神戸地方裁判所社支部 事件番号不詳 判決
主文
被告は原告ら各自に対し金一〇〇、〇〇〇円及びこれらに対する昭和三十三年十月三日から各完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
此の判決は原告に於いて各自金三万三千円の担保を供するときは、仮りにこれを執行することができる。
事実
原告ら訴訟代理人は、被告は原告金田久子に対し、金一〇〇、〇〇〇円及び之に対する昭和三十三年二月二十八日より完済に至る迄、年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告の負担とする。被告は、原告村井文明に対し金一〇〇、〇〇〇円及び之に対する昭和三十三年二月二十五日から完済に至る迄年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求め、請求原因として、被告は訴外中島伊三郎宛に昭和三十二年十二月二十五日額面金一〇〇、〇〇〇円、支払期日昭和三十三年二月二十八日、支払地、振出地共西脇市、支払場所株式会社兵庫相互銀行西脇支店なる約束手形一通を振出し、原告金田久子が右訴外人から裏書譲渡を受けて同原告は該手形の正当な所持人である。
被告は、訴外中島伊三郎宛に昭和三十二年十二月十一日額面金一〇〇、〇〇〇円、支払期日昭和三十三年二月二十五日、支払地、振出地共西脇市、支払場所株式会社兵庫相互銀行西脇支店なる約束手形一通を振出し、原告村井文明が右訴外人から裏書譲渡を受けて、同原告は該手形の正当な所持人である。
原告らは、それぞれ右手形の支払場所に該手形を呈示して、支払を求めたが、いずれも支払いを拒絶せられた。よつて、原告らは、各自手形金一〇〇、〇〇〇円及びいずれもこれに対する手形の支払期日である原告金田久子については、昭和三十三年二月二十八日、原告村井文明については、同年同月二十五日から完済に至る迄の商事法定利率である年六分の割合による遅延損害金の支払いを求めるため、本訴に及ぶと陳述し、被告の本件手形は偽造の手形であるとの主張を否認し、原告ら訴訟代理人は、予備的に主文同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、仮りに本件手形がいずれも訴外服部正憲によつて、偽造されたものであるとしても、被告は民法第七一五条第一項本文により、賠償責任を負うべき義務がある。右服部が被告会社の会計係として、手形事務に従事して来たのは昭和三十一年暮から昭和三十二年十二月頃迄であつた、本件手形は、右服部が、右手形事務に従事していた頃に振出されたものである。被告会社の、代表取締役藤原昭及び少数の会計係員が、事務をとる部屋は小さな部屋であるのに、右服部によつて昭和三十二年二月頃から昭和三十三年三月頃までの一ケ年以上の長期に亘り、被告会社代表取締役藤原昭名義で、額面合計金四百余万円の多額に上る約束手形が振出されて、不渡りとなり、昭和三十二年二月頃から同年十二月頃までに、訴外中島栄によつて決済された手形を合わせると、服部が作成した手形は、総計約百通位の通数になる。右の事実は、被告会社が長期間に及んで之を発見することができなかつたものであつて、経理事務の処理方法の欠陥、右手形の偽造に使用された代表者の印鑑の保管方法に周到な用意が足らなかつたものとして、会社の事業の監督に過失があつたものと言うべきであり、また被告会社のために手形の作成準備行為をなす職務を有する服部がその職務の過程に於いて、本件手形を偽造し、よつて被告会社の事業の執行につき、原告らに対し、損害を与えたものであるから、右服部の使用者である、被告会社に於いて損害賠償の責任を負担すべきであるから、原告各自に対し、偽造手形金額相当の金一〇〇、〇〇〇円及び原告らの昭和三十三年十月二日付準備書面陳述の翌日である同年同月三日から完済に至るまで、民事法定利率である年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。と附陳し、被告会社の右服部に対する選任及びその事業の監督につき、過失がなかつた、又は相当の注意を為すも損害が生ずべかりしときに該当するとの被告の抗弁事実を否認し、被告会社会計事務を担当していた、被用者訴外服部正憲が一ケ年以上の長期に亘り被告会社代表者印を使用して総額金四〇〇万円以上に上る多数の約束手形を振出して来た事実は相当の注意を為すも損害が生ずべかりしときに該当しない。右服部が手形関係事務に関与した期間については、被告はその責任を回避せんとして、殊更に短縮して主張するものであり、また、右服部は、被告会社より解職されたものでなく、自ら辞職したものであると述べた。
