福井地方裁判所 昭和29年(わ)210号 判決 1958年8月23日
被告人 根岸長兵衛
主文
被告人を懲役一年に処する。
本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。
訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
被告人は、小学校を卒業後、家事の紙業手伝をしたり北陸各県下、大阪市等へ紙の販売に出歩いたりなどしており旧兵役に服してからは静岡県下で比奈製紙株式会社を設立してその社長となり製紙業を営むうち大東亜戦争で企業整備を受けるに至り別に金沢市で中部製紙株式会社を設立しその社長となつたが、終戦と同時にこれを解散し、暫くして事務所を京都市に置き工場を豊橋市に置く中部製紙工業株式会社なる同族会社を設立し、長男長治をその社長とし事実上同会社を支配する一方、別に中部製紙株式会社を設立しその社長として製紙及びその原料の販売を為し、個人としても同会社の製紙を除いた紙に関する営業をしており、なお昭和二十三、四年頃よりは他人に金銭の貸付、手形の割引等による利息の収受をしたり、所有株式の配当を受けたり又同年頃羽二重、人絹、銘仙、木綿等の反物毛布、足袋、メリヤス類等の売買などをしたものであるが
第一、法定の除外事由がないのに
(一) 昭和二十五年三月頃、福井県武生市幸町三十番地松竹劇場内で、尾倉弘康に対し、福井市佐佳枝中町四十一番地の十宅地十一坪七合七勺外三筆及び敦賀市大島百四十六番地の十五宅地五十六坪九合二勺外三筆を根抵当とし債権極度額百万円、利子日歩三銭の貸越契約をなし金八十万円を同人に貸付け昭和二十七年一月二十九日まで利子合計十七万八百八十円及び同二十七年二月十八日まで十二回に亘り謝礼金名下に合計金十八万円を受領し
(二) 同年九月二十五日頃福井市佐佳枝上町四十八番地白井公証役場において、福映株式会社々長尾倉弘康の依頼により同会社所有の同市佐佳枝中町所在日本劇場建物建坪九十三坪及び映写機二台外設備品一式を、売渡担保に、金二百五十万円を、期限を昭和二十七年九月二十日とし、右物件の売買契約及び賃料一日二千円で該物件を賃貸する旨の契約を為し(公正証書による)前記会社に金二百五十万円を貸付け、昭和二十六年十月三十一日まで賃料名下に利子合計八十万四千円及び同二十六年十一月三十日までに謝礼名下に金二十一万六千円を受領し
(三) 同月二十五日頃前記松竹劇場内において、前記尾倉弘康の依頼により無担保短期間の日歩五銭の約束で金八十八万円を前記会社に貸付け昭和二十六年十月三十一日まで利子合計金二十二万五千円を受領し
(四) 昭和二十五年十月十六日頃から同二十六年十月八日頃までの間二十回に亘り肩書被告人方において、中条三兵衛から手形割引による金融方の依頼を受け同人が振出した約束手形又は同人が商品代金として他から受取つた同人の裏書ある約束手形に対し日歩五銭の割引料及び約束手形一通につき取立料百円を徴収し約束手形合計二十四通額面合計金五百十五万二千九百九十円を同人に貸付け割引料合計金十三万七千九百四十三円三十銭を受領し
(五) 昭和二十五年十月三十一日頃から同二十六年十一月五日頃までの間、四十四回に亘り前同所において、福井油脂化学工業株式会社専務取締役掃部武雄から前同様の依頼を受け前同様の約束手形に対し日歩六銭の割引料及び月三歩又は六歩の利子並びに約束手形一通につき取立料百円を徴収し、約束手形合計四十四通額面六百八十二万二千六百四円を同会社に貸付け割引料合計金二十四万千二百二十八円十八銭及び利子合計金十六万四千九十七円九十八銭を受領し
(六) 昭和二十六年三月二十六日頃から同年十月二十八日頃までの間二十二回に亘り、前同所において、大興製紙株式会社代表取締役山本久右衛門から前同様の依頼を受け、前同様の約束手形に対し、日歩五銭又は六銭の割引料及び約束手形一通につき取立料百円を徴収し約束手形合計二十二通額面合計金千五十五万二千百十九円を同会社に貸付け、割引料合計金三十四万九千七百四十一円八銭を受領し
(七) 昭和二十五年十月九日頃から同二十六年十月二十九日頃までの間十五回に亘り、前同所において、加藤誠一から、前同様の依頼を受け前同様の約束手形に対し日歩五銭の割引料及び約束手形一通に付取立料百円を徴収し約束手形合計十五通額面合計金六十九万四千三百四十二円を同人に貸付け、割引料合計金二万九千七百三十二円八十銭を受領し
(八) 昭和二十五年十二月三十日頃から同二十六年十一月二十二日頃までの間十回に亘り前同所において、柳瀬文四郎から前同様の依頼を受け前同様の約束手形に対し日歩五銭の割引料及び約束手形一通につき取立料百円を徴収し、約束手形合計十通額面合計金百六十三万八千百八円を同人に貸付け割引料合計金六万二千三百三十円五十銭を受領し
(九) 昭和二十六年九月二十七日頃及び同年十一月七日頃の二回に亘り前同所において、山路五左衛門から前同様の依頼を受け、前同様の約束手形に対し日歩五銭の割引料及び約束手形一通につき取立料百円を徴収し、約束手形二通額面合計金二十万円を同人に貸付け割引料合計金五千四百七十五円を受領し
(一〇) 昭和二十五年九月十三日頃から同二十六年三月七日頃までの間六回に亘り、前同所において、越後豊二から前同様の依頼を受け、前同様の約束手形に対し日歩五銭又は六銭の割引料及び約束手形一通につき取立料百円を徴収し、約束手形六通額面合計金七十万五百五十円を同人に貸付け割引料合計金一万三千八百二十三円五十六銭を受領し
(一一) 昭和二十六年八月末日頃、前同所で山田久兵衛から前同様の依頼を受け、前同様の約束手形に対し日歩五銭の割引料及び約束手形一通につき取立料百円を徴収し、約束手形一通額面金三十万円を同人に貸付け、割引料金九千円を受領し
以つて貸金業を行い
第二、自己の昭和二十五年分の所得を秘匿してこれが脱税せんことを企て、昭和二十五年一月一日から同年十二月三十一日までの間における昭和二十五年分の所得税法上の課税標準となるべき所得金額は別紙計算書のとおり二百二十万四千六百円(端数切捨)であり、これに対する税額が百十二万二百四十円であるのに拘らず架空名義使用その他の方法によりこれが存在を秘匿し、故意に同法第二十六条による確定申告を所轄武生税務署長に対し法定期間(翌年一月一日から同月三十一日まで)内に申告せず、以つて詐偽、不正の行為により右所得税を免れ
