福井地方裁判所 昭和26年(行)1号 判決
原告 水谷裕 外一名
被告 建設省近畿地方建設局敦賀工事事務所長
一、主 文
原告全建設省労働組合近畿総支部の訴を却下する。
原告水谷裕の訴は、国家公務員法第三条以下の人事院関係法規及び同院制定の人事院規則全部は無効であることを確認する旨の判決を求める部分を却下し、その余については、その請求を棄却する。
訴訟費用は、原告全建設省労働組合近畿総支部と被告との間に生じた部分を同原告の、その余を原告水谷裕の負担とする。
二、事 実
第一、原告等の請求の趣旨及び請求の原因
原告等の訴訟代理人は請求の趣旨として、昭和二十五年十一月二十日被告が原告水谷裕に対し為した処分を取消す、被告が原告水谷裕に対する免職処分につき適用した国家公務員法第三条以下の人事院関係法規及び同院制度の人事院規則は全部無効であることを確認する訴訟費用は被告の負担とする旨の判決を求め、
一、請求の原因として
(一) 原告全建設省労働組合近畿総支部(以下原告組合と略称)は、建設省近畿地方建設局職員を以て結成せられた団体で、昭和二十五年四月二十二日人事院の登録を経たものであり、原告水谷裕は、昭和二十四年三月七日建設省近畿地方建設局敦賀工事事務所(以下敦賀工事事務所と略称)技術補助員に採用され、昭和二十五年一月一日技術見習員五級三号俸相当待遇(日給であるがその一ケ月合計額が右級号俸の月額と同額の待遇の意)となり、同年七月五級四号俸相当待遇に昇進し、敦賀工事事務所営繕係として建設の現業に従事し、同年七月一日全建設省労働組合の中央副執行委員長に選ばれてからは専ら同組合事務に従事している者である。
(二) 被告(昭和二十三年十月一日より昭和二十七年二月二十九日迄の敦賀工事事務所長は小林二郎であつた。)は、敦賀工事事務所の技術見習員以下の職員に対し任免の権限を有している者であるが、昭和二十五年十一月二十日原告水谷裕を解職処分に附した。
(三) 然し、国家公務員法(以下公務員法と略称)第八十九条によれば、職員に対し免職処分を行おうとするときは、その処分を行う者は、その職員に対し、その処分の際、処分の事由を記載した説明書を交付しなければならない旨定めているのに拘わらず、被告は、本件処分を行うに当り、同条に基く説明書を原告水谷裕に交付しないのみか、その後原告等に於て本件処分の不法を責め、その説明書の交付を被告に求めるが、之に応ぜず、慢然としてそのまゝに徒過して今日に及んでいるもので、本件処分は、前記法条に違背し、取消されるべきものである。
(四) 本件処分は、人事院規則を適用して為されたものであるが、該規則は日本国憲法(以下憲法と略称)に違背した無効のものであり、従つて該規則を適用して為された本件処分は、不法なものとして取消されるべきものである。
即ち
(イ) 憲法は所謂三権分立を大原則とし、立法は国会、司法は裁判所、行政は内閣に各専属させているものである。行政につきこのことを憲法の明文に求めれば、同法第六十五条に行政権は内閣に属する旨、同法第六十六条第三項には、内閣は行政権の行使について国会に対し連帯して責任を負う旨定めていることによつて明らかである。而して国家公務員の人事行政は、行政事務の基本であり内閣に於て掌理すべきは当然の条理であるから、同法第七十三条第四号にこのことを明言している。然るに公務員法第三条に於ては、国家公務員の人事行政を、内閣の指揮監督に服しない内閣より独立した人事院に専属させ、然かも人事院を構成する人事官については、憲法の規定によることなく公務員法を以て身分を保障し、人事官に如何なる非行があり、又それが如何に無能な場合でも、内閣は、国会が弾劾訴追しない限り手を拱いて之を傍観するの外はない仕組になつている。又人事院は、公務員法第十六条により、内閣とは何等の連絡なく独自の立場に於て人事院規則と称する法規を制定する権限を持ち、内閣の承認を要しないで随時随意に同規則を制定改廃することができ、全く内閣の指揮監督外の独立の国家機関として存在を保有している。憲法が前記のように行政権を内閣に専属させ、その行使につき内閣が連帯して国会に責任を負う旨定めたのは、内閣の行政に対し国民をして直接国会により、間接には選挙により之を批判し、その責任を問わしめようとしたからである。然るに行政の基本であり、魂である公務員の人事行政を、内閣より剥奪し内閣とは別個の独立した人事院という国家機関をして行わさせることは、公務員人事行政に対し、国民が批判し責任を問うべき機会を奪うもので、明かに前記憲法の規定に違反するものである。右のように人事院が憲法に違反して設けられた機関であるから、その制定した人事院規則が違憲であることは多言を要しないところである。
(ロ) 人事院は法規制定の権限が無い故に、同院の制定した人事院規則は全部無効である。凡そ法規制定の権限は、立法機関である国会に属すべきである。たゞ法律執行の便宜により、国会は、法律を以て法律執行の目的達成のため政府に法規制定を委任することができるし、又該委任に基き内閣総理大臣又は主務大臣は、その責任に於て省令、府令等を制定することができることを、憲法第七十三条、第七十四条に定めている。その他の国家機関が独立して法規を制定するについては、その法的根拠は必ず憲法の明文により憲法を母体としたものでなくてはならない。例えば憲法第五十八条の議事規則、同法第七十三条の委任命令、同法第七十七条の最高裁判所規則、同法第九十四条の条例等之である。従つて法規制定につき憲法に特に明文がない限り、之を制定すべき権限を有しないのである。而して人事院については法規制定を認むべき法的根拠は憲法の条章中何処にも見出し得ない。或はその法的根拠は公務員法第十六条の委任によるものであるという論があるかも知れないが、憲法第七十三条には、内閣が憲法及び法律の規定実施のため政令制定の権限を有することを定め、法律の規定実施のための命令は、政令によるべきことを明かにしているので、公務員法の規定実施のため人事院規則を制定し得ると定めた公務員法第十六条は、憲法第七十三条に違反するものである。然のみならず、政令ならば憲法第七十四条により主務大臣が署名し、内閣総理大臣之に連署し、その責任を明かにするものであるが、人事院規則には大臣が署名しないから、行政事務につき責任を有する内閣は、行政事項を規定した人事院規則に対し責任を有しないことになり、行政を内閣の専権事項とした憲法に違反することになるから、公務員法第十六条は無効であり、之を以て人事院規則制定の法的根拠とすることはできない。即ち人事院規則は憲法並びに法律上何等の根拠なくして生み出された無効のものである。
(五) 以上のように、本件処分は違法であり、公務員法中人事院関係法規並びに人事院規則は無効であるので、本件処分の取消及び本件処分に適用した公務員法第三条以下の人事院関係法規及び人事院規則全部の無効確認を求めるため本訴請求に及ぶものである。
と述べ
二、被告の主張に対し次の通り陳述し