(立証省略)
被告訴訟代理人は、原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とするとの判決を求め、答弁として、原告らの第一次的請求原因事実はすべてこれを否認する。被告は原告ら主張の如き約束手形を振出したことは絶対にない。訴外中島伊三郎は織物整理加工業であつたが金融逼迫の事情のため偶々金融面を担当していた長男中島栄が友人に当る被告会社被用者訴外服部憲正に対し、決して迷惑は掛けぬから、被告会社の手形を作成して融通してくれと懇願して、右服部を承諾させ、あらかじめ用意していた、手形用紙を同人に交付し、右服部は被告会社代表取締役が自ら保管し自ら捺印すべき印章を機をうかがつて盗用し右手形用紙に捺印して、右中島栄に手渡したもので、即ち、右服部は右中島栄と共謀して本件手形を偽造したのであるから、右手形は被告振出でないから、被告が右手形支払の責を負うべき理由がないと陳述し、
原告らの予備的請求である損害賠償の請求原因事実を否認し、右服部正憲の右手形偽造行為は、同人の担当事務外のことであつて被告会社の事業とは全然無関係でその事業の執行につき為されたものではないから、被告会社はこれが損害賠償責任を負うべき理由がない仮りに原告ら主張のとおりであるとしても(抗弁として)被告会社は右服部の選任及びその事業の監督につき相当の注意を為したものであり、又相当の注意を為すも損害が生ずべかりしときに該当するから、被告には賠償責任はない。被告会社に於て、手形振出(代表取締役の代表者印捺印行為)は専ら代表取締役が之に当り他人には一切関与させていない。手形振出に当つては、手形係の店員が被告会社の取引上の支払票に基づいて、形式的に手形要件を記載し之を代表取締役に提出してその決裁を求め、代表取締役は支払期日を適宜決定して、同人の印章を自ら押印し、之を名宛人に交付して、流通に付することになるのである。右の手形振出に関する作成準備行為は手形係店員の職務であり、本件手形は店員服部正憲によつて偽造されたものであるが、後記の理由によつて右服部が被告会社の事業の執行につき為したものでは絶対にない。
使用者である被告が被用者、服部正憲が採用したのは、兼々求人を依頼していた、西脇職業安定所よりの紹介により、被用者の前歴職業を調査し、被用者と面接の上、昭和三十年十月採用した。西脇職業安定所よりの添付前歴参考によれば、被用者は訴外日布毛織株式会社(西脇市日野町)加古川郵便局及び伊藤昭織布工場(多可郡黒田庄町)に勤務し、且つ無事故であつた由であり、使用者の調査に於いても、比較的真面目であるとの結果、被用者と面接し、被用者の性格並びに家庭事情を調査したところ、被用者は妻が多少派手であり、前職に於いて、薄給であつたが、現在では生活になれて、家庭は平穏無事で、妻も被用者に協力的であるとのことであつたので、使用者である被告は、右被用者を採用したのであるが、まず、被用者を被告の会計事務の補助員に配置して勤務せしめていた処、相当能力もあつたので、漸次手形作成事務に従事せしめるようになつた。然るところ、昭和三十三年五月六日から四日間被用者服部正憲が無断欠勤をした。被告は常々社員に対して、欠勤の点は厳格であつたので、服部の四日間無断欠勤を重視し、事情調査をしたところ、服部はその間自宅へは帰らず、加東郡小野市の文化という料亭に出入していることを確め、且つ家庭内の不和より服部の私生活も可なり乱れていることも判明した。被告としては、斯様な者は会計係には不適任と考えたが、何分被告会社の会計事務が当時停滞していたので、服部を直ちに会計事務より追放する訳にも行かぬので、漸次係替を断行する前提として、右服部の従事している最も重要な手形作成準備行為事務を店員笹倉治の所管に移し、服部をこの事務より免脱した。そこで、服部は被告会社の昭和三十二年度の帳簿整理、振替伝票の作成並びに社長の指示によつて、取式銀行への使い走りを為す等、全く被告会社の機械的事務に従事するに過ぎぬ者となつた。