福岡地方裁判所 事件番号不詳 判決
右者等に対する職業安定法違反被告事件につき当裁判所は検事坂本杢次関与審理して次の通り判決する。
主文
被告人等は何れも無罪。
理由
本件公訴事実の要旨は、
被告人長坂武驥、同塩川壮七、同池本甚平、同角銅勇、同山本与市郞、同松田登三雄及び同小田芳太郞は石炭採炭掘業に従事していたもの、被告人角銅貞雄は炭鉱業を営むもの、被告人中井孝夫は三井鉱山株式会社田川鉱業所総務課長として文書庶務対外的交渉契約等の業務を担当しているものであるが、何れも法定の除外事由がないのに、
第一、被告人長坂武驥、同塩川壮七、同池本甚平、同角銅勇、同山本与市郞及び同松田登三雄等は相共に前記田川鉱業所から被告人角銅貞雄及び同小田芳太郞を通じ同鉱業所の提供する機械、設備、器材、材料、資材等を使用し、その指導監督の下に福岡県田川郡大任村今任原在の鉱区三十六万坪(通称今任炭坑)の石炭を採掘して同鉱業所に納入し、その対価として屯当り相当額の採掘費の支払を受くる条件でその採掘請負をなし、該契約に藉口して昭和二十三年三月一日以降同年七月九日まで同鉱業所の前記鉱区の採掘に対し鉱夫田中若松外四百八十一名余の労働者を提供して労働者供給事業を行い、
第二、被告人角銅貞雄、同小田芳太郞及び同中井孝夫は相共に前記鉱業所の通称今任炭坑の石炭採掘に関し、同年六月三十日以降同年七月九日まで被告人長坂武驥外五名の労働者供給業者が前記の如く供給した鉱夫田中若松外四百八十一名余の労働者を使用し
たものである。
というのであるが、その証明が十分でないから刑事訴訟法施行法第二条、旧刑事訴訟法第三百六十二条により被告人等に対し無罪の言渡をする。
以下その理由を述べる。
先ず本件公訴事実を要約すれば、被告人長坂武驥、同池本甚平、同山本与市郞、同塩川壮七、同角銅勇及び同松田登三雄の六名は昭和二十三年三月一日以降同年七月九日まで三井鉱山株式会社に属する福岡県田川郡大任村今任原所在の鉱区三十六万坪(通称今任炭坑)の石炭採掘を請負つていたが、その採掘に必要な機械、設備、器材、材料及び資材は之を自ら提供することなく右会社より提供を受けた鉱夫田中若松外四百八十余名の肉体的労働力のみを提供しているものであるから職業安定法施行規則第四条第一項第四号第一、二段所定の要件を欠くものであり、従つて形式は請負契約であつても同法第五条第五項の規定による労働者供給事業を行つたものであり、又被告人角銅貞雄、同小田芳太郞及び同中井孝夫の三名は同年六月三十日より十日間に亘り右被告人長坂等六名より供給される労働者を使用したものであるから、何れも同法第四十四条に違反するというにある。そこで請負契約にして職業安定法施行規則第四条第一項第四号第一、二段の要件を欠けばその請負人は直ちに同法第五条第五項の規定による労働者供給事業を行うものと断定すべきものであるかどうか。
職業安定法施行規則第四条第一項第四号は「自ら提供する機械、設備、器材(業務上必要なる簡単なる工具を除く)若くはその作業に必要な材料、資材を使用し又は専門的な企画、技術を必要とする作業を行うものであつて単に肉体的な労働力を提供するものではないこと」と規定しているから単に肉体的な労働力を提供するものでなくして、(イ)自ら提供する機械、設備、器材を使用するか、(ロ)作業に必要な材料、資材を自ら提供して使用するか、(ハ)専門的な企画、技術を必要とする作業を行うか、その何れか一つの要件を充たせば足るものと解すべきこと文理上明かである。