(一) 原告水谷裕を解職するのに適用した人事院規則については、同原告はその無効を主張する法律上正当な利益があり、右以外の公務員法及び人事院規則の無効については、原告等は、国家公務員全体のために、之を求める利益があるものである。
(二) 原告組合は、建設省近畿地方建設局所属職員をもつて組織せられ、全建設省労働組合本部の所轄に属し組合員数約一万名、その内原告水谷裕と同じような身分にある者約三千名あり、原告水谷裕のように組合活動につき幹部として重要な事務に参画している者に対して、本件のような違法な免職処分が為されるに於ては、折角職員の福祉と能率向上に役立つべき目的をもつて組織せられた組合が、追々と弱化し、組合は遂に崩解に導かれる虞もある。されば本件処分は独り原告水谷裕一個人の問題であるのみならず、全建設省所属職員全員の生存権に対する脅威であり、之等を組織分子とする原告組合自体の存亡に影響すべき重大な利害関係を有するものであるが故に、原告水谷裕の本件処分取消を求めるについて、原告組合は法律上利益を有するものである。
(三) 原告水谷裕が被告のいうように日々雇傭される非常勤職員であることは否認する。
(四) 仮りに原告水谷裕が非常勤職員であるとしても
(イ) 昭和二十四年五月三十一日人事院規則八―七「非常勤職員の任用」(以下規則八―七と略称)は、憲法並びに公務員法に牴触する無効のものである。公務員法は、公務員に対し法律の規定による正当な事由がない限り一方的意思を以て濫りに馘首しない身分上の保障を与えている反面、勤労者である公務員に対し同法第九十八条により同盟罷業、怠業等の争議行為を禁じているのである。即ち公務員に対する争議行為の禁止は、公務員として専ら公益方面に勤務し国民全般に奉仕するという公務員の特殊性の外、公務員には身分の保証があり生活の安定が確保されていて、安んじて職務に専念できるということに基いているのである。従つて公務員に対し身分保証を為さずして争議行為の禁止のみを為すということは、前記公務員法の建前より許されないことである。然るに規則八―七は、公務員法に何等の根拠もないのに公務員を常勤職員と非常勤職員とに区別し、後者に対し公務員法の身分保障規定のみの適用を排除しているのは、明かに国民(国家公務員を含む)の生存権を保障した憲法第二十五条、国家公務員の福祉及び利益保護をうたつた公務員法第一条、一般職に属する職員に関しその職務と責任の特殊性に基いて公務員法の特例たる人事院規則を定めるについて規定した公務員法附則第十三条に違背するものである。更に同法第八十一条は、同法の身分保障の規定の適用を排除する職員について定めて居り、之は制限的規定と解すべきところ、同条には非常勤職なるものを掲げていない。然るに規則八―七に於て、非常勤職員なる特別の職員を定め之に公務員法の身分保障規定の適用を排除したのは、右公務員法第八十一条に違背するものである。このように憲法並びに公務員法に違背し無効である規則八―七を根拠とし、公務員法第八十九条の不遵守を適法であるとする被告の主張は理由がない。
(ロ) 仮りに規則八―七が適法であり、本件処分には公務員法第八十九条の適用がないとしても、被告の主張するように本件処分をもつて直ちに適法なものとすることはできない。何故ならば、右規則により、公務員法第八十九条の適用がないということは、単に本件処分を為す際、その処分事由を記載した証明書を交付しなくてもよいということを意味するだけであつて、処分事由が存在しなくてもよいということではない。このことは、右規則に於て公務員法第七十七条の非常勤職員に対する適用を排除していないことによつて明かである。而して公務員法第一条、第七十四条、昭和二十四年三月三十一日人事院規則十一―〇「職員の意に反する降任及び免職」には、公務員に対する極刑であり、当該個人の生存権をも剥奪する免職処分は、明白な客観的事実に基く誰が見ても成程と首肯するに足る程度に妥当公正な事由が存在しなければ為し得ない趣旨の事を明定して居り、右各規定は絶対的原則であつて国家公務員たる身分を有する限り、それが常勤職員たると非常勤職員たるとにより何等の差等を認めていないのである。従つて本件処分は、公正妥当な事由に基くことを要するのに拘わらず、被告は右のような事由がないのに、独善的に権限を濫用して本件処分を為したものであるから、右処分は公務員法第一条、第七十四条に違背した不法な処分である。
三、被告の再主張に対し
(一) 原告水谷裕は、被告の主張するような意見の発表、文章の掲載をしたことはない。
(二) 仮りに、原告水谷裕に於て被告主張のような行動を為したことがあるとしても、之を以て同原告を免職処分に附する正当な事由とすることはできない。同原告は、その所属する原告組合の一組合員として被告主張のような行為をしたものである。而して原告組合は公務員を以て組織する団体であり、公務員の使用者は政府である。従つて公務員の勤労条件その他につき政府が著しく不法若しくは不当なことをした場合、公務員団体の代表者若しくはその所属員は、政府に対し之を改善し矯正せんがためにその政策に厳正な批判を加え反省を求めることは、公務員団体として当然の権利である。被告の主張するような原告水谷裕の行動は、原告組合の組合員の福祉厚生を意図し、政府の政策の是非を論じたに過ぎないものであり、このような行為は、憲法第二十八条、公務員法第九十八条第三項、昭和二十四年九月十九日人事院規則一四―七「政治的行為」(以下規則一四―七と略称)第七項の各規定から考えて公務員として禁止された行為でないから、被告の主張するように公務員法第百二条第一項、規則十四―七、第六項第十号並びに第十三号に違反するものではない。
(三) 仮りに、原告水谷裕に被告主張のような行為があり、該行為が同原告を解職する事由となり得るものであるとしても、同原告の右行為は、本件処分の半年乃至一年前に為されたものであり、然かもその当時監督官たる被告は、原告水谷裕に対し注意、戒飭を加えて反省せしめ、その他矯正の方法を講ずる等適切の措置を講ぜず、又同原告本人に一応の弁解の機会も与えず突然右行為を理由に原告を免職処分に付するが如きは、規則一四―七、第八項に違背するものである。更に、又若し原告水谷裕の右行為が禁止行為に該当するならば、成規の懲戒手続を経て同被告を処断すべきである。何となれば、成規の懲戒手続に於ては、弁明の機会があり、その制裁も戒告、停職、減給、免職の四種があり、最も重い制裁として免職をも科し得るものであるからである。然るに被告に於ては斯る成規の手続によらず、独断専行を以て同原告を最も重い免職処分に附したのは、公務員法第一条に違背するものである。従つて、本件処分が同原告に右行為のあつたことを理由にして為されたとしても違法たることを免れず、取消されるべきものである。
と陳述した。
第二、原告両名従参加人は、前記原告等の陳述の内の三、被告の再主張に対する陳述の項記載の通りのことを陳述した。
