神戸家庭裁判所 平成4年(家)588号 審判 1992年9月10日
申立人 山村花子 外4名
相手方 山村康裕
主文
本件申立てを却下する。
理由
第1申立ての趣旨
被相続人の相続財産である別紙遺産目録記載の財産の分割を求める。
第2当裁判所の判断
1 被相続人(大正4年2月4日生)は昭和60年2月11日死亡し、その相続が開始した。相続人は、被相続人の妻である申立人山村花子(以下、当事者の表示は名のみで示す)、被相続人の子であるその余の申立人ら及び相手方の6名である。被相続人の相続財産は別紙「遺産目録」記載のとおりである(A各号証、B各号証)。
2 昭和60年9月21日付遺産分割協議の効力について
本件当事者間において、「別紙遺産目録記載の物件はすべて相手方の取得とする」旨の昭和60年9月21日付遺産分割協議書(以下、同遺産分割協議書記載の遺産分割協議を「本件遺産分割協議」と略称する)が作成されている(C甲1号証)。申立人らは「本件遺産分割協議において、申立人らが被相続人の相続財産をすべて相手方の取得とすることに同意したのは、相手方が母である申立人花子、妹である申立人春子、同夏子3名の生活を将来にわたって援助、保障することが前提となっていたところ、相手方は上記扶養義務を履行しない。したがって、本件遺産分割協議は、その要素に錯誤があり、無効である。仮に、この主張が認められないとしても、法定相続分に従わない遺産分割協議は、法定相続分の贈与とみるべきであるから、本件遺産分割協議において、申立人らが相手方に対し、被相続人の全相続財産の取得を認めたことは、即ち相手方に対し、上記扶養義務の履行を条件とする自己の相続分の負担付贈与をなしたものというべきところ、前記のとおり、相手方は扶養義務を履行しないのであるから、申立人らは、申立人ら代理人作成平成4年7月29日付上申書をもって、上記負担付贈与契約に解除する旨の意思表示をなした」旨主張する。よって上記の点につき、検討する。
イ 当裁判所調査官○○○○○作成の調査報告書によれば、次の事実が認められる。
被相続人は、生前、別紙遺産目録3、4の建物に居住し、同建物において鉄、鋼材のスクラップ回収業を営み、申立人花子、同春子、同夏子、並びに相手方は被相続人と同居して(申立人秋子、同冬樹は既に結婚して別居独立)、それぞれ被相続人の営業の手助けをしながら、被相続人の収入によって、生活していた。被相続人の死後、その相続財産の分割につき、相続人間で協議がなされたが、その際、相手方が被相続人一家の事実上の長男(戸籍上の長男、次男は既に死亡)であり、またもともと病弱で、生涯結婚することなく、上記建物に居住をつづけるものと申立人らも相手方も考えていたため、相手方において被相続人の稼業であるスクラップ回収業と相続財産のすべてを相続し、その代償として、従前どおり、上記建物に申立人花子、同春子、同夏子と同居し、申立人花子、並びに年齢からみて将来結婚する可能性が多くないと思われる申立人春子、同夏子の将来の生活を保障するとの約定のもとに、昭和60年9月21日、相続人全員の間に「別紙遺産目録記載の財産はすべて相手方の取得とする」旨の遺産分割協議が成立した。そして、同協議による相続終了後も、相手方は、家業であるスクラップ業を継ぎ、その収入によって家族4人が平穏に暮らしていた。ところが、平成2年1月14日、幼い頃より病弱で、結婚できないと考えられていた相手方が、大山由紀子と結婚(但し、届出は平成3年10月28日)し、暫くの間妻由紀子をも加えて、上記建物で、上記申立人らと同居していたが、妻由紀子と上記申立人らとの折合いが悪くなり、平成2年4月頃、双方大暄嘩の揚句、妻由紀子が家出して、実家(姉宅)に帰り、相手方との離婚話が持ち上がった。そして、その揚句、由紀子の親戚が申立人花子、同春子、同夏子に対し「慰謝料として1億5000万円を支払え」「相手方の財産を担保にして、銀行から借金してやる」等といったため、上記申立人らは、由紀子の親戚に対し、強い反感を抱くと同時に、山村家の財産を由紀子並びにその親戚に奪われるのではないかと強く懸念するに至った。そして、更に、同年秋頃、由紀子が相手方に対し、今1度夫婦として再出発することを望み、相手方もこれに応じて、復縁を決意し、申立人ら方を出て、申立人らと別居して、妻由紀子とともに肩書き住所地で暮らすようになったところから、申立人らは、相手方によって現在居住中の建物からの退去を求められるのではないか、或いは相手方に万一のことがあった場合、財産がすべて相手方の妻子によって相続され、申立人らは無一物になるのではないかとの不安を強くし、本件申立てに至った。一方、相手方は、上記申立人らとの別居後も、引続き前記遺産目録3、4の建物で、スクラップ回収業に従事しているが、後記のように、申立人らが相手方と由紀子との婚姻の届出に賛成しないこと、並びに平成2年末頃よりは、収益が減少したこと等を理由に、母である申立人花子の生活費として月10万円、及び光熱費を手渡すだけとなった。そのため、申立人春子が他に就職し、その収入、並びに申立人花子の蓄えを取り崩して、上記申立人ら3人の生活を維持している。なお、申立人夏子は平成3年5月8日韓国人と結婚したが、夫は日本語が不自由であるため、現在稼働せず、申立人らと遺産目録3、4の建物に同居している。また、この間、相手方と由紀子の結婚直後は、両名の婚姻の届出に賛成していた申立人らが、由紀子及びその親戚との間に紛争が生じて以後は、届出に反対するようになったため、届出が遅れていたところ、相手方夫婦に平成3年10月18日長男が出生したため、相手方は申立人らの意向を無視して、同月28日、由紀子との婚姻届を了した。
ロ ところで、申立人らは、本件遺産分割協議に要素の錯誤があったとして、その無効を主張するが、上記認定の事実からすると、本件遺産分割協議時点においても、相手方は、申立人花子らに対する扶養義務を果たすつもりであったし、また事実、遺産分割協議後、4年程の間は、その義務を完全に履行したのみか、申立人夏子が、被相続人の死後間もなく、語学の勉強目的で、アメリカとオーストラリヤに約1年6ヵ月留学した際にも、その費用約300万円を負担している(前記調査報告書)のであるから、要素の錯誤があったとすることはできない(結局、本件は、遺産分割協議成立後に、義務の不履行を生じたこととなるから、遺産分割協議そのものに瑕疵(錯誤)があったとすることはできない)。
更に、申立人らは、負担付贈与契約の解除を主張する。しかし、遺産分割協議は、遡及効のない民法258条1項所定の共有物の分割協議と異なり、相続のときに遡って(民法909条)相続人らの遺産に対する権利の帰属を創設的に定める相続人間の一種特別の合意であって、仮令その協議において、法定相続分と異なる遺産分割をしたとしても、その協議をもって、相続財産を法定相続分より少なく取得した(或いは全く取得しなかった)相続人からの、相続財産を法定相続分より多く取得した(或いは全遺産を取得した)相続人に対する相続分の贈与に基づくものとすることはできない。したがって、本件遺産分割協議をもって、申立人らからの相手方に対する相続分の贈与であるとの考え方を前提とする申立人らの主張は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないというべきである。
とすると、本件遺産分割協議が無効であることを前提とする本件申立ては、その余の点について判断するまでもなく、理由がないから、却下することとし、主文のとおり審判する。
(家事審判官 高橋水枝)
別紙遺産目録<省略>