神戸家庭裁判所 昭和51年(少)4920号 決定 1977年2月09日
少年 M・H(昭三二・四・二三生)
主文
少年を保護処分に付さない。
理由
罪質、情状その他に照し保護処分に付する必要はないものと認め少年法第二三条第二項により(別件保護中)、主文のとおり決定する。
(裁判官 大和陽一郎)
参考一 処遇意見書
意見書
奈良少年院長○○○○作成の昭和五二年二月二四日付「当院在院者M・Hの処遇意見書送付方依頼について」と題する書面に対し、当裁判所は、少年審判規則三八条二項の趣旨にもとづき、つぎのとおり意見を述べる。
上記少年M・H(昭和三二年四月二三日生。昭和五一年二月二〇日中等少年院送致決定)については、昭和五二年二月九日の審判の結果、右少年院送致決定前の余罪につき別件保護中不処分の決定(以下、本決定という。)がなされたものであるが、同決定の趣旨は
1 右余罪はいずれも事案がきわめて重大であつたが事件は古く、犯行当時の少年の年齢も低かつたため、本決定当時において検察官送致の措置をとるのは妥当でないと考えられたこと、
2 また、上記少年院送致後約一年にしてようやく同少年院での指導、教育が軌道に乗り始めた段階にあつたため、右段階において特別少年院に送致することも適当でないと考えられたこと等であつた。
しかして、本決定に至る以上のような経緯に加えて、少年の性格および同少年院送致前の少年の経歴・環境等をも併せ考慮のうえ、本少年の今後の処遇に関して当裁判所の意見を述べれば、およそ以下のとおりの諸点が考えられる。
すなわち、
1 上記余罪の事案の重大性に鑑み、少年の性格および環境上の問題がより根深いものであることを認識すべきであること、
2 右に加えて、上記のとおり、本決定当時において少年の院内処遇がようやく軌道に乗り始めたことからすると、今後の処遇過程がある程度長期化することも十分に予想されること、
3 さらに、父親との関係調整も従前からの大きな課題であつたが、本決定当時においても少年の出院後の受入体制にほとんど気を配つていなかつた父親の状況からみて、今後も同人に対するより積極的な働らきかけをし、少年との関係調整を図つてゆく必要があると考えられること、
4 以上によれば、本少年について真の更生を期するためには、社会資源の開発および環境調整に特に留意したうえで、出院後の生活設計の確立を図ることが是非とも必要であると考えられること、
5 また、以上の諸点に鑑みると、今後の院内処遇の経過如何によつては仮退院後の保護観察期間を予め想定したうえで、その継続指導による社会内訓練に本少年の余後を期することも考慮する余地があること、
以上のとおり考えられる。
昭和五二年二月二六日
神戸家庭裁判所
裁判官 大和陽一郎
参考二 処遇意見送付方依頼書
当院在院者M・Hの処遇意見書送付方依頼について、本年二月九日標記在院者の余罪に関する審判において不処分の決定があつたが、同決定に際し貴職から在院者の今後の処遇に関し
1 父との和解を充分に見届ける調整が必要であること
2 出院後の就職等を含む生活設計が確立するまで在院させること
3 余罪について悔悟させるための諸指導を施すこと
4 満齢日(本年四月二十三日)以降の在院処遇のほか、相当長期にわたる保護観察による収容継続期間をもつて処遇を完結させることが必要であること
以上の口答連絡を受けました。右在院者の処遇に関する貴職の意見を尊重し、今後の処遇に充分反映させていきたいと思料致しますので、改めて処遇意見の送付方御依頼申し上げます。
参考三 収容継続決定
主文
少年を昭和五二年一〇月二二日まで中等少年院に継続して収容する。
理由
1 本件申請の趣旨及び理由は、奈良少年院長○○○○作成の昭和五二年三月二八日付収容継続申請書に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
