神戸家庭裁判所 昭和61年(家)819号 審判 1987年10月26日
申立人 大谷恵子外1名
主文
申立人両名からの、被相続人田原大介の相続を放棄する旨の申述を受理する。
理由
第1申立の実情
1 申立人恵子の実父であり、申立人千里の祖父である被相続人田原大介(以下「大介」という。)は昭和49年12月21日午前8時3分死亡し、申立人恵子と申立人千里の実母田原千津子(以下「亡千津子」という。)ほか4名が大介を相続した。その後、千津子は昭和58年2月6日死亡したため、申立人千里が子として相続により亡千津子の相続人の地位を承継した。
2 ところで、被相続人大介は、死亡当時多額の債務を負担していたところから、申立人恵子、亡千津子を含む大介の相続人6名は、昭和50年3月18日付けを以て当庁に限定承認申述受理の申立をした(当庁昭和50年(家)第556号事件)。しかし、この申立については、申立人の一人である仲田英夫の法定代理人(親権者)仲田美代子に限定承認の意思がないことを理由として、昭和50年11月27日付けを以て申立却下の審判がされるに至った。
3 申立人恵子及び亡千津子は、上記申立却下の審判を受けるに先立ち昭和50年10月29日、神戸地方裁判所に対し大介の相続財産に対する破産宣告の申立をした(昭和50年(フ)第32号事件)ところ同裁判所は、同年12月11日申立を容れて、大介の相続財産について破産手続を開始する旨の決定をした。
その結果、申立人恵子及び亡千津子は、破産宣告の効果として大介の相続財産は、積極財産はもとより消極財産をも含むすべての財産が財産財団を構成し、大介が負担していた国税債務についても法定相続人はこれを承継することがない、すなわち相続は開始してない、と考えていた。
4 ところが、昭和54年3月20日、○○国税局長は、亡千津子が、単純承認により、上記国税滞納債務1495万4740円を相続したものとして、昭和54年3月20日現在の滞納税額1449万9469円を徴収するため、同人の固有財産である不動産に対し滞納処分として差押え処分及び参加差押え処分をし、同月24日その旨の登記を経由した。そこで、亡千津子は、これらの差押え処分を不服として昭和54年4月19日国税不服審判長に対し審査請求をしたが、同55年7月9日棄却の裁決を受けたので、更に神戸地方裁判所に対し、○○国税局長を被告としてこれらの差押え処分の違法を主張し、その取消しを求めて出訴した(昭和55年(行ウ)第16号事件)。その後千津子の死亡によりその相続人である申立人千里(法定代理人後見人福田明美)が該訴訟を承継した。
ところが、神戸地方裁判所は、昭和60年12月23日、相続財産に対して破産宣告がされても、相続人が単純承認をした以上、相続人は被相続人に属していた一切の権利義務を承継するものであり、破産宣告の効果として民法所定の相続の効果が遮断されるものではない、との理由で、申立人千里の請求を棄却する旨の判決を言い渡した。
5 この第一審判決に対しては申立人千里において大阪高等裁判所に控訴事件として同裁判所が審理中であるが、申立人両名は、申立人千里が昭和60年12月24日上記第一審判決の送達を受けたことにより大介の遺産について相続が開始する可能性の存することを知るに至った。
そこで申立人両名は、本件申述に及んだものである。
第2当裁判所の判断
1 筆頭者大谷卓治、同田原大介及び同田原千津子の各戸籍謄本によれば、被相続人大介の死亡日時、大介と申立人恵子、亡千津子及び申立人千里との間の身分関係が申立の実情記載のとおりであること、本件記録添付の当庁昭和50年(家)第556号事件記録、本件記録中の神戸地方裁判所昭和50年(フ)第32号破産申立事件の破産宣告申立書、破産宣告決定書の各写し、同裁判所昭和55年(行ウ)第16号事件判決正本及び同事件送達報告書の各写し、福田明美作成の顛末書、並びに申立人大谷恵子、申立人両名代理人○○○、申立人田原千里法定代理人後見人福田明美及び松井弘吉に対する各審問の結果によれば、申立人恵子ら相続人6名によってされた、限定承認申述受理の申立は、大介の生前から同人の委任を受けて大介の租税債務に関する訴訟事務を追行していた○○○弁護士の示唆によって行われたものであったこと、大介の相続人6名のうち申立人恵子と亡千津子とは嫡出子であるが、その余の4名(何れも大介の死亡当時は未成年者)中2名は森中富美子との間に、1名は吉村はる子との間に、他の1名が仲田美代子との間にそれぞれ生れた非嫡出子であるという複雑な相続関係になっており、限定承認申述書の作成に当たっては、大介の経営する会社に永年勤務して番頭役的立場にあった松井弘吉が大介と関係のあった上記の女性を知っていたところから、申立人恵子らの母小山ちか子の依頼を受けて各人の家を訪ね、申述書の申立人記名欄に仲田美代子を含む相続人の各法定代理人の捺印を得て申述書を完成したものであったこと(上記限定承認申述受理申立事件の審問のさい、仲田美代子は、松井からは電話によってその旨の依頼を受けたことはあるが直接会ったり、判を押したりしたことはない、と供述しているが、本件における松井弘吉、福田明美各審問の結果に照らし措信できない。)同弁護士は、申立人恵子と亡千津子の申立代理人として審問期日における仲田美代子の供述内容等から申立が却下される可能性のあることを察知したところから、限定承認に代えて被相続人の債務負担を免れるべき手段として、大介の相続財産に対する破産申立の方法を選ぶこととし、上記申立が却下されるのに先立ち、神戸地方裁判所に対し、大介の相続財産が相続債権者株式会社○○相互銀行ほか数名に対して合計2億円の債務を負担しており、これを完済することができないことを理由として、該相続財産に対する破産申立をしたところ、同裁判所は、昭和50年12月11日午前11時破産管財人を弁護士○○○○と定めて破産手続を開始する旨の決定をしたこと、なお、限定承認申述受理の申立は昭和50年11月27日却下され同年12月24日確定したこと、しかるに、申立の実情に記載のとおり、○○国税局が亡千津子の固有財産である不動産に対して国税滞納処分として差押え及び参加差押えをしたところから、同人において国税不服審判所に対し審査請求をしたが、棄却されたため、更に差押え処分の取消しを求めて神戸地方裁判所に出訴したこと、しかるに、同裁判所が、相続財産の破産によっては民法に定める相続の一般的効果が当然に遮断されるものではない、との理由で請求棄却の判決を言い渡したところから、昭和60年12月24日判決正本の送達を受けた申立人千里は、大阪高等裁判所に対し控訴の申立をする一方、申立人千里と同居していて判決の結果を同時に知った申立人恵子と共に、判決の送達を受けた日から3か月以内である昭和61年3月22日、それぞれ当裁判所に対し、大介を被相続人とする相続放棄申述受理の申立をしたこと、以上の事実を認めることができる。
2 以上の事実関係によれば、申立人恵子及び亡千津子のした限定承認申述受理の申立が同人らの真意に基づくものであること及び本件各申立が申立人両名の真意に基づくものであることは、明らかであるというべきである。しかるところ、申立人恵子及び亡千津子が限定承認申述受理の申立をした時点(おそくともこの時期には、これらの者において大介につき相続の開始のあったことを一応知ったものと言うべきである。)を基準にしてみるときは、申立人両名による本件相続放棄申述受理の各申立は、民法915条所定の期間の経過後にされたものであることが明らかであると言わざるをえない。しかしながら、他方、申立人恵子及び亡千津子がした上記限定承認申述受理の申立は同条所定の期間内にされているのであるから、本件各申立もなお適法のものと言えるか否かについて検討する。なお、上記事実関係のもとでは、申立人千里についても民法916条の規定の適用はなく、同申立人について固有の熟慮期間が進行するものではないと解される。
