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神戸家庭裁判所尼崎支部 昭和48年(家)664号 審判 1973年9月18日

申立人 永井照夫(仮名) 昭三九・二・一五生

(右法定代理人親権者母) 砂出昌子(仮名)

相手方 永井邦夫(仮名)

主文

相手方が申立人を扶養する程度および方法として、相手方は申立人に対し昭和四七年六月一日から同四八年四月末日まで一か月金一万八〇〇〇円、昭和四八年五月一日から申立人が経済生活上独立できるまで一か月金二万四〇〇〇円を、毎月末日限り給付すべきものと定める。相手方は申立人に対し、金二九万四〇〇〇円を即時に、一か月二万四〇〇〇円の割合による金員を昭和四八年九月末日から申立人が経済生活上独立できるまで毎月末日限り、各支払え。

理由

本件申立ての要旨は、「申立人母砂田昌子と相手方とは昭和四七年五月三一日協議離婚したが、その際長男である申立人の親権者を母と定め申立人母が申立人を養育している。そこで相手方が申立人に対し昭和四七年六月以降月額二万円の扶養料を支払うべき旨の審判を求める。」というのである。

調査するにつぎの事実を認めることができる。

相手方と申立人母は昭和三六年三月一四日婚姻し同三九年二月一五日申立人をもうけたが、その後相手方に異性関係ができたことなどから夫婦関係が破綻し、同四五年七月ごろから相手方は申立人母に生活費を手渡さなくなつて同年八月九日申立人母が申立人を連れて別居するに至り、同四七年五月三一日申立人の親権者を母とする協議離婚の届出がなされて現在に至るまで申立人母が申立人を養育している。

申立人母は相手方との別居のころから何度か相手方に対して申立人の養育費を請求しているが、ことごとく相手方から拒否されている。

申立人は小学校四年在学中で、同居家族は申立人母のほかその母で祖母に当る砂田愛子との三人である。住居は申立人母の兄砂田健治の所有家屋であるため借賃等の負担はない。祖母の砂田愛子の生活費は健治からの仕送りで賄つている。申立人の資産としては金三〇万の預金があるのみで他に収人はない。

申立人母は現在三六歳で昭和四五年一二月から株式会社○○計器製作所技術部設計課に勤務し、昭和四七年度の収入は給料賞与合せて九九万一三八八円あり、控除された社会保険料は四万七四二三円、徴収された所得税は四万五五〇九円、市県民税は一万一四〇〇円であつて、差引支給額は年間八八万七〇五六円、月額七万三九二一円である。資産はない。

一方相手方は現在三七歳で、○○事務器機株式会社に勤務し、昭和四七年度の収入は総所得額が一四九万六一五〇円、控除された社会保険料が七万八五六六円、生命保険料が九七二九円、徴収された所得税が一〇万七〇〇円、市県民税が五万八五六〇円であつて、差引支給額は年間一二四万八五九五円、月額一〇万四〇四九円である。他に資産負債はない。相手方は申立人母と別居後昭和四八年四月ごろまで西宮市内のマンションでひとり住いをしていたが、その後は現住居で両親と同居している。

一般に、父母はその未成熟子に対して自己の社会的地位、収入に相応した同等の生活を保障する、いわゆる生活保持の義務があるのであるが、父母が離婚後は、その子がいずれに養育されている場合であつても、収入の多いしたがつて生活水準の高い親と同等の生活が保障されるべきであり、その費用すなわち扶養料は父母の各収入から最低生活費を控除した各剰余金の割合で父母が負担するものとするのが相当である。

本件の場合、相手方が調停審判各手続を通じて呼出を受けながら期日にまつたく出頭せず、調査を受けることもかたくなに拒んでいるため、その生活程度を具体的に判断する資料に乏しく、したがつて申立人母とのくわしい経済事情の比較検討が困難であるので、昭和四七年度の両者の収入を比較することによりその生活程度、扶養能力の相違を推認せざるを得ないが、その限りでは申立人は相手方の収入に相応した生活が保障されてしかるべきであるし、その負担額の算出については、いわゆる労研(労働科学所究所)生活費方式によつたものを参考に定めるのが妥当である。そして、相手方は協議離婚成立前より申立人母から生活費の請求を受けていたのであり、遅くとも昭和四七年六月一日以降自己にも申立人に対する扶養義務があることを知ることができたはずであるといえるから、相手方は申立人に対し同日以降申立人が独立して経済生活をいとなむことができる時期まで自己の負担する扶養料を支払う義務があるというべきである。

以上の見地から、上記方式により扶養料負担額を算出すると、

消費単位は、申立人が六〇、申立人母が九五、相手方は昭和四八年四月まで一三〇、同年五月以降一〇五である。最低生活費の基準額は、消費者物価指数の変動率を乗ずると、昭和四七年六月において消費単位一〇〇につき一万六、一〇〇円となるから、

(1)  申立人母の最低生活費は、

16,100円×(95/100) = 15,295円

(2)  相手方の最低生活費(昭和四八年四月まで)は、

16,100円×(130/100) = 20,930円

(3)  同(昭和四八年五月以降)は、

16,100円×(105/100) = 16,905円

(4)  申立人の生活費の基準とすべき額は、相手方の収入と申立人の資産からの収益を合算したものとすべきところ、申立人の有する金三〇万円の預金は通常の運用により少くとも年六分を下らない収益を得ることができるものと考えられるから月額一、五〇〇円となり、相手方の収入と合算し一〇万五、五四九円となる。

(5)  申立人の生活費(昭和四八年四月まで)は、

105,549円×(60/130+60) = 33,331円

(6)  同(昭和四八年五月以降)は、

105,549円×(60/105+60) = 38,381円

(7)  申立人母の収入から最低生活費を控除したものは、

73,921円-15,295円 = 58,626円

(8)  相手方の収入から最低生活費を控除したもの(昭和四八年四月まで)は、

104,049円-20,930円 = 83,119円

(9)  同(昭和四八年五月以降)は、

104,049円-16,905円 = 87,144円

(10)  相手方の分担金月額(昭和四八年四月まで)は、

(33,331円-1,500円)×83,119/58,626×83,119 = 18,665円

(11)  同(昭和四八年五月以降)は、

(38,381円-1,500円)×(87,144/(58,626+87,144)) = 22,048円

(12)  最近の消費物価の上昇を考慮し、東京都区部消費者物価指数の変動率を乗ずると、昭和四八年五月以降は、

22,048円×(123.6/111.1) = 24,528円

と算定される。

以上の数字を参考として、相手方が申立人に支払うべき扶養料額を、昭和四七年六月一日から同四八年四月末日まで月額一万八、〇〇〇円(合計一九万八、〇〇〇円)、昭和四八年五月一日から月額二万四、〇〇〇円と定める(昭和四八年八月末日までの合計額は二九万四、〇〇〇円となる。)。そして、それを毎月末日限り申立人が独立して統済生活をいとなむことができる時期まで支払うべきものとする。(もつとも、その金額が将来申立人の成長、経済事情の変動等により増減されることがありうることはいうまでもない)。

よつて、家事審判規則九八条、四九条にしたがい、主文のとおり審判する。

(家事審判官 堀口武彦)

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