たものである。
(証拠略)
(被告人並びに弁護人の主張に対する判断)
第一、貸金業等取締に関する法律違反について
一、被告人の主張
第一の(一)及び(三)は、株式会社北陸銀行武生支店(以下単に北陸銀行武生支店と略称する)が尾倉弘康に対し判示金銭を貸付けてあつたものを、同銀行の依頼により自分が肩替りして債権者の地位に立つに至つたもので右尾倉に対し直接貸付けたものではなく、又利子も同銀行から受領したもので謝礼は受領していない。
同(二)は自分は尾倉弘康から判示日本劇場の建物及び映写機等を売渡担保として提供を受けて判示金銭を貸付けたものではなくこれら建物及び物件を同人から買受けたものでありこれを賃料一日金二千円(後五千円に改定)の約で同人に貸付けたもので、利子は受領していない。
同(四)は中条三兵衛に対し商取引上薬品、紙、パルプ等を売渡した代金として同人から
同(七)は加藤誠一に対し商品、薬品、パルプ及び亜炭等を売渡した代金として同人から
同(一一)も同様山田久兵衛に対し商取引上パルプを売渡した代金として同人から
同(八)及び(九)もいずれも商品売渡し代金として柳瀬文四郎及び山路五左衛門から
同(六)は山本久右衛門から依頼されたことはなく大興製紙株式会社の社長馬上免一領から依頼されたもので内一部は商品代金としてそれぞれ約束手形を受領したものである。
二、弁護人大橋茄の主張
判示第一の(一)及び(三)の尾倉弘康に対する関係は北陸銀行武生支店長並びに次席支店長代理石川清から同銀行の右尾倉弘康に対する貸付を肩替りさせられたものであり、右は債務者尾倉からの依頼によるものではなく同銀行と被告人間において同支店長及び同代理の立場を救援するためになされたものである。
同(二)の金二百五十万円は、被告人は右尾倉弘康から貸付を依頼されたことはあるがこれを拒絶し日本劇場の建物及び映写機等を買受けたものでその代金である。即ち右(一)(二)の如く肩替りをした関係上右買受も引受けなければならなくなつたのである。
只その際渡した代金に一定の利益を附する場合は右尾倉に対し再売買する予約があつたことは認めるが貸金の認定を受くべきではない。
同(四)は、被告人が中条三兵衛に対し製紙原料、パルプ、薬品を売渡した代金として手形を受領しその振出日より支払期日までの間日歩を利息として受領したもので(七)(八)(九)(一一)も同様の関係にありいずれも貸金ではない。
同(五)の福井油脂化学工業株式会社関係は、被告人と特別の関係にある春田惣七の依頼により同会社救済のために出金したのである。
同(六)の大興製紙株式会社関係の分は一部は商品売渡代金でありその他はかゝる取引があつたので同会社救済のために出金したものであり(一〇)の越後豊二の関係も従来の知人関係上止むなく貸渡したものである。
以上の次第で(五)(六)(一〇)は貸金と認定さるるも致方ないが他は決して貸金ではない。
しかしながら貸金業等取締に関する法律にいわゆる業とは「反覆継続の意思を以つて、同法第二条所定の行為を行う外、不特定多数人に対して右行為を為し得べき客観的状況の存することを要するものである(福岡高裁昭和二十七年(う)第一、一七七号、同年七月十一日第一刑事部判決、高裁刑事判決特報第十九号)。尤も最高裁判所の判決によれば、利を図ることは、その要件でないと判示されているが、その反面少くとも貸金業たるには、前示福岡高裁の判決の如く何人に対しても、常時貸金を為すことを指称するものと解していることはこれを窺うに難くない。
ところで本件についてこれを見るに、不特定の人に貸付したとは、到底考えられないところでいずれも特別の事情にある者に対する融通であり、而かも単純な貸金と見られるものは僅かに右(五)(六)(一〇)の三件であり本法の目的からいうも本法違反として被告人を処罰することは酷に失するから無罪の判決あつて然るべきである。
三、弁護人米沢庄次郎の主張
判示第一の(一)及び(三)の事実は、債務者尾倉弘康が債権者北陸銀行武生支店からの借入金の返済を迫られ又被告人は、これを仲介又は保証した関係から、同支店長等からの依頼により止むなく被告人において整理支出して肩代りしたもの(弁償)で貸金(求償)ではない。
同(二)は、被告人は、判示物件を金二百五十万円で尾倉弘康から買受けこれを売戻す契約をしたのであつて売渡担保としてこれが供与を受け貸金したものではない。これは、最初同人から借金を申込まれたがこれを拒絶して右のように買受けたものである。
同(四)(七)(八)(九)(一一)は、被告人が製紙原料、パルプ、薬品等を売渡した代金を手形で受取つたもので則ち商品代金であり貸金ではない。従つてこれらの点は貸金業等の取締に関する法律第二条第一項但書第三号の適用を受け除外さるべきである。
同(五)(六)(一〇)は貸金ではあるが
(五)の福井油脂化学工業株式会社の関係は、被告人は同会社の取締役春田惣七と親交あり且つ同人の先代惣七は、被告人が嘗つて事業に失敗した際多大の救済を為し呉れた恩人でありその長男である現惣七から右会社の増資株の引受を懇請されたがこれを拒絶したところその代りとして手形の割引を依頼され前記先代に対する恩誼上からこれをも拒絶することを得ず止むなく応諾した特別の事情によるもので業として貸付けたものではない。
(六)の大興製紙株式会社の関係は同会社は被告人と多年紙類の取引ある得意先であり且つ同会社社長馬上免一領とは親交ある関係から同人から手形割引の依頼を受けたのでこのような関係上拒絶することを得ず応諾したもので従つてこれ又業として手形割引による貸金を行つたものではなく又公訴事実によれば被告人は手形の割引を同会社代表取締役山本久右衛門から依頼された如く記載あるも真実は右の如く馬上免一領から依頼されたので、なお該割引手形中には一部商品代金として受取つた手形も含まれている。
(一〇)の越後豊二との関係は、同人とは二十数年来の親交があるため同人の依頼を拒絶し得ず応諾したのである。
右主張のとおり(五)(六)(一〇)は貸金と認定さるるも止むを得ないが併し業としてこれを行つたものではない。