(1) 思うに、我が民法は、相続につき被相続人の死亡により相続が開始すると同時に、遺産は当然に相続人に帰属するとの立場に立ったうえ、相続人をして、相続の開始から3か月以内に、これを承認するか又は放棄するかの選択権を家庭裁判所に対する申述という形式で行使させることとしたのである。したがって、相続を放棄するか、限定承認をするかは、元来3か月の熟慮期間内に決定され、何れかが行使されるべきものであるから、限定承認の申述が認められなければ、相続放棄の申述をするというような段階的な申述の方法は本来法の予定しないところとしなければならない。そして、本件においては、当初の熟慮期間内に限定承認申述受理の申立がされたことによって、その選択権は行使されたものとも言えるのである。ところで、本件の場合においても、もし限定承認申述受理の申立の却下と申立人らによる相続放棄申述が共に3か月の熟慮期間内にされたとするならば、何びとも相続放棄の申述の適法性を認めるにやぶさかでないであろうが、更に申立却下の時期が3か月の熟慮期間を経過した後であり、したがって、熟慮期間の経過後に改めて相続放棄の申述がされた場合においてもこれを適法と認めざるをえない場合があると考えられる。すなわち、相続の限定承認ないし放棄の申述受理の申立を受けた家庭裁判所が、申述者本人の真意の存否を審査するに当たり、確認の基準時を何れにおくかは争いのあるところであるが、これを申述書の提出時とせず、受理を決する時点とみる実務上の一般的見解(本件に先立つ限定承認申述受理申立事件における申立却下の審判がこの見解によつているものであろうことは、同事件においては、その申述書中の仲田美代子の印影の真否が問題になつているにもかかわらず、これを論ずることなく、「申述人仲田英夫の法定代理人仲田美代子において限定承認の意思がなく、本件申述は同人の真意によるものでない旨を供述しているから云々」と判示しているところによつて窺知されるところである。)によるときは、共同相続人の一部の者による翻意は、合一の意見による申述であると信じて申立をした他の共同相続人にとつては不測の事態となるから、熟慮期間の経過後であつても、その限定承認申述受理の申立を相続放棄のそれに変更するか、改めてその相続放棄申述受理の申立をする途を認めざるをえないと言うべきである。そして、このような見解のもとでは、本件各申立が上記限定承認申述受理申立却下の審判の告知に引続いてされたものであるならば、これを受理しなければならないものと解されるのである。
(2) ところが本件においては、上記限定承認申述受理申立却下の審判の確定から本件各申立までの間に10年余の経過があるから、更に検討を要する。
しかるところ、申立人恵子及び亡千津子の代理人であつた○○○弁護士が限定承認申述受理申立事件において、申立却下の審判がされるのを察知して事前に大介の相続財産に対する破産の申立をし破産宣告決定を得たこと、しかし相続財産の破産によつては民法に定める相続の一般的効果が当然に遮断されるものではない、との理由で申立人千里の○○国税局長に対する訴訟が敗訴となり、申立人両名の果たそうとした租税債務負担回避の意図が達せられない状況となつたこと、そこで申立人両名は、更に進んで申立人千里において上記敗訴の判決の送達を受けて後3か月の経過前に本件各申立に及んだものであること、以上の事実はさきに認定したところである。
そして、このような本件各申立までの経過をみると、申立人恵子並びに亡千津子及び申立人千里の意図は、当初にされた限定承認申述受理の申立をした時点から本件申立に至るまでの間、一貫して大介の債務による責任をその固有財産で負担することの回避に向けられてきたものであつて、中間段階で試みられた上記破産の申立も申立人両名側の見解は第一審裁判所により否定されたものの、全くの謬論とまで言うことのできないものを含んでいるものであることは、上記第一審判決が判例批評の対象として取り上げられていることによつても窺い知られるところである(申立人両名代理人提出の、判例タイムズ628号127頁以下)から、亡千津子、またその代理人○○弁護士が相続財産に対する破産宣告決定を得ることによつて大介の債務の承継の回避を試み、また、申立人恵子がその効果を信じ、限定承認申述受理申立につき却下の審判を受けた後直ちに相続放棄の申述をする途に出ることがなかつたとしても、あながち誤つた手段を弄したものとして責めることはできないものがあると言うことができよう。
(3) してみると、このような事情のもとで申し立てられた本件相続放棄の申述を受理しえないものとして却下することは、相続放棄の申述受理の審判の法律的な性格に鑑みても相当でないと言うべきである。3よつて、本件各申立を受理すべきものとし、主文のとおり審判する。
(家事審判官 吉井直昭)
〔参照〕神戸地昭55(行ウ)16号昭60.12.23判決
原告 亡田原千津子承継人 田原千里
右法定代理人後見人 福田明美
被告 ○○国税局長 ○○○○
主文
一 原告の被告に対する金100万円及びこれに対する昭和60年2月19日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員の各支払を求める訴えを却下し、その余の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が昭和54年3月20日付けをもつて別紙(1)物件目録記載の不動産につきした差押処分及び参加差押処分をそれぞれ取り消す。
2 被告は原告に対し金100万円及びこれに対する昭和60年2月19日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 2項につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 被承継人田原千津子(以下「千津子」という。)は別紙(1)物件目録記載の建物を所有していたが、同人は昭和58年2月26日付死亡したのでその唯一の法定相続人である原告が相続した。
2 被告は、昭和54年3月20日付けをもつて、千津子が1449万9469円の国税を滞納していることを理由に別紙(1)物件目録記載の建物につき、滞納処分として差押処分及び参加差押処分をし、同月24日付けでその旨の登記を経由した(以下右各処分を合わせて「本件差押処分等」という。)。
千津子は、本件差押処分等に不服であつたので昭和54年4月19日国税不服審判所長に対し審査請求を行つたが、同所長は、昭和55年7月9日審査請求を棄却し、千津子は同月29日その旨の裁決書謄本を受領した。
3 しかしながら、千津子には右国税債務が存在しないのであるから、これが存在することを前提になされた本件差押処分等は違法でありその取消しは免れえない。
4 (一) 他方、千津子は、昭和58年2月1日神戸市中央区所在の国鉄三ノ宮駅構内で脳出血(動脈瘤破裂)の発作を起し、同月6日午前5時25分、当時わずか5歳の原告をあとに残したまま34歳の若さで死亡した。
(二) 千津子は、もともと高血圧症の持病があつたが、被告の苛酷非情な租税聴収の強行(本件差押処分等)により心労と憤懣を募らせた結果、脳出血で死亡したものである。
(三) 被告は法律を誤解し強引にも違法な本件差押処分等を行つたものであるから、被告には違法な本件差押処分等につき故意又は少なくとも過失があつたことは明らかである。
