神戸家庭裁判所尼崎支部 昭和47年(家)659号 審判 1973年7月31日
申立人 春日晴男(仮名)
相手方 竹内安夫(仮名) 外一名
主文
一 被相続人の遺産をつぎのとおり分割する。
1 別紙第一目録記載一の土地建物、二の借地権、四の各預金債権、五の商品、六の現金は、いずれも相手方竹内安夫の取得とする。
2 相手方竹内安夫は申立人に対し、金六、二七八、四四八円およびこれに対する昭和四八年一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員(利息)をつぎのとおり分割して支払え。
(1) 昭和四八年八月末日から同四九年八月末日まで毎月末日限り各金五〇、〇〇〇円およびこれに対する利息。
(2) 昭和四九年九月末日から同五四年三月末日まで毎月末日限り各金一〇〇、〇〇〇円およびこれに対する利息。
(3) 昭和五四年四月末日限り金一二八、四四八円およびこれに対する利息。
二 本件申立て中、相手方明石典明に関する部分ならびに別紙第一目録記載三および七の各権利に関する部分を却下する。
三 手続費用中鑑定人吉田直達に支給した金一五〇、〇〇〇円はこれを二分し、その一を申立人の負担とし、その余を相手方竹内安夫の負担とする。
理由
第一申立ての趣旨
被相続人の遺産である別紙第一目録記載の物件、借地権その他の権利の分割を求める。
第二当裁判所の判断
一 事実関係
本件記録中の各資料、事件関係人の陳述を総合すれば、つぎの事実を認めることができる。
(一) 相続の開始
被相続人竹内茂助は、昭和四五年一二月二四日尼崎市において死亡した。
(二) 相続人およびその法定相続分
相続人は、被相続人の長男である相手方竹内安夫、三男である相手方明石典明、四男である申立人春日晴男の三名である。したがつてその法定相続分は各自三分の一であるところ、相手方明石典明は昭和四七年八月二九日の本件審判期日においてその相続分を他の相続人二名のために放棄する旨の意思表示をした。その結果本件遺産分割の当事者は申立人と相手方竹内安夫の二名となり、その相続分は各二分の一となつた。
(三) 分割協議の不調
相続開始後申立人は相手方安夫に対し、数回にわたつて遺産の内容を明らかにして法定分割をしてもらいたい旨申し入れたが、安夫が明確な態度を示さず分割協議ができない状態であつたことから、申立人は昭和四六年一〇月九日当庁に遺産分割調停の申立てをし、話合いを重ねたものの、同調停も同四七年六月一五日不調に終つた。
(四) 分割の対象となる遺産の範囲およびその評価額
1 別紙第一目録一1の宅地
この土地が被相続人の所有であつたことは当事者双方の争わないところであり、遺産と認める。地上には、相続開始前より相手方安夫妻竹内貴代子所有の別紙第二目録二の事務所が存在し、安夫が事務所または倉庫として使用、管理してきているが、その土地使用関係は使用貸借契約に基づくものと考えられる。したがつてその価値は、更地としての評価によるのが相当である。
そこで、鑑定人吉田直達の鑑定と同一手法により同鑑定人が基準とした近隣標準地価公示価格のその後の公示による昭和四八年一月一日の時点の価格である一平方メートル当たり七五、五〇〇円を用いて正常価格を算出すると(分割時の価額として、便宜上、最新の公示価格の標準時たる上記時点における価額を用い、その時点に統一して計算することにする。)、昭和四八年一月一日時点の一平方メートル当りの単価は
75,500円×(98/100) = 73,990円
同時点における上記土地の価額は
73,990円×104.92 = 7,763,030円 ≒ 7,763,000円
相続開始時(昭和四五年一二月二四日)における上記土地の価額は、鑑定の結果どおり五、三二〇、〇〇〇円と認める。
2 第一目録一2の建物
これは同目録二の借地上に被相続人が所有し安夫の家族と共に居住していた建物で、遺産と認められる。ただし、現存するのは南半分のみで、しかも現況は二階建である。北側には老朽化した建物が存在したが、安夫が昭和四六年七月ごろ第二目録一の建物を新築する際に取壊し、現存しない。この部分を分割の対象としないことについては当事者双方が合意しているので、審判の対象としない。
