会社以外の者に買い戻してもらう以外に事実上方法がなく、投下資本回収方法が不十分である。
(2) 被告ないしBの行為の違法性
① 脱法行為
本件ワラントは、形式的にはヨーロッパ市場で発行されているが、その全部または大部分が日本国内で消化され、かつ当初からこれを企図して発行されたものであって、実質的には国内で募集・売り出された証券であるから、その発行自体が証券取引法四条(大蔵大臣への届出)、一三条(目論見書の作成)の脱法行為であり、その販売行為もまた右証券取引法違反を承継する。
② 公序良俗違反
一般投資家に販売される証券については、公正な価格形成の制度的な保障及びその価格の周知方法が存在すること、証券の内容が一般投資家に理解できることが最低限必要であるが、外貨建ワラントの取引の実情は前記のとおりであり、しかも証券券面は専門的英語で記載されており、証券の内容を一般投資家が理解することも不可能である。
したがって、本件ワラントは一般投資家に販売されるには適格を欠くものであり、これを一般投資家に向けて勧誘・販売することは公序良俗に反し、不法行為を形成する。
また、Bは原告の価格に対する質問に的確に答えられなかったのであり、このような証券を販売することは投資家の投下資金回収を不可能ならしめる行為であり、販売行為自体が公序良俗に反する。
③ 適合性の原則違反
証券会社は、顧客の知識、経験、財産状況に照らして不相当と認められる勧誘を行ってはならず、特にワラント取引は高度の危険性と複雑性を有しており、この点に特に配慮しなければならない。
原告の投資経験や投資傾向、投資資金は1、(一)、(1)のとおりであって、ワラント取引は原告の意思や実情に到底適合せず、原告をワラント取引に引き込んだ行為は適合性違反として不法行為を構成する。
④ 断定的判断提供及び虚偽・誤導表示
証券会社は有価証券の価格の騰貴・下落につき断定的判断を提供して勧誘してはならず、また有価証券の売買に関し虚偽の表示をし、重要事項につき誤解を生ぜしめる表示をしてはならないにもかかわらず、被告は、本件ワラントの価格が一か月で上昇するという断定的判断を提供し、かつ虚偽または誤解を生ぜしめる表示をした。
⑤ 説明義務違反
証券会社が顧客の意思決定に介入する場合、その自己決定を適切に行い得るようにするため、証券会社には、意思決定に重大な影響を与える事項について説明を尽くし、顧客に理解させる義務が信義則上認められる。しかも、ワラントは危険性が高く難解であり、かつ平成三年秋ころまでは全く周知されていない証券であった。
したがって、証券会社は、ワラント取引においては少なくとも証券ないし権利の内容、危険性、取引態様について、最悪の場合を含めて顧客が十分理解するまで説明する義務があるというべきであるが、Bは、右事項について原告に一切説明していない。
⑥ なお、証券会社の注意義務違反を論じる場合、証券会社と一般投資家との間に資力・能力などにおいて大きな差のあること、したがって、証券会社は投資家に対し誠実・公正に行動しなければならないことに留意すべきである。
(二) 被告の主張
(1) ワラント取引が一般的に危険で不公正であるとの主張は争う。
(2) 分離型新株引受権付社債の制度は商法上も認められ、一般投資家に対するワラントの勧誘・販売も禁止されておらず、本件ワラントの販売自体が証券取引法違反、公序良俗違反となることはない。
(3) 本件の事実関係は1、(二)で主張したとおりであり、Bが原告に対して積極的に投資勧誘を行った事実は存在せず、断定的判断を提供したり虚偽・誤導表示をした事実もない。
原告は、Bとの世間話を情報として自ら投資決定を行い本件ワラントを買い付けたものであって、投資家の自己責任原則が妥当する場合に該当し、適合性原則違反、説明義務違反は問題とならない。
3 被告の債務不履行
(一) 原告の主張
相対売買で取引される外貨建ワラントの場合、証券会社と顧客とは売主買主の関係に立ち、前記2の証券会社の立場及びその義務、ワラントの特質などに照らせば、売買契約上の付随義務として、売主たる証券会社は前記適合性の原則に従った勧誘を行う義務、説明義務、断定的判断や虚偽・誤導表示をしてはならないとの義務を負い、被告はこれらの義務に違反しているから、民法四一五条に基づく債務不履行責任を負う。
(二) 被告の主張
原告の債務不履行の主張は、付随義務発生の根拠が抽象的であり、かつ同義務の不履行により損失全額及び弁護士費用が損害となる根拠も不明確である。また、前記のとおり、債務不履行を基礎付ける状況は窺われない。
4 損害額
原告は、被告の不法行為・債務不履行による損害は、本件ワラントの購入価格である三五六万六五六二円から売却価格三一万八〇六二円を控除した三二四万八五〇〇円及び弁護士費用三五万円の合計三五九万八五〇〇円であると主張し、被告はこれを争う。
