福井地方裁判所 平成8年(ワ)268号 判決 1998年3月27日
呼称
原告
氏名又は名称
ジャンセン・ファーマシューチカ・ナームローゼ・フェンノートシャップ
住所又は居所
ベルギー国 二三四〇ビールセ・トウルンホウト・セバーン三〇
代理人弁護士
吉利靖雄
代理人弁護士
品川澄雄
復代理人弁護士
滝井朋子
呼称
被告
氏名又は名称
小林化工株式会社
住所又は居所
福井県坂井郡金津町市姫二丁目二六番一七号
代理人弁護士
内藤義三
代理人弁護士
田倉整
輔佐人弁理士
高田修治
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 被告は、別紙目録記載の物質を有効成分とする医薬品を製造し又は販売してはならない。
二 被告は、被告の所有する別紙目録記載の物質及びこれを有効成分とする医薬品を廃棄せよ。
三 被告は、厚生大臣に対し、被告の申請によってなされた薬事法に基づく別紙目録記載の物質を有効成分とする医薬品に対する製造承認につき、製造承認の整理届を提出しなければならない。
四 被告は、厚生大臣に対し、前項の医薬品につき、健康保険法に基づく薬価基準収載の削除願を提出せよ。
五 被告は、原告に対し、第三項の医薬品につき、厚生大臣の製造承認を得るために別紙目録記載の物質を有効成分とする医薬品を用いて行った試験から得たデータ及びその他の資料を返還せよ。
(本案前の答弁)
本訴請求をいずれも却下する。
(本案の答弁)
主文同旨
第二 事案の概要
一 本件は、存続期間の満了した医薬品についての特許権(以下「本件特許権」といい、その発明を「本件特許発明」という)を有していた原告が、被告が本件発明に係る医薬品と同効の医薬品(以下「被告製剤」という)として販売する目的で、厚生大臣の製造承認及び薬価基準収載(以下「本件製造承認等」という)を受けるために右特許権の存続期間満了前になした生物学的同等性試験(被告製剤が医薬品として本件特許物質と同等であることを示す試験)及び加速試験(被告製剤が本件特許物質より劣化速度が大ではないことを示す試験。以下併せて「本件試験」という)が本件特許権を侵害する行為であるとして、▲1▼本件特許権に基づく妨害排除請求権、▲2▼特許法を含む産業的取引社会の公正な法秩序に基づく妨害排除請求権、▲3▼発明の独占的専有に基づく不当利得返還請求権を根拠として選択的に本件各請求をした事案である。
二 争いのない事実等
1 当事者
(一) 原告は、肩書地に本店を有するベルギー国の法人であり、医薬品等の製造販売を業務としている。
(二) 被告は、肩書地に本店を有する株式会社であり、医薬品の製造販売を主たる業務としている。
2 原告は、次の内容の本件特許権を有していた。
特許番号 特許第一三六四八九五号
発明の名称 新規な1―(ベンゾアゾリルアルキル)ピペリジン誘導体
出願日 昭和五一年七月一九日
出願番号 特願昭五一―八五二一六八号
優先権 一九七五年七月二一日及び一九七六年五月一七日の米国特許出願に基づく優先権
公告日 昭和六一年七月一七日
公告番号 特公昭六一年―三一一〇九号
登録日 昭和六二年二月九日
特許請求の範囲 別紙特許公報該当欄記載のとおり
存続期間満了 平成八年七月一九日
3 本件特許発明の実施
(一) 右特許請求の範囲第1項記載の一般式において、R1、R2及びR3に水素を選び、Bに<省略>を選び、さらにLに水素を選び、m及びnを各1とし、基―N()Aの示す式中R7に水素、R8に5位クロール、YにO、Mに水素を各選び、破線を単結合とした別紙物件目録に式で示す化合物は、一般名を「ドンペリドン」と称する化合物(以下、一般名を使用する)であり、強い制吐活性を有し、商品名はナウゼリンといい、慢性胃炎、胃下垂症、胃切除後症候群等の疾患に対して、細粒、錠、ドライシロップ、座剤として用いられる。
(二) 原告は、本件特許権の独占的実施権者である訴外協和醗酵工業株式会社に対し、ドンペリドンの原末を輸出し、同社は、ドンペリドンを各種製剤して市販し、平成七年度は年間約一八七億円(薬価ベース)の売上を得た。
4 被告の行為
被告は、本件特許権の存続期間満了後直ちに被告製剤を販売するため、右存続期間が満了していないにもかかわらず、本件試験を行い、その試験結果を用いて本件特許物質であるドンペリドンを有効成分とする被告製剤について本件製造承認等を受け、さらに、被告製剤が健康保険に用いられる保険薬として承認を得るため、健康保険法に基づく薬価収載への申請をも行った。