上記残存部分の建物の評価額は、鑑定の結果を参照し、
相続開始時 六〇九、〇〇〇円
昭和四八年一月 五〇〇、〇〇〇円
と認める。
3 第一目録二の借地権
この目的土地は、被相続人が戦前から、地主である池内順一郎より第一目録一2の建物所有の目的で賃借していたものであるが、被相続人が同建物南側部分を地主に無断で二階建に増築したことから、地主との間に北側部分を改築するときには借地を少し返還する約束があつたため、相手方安夫が第二目録一の建物を新築する際昭和四五年一二月ごろから池内と交渉した結果翌四六年四月ごろ合意が成立して約一〇坪の借地部分を返還し、同年七月ごろにその建物が完成して、以来借地契約は残部一五〇平方メートルにつき従来どおり存続しているのである。したがつて、上記新築の前後を比較して、対象土地の減少はあつたにしても、借地権そのものの同一性は認められるから、これは遺産と認めうるものである。
その評価額は、鑑定の結果により、
相続開始時は、二、五九三、五〇〇円
と認められ、
昭和四八年一月の時点については、前同様近隣標準地価の新しい公示価格を用いて算出すると、
一平方メートル当りの更地価格は
75,500円×(88/100) = 66,440円
建付地価格(単価)は
66,440円×(1ー0.05) = 63,118円
旧建物部分の借地権価格(単価)は
63,118円×0.37 = 23,353円
新築建物部分の借地権価格(単価)は
63,118円×0.55 = 34,715円
借地権価格総額は
(23,353円×80)+(34,715円×70) = 4,298,290円 ≒ 4,298,000円
となる。
4 第一目録三のたばこ販売権
被相続人は最後の住居地においてたばこ小売店を経営し、年間売上げは一、一〇〇万円ないし一、二〇〇万円あつたところ、相続開始後は相手方安夫が小売人となつてその経営を続けていることが認められ、申立人はその販売権も遺産として分割の対象とすべきであると主張する。
しかし、指定を受けた製造たばこの小売人の地位は譲渡の対象となるものではなく、他の者が同一場所で小売人となることがあつても、それは営業の廃止と新たな小売人の指定がなされた結果にすぎず、相続人が引続き同一営業所で小売人となる場合も、日本専売公社に対する届出と新たな指定に基づくものと認められ、権利を当然に承継するものではない(たばこ専売法二九条以下参照)。したがつて営業所を引継いだ相続人が設備、動産以外の事実上の利益を受けたとしても、遺産たる財産権ということはできないものと解する(相続税の対象ともならない)。
そうであるから、これは遺産分割の対象としない。
5 別紙第一目録四の預金債権
(1) 被相続人の○○信用金庫○○支店に対する相続開始時の預金債権残高は、
当座預金 二三六、九〇八円
普通預金 九六、〇九二円
定期預金 八四六、三一一円
計 一、一七九、三一一円である。
(2) 被相続人の○○信用組合○○支店に対する相続開始当時の預金債権残高は、
定期預金 二六三、八五二円
(但し、満期日昭和四六年五月二九日、支払日同年六月一日)である。
以上合計一、四四三、一六三円となる。
ところで、相続財産共有説をとる以上、預金債権等の可分債権は法律上当然に分割され共同相続人がその法定相続分に応じて権利を承継するものと解されるから、金銭債権等は原則として遺産分割の対象とならないものであるが、民法九〇六条、九一二条等の趣旨に照し、必要と認められるときは分割の際に改めて分割の対象とし取得分を変更することができると解することができる。
本件においては、債権額が明らかであり、すでに相手方安夫において支払いを受けているか、または直ちに支払いを受けるのが容易な状態にあると認められ、他の遺産との関係で後に判示するとおりこれを安夫に全部取得させて金銭清算させるのが相当であると考えるから、遺産分割の対象とする。
