神戸家庭裁判所 昭和46年(家)1151号 審判 1974年8月29日
申立人 坂本文子(仮名) 外二名
相手方 村田良子(仮名)
主文
被相続人(亡)酒井太郎、同(亡)酒井ハナの遺産を次のとおり分割する。
一、別紙目録記載物件は相手方村田良子の取得とする。
二、相手方村田良子は、申立人坂本文子に対し金五〇〇万円を、同星野由美子に対し金三〇〇万円を、同菊地綾子に対し金五〇〇万円を各支払え。
三、本件手続費用中、鑑定人辻正一に支払つた金七万二、〇〇〇円はこれを四分してその一を相手方の負担、その余を申立人らの負担とし、その余の費用は各自の負担とする。
理由
申立人らは、被相続人(亡)酒井太郎、同(亡)酒井ハナの遺産につき分割を求めた。
(当裁判所の判断)
一、相続人
被相続人酒井太郎は昭和四〇年二月二四日病死し、その相続人は配偶者酒井ハナのはか申立人坂本文子(長女)同菊地綾子(二女亡村田広子の代襲相続人)および相手方村田良子(三女)であつたところ、酒井ハナも昭和四二年七月一三日死亡して相続が開始し、その相続人は上記三名と先夫(亡)一郎との間の二女である申立人星野由美子との四名である。
二、遺産の範囲と法定相続分
被相続人(亡)酒井太郎、同(亡)酒井ハナの遺産は両名共有にかかる別紙目録記載の土地建物だけであつて、他には存在しない。もつとも若干の株券があつたようであるが、すでに分配もしくはその存否不明となり、申立人らも強いてこれを対象とする意思がなく、上記土地建物についてのみ分割を求めているから、遺産の範囲をこれに限定する。遺産に持戻すべき格別の生前贈与もこれを認めるべき資料がない。共同相続人のうち、申立人星野由美子は、被相続人(亡)酒井ハナの遺産についてのみ四分の一の相続分を有し、他の三名は被相続人(亡)酒井太郎の遺産につき九分の二宛と同(亡)酒井ハナの遺産につき四分の一宛の相続分を有する。そして、被相続人(亡)酒井ハナの遺産は別紙目録記載の土地建物に対する自己の共有持分二分の一とこれに亡夫酒井太郎の共有持分二分の一に対する配偶者としての法定相続分三分の一を加えたものの合計共有持分六分の四であるから、これに対する申立人星野由美子の相続分は六分の一である。したがつて、他の申立人坂本文子、同菊地綾子および相手方村田良子の相続分は残余の各三分の一すなわち各自一八分の五宛である。
相手方村田良子は、同人が昭和三九年一二月以来被相続人両名と同居して扶養し、本件遺産の維持管理に貢献して来たので、法定相続分のほかに寄与分相当額を遺産から控除して取得するか、もしくは具体的相続分を変更して他よりも多く取得すべきことを主張するけれども、同人が遺産に対して直接そのような実体的権利を取得したと認めるに足る資料はない。相手方が主張するような後記事由は遺産の評価に際して相手方の占有関係をその利益に考慮すれば足りる。また、相続分の変更は、調停合意によるのは格別、審判において家庭裁判所が任意に変更することは許されないものと解するから、相手方のこれらの主張はいずれも採用できない。
三、遺産の評価と具体的相続分
鑑定人辻正一の昭和四七年一〇月二〇日付鑑定評価書の記載によると、同年七月一日の鑑定時現在の本件土地建物の価額は合計一九、七九八、〇〇〇円とされているが、メートル法表示による登記簿上の面積により修正すると一八、六八六、〇〇〇円になる。しかし、同鑑定人の昭和四八年七月一〇日付回答書の記載によると、土地についてはその後一平方メートル当りおおむね二二、〇〇〇円の値上りをしており、これによる修正価額は合計三三、九二二、〇〇〇円であり、約三割の値上りを示しているところ、さらに昭和四九年度地価公示(同年五月一日土地鑑定委員会公示第一号)の本件地域圏の公示価格の対前年比上昇率も約三割であるから、これらを考慮して、本件土地建物の現在の価額は合計約三、〇〇〇万円と認める。
ただこれは本件物件について、権利その他の負担が付着していないとした明渡価額である。しかし、本件土地家屋には相手方とその家族が被相続人両名の生前から同居しており、かつ、その同居は、もともと自己の住居(県営住宅その他)があつたのに、被相続人両名のもとめに応じて、その夫(大学教授)や子らとともに移り住んだものであり、家賃の支払いは免れたけれども、従前の住居の権利を放棄し、かつ、被相続人の身辺の世話をするという負担を伴つたものであつたことからすれば、その占有上の地位を考慮せざるを得ず、本件物件を遺産として評価する場合においては、その立場にない他の共同相続人との関係で相手方の居住利益を評価し、これを控除したものをもつて分割の対象たる遺産の価額とするのが相当である。これについて家庭裁判所は、いわゆる居住権の存否や内容というよりは、当該居住者を含め共同相続人らが遺産相続により受ける利益を裁定するをもつて足りるものと解する。
鑑定人辻正一の評価によれば、このように身分関係を前提とする使用貸借類似契約の目的となつている場合の価格は、家屋賃借権を上限とし、不法占有者に対するいわゆる立退料相当額を下限とする範囲内において定めるのを相当としているが、結局は同居の事情ないしその後における占有使用状況、使用に伴う負担その他被相続人との関係や共同相続人らの意思等を総合して家庭裁判所が裁量評価することになる。そして、本件における相手方の家屋居住についてのこれら諸事情からすれば、上限もしくはそれに近い認定を相当と考える。そして同鑑定人の評価によれば、敷地使用権を含む本件借家権の価額は約七〇〇万円であり、これにその後の前記地価上昇による変動率を乗じて修正すれば約一、二〇〇万円になるから、これを前記土地建物の総額三、〇〇〇万円から控除した残額一、八〇〇万円が本件遺産の現在価額と認定する。
そうすると、各自の相続分は、申立人星野由美子が三〇〇万円、他の三名は各五〇〇万円宛になり、相手方村田良子はこれと上記控除にかかる居住利益評価額とを合計したものが自己の取得分になる。これまでのいわゆる維持管理に要した費用等はこれに含まれていると見てよいから、別に算定しない。
四、遺産の分割
遺産たる土地建物には相手方村田良子とその家族が居住していて、その取得を望み、申立人らもこれに異議がない。その他取調にかかるいつさいの事情を考慮しても、これを相当とするから、本件土地建物は相手方村田良子の取得とする。その結果、相手方村田良子は、申立人三名に対し、上記同人らの相続分に相当する額すなわち、申立人星野由美子に三〇〇万円、他二名に各五〇〇万円宛を支払わなければならないことになる。ただし、その支払いについては、家庭の主婦である相手方にそれに相応する財力、金融力があるかは、現在、将来ともに疑問であり、本件手続難航の主因となつたところであるけれども、当事者間に具体案のない本件においては、徒らにその方法を定めるよりは、むしろ、審判確定の後において、当事者の選択する自由な方法、究局的には執行段階における解決に委ねるのが相当である。金融の方途もその方が得易くなる道理である。相手方は、相手方が居住する状態のまま申立人らとの共有とすることを主張するが、分割の目的に沿わないから採用できない。
その他上記認定と判断に反する資料および主張はいずれも採用しない。
よつて手続費用の負担につき非訟事件手続法第二六条第二九条を準用して主文のとおり審判する。
(家事審判官 坂東治)