従つて被告会社の取引先又は外来者との接触ないしは交渉する機会は全然無くなつたし、事務執行の性質、範囲からも他に迷惑を及ぼすようなことも考えられるので、被告としては、服部監督上の実を挙げたと自負していた。右被告の処罪により、服部も自粛し、勤務も平穏であつたが、同年八月十六日から三日間服部は亦々家庭不和から欠勤したので、今度は同人の馘首を断行しようと同人の執務成績を調査したところ、服部の帳簿整理が完全に近かつたのと、尚、整理すべき残余事務があつたので、その帳簿整理の結了をまつて断行することにした。斯くて従来の服部の従事していた伝票作成も笹倉治の係となり、昭和三十三年以降解職の同三十四年一月迄の服部の仕事は、古い帳簿の整理と銀行への使い走りに限定された。右服部に対する被告の処置によつても被告が被用者服部に対する被告の細心の注意と監督を為し、以て被告並びに第三者に対して迷惑を及ぼさぬ用意を怠つてなかつたことがわかるのである。而して本件手形偽造は、右最後の段階の際に為されたのである。被告会社の印鑑は、代表取締役藤原昭の机上左前の印鑑箱に収納してあり、且つ、金庫からの右印鑑の出入は代表取締役自ら施錠これに当り、社員の手を煩すことはなかつた。而して、印鑑使用は厳に代表取締役の専行で、絶対に何人にも代行を許したことはない。被告会社事務所階下は仕入係が姉妹会社、東播織布株式会社と同居し、階上は被告会社の会計と受渡係が執務していた。本件は階上会計係の事務室で印鑑保管者である代表取締役の目を盗んで、被用者服部が之を盗用した事件で、被告としては、思いがけぬ犯罪行為による災難というべきで、被告としては、被用者服部の選任及びその事業の監督について、常時相当の注意を払つたのであつて、これに対し、被用者服部が被告の注意の及ばぬ犯罪によつて本件を惹起したのであるから、被告としては免責されるべきであると附陳した。
(立証省略)
理由
原告らは手形金の請求するに対し、被告は本件手形は偽造されたものであるから、原告の請求に応じられないと抗争するところであるが、捺印部分が真正に成立したことに争いのない甲第一号証の一、二、成立に争いのない、乙第一号証の一、二の各内容、証人中島栄、同笹倉治の各証言、同服部正憲の証人訊問並びに検証の各結果を綜合すると、昭和三十二年二月頃、被告会社の店員、訴外服部正憲がかつて被告会社に勤務して同人と懇意であつた、訴外中島栄から同人の父、中島伊三郎の金融上の困窮を救済するため約束手形用紙に収入印紙をあらかじめ貼布したのを三通交付されて「迷惑はかけない。一度だけでよいから」と懇願されたので、その振出人欄に被告会社代表者藤原昭がその席に居らないすきをうかがつて被告会社名、代表者名のゴムの記名印を更に会社印、代表者印を盗捺して、右中島栄に手渡し、同中島はこれに手形要件を記入し、笹倉の割印を偽造押捺して、あたかも被告会社の振出手形であるかの如く、該手形を完成し、その支払期限が到来すれば右中島は服部に対し次々と「先の手形は落ちた、落ちた」と虚構の事実を申向けて同人を安心させ、同様の方法で、総額約三、四百万円の約百通の手形偽造を継続させたもので、本件手形は、多数振出された、右偽造手形中の二通であることが認められ、右認定に反する証拠は見当らない。そうすると、原告らの本訴手形金の支払を求める第一次的の請求は失当といわなければならない。
次に原告らは、右服部の手形偽造行為は被告会社の事業の執行につき為されたものであるから、民法第七一五条第一項本文によつて使用者たる被告は右手形金相当額の損害を賠償しなければならないと主張するから、これについて按ずるに、右乙第一号証の一の内容によると、訴外服部正憲は、昭和三十年十月十五日頃、被告会社に入社し、同三十一年五月頃まで、帳簿記入などの会計事務を担当し、その後、同三十二年十月か十一月頃まで(証人笹倉治の証言、被告会社代表者本人訊問(第二回)の結果によると五月初旬となつているが、仮りにその通りとしても、服部が最初に偽造手形を発行した日である、昭和三十二年二月が服部の手形振出準備行為事務に従事していた時期に当ることには変りがない)手形振替書や手形請求書に基づき、手形用紙に手形要件事項を全部記入し、社長訴外藤原昭在社の際、該手形に右社長印の押印を受けて振出し社長不在のときは、既に完成してある手形を社長の依頼によつて受取人に交付したりする事務に従事していたものであることが認められる。そうすると、右服部の当初の右手形偽造行為はさきに認定したように、昭和三十二年二月頃為されたもので、同人が右手形振出準備行為や手形交付事務に従事していた時に為されたものであるから、右服部の当初の手形振出行為は、民法第七一五条第一項の被告会社の事業の執行につき為されたものといわなければならない。右認定に反する証拠は見当らない。
