福井地方裁判所 平成6年(ヨ)22号 決定 1994年6月09日
債権者
中島漠
右訴訟代理人弁護士
今井安榮
債務者
エッソ石油株式会社
右代表者代表取締役
ダブリュー・アール・ケイ・イネス
右訴訟代理人弁護士
小長谷國男
同
今井徹
同
中嶋秀二
同
名取勝也
主文
一 債権者の申立てをいずれも却下する。
二 申立費用は債権者の負担とする。
理由
第一 本件は、債務者会社に雇用されている債権者が、違法な事業所閉鎖によって遠隔地の事務所への転勤を命ぜられたとして、債務者会社に対し、所属組合との誠実な団体交渉を行わずに事業所を閉鎖することを禁止し、債権者が配転命令後の新勤務場所の従業員として労務を提供すべき義務のないことを仮に定めることを申請した事件である。
一 争いのない事実
1 債務者会社は、米多国籍企業エクソン・コーポレーションの一〇〇%子会社であるエクソン・カンパニー・インターナショナルの一〇〇%子会社として、昭和三六年一二月一一日に設立され、各種石油製品及び関連製品の輸入及び販売等を業とする会社であり、東京都港区に本社を、全国約七〇ケ所に支店、営業所、油槽所等を置き、従業員数は約一一五〇名である。
債務者会社の福井油槽所は、福井県坂井郡(町名・番地略)に所在し、勤務人員は五名である。
2 債権者は、昭和四四年二月一日、債務者会社に入社し、福井油槽所において、二〇有余年にわたってタンク・トラック運転手として稼働してきたが、平成四年五月、業務命令をもって石油製品の荷受け、出荷等の業務を行う現業職(プラントマン)への職種変更を命ぜられたため、以後は現業職(プラントマン)として稼働していた。
3 債務者会社は、平成五年二月二六日、債権者が所属するスタンダード・ヴァキューム石油自主労働組合(以下「組合」という。)に対し、平成六年三月末日をもって同油槽所を閉鎖する旨を文書で通知した。そして、債務者会社は、平成六年三月二三日、債権者に対し、平成六年四月一日付けで債務者会社の名古屋統括油槽所転勤を命ずる旨の辞令を発令した(以下「本件配転命令」という。)。なお、本件配転命令発令当時、債権者は組合の中京分会連合会副委員長及び三国分会委員長であった。
二 争点
1 福井油槽所は閉鎖されているか
2 債務者会社の債権者に対する本件配転命令の適法性
右各争点についての債権者の主張は、本件仮処分申請書、平成六年四月七日付け及び同年五月一二日付け各主張書面のとおりであり、債務者会社の主張は、答弁書、平成六年四月七日付け、同年五月一二日付け及び同月一九日付け各主張書面のとおりであるから、これを引用する。
第二 争点に対する判断
一 争点1について
債権者は、福井油槽所を出荷拠点とする福井県全域及び石川県南部における債務者会社の営業活動は依然として継続されており、単に人的施設が債務者会社の業務命令等により閉鎖されたにすぎず、右油槽所としての物的施設は現存しているから、人的施設さえ原状に回復すれば(債権者ら従業員を従前の職場に復帰さえさせれば)、完全に従前の営業形態を継続することができるのであるから、右油槽所はいまだ閉鎖されたものではない旨主張する。
しかしながら、(証拠略)と審理の全趣旨によれば、債務者会社は、右油槽所の従業員を整理したのみでなく、平成六年四月一日をもって右油槽所の物的施設を株式会社ジャパンエナジーに譲渡し、港湾施設占用廃止届等の諸手続を済ませ、右油槽所を営業活動の基礎とすることはできなくなったと認められ、債務者会社の事業所としては法的に存在しなくなったものというべきであるから、債権者の主張する被保全権利が存在するか否かにかかわらず、右油槽所が法的に存在しなくなった現在においては、その閉鎖禁止を求めることは無意味であって、保全の必要性が認められないことは明らかである。
二 争点2について
1 福井油槽所の閉鎖について
