神戸地方裁判所竜野支部 昭和43年(ワ)69号 判決 1970年5月27日
原告
安達正弘
被告
矢部久子
主文
被告は原告に対し金六〇万二、四二六円及びこれに対する昭和四三年八月二五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。
この判決の原告勝訴部分は仮に執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金一一六万三、三〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のとおり述べた。
一、交通事故の発生
(1) 日時 昭和四二年一〇月一四日午前七時三〇分頃
(2) 場所 兵庫県揖保郡太子町太田一、九六二番地先国道二号線上
(3) 態様 原告が原告所有のトラックを運転し、右国道二号線を西進して右地点にさしかかつた際、被告運転の軽四輪自動車が北側の小通りから出て来た。原告はこれを避けようとしてハンドルを左に切つたが太田橋の手摺りに突き当つた。
二、被告の帰責事由
本件事故は、被告が小通りから大通りに出る際に、道路交通法に定める注意義務を怠り、突如としてとび出した過失により発生したものである。
三、原告の受けた損害
前記交通事故により、原告の車が大破し、原告も治療三週間を要する頭部外傷を負つた。
その結果原告の受けた損害の額は次のとおりである。
(1) 自動車の修繕代 六四万三、三〇〇円
(2) 自動車の牽引料 六、〇〇〇円
(3) 休業による逸失利益 四六万四、〇〇〇円
原告は、前記トラックを使用して土砂、建材等の運搬を業としていたものであり、一日平均八、〇〇〇円の収入があつたが、右トラック修繕のため事故当日の一〇月一四日から一二月一〇日まで五八日間の休業を余儀なくされたものである。
(4) 慰藉料 五万円
四、よつて被告に対し右合計一一六万三、三〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁並びに抗弁として次のとおり述べた
一、第一項(交通事故の発生)は認める。
第二項(帰責事由)は否認する。本件交通事故は、原告の前方不注視の過失により発生したものである。被告は小通りから国道に出て右折しようとして、一旦停車し、相当数の車の通過を待ち、その間右折点滅も行い、原告の車がはるか左方にあるのを認め、安全を確認の上右折したところ、原告は、右折しようとしている被告の車があるにもかかわらず、徐行せず猛スピードで進行し、被告の車の至近距離においてハンドルを切つたが積荷過重の為ハンドルを切りそこなつたものであつて、被告には、道路交通法違反はもちろん何ら過失がない。
第三項(損害)については原告の車が大破し、原告も治療三週間を要する頭部外傷を負つたことは認めるが、その余は争う。
二、休業による逸失利益については、原告は、いわゆる白トラ営業をしていたもので、法規上禁止きれている公序良俗に反する業務の上での損害であるから、仮にそのような損害があつたとしても法律上請求できない。
証拠〔略〕
理由
一、原告主張事実中第一項(交通事故の発生)については当事者間に争いがない。
二、被告の帰責事由
〔証拠略〕を総合すると次の事実が認められる。
1 本件現場は、東西に通ずる幅員九メートルの国道と、北西から南東に通ずる北西側幅員四・五メートル、南西側幅員三・八メートルの道路との交通整理の行われていない交差点である。
2 原告は、事故当日の午前七時三〇分頃、右国道を大型貨物自動車(積載制限七・二五〇トン)に耐火煉瓦約一〇トンを積み、時速四五キロメートルないし五〇キロメートルで西進中約一〇〇メートル前方の右交差点北側に停車している被告運転の軽四輪自動車を発見し、出てくるかと思つて気をつけながらも、そのままの速度で進行したが、その気配が認められなかつたので、結局出てこないものと判断して交差点東側の横断歩道にかかつた際、突然右軽四輪自動車が右折してきた。原告は危険を感じてとつさにハンドルを左に切つたが、原告の車のフロントタイヤが、まだ曲がり切らずに斜めの状態にあつた被告の車の前部左側に軽く当り、さらに約一〇メートル前方の太田橋の左側の欄干に衝突した。
〔証拠略〕のうら右認定に反する部分は採用できないし、他に右認定を左右すべき証拠はない。
右認定の事実によれば、本件事故は、交差点において、狭い道路から明らかに広い幹線道路に向つて突然右折を開始した被告の過失により発生したものというべきであり、被告には、本件事故によつて原告の受けた損害を賠償すべき義務があるものというべきところ、右認定事実によれば、原告の運転方法に過失は認められないが、損害の発生については、原告の右積載制限超過が、若干の影響を与えているものと認められるので、その過失割合を被告九、原告一と認める。