2 そこで判断するに、当裁判所の調査審判の結果によれば、少年は昭和五一年二月二〇日中等少年院送致の決定を受けて現在奈良少年院に収容されているものであるが 少年の入院後の生活面については、入院後まもない同年三月二二日には逃走を敢行し、その調査中も額毛抜をして同年四月一日に謹慎二〇日 次いで同年五月二〇日、額毛抜により訓戒、同年六月一七日、兇器(五寸釘)持込により謹慎三日、同月二四日、文身により謹慎三日、同年八月五日、額毛抜により謹慎五日、同年九月一七日、文身により謹慎七日、同年一〇月七日、のみ隠匿により訓戒、同五二年一月二二日、喧嘩及び額毛抜により謹慎七日 同年三月三日 不正通信により謹慎一〇日の各処分をうけており、成績ははなはだ良くなく、処遇段階もなお一級下にとどまつたままであり そして、このような反則行為の過度の繰り返し(在院生中一番多い)は、少年が幼少時から不遇な生いたちの中で適切な躾教育や充分な愛情受容経験を受けることなく育つてきており、考え方が自己中心的で些細なことに不平不満、更には被害者感、不信感を持つてしまうため、内面に常にいらいらした不安定感を現在なお有していることを示すもので、健康な社会共同生活を送るには多分の問題を含んでいると認められる。しかも、少年を受入れる環境面においては、少年は父の許に帰住することを望み、父も受入れの意向であるが、父は長年一緒に暮していた義母U・Z子と少年の在院中に内縁関係を解消し、新たにN・M子と内縁関係に入つたが、少年は新しい義母の人柄について知るところなく不安動揺し、父の異性関係生活態度に反発していることが窺われる。
以上の実情よりすれば、少年の処遇については、犯罪的傾向の矯正のために、集団教育の可能な施設における矯正教育がまだ必要な段階にあり、さらに、保護司の援助を得て、新しい義母との協調及び実父との感情融和を図るために、実社会生活の体験を通じた矯正教育もまた必要であり、そしてそのために引続き収容継続をなす期間は諸般の事情を勘案すれば、仮退院後の在宅補導を必要とする期間を含めて、満齢日である昭和五二年四月二三日から起算して向う六か月間(同年一〇月二二日まで)が相当であると認められる。
よつて、少年院法一一条四項を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 小倉正三)
参考四 収容継続申請書
当院在院者M・H(昭和三二年四月二三日生)に対する少年院法第一一条第二項にもとづく収容継続申請について標記のことについて下記のとおり申請します。
記
1 送致決定裁判官 神戸家庭裁判所 大和陽一郎
2 送致決定年月日 昭和五一年二月二〇日
3 入院年月日 昭和五一年二月二三日(神戸少年鑑別所より)
4 送致の際の事件名 窃盗 恐喝未遂、遺失物横領
5 申請の期間及び理由
期間 昭和五二年四月二三日(二〇歳到達日)から向こう六カ月
理由 別紙の通り
6 参考事項 別紙の通り
別紙
5 申請の理由
(1) 本少年の非行化の経過については、神戸家庭裁判所作成による少年調査記録の通り、幼少時の不遇な家庭環境に端を発し養護施設における不良交遊の中で極度に人格をゆがめられ、地域の不良仲間に追従して中学校時代に非行化し、中学校卒業後も長く定職に就くことなく家庭内の気まずさを嫌悪して不良交遊、徒遊にあけくれあるいは暴力団に出入りし、ボンド吸引や単車遊びに耽溺し、本件非行に至つたものである。この間数度の家庭裁判所による保護的措置に対しても敢えて背馳した行動に走り、安定した生活を全く喪失した状況にあつた。
本少年の入院当初家庭裁判所の送致理由および少年鑑別所の資質鑑別結果を受けて次の教育目標を設定し実施してきた。
○ 対人不信感、愛情、飢餓感にもとづく情緒不安定状況に対し、カウンセリング、内省あるいは作文指導等主として個別指導に重点をおく指導を施す
○ 地道にたくましく生きぬく男らしさを育成するために、スポーツ、情操教育において、成功感を充足し、自信ある生活を回復し、合わせて職業耐性指導によつて独立自活の生活設計を確立させる
○ 心底では親和性が充分認められている父親との関係を、過去のこだわりを清算して、共に健全な家庭再建へ向かわせる対話を復活させていく
(2) 本少年の処遇経過については別紙処遇経過一覧表の通り、入院当初の逃走を皮切りに、反則行為を頻発させ、五一年度当院在院生中最多反則回数を記録し、しかも現在までのところ改善していこうとする意欲に著しく欠けている。その原因についてはさまざまの要因が複雑にからみあつた結果であると推定され、三月二三日付で実施された神戸少年鑑別所○○鑑別技官の再鑑別の結果においても別紙の通り「周囲の人間関係にとらわれた生活態度ぶりで情緒不安定が強く自分自身にしつかり目を向け自分のために生活していくといつた構えは身についていない。そして今後、情緒的安定感を得させる受容的指導と安易に逃避させない強い規制を加えていく二面的な指導が必要である」旨記載されているが、次のことがあげられる。
○ 自己の性格上の負因を他人に責任転嫁ししかもいつまでもこだわり、向上意欲を軸にした解決方法を見出そうとしないし、心身鍛練、カウンセリング等各指導場面における指導教官の助言や激励にも自己のカラに閉じこもり耳を借そうとしない。