5 消滅時効
(一) 被告の主張
(1) 原告は「一か月で一〇〇万円上がる商品」と誤信して本件ワラントを買い付けたもので、かつ平成元年ころには値下がりの事実を認識しているのであるから、遅くとも右の時点で詐欺という点の違法性と損害の発生について知ったことになる。したがって、原告主張の損害賠償請求権は平成四年末には時効により消滅している。
(2) 被告は右時効を援用する。
(二) 原告の主張
(1) 不法行為による損害賠償請求権の消滅時効の起算点としての「損害を知る」とは、加害行為の違法性を知り、かつ損害額が実際に賠償請求できる程度に確定したときであって、本件についてみれば、①ワラントの仕組と危険性を理解した上でなければ勧誘行為の違法性を知ったとはいえず、②時価は回復する可能性もあるし、原告は権利行使期間の経過によりワラントが無価値になることも知らなかったから、一度だけ下落した時価を聞いたからといって損害を知ったことにもならない。
(2) また、被告は、原告から抗議を受けた際に賠償請求を回避するため、補償を約束・示唆して原告の権利行使を遅らせた。このような場合は時効期間は進行しないと解するべきであるし、少なくとも被告の時効の援用は権利濫用として許されない。
第三争点に対する判断
一 事実の経過
既に認定した事実及び証拠(乙一ないし六、八、一一ないし一四、証人B、原告)並びに弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。
1 原告は、昭和四五年ころから株式の現物取引を始め、当時から被告外務員としてBが原告を担当していた。原告の取引姿勢は基本的に受身なものであり、投機性の高い取引を好まず比較的堅実な銘柄を取引し、買付する銘柄についての決断もBの意見に従って行っており、原告は証券外務員としてのBを信頼していた。原告の投資する資金も数百万円程度で、C名義の自宅を除けば右取引により購入した証券くらいしか見るべき資産はなかった。
2 Bは、昭和六二年五月前半ころ、太陽神戸銀行明石支店において偶然出会った原告に対し、今朝支店長から聞いた話であると前置きし、「三菱樹脂(もしくは三菱油化)が発行したもので一か月で一〇〇万円の利益が出たものがある。同じようなもので三菱商事が発行するものがあるが、こんないい話があるがどうですか」などと述べ、原告は、ワラントが株式のようなものであると思い込んだ状態で、「考えて後日電話する」と答えた。
なお、原告にとってワラントという言葉はこれが聞き初めであった。
3 Bは、その後二度にわたって原告に電話をかけ、「締切りがある。それまでに返事がほしい。どうしますか」などと原告に決断を迫った。原告は、株式を売却して喫茶店再開の資金に充てるつもりであったところ、ワラントは一か月ほどで一〇〇万円の利益が出るような株式類似の商品であると信じ、保有していた株式を売却してワラントを買うこととし、昭和六二年五月一四日、東芝、塩野義製薬、日活の株式を代金四一七万六六五二円で売却した。
4 原告は、昭和六二年五月一五日、被告から本件ワラントを代金三五六万六五六二円で買い付けた。Bは、前記株式売却及びワラント購入の手続を担当したが、B自身ワラントに対する知識が不足していたせいもあって、原告に対してワラントの仕組や危険性について一切説明しておらず、本件ワラントの取引について説明書やパンフレットを交付したり確認書を徴求したりもしていない。ただし、Bが本件ワラントの価格について断定的判断を提供したとまでは認められない。
5 原告は、本件ワラント購入の約一か月後に被告明石支店を訪れ、Bに本件ワラントの価格を尋ねたが、Bは明石支店では価格が分からないと答えた。その後も、原告は再々本件ワラントの価格を問い合わせたが、次の6のときを除いてBはこれに的確に答えることができなかった。
6 原告は、昭和六三年ないし平成元年ころ被告明石支店を訪れ、Bに本件ワラントの価格を尋ねたところ、本件ワラントの価格は二〇〇万円台まで値下がりしている旨の回答を得た。この時、Bは、本件ワラントの売却を勧めたが、原告は売却に同意しなかった。Bは、この時を含めて何度か原告に売却を勧めているが、その際にもワラントの性格や危険性について適切な説明はしていない。
7 原告は、平成元年ころ、被告明石支店において、外国新株引受権証券の取引に関する確認書(乙四)に署名押印した(しかしながら、右署名押印の時点において、右文書に記載された「外国新株引受権証券の取引に関する説明書」が原告に交付されていたことを認めるに足る証拠はない)。
8 Bは、原告に対し、国内及び外国新株引受権証券の取引に関する確認書(乙五)を郵送し、署名押印して返送するよう求めたが原告はこれに応じなかった。