第三、被告の答弁及び主張
被告指定代理人は答弁として、原告等の訴は、公務員法並びに人事院規則の無効確認を求める部分を却下し、その余はその請求を棄却するとの判決を求め
一、原告等の主張する事実に対し次の如く認否した。
(一) 原告組合が原告等主張のような団体であること、原告水谷裕が昭和二十四年三月七日近畿地方建設局敦賀工事事務所(以下敦賀工事事務所と略称)の技術補助員に採用され、その主張の頃主張のような待遇を受け、その主張のような勤務に服し、昭和二十五年七月一日以降は全建設省労働組合の中央副執行委員長として組合事務に専従していること、被告(昭和二十三年十月一日より昭和二十七年二月二十九日迄の敦賀工事事務所長は小林二郎であつた。)が、原告等主張のような権限を有し、昭和二十五年十一月二十日原告水谷裕を解職処分に附したこと、右処分を行うに当り公務員法第八十九条に定める説明書を原告水谷裕に交付していないことは、孰れも之を認める。
(二) その他の事実は否認する。
二、原告等の訴の中、公務員法第三条以下人事院関係法規及び人事院規則全部の無効確認を求める部分は、不適法として却下さるべきものであるとして次のように述べた。
そもそも現行憲法の下に於ては裁判所は憲法に特別の定のある場合を除いて一切の法律上の争訟を裁判することとせられた(裁判所法第三条)のであるが、こゝに所謂法律上の争訟とは当事者間に於ける具体的な権利義務について争があり、之に関し具体的な法の適用が問題になつている場合に限ることは、司法権が法適用の保障を使命とするものである以上当然のことである。なお憲法第八十一条の規定も具体的な法の適用に関連して法令自体の効力乃至解釈が問題となつた場合の裁判所の法令審査権の定であつて、法令自体の効力乃至解釈を直接に訴の対象と為すことができることを認めたものではない。従つて、原告等の訴のように、具体的な法の適用の問題と別個に直接に法令自体の効力を争うことは、右に所謂法律上の争訟に該当しないのであつて、訴の対象とならないから不適法として却下を免がれないものである。
三、原告等の、原告水谷裕に対する被告の解職処分の取消を求める訴は、次の理由によつて棄却さるべきものであるとして次のように述べた。
(一) 原告組合は、原告水谷裕に対する本件解職処分につき何等法律上の利害関係を有するものでないから、右処分の取消につき即時確定の法律上の利益を有するものとはいえず、従つて原告組合の本訴請求はこの点に於て失当である。
(二) 原告水谷裕が昭和二十四年三月七日採用せられ、その後就職していた技術補助員というのは、日々雇傭の人夫の一部の者に対して建設省近畿地方建設局限りでそのように俗称していたものに過ぎないのであつて、その職員としての身分は一般日々雇傭の人夫と同様雇傭されたその日限り失うものである。尤も被告は、原告水谷裕に対し、昭和二十五年一月一日付で技術見習を命じ、日給二百六円を給する旨の通知をし、その勤務に関しても、実質的には有給休暇が与えられ、一定期間継続的なものとなつている等、常勤職員の勤務状態と近似するものがあつたけれども、之はあく迄事実上の問題であつて、原告水谷裕の法律上の身分そのものの性質には何等の影響をも与えないものである。右のように原告水谷裕の身分が日々雇傭の人夫であつたから、
(イ) 原告水谷裕が、昭和二十五年七月一日以降全建設省労働組合の役員として東京で組合事務に専従して居り、敦賀工事事務所で働いていないことを原告等の自認する本件に於ては、原告水谷裕は同日以降如何なる意味でも国家公務員としての身分を保有していないものである。然らば、被告の為した本件免職処分の通知は、従前被告が、原告水谷裕に於て敦賀工事事務所に出頭すれば事実上日々雇傭していた関係もあるので、「将来原告水谷裕が敦賀工事事務所に出頭することあるも之を雇傭しない」との趣旨の単なる事実上の通知に過ぎず、何等行政上の処分行為的法律的効果を伴う所謂行政処分ではないと為すべきで、之を行政処分としてその取消を求めるのは失当である。
(ロ) 原告水谷裕は、任用について人事院の承認を要しない人夫作業員等単純な労務に服する官職にあつたもので、一般職に属する国家公務員の中の所謂非常勤職員に該当するものである。而して右非常勤職員については、昭和二十四年五月三十一日人事院規則八―七「非常勤職員の任用」(以下規則八―七と略称)第六項により公務員法第八十九条の規定の適用を除外されているので、本件処分を為すに当り被告に於て同条に基く説明書を原告水谷裕に交付しなくても、何等違法でなく、従つて被告の本件処分は取消されるべき理由がない。
(三) 人事院規則は憲法に違背するから無効であるという原告等の主張は理由がない。即ち
(イ) わが憲法の下に於ては、所謂議院内閣制が採られて居り、この議院内閣制は必然的に政党の影響を蒙らざるを得ないのである。而して公務員たる職員が、「その職務の遂行に当り最大の能率を発揮し得るように民主的な方法で選択され、且つ指導される」ことにより「国民に対し公務の民主的且つ能率的な運営を保障」すべき人事行政の完全な運営のためには、政党政治の影響より脱却して人事行政を専門的、科学的に行うことのできる公正中立的立場にある機関が要請されるのである。この要請に基いて設けられたのが人事院である。公務員法中人事院に関する規定は、同法第一条第二項に謂うように、「この法律はもつぱら憲法第七十三条にいう官吏に関する事務を掌理する基準を定め」たもので、憲法に規定する内閣の職権に属する事項につき内閣の補助機関として人事院を設置し、「官吏に関する事務」を掌理せしめるために設けられた規定である。そして公務員法第三条第一項は、「この法律の完全な実施を確保し、その目的を達成するため人事院を設け、この法律実施の責に任ぜしめる」と規定し、「その目的」というのは同法第一条第一項に所謂「国民に対し、公務の民主的且つ能率的な運営を保障する」ことである。尤も憲法第六十五条によれば行政権は内閣に属するのであるから、人事院に内閣又は内閣総理大臣から独立した権限を与えていることは一見憲法の認める内閣の行政権を侵害するように思われるのであるが、元来憲法上の三権分立の制度は、立法権は国会に、司法権は裁判所に、その行政権は内閣に属するのを原則とするのであるけれども、この三権の間には多少の相違があつて、行政は一般的に国家作用中立法と司法とを控除したもので、その範囲も限定されないのである、即ち憲法が、その第七十六条に司法に関してはすべて司法権は裁判所に属する旨規定し、立法に関してはその第四十一条に国会は国の唯一の立法機関である旨規定するに対し、行政に関してはその第六十五条に単に「行政権は内閣に属する」とのみ規定し、内閣を以て原則的な最高行政機関とするが、その例外を全く排除してはいないので、国権の最高機関である国会が特別の必要から法律を以て内閣から独立した機関を設け、行政の一部門を掌理する権限を与えることは憲法の予想するところであつて、決して憲法に違反するということはできない。然かも人事院には独立性が与えられているとはいうものの、公務員法第三条第二項には人事院の内閣総理大臣に対する報告義務を定めて、内閣総理大臣の行政各部に対する監督に従う趣旨を明かにし、この監督の具体的な内容は、同法第五条の人事官の選任、同法第十三条の人事院の経費要求書修正のように極めて限定されたものであるが、憲法第六十六条第三項の内閣が行政権行使について国会に対して負う連帯責任は、国会に多数を占める政党内閣の権威と、人事官の人格良識とによつて解決さるべき制度運用上の問題であつて、人事院の制度が憲法違反であるとの理論が容れられる余地はなく、従つて人事院の存在は憲法に違反せず、その制定に係る人事院規則は適法のものである。