凡そ貸金業とは、不定多数の者を顧客として反覆継続の意思を以つて、而かも利益を目的として為されるものである。又これを認めるには、主観的にも客観的にもその状況の存することを必要とする(前掲大橋弁護人援用の福岡高裁の判決引用)然るに本件貸金の公訴事実は一もこれらの要件を具備していない。又不定多数と云うことは結局一般大衆を指称し、親族、縁故者、特殊の個人的繋りを持つ者はこれを除外せらる(弁護人はここで最高裁昭和二九年(う)第五五五号貸金業法違反事件、昭和三〇年四月二日判決参照というが最高裁判例集には登載なく符号(う)及び判文内容より判断して右は、高裁判例集第八巻第二号二四四頁に登載の広島高裁昭和二十九年(う)第五五二号貸金業等取締に関する法律違反事件、昭和三〇年四月二日同高裁第二刑事部判決の誤記と認む)と解する。然らば本件は総て特殊の個人関係(仲介、保証、商取引等)に繋るものであり就中右(五)(六)(一〇)の事実は、恩誼、取引、親交等特別に深い関係に繋るものであるから一層これを業として貸金したと解することは、一般の通念実験則に反する。叙上主張のとおり本件貸金業等取締に関する法律違反として起訴された分はいずれも同法律違反とはならないから無罪の判決あるべきものと思料する。
と謂い
第二、所得税法違反について
一、被告人の主張
(一) 被告人は昭和二十五年間相当の収入があつたことは認めるが、他方売掛代金又は受領手形金の回収不能による損失があつたため同年度の所得税の申告をしなかつたので決して詐偽、不正の行為により所得税を逋脱したものではない。なお被告人は右のように損失に帰した場合においても申告書を提出すべきや否やにつき当時の岡本村役場並びに武生税務署の係員に伺出たのであるが右のような場合は申告に及ばないとの係員の意嚮であつたから申告しなかつた次第である。
(二) 次に昭和二十五年度中において株式の配当を受けたことは認めるが、紙の製造は、中部製紙工業株式会社において経営したもので被告人個人の営業ではない。只右会社の社長は長男根岸長治であるが同人は病弱で出社出来ないので不得己これが経営を代行したのである。
又金銭の貸付業を営んだことはなく、種々の品物を売渡したのでその代金回収の為諸手形を受領したに過ぎない。
二、弁護人大橋茄の主張
(一) 貸金利子の収入は検察官の主張によれば
(1) 福井油脂化学工業株式会社 四八、九二七円六七銭
(2) 中条三兵衛 六五、九三〇、四九
(3) 柳瀬文四郎 三、三五〇、〇〇
(4) 加藤誠一 二、三七四、八七
(5) 越後豊二 六、二五〇、五四
(6) 佐々木仲市 二二、八一二、五〇
(7) 丸一製紙株式会社 一、六一六、四一
(8) 福映株式会社 四五九、五九〇、〇〇
計 六一〇、八六一、四八
となつているが、右の内(2)(3)(4)(7)は商品代金を手形で受領したので、現金と同一の結果を発生せしめるために手形の振出日から支払日までの日歩を受領したものであるから貸金利子を受領したのではない。故に利益あればこれ等は商品の販売による利益中に包含さるべきものである(参照東京高裁昭和二五年(う)第五〇五号、同二五年五月一〇日同高裁第十一刑事部判決―高裁判例集第三巻第二号一八五頁、大阪高裁昭和二五年(う)三一三六号、昭和二十六年三月三十日同高裁第七刑事部判決―高裁判例集第四巻第四号三六二頁)
(6)の佐々木仲市の分は昭和二十四年三月二十五日の貸付(割引)であり昭和二十五年度には関係がない。
(8)の福映株式会社の利息計算も相違する。即ち昭和二十五年三月一日附八〇〇、〇〇円の利息一四七、七二〇円、同年九月二十五日附二、五〇〇、〇〇円の利息二四五、〇〇円計三九二、七二〇円とあるが、広部事務官の内田吉彦、吉本正一、尾倉弘康三名に対する質問顛末書を綜合すれば利息は五一九、三五〇円であり内二〇〇、〇〇円は元本として支払われたものである。又利息と家賃とを混合している部分もあり本来不動産収入であるべきものを利息として計上したと視るべき点もあり。要するに未だこの分については確定数字を把握していないものである。
右(1)の福井油脂化学工業株式会社関係の利息は掃部武雄の質問顛末書とこれに添附の計算書とを基本とするに四八、四一二円である。
然らば貸金利息額は、検察官主張の額より減少すべきものである。
次に
(二) 販売利益について
売上金を 九、八一七、七〇三、四五円
外に雑収入 一五、六五〇、〇〇
仕入及び経費を 七、七七〇、九五三、八九銭を
基本として差引き 二、〇六二、三九九、八九銭
の利益を計上しているところ
その明細の数字は、殆んど収税官吏の全部推定計算によるものである。即ち税務署が課税標準を算定するにつき資料が乏しい場合推定によることも一種の行政処分としては許されようが裁判所がこれを決定する場合には証拠によつてこれを認定すべきであるが此の点に関しては立証不十分である。加之原料若しくは製品の買入(売上に対する仕入関係)については、仮りに検事の主張を認めるとしても
(1) 河村[金心]男 四〇〇、〇〇〇円(証人として八〇―一〇〇万と述べ検事の主張との差額)
(2) 大野勝七 一、〇〇〇、〇〇〇円(パルプと模造反古)
(3) 久保田実(春日産業) 三四四、九六〇円(APパルプ)
(4) 久保田実 三〇〇、〇〇〇円(仙貨紙)
計 二、〇四四、九六〇円
は製品の買入又は販売関係に追加さるべきものである。
従つて右に計上されている利益金から更に原料製品代は控除さるべきでこれを控除すると利益は一七、四三九円八九銭が残るのみである。
(三) 損失金
被告人の昭和二十五年度中の損失金は、検察官主張の九一三、八二九円の外合計なお四、四六四、九八七円四〇銭ある。
その内訳は
番号
損失金額
債権の表示又は債権額
債務者
(1)
五〇〇、〇〇〇円
約束手形
名古屋スガキ印刷株式会社
(2)
五〇〇、〇〇〇
同
同
(3)
二二四、八二五
同
中部洋紙株式会社
(4)
一五〇、〇〇〇
同
株式会社 宇佐美泰平商店
宇佐美泰平
(5)
二〇〇、〇〇〇
為替手形
同
(6)
二七一、五八二、四〇銭
約束手形
木村隆之助
(7)
七六、〇〇〇
同
吉田正雄
(8)
一九、五〇〇
小切手
双葉紙業株式会社
宮川正福
(9)
一六、〇〇〇
約束手形
竹内四郎
(10)
六四、〇〇〇
同(清算人北原久一郎)
南信紙業株式会社
牧野裕平
(11)
二九、六〇〇
同
尾崎巖
(12)
一八、五〇〇
同
中間庭嘉蔵
(13)
一九、五〇〇
同(免除二五、二二八日)
同
(14)
一九、二〇〇
