福井地方裁判所 昭和53年(手ワ)29号 判決 1979年11月22日
原告 株式会社コサク
右代表者代表取締役 小西忠二
右訴訟代理人弁護士 河合弘之
同 西村国彦
同 荘司昊
被告 寿製作所こと 岡鉄雄
右訴訟代理人弁護士 小酒井好信
主文
一 被告は原告に対し、金三三九万〇五一四円と、うち金一〇〇万円に対する昭和五三年三月三〇日から、うち金二三九万〇五一四円に対する同年同月三一日から各完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
四 この判決は第一項につき仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し、金三三九万〇五一四円とこれに対する昭和五三年三月三〇日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は別紙目録記載(一)ないし(四)のとおり約束手形四通(以下本件手形という。)を所持している。
2(一) 被告は拒絶証書作成の義務を免除して本件手形を裏書した。
(二) 仮に被告が自ら本件手形を裏書したものでないにしても、被告は昭和五二年三月ころ寿製作所の名称で被告住所地の工場に電気メッキ施設を設置するに当たり、訴外宇野登に設備の請負業者の選定、請負契約の発注、代金の支払その他一切の日常業務を担当させ、宇野は昭和五二年五月三一日原告大阪営業所を訪れて被告の代理人としてメッキ排水処理設備を代金二七〇万円で発注し、本件手形は右代金およびその後の追加工事の代金の支払のために原告に裏書されたものであって、被告は宇野に本件手形に裏書をなす権限を付与し、宇野は被告を代理していわゆる機関方式により本件手形を裏書した。
(三) 仮に被告が宇野に本件手形を裏書する権限を付与していなかったとしても、前記のとおり被告は宇野に対し原告とメッキ排水設備の請負契約締結のための代理権を付与し、その後においても寿製作所の日常業務を宇野に担当させ、同人に被告の印鑑を保管させていたものであるところ、右宇野において権限を超えて本件手形を裏書したものであって、原告が宇野に本件手形を裏書をなす権限があることを信ずべき正当な理由があるから、民法一一〇条の類推適用により被告は本件手形裏書の責任を負うというべきである。
3 原告は別紙目録記載(一)の手形を支払のため満期に支払場所に呈示したが、資金不足を理由に支払を拒絶された。そして本件各手形の振出人である訴外長坂勝俊はその頃支払停止の状態に陥り、原告は本件(二)ないし(四)の手形につき満期前の遡求として同振出人に昭和五三年三月三〇日送達された本件訴状に基づき支払を求めたが、これを拒絶された。
4 よって原告は被告に対し、本件手形合計金のうち、別表のとおり満期前の遡求請求として減額すべき中間利息を控除した金三三九万〇五一四円とこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和五三年三月三〇日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は否認する。本件手形の裏書は、原告会社の訴外宇野鍍金株式会社に対する売掛債権が取引限度額を大幅に超過したため、原告会社大阪営業所長五十嵐孝志および営業担当者近藤正明と右訴外会社代表者である宇野登が通謀のうえ、原告会社の上司に報告する必要上、被告不知の間に裏書を偽造したものである。
2 同2および3の事実につき、被告がその住所地の工場に電気メッキ施設を設置することとし、宇野に右施設の一部であるメッキ排水設備の請負契約の締結、代金の支払を委託したことは認めるが、その余は否認する。被告は原告の担当者とは面識がなく、同人らは宇野の代理権の存否につき被告に質問ないし確認した事実もないのであるから、宇野に代理権があったと信ずべき相当な事由があるとは到底言えない。
第三証拠《省略》
理由
一 弁論の全趣旨により本件各手形であると認められる甲第一号証ないし第四号証の各一および二を原告が本件口頭弁論に提出したことおよびその記載により、請求原因1の事実すなわち原告がその主張のとおりの約束手形文言および裏書記載のある各手形を所持していることが認められる。
二 そこで、本件手形につき被告の裏書人としての責任の有無について検討するに、《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。
原告会社は昭和五一年一〇月頃から訴外宇野登が代表取締役をしている宇野メッキ株式会社に鍍金用の薬品等を売渡す取引をし、その後同社が倒産してからは宇野が同人の妹婿である訴外長坂勝俊をして経営させた寿光鍍金工業所(本件手形振出人)と引続き取引を行ってきた。
ところで、被告は金属加工を目的とする訴外岡正産業株式会社の代表取締役であるが、昭和五二年初め頃、肩書住所地において寿製作所の名称で鍍金事業を開始するに際し、数年前に同じ鍍金組合の組合員として知り合い、かつ鍍金の設備関係にくわしい前記宇野に寿製作所で設置する公害防止のための排水処理設備の機種やその注文およびその相手方の選定ならびに右設備の請負契約を締結することを委せ、そこで、宇野は従来から取引のあった原告会社の大阪営業所の担当者近藤正明らと交渉に入り、右近藤らにおいても寿製作所の代表者である被告が鍍金と同種の金属加工事業を目的とする前記訴外会社の代表者であることを知り、かつ宇野から寿製作所は同人と被告との共同事業であるとの説明を受けて右交渉に応じ、その結果、宇野は同年五月三一日被告から寿製作所代表者岡鉄雄のゴム印および被告の印鑑を預かって原告会社大阪営業所に赴き、注文書に捺印して代金を金二七〇万円とする排水設備工事の請負契約を締結し、右代金については手形を支払う旨約定した。なおその間、被告は原告会社の営業担当者が作成した排水処理設備設置計画書を宇野から受取り、これを添付して同年三月二五日福井県知事に対し水質汚濁防止法五条に基づく特定設備設置の届出をした。