(ロ) 憲法第七十三条第四号には「法律の定める基準に従い、官吏に関する事務を掌理すること」と規定せられ国家公務員制度は、法律をもつて定めねばならないのであつて、この法律が即ち公務員法である。同法第一条第一項に「この法律は、国家公務員たる職員について適用すべき各般の根本基準を確立し云々」、同第二項に「この法律は、もつぱら日本国憲法第七十三条にいう官吏に関する事務を掌理する基準を定めるものである」と規定しているが、右公務員法の基準は、憲法第七十三条第四号の基準と同じものであることを明かにしたものであると同時に、又之は公務員法が公務員制度の骨組だけを規定し、その細目に於ては、人事院規則に委譲する委任立法の制度によつたものであることを示すものである。通常法律を実施するには政令を制定し、その実施細目を規定するのが原則であるが、公務員法に於ては政令をすべて排除し、この法律の執行に関する限り、それに必要な事項はすべて人事院規則をもつて規定されるのである。即ち同法第十六条第一項には「人事院は、この法律の執行に関し必要な事項について、人事院規則を制定し、人事院指令を発し、及び手続を定める。人事院は、いつでも、適宜に、人事院規則を改廃することができる」と規定せられ、人事院規則は内閣の政令や最高裁判所規則等の如く直接憲法に根拠を有しないが、国会の制定した法律、即ち公務員法によつて人事院に委任した規則制定権に基くものである。然らば現在憲法上委任命令は許されているかというに、憲法第七十三条第六号但書に「但し、政令には、特にその法律の委任がある場合を除いては、罰則を設けることができない」とあるのは、委任命令を否定するのではなくして、必要已むを得ない範囲に於ては、之を認めているのである。蓋し憲法施行後、現下の日本が直面しているような国家、社会制度の大きな移り変りの時期に於ては、どれ程法律の規定の精密を期しても予想し得ない将来の事情や応急の措置などのために、どうしても行政機関の手に細目の立法を委託しなければならない必要が生じて来て、現行制度上、委任命令は相当の広い範囲で活用されている。人事院規則はこの種の委任命令の代表的なものであつて、このような委任立法権を人事院に与えたのは、第一には公務員法の制定が急速になされたので、公務員制度の精密な構造を法律中に規定できなかつたこと、第二には人事行政を担当する人事院にその技術的な面を委任することを適切とせられたからである。右のように人事院規則は憲法に違反せず、法的根拠を有するものであるから、人事院規則が憲法並びに法律上何等の根拠なくして制定された無効のものであるという原告等の主張は理由のないものである。
四、被告の主張に対する原告等の陳述に対し、
(一) 規則八―七は、決して原告等の主張するように無効のものではない。斎しく国家公務員といつてもその職務の性質は必ずしも同一ではないのであるから、その身分上の取扱についても同一ではあり得ない。この意味に於て、公務員法第二条に於ては一般職と特別職とに区別し、その身分上の取扱について異るところのあることを予想して居り、同法第八十一条に於ては一般職に属する公務員についても或種のものについては特則を設け、また同法附則第十三条に於てはその職務と責任の特殊性に基いて別異の規定を為し得ることを明示しているのである。然して、顧問、参与、委員及び単純な労務に雇傭せられる者等所謂非常勤職員の勤務関係は、常勤職員の勤務関係と異り、特定の業務と運命を共にするものであり、その職務内容の存続は、政策的又は経済的事情に左右されるので、本来終身的な関係でなく一時的浮動的な性格を有するものであるから、その分限上の取扱は、いきおい後者のそれと異らざるを得ず、之と同様の身分保証を与えられないとしてもまた已むを得ないところである。即ち非常勤職員について常勤職員と同様の身分保障が与えられないとしても、之をもつて直ちに公務員法第一条、第七十四条に違背するものと為すことはできない。
(二) 原告水谷裕のような非常勤職員の解職は、任命権を有する被告の自由に為すことのできるところで、特に原告等の謂うような事由の存在を必要としないものである。非常勤職員に対しては、規則八―七、第六項により公務員法の身分保障の規定である同法第七十五条、第七十八条から第八十条まで及び第八十九条、第九十二条までの規定が除外されているので、別に法律が制定実施される迄は、労働基準法の規定が準用されることは昭和二十三年法律第二百二十二号同法第一次改正附則第三条によつて明かである。そして右労働基準法第二十条に従えば、使用者が、労働者を解雇するには、三十日前にその予告をするか、或は三十日分の平均賃金の予告手当を支払う条件を遵守する限り、何時でも雇傭契約を終了させることができるのである。この場合の解雇は、一般に法律上自由で特に解雇するに足るべき事由の存在を必要としないものである。即ち非常勤職員の解雇は、任命権者の自由裁量に関する行為であるから、仮りに、何等の事由が無いのに任命権者に於て非常勤職員を解職したとしても、それは不当ではあるが違法であるということはできないものである。被告は、原告水谷裕に対して任命権を有しているのであるから、公務員法及び人事院規則に従い同原告を免職する権限を有するものであり、昭和二十五年十一月二十八日同原告の平均賃金三十日分相当の予告手当を支払い(現実に提供したが、同原告に於てその受領を拒んだため、弁済供託をした)解雇したものであるから、本件処分は、解雇すべき事由の存在の有無に関係なく適法で、原告の主張するように公務員法第一条、第七十四条に違背した処分ということはできない。しかのみならず、被告が原告水谷裕を解職したのは次のような事由に基くもので、決してその権限を濫用して為したものではない。即ち同原告は、昭和二十四年十一月二十三日から三日間に亘り京都労働会館で開かれた全建設省労働組合第一回臨時全国大会の席上、「われわれの切実な生活を守る要求をかち得るために、吉田内閣を打倒しなければならない」、「生活苦の解決方法としては、吉田内閣を倒すことである」と発言し、集会に於て公に政治的目的を有する意見を述べ、更に、昭和二十五年四月十八日発行の全建設省労働組合近畿総支部機関紙「れいめい」第四号(同年二月、三月合併号)に、「暴力の話」と題し、吉田内閣の施策を暴力であるとして之を攻撃する文章を署名の上掲載し、もつて特定の内閣に反対する政治的目的を有する署名の文章を配付の用に供するため著作したものである。