(四) 原告は千津子の被告に対する右不法行為に基づく慰謝料請求権を相続したものであるが、千津子及び原告が被告の非情苛酷な右徴収手続の履行により受けた精神的苦痛を金銭に評価すると1億円を下ることはない。
5 よつて、千津子の相続人である原告は、被告のした本件差押処分等の取消し並びに不法行為に基づく慰謝料のうち金100万円及びこれに対する弁済期経過後である昭和60年2月19日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 被告の本案前の主張(請求の趣旨2項について)
原告は、請求の趣旨2項において被告○○国税局長に対し本件金員の支払を求めている。
しかしながら、同被告は、国の公権力の行使に当たる一行政機関にすぎず、権利義務の帰属主体ではないので、このように法人格をもたない行政機関が損害賠償の義務主体となることはありえず、行政権国を相手方(被告)とする本件損害賠償請求訴訟が不適法なものであることは明らかである。
なお、行政事件訴訟において行政庁に被告適格を認めたのは、専ら立法政策上の考慮によるものというべきであるから、行政機関を被告とする本件損害賠償請求訴訟が不適法であることと矛盾するものではない。
三 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実のうち、千津子が昭和55年7月29日に裁決書謄本を受領したことは不知。その余の事実は認める。
3 同3の主張は争う。
4 同4の事実のうち、(一)の千津子が原告主張の年月日に死亡したことは認める。その余は不知。同(二)ないし(四)は否認する。また、原告の被告に対する同4の請求自体が不適法なものであることは前述のとおりである。
5 同5の主張は争う。
四 被告の主張(請求の趣旨1項について)
1 本件差押処分等に至る経緯等
(一) 訴外田原大介(以下「大介」という。)は、別紙(3)滞納国税明細表に記載された国税(同人の死亡当時の滞納国税額等である。)を滞納したまま、昭和49年12月21日に死亡した。
(二) 大介の子である千津子は、大介の死亡により同人の右国税納付の義務を承継した。大介には千津子を含め数人の子があつたので、千津子の右承継国税額は、別紙(4)滞納国税明細表記載のとおりである(以下千津子の承継した国税債務を「本件租税債務」という。)。
(三) そこで、被告は、千津子に対し、昭和50年4月10日付けで本件租税債務の額を通知した。
(四) ところで、被告は、大介の生前における滞納処分として、大介名義の別紙(2)物件目録記載の不動産について、差押処分及び参加差押処分を行つていた。
しかし、大介の死亡後、千津子らが破産を申立てたことから「大介の相続財産」に対して破産宣告があり、別紙(2)物件目録記録の不動産は破産財団とされ、そして別除権が行使(訴外株式会社○○相互銀行による抵当権の実行)された結果、国税への配当は得られなかつた。
(五) 千津子は、大介の死亡に伴い、相続放棄あるいは限定承認をした事実はないので、単純承認をしたものとみなされる結果、本件租税債務について無限の納付義務を負うこととなり、千津子が相続によつて取得した財産の範囲に留まらず、千津子の固有財産に対しても滞納処分を執行できることとなる。
(六) そこで、被告は、千津子の本件租税債務の昭和54年3月20日現在における滞納税額(別紙(5)滞納国税明細表記載のとおり。)を徴収するため、同日付けで本件差押処分等をした。
2 本件差押処分等の適法性
相続財産に対して破産宣告がされた場合において、破産法に特別の定めのない限り、相続人は民法の規定により相続の一般的効果を受けることは明らかであるが、大介の相続財産の破産管財人が同人の訴訟を受継したこと、被告が千津子に対し本件差押処分等を行つたこととの関連について、被告は次のとおり主張する。
(一) 相続人は、相続の一般的効果として被相続人の一切の債権・債務を承継する(民法896条)。しかしながら、被相続人の負担していた債務額の方が相続財産額よりも大きい場合には、被相続人に対する債権者(相続債権者及び受遺者。以下「相続債権者等」という。)にその債権額全額を支払うことができないばかりか、相続財産から相続人やその債権者に対する分配は期待しえないので、その被相続人の債務については、相続人やその債権者に優先して、先ず第1次的に相続財産を換価して、それを債権額に応じて公平に分配することが必要となり、ここに相続財産の破産の制度の意義が存在する。そして、破産手続において相続債務が完済されない場合には、残債務は相続人が相続放棄又は限定承認の手続をとつていない限り、民法896条によりすべて相続人に承継されることとなる。これは、相続財産の破産があつても限定承認が排斥されていないこと(破産法5条)、及び相続財産と相続人の双方に破産宣告がなされた場合、相続債権者等も相続人の固有財産に対して権利を行使しうる(同法31条)こと、ただし、その順位が相続人の債権者には劣後するとされている(同法44条)こと、租税債務については破産による免責が認められていない(同法366条の12)ことなどからして明白である。
さらに付言すれば、相続財産の破産の制度は、租税財産をもつて相続債権者等の債権を完済することができないときに(同法129条)、第1次的には右各債権者の申立てにより相続財産を相続人の固有財産から分離し、かつ、相続人に対する固有の債権者を遮断して(同法34条)、相続財産を相続債権者等で公平に分配清算する手続であり、その後、相続債権者の債権は受遺者の債務に対しても優先権を有するが(同法42条)、相続債権者間においては、別除権その他の優先権がない限り原則として各債権額の割合に応じて平等弁済(配当)が行われる(同法40条)。
しかし、右制度はその限りで実践的な意味をもつにすぎず、決して相続人の相続債務の一般承継及び相続人の固有財産に対する相続債権者等の責任の追求を妨げる効力をもつものではない。そのことは、同法31条において相続財産及び相続人に対して破産の宣告があつたときは、相続債権者等はその債権の全額について各破産財団に対し破産債権者としてその権利を行使することができることが明示されており、ただ、その場合において相続人の財団については相続債権等は相続人固有の債権に劣後するに過ぎないのである(同法44条)。
このことは、相続債権者等は、相続人が相続の放棄又は限定承認をしない限りは、相続財産の破産の申立て又は債権の届出と並んで相続人の固有財産に対しても権利の行使ができることを自明の前提とし、かつ、これを裏付けているものである。ただ、同法16条の適用及び民法948条の第一種の財産分離に関する規定の類推適用などにより、右破産手続で権利行使したときは、右手続が終了するまで相続人の固有財産に対し権利行使をすることができず、その終了後、相続財産で弁済を受けることができなかつた部分に限り相続人の固有財産に対し責任追求しうると解釈されるにとどまるものである。右の事理は破産法5条及び32条本文の規定から明らかであるといわなければならない。
特に限定承認は、相続人全員が共同してのみすることができる(民法923条)のに対し、相続財産の破産は、相続人のうち1人ででもその申立てができるのである(破産法136条1項)。したがつて、手続上も厳格な要件が要求されている限定承認と同様の法律的効果を、簡易な破産手続の申立てにより代替して招致することは筋違いである。
そうすると、本件においては、大介の相続財産に対して破産宣告がされても、千津子が単純承認をした以上本件租税債務を千津子、そして同人の死亡によりその唯一の相続人である原告が順次承継し無限の納付義務を負うこととなる。