三 争点
1 本件特許権に基づく妨害排除請求権について
本件特許権の存続期間満了後に製造販売する被告製剤について、本件製造承認等の申請に添付すべき資料を得るため、右存続期間中に行った本件試験においてなした被告製剤の製造、使用は本件特許権を侵害するか。また、これが肯定された場合、原告は、本件特許権の存続期間満了後に、特許権妨害に対する妨害排除請求権に基づき侵害行為の差止め、侵害物件の廃棄、製造承認の整理届の提出、薬価基準からの削除願の提出及び製造承認を得るために別紙目録記載の物質を有効成分とする医薬品を用いて行った試験のデータ及びその他の資料の返還を請求することができるか。
2 特許法を含む産業的取引社会の公正な法秩序に基づく妨害排除請求権について
被告が、本件特許権の存続期間満了前に行った本件試験は、特許法を含む産業的取引社会の公正な法秩序に違反するといえるか。
3 不当利得返還請求権について
被告の行為は、原告の本件特許発明に対する独占的専有を侵奪する不当利得に当たるか。
四 争点に関する当事者の主張
1 争点1について
(被告の主張)
(一) 本件特許権は、平成八年七月一九日に存続期間満了により消滅しており、特許権が消滅した以上、本件訴えの利益はない。また、原告は、本件特許権の存続期間満了の直前である平成八年七月一七日に本件訴えを提起しているが、本件訴状において本件特許権が同月一九日に存続期間満了により消滅することを認めていたのであるから、本件訴えは濫訴に当たるというべきである。
(二) 特許法六九条一項の「試験又は研究」は、科学技術の進歩に直接間接に寄与する可能性のある「試験又は研究」であることを要し、かつそれで足りると解すべきであり、科学技術の進歩を直接ないし主要な目的とする場合に限定する必要はない。
本件試験のうち生物学的同等性試験は医薬品を構成する化学物質(以下「原末」という)を試作又は購入しなければならないが、試作については、公報には原末の製造方法は「公知の方法に従って行う」としか記載されておらず、本件特許請求の範囲に記載された化学構造式で表された物質の試作は、公報に記載されていない各種の知識や被告のノウハウが利用されて初めて可能となる。
次に原末から実際の製品を試作する過程は、公報には配合物質や製造方法の例示はあるが、本件試験の配合物質や試作方法は右例示どおりではなく、被告の知見に基づいて各種の配合物質や試作方法を検討し、最終試作品が生物学的同等性を獲得するまで繰り返される。
このように本件試験の内容自体は、被告のノウハウを利用して種々の実験その他の試行錯誤を繰り返す「試験又は研究」に他ならない。
さらに、被告ら後発者の「試験又は研究」は、公報記載の技術を公報記載どおりに行っているものではなく、後発者として独自の視点から研究開発しているもので、このような「試験又は研究」から新たな発明が生じることも多い(乙14ないし21)。
原告は、生物学的同等性試験は科学技術上意味のない試験だと主張するが、医薬品は人体に作用するものであるから微妙な要素が多く、化学物質としてのドンペリドン自体について一応の安全性や有効性が確認され、主成分に同一性があっても製剤方法によっては、安全性や有効性に問題が生じる可能性はいくらでもあることから、後発医薬品であっても安全性や有効性に問題があるか否か確認するため薬事法上生物学的同等性試験が要求されているのであり、被告の試験研究により初めて、被告の方法で製造した医薬品の副作用の有無が確認される。
このように医薬品にとって、効能や安全性のチェック自体が重要な意義を持ち、先発企業が右チェックをすれば以後のチェックは不要というものではない。
なお、本件試験に必要なのは三ロット×試験項目程度であるから、被告が本件試験に用いた試作品は錠数にして三〇〇〇錠から五〇〇〇錠程度である。原告が数量算定の根拠とする甲20は、当時のように三ロット×試験項目による最小量を算定したものではなく、原末を製造すること若しくは現在のように本格生産の一〇分の一量以上の試作が義務づけられていることを前提としている。