而して原告水谷裕の右各行為は、原告組合又はその上部団体である全建設省労働組合の組合活動に関係して為されたものではあるが、組合活動の範囲を逸脱した違法なものである。元来公務員は、勤労条件の改善を人事院を通じて、その職員の所轄庁の長に適当な行政上の措置の行われることを要求することが許されているのであるが、その行動の範囲は、公務員が国民全体の奉仕者であることの本質に基く当然の結果として、一定の限界が存在するのである。公務員法は、職員が俸給、給料その他の勤務条件に関し適当な目的のため、人事院の定める手続に従つて当局と交渉することを認めるが、公務員は、政府と団体協約を締結することはできないし、特定の政党を維持し、政治目的のために他の特定政党の内閣の退陣を主張するが如き政治的行為をすることは許されないのである。原告水谷裕の前記各行為は明かに或特定政党のために他の特定政党の内閣の退陣を主張するものである。従つて同原告が、前記全建設省労働組合の全国大会の席上で為した行為は、公務員法第百二条第一項、昭和二十四年九月十九日人事院規則一四―七「政治的行為」(以下規則一四―七と略称)第六項第十号に違反するものであり、前記「れいめい」紙上に文章を掲載した行為は、同法同条同項、規則一四―七第六項第十三号に違反するものである。それ故被告においては、原告水谷裕を国民全体の奉仕者である国家公務員として勤務させることは相当でないと認め、解職したのである。
(証拠省略)
三、理 由
一、法令の無効確認を求める原告等の訴の適否
原告等の訴の中、被告が原告水谷裕に対する免職処分につき適用した国家公務員法第三条以下の人事院関係法規及び同院制定の人事院制定の人事院規則全部の無効であることの確認を求める部分は、訴の対象となすことができないものであるから不適法として却下せられるべきものであるという被告の主張について判断する。原告等は、本訴において右のような法令の無効確認を求め、その請求原因として主張するところの大要は、建設省近畿地方建設局敦賀工事事務所(以下敦賀工事事務所と略称)の技術見習員以下の職員に対し任免の権限を有している被告は、昭和二十五年十一月二十日人事院規則を適用して同事務所の技術見習員であつた原告水谷裕を免職処分に附したが、同規則を制定した人事院の設置及び権限等につき規定した国家公務員法(以下公務員法と略称)第三条以下の人事院関係法規は、日本国憲法(以下憲法と略称)第六十五条、第六十六条第三項に違背する無効のものであり、人事院規則は憲法及び法律上何等根拠なくして人事院の制定した無効のものであるから、之等の無効確認を求めるというのである。右のように、被告が原告水谷裕を免職するにつき人事院規則を適用した(原告等の主張によつては如何なる人事院規則が適用されたと主張するのか明白でないが、被告は昭和二十四年五月二十一日人事院規則八―七「非常勤職員の任用」に基いて免職したと主張している。)という具体的な法律関係に関連して、同規則並びに同規則の根拠たる公務員法第三条以下の人事院関係法規の無効確認を求める訴であつても、斯る訴は、現行法上為し得ないものと解する。何となれば、裁判所は、裁判所法第三条により憲法に特別の定のある場合を除いて、一切の法律上の争訟を裁判し、その他法律において特に定める権限を有しているものであるところ、右にいう法律上の争訟の裁判とは、具体的権利義務の関係につき争のある場合、法規を適用して特定の権利又は法律関係の存否につき判断することをいうものと解すべきであるから、前記のように法令自体の無効確認を求めることは、之に該らないこと明白であり、又憲法その他の法律において法令の無効宣言そのものを為し得ることを定めたものもないからである。尤も裁判所は、法令の審査権(憲法第八十一条による審査権も含む)を有するから、法律上の争訟を裁判するに当り、その適用すべき法令が無効であるかどうかを審査する権限を有するものであるけれども、それは審査の結果無効と判断された法令の適用を拒むことができるというだけであつて、それより進んで法令の無効自体を宣言できる権限ではないと考える。然らば、原告等の前記訴は、裁判所の為し得ないことを求めるのであるから、不適法として却下を免れないものである。
二、原告全建設省労働組合近畿総支部の当事者適格の有無
職権を以て、原告全建設省労働組合近畿総支部(以下原告組合と略称)が、本件訴の中、昭和二十五年十一月二十日被告の為した原告水谷裕に対する免職処分の取消を求める部分について、当事者適格を有しているかどうかを調査する。原告組合の右訴は、国家公務員である原告水谷裕が、その任命権者である被告より同日免職処分に附されたが、同処分は違法であるから同原告を組合員とする原告組合において之が取消を求めるというのであること、前記原告等の請求原因としての主張によつて明かであり、それは結局原告水谷裕と国家との間に、公法上の契約に基く法律関係が引き続きなお存続すべきものであることを主張しているに外ならないというべく、このような訴は、特段の事由のない限りその法律関係の当事者の外に、その法律関係につき何等処分権をも有しない原告組合に之を遂行する権能を認めることはできないものである。而して原告組合にこの訴訟遂行権のあることを認むべき特段の事由について何等の主張もない本件においては、原告組合は、右訴につき当事者適格なく、同原告の右訴は之を不適法として却下すべきである。
三、原告水谷裕の免職処分の取消を求める訴について
(1) 当事者間に争のない事実
原告水谷裕が、昭和二十四年三月七日敦賀工事事務所の技術補助員に採用され、昭和二十五年一月一日技術見習員となり五級三号俸相当待遇(日給であるが、その一ケ月の合計額が右級号俸の月額と同額の待遇の意)を受け、同年七月五級四号俸相当待遇に昇進し、敦賀工事事務所営繕係として建設の現業に従事し、同年七月一日全建設省労働組合の中央副執行委員長に選ばれてから専ら同組合の事務に従事していること、被告(昭和二十三年十月一日より昭和二十七年二月二十九日迄の敦賀工事事務所長は小林二郎であつた。)が、敦賀工事事務所の技術見習員以下の職員に対し任免の権限を有しているものであること及び被告が同年十一月二十日原告水谷裕を免職処分に附し、右処分を行うに当り公務員法第八十九条に定める説明書を同原告に交付していないことは当事者間に争がない。
(2) 原告水谷裕に対する免職処分の性質