なお、法人の破産の場合には破産手続の終結により残余の破産債権はその帰属主体がないために法人の消滅と共に消滅するが、自然人の場合には、相続財産に対し破産宣告がなされ相続財産を主体とした破産手続が強行終結したとしても、被相続人の債権債務を承継する相続人の存在が予定されている。したがつて、相続財産が破産手続の終結により消滅したとしても、相続人の承継がある限り残余の破産債権は当然に消滅するものではない。
(二) 相続財産に対して破産宣告がされ、被相続人との間に係属していた訴訟を破産管財人が受継した場合には、その訴訟の結果(判決の効力)は、相続財産ないしは相続人に及ぶものである。
すなわち、相続財産の破産は、相続人に帰属する全財産(相続財産も含む。)のうちから分離された相続人の財産の一部である相続財産について、一部の債権者(相続債権者と受遺者)のために特に認められたいわゆる特別破産であつて、その法主体(破産者)はあくまでも相続人であると解すべきである。
したがつて、相続財産の破産宣告があり、破産管財人が選任された場合、被相続人との間に係属していた訴訟については、相続人には訴訟追行権がなく、破産管財人が訴訟を受継するものとされているが(民事訴訟法208条、214条、破産法69条、162条)、その訴訟の結果は、相続財産ないしは相続人に及ぶものである。
仮に、相続財産の破産の場合、破産者を相続財産自体と解したとしても、同見解は、実質的経済的にみて、相続財産に対する破産手続の効果は相続人が受けることを前提とした上で、法技術上相続財産自体を破産者とみた方が説明しやすいとの理由による見解にすぎず、相続財産に法主体性を肯認するものではない。そうすると、相続人が破産管財人の受継した訴訟の結果(判決の効力)を受けるかどうかの問題は専ら民事訴訟法201条によつて決すべきである。すなわち、実質的に注目して相続人は破産者たる相続財産とともに同条2項の「他人」に該当して判決の効力を受けると解すべきであり、また、そのような解釈ができないのであれば、相続人を同条1項の「承継人」に該当すると解すべきであり、いずれにしても、相続人は破産管財人の受継した訴訟の判決の効力を受けることになる。
これを本件についてみるに、訴訟当事者であつた大介の死亡後、その相続財産に対して破産宣告があり、破産管財人が選任された。そこで、大介の死亡当時の訴訟は、右破産管財人が受継し、同管財人の敗訴に終り、訴訟の結果は相続人らに及ぶこととなつた。
(三) 以上のとおり、大介の関税滞納債務は大介の相続人の千津子に承継されたが、大介の相続財産の破産手続において同国税債務の満足は得られなかつたために、被告は右国税債務を承継した大介の相続人である千津子所有の別紙(1)物件目録記載の建物に対し本件差押処分等を行つた。
したがつて、本件差押処分等は適法である。
五 被告の主張(請求の趣旨1項について)に対する原告の認否
1 被告の主張1について
(一) (一)の事実のうち、大介が昭和49年12月21日に死亡したことは認め、別紙(3)滞納国税明細表中の認否は、以下のとおりである(ただし、何ら認否していないものはいずれも不知である。)。
番号<1>の本税は421万7500円、加算税は162万7400円である。番号<2>の本税は862万7200円、加算税258万8000円、番号<3>の本説は814万2600円、加算税は244万2600円、番号<6>の加算税は1万4600円であり、番号<8>ないし<10>の本税はいずれも滞納税額はない。
番号<11>の本税は693万1500円、加算税は207万9400円、番号<12>の本税は27万円、延滞税5400円、利子税なし、番号<13>ないし<16>は認める(ただし、番号<15><16>の納期限はいずれも昭和39年3月1日である。)。番号<17>の本税は351万6400円、加算税は123万0600円、番号<18>は認める(ただし、番号<17><18>の納期限はいずれも昭和40年11月30日である。)。
(二) (二)の事実のうち、大介には千津子を含め数人の子がいたことは認め、その余は否認又は争う。なお、大介の法定相続人は、嫡出子として千津子及び訴外大谷恵子があり、嫡外子として訴外吉川裕美子、同森中多恵子、同森中淳子及び同仲田英夫の4人がある。
(三) (三)の事実は認める。
(四) (四)の事実のうち、国税への配当が得られなかつた点は争い、その余の事実は認める。
(五) (五)の事実のうち、大介死亡の事実は認め、その余は否認又は争う。
(六) (六)の事実は認める。
2 被告の主張2について
(一) 冒頭事実は争う。
(二) (一)の主張は争う。
(三) (二)のうち、大介の死亡後に相続財産に対して破産宣告がされ、破産管財人が大介の死亡当時の訴訟を受継したこと、その訴訟の結果が破産管財人敗訴に終つたことは認め、その余は否認又は争う。
(四) (三)のうち、被告は大介の相続人千津子所有の別紙(1)物件目録記載の建物に対し本件差押処分等をしたことは認める。その余は否認又は争う。
六 原告の反論
1 相続財産の破産と相続債務の帰属
相続財産について破産の宣告がなされた場合、相続人は、原則として相続財産に属する一切の権利・義務を承継しないが、ただ相続人が限定承認をしているときには、破産手続解止後に残存する相続財産(積極財産)を承継するものと解すべきであるが、その理由は次のとおりである。
v (一) 破産法は、相続人の破産の他に、相続財産に対する破産を認め債務超過をもつて、その破産原因としている(同法129条)。これは、相続人の固有財産を相続債権者等から守り、また相続財産を相続人の債権者から守るために、特別破産として相続財産に破産能力を認めたものである。したがつて、制度の趣旨からみて、相続財産の破産の場合には、相続財産と相続人の固有財産は遮断峻別され、相続債権者等は相続人の固有財産に対し、又相続人の債権者等は相続財産に対しそれぞれその責任追求を行うことができないものであり、これを権利義務の承継の面からみると、相続財産破産の場合、相続人は、被相続人の一切の債権・債務を承継するという相続の一般的効果が遮断されることを意味するし、破産法はかかる自明の前提のもとに以下の諸規定を設けている。
そして、相続財産の破産の場合、全相続債権債務は相続人には全く承継される余地はなく、相続財産そのもののみが相続債権者の権利行使の対象となるにすぎず、したがつて破産手続が終結すると残余の破産債権は当然に消滅する運命にあり、このことは相続財産の破産に関して免責の手続規定が一切存しないことからも明白である。
(二) 破産法5条は、相続財産の破産の場合にも、限定承認できる旨規定しているが、その趣旨は、右破産手続の結果、最終的に債務超過でなかつた場合(破産原因がなかつた場合)に、残余財産を救済的に相続人に帰属させることを特別に認めたことにあり、同条をもつて、相続財産の破産手続において相続債務が完済されない場合、残債務は相続人が相続放棄又は限定承認の手続をとつていない限りすべて承継される旨の被告の主張を根拠づけることはできない。しかも、同条が、相続財産の破産の場合において、相続人に最も有用な相続放棄を排斥しているのは、相続債務が右破産手続の終結により当然消滅することを予定しているものと解すべきである。
(三) 破産法34条は、相続財産の破産の場合、相続人の債権者を相続財産の破産手続から除外しているが、仮に被告主張のように、相続財産の破産の場合にも相続人が相続債務を当然承継するとすれば、同条により相続人の債権者は、相続財産に対し破産債権者として権利行使の機会が全く与えられていない反面、相続財産及び相続人の双方破産の場合、相続債権者等は同破産手続において劣後的にではあるが、権利行使の機会が与えられている(同法44条)ことと均衡を失し、きわめて不平等な結果を是認していることとなる。しかし、破産法34条が、右の不合理な結果を是認しているものと解することはできず、むしろ同条は、相続財産破産の場合には、制度の趣旨より、相続人は被相続人の債権・債務の一切を承継しないことを自明の理として是認しているものといわざるをえない。