而して被告人等の当公廷に於ける各供述並に石田健及び筒井久次郞に対する検事の各聴取書中、同人等の各供述を綜合すれば前記鉱区三十六万坪は三井鉱山株式会社に属するものであるが、炭層は薄く断層が多く且昔小口採掘をなした所もあり、同会社に於て直営で石炭採掘をするには合理的な経営の対象となり得ない事情にあつたところが、戦時中石炭増産の要請が強く会社の責任出炭量を補うため昭和十九年十月一日同会社はこの鉱区の石炭採掘を被告人角銅貞雄に請負わしめ、同被告人は自ら採掘せずして之を被告人長坂武驥等六名に下請負をさせたものであること、右会社と被告人角銅貞雄との元請負契約は同被告人に於て所謂斤先料を支払つて鉱業権の委任を受けて炭鉱を経営する斤先掘契約とは異り石炭採掘の請負契約であつて会社に於て採掘に必要な機械、設備、資材を提供すること、但しその修理費、動力線、排水管、圧気管、軌条等の施設補修費及び消耗物資(機械、レール、マインケーブル、パイプを除いた一切のもの)の経費並に採掘のため生ずべき損害賠償等は請負人に於て負担すること、採掘された石炭は全部会社に帰属し請負人は屯当り相当額の採掘費の支払を受くることとする等の条項を骨子とするものであり、被告人角銅貞雄と被告人長坂等との下請負契約も右元請負契約の各条項に準ずるものであつたこと、即ち下請負人である被告人長坂等は採掘に必要な機械、設備、資材の大部分は之を元請負人(当初は被告人角銅貞雄であつたが同人は昭和二十一年十一月二十九日附契約書を以て昭和二十二年一月一日以降被告人小田芳太郞に請負契約上の一切の権利義務を譲渡したものである)を通じて会社から提供を受けて使用していたものであることが明かであるから下請負人である被告人長坂等六名は前記(イ)及び(ロ)の要件は之を全面的には充していなかつたといわなければならない。そこで次に前記(ハ)の要件を充すものであるかどうかを見なければならない。
被告人長坂武驥、同池本甚平、同塩川壮七、同山本与市郞、同角銅勇、同松田登三雄の当公廷に於ける各供述、証人金丸隆行(田川公共職業安定所業務課長)同井上伍男(三井鉱山株式会社田川鉱業所技手)の当公廷に於ける各供述並に鑑定人原野茂(福岡石炭局田川支局長)の鑑定書及び植村稔(福岡労働基準局鉱山課長)提出の報告書と題する書面を綜合すれば昭和二十三年三月より同年七月当時に於て被告人松田及び同塩川は夫々松田坑、塩川坑を経営し何れも今任三尺下層を稼行し炭丈は夫々平均約一尺又は一尺三寸、炭層傾斜は夫々二十二度又は二十四度、従業労働者数は夫々六十六名位又は百十四名位、被告人長坂の経営する長坂坑は今任三尺上層を稼行し炭丈平均一尺二寸、炭層傾斜は三十七度、従業労働者数は百二十名位、被告人池本の経営する池本坑は今任三尺上層を稼行し炭丈約二尺五寸、炭層傾斜は三十度位、従業労働者数は九十四名位、被告人角銅勇及び同山本の各経営する角銅坑(但し被告人角銅勇は昭和二十三年一月一日以降白石朝城に角銅坑の経営を委任し同年四月一日同人に請負契約上の権利義務を譲渡したものであることは、同被告人の当公廷に於けるその旨の供述と押収に係る証第二十七号及び第二十八号の各契約書により明かである)及び山本坑は何れも今任三尺上層を稼行し炭丈一尺程度、炭層傾料は三十度内外、従業労働者数は夫々四十二名又は四十六名位であり各坑共露頭より開鑿して捲却坑道を設け、その左右に夫々約十二米の距離に片磐坑道を設け、片磐は手押運搬により捲却坑道は捲上機により運搬し、採炭は前記片磐間に存在する石炭を塩川坑は昇払を行い他の坑は前進式払を行い何れも導火線発破を行つて掘進し、排水は何れもタービンポンプ、デートンポンプ或はヒユーガルポンプを使用して坑外に揚水し、湧水は何れも一年を通じ平均毎分五立方呎程度であり、
