福井地方裁判所 昭和40年(ヨ)104号 決定 1965年6月22日
申請人 岩本龍男 外三名
被申請人 有限会社共栄タクシー
主文
一、被申請人は、申請人らに対して、それぞれ別紙第一目録記載の金員及び昭和四〇年六月二八日以降同年八月二八日まで、毎月、別紙第三目録記載の金員を、その月の二八日限りそれぞれ仮に支払え。
二、申請人らのその余の請求を却下する。
三、申請費用は被申請人の負担とする。
(注、無保証)
理由
第一、申請の趣旨
申請人ら代理人は、被申請人は、申請人らに対し別紙第一目録記載の金員及び昭和四〇年六月二八日以降毎月二八日限り別紙第二目録記載の金員をそれぞれ仮に支払え。との裁判を求めた。
第二、当裁判所の判断
(一) 疏明資料によつて認められる事実は次のとおりである。
(1) 被申請人(以下会社という)は、一般旅客自動車運送を業とする有限会社であり、申請人らは、右会社に自動車運転手として雇用されている労働者であり、かつ会社従業員をもつて組織されている共栄タクシー労働組合の組合員である。
(2) 申請人らは、右会社において、従来より一ケ月平均三五〇時間働き、一七万円の運収を挙げても、賃金は僅かに四五、〇〇〇円であるというような劣悪な労働条件のもとに置かれていたということを理由として、労働条件の改善をめざし、昭和四〇年三月二七日前記共栄タクシー労働組合(以下組合という)を結成するとともに、全国自動車交通労働組合福井地方連合会(全自交福井地連)に加盟し、同日会社に対し有給休暇の実施、超過勤務手当、深夜業手当の支給等九項目にわたる要求書を提出した。
これに対し、会社は、同年三月三一日超過勤務手当、深夜業手当の支給を除き、その他の八項目についてほぼこれを諒承する旨の回答をしたが、組合が最も重要視する超過勤務手当等の支給については、これを拒否し、組合よりの団体交渉の申出にも応じなかつた。
(3) そこで、組合は、同年四月二八日福井地方労働委員会に対し時間外、深夜業等各手当の支給について、斡旋の申請をしたがこれが奏効しないままに経過していたところ、会社は、同年五月九日申請人らに対し、従来の勤務時間を変更してこれを一日八時間、週平均四八時間、一ケ月二〇八時間までとし、時間外勤務は認めない、基本給、諸手当は従来どおりとするが、水揚一二万円に達しない場合は不足額につき二割の賃金カツトを行う等の事項を内容とする勤務条件の変更を通告し、同時に、右変更は会社の業務命令であり、かつ右通告の翌日たる同月一〇日より実施する旨の申渡しを行つた。
(4) これに対し、組合では、右改変された勤務条件によるときは月二〇八時間以上の勤務ができないことになり、賃金は最高三万円に固定化されることになるばかりでなく、一二万円の水揚をあげることは殆ど不可能であるから、従来の勤務条件に比して平均二万円に近い賃金の引下げになるとして、これを拒否し会社に対し、労使双方の合意によつて、新たに労働条件が改訂されるまでは、従前の労働契約に従つて申請人らを勤務させるべき旨の申入れを行つた。
(5) 会社は、申請人らの右申入れに対し、前記変更後の勤務条件に従わない以上、就労を拒否する旨回答し、他方組合員以外の従業員に対しては、依然として従来どおりの労働条件に従つて勤務させ、かつ賃金を支払つている状態であつたため、組合は同年五月二〇日再び福井地方労働委員会に対し、賃金体系の明確化と労働条件とについて労使双方の合意に達するまで、旧勤務条件に従つて就労させるべき旨の斡旋を申請した。
(6) しかるに、会社は同年五月二四日前記変更後の勤務条件が記載されている就業規則を申請人らに提示して、これに従うことを求め、次いで、同年六月七日申請人らに対し、前記業務命令に服さず無届け欠勤したことを陳謝する等の趣旨の始末書を提出するよう要求し、その間申請人らよりする従来の勤務条件による就労申出を拒否して今日に至つているが、同年五月分(四月二一日から五月二〇日まで)の賃金については、五月一〇日までの就労について、申請人らに対し、それぞれ新勤務条件に従つて計算した別紙第四目録記載の賃金を支払つたほかは、その余の支払をしていない。
(二) 申請人らの賃金請求権について
前記疏明された事実によれば、会社は、申請人らに対し、その勤務条件を一方的に変更し、変更後の勤務条件による就労を業務命令として要求し、他方、従来の勤務条件による申請人らの就労申出に対しては、これを拒否していることが認められる。
しかしながら、右の如き労働契約の内容を、使用者側において一方的に変更することは、労働契約のもつ契約概念自体の性格に照して許されず、新しい労働内容への変更は、必ず労使の合意によることを要するものと解すべきであるから、たとえ、それが、業務命令の名の下になされたとしても、実質的には労働契約の内容を変更するものである限り、申請人らに対し、変更後の勤務条件による就労義務を生ずるものではなく、申請人らは、依然として従来の勤務条件による就労を求めることができるものといわなければならない。
しかるに、会社が従来の勤務条件による申請人らの就労を拒否していることは、前認定のとおりであり、右就労拒否の目的は、申請人らの組織した組合に対する団交の拒否ないし団結力の弱体化にあると疑われても、止むをえないものといわなければならない。そうとすれば、右会社の就労拒否は、会社の責に帰すべき事由による労務受領の拒否と認める外はなく、申請人らは、民法第五三六条第二項により、従来の勤務条件に基づく賃金請求権を有するものというべきである。
ところで、疏明によれば、申請人らは会社に対し、五月分賃料の未払分として別紙第一目録記載の金員及び六月二八日以降毎月二八日限り別紙第二目録記載の金員の支払を求める賃金請求権を有することが認められる。
(三) 仮処分の必要性
疏明によれば、申請人ら及びその家族は、会社から支給される賃金のみをもつて、その生活をたてているものであり、もし、その賃金の支払を受けることができないことになると、たちまち生活に困窮し、回復し難い損害をこうむることが明認されるから、申請人らは、会社よりその賃金の仮払を受ける必要性があるといわなければならない。しかしながら、その額は、労働基準法第二六条の趣旨を参照して、前記第二目録に記載した額の六割を標準として算出した別紙第三目録記載の金額をもつて、相当と考えられ、かつ、本件労使間の紛争の経緯に鑑み、その仮払を命ずる期間は、昭和四〇年五月二一日から三ケ月間をもつて相当と認める。
(四) よつて、申請人らが会社から五月分賃料の未払分として別紙第一目録記載の金員及び昭和四〇年五月二一日以降同年八月二〇日までの分として、別紙第三目録記載の金員を、同年六月二八日以降同年八月二八日まで、毎月二八日限り仮に支払を求める限度において本件申請を認容し、その余は不相当としてこれを却下すべく、申請費用の負担につき民事訴訟法第九二条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 高津建蔵)
(別紙目録省略)