被告は、原告水谷裕の任命された技術見習員というのは、日々雇傭されているもので、その公務員たる身分は雇傭された日を以て終るものであるところ、同原告において全建設省労働組合の事務に専従するようになつた同年七月一日以降は雇傭されて居らず、従つて被告が、免職処分をした同年十一月二十日には、同原告は、国家公務員でなかつたのであるから、右処分の通知は、同原告を免職にする効果を生ぜず、単に将来同原告が、敦賀工事事務所に出頭することがあつても雇傭されない旨を事実上通知したものに過ぎず、行政上の処分行為的法律効果を伴う行政処分でないから、その取消を求めるということはできないものであると抗争するので、この点について考えて見る、成立に争のない甲第一、第六号証(甲第六号証は錯誤に基き発送されたもので、その後直ちに之が取消の通知が発せられているとの被告の抗弁は認めるに足る証拠がない)、乙第一号証の一乃至四、証人山下力義、平林光雄の証言を綜合すると、被告は、人夫という職員を任命する権限を有して居り、右権限に基き昭和二十四年三月七日原告水谷裕を日々雇傭の技術補助員(建設省近畿地方建設局管内においては、人夫の或者を補助員又は見習員と称していた。)として採用したが、その後昭和二十四年十二月二十八日建設省近畿地方建設局庶務部長より、昭和二十五年一月一日以降人夫の取扱を(イ)雇用の型式を継続的な雇用とし、雇用の限界を工事に必要な期間とする見習員と(ロ)雇用の型式及び期間ともに日々雇用とする日雇労務者とに分類取扱う旨定めた「労務者の雇用に関する取扱要領」により処置するよう依命通牒があつたので、同日原告水谷裕を右取扱要領による見習員に該る技術見習員に任命したものであることを認めることができ、更に原告本人水谷裕の訊問の結果によると、原告水谷裕は、所轄庁の長である被告より全建設省労働組合の業務にもつぱら従事するための休暇を得て、同組合の事務に専従して来たものであることを認めることができ、証人町田稔、被告本人小林二郎の供述中、右認定に反する部分は信用せず、他に右認定を左右する証拠はない。然らば、原告水谷裕は、同年一月一日以降人夫として継続的に雇用されていたものであり、然かも前記組合の専従職員となつてもその人夫たる地位を失わなかつたのであり、その他同原告が右地位を失つたという被告の主張も立証もない本件においては、被告が同原告を免職処分に附した同年十一月二十日には、同原告は国家公務員である人夫であつたとしなければならない。而して、国家と国家公務員との関係は、公法上の契約関係であるから、この関係を終了せしめる行政庁の意思表示が行政上の処分行為的法律効果を伴う行政処分であるこというを俟たないところであるので、被告の前記主張は理由がない。
(3) 原告水谷裕が非常勤職員であるか否かについて
原告水谷裕の保有していた人夫という官職は非常勤職員であつたから、昭和二十四年五月三十一日人事院規則八―七「非常勤職員の任用」(以下規則八―七と略称)第六項により公務員法第八十九条の適用を排除されているので、同原告に対する免職処分につき同条の手続を履践しなくても違法でないとの被告の主張について考察する。右規則にいう非常勤職員とは、昭和二十四年六月一日人事院細則第二号「人事院規則八―七に定める非常勤職員の官職」(昭和二十五年十二月二十八日人事院細則三―〇―一「細則の一般基準」により、人事院細則八―七―一「非常勤職員の官職の指定に関する細則」と番号及び名称を改正)(以下細則第二号と略称)に定める官職に在る者を指称するものであることは、昭和二十六年十二月二十七日改正前の規則八―七第二項により疑の無いところである。而して本件免職処分当時原告水谷裕の保有していた技術見習員という官職は、前記認定の通り建設省における人夫という官職のことであるから、それは細則第二号第三項(1)各機関に共通な官職(ア)人夫作業員等単純な労務に服する者に該当すること明白で、同原告は、本件免職処分当時規則八―七に定める非常勤職員であつたとしなければならぬ。尤も、証人平林光雄の証言により原告水谷裕が、有給休暇を与えられていたこと、証人山下力義の証言により同原告が国家公務員共済組合に加入していたこと、証人寺窪久男の証言及び同原告本人訊問の結果により同原告の勤務時間が一週四十四時間であり、仕事の内容は必ずしも単純な労務の提供だけでなかつたことを認め得るけれども、証人町田稔、平林光雄の証言によると、建設省近畿地方建設局では労務管理の必要上人夫に対して事実上有給休暇を与えていたものであることが認められ、証人町田稔、山下力義の証言によると、原告水谷裕が国家公務員共済組合に加入したのは、大蔵省の通牒により人夫でもその日給の月額が一般職員の月給の最低額の百分の七十以上に該当する者は、右組合に加入し得ることとなり、同原告が右に該当したことによる結果であることが認められるので、同原告が有給休暇を与えられていたことや、国家公務員共済組合に加入していたことによつては同原告を非常勤職員であつたとする前記断定を覆すことはできないし、又前記認定の通り同原告は、人夫に任命されたものであるから、現実の処遇が如何ようであれ同原告の保有していた官職が非常勤職員たる官職であつたことに変りはなく、従て同原告の勤務時間、仕事が前記のようであつたということも前記断定を左右するものではない。次に甲第六号証によると、被告が同原告を技術見習員に任命するにつき準拠した前記「労務者の雇用に関する取扱要領」においては、見習員を一般の常勤職員で、公務員法第八十一条の適用を受ける者として取扱う旨定めていることを認められるが、証人山下力義の証言によれば、右の部分は、公務員法の規定と矛盾するので施行しなかつたことが認められるので、右取扱要領の規定も前記断定の支障とはならない。更に成立に争のない甲第五、第七、第八号証によれば、昭和二十五年十月一日以降建設省の人夫でも、一般職の職員の給与に関する法律第十四条の規定による勤務時間で勤務することを要し、且つ職務の性質上同一人が継続して勤務することを例とする官職にある者は、これを常勤職員として取扱うことができることになつたことは認められるけれども、成立に争のない甲第十号証によれば、建設省においては、昭和二十六年一月三十一日以降右のような取扱をすることにしたことが認められるので、甲第五、第七、第八号証によつても前記断定を覆すことはできないし、甲第九号証はその成立が被告より不知として争われているにもかかわらず真正に成立したものであることの立証がないものであり、仮りにそれが真正に成立したものであるとしても、甲第五、第七、第八、第十号証によつて建設省における人夫の取扱が前記のようであつたことを認められる限り、甲第九号証によつて原告水谷裕が本件免職処分当時常勤職員であつたと認定することはできず、証人湯川新吉、森田貞義の証言中技術見習員又は原告水谷裕が常勤職員であつたという部分は、之を信用できないところであり、他に同原告が非常勤職員であつたという前記断定を覆すに足る証拠はない。然らば被告の原告水谷裕に対する本件免職処分については、規則八―七第六項により公務員法第八十九条に定める説明書を交付する必要はなく、之が無いから同処分が違法であるという同原告の主張は理由のないものである。(なお規則八―七及び細則第二号は孰れも昭和二十七年六月一日廃止となつたけれども、本件免職処分は右廃止前に行われたものであるから、同処分を行うにつき右規則及び細則を適用しても違法でないこと言を俟たない。)