○ しばしばくり返される額毛抜、あるいは兇器持込という反則行為の動機については、集団生活を忌避し、干渉の少ない単独室に逃避する気持から生じたものと解釈される。しかも、単独室生活の延長を願い集団生活困難の性状をアピールしようと単独室生活を一層だらしないものにし無定見な生活に陥つている。
○ 父親を慕いつつも、別紙の通り昨年一〇月二五日付環境調整追報告書にみられるようなルーズな異性関係と酒乱気味の父親の生活態度に反発し、指導教官側の再三にわたる制止、叱責にもかかわらず生活のよりどころを神戸地区出身の不良顕示性向が著しい少年群との不良付き合いに求め、早期出院に対する意欲を失なつている。
○ 夢想の生活と惨めな現状とのギャップに悩むどころか、むしろそうしたアンバランスな思考をもて遊び、夢遊病者のごとき言動を弄して現状を一歩でも解決していこうとする勇気がほとんど認められない。
(3) 以上から本少年の処遇については、今後も相当の長期処遇を施す必要があり、当面本少年自身による自己の欠点を冷静に洗い直す内省中心の処遇で臨み、自己の周辺を整理させることとし、五月上旬又は六月上旬予定される処遇の最高段階である一級上進級後は、出院後の生活設計を軸に、力強い生き方について作文指導、批判集会活動、院外訓練等によつて約二カ月(六月上旬一級上進級のとき)~三カ月(五月上旬一級上進級のとき)間自主学習を施す必要がある。あわせてこの期間中にようやく調整のめどがつきはじめた運送業関係の就職について独立自活の覚悟及び父親との協力関係を充分なものにしていきたい。
そして、仮退院による出院後も、約三カ月の社会内処遇である保護観察期間において、保護司の援助により、新しい義母との協調及び父親との感情融和を基礎とする家族再建を確立させることが更生上ぜひ必要である。
また、本年二月九日、神戸家庭裁判所大和陽一郎裁判官による余罪審判の際、事案が重大であるが在院期間が既に長期に及び新たな保護処分に付することは望ましくないので、不処分決定にするもこれを収容継続期間に吸収することを考慮する必要がある、と同裁判官から述べられ、次いで、本年二月二六日付の別紙処遇意見書において、今後の処遇として「少年の性格及び環境上の問題が根深く、今後の処遇課程が長期化することも充分予想され、特に受入体制を中心とする父親との関係改善を図つていくこと、そして仮退院後の保護観察期間を予め想定した上での社会内訓練を考慮する余地がある」との意見が示されている。
なお、本年三月二四日近畿更生保護委員会観察官による仮退院のための準備面接調査において、観察官から「入院初期に完了すべき非行に対する反省が、対人被害妄想感のため、気まぐれな理屈づけに終始し全くなされていない。従つて現在処遇段階は一級下であるが社会化処遇にはほど遠く、気分の安定化をはかつて地道な生活設計を確立し、その過程の中で決して他に責任転嫁を求めるがごとき逃避行動に走らないよう指導していただきたい」旨の意見が提出された。
よつて本少年に対し、二〇歳満齢日にあたる昭和五二年四月二三日から向こう六カ月の収容継続を少年院法第一一条第二項にもとづき申請致します。
別紙
6 参考事項
M・Hの処遇経過一覧
五一・ 二・二三 当院入院 二級下編入
三・ 七 考査期間終了
三・ 八 入院時教育課程編入 夜間単独処遇に変更
四・ 一 三・二二Aと逃走敢行、連戻し、および調査中額毛抜謹慎二〇日、減点二〇点、三級降級
四・二一 夜間単独室特別処遇(一般集団生活不適による)に変更
四・二二 落書 課長説諭
五・ 一 二級下復級
五・二〇 生活態度不良(額毛抜)訓戒
六・ 三 二級上進級 集団寮処遇
〃 職業補導種目 建築ブロック科編入 美術クラブ参加
六・一七 不正品(兇器持込)謹慎三日減点三点
六・二四 文身 謹慎三日、減点三点
八・ 五 生活態度不良(額毛抜)謹慎五日、減点一〇点
九・一七 文身 謹慎七日、減点七点
一〇・ 七 のみ窃取隠とく 訓戒、減点五点
一〇・ 七 夜間単独室特別処遇(一般集団生活不適による)に変更
一二・二三 集団寮処遇に変更
五二・ 一・ 四 一級下進級
一・二二 けんか、暴行、生活態度不良(額毛抜)謹慎七日、減点七点
二・ 四 技能賞(職業補導検定合格、増点五点)
三・ 三 不正通信(いいがかりにより、借金書作成を強要)謹慎一〇日、減点七点
再鑑別結果報告書<省略>
環境調整報告書<省略>