同 四一三、四一四円
堀口藤雄
(15)
五〇〇、〇〇〇
同 八三八、五〇〇円
為沢一志
(16)
一、三〇〇、〇〇〇
一、三八六、九九四
中部洋紙株式会社
(17)
五五六、二八〇
売掛代金
五六七、六〇〇円
二分配当は免除
伴野商店
計
四、四六四、九八七、四〇
結局被告人の昭和二十五年度の所得計算は
総収入
(イ) 預金利子 一五一、八七九円
(ロ) 配当所得 二九一、一一六
(ハ) 不動産所得 二七、二五〇
(ニ) 貸金利息 六一〇、八六一(仮に検事の主張を認めるとして)
(ホ) 販売利益 一七、四三九、八九
計 一、〇九八、五四五、八九
総損金
(ヘ) 譲渡損失 九一三、八二九円
(ト) 取立不能による損失 四、四六四、九八七、四〇
計 五、三七八、八一六、四〇
差引欠損 四、二八〇、二七〇、五一
となり、従つて課税さるべき所得はないのであるから無罪である。仮りに検察官主張のように、被告人に申告すべき所得があるのにこれが確定申告を怠つたとしても、右は単なる不申告に過ぎず決して詐偽又はその他不正に所得税を逋脱したものには当らない。
三、弁護人米沢庄次郎の主張
(一) 本件所得税法違反被告事件の起訴状には、……被告人の昭和二十五年度分の所得は二百二十万四千六百円でこれに対する税額は百十二万二百四十円であるところ、被告人はその所得を秘匿し、脱税せんことを企図して、架空名義その他の方法により故意に確定申告をなさず以つて詐偽、不正の行為により右の税額を逋脱した……と記載されているが、「その他の方法により」とは如何なることを指すのか不明であり、この点についてはその後の公判審理の過程において、訴因の訂正も変更も行われていないから、公訴事実の特定を欠き刑事訴訟法第二百五十六条第三項に違背する無効のものである。
仮りに右起訴状はこれを有効とするも
(二) 架空名義その他の方法を用いたとしても、それ自体は、所得税法上詐偽、不正の行為とはならない。即ち税法は名義の如何を問わず実質課税の規定があるからである。被告人は、昭和二十五年度中は、多大の損失あり申告すべき所得がなかつたから敢えて申告しなかつたのであり決して所得を秘匿して脱税を企図したものではない。
(三) 税額の算定について、前記大橋弁護人の主張のとおり本件損失には紙の販売による代金回収不能のため生じた損失金四百四十六万四千九百八十七円四十銭はこれを加算されていない。右回収不能により生じた損失金は倒産による無資力又は免除によるもので控除さるべきものである。
(四) 紙の販売利益の所得二、〇六二、三九九円八九銭中には、前年度繰越在庫品を全く推定計算によつているが、この推定計算は、行政行為の場合ならば兎も角裁判上は正確な立証によるべきものである。
又販売ある以上仕入の伴うことは当然であるのに前記大橋弁護人主張の如く四口合計二、〇四四、九六〇円の仕入額の脱漏がある。
(五) 貸金利子六一〇、八六一円四八銭中には貸金利子に非ずして商品代金より生じた雑収金或は買受建物賃貸による賃料即ち不動産所得たるべきものを混合せる誤算がある。
以上主張のとおり、被告人には、昭和二十五年度分の所得を秘匿して脱税せんとしたこともなく又架空名義その他の方法により確定申告を為さず或は詐偽不正の行為により税額を逋脱した事実もない。而かも検察官は、所得額についてその算定を誤り不正確である。仮りに検察官主張の数字をその儘容認するとしても事業損失金を所得額より控除すれば脱税額は全く無く所得税法違反は成立しない。
というのであるが
以下以上の諸点について判断する。
第一、貸金業等取締に関する法律違反について
被告人、大橋弁護人及び米沢弁護人の各主張は結局同趣旨に帰するので一括して説明する。
判示第一の(一)及び(三)について……被告人及び弁護人等主張の如く判示第一の(一)及び(三)は、尾倉弘康が株式会社北陸銀行武生支店よりの債務を弁済期に支払うことができず、同支店長代理石川清、被告人根岸長兵衛、尾倉弘康の三者合意の上被告人が尾倉に代りその各債務を同銀行に弁済し、判示の頃、判示金額につき同銀行に代り債権者たる地位を取得したこと、いわゆる肩替りをしたことは、取調べた証拠によつて肯認できる。しかしその後において被告人が右両債権につき、判示のとおり右尾倉より利子並びに謝礼を受領していることも亦証拠上明かである。即ち右は債権者の交替による更改があつたものであり通常の貸金と同一視すべきものであつて、被告人及び弁護人等の主張はその理由がない。
同(二)について……しかし証人尾倉弘康、同内田吉彦の証言(当裁判所武生支部第三回公判におけるもの)尾倉弘康及び内田吉彦(昭和二十七年五月八日附)の各検察官に対する供述調書、被告人の検察官に対する供述調書(同年五月八日附)、公証人白井已之吉作成特第参千百拾四号及び特第参千百拾五号公正証書各謄本の記載によれば、被告人は、判示物件を売渡担保として提供を受け債権者となり、表面に立つことを好まず、被告人の希望により、判示物件を表面買受た如く形式を装い、且これを一日二千円にて被告人より右尾倉に対し、昭和二十七年九月二十一日まで賃貸することとし、金二百五十万円に五分の金額を附し買戻すことができる旨の契約した旨の公正証書を作成したこと、しかし右は判示の頃、被告人が右尾倉に対し、金二百五十万円を貸付け、右賃料は実はその利息であること、判示物件は建物の価格が約三百五十万円以上、動産の価格が約二百万円以上合計五百五十万円以上の価格あり、その半額にも満たない二百五十万円を以て売買するいわれなきこと等を認め得べく、然らば、右は判示の如く金二百五十万円を被告人が尾倉弘康に貸付け、而かも莫大な高利である判示利息及び謝礼金を徴したものであつて最も典型的な高利貸的行為であると謂わなければならず、被告人及び弁護人等の主張は全く理由がない。
同(四)について……中条三兵衛の検察官に対する供述調書の記載によれば、同人は無職であり、只その長男栄一が紙商を営んでいる関係上、その資金に充てる必要上、自ら振出した約束手形及び右長男栄一が取引先から廻付された約束手形等に裏書した上、右三兵衛所有の宅地、畑、山林八筆及び土蔵等につき被告人に対し予じめ、極度額百万円の根抵当権を設定し、判示日時頃、判示の如く手形割引の方法により、被告人より金員の貸付を受け、且つ利息手数料等を支払つていたものであることが窺われ、この点に関する被告人及び弁護人等の主張は理由がない。