(4) 規則八―七は、憲法第二十五条、公務員法第一条、第八十一条、附則第十三条に違背するか否かについて先ず規則八―七が非常勤職員に対し公務員法第七十五条、第七十八条乃至第八十条、第八十九条乃至第九十二条の所謂身分保障的規定のみの適用を排除している結果、非常勤職員は、一面同法第九十八条により争議行為又は怠業的行為を禁止されながら、他面身分保障を欠くこととなり、このことは憲法第二十五条、公務員法第一条、附則第十三条に違背するから同規則は無効であるとの原告水谷裕の主張について考えて見る。惟うに公務員法第九十八条第五項において国家公務員の団体行動の制限を規定したのは、国家公務員が、国民全体に対する奉仕者として国民全体の利益のために誠実に勤務すべき特殊の地位に在ることを顧慮したことによるものと解すべく、又国家公務員に対し同法が所謂身分保障的規定を設けているのは、国家公務員の服務義務(団体行動の制限もその一であるが、他に誠実、服従の義務、秘密を守る義務及び公務員法上定められた禁止を守る義務を含む。)を完うさせるためであると解するのが相当であるので、右争議行為等の禁止のみが身分保障と形影の関係に立つとは言い難く、又非常勤職員と指定された人夫作業員等単純な労務に服する者(以下単純労務者と略称)は、国家が労務の提供を必要とするとき存在すればよいものであつて、現在の国家機構において必ずしも恒常的にその存在を必要とするものではないのである。換言すれば、右のような国家公務員は、特定の業務と運命を共にするものであり、従つて又業務の状態に応じ常に増減すべきものである。それ故にこのような国家公務員に身分保障を与え、その地位を固定させることは不適当であるというべく、ここを以て、公務員法附則第十三条に基き、単純労務者を非常勤職員として公務員法上の所謂身分保障を与えない旨規定した規則八―七及び細則第二号(同細則の他の指定官職は、本件訴訟に関係がないのでここでは問題としない。)を制定したものと解するのが相当である。然らば、規則八―七は、原告裕の主張するように憲法第二十五条、公務員法第一条、附則第十三条に違背しているとすることはできない。
次に公務員法の身分保障的規定の適用を排除されるのは、同法第八十一条に掲げる職員に限られるもので、同条に掲げてない非常勤職員に身分保障規定の適用排除を定めた規則八―七は、同条に違背すると原告水谷裕は主張するが、規則八―七は、前記の通り同法附則第十三条に基くものであり、同条は、一般職の職員に関しその職務と責任の特殊性に基き、法律又は人事院規則を以て同法の特例を定めることができる旨定めている。そうすれば同条による人事院規則は、すべて公務員法の規定の例外を定めることを目的とするものであり、規則八―七が非常勤職員に対し同法第七十五条、第七十八条乃至第八十条、第八十九条乃至第九十二条の規定の適用を排除したのは、右各条の例外を定めたものであると同時に、原告水谷裕の主張のように同法第八十一条を制限的規定と解すべきものならば、(そうであるかどうかは姑く置く。)同条の例外をも定めたものと解せられるので、同規則が同条と相異していても之を無効とする理なく、原告水谷裕の前記主張も採用に値しない。
(5) 本件免職処分を為すに処分事由を必要とするかについて
次に、原告水谷裕は、本件免職処分は妥当公正な事由に基かず被告の独善的な権限濫用によるから公務員法第一条、第七十四条に違背すると主張するので、この点について判断する。前記の通り同原告は、規則八―七に定める非常勤職員で、同規則第六項により公務員法上の所謂身分保障がない者であるから、同原告を免職することは、任命権者である被告の自由に為し得るところで、何人も首肯し得るに足る公正妥当な事由に基ずかなければできないことではない。尤も、それが被告の権限濫用によると目される場合は違法と為すべきこと勿論であるが、同原告は、被告の権限濫用について具体的な主張をして居らず且つその全立証によるも、本件免職処分が被告の権限濫用によるとの事実を認め得ないので、右主張も理由がない。従つて又、本件免職処分を為すにつき処分の事由を必要とすることを前提とする爾余の同原告の主張も理由のないこと明白なので、その一つ一つについて特に判断しない。
(6) 人事院規則は違憲であるという原告水谷裕の主張について
原告水谷裕は、本件免職処分は人事院規則を適用して為されたものであるところ、該規則は、憲法に違反するから無効であり従つて同処分も違法な処分として取消さるべきものであると主張している。本件免職処分に如何なる人事院規則が適用されたというのか同原告の主張によつては必ずしも明瞭でないが、前説示のように、被告は規則八―七に基いて本件免職処分を為したものであるので、同原告の右主張についても審按する必要がある。
人事院規則が違憲であるという同原告の主張の第一の理由は、憲法は、立法を国会、司法を裁判所、行政を内閣に各専属させる所謂三権分立を大原則として居るものであるところ、国家公務員の人事行政を内閣より全く独立した人事院に管掌させるのは、右の憲法の大原則に違反し、斯る違憲の国家機関によつて制定された人事院規則の違憲無効であることは論を俟たないところであるというにある。公務員法によれば人事院は(イ)憲法第七十三条にいう官吏に関する事務を掌理する基準を定める公務員法を実施する責を有し、その事務は、三人の人事官の合議制で決せられ、内閣としては何等これに干渉する制度が認められていない(ロ)人事院を組織する人事官は身分保障を有し、内閣は、任意にこれを罷免できない(公務員法第八条、第九条)(ハ)広大な委任立法権を与えられ人事院規則の制定権及び人事院指令を発する権限を有している(同法第十六条)(ニ)みずからその内部機構を管理し(同法第四条第四項)、人事院会議の事務処理手続及び事務総局の組織を定め(同法第十二条第四項、第十三条第二項)、国家行政組織法は人事院に適用されず(公務員法第四条第四項)行政管理庁の行政機関の機構、定員、運営等に関する権限も人事院には及ばない(行政管理庁設置法第二条第二項)(ホ)人事院は内閣を経由せずして直接に国会に対し報告、勧告、意見の申出及び研究の成果の提出をすることができる(公務員法第二十三条、第二十四条、第二十八条第二項、第二十九条第五項、第六十三条第二項、第九十五条、第百八条第四項)(ヘ)人事院の経費の要求及び応急予備金の設定に関し特例が認められ、会計の独立が与えられて居る。これに対して、内閣は、わずかに制限された範囲での人事官の任命権(同法第五条第一項)と人事院総裁の任命権(同法第十一条第一項)を有しているのみである。従つて人事院が内閣に対して強度の独立性を有していることは疑ないところである。