(三) 被告は、本件特許権の存続期間が満了した後に被告製剤を製造販売する目的で、本件製造承認等が右期間満了時になるように本件試験を行い、厚生省も、後発メーカーの製造販売行為が、特許権侵害の問題を引き起こさないよう右承認等は特許権存続期間満了後になるようにしており(乙6)、被告が、本件特許権の存続期間満了前に被告製剤の製造販売を開始することは有り得ない。
したがって、本件試験自体によって未だ右存続期間内の原告の独占的収益の権利を実質的に侵害するものではないから、被告は本件特許権を侵害していない。
(四) 被告は、ドンペリドンと化学的同一性のある物質を許認可のための「試験又は研究」に必要な最小限度試作又は購入し、これを成分とする医薬品を同様の限度で試作し、試作した医薬品は臨床試験に供したが、被告はこれらの「試験又は研究」からは何の利益も得ていないし、原告に何の損害も与えていないから、「業として」、「実施」したと言えない。
特許法は、薬事法上の承認の審査が長期化することによる特許期間の実質的短縮化を救済するため、「その特許発明の実施をすることが二年以上できなかった」ことを要件として、特許権の存続期間延長制度を設けている(同法六七条二項)。このように特許法自体が、薬事法に基づく製造承認の審査期間中「特許発明の実施」ができないことを認めているのであるから、臨床試験行為は特許発明の実施に当たらないといわざるを得ず、本件試験は特許権を侵害したことにはならない。
(五) 請求第三及び第四項は、行政庁に対する、整理届や削除願の提出を求めているが、本件特許権の侵害行為が認められるとしても、そのことが、同提出行為を求める根拠となるものではない。
(原告の主張)
(一) 特許法六九条一項の「試験又は研究」は、特許発明の技術を更に技術的に進歩せしめるものでなければならないのみならず、右技術を更に進歩させる目的を有することが必要であるが(甲17の1、2参照)、被告が本件 特許権の存続期間中に行った本件試験は、新技術の発展、進歩とは何ら無関係である。なお、被告は、本件試験によって別の特許発明をしたと主張する(乙14ないし21)が、これらは本件特許発明技術とは無関係である。
(二) 被告が、本件特許権の存続期間中に、本件製造承認等を受けるためになした本件試験は、以下のとおり、本件特許発明技術の業としての実施に当たる。
▲1▼ 医薬品を製造販売することは被告の業としての行為である。商品たる医薬品は、国民の健康への影響から、その製造販売のためには本件製造承認等を取得しなければならず、被告の同承認等取得のための行為は、その医薬品の製造販売のみを目的とするものであって、業としての製造販売行為の端緒と評価されるべきものである。また、医薬品が特許された物質である場合、これを製造又は輸入し、使用すること自体が、その特許発明の実施であることは当然である。
▲2▼ 被告は、特許法六七条二項を根拠に、本件製造承認等を取得するために特許発明技術を用いることは、「特許発明の実施」には該当しないと主張するが、同項中の「その発明の実施をすることができなかった」とは「その発明の実施を全幅の意味においてはすることができなかった」との趣旨であり、許可あるまでの間であっても、特許された物質を製造又は輸入し、使用する行為は、その主体が特許権者であれ、第三者であれ、特許法二条三項に規定する特許発明の実施行為である。
▲3▼ 被告は、本件特許権存続期間中は被告製剤を市場に製造販売する意思はなく、原告の経済的利益を侵害する意思はなかったと主張するが、本件特許権の存続期間中に、業として、特許法二条三項一号に該当する、その特許物質の生産、使用をなす行為は、行為者の主観的な意思如何にかかわらず、それだけで直ちに客観的に本件特許権侵害行為と評価されるべきである。なお、被告は、本件試験にはドンペリドンを僅かに使用したにすぎないと主張するが、厚生省は、現実の商品と近似した条件下で製造された物質を用いた実験の結果を要求するため(甲14参照)、被告は本件試験に際しては、実際の工場内での製品製造単位で製造された大量の物質を現実の用法と同じ態様で用いることが必要となり、被告は、少なくともドンペリドンを五万二五〇〇回服用分(五万二五〇〇錠)製造し、使用した(甲20)。