同(七)について……加藤誠一の検察官に対する供述調書の記載によれば、同人は被告人との間に商取引あり、昭和二十六年十月頃同人振出額面十万円及び同年十月十三日頃小野谷誠一振出の額面七万六千円の各約束手形を、同人が被告人から当時買受けたパルプ代金の支払に充てたことは認められるが、その余の判示第一の(七)記載の分(同支部記録一四六、一四七丁)は、いずれも商取引とは別個の割引を受けたものであることを認め得べく、これ亦理由がない。
同(八)について……柳瀬文四郎の検察官に対する供述調書の記載によるも、判示第一の(八)の手形が、同人と被告人との商取引上代金の支払の為め交付割引せられたものであるとの点は認め難い。これに反する前記支部第九回公判における同人の証言は措信できない(なお同上記録一四八丁参照)。よつてこの点の主張も理由がない。
同(九)について……山路五左衛門の検察官に対する供述調書によれば、同人と被告人との間に商取引があり曾つてその代金の支払の為め、同人より被告人に対し、約束手形を手交したことがあることは認められるが、本件判示第一の(九)摘示二十万円(額面五万円同十五万円のもの各一通)の分は含まれていない(同上記録一四九丁参照)からこれ亦理由がない。
同(一一)について……山田久兵衛の検察官に対する供述調書の記載によれば、同人は昭和二十六年八月二十日過頃、被告人からパルプ二屯を金三十万円で買受け、この代金の支払のため、同年八月二十二日、額面金三十万円支払期日同年十月三十一日の約束手形一通を振出交付したこと(株式会社福井銀行武生支店長堀田篤作成提出の「任意提出始末書七一丁五行目記載分)及びこれとは別個に金融のため同年八月三十一日額面三十万円支払期日同年十月三十一日の約束手形一通(株式会社北陸銀行武生支店長代理石川清作成提出の「任意提出始末書―前記記録六四丁十三行目)を振出し被告人より割引を受けたことを認め得べく、本件判示においては前者を除外し、後者のみを摘示したのであつてこの点も理由がない。
同(六)について……証人馬上免一領の証言(前記支部第五回公判廷における)、山本久右衛門の検察官に対する供述調書、大興製紙株式会社代表取締役山本久右衛門、高山貞一作成の昭和二十七年三月四日附「当社と根岸長兵衛との手形割引関係一覧表」、株式会社北陸銀行武生支店長代理石川清、同福井銀行武生支店長堀田篤各作成の「任意提出始末書」、司法警察員押野一男作成の調査書の各記載を綜合対比すれば、大興製紙株式会社の社長は、昭和二十一年九月から同二十七年二月までは馬上免一領で、その後は山本久右衛門が社長となつたものであること、同人はそれ以前は同会社の専務取締役であつたこと、帳簿の記載等は、右山本並にその助手として前記高山貞一であつたこと、同社と被告人間に取引のあつたこと、而してその代金決済に同社より被告人に手形を廻付したことがあることも認め得るが、反面本件判示の分は商取引とは別個の金融の為めの約束手形の割引であることも明瞭である。相手方が会社である場合、手形割引を何人から依頼されたかは本件の成否に影響はなく、以上のように商取引とは別個の手形割引による貸付を行つている以上、この点に関する主張も理由がない。
以上説明するように被告人及び弁護人等が問題にしている商取引関係による代金の支払のために、上記の会社並びに個人から受領した約束手形を割引いたとの事実は認められない。その余の部分についても同断である。
貸金業等取締に関する法律第二条第一項本文にいわゆる貸金業とは反覆継続の意思をもつて金銭の貸付又は金銭の貸借の媒介をすることを業とすることをいうのであつて、必ずしもその相手方が不特定多数の者であることを必要とするものではなく、また必ずしも報酬若しくは利益を得る意思またはこれを得た事実を必要とするものでもない(昭和三十年(あ)第一一一八号、同年七月二十二日、最高裁判所第二小法廷判決、最高裁判所判例集第九巻第九号一九六二頁、昭和二十八年(あ)第八五三号、同二十九年十一月二十四日最高裁判所大法廷判決、最高裁判所判例集第八巻第十一号一八六〇頁参照)ものであるところ、叙上説明のとおり、被告人は、無届で、昭和二十五年三月初頃から同二十六年十一月下旬頃までの短期間に、十一人に対し、合計百二十二回に亘り、実に合計金三千二十四万百六十三円を或は売渡担保物件を徴したり、根抵当権を設定したり、或は約束手形の割引によつたりする方法で貸付け、これらの相手方から賃料、手形割引料、利息謝礼等の名義の下に合計金二百六十一万百三十二円九十二銭に及ぶ巨額の利益を得ていわゆる貸金業を営んだものであり、仮令その相手方中に主張のような縁故者又は特殊なつながりを持つ者がいたとしても右貸金業を営んだことに消長はない。弁護人等援用の各高等裁判所判例は、本件には適切ではない。
第二、所得税法違反について
弁護人米沢庄次郎の(一)所得税法違反の起訴状の記載……「その他の方法により」の意義不明につき、公訴事実の特定を欠き、刑事訴訟法第二百五十六条第三項に違背するとの点について……本件起訴状の記載によれば、公訴事実として「被告人は、昭和二十四年初頃から同二十六年末頃迄、紙の製造販売業を営み、その傍ら金銭の貸付、所有株式の配当金の受領等もしていたものであるが、自己の昭和二十五年分の所得を秘匿して之が脱税せんことを企図し昭和二十五年一月一日から同年十二月三十一日迄の間に於ける昭和二十五年分所得金額が二百二十万四千六百円にして之れに対する税額が百十二万二百四十円であるにも拘らず、架空名義その他の方法により、故意に所得税法第二十六条による確定申告を所轄武生税務署長に対し法定期間内に申告せず、以て詐偽不正の行為により右税額を逋脱したものである。」と記載され、罪名並罰条として「所得税法違反」「同法第六十九条」と記載されている。