然らば人事院は、原告水谷裕の主張するように憲法第六十五条、第六十六条第三項、第七十三条第四号に違反する国家機関であるというべきであろうか。憲法第六十五条は、「行政権は内閣に属する」旨を定め、同法第四十一条、第七十六条の規定と相まつて憲法が所謂三権分立の原則を採用したことを明示しているものであることは疑を容れないところである。しかしながらこの原則に対しては憲法自体が既に数個の例外を設けているのみならず、同法第四十一条が、国会は国の唯一の立法機関である旨規定し、同法第七十六条が、すべて司法権は裁判所に属する旨規定するに対し、同法第六十五条が単に行政権は、内閣に属すると規定して、立法権や司法権の場合のように限定的な定め方をしていないことに徴すれば、行政権については憲法自身の規定によらなくても法律の定めるところにより内閣以外の機関にこれを行わせることを憲法が認容しているものと解せられ、今日のような国家行政の複雑さに鑑みるときは、斯く解することが正当である。しかしながら内閣以外の独立の行政機関の存在を、憲法が認容しているとはいいながら、それは飽く迄例外的なもので、或行政を内閣以外の国家機関に委ねることが憲法の根本原則に反せず、且つ国家目的から考えて必要とする場合にのみ許されることはいう迄もない。而して公務員法が人事院を設置し、之に国家公務員に対する行政を委ねた所以のものは、国家公務員が全体の奉仕者であつて一部の奉仕者でなく、国家公務員が国民の一部に対し奉仕するようになつた場合、国家がその存立を危くすることは各国歴史上明かなことであること、吾が国においては議院内閣制を採用している結果、内閣は、当然政党の影響を受けること、これ等のことから、国家公務員が政党の影響を受けて一部の奉仕者となることを極力避ける為には、内閣と国家公務員との間に独立の国家機関である人事院を設け国家公務員に対する或種の行政を担当させるべきであるというところに存在すると考える。人事院設置の所以が右に在ることは明白であるから、その設置はよく憲法の根本原則である民主主義に適合し又国家目的から考えて必要であると謂うべく、従つて人事院を目して憲法第六十五条に違反した国家機関であると解することはできない。次に憲法第六十六条第三項は、内閣は行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負う旨定めて居るが、同条により内閣が、国会に対し連帯責任を負うのは内閣の職権に属する一切の行為についてであつて、その内閣の職権は内閣法第一条に定めるところのものである。而して同条に定める憲法第七十三条所定の職権の中、同条第四号の官吏に関する事務とは、後に述べるように官吏を任命する権限をいうものと解するので、その他の官吏に関する事務を人事院に管掌させ、之については内閣が国会に対して連帯責任を負わないものとしても憲法第六十六条に違反することとはならないので、同条を根拠として人事院を違憲な国家機関とする主張も理由がない。次に憲法第七十三条第四号によれば、法律の定める基準に従い、官吏に関する事務を掌理することを内閣の権限と定めている。そして公務員法によれば、憲法第七十三条にいう官吏に関する事務を掌理する基準を定めるのが公務員法であり(同法第一条)、同法実施の責に任ずるものが人事院である(同法第三条)。従つて若し憲法第七十三条第四号が、官吏に関する一切の事務は内閣の掌理に属するということを定めたものならば、人事院が内閣より独立した存在であることは、同条に違背するものである。然しながら同条同号の規定は、一方では官吏の任免権が天皇から内閣に移つたことを示すと同時に、他方ではその権限を行う基準を定めるものが、従来勅令であつたのが、今後は法律でなければならないことを示したものと解するのが、大日本帝国憲法所定の天皇の任官大権と比較して考えて見て、正当であると思われる。従つてこの任免権の発動の基準を設け、或はそれを補助する作用を内閣以外の国家機関に管掌させても同条の違反とならないものというべく、公務員法第三条によつて与えられた人事院の権限事項はすべて任免権の発動の基準を設け或はそれを補助する作用に外ならないので、人事院は憲法第七十三条に違反する国家機関ではないとすべきである。然らば、人事院が違憲の国家機関であるとの原告水谷裕の主張は理由のないものである。
次に人事院規則は、憲法並びに法律上何等根拠なくして人事院が制定したものであるから無効であるという原告水谷裕の主張も、次に述べるところによつて理由のないものである。同原告は人事院規則全部について右の主張をしているのであるが、本件訴訟においては人事院規則の中規則八―七のみが問題となるのであるから、同規則に関してのみ右の主張の当否を考える。規則八―七が、公務員法附則第十三条に基き制定されたものであること前記の通りであるから、同規則は公務員法に根拠を有するものである。而して同法附則第十三条は、一般職に属する職員に関し、その職務と責任の特殊性に基いて、公務員法の特例を要する場合においては法律又は人事院規則を以てこれを規定することができる旨定めているのであるから、同条による人事院規則は、委任命令たる性格を有しているものである。憲法は委任命令について何等規定していないが、同法第七十三条第六号但書に「但し、政令には、特にその法律の委任がある場合を除いては、罰則を設けることができない」と規定していることから考えて、憲法は絶体的に委任命令を否定するのではなくして、必要已むを得ない範囲においては之を認めるものと解せざるを得ない。公務員法附則第十三条が、所定の事項について人事院規則に委任したのは、公務員法の制定が、人事行政の科学と日本の実状とをにらみ合せつつ急速になされなければならなかつたので、公務員制度の精密な構造を法律中に規定できなかつたこと、人事行政の科学の実施を担当する人事院に、その技術的な面を委任することが適切であること及び現下の日本が直面しているような国家、社会制度の大きな移り変りの時期においては、立法当時予想し得ない将来の事情や応急の措置などのために、行政機関に細目の立法を委託しなければならない必要があること等によるものと解せられるので、規則八―七は、憲法に直接の根拠を有していなくても、公務員法による適法な委任命令であるので、之を無効とする理由がない。
四、結論
以上述べた通り、原告組合の訴は、法令無効の確認を求める部分は、訴の対象とならないという理由により、その余は当事者適格を欠如するという理由により執れもその訴を却下すべきであり、原告水谷裕の訴の中、法令無効確認を求める部分は、原告組合の場合と同様な理由により不適法として訴を却下すべきであり、その余は理由のないものとしてその請求を棄却すべきものであるので、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条第一項但書を適用し、主文の通り判決する。
(裁判官 吉田彰 山田正武 布谷憲治)