(三) 被告が本件医薬品の製造販売をなすためには本件製造承認等が必要であるところ、同承認等を得るための本件試験の開始から薬価基準の収載までには少なくとも二七か月間を要するから、本件特許権存続期間満了後、二七か月間以内の被告製剤の製造販売は本件特許権を侵害する。
したがって、原告は、特許権者として、その特許権存続期間満了後も少なくとも更に二七か月間は、ドンペリドンを独占的に製造販売することのできる法的利益を有する。
(四) 本件製造承認等の取得及びこれに基づく被告製剤の製造販売は、本件特許権の侵害行為である本件試験に起因する本件特許権の妨害行為というべきものであり、一方、特許権は所有権に準じる物権的権利であるから、本件特許権の存続期間満了後も、妨害状態が存続する限り、妨害排除請求権が依然として存続するものと解すべきである。
被告の妨害行為は、原告が存続期間満了後も少なくとも二七か月間享有できた本件特許発明の実施品を独占的に製造販売することのできる法的地位を害するものであるから、存続期間満了後も少なくとも二七か月間継続しており、これに対する妨害排除請求権も存続している。
2 争点2について
(原告の主張)
本件特許権の存続期間中に本件試験を行ったことで特許権侵害をなした被告が、右存続期間満了と同時に被告製剤を製造販売できるとすれば、被告は、本件特許権存続期間中は完全に特許権を尊重して本件試験を行わず、特許権存続期間満了後に初めて本件試験を開始した善良な競争者に対して、有利な地位を得ることになるが、この結果は産業取引社会の公正な秩序を破壊することになる。
したがって、このような場合には特許法を含む産業的取引社会の公正な法秩序に基づき、特許権侵害とその結果である妨害の排除、すなわち、特許権が尊重されていたとすれば実現したであろう状態が回復されるべきである。
3 争点3について
(原告の主張)
被告は悪意で、法律上の原因なく、原告の本件特許発明に対する独占的専有を侵奪することによって、原告に二七か月間の独占的専有を喪失させるという損失を生ぜしめ、これによって、本件製造承認等及びこれに基づく被告製剤の製造販売が可能な地位を得ることによって経済的利益を受け、もって不当な利得をした。
したがって、このような場合には本件特許権発明の専有が侵害されたことの明白な二七か月間において、発明の独占的専有に基づく不当利得返還請求の結果として、被告が右専有侵奪によって取得した本件製造承認等の手続は、白紙の状態に戻されなければならない。
なお、本件特許権存続期間中に、本件特許権を侵害した者が、侵害により得られた成果に限って、その取得を否定されることは、本件特許権の存続期間が延長されることではなく、本訴請求が認められることは右存続期間が延長されたことを意味するものではない。
第三 判断
一 争点1について
1 特許権の効力は、試験又は研究のためにする特許発明の実施には及ばない(特許法六九条一項)が、特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有し(同法六八条本文)、他方、特許法の目的が、発明を奨励し、もって産業の発展に寄与することにある(同法一条)ことに照らすと、独占排他権である特許権の効力も、特許権者の利益と発明を利用する第三者ないし社会一般の利益との調和を図るという産業政策上の見地から制限されることはやむを得ないものというべく、特許法六九条一項の立法趣旨も、試験又は研究は特許を適用した製品の生産、譲渡を目的としたものではなく、当該特許に係る技術を更に進歩せしめることを目的としたものであるから、特許権の効力を試験又は研究のためにする特許発明の実施にまで及ぼすことは、かえって技術の進歩を阻害し、産業の発達を損なう結果になると判断されたことにあるものというべきである。
このように特許法は「発明の保護」と「発明の利用」の調和を図ることによって産業の発達に寄与し、もって技術水準一般の向上を図るとともに、これによって国民全般を等しく利便性に浴せしめるという公益を増進することを立方趣旨とするものであると解することができるから、特許法六九条一項にいう「試験又は研究」は、その法意に鑑み特許発明の技術を更に技術的に進歩せしめることのみを目的とする試験又は研究に限定されるべきではなく、技術の進歩に直接的或いは間接的に寄与する可能性のある試験又は研究をも包含する趣旨であると解すべきである。巷間他人の特許発明を専らその発明の効果の存否若しくは程度を試験するため、又はこれをステップとしてよりよき発明を研究するために業として実施することが少なくないが、このような実施も間接的に技術の進歩に寄与するものということができる。