刑事訴訟法第二百五十六条第三項によれば、訴因を明示するにはできる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定しなければならない。と規定されているが、これは公訴事実を特定せんがためであり、公訴事実の特定ができる以上、犯罪の態様方法等についてその全部を逐一詳細に明示しなくとも違法であるということはできない。即ち本件にあつては前記起訴状記載のとおり要するに詐偽その他の不正の行為により前記所得税を逋脱したことが訴因として記載されているのであり、右所得税法違反は、真実所得がありながらこれを秘匿して故意に確定申告書を提出しなかつた場合に成立するのであり、右は単純な不申告と同視すべきではなくそれ自体が既に犯罪となるのであり、訴因の記載としては充分である。「架空名義その他の方法により」と記載したことは鄭重であつて決して批難すべきではないが実はこれは前記訴因の因子であり、本件所得税法違反事件の公訴事実を形成する訴因として明記する必要はないのであつて、検察官の冐頭陳述又は立証段階において明らかにすれば訴訟の審理裁判には毫も支障がないのである。而かも当裁判所裁判官は昭和二十九年三月一日行われた第一回公判において、「架空名義その他の方法により」について釈明を求め検察官からは同年同月三日附を以つて該事実につき書面を以て
一、「架空名義の方法」とは、本件昭和二十五年分所得の内容である預金及び株式関係において実在しない虚無人の名義を以て預金利子や株式配当金を受領し故意にその各所得の秘匿を計つたことであり
二、「その他の方法」とは
(1) 本件昭和二十五年分所得の内容である紙の販売所得、貸金による所得関係において相手方、取引先及び貸付先に対し被告人の名前を表面上に出さないこと、並にその取引事実を営業帳簿に登載しないことを依頼し
(2) 同時に不動産所得関係においてその所得の帰属者を中部製紙工業株式会社である如く外形上装い
(3) 営業に関する帳簿書類等には、被告人個人のものと、中部製紙工業株式会社のものとを混同して記載し、被告人個人の所得を極めて不明瞭ならしめ、且つこの帳簿書類等を通常あるべき状態で備付けないで隠匿する等、自己の個人所得の秘匿を計つた事実を総称し、右各巧妙な方法による所得の秘匿行為は税法上における所謂詐偽不正の行為である旨記載提出し、同年四月十日の第二回公判において右のとおり検察官から釈明され明かにされているのである。要するに弁護人は訴因につき独自の見解によつて前記主張をしているのであつて、当裁判所としては、本件起訴を有効と認めて前示事実を認定したのであるから該主張は採用しない。
一、被告人の主張(一)について……被告人は、昭和二十五年度中に前記認定のとおり所得があるのに拘らず、前記検察官釈明のとおり架空名義その他の方法により、ことさらに右所得あることを秘匿したのであつて、これは即ち所得税法第六十九条にいわゆる詐偽その他、不正の行為により、前記所得税を逋脱したのであつて、第三回公判調書中証人三田村泰雄の供述によるも、被告人が当時の居村岡本村役場の税務係である右三田村泰雄に対し、昭和二十五年度分の予定申告を為すべきや否や指示を受けたことの確証なくその他同役場並びに所轄武生税務署の係員に対し同年度の予定申告、確定申告を為すべきや否やについて伺出たことを認むるに足る何等の証左なく、仮りにこれら伺出をした事実があつたとしても、右は果して帳簿その他参考資料等に基き確実な計算の下に伺出でたのかどうかも不明である。若し前記の如く真実所得があるのにこれを秘し、被告人の一方的な計算に基いて伺い出たものとせば、綿密な調査をしない以上係員としても責任ある指示は与えられないのであつてその結果申告しなかつたからといつて違法性阻却の事由とはならない。然らばいずれの点からいうも被告人の主張は理由がない。
同(二)について……被告人は中部製紙株式会社豊橋工場において、自己の製紙を委託して経営していたことは、証拠上明らかであり又金銭貸付業を営んでいたことも、前記貸金業等取締に関する法律違反(以下貸金法違反と略称)の部において認定したとおりであり、被告人が商取引上品物売渡代金の支払のため各売渡先から諸手形を受領したことは、証拠上推認できるが、しかしその金額、売渡商品名、数量等についても積極的な主張立証もなく、総計何程なるやも判明しないのであり、右貸金法違反事件において貸金と認定した手形割引の分は、いずれも商取引上の手形を除外したものであり昭和二十五年度分貸金利子として所得に計算した分も同断であるから(二)の主張もすべてその理由がない。
二、弁護人大橋茄の主張(一)について……(2)(3)(4)(7)共所論のように商品代金を手形で受領したものではなく、前記貸金法違反の部において判示したように、これらはいずれも金融の為めの手形割引による利子であり、商品販売の利益中に計上すべきものではない。又(6)の佐々木仲市の分は、昭和二十四年三月二十五日の手形割引であるから、同二十五年度の所得とは関係がないと主張するけれども、証人佐々木仲市の尋問調書及び同人提出の昭和二十七年一月十一日附金沢国税局収税官吏島倉芳二宛上申書の各記載を綜合すれば、佐々木仲市は、同人が専務取締役をしていた株式会社府中書院において、昭和二十四年三月二十五日、被告人から厚仙貨紙五十連を代金十四万五千円で買受け、該品代金として、同日、同額の約束手形を支払期日二ヶ月後、支払場所株式会社北陸銀行武生支店の約束手形を振出し交付したところ、期日に金二万円を支払つたのみで、その余の十二万五千円の支払ができなかつたため同時に同額の約束手形(支払期日、支払場所前に同じ)を提出しこれに日歩五銭の割合による利息を支払うこととし、よつて同二十四年中に金一万八千百六十二円五十銭、同二十五年中に金二万二千八百十二円五十銭、同二十六年中に金二万二千七百七十五円の利息を支払い、昭和二十九年九月中元本を完済したものであり昭和二十五年度中は未だ右元本債権は存在していたことが認められ、これに対し同年度中利息を支払つているのであるから、同利息額を同年度の所得に計上することは当然であつて、この点の主張も理由がない。
(8)の福映株式会社関係の利子計算について、弁護人の挙示する広部事務官の内田吉彦、吉本正一、尾倉弘康に対する質問顛末書は、本件第一回公判において検察官から証拠として提出されたが弁護人の不同意により第二回公判において却下せられ、証拠調を経てないので当裁判所はこれを参酌することはできない。しかし既に取調べた証第三十二号の三(金沢国税局収税官吏森山雄太郎作成の所得金額計算附属明細書)に依れば、同会社関係の昭和二十五年度利子収入は金四十五万九千五百九十円であることを確認し得べく、又これを所論のように不動産収入とせず貸金利子と認むべきこと前示貸金法違反の部において説示したとおりであり、弁護人の主張は採用できない。次に
