神戸簡易裁判所 昭和52年(ハ)616号 判決
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【判旨】
(四) 信義則違反、権利濫用の抗弁
(1) いま試に、本件に現われた証拠に基き、本件建物に関する所有権移転とこれが登記関係、及び本件建物に関する原告と孝子(編注―被告の二女)間の訴訟を中心とした重要な出来事を追つて回想してみる。
昭和三一年八月七日。被告が本件建物を前所有者三井信託銀行から買受けた日。
昭和三一年九月一一日。右売買に関する本件登記(編注―三井信託銀行から孝子名義の売買登記)日。
昭和三一年末頃に孝子は本件建物に入居約三年間居住した後昭和三四年一二月千葉市に転住。
昭和四三年原告から孝子を被告として建物収去土地明渡請求訴訟起訴(神戸地方裁判所昭和四三年(ワ)第七七二号、第九九五号―以下第一訴訟という)。
昭和四四年七月二五日。第一訴訟において孝子が本件建物の買取請求権を行使した日。
昭和四八年九月一七日。第一訴訟において買取請求権が認められて、買取代金二〇万円の支払を受けるのと引換えに本件建物を引渡し、その敷地を明渡せとの被告敗訴の一審判決日。
昭和五一年五月一九日。第一訴訟判決に対する孝子の控訴に対する控訴棄却の判決日。
昭和五二年六月七日。第一訴訟に対し孝子からの上告なく判決確定日。
昭和五二年四月八日。原告から孝子に対する買取代金二〇万円を提供すべく提供日及指定場所(本件建物所在地)に関する内容証明郵便が孝子に到達した日。
昭和五二年四月一九日。右指定に基き原告が右金二〇万円を現実に提供したが、孝子が指定場所に不出頭のため、孝子が受領すること能はざりし日。
昭和五二年四月一九日。原告が金二〇万円を弁済のため供託した日。
昭和五二年五月一九日。原告から孝子を被告として、本件建物について売買を原因とする所有権移転登記手続請求訴訟起訴日(神戸簡易裁判所昭和五二年(ハ)第三〇三号―以下第二訴訟という。)
昭和五二年八月二二日。第二訴訟に対し被告敗訴の判決言渡日。
昭和五二年九月六日。回復登記日。
昭和五二年九月八日。第二訴訟の判決に対し孝子控訴提起日。
昭和五二年九月二七日。原告が被告に対し本件訴訟起訴日。
昭和五三年七月一七日。第二訴訟控訴審控訴棄却の判決言渡日。
昭和五四年二月一八日。第二訴訟の上告審上告棄却の判決確定日。
(2) 民法一七七条にいわゆる「第三者」の範囲については、同条が善意・悪意を区別していないところから、説は分れているけれども、わが判例は大審院以来「登記の欠缺を主張する正当なる利益を有する者に限る」との制限説で一貫してきているように思われる。そして具体的適用事例として、最高裁昭和三一年四月二四日判決(民集一〇巻、四号四一七頁)は、「不動産登記法四条・五条の場合、その他これに類するような登記の欠缺を主張することが信義則に反すると認められる事由がある場合には第三者には該当しない」と判示している。
当裁判所はこれらの判例が正当であるとの見解を採用する。
(3) 同条の「対抗することを得ず」とは、第三者がこれに対し否認権を行使できるとの意である。その否認権の行使は信義則によるべく濫用の許されないことは勿論である。
(4) 公示方法たる登記はこれに対する第三者の信頼を保護することによつて機能を営むものであることは多言を要しない。
(5) 右(1)の事実関係を悉に検討してみると、本件建物の実質的所有者は父親の被告であつて、ただ、登記名義上の所有者を娘の孝子名義にして二〇年間放任していたものと認定するのが相当である。そうすると、被告は実質的な意味において、単純なる第三者とは目し難いといわなければならない。
(6) また、同事実関係から
原告の本件建物の買受けについては、原告は孝子の買取請求権行使により、登記の公示を信じ、かつ、判決により買取請求権が認められて買受けたものであるから、善意・無過失であることは明らかである。
本件登記がなされてから二一年を経過しその間昭和四三年以来原告と孝子間に九年の長きに亘り第一訴訟・第二訴訟が係属して争われてきたのにかかわらず被告は孝子所有名義の登記をそのまま放任してきたことは、本件建物の管理上被告に重大なる過失があつたものと推認するのが相当である。
第一訴訟において孝子の敗訴が権定し、第二訴訟において孝子敗訴の一審判決が言渡された直後、被告が回復登記を経由したことは、少なくとも、回復登記の時点においては原告に対する害意が推認される。
(7) 結論
前示(6)の・・を総合して考察するとき、被告の利益を保護する必要性は極めて少であるのに比し、原告の利益を保護する必要性は主・客両面からみて極めて大であることがよくわかる。更に、前示(5)説示の被告が純粋な第三者に当らないとの特殊事情を加味するとき、被告が原告の登記欠缺を主張して否認権を行使することは著しく信義に反し、権利の濫用にあたるものと認定するのが相当である。ゆえに被告は登記の欠缺を主張する正当の利益を有する第三者には該当しないものと解するのが相当であるから、被告の抗弁である否認権の行使はその法律的効果を生じない。
(十河清行)