もつとも、破産法44条は、相続財産及び相続人の双方破産の場合に、相続人の破産財団については相続人の債権者の債権が相続債権者等の債権に優先する旨規定する。被告は、同条をもつて自己の主張の根拠づけをするが、右解釈は破産法34条との均衡を失する不合理なもので是認できない。むしろ、破産法44条は、相続財産及び相続人の双方破産の場合においても、相続人による被相続人の債権債務一切の当然承継を認めないとの前提に立ちつつも、相続人の破産財団に残余財産が生じた場合には、既に相続人が破産宣告を受けているのであるから、全財産の平等清算という目的から、相続債権者等の権利行使を劣後的にではあるが特別に認めたものと解すべきである。
(四) 破産法12条1項は、相続財産の破産の場合、相続財産に属する一切の財産をもつて破産財団とする旨定め、同条2項は、被相続人が相続人に対して有していた権利及び相続人が被相続人に対して有していた権利はいずれも消滅しないものとみなす旨定め、被相続人と相続人との間において混同による権利消滅の原則を否定している。
これは同条が、相続財産の破産の場合、相続による全ての債権・債務の承継を一切認めず、被相続人の一切の債権・債務は破産財団となり、これの平等清算をもつて処理することを規定したものであり、その前提として、相続人は被相続人の一切の債権・債務を承継することを相続財産の破産宣告をもつて遮断するとの法意によるものである。
したがつて、相続財産破産の場合、相続による債務の承継がない以上、混同による権利の消滅ということ自体ありえないのであるから、破産法12条はこの当然の理を特に明記したものである。
(五) 事実、大介の相続財産の現実の破産配当手続においても、原告は競売法上の利害関係人として取扱われなかつた(被告の国税債権の行使状況について知る機会を全く与えられなかつた)ものであるが、これは原告は大介の債務の承継人と認められなかつたためである。
もし、原告が被告主張のように大介の債務を承継しているのであれば、債務者の承継人として、したがつて競売法上の利害関係人として配当手続に当然参加しえたはずである。
2 相続財産破産の場合の破産主体
相続財産破産の場合の破産主体が相続財産自体であることはその制度の趣旨に適つた通説的見解であり異論をさしはさむ余地はない。そして、相続財産自体が破産主体、したがつて破産者とすると、相続財産自体に破産手続の関係で法人の破産の場合と同様に法主体性を認めていることとなる。ところで、通常の法人の破産の場合、破産手続が終結すれば、その法人は法人格が完全に消滅しもはや存在しなくなる。これを相続財産破産の場合に当てはめると、破産者は相続財産という法主体であつて、法人とも目されるべきであるから、破産手続の終結によつて、その相続財産という法主体も消滅してしまい、残余の破産債権も法人の破産終結の場合と同様の運命をたどるしかない。すなわち、相続財産の法主体の消滅と共に残余の債権も消滅してしまう運命にあるものである。また、このことが相続財産に破産を認めた最大の理由である。
右の理由からも、原告が大介の国税債務を承継しないことは容易に肯認されるところである。
3 相続財産の破産管財人の受けた判決の効力
相続財産の破産の場合、相続財産に法主体性を認め相続財産自体が破産者であるとする見解が制度の趣旨に合致した通説的見解であることは2に述べたとおりである。したがつて、本件においては、大介死亡後に相続財産に対する破産宣告がなされ、破産管財人が大介死亡当時の訴訟を受継し、同管財人が敗訴に終つたのであるから、その敗訴判決の効力は破産者である相続財産にのみ及び大介の相続人には及ばない。これは、相続財産の破産の場合、相続人は被相続人の一切の債権・債務を承継しないことからも容易に是認されるところである。
この点、被告は、相続財産の破産の場合に、破産管財人の受けた判決の効力が相続人に及ぶ根拠として、実質的にみて相続人を破産者とみるべきであるとか、相続人は、民事訴訟法201条の「口頭弁論終結後の承継人」(1項)あるいは相続財産からみて「他人」(2項)に該当する旨主張する。
しかしながら、相続人は破産者といえないことは前述のとおりであるし、また破産管財人は破産者である相続財産のためにその権限に基づいて訴訟追行していたものであるから、同条2項の「他人」とは本件の場合相続財産そのものであり、相続人を含まないことは当然である。まして、相続人が、同条1項の「口頭弁論終結後の承継人」に該当するとの主張に至つては論外である。
4 予備的相殺の主張
(一) 訴外株式会社○○相互銀行は、昭和42年12月11日大介に対し、8000万円を最終弁済期日昭和47年2月28日、利息日歩2銭6厘の約定で貸し渡した。ところが右当事者間において、昭和47年9月ころ、右消費貸借契約に基づく債務の内容を、残額5350万円につき、支払方法は昭和47年9月30日を初回として昭和56年7月31日まで毎月50万円ずつ、利息年9パーセント、翌月分先払いとの内容の貸付金債務に変更する旨の更改をした。
被告の主張する国税債権は、右貸付金債権に係る競売事件においてはその大半が同貸付金債権に優先するため、配当に付された4434万8155円は当然に右国税債権への配当に付されるべきものであるが、被告は何らの法的措置をとらず無配当に甘んじた。
ところで、右配当手続においては、原告は利害関係人ではなく債務者でもないし、事実そのような取扱いも受けていない。他方、被告はまさしく正当に公権力を行使して租税債権の誠実な徴収に当らなければならない債務者である。
もし、原告が本訴において敗訴するならば、被告の右怠慢及び本件差押処分等により、原告は本来本件租税債権の配当に付されるべきであるのに訴外○○相互銀行の配当に付された4434万8155円の4分の1(法定相続分)に該当する1108万7038円相当の損害を受けたことになる。
(二) 原告は、被告に対し、前記競売事件の配当期日である昭和53年9月8日において、右損害賠償債権をもつて、被告主張の別紙(4)の国税債権と対等額において相殺する旨の意思表示をした。
(三) なお、国税通則法122条には原告主張のような相殺権の行使を禁止した規定が存するけれども、原告の予備的相殺の自動債務となつた損害賠償債権は、被告が国税債権の徴収を怠つたことにより、しかも原告が国税債務を完納した場合に確定的に発生するものであるが、これが確定的に発生したことは、被告が国税の納付に関し過誤納金を現実に行わしめようとしていることより明白である。また、同法56条、57条によれば還付金等は、まず延滞利子又は利子税の計算の基礎となる国税に充当しなければならない旨規定されている。
そうすると、被告が過誤納金を現実に行わしめようとしていることの明白で、しかも原告が本訴において右相殺の主張を援用している本件においては、国税通則法122条の規定にかかわらず、同法56条、57条の反対解釈として、同法57条2、3項の規定により右相殺の主張を裁判上の主張として認容されるべきである。
七 被告の反論
1 本件租税債務の存在について
(一) 被告主張の別紙(3)滞納国税明細表は、大介死亡当日の昭和49年12月21日現在における大介の滞納国税額を表示したものである。