右の如く何れも薄層で炭層傾斜稍々急である上、褶曲による炭層の変化極めて多く且断層多く、その断層に対しては上り断層か下り断層か又その落差を判定して堀進の方向或は傾斜等を決定しなければならない状態であること明かである。右のように地質地形の変化に応じて坑道の造成補強作業を行いつつ採炭計画を立てて採炭する作業は、専門的企画、技術を必要とするものと認定すべく、尚同被告人等六名は何れも九年乃至三十年の炭鉱経営の経験を有するものであり、前記会社の技術者より企画又は技術上の指導を受くることなく自ら右事業を遂行しているものであることも前掲証拠により明かである以上、同被告人等六名は何れも専門的企画技術を要する作業を行うものと認めなければならない。その企画性及び技術性は特に「高度の」専門的なものでなければならないといい又作業の一工程に於て高度の専門的企画技術が必要であつても労働力の比重が大であるような場合には、その事業全体から見れば専門的企画性、技術性はないものと認めねばならないかというに、法規の明文にそのような条件はなく刑罰法規は厳格にこれを解釈しなければならないから右所論は採用し難い。以上により右下請負人である被告人等は何れも前記(ハ)の要件を具備しているものである。(尚前記(イ)の要件についても同被告人等の当公廷に於ける供述によれば、同人等は採堀に必要な機械、設備、器材の主要なものは会社の提供するものを使用するとは云え何れも変圧器、モーター、炭車、ワイヤーロープ等自己所有の機械、器材を使用していた事実も認められ、全面的に右(イ)の要件を欠いていたのでもない)から右被告人等は何れも職業安定法施行規則第四条第一項第四号の要件は之を充しているものと云わなければならない。然らば同条項第一号乃至第三号の各要件はどうか。
先ず右被告人等六名が第三号の「作業に従事する労働者に対し使用者として法律に規定されたすべての義務を負う」ていたかどうか。
右被告人長坂等六名及び同中井孝夫の当公廷に於ける各供述、証人田中若松(当時の今任炭鉱労働組合長)の当公廷に於ける供述、村上弘次提出の証明書(記録第百四十一丁以下)高木康雄提出の失業保険料事業主負担額と題する書面(記録第百五十二丁)田川労働基準監督署長提出の今任炭鉱労働基準法実施状況について、と題する書面(記録第百二十七丁以下)押収に係る証第七号、第八号(何れも領収書)第二十九号(給料賃金支払表)(以上は被告人長坂関係)証第十二号(失業保険料納入告知書綴)第十三号(工賃支払表)(以上は被告人池本関係)証第十六号(賃金支払表)証第十七号、第十八号(何れも領収書)(以上は被告人塩川関係)証第二十四号(賃金支払表)証第二十五号(領収書綴)(以上は被告人山本関係)証第三十二号(賃金台帳)(以上は被告人松田関係)の各記載を綜合すれば昭和二十三年三月一日以降に於て右下請負人である被告人等六名(但し被告人角銅勇は前記の如く下請負契約上の権利義務を白石朝城に譲渡するまで)は何れも健康保険、厚生年金保険、失業保険及び労働者災害補償保険に事業主として夫々加入し、その各保険料も前二者については三井鉱山株式会社田川鑛業所の直轄坑の分と共に一括納入し、後二者については夫々直接納入しており、又賃金の支払等労働基準法上の使用者としての義務も負い、更に今任労働組合と右下請負人である被告人等を以て組織する坑主組合との間に労働協約を結び団体交渉もなしていたこと明かであつてその他使用者として法律に規定された何れかの義務を負担していないと認むべき証拠はない。(尚本号に於ては作業に従事する労働者に対し使用者として法律に規定された義務を負うものであるか否か、即ち労働者対使用者の権利義務関係が明確になつているか否かが問題であつて、その義務を負つている使用者が例えば一、二囘賃金の支払を遅延したというような義務違反があつてもそれは使用者が義務を負担していることを前提とする派生的な義務違反であるから労働基準法等夫々の罰則の適用の問題ではあるが、直ちに以て本号の要件を欠くものと見るべきものではなく、又使用者として各種帳簿の備付の義務違反のような事実があつてもこの種の義務は主として行政取締上使用者に課せられた義務であつて本号にいわゆる使用者が作業に従事する労働者に対し直接負担する義務でないと解する。蓋し右のように解しなければ、請負人に一囘の賃金遅払又は帳簿の不備さえあれば直ちに労働者供給事業を行う者と認定されることになり明かに不当であるからである。)