そして、被告は、本件特許権の存続期間満了後に被告製剤を製造販売するため、右存続期間中に本件試験を行ったが、弁論の全趣旨によれば、本件試験によっては、本件特許物質であるドンペリドン自体についての安全性や有効性の確認がなされたもので、右試験の方法も被告のノウハウ、新規技術、公知技術等の組み合せに基づき、副成分として各種の物質を添加等して試行錯誤を伴いながら生物学的同等性に関する資料を得るための各種試験を行ってきたものであること、また、被告はドンペリドンを成分とする被告製剤の製造承認申請のために本件試験を実施したものであるが、右実施によって直接利益を得たものではなく、原告に損害を生じさせたものでもないことが認められることに照らすと、本件試験は、特許法六九条一項にいう「試験又は研究」に当たると認めるのが相当であるから、本件特許権の効力は及ばないものというべきである。
2 原告は、特許権者として、特許権の存続期間満了後も二七か月間はドンペリドンを独占的に製造販売し得る法的利益を有する旨主張する。
しかし、仮に後発医薬品業者が、医薬品の製造承認を取得するための試験を開始してから薬価基準収載に至るまでに最低限二七か月間を要し、そのため、後発医薬品業者が、特許権の存続期間満了後直ちに製造承認のための試験を開始したとしても、薬価基準収載を受けるまでの少なくとも二七か月間は特許権者が独占的に実施品の製造販売をすることが可能となるとしても、これは、薬事法が、医薬品等に関する事項を規制し、これらの品質、有効性及び安全性を確保することを目的とし(薬事法一条)、医薬品の製造販売について、国民健康の安全確保の趣旨から、種々の規制を設けていることに起因する事実上の結果にすぎないというべきであって特許権者に対する独占権の付与という特許法の趣旨とは全く無関係な結果にすぎないものであり、特許法が保護する利益には当たらないものである。
したがって、原告の右主張は採用することができない。
二 争点2について
原告は、特許権に基づく妨害排除請求権のほかに、「特許法を含む産業的取引社会の公正な法秩序に基づく妨害排除請求権」なる概念をもって差止、排除を主張する。
特許権を付与された者は、その存続期間中、業として特許発明の実施を専有する効力を有するものであり(特許法六八条)、これによってその権利保護が図られているものである。したがって、特許発明について、特許法の規定するところとは別個の、しかも明文の根拠のない規範をもって、特許権の効力以上の効力を認めることは必要でなく、また相当でもない。
そして、被告の行った本件試験は、特許法六九条一項にいう「試験又は研究」に該当するものであり、これが特許権の効力が及ばない行為であることは、前記一1に判示したとおりである。したがって、「特許法を含む産業的取引社会の公正な法秩序に基づく妨害排除請求権」なるものに基づく原告の右主張は失当である。といわざるを得ない。
三 争点3について
原告は、本件特許権の存続期間中本件特許発明に対する法的な独占的専有権限を有するところ、被告は、少なくとも本件特許権存続期間満了前二七か月間にわたり法律上の原因なく、本件特許発明に対する独占的専有を侵奪し、その結果、原告は右期間の独占的専有喪失という損失を受け、これによって被告は本件製造承認等及び被告製剤の製造販売可能な地位という不当な利益を受けた旨主張する。
しかしながら、被告が、本件特許権の存続期間中に、本件試験でドンペリドンを製造し、使用することが特許法六九条一項の試験又は研究に当たり、特許権の効力が及ばない行為であることは前記一1に判示したとおりである。してみると、被告が、本件試験においてドンペリドンを製造し、使用したことは、原告の主張する「本件特許発明に対する独占的専有権限」の侵奪には当たらないといわざるを得ず、原告の右主張は理由がない。
四 結論
したがって、原告の主張はいずれも採用の限りでないから、その余の点について判断するまでもなく、本訴請求はいずれも理由がないものとして、主文のとおり判決する。
(平成一〇年一月二七日 口頭弁終結)
(裁判長裁判官 岩田嘉彦 裁判官 岸本一男 裁判官 安達玄)