これに対し、番号<11>及び<12>の本税額、加算税額並びに延滞税額についての原告主張の金額は、別訴の判決により確定した税額である。
また、原告主張の番号<1>ないし<10>の税額は、被告が昭和53年8月23日付けで神戸地方裁判所に提出した債権現在額申立書に基づくものである。したがつて、被告主張額と原告主張額とはそれぞれ時点を異にするものである。
なお、右の税額の差異は、その間の一部減額更正及び国税の収納等によるものである。
(二) 原告は番号<15>ないし<18>の納期限の違いを指摘するところ、同納期限の年月日について、被告は具体的納期限を主張するが、原告は法定納期限を主張するものであつて、右各々の納期限は併存するものである。
ただし、番号<15>及び<16>の法定納期限は、当該法人税が昭和38年2月1日から同39年1月31日までの事業年度に対するものであるから同39年3月31日であり、番号<18>の法定納期限は、当該法人税が昭和40年2月1日から同年9月1日までの事業年度に対するものであるから同年11月1日である。
(三) なお、原告は大介の滞納国税額が一部違つている旨主張しているが、仮にその額が原告主張のとおりであるとしても、本件差押処分等の適法要件としては滞納国税債権が存在しておれば足りるのであるから本件差押処分等が違法となるものではない。
2 本件租税債務の承継について
原告は、相続財産破産制度の趣旨から、また破産法5条、34条、44条、12条を根拠として、相続財産に対し破産宣告がなされた場合においては、相続人は被相続人の債権債務の一切、したがつて本件租税債務をも相続により当然承継しないと主張するが、原告の主張は右各法条の立法趣旨を誤解したもので、これが是認できないことは以下に述べるとおりである。
なお、原告の主張が誤解であることは、相続財産破産の場合でも相続債権者等が相続人の固有財産に対し権利行使できることを規定した同法31条によつても明らかである。
(一) 破産法5条が相続放棄に触れていないことについて
同条が、限定承認及び財産分離につき特に規定を設けた趣旨は、<1>限定承認や財産分離の制度が相続財産に対する破産制度と同種の手続を履践することから、相続財産に対して破産宣告がされた場合も限定承認や財産分離の手続を開始することが許されるかどうか疑義があるので、その点につきこれらの手続を開始することができる旨明らかにしたこと、<2>両手続が併存した場合は事柄の性質上一方の手続を優先して進める必要があるので、破産手続が限定承認や財産分離の手続に優先することを明らかにしたこと、<3>相続財産に対し破産宣告があつて、後日破産が取り消され又は破産が廃止された場合に、気が付いたら限定承認の申述期間、財産分離の請求期間が経過していて、それらの申述、請求が不可能になつているおそれがあり、この救済をする必要から破産手続中といえども限定承認、財産分離を認めることとしたことにあり、同規定は相続財産破産の場合に相続放棄を禁止したものではない。
ところで、相続人が相続放棄をした場合、その相続に関しては当初から相続人とならなかつたものとみなされ(民法939条)、被相続人の権利、義務を一切承継することがなく、したがつて前記のような限定承認や財産分離の場合における考慮を払う必要がないため、特に相続放棄につき破産法で規定しなかつたにすぎない。破産法は、相続財産に対して破産宣告があつた場合にも相続放棄が可能であることを自明の理としているのである。
(二) 破産法34条について
同条が、相続人の債権者を相続財産破産の手続から排除したのは、本来、相続人の債権者は相続人に帰属した相続財産に対しても責任を追求できるはずであるが、相続財産の破産は相続財産では相続債権者等の債務を完済できない債務超過が原因であるから、相続人の債権者は劣後的にせよ破産債権者として権利行使をする余地が全くないため、破産手続を簡明にするため、あえて相続人の債権者を相続財産破産手続から排除したもので、破産法34条は実質的にみれば相続人の債権者の権利行使の機会を禁止した不平等な規定とはいえない。
次に、破産法44条は、相続財産及び相続人の双方破産の場合、相続債権者等に相続人の固有財産に対し権利行使の機会を与えているので、相続人の債権者は同法34条により相続債権者等に比較し片手落ちの不平等な立場に立たされているとの原告の主張に対しては、以下のように反論できる。
すなわち、同法44条の場合には相続人の債権者の債権は相続債権者等の債権に優先して権利行使することが認められており、しかも相続人の破産の場合であるから相続債権者等が劣後的にせよ破産債権者として権利行使する余地も殆んどないために、実質的にみれば同条は相続債権者等を相続人の債権者以上に優遇した不平等な規定とはいえない。
次に、相続財産に対してのみ破産宣告がなされた場合、相続債権者等の債権が相続人の債権者の債権と平等弁済を受け不平等に優遇される点については、相続人の債権者のためには第二種財産分離の制度が設けられており、第二種財産分離が行われれば、相続人の固有財産については、相続人の債権者が常に優先し(民法950条2項、948条後段)、しかも相続人の固有財産については清算が行われるのではないから、相続人の債権者が全部、その弁済期が到来して弁済を受けた後でないと、相続債権者等の残余債権は弁済されないので、実際には、相続人の債権者の債権弁済受領額が相続債権者等の権利行使により阻害又は減少されることはありえず、したがつて、相続人の固有財産は相続人の債権者の債権の優先弁済のために事実上完全に分離確保されることとなる。したがつて、相続人の債権者が原告の挙げる不利益を回避しようと思えば第二種財産分離の手続をとれば足りるのであるから、原告主張のような不均衡不平等な結果は回避され相続人の債権者が不利益を受けることにはならない。
(三) 破産法12条について
同条が、混同を排除したのは、単に、混同を認めると、相続財産と相続人の固有財産とを分別し、相続債権者、受遺者、相続人、相続人の債権者等の公平を図りつつ相続財産を清算する目的で相続財産破産を認めた趣旨に反するためにすぎない。
原告主張のように、相続財産破産の場合に相続債権債務は一切相続人には承継されないとの大前提に立つならば、混同による権利の消滅はありえず、このような自明の理を明文をもつて規定する必要はない。
破産法12条が明文の規定により混同を排除したのは、相続開始により相続人は被相続人の権利義務を当然承継するのであるから、本来は、相続人と被相続人間の権利義務も相続により相続人に帰属し混同により消滅すべきところであるが相続財産の破産を認めた制度の趣旨から混同を特に明文の規定をもつて排除したものと解すべきである。
3 予備的相殺の主張について
(一) 交付要求者が、競売事件の配当に対し法的措置をとるのは専ら自己の権利を守るためであつて、債務者に対しその法的措置をとる義務は負わないのであるから、原告主張の損害賠償請求権が発生する余地はなく、原告の主張は失当である。
(二) 仮に、配当に対し被告が何らかの法的措置をとつた結果原告に何らかの利益が発生したとしても、右法的措置の制度は交付要求者(被告)の利益保護の目的で制定されたものであるから、その結果得られる原告の利益は事実上の利益にすぎず、この侵害を理由とする損害賠償請求権は、違法性を欠いて成立しない。
(三) 原告主張の競売事件に対し、被告は昭和51年2月17日付け及び同月26日付け交付要求を行つたが、その配当の結果、支払表配当表及び配当内訳表のとおり交付要求に係る国税債務は根抵当権者である訴外株式会社○○相互銀行の有する債権に劣後するため、右国税債権への配当はなかつたものである。したがつて、そもそも被告は右競売事件の配当に対し法的措置をとることはできなかつたのであるから、この意味においても原告の主張は失当である。