(証拠略)によれば、債務者会社の福井油槽所は、株式会社ジャパンエナジーとの共同油槽所であり、平成二年三月に当初の右油槽所についての共同利用契約の期間が満了した後も、一年毎に契約更新を重ねてきたところ、債務者会社は、同社独自の安全対策システムを策定し、消防法の規制を上回る高度の社内安全基準を設け、順次改善を実施してきており、福井油槽所についても、施設の近代化やシステムの改善等を株式会社ジャパンエナジーに対して提案してきたが、その同意が得られず、これまで必要最小限の維持補修を実施するにとどまった。そこで、平成六年三月の契約期限切れに際して検討した結果、契約を更新して長期にわたり安全に右油槽所を運営するためには債務者会社が独自に多額の設備投資をせざるを得ず、結果として通油料の大幅上昇を招くことから、債務者会社は到底同業他社との競争に耐え得ないとの結論に達し、右油槽所を閉鎖することとなったことが認められる。
債権者は、債務者会社の右油槽所閉鎖について、債務者会社の売上高経常利益率、自己資本比率、自己資本利益率が同業他社のみならず他の業界の企業に比較しても高率であること、債務者会社の油槽所数が同業他社より少ないこと、債務者会社の達成しようとしている油槽所における安全基準は同業他社も達成していないこと、右油槽所を引き継ぐ株式会社ジャパンエナジーが右油槽所に対して一五億四〇〇〇万円以上の投資を行って、それを維持して行こうとしていること等を理由として、債務者会社の右油槽所閉鎖はコスト的にも合理性がないとする。債権者の右主張は、債務者会社の経営方針に対する批判であるが、債務者会社における油槽所の統廃合等の経営方針は、経営者がその責任において決定する事項であり、その方針が企業経営上合理的かどうかによって直ちに油槽所の閉鎖が違法となるものではない。ただ、このような事業所等の閉鎖が不当労働行為を目的とするものと認められる場合には、その違法性が認められる場合があるが、本件の福井油槽所閉鎖の理由は前記のとおりであって、不当労働行為と認めるに足りる疎明はない。
2 債権者の勤務場所の特定について
債権者は、労働契約において、勤務場所が福井油槽所に特定されていたと主張するが、これを認めるに足りる疎明はなく、仮に、そのような契約内容であったとしても、経営上の合理的理由によって勤務場所として特定されていた右油槽所が閉鎖された場合には、債務者会社が債権者に対して他の油槽所等へ転勤を命ずる配転命令を発令することは業務上の必要性があるというべきであり、配転命令発令について(組合との団体交渉は別として)債権者の同意は不要というべきである。
3 本件配転命令発令に際しての組合との事前協議について
債権者は、債務者会社が全石油スタンダード・ヴァキューム石油労働組合と締結している労働協約は組合との間にも労使慣行として適用されており、それによれば、本件配転命令発令には右労働協約三六条四項(「会社が事業所の縮少または閉鎖に伴ない、その事業所の組合員の大量転勤を行おうとする場合は、その基準を組合と協議する。」)、五項(「組合役員(中央執行委員および会計監査委員)の転勤を行なおうとする場合は、組合と協議する。支部・分会連合会三役(委員長、副委員長、書記長)の場合もこれに準ずる。」)が適用されるから、組合との事前協議が必要であるにもかかわらず、それなしに債権者に対して本件配転命令を発令したことは、右労使慣行に反する旨主張する。
しかしながら、仮に、債務者会社が全石油スタンダード・ヴァキューム石油労働組合と締結している労働協約が組合との間にも労使慣行として適用されているとしても、(証拠略)によれば、債務者会社が組合に対し福井油槽所の閉鎖を通知した以後において、債務者会社は右油槽所における関係組合員(すなわち債権者)の転勤問題について協議したい旨を少なくとも平成五年一一月一〇日以降数回にわたって組合との団体交渉の場で要望しているにもかかわらず、組合が右油槽所閉鎖反対に固執して関係組合員の転勤問題についての協議を拒否していたことが認められる。したがって、右認定によれば、債務者会社は組合との事前協議の義務を尽くしているというべきであるから、債権者の右主張は理由がないというべきである。
第三 結論
以上によれば、本件申立ては、被保全権利ないし保全の必要性についての疎明を欠くものであり、いずれも理由がない。
よって、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 野田武明 裁判官 宮武康 裁判官 井上一成)