6 別紙第一目録五の商品
相続開始当時存したたばこ、日用品その他の商品について、申立人は一〇〇万円相当のものがあつたと主張するのであるが、明確な資料はなく、申立人の主張も所詮は推測の域を出ないと考えられるので、当時商品を管理していた相手方安夫の陳述に照してその価額を五〇万円と認める。
7 別紙第一目録六の現金
相続開始当時存した手持金については、明確な資料はないが、年間売上高に照し常時一〇万円程度はあつたと推認するに難くない。申立人の主張も一〇万円であるし、それを超える額を認めうる資料もないので、その額を一〇万円と認める。
現金については、可分債権の場合と同様の法理により当然分割され原則として遺産分割の対象とならないと考えるが、さきに5において説示したのと同様の理由によりこれを分割の対象とすることとする。
8 別紙第一目録七の権利
相続開始当時株式その他出資金または有価証券による権利が存在したことを認めうる資料はまつたくない。したがつてこれは遺産分割の対象とするに由ないものである。
(五) 特別受益
申立人と相手方らは、いずれも戦後間もなく相前後して被相続人から土地の贈与を受けているが、その評価額はほぼ見合うものと認められるので、いずれもその時点における特別受益としては考慮しないこととする。
しかし申立人は、昭和二七年ごろ被相続人から提供を受けた三〇万円と自己資金二〇万円とにより、別紙第二目録三の土地に対する借地権付きの同目録四の建物を買受けたことがあり、被相続人の提供した三〇万円は形式上は申立人に対する金銭の贈与と認められるのであるが、その使途が建物買受代金に限定されていたことから、その実質においては上記建物の一部贈与を選ぶところがないと解することができる。しかも上記三〇万円はさきに被相続人が相手方安夫に贈与した土地のうち返還を受けた一〇〇坪を他に売却して得た資金であることが認められるし、安夫が受贈したその余の土地は事業の借財の返済に当てられ、申立人の受贈した土地は換金され上記建物買付金の一部またはたばこ小売店開業資金等に当てられていること等を考慮すれば、公平の見地から民法九〇三条一項の適用に当つては、当時申立人が被相続人から上記建物全部の贈与を受けたものとするのが相当である。
上記借地についてはその後申立人において所有権を取得し、地上建物も改築されたが、みなし相続財産としては民法九〇四条により相続開始当時なお原状のままで在るものとみなすことになるからその価額を特別受益として相続財産に加える(持戻す)べきである。
その観点から相続開始時の価額を算出すると、鑑定の結果によれば、
借地権価額は 一、二五〇、〇〇〇円
建物価格は 三五八、〇〇〇円
計一、六〇八、〇〇〇円
となる。
他に被相続人からの特別受益を認むべき資料はない。
(六) 当事者双方の生活状況
1 申立人
申立人は現在五一歳で○○運送株式会社○○支店に勤務し課長の職にあつて昭和四六年一一月当時月収九万円を得ており、妻(昭和二年七月二一日生)は自宅で家事のかたわらたばこ小売業に従事して月収三万円ないし三万五、〇〇〇円を得ている。ほかに長男(昭和二六年五月一三日生)と長女(昭和二八年六月二日生)があるが、借財はなく生活は安定している。
2 相手方竹内安夫
相手方安夫は現在五九歳で昭和四七年二月当時建築会社である○○工務店に勤務し月収約八万円、賞与年間約二〇万円を得ていたが、その後定年を迎えて月収が約三割減少している。妻(大正三年五月二四日生)は自宅でたばこ小売業に従事して月収四万円ないし五万円を得ている。長男(昭和一六年一月三日生)は大学を卒業して会社に勤務し妻子がある。次男(昭和一九年一月一一日生)は大学を卒業して会社に勤務し別居している。
現在別紙第一目録二の借地上にある同目録一2の建物と昭和四六年七月ごろ新築した第二目録一の建物(所有名義は安夫、妻、長男持分各三分の一とする共有)に居住し、第一目録一1の土地上の第二目録二の事務所(所有名義妻)は倉庫としている。