そこで、D支店長は、平成三年五月ころ原告方を訪れ、確認書及び外国証券取引口座設定約諾書(乙五、六。いずれも日付は昭和六二年五月一五日)に署名押印を求めた。原告は、Dが三〇〇万円程度の利益の上がる株を提供するのでそれを原告に購入してもらうことで実質的に損失をてん補することを提案したこともあって、その求めに応じて署名押印した。
9 原告は、右署名押印をする前後ころ、ワラントが権利行使期間経過によって全く無価値になる証券であることを知った。
10 原告は、平成三年一〇月一六日、被告に対し、代金三一万八〇六二円で本件ワラントの売付を行った。
これに対し、被告は、Bは原告に対し本件ワラントの購入を一切勧誘していないと主張するが、被告の主張する事実関係はそれ自体かなり不自然であること、その依拠するB証言は、①BはE支店長から聞いて初めてワラントという言葉を知ったが、その意味内容は全く理解していなかった、②Bが単に三菱商事のワラントで儲けた人がいるらしいと言っただけで、原告が「それ買うわ」とその場で決断した、③その時Bは原告にワラントの知識はないと感じた、④その後のことはほとんど何も記憶にない、⑤買付手続を担当・実行していながら原告に説明書ないしパンフレットを渡していないし、自身もワラントについて一切検討していないというもので、証券外務員の行う有価証券取引としては極めて不自然であり、具体的な経過については世間話をしたということ以外はほとんど無内容であり信用性に乏しいこと、被告が前記のとおり事後的に種々の書面を徴求するなど弥縫策を講じていることなどに照らせば、右主張は採用できない。
また、Bがワラントが無価値になることを事後的に説明したにもかかわらず、原告がワラントの買い増しを望むような発言をした旨の証言(証人B)があるが、右証言自体かなり曖昧であり、反対趣旨の原告の供述に照らしてたやすく信用できない。
そして、右認定の事実に鑑みれば、当初の会話が銀行でなされたものであることなどを考慮しても、Bは原告に対し本件ワラントの購入を勧誘したものであり、原告はこれに応じて本件ワラントを購入したものと認められる。
二 被告ないしBの不法行為について
1 外貨建ワラントの性質及び原告が本件ワラントを購入した時期における取引の実情並びに原告の職業・資産、投資経験、投資傾向などは既に認定したとおりであり、このような時期にワラントの購入を勧誘する場合、Bは、原告に外貨建ワラントの特徴及びその危険性について的確な理解を得させるため、ワラントの意義や具体的な権利内容、その価格形成のメカニズム及び無価値となることも含めた危険性、取引形態などについて十分に説明すべきであった。
にもかかわらず、Bは、自己の知識の不足のせいもあって、これらについて原告に一切説明をしなかったため、原告は、ワラントに投資することの意味や危険性を認識することなく「株式と同じようなもの」と思いこんで本件ワラントを購入するに至った。
2 以上によれば、Bの勧誘行為は説明義務を尽くしたものとは言えず、不法行為を形成するものであって、かつBは、被告の被用者としてその事業の執行につき右勧誘行為を行ったのであるから、被告は民法七一五条による損害賠償責任を負う。
三 損害額について
1 原告は、三五六万六五六二円で本件ワラントを購入し、三一万八〇六二円で売却したことは既に認定したとおりであって、その差額の三二四万八五〇〇円が損害となる。
2 しかしながら、原告には長期にわたる株式の現物取引の経験があり、少なくとも株式の売却時期の判断は自己の才覚で行っていたこと(原告)、本件ワラント購入時にもワラントが株式とは異なるとの理解を有しながら、それ以上に説明を求めることもなく漠然と株式類似の証券であると理解して本件ワラントを購入していること、Bの勧誘態度は前記認定の程度であり、さほど強引なものとはいえないことなどに照らせば、原告にも多少の不注意があることは否定できず、前記損害額の二割を減じ、原告が被告に請求しうる損害額を二五九万八八〇〇円とすることが相当である。
3 弁論の全趣旨によれば、原告が原告代理人に本件訴訟の追行を委任したことが認められ、事案の難易、認容額その他一切の事情を考慮すれば、被告の不法行為と相当因果関係を有する弁護士費用相当損害金の額は三〇万円が相当である。
4 したがって、被告が賠償すべき額は二八九万八八〇〇円となる。
四 消滅時効について
被告は、原告が本件ワラントの値下がりを知った平成元年ころをもって「損害を知った」時期であると主張するが、原告が本件において賠償を求める損害は、前記三の最終的に売却した際に被った損害であるから、平成三年一〇月一六日に右損害は確定的に発生したというべきである。したがって、被告の消滅時効の主張には理由がない。
五 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく主文の結論に達する。
(裁判官 桧皮高弘)