三、原告の受けた損害
本件事故により原告の車が大破し、原告も治療三週間を要する頭部外傷を負つたことについては当事者間に争いがない。
そこで損害額について判断する。
1 自動車の修繕代及び牽引料
〔証拠略〕を総合すると計六二万四、九一八円であることが認められ、右認定を左右すべき証拠はない。
従つて前記過失割合をしん酌すれば五六万二、四二六円(円以下切捨)となる。
2 休業による逸失利益
〔証拠略〕によれば、原告は、前記トラックを使用して土砂、建材等の運搬を業としていたもので、一日平均八、〇〇〇円の収入があつたが、本件事故によるトラックの破損箇所の修繕のため、五八日間の休業を余儀なくされたものであることが認められる。
ところで、被告は、原告の右運送事業がいわゆる白トラ営業(道路運送法四条一項による運輸大臣の免許を受けていない)である旨主張するところ、原告は明らかに争わないので、右の事実については自白したものとみなすべきである。
そこで、右休業による逸失利益の存否並びに賠償請求権の有無について考察する。
(一) 前記運送事業の経営が、右のように法律に違反していても、その事業経営の過程において、原告が他人と締結するそれぞれの運送契約が私法上当然無効となるべき筋合のものではなく、原告は右契約に基づき相手方に対し運送賃の支払を請求しうる権利を有し、右権利に基づき運送賃を受領することを妨げないものといわなければならない(最高昭和三九、一〇、二九、一小判決、第一八巻八号一八二三頁参照)従つて、原告は前記休業により運送契約に基づく運送貨取得の機会を失つたものというべく、これは本件事故により原告の受けた損害というべきである。
(二) しかしながら、原告が被告に対し右損害についての賠償を請求すべき権利を有するか否かについては、さらに別個の観点から考察する必要がある。すなわち、道路運送法は、道路運送事業の適正な運営及び公正な競争を確保するとともに、道路運送に関する秩序を確立することにより道路運送の総合的な発達を図り、もつて公共の福祉を増進することを目的として(一条)自動車運送事業を経営するについては運輸大臣の免許を受けなければならない(四条一項)こととするとともに、右免許を受けないで前認定のような自動車運送事業を経営するものに対し、一年以下の懲役若しくは三〇万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する旨の罰則を規定している(一二八条)のであつて、右無免許営業が当然反道徳的で醜悪な行為とはいえないとしても、このような違法な行為を経続することを前提とした得べかりし利益の喪失による損害の賠償請求を認めることは、健全な社会通念にも反し、このような利益は法の保護に値しないものというべきである。この点に関しては右賠償請求権を認める見解や裁判所(昭和四三年三月二八日大阪高裁民一部判決、判例時報五二〇号五六頁参照)も存するが賛成できない。なお、前記最高裁判決は、無免許営業による得べかりし利益喪失の損害賠償請求を認容したものであるが、これは、無免許営業者に貨物自動車を売却したものの債務不履行責任に関するものであり、しかも、自動車が無免許営業に使用されるものとして売買されたことが看取できる(同判決補足意見参照)事案についてのものである。また、無免許営業者であつても、損害の発生じたいは認められること前記のとおりであるので、折衷的に、賠償すべき損害額を適当な範囲内で認めてゆくということも考えられるが、それは被害者が死亡し、或いは傷害を負うた結果右無免許営業以外の職業につくこともできないような場合には妥当としても、本件のように自動車修理のために営業ができなかつたに過ぎない場合にまでこれを認めるのは相当でない。
3 慰藉料
前記認定の傷害の程度及び過失割合を総合すると、四万円が相当と認める。
四、従つて、被告は原告に対し、前項1及び3の合計六〇万二、四二六円及びこれに対する右各損害発生後であり訴状送達の日であることが記録上明らかな昭和四三年八月二四日の翌日の同年同月二五日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。
原告の本訴請求は右の限度で理由があるから正当としてこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 大政正一)