その後、前記請負契約は付帯設備の注文等により総額三四〇万一〇〇〇円となり、原告会社は同年六月頃から被告の肩書住所地で工事に着手し、同年八月には右工事を完成し、検収を経てこれを被告に引渡したものであるが、被告自身は右工事中および工事完了後においても寿製作所に顔を見せることは殆んどなく、右工事中は宇野が寿製作所に毎日出向き、右工事を完了して寿製作所が操業に入ったのちも、宇野が被告の派遣した一名の従業員とともに右設備の管理等に当った。
ところで、宇野は同年五月から八月にかけて約四回に分けて、当初の請負代金に相当する金二七〇万円を原告会社に支払うべき分として被告から交付を受けていたものであるところ、宇野は総額三四〇万一〇〇〇円の請負代金の支払として、本件(一)ないし(三)の手形については各振出日の頃、いずれも寿製作所において、所持していた寿製作所代表者岡鉄雄のゴム印および「寿製作所代表者之印」と刻された印を用いて拒絶証書作成の義務を免除して右各手形に裏書のうえ、その場で前記近藤らに交付し、さらに昭和五三年一月三〇日頃福井駅で残代金に相当する右同様の本件(四)の手形を交付した。
なお、宇野は本訴が提起されたのち現在においても稀にではあるが被告が経営する寿製作所に出入している。
《証拠判断省略》
本件手形裏書の事実関係は右のとおりであって、原告主張のように被告が自ら右手形に裏書したものでなく、宇野が被告の記名押印を代行して裏書したものであることは明らかであるところ、右認定の事実関係をもってしては、宇野がたとえ黙示的にしろ被告から本件設備請負代金の支払のためあるいはひろく寿製作所の営業のために手形行為をなす権限を付与されていたとまで認めることは困難であるといわねばならない。しかしながら、被告は宇野に本件排水設備の請負契約を締結するための実質的な代理権を授与し、同設備完成後は宇野をしてその管理に当らせ、なお宇野とは同人に原告へ支払うべき代金として金二七〇万円を交付するまでの関係にあったものであること、一方原告会社の営業担当者らは宇野から寿製作所が同人と被告との共同事業であるとの説明を受け、右設備の請負代金の支払として寿製作所において本件(一)ないし(三)の手形の交付を受けたものであること等前認定の如きの事実関係からすると、右担当者らにおいて宇野に被告名義で本件手形を裏書する権限があると信ずべき正当な事由があったと認めるのが相当であって、なるほど被告主張のように原告会社の営業担当者らにおいて宇野の権限の有無につき被告に確認してはいないけれども、その事の故に本件において右担当者らに正当事由がなかったと解することはできない。
右の次第で被告は民法一一〇条の類推適用により裏書人としての責をまぬがれないというべきである。
三 《証拠省略》によれば、原告は本件(一)の手形を昭和五三年二月二八日の支払期日に支払場所に呈示したが資金不足を理由に支払を拒絶され、その頃本件手形の振出人である従前の相被告寿光鍍金工業所こと長坂勝俊は既に倒産して支払停止の状態に陥ったこと、そして原告はいずれも被告が拒絶証書作成義務を免除した本件手形につき、昭和五三年三月三〇日右振出人に送達された訴状に基づき、本件(二)の手形については右同日の満期日に、同(三)および(四)の手形については満期前に支払を求めたが支払が得られなかったこと、なお被告に対し本件訴状が同年同月二九日送達されたことが認められる。
ところで、原告は本件(二)ないし(四)の手形金については、満期前の遡求として原告において各元金につき本訴提起前の日である昭和五三年三月一五日より各満期日までの中間利息を公定割引率により控除した別表(二)ないし(四)の各金員の合計金につき、これに対する被告に本件訴状が送達された翌日である昭和五三年三月三〇日からの遅延損害金の支払を請求するものであるところ、満期前遡求の要件として本件訴状が振出人に送達されることにより呈示がなされた日が同年三月三〇日であることは前認定のとおりであるから、原告の右遅延損害金請求は被告に本件訴状が送達された後の日でありかつ満期前遡求の要件を満たした日の翌日である同年三月三一日以降については正当であるが、同月三〇日の分については失当である。
四 そうすると、原告の本訴請求は、被告に対し、本件(一)の手形元金と本件(二)ないし(四)の手形については満期前の遡求として別表(二)ないし(四)のとおり公定割引率により中間利息を控除した各金員の合計金三三九万〇五一四円と、(一)の手形元金については被告に本件訴状が送達された翌日である昭和五三年三月三〇日から、別表(二)ないし(四)の金員については前項のとおり同年同月三一日から各完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれを正当として認容し、その余の請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 朴木俊彦)
<以下省略>