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福岡地方裁判所 平成10年(行ウ)22号 判決 1999年10月22日

原告

甲野太郎

被告

田中範隆

参加人

筑紫野市長

田中範隆

右両名訴訟代理人弁護士

貫博喜

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  請求の趣旨

一  被告は、筑紫野市に対し、二〇〇万円及びこれに対する平成九年六月二六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行宣言

第二  請求原因(【 】内は被告の認否ないし主張である。)

一  原告は筑紫野市の住民であり、被告は筑紫野市長である。

【認める。】

二  被告は、筑紫野市長として、平成九年六月二六日、筑紫野市議会議員である「甲山次郎、乙野五郎、乙山四郎、丙野花子、丙山三郎」の同年七月一三日ないし二〇日のデンマーク、ノルウェーへの海外視察(以下「本件視察」という。)の旅費として、一人当たり四〇万円合計二〇〇万円の支出決定をし、その支出を命じ、これを支出させた(以下「本件支出」という。)。

【認める。】

三1  地方自治法二〇三条は、普通地方公共団体が議会の議員に支給すべきもの又は支給することができるものとして、報酬、費用弁償、期末手当を定める一方、二〇四条の二において、いかなる名目をもってするを問わず、議員に対し、二〇三条に規定する給付以外の給付をすることを禁止している。被告は、筑紫野市職員等の旅費に関する条例一六条三項、筑紫野市職員等の旅費に関する規則九条に基づき、本件支出をしたが、右各規定は、地