新築した建物は約四〇〇万円の資金を要しているが、うち約一八六万円は借受金によつたもので毎月五万円宛分割返済中である。昭和四八年七月五日現在なお七一万円の返済未了分があり、同五〇年五月三日までに返済すればよいことになつている(もつとも相手方安夫は、昭和四九年八月中に完済する予定でいる。)。
二 当事者各自の現実の相続分の算定
(一) 民法九〇三条一項のみなし相続財産価額
1 相続開始時の相続財産価額
前記一(四)において認定した各評価額の合計一〇、五六五、六六三円である。
2 特別受益額(持戻価額)
前記一(五)において認定したとおり一、六〇八、〇〇〇円である。
3 みなし相続財産価額
1、2の合計一二、一七三、六六三円となる。
(二) 民法九〇三条一項による当事者各自の本来の相続分
申立人および相手方安夫各自につき
(一)の価額×1/2 = 6,086,831円
(三) 民法九〇三条一項による当事者各自の具体的相続分
1 申立人上記(二)の価額-1,608,000円 = 4,478,831円
2 相手方安夫上記(二)の価額6,086,831円
(四) 現在(便宜上昭和四八年一月一日に統一することは前示のとおり)の相続財産価額
1 別紙第一目録一1、2の不動産および同二の借地権については前記一(四)における認定による評価額の合計一二、五六一、〇〇〇円である。
2 預金債権、商品、現金については相続開始時の金額または評価額に昭和四八年一月一日までの民事法定利率年五分の割合による金員を加えたものを現在の価額とすると
2,043,163円×(1+0.05×(739/365)) = 2,249,998円
3 1、2の合計は一四、八一〇、九九八円となる。
(五) 現実の相続分
1 申立人
上記(四)の価額×(4,478,831/10,565,663) = 6,278,448円
2 相手方安夫
上記(四)の価額×(6,086,831/10,565,663) = 8,532,550円
三 遺産の分割
さきに認定した事実関係を総合して判断すれば、分割の対象とすべき遺産は現物分割せず、いずれも相手方安夫に取得させ、申立人の現実の相続分は相手方安夫の申立人に対する債務負担の方法により清算するのが相当である(分割協議の段階で相手方安夫は遺産のうち不動産関係の権利を全部取得することを強く望んでいたし、預金債権、現金、商品についてはいずれも安夫が管理しまたは費消したものと認められ、申立人として現物分割を受ける必要性は安夫ほどではない。)。
そうだとすれば、相手方安夫は申立人に対し、金六、二七八、四四八円およびこれに対する評価の基準日である昭和四八年一月一日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による利息を支払うのが相当であるが、安夫が現在なお昭和四九年八月まで他に毎月五万円の債務返済を続けていることおよびその資産、収入、生活状況を考慮し、昭和四八年八月から同四九年八月までは毎月五万円、同年九月から完済までは毎月一〇万円(最終回は一二八、四四八円)および各分割金に対する昭和四八年一月一日から支払ずみまで年五分の割合による利息金を毎月末日限り支払う形で安夫に申立人に対する債務を負担させるのが相当である(この方法によると完済まで五年九か月を要することになるが、申立人には特に経済上急迫を要する事情はないのであるから受忍すべき年限と思われるし、相手方安夫は定年を迎えた身とはいえ、遺産である借地上に新居を構え、たばこ小売店も経営するのであるし、場合によつては別紙第一目録一1の土地を処分することによつて支払金を用意することも不可能ではないから、無理な条件とはいえない。)。
四 結論
以上のとおり、相手方明石典明は遺産分割の当事者から排除し、申立人の主張する一部を遺産と認めて、これを現物分割せずいずれも相手方竹内安夫に取得させ、同相手方に債務負担の方法により申立人に対する金員の分割支払を命じ、鑑定費用の負担について家事審判法七条、非訟事件手続法二七条にしたがつて、主文のとおり審判する。
(家事審判官 堀口武彦)