(1)の福井油脂化学工業株式会社関係の利子も、右証拠に依れば金四万八千九百二十七円六十七銭であり、所論掃部武雄に対する収税官吏の質問顛末書(第一回)には添附の計算書なく、果して所論のように四万八千四百十二円であるか否かは不明である。
叙上説明のとおり昭和二十五年度における貸金利子は、本判決末尾添附の計算書どおりであるから弁護人の(一)の主張は採用しない。
同(二)について……販売利益の計算について、収税官吏の推定計算によつていることは所論のとおりである。もとより所得発生の原因と、その結果である財産の増減、要するに損益計算書と貸借対照表とは、飽くまで実額によるべきであつて、濫りに推定を用うることなく、売上げ、仕入れ、財産の増減変更の情況は、できるだけ正当な計算をしたならばかくの如き結果になるとの思考のもとに、数字を整理し、而かも証拠によつてこれを裏付けることが必要であるが、法人税法の如く、法律によつて大体の記帳義務ある場合は格別所得税法においては、個人にその義務が認められていない関係上必ずしも売上、仕入、財産増減等に関する帳簿の備付もなく、又帳簿はあるがその記帳が不正確で捕捉し難い場合もあるのであり、かかる場合一定の標準率に基いて所得を算出し推定課税することも課税技術上止むを得ない理であり、宜なる哉昭和二十五年三月三十一日法律第七一号所得税法中の一部を改正する法律(同年四月一日から施行せられた)は、従来の不便を一掃し合理的な課税を行うがために、その第四十五条第三項において、新に更正及び決定に際し「政府は、財産の価額若しくは債務の金額の増減、収入若しくは支出の状況、又は事業の規模により所得の金額、又は損失の額を推計して更正又は決定をなすことができる」(同旨規定法人税法第三十一条の四第二項)という規定を設けたのである。このことは税法の取扱上単に行政行為についてのみならず、刑事裁判においても同然である。これを本件について見るに、被告人は個人としての紙製品の売上げ、原料の仕入れ、在庫高等を記載した正確な帳簿がなく、或は中部製紙工業株式会社の帳簿に、いずれが同会社の分か、又は被告人個人の分か一見判別し難いように売上、仕入等を記帳したり、取引先に依頼して双方の帳簿の記載をしなかつたり、製品の販売がありながら原料の在庫が幾何か不明であつたりして、本件調査に当つた収税官吏においても、その所得算定に相当の困難を極めたことは、本件調査開始以来一年有余の月子を費したことからも容易に窺い知ることができる。かゝる場合、現存の資料を参酌し、大蔵大臣の定めた標準率によつて推計による課税を行うことは、前記のように法の認めるところであつて寔に適切な措置であつて、法はこの推計にまで証拠を要求していないのであり、当裁判所においても、右推計による利益計算を正当なものとしてこれを維持する。この推計によらなければ計算できないような事実にまで、証拠を要求することは法の趣旨ではなくこれを求むる弁護人の主張は採用することができない。
次に所論の(1)乃至(4)の人々との製品の販売又は買入価額合計二百四万四千九百六十円を、その関係に追加さるべきものであるとの点は
(1) 河村[金心]男の関係は―同人に対する当裁判所の証人尋問調書によれば、同人は河村紙業合資会社の代表社員であること、所論のように被告人に対し昭和二十五年中八十万円乃至百万円の取引があつた旨の供述記載があるけれども、同人の収税官吏に対する質問顛末書、同添附の上申書及び検察官に対する供述調書の各記載によれば、昭和二十五年中同人が被告人に売渡した紙屑等の代金は僅かに九万七千五百三十二円に過ぎないこと、これ以外に同人が被告人が主宰する中部製紙工業株式会社に売渡した分を混同していることが窺われること、収税官吏は右質問顛末書、上申書、証第十四号(右会社売買原簿)、第十六号(同会社買原簿)及び同二十三号(同会社買原簿)等を比較対照の上、証第三十二号の三(所得額計算書附属明細書)を作成したものと認められ、これによれば、河村紙業合資会社よりの仕入額を、三十七万七千五百六十二円二十銭と計上し、寧ろ被告人に有利に計上されているのであり前記河村[金心]男の証言は輙く信を措き難くその他右認定を覆すに足る資料がないから此の点に関する弁護人の主張も理由がない。
(2)の大野勝七の関係は―当裁判所の証人大野勝七に対する尋問調書の記載によれば、昭和二十五年中同人が中部製紙工業株式会社豊橋工場へパルプ、模造紙、反古等約百万円相当を送荷したこと、その売買の交渉はすべて被告人と為したこと、但しその取引の相手方が右会社であるか、被告人個人であるかは判らぬ旨を述べているが、当時被告人は、自認するが如く、同会社を主宰していたのであり、その交渉の任に当つたとしても、同証人としてはその相手方が何人なりやは或は確認できなかつたかも知れないが証第二十三号(同会社買原簿)の記載によれば、同人との取引額は昭和二十三年中金二十二万八千六百四十円、同二十四年中九万二千円、同二十五年中九万一千五百円あつたことが記載されその合計は三年間に四十一万二千百五十円に過ぎない。右の如く昭和二十五年分の取引高は、九万一千五百円である。思うに右帳簿が同会社の備付のものであり、被告人個人の取引は、多くの場合記帳しないこと、他の幾多の取引に例があることから推察し右の取引は右大野勝七と同会社の取引であると認むるを相当とすべく被告人との取引であるとは認められない。収税官吏が前記証第三十二号の三明細書中にこれを被告人の取引として掲載しなかつたことは相当で、被告人の取引とは認め難く、この点も弁護人の主張は理由がない。