(四) 仮に、原告主張の損害賠償請求額が認められるとしても、国税債権と右請求権との相殺は許されない(国税通則法122条)のであるから、原告の主張は、失当である。
第三証拠<省略>
理由
一 争いのない事実
請求原因1の事実、同2の事実のうち原告が昭和55年7月29日に裁決書謄本を受領したことを除くその余の事実、被告の主張1のうち大介が昭和49年12月21日に死亡したこと、同人には千津子を含め数人の子がいたこと、(三)の事実、(四)の事実のうち国税への配当がえられなかつたとの事実を除くその余の事実、(六)の事実、同2(二)の事実のうち大介死亡後に相続財産に対し破産宣告がされその破産管財人が大介の訴訟を受継したこと、その訴訟の結果は破産管財人の敗訴に終つたことは、いずれも当事者間に争いがない。
二 請求の趣旨二項の訴えの適法性について
弁論の全趣旨によると、請求の趣旨二項の訴えは被告を行政庁とするものと解されるところ、民事訴訟上当事者となるためには、当事者能力すなわち民事訴訟の当事者となることのできる一般的能力が必要であり、民事訴訟法は原則として権利能力者に当事者能力を認め(同法45条)、権利能力のない社団及び財団については一定の要件のもとに当事者能力を認めている(同法46条)。これを本件についてみるに、被告は、○○国税局長という国の一機関にすぎず、権利能力を有しないこと、また同法46条所定の社団・財団にも該当しないことは明らかであるから、被告は原告の右訴えにつき当事者能力を欠くものといわなければならない。
なお、行政事件訴訟法は、抗告訴訟につき行政庁に当事者能力を認めている(同法11条1項、38条1項)が、これは、抗告訴訟が、民事訴訟とは異なり、行政庁の権限行使の適法性が争いの対象となるものであることからして、その処分等をした当該行政庁に当事者能力を認めることが、原告にとつては被告を明確にするうえで便宜であり、また、被告にとつても有効適切な防御方法を講ずることができて合理的であることから、立法政策的に特に国の一機関である行政庁に当事者能力を認めたものである。したがつて、右規定をもつて、原告の右訴えにつき、被告の当事者能力を肯定することはできない。
以上から、原告の請求の趣旨二項の訴えは不適法といわざるをえない。
三 本件差押処分等の適法性について
1 前記当事者間に争いのない事実に加え、<証拠>を総合すると、以下の事実を認定することができ、同認定を左右するに足りる証拠はない。
(一) 被告は、昭和43年12月13日付けをもつて、大介の滞納国税を徴収するために同人が所有していた別紙(2)物件目録記載の不動産についてそれぞれ差押処分及び参加差押処分を行つた。
(二) 大介は、昭和49年12月21日に死亡したが、同人には、相続人として嫡出子千津子、同大谷恵子が、非嫡出子(いずれも認知済み)として吉川裕美子、森中多恵子、森中淳子、仲田英夫がいた。
なお、大介が死亡した当時の同人の滞納税額は、別紙(3)滞納国税明細表記載のとおりであつた。
(三) 被告は、大介の右共同相続人らが、相続によつて大介の滞納国税の納付を承継したとして右滞納国税を徴収するために、相続財産である神戸市生田区○○町×丁目×番×××の宅地55.37平方メートル及び同番×××の宅地61.46平方メートルにつき、各相続人の相続分をそれぞれ昭和50年4月14日付けで差押処分及び昭和50年6月5日付けで参加差押処分をした。
(四) 大介の相続人らは、神戸家庭裁判所に対し限定承認の申述をした(昭和50年(家)第556号相続限定承認申述事件)ところ、同裁判所は、昭和50年12月9日に右申述を却下する審判をした。
(五) 神戸地方裁判所は、千津子らの申立て(同裁判所昭和50年(フ)第32号破産申立事件)に基づき、昭和50年12月11日大介に係る相続財産について破産の宣告をし、破産管財人として弁護士である○○○○(以下「破産管財人」という。)を選任した。その結果、大介の相続財産は、破産財団を構成することとなつた。
(六) そこで、被告は、昭和51年2月17日付け(被告は、同月26日付けでも行つたという。)で、破産管財人に対し国税徴収法82条(2条12号)に基づき相続人らが相続により承継した滞納税額及び滞納処分費用の交付要求をしたが、同破産管財人は被告に弁済しなかつた。
(七) 訴外○○相互銀行は、破産財団を構成する別紙(2)物件目録記載の不動産につき根抵当権を有していたため別除権を行使して右不動産の競売申立てをしたところ、神戸地方裁判所は、昭和51年1月21日右不動産につき任意競売開始決定(昭和50年(ケ)第140号及び同52年(ケ)第32号不動産競売事件)を、昭和53年8月5日に競落許可決定をしたが、訴外○○相互銀行の請求債権額が競売代金より多額であつたため、被告に配当はなかつた。
(八) 前記(三)の不動産は、神戸市から昭和26年12月18日付けで神戸市生田区○○○○××街区××-×号地89.46平方メートルの宅地に仮換地の指定がされ、しかも借地権者のあることなどから当該宅地の換価は容易でなく、かつその換価代金は大介の滞納国税額(別紙(3)参照)には到底及ばない見込みである。
その他、大介の滞納国税を満足させるだけの相続財産に属する積極財産は見当たらない。
(九) そこで、被告は、千津子が単純承認により大介の滞納国税債務(別紙(3))のうち相続分の4分の1(別紙(4))を相続したとして、昭和54年3月20日現在の滞納税額(別紙(5))を徴収するため、千津子所有の別紙(1)物件目録記載の不動産に対し本件差押処分等をしたものである。
2 ところで、原告は、相続財産破産の場合、相続人は原則として被相続人の一切の権利・義務は承継せず、例外的に限定承認したが破産手続解止後において相続財産の残余が生じた場合に限り積極財産を承継し、本件においては、千津子もその相続人の原告も本件租税債務を相続により承継しなかつた旨主張し、破産法5条、12条、34条、44条をその根拠付けとして援用するのでこの点について検討する。
(一) 破産法が相続財産に対する破産を認めている趣旨は、相続財産と相続人の固有財産とを分別して、相続人、相続人の債権者、相続債権者等の関係人の利害を調整しつつ相続財産の公平な清算を行うことにあると解される。
すなわち、相続財産が債務超過(破産法129条参照)であるときにも、相続人の債権者が相続財産に対し相続債権者等と平等の立場で権利行使することは、相続という偶然の事情によつて被相続人を信頼した相続債権者等に対し不利益不公平な結果をもたらすこととなり、他方、債務超過の相続財産を相続人が承継したため相続債権者等が相続人の債権者等と平等の立場で相続人の固有財産に対し権利行使することができることは、相続人を信頼した相続人の債権者に対し相続という偶然の事情により不利益不公平な結果をもたらすものといわなければならない。そこで、相続財産が債務超過の状態にある場合に、このような関係人の利害を調節しつつ相続財産の公平、平等な弁済を行うために相続財産に破産能力を認めたものである。
したがつて、相続財産の破産の制度は、右の目的のもとに相続財産による公平、平等な弁済を実現する手段にすぎず、免責の場合を除いては相続債務の性質を変化させるものではないから、原告主張のように、破産法が相続財産破産の場合に相続財産と相続人の固有財産とを分別したことから、直ちに破産手続終了後における債務相続の一般的効果を否定し、相続債権者等は相続人の固有の財産に対し責任追求することができないと結論づけることはできない。むしろ、破産法は、以下に検討するように、民法の相続に関する規定に従つて、相続財産破産の場合にも、相続人が単純承認した以上は被相続人の一切の権利義務を当然に承継するものとし、相続債権者等は相続人の固有財産に対しても責任を追求できることを是認しているものと解すべきである。