次に下請負人である被告人長坂等六名が第二号の「作業に従事する労働者を指揮監督するもの」であつたかどうか。右被告人長坂等六名及び同中井孝夫の当公廷に於ける各供述、証人田中若松の当公廷に於ける供述、押収に係る証第三号(志願者受付名簿)第四号(労働者名簿)第二十九号(賃金支払表)(以上被告人長坂関係)証第十三号(工賃支払表)第三十一号(従業員名簿)(以上被告人池本関係)証第十五号(鉱員採用名簿)第十六号(賃金支払表)(以上被告人塩川関係)証第二十一号(鉱員志願名簿)第二十二号(労働者名簿)第二十四号(賃金支払表)(以上被告人山本関係)証第三十三号(鉱員志願台帳)第三十二号(賃金台帳)(以上被告人松田関係)の各記載を綜合すれば被告人長坂等は夫々自ら労働者を雇入れ解雇する等、身分上の指揮監督をなし又作業上に於ても労働者を直接指揮監督していたこと明かであつて、本号の要件を欠いていたと認むべき証拠はない。(右被告人等が雇入れた労働者が三井鉱山株式会社の鉱夫となるのは鉱業権者が鉱員名簿を備付けなければならない法律上の義務を負う関係から形式的に右会社の鉱夫とするにすぎないのであるから、その一事によつて右被告人等の労働者に対する指揮監督を否認すべきものではなく指揮監督の関係の有無は実質的に判断をなすべきである)
最後に下請負人である被告人長坂等六名は第一号の「作業の完成について事業主としての財政上並に法律上のすべての責任を負う」ものであつたかどうか。
右被告人等六名及び同中井孝夫の当公廷に於ける各供述、証人田中若松の当公廷に於ける供述、押収に係る証第一号(出納簿)第二号(出送炭報告簿)(以上被告人長坂関係)証第十九号(金銭出納簿)第二十号(出炭一覧)(以上被告人山本関係)の各記載を綜合すれば、右被告人長坂等六名は何れもその請負作業完成について自己の責任に於て事業運転資金その他の諸経費を調達支弁し、又採掘した石炭は全部会社に納入する等、請負契約上の所定の義務の履行について責任を負うていたことが明かであつて、本号の要件を欠いていたと認むべき証拠もない。斤先掘契約その他之に類似の契約は鉱業法第十七条に違反し無効であるから右被告人等は本号の要件を充し得ないかというに、重要鉱物増産法第十七条の二、同条の三、同条の五等の規定により右鉱業法第十七条は重大な変更を加えられており、又右被告人等の契約は斤先掘契約ではなく石炭採掘の請負契約である点に照し右所論には賛同し難い。
以上により下請負人である被告人長坂等六名は、職業安定法施行規則第四条第一項各号の何れかに該当せず、従つて労働者供給事業を行う者と認むべき証明が十分でないから何れも無罪である。
されば被告人角銅貞雄、同小田芳太郞及び同中井孝夫に対する本件公訴事実は、右被告人長坂等下請負人が労働者供給事業を行う者であることを前提とするものであつて、然もその前提が認められない以上、右被告人三名に対する公訴事実も認められず、従つてその三名も無罪である。(元請負人である被告人角銅貞雄及び同小田芳太郞はむしろ前記会社に対し労働者を提供して労働者供給事業を行う者ではないかという疑があるが、被告人角銅貞雄は前記認定の如く昭和二十二年一月一日以降請負契約上の一切の権利義務を被告人小田芳太郞に譲渡したものであつて、爾来被告人長坂等下請負人及びその使用する労働者等との間に何等の法律上及び事実上の支配又は使用関係等をも有していたと認むべき証拠がないから労働者供給事業を行う者でないこと既に明白であり、又被告人小田芳太郞は下請負人である被告人長坂等に於て職業安定法施行規則第四条第一項各号を具備していると認められる以上、同項の「労働者を提供しこれを他人に使用させる者」ではないから労働者供給事業を行う者ではないと解する)
(裁判官 田原義衛)