(3)及び(4)の久保田実関係は―久保田実、久保田春吉に対する当裁判所の各証人尋問調書、久保田実の検察官に対する供述調書(二通)、久保田春吉の検察官に対する供述調書、証第三十一号(春日産業株式会社滝川工場AP納品書控中昭和二十五年十月二十七日附根岸商店宛納品書控)、当裁判所の証人宮田与右衛門に対する尋問調書及び同人の検察官に対する供述調書の各記載を綜合すれば、春日産業株式会社は昭和二十七年八月、福富製紙株式会社と合併し、春日製紙工業株式会社となつたこと、久保田実は右福富製紙株式会社の専務取締役であつたところ、右合併後は、春日製紙工業株式会社の取締役総務部長となつたものであること、久保田春吉は、同会社の社長であること、福富製紙株式会社及び久保田実と被告人との間並びに久保田春吉と被告人間には曾つて紙類等の取引がなかつたこと、春日産業株式会社は、被告人の斡旋により、宮田与右衛門が総務課長をしている丸一製紙株式会社に対し、昭和二十五年十月二十六日頃、APソーダパルプ約七屯弱を売渡したこと、右代金は、春日産業株式会社は三十四万四千九百六十円を被告人より支払を受け、買受人丸一製紙株式会社よりは、二回に合計三十八万七千二百三十一円を、被告人に支払い被告人がその斡旋料として、右差額を取得したこと、右品物は、被告人の指示により、春日産業株式会社より直接右丸一製紙株式会社へ送荷したこと、久保田春吉は右売買の少し以前被告人より金額三十万円の約束手形の割引を受けたこと等を認めることができるが、弁護人主張の(3)(4)のように被告人が久保田実からAPパルプ三十四万四千九百六十円及び仙貨紙三十万円を仕入れたとの事実は、認めることができないから、この点の主張も理由がない。
然らば、弁護人主張の(1)乃至(4)の合計二百四万四千九百六十円の仕入は、全く認められないのでこれを前記仕入額に加算すべきであるとの主張は認められない。従つて紙の販売利益は、その主張のように金一万七千四百三十九円八十九銭にはならない。要するに(二)の各主張はいずれも理由がないから採用しない。
同(三)について……被告人は、収税官吏の質問に対しては、全然かゝる債権のあつたこと及びその回収の状況等について陳述していないし、検察官に対しても同様である。弁護人は本件訴訟が相当進行した昭和三十二年七月一日附上申書を以つて、その主張の遅延した理由は、被告人が関係証拠書類一切を押収されその存在が確認できなかつたところ、担当検事より押収物の還付を受け詳細判明した旨主張し(1)乃至(17)の合計四百四十六万四千九百八十七円四十銭の手形債務等の未回収貸倒れがあり、結局昭和二十五年度の被告人の計算による総益金と総損金とを対比するときは、検察官主張のような所得はなく、却つて四百二十八万二百七十円五十一銭の欠損となり、課税さるべき何等の所得はないのであるから本件は仮りに検察官主張の如く詐偽不正の行為があつたとしても所詮は無罪たるべきものであるというのであるが、所得税法違反事件を審判する刑事裁判は、民事訴訟(行政事件訴訟特例法による)における税の再調査又は審査の請求の目的となる処分の取消又は変更を求める訴や、税務官庁の行う税の更正決定のとおり、根本的に又は総体的にその適否を決定し、新たな税額を決定することを主たる目的とするものではなく、検察官の提起した公訴事実の存否及び範囲を確定し被告人が有罪であるか無罪であるかを判断すべきものであるから、検察官の提起した公訴事実の範囲内においてその事実の存否を争うならば格別、全く公訴事実の範囲外の別個の事実を主張して争訟すべきではない。但し所論のように若し欠損があるとするならば、裁判所はこれを情状として参酌し得ることは勿論であり、当裁判所が弁護人の主張事実の立証としてこれら事実についての証拠調を許可した所以も亦茲にあるのである。ところで弁護人主張の事実を取調べた諸証拠によつて具さに検討するに、昭和二十五年度は、紙業界は一般に不景気となり、製品の販売価格一般に下落し、且つ金融難のため倒産者相次ぎ、又辛じて倒産を免れた業者もその経営極めて困難であり、売買代金、手形金等の回収も頗る困難を極める実状に在つたこと、従つて被告人の債権及び手形金等の回収が困難になつたことも認められるが債権、手形金の回収は、それ故に直ちに消滅すべき性質のものではなく、特別な処分行為即ち債権の抛棄とか債務の免除とか要するに絶体的に請求権を喪失した事実が明かでない以上、直ちに欠損とは認め難いのであつて、証拠によると、被告人はこれら債権について或は抵当権を設定し、又は売渡担保の提供を受けて債権を確保し、又無担保の場合においても、以上のような請求権を喪失するような明確な処分行為を行つた形跡はなく、いずれも債権は存在することとなり、総損金として所得から差引くべきものとは認められないから(三)の主張も理由がない。
三、弁護人米沢庄次郎の各主張について……同弁護人主張の(二)乃至(五)は前記大橋弁護人の主張と特段な差異なく、その趣旨において同趣旨であると認められるので、特に説明を省略し、すべて大橋弁護人の主張に対してなした説明を援用する。
以上説明のとおり、被告人及び弁護人等の各主張は、いずれも理由がないから採用しない。
法律に照らすと、判示第一の(一)乃至(一一)の各所為は、営業犯である(昭和三十一年十月二十五日最高裁第一小法廷決定―最高裁判例集第十巻第十号一四四七頁参照)から一括して、貸金業等の取締に関する法律(以下旧法と仮称す)第五条に違反し、同法第十八条第一号、罰金等臨時措置法第二条第一項に該当する一罪とし、右法律は昭和二十九年六月二十三日、法律第百九十五号、「出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律」(以下新法と仮称す)附則第五項によれば、新法施行と同時(昭和二十九年六月二十三日)に廃止されているが、新法附則第十一項により「新法施行前にした行為に対する罰則の適用については、なお従前の例による」ことゝなつているから右旧法により処断することゝし、所定刑中懲役刑を選択し
判示第二の所為は、所得税法第六十九条第一項、罰金等臨時措置法第二条第一項に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、以上は刑法第四十五条前段の併合罪であるから、同法第四十七条、第十条を適用し、重い後者の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で、被告人を懲役一年に処し
なお諸般の情状に鑑み、刑の執行を猶予するを相当と認めるので、刑法第二十五条第一項を適用し、本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。
訴訟費用は、刑事訴訟法第百八十一条第一項本文に則り、全部被告人をしてこれを負担せしむる。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 黒羽善四郎)