(二) そこで、以下にこの点について検討する。
(1) 原告は、相続財産に対し破産宣告された場合は相続人の被相続人の一切の権利義務の承継は制度の趣旨より当然遮断されることを大前提として、破産法5条は、相続財産を破産手続により清算したのちに残余財産があるときにおいて、相続人が限定承認することにより同財産を承継取得することができるとする特別の規定であるとし、同条が相続放棄を規定していないことは、相続人に承継されなかつた相続債務が破産手続終結により当然消滅する趣旨であると主張するけれども、同条が相続放棄につき特に規定していないのは、相続人は相続放棄をすれば当初から相続人とならなかつたものとみなされる(民法939条)からに過ぎず、これをもつて原告代理人の右主張が正当である根拠とすることはできないし、その他原告代理人の右主張がその独自の見解であつて到底採用できないものであることは前記説示に照らし明白である。
(2) 破産法31条は、相続財産及び相続人に対し破産宣告があつた場合、相続債権者等はその債権の全額につき各破産財団に対し破産債権を行使できるとし、同法44条は、右の場合相続人の破産財団については相続人の債権者の債権が相続債権者等の債権に優先する旨規定している。右規定は、相続財産に対し破産宣告された場合にも、相続人が限定承認又は相続放棄をしない限り相続人は被相続人の権利義務を当然承継することを裏付けるものである。
また、原告は、相続財産破産の場合には相続人は相続債務を一切承継しないので相続債権者等は相続人の破産財団に対して権利行使できないのであるが、破産法44条は相続人の破産財団に残余財産がある場合に限り相続債権者等の権利行使を特別に認めたものであり、破産法34条はその前提としてこの点を是認している旨主張する。
しかしながら、原告の右主張は、破産法に明文の規定がないにもかかわらず民法に定めた相続の一般的効果を否定する独自の見解により、破産法44条を例外規定と解するもので、かかる見解を是認すべき根拠理由をみいだすことはできない。
また、破産法34条は、被告主張のように、相続財産破産の場合には、相続人の債権者に配当が及ぶことは事実上期待し難いので、破産法34条は、手続を簡明にするため、特に同条により、相続人の債権者の権利行使を相続財産破産の手続から除外することとしたもので、原告主張の趣旨の規定とは解されない。そうすると、相続財産及び相続人の双方に対し破産宣告があつた場合には、相続人の債権者は相続人の破産財団に対し権利行使できる相続債権者等に比べ一見不利益を受けるようにも解せられるが、それは、被控訴人が相続人の債務を一般承継することはないのに対し、相続人が限定承認や相続放棄をしないときは、相続債務を無制限に一般承継しなければならないことから致し方のないことであり、相続人の破産財団については相続債権者等の破産債権は相続人の債権者の破産債権に劣後すること(破産法44条)に鑑みると、必ずしも不平等とはいえない。さらに、原告は、その主張の根拠として、本件のように相続財産についてのみ破産宣告があつた場合に、相続債権者等は相続財産の破産財団に対し破産債権者として権利行使し、かつ相続人の固有財産に対して権利行使するのに比べ、相続人の債権者は相続人の固有の財産にしか権利行使できないという不平等な結果を是認することになると主張するが、相続の制度上やむを得ない事柄であり、むしろ民法は相続人の債権者保護のため、このような場合には、被告主張のように第二種財産分離の制度を設け、右債権者はこれを利用すれば、相続人の固有の財産から相続債権者等に優先して弁済を受けることができるのであるから、原告主張のような不平等な結果を是認したことにはならない。
(3) さらに、原告代理人は破産法12条2項をもつて相続財産破産の場合に相続による権利義務の承継を一切認めない趣旨の規定である旨主張するが、同条項は、混同による権利義務消滅の結果を認めることは、相続財産と相続人の固有の財産とを分別して、相続人、相続人の債権者、相続債権者等の利害関係をはかりつつ相続財産を清算するという相続財産破産の制度の趣旨に反すること明らかであるから右混同による権利消滅の例外を定めたものであつて、これに反する原告代理人の右主張は独自の見解に基づき到底採用できない。
(4) 以上、要するに、破産制度の趣旨に従い破産法の諸規定を逐次、又総合的に検討すると、相続財産に対し破産宣告がなされても、原告主張のように民法に定める相続の一般的効果が当然に遮断されると解すべき根拠理由はなく、相続人は、破産法に特別の規定のある場合を除いて、民法に定める相続による一般的効果を受けるものと解することが相当である。
(三) このように、相続財産に対し破産宣告がされても、相続人は相続による効果を受けるものであるほか、租税は非免責債務とされている(破産法366条の12)ことからすると、相続財産に対し破産宣告があつても相続人が単純承認した以上、被相続人に属していた一切の権利義務(一身に専属したものを除く。)を承継するものと解さざるをえない。原告は、相続財産破産の効果を通常の法人の破産のそれと同視して主張しているが、自然人が死亡した場合には、相続が開始し被相続人に属した一切の権利義務(一身に専属したものを除く。)を相続人が承継することが予定されているのであるから、両者を同視することは許されない。
(四) なお、前述のように、相続財産に対し破産宣告がなされても、相続放棄又は限定承認をしない限り、相続人は被相続人の一切の権利義務(一身専属的なものを除く)を承継するものである以上は、その破産主体を相続人もしくは相続財産のいずれに解するにせよ、破産管財人が受継追行した被相続人を当事者とする訴訟の結果は、相続人及び相続財産に及ぶものと解さざるをえない。
3 そこで、右によると、大介の死亡により、相続人である千津子は、単純承認したことが認められるので千津子は、民法920条及び国税通則法5条に基づき相続分に応じた別紙(4)記載の承継税額について無限の納付義務を負担し、その後昭和54年3月20日現在別紙(5)の税額を滞納していること、大介の相続財産のみの換価等によつては滞納国税全額を徴収することは不可能と認められることからすると、被告が右滞納国税額を徴収するために千津子の固有財産である別紙(1)記載の不動産に対してした本件差押処分等は適法である。
四 原告の予備的相殺の主張について
原告は、本訴において敗訴するときは、原告主張の競売事件配当期日における被告の配当金交付要求の怠慢により1108万7038円の損害を受けることになるので、同損害賠償債権と被告主張の別紙(4)の関税債権とを対当額で相殺する旨主張するが、国税と国に対する債権で金銭の給付を目的とするものとは、法律に特別の規定がない限り、相殺できないとされている(国税通則法122条)ので、かかる特別の規定のない本件においては、原告の右相殺の主張はその余の点について判断するまでもなく失当である。なお、原告は、同法56条、57条の反対解釈としても、同法57条2、3項の規定により右相殺の主張を裁判上の主張として是認すべき旨主張するが、そのように解すべき根拠理由はない。
五 結論
以上の次第で、原告の本訴請求は、請求の趣旨二項の訴えについては不適法であるからこれを却下し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して主文のとおり判決する。
別紙目録<省略>