右乙第一号証の一の内容、証人、笹倉治(後記措信しない部分を除く。)の各証言及び証人服部正憲の訊問並びに検証の各結果によると右服部は昭和三十二年五月頃家庭の不和のため数日間、無断欠勤をしたため、被告会社店員訴外笹倉治と執務の席の位置を交替させられると共に、分担事務に多少の変更が加えられたが、その後も、右服部は従前と同じ会計の仕事で手形を割引のため銀行に持参したり、金融機関との交渉の任に当つていたことが認められる。右認定に反する証人笹倉治の証言(一部)及び被告会社代表者本人訊問の結果はにわかに措信できない。而して、右認定の事実が本件手形(甲第一号証の一、二)振出行為が被告会社の事業の執行につき、為されたものか否かを判定するについて、さほどの差異を来すものとは考えられないから、本件手形振出行為もなお被告会社の事業の執行につき為されたものといわなければならない。
被告は、右服部正憲の選任及び事業の選任及び事業の監督につき、相当の注意を為したものであり、又相当の注意を為すも、損害が生ずべかりしときに該当すると抗争する。右乙第一号証の一の内容、証人藤井健司の各証言及び、証人服部正憲の訊問並びに被告会社代表者本人訊問(第一、二回)の各結果を綜合すると、被告会社は、右服部正憲を昭和三十年十月十日頃、西脇安定所よりの紹介で、二、三日臨時傭を経て、同月十五日本採用としたものであるが、被告会社の姉妹会社東播織布株式会社の訴外藤井健司が右服部のそれまで勤務していた村上織布を通じ、その以前に勤務していた日布毛織株式会社に問合せた結果、その報告に「人物は確かだ」とあつたので、被告会社に推薦したのによるもので、右服部をして終始会計事務を担当せしめ、その間昭和三十二年五月頃、同人が数日間無断欠勤をした際も執務の椅子を隣接の前記笹倉と交替せしめ、事務分担に多少の変更(前記認定)を加えたのみで依然として会計事務を担当せしめていたことが認められる、右乙第一号証の一の内容、証人笹倉治(前、後記措信しない部分を除く)の証言証人服部正憲の証人訊問、被告会社代表者本人訊問並びに検証の各結果を綜合すると、被告会社の事務室は二階十帖の間にあつて北寄り正面南向きに社長(藤原昭)用の机があり、その前に互いに密接して二列に三脚宛向い合わせに事務用机が並び、右社長用机の東南隅あたりに営業時間中は会社記名印その他のゴム印、会社印、社長印等の入れてある印箱が置いてあり、時々社長は階下に降りたり、他の店員は仕事の都合で全員不在となつて、右服部が唯一人事務室に残ることも多少あり、ただ、退社時にはこれを金庫に納め、金庫の鍵は社長藤原昭が保管しており、右金庫は同人の他には誰も開けられないことが認められる。この点に関し、「被告会社社長の印鑑はほとんど社長自ら所持していますが、便所等に立つ場合は自分の机の抽斗に入れているようです。」との証人笹倉治の右証言は、前顕証拠に照して措信できない、右認定の事実よりしては使用者である被告会社が、右被用者である、服部正憲の選任及びその事業の監督に相当の注意を為したものとは到底認められないし、相当の注意を為すも損害を生ずべかりしときとも言うことができない。右認定の事実と甲第一号証の一、二(本件手形)の内容によると、原告らは各本件手形金相当の金一〇万円の損害を蒙つたことが、明らかであるから、原告らが各自金一〇万円及び原告らの昭和三十三年十月二日付準備書面陳述の日の翌日であること、本件記録に徴し明らかな昭和三十三年十月三日から完済に至る迄民事法定利率である年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める本訴請求は理由があるからこれを正当として認容し、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八十九条、仮執行の宣言については、同法第百九十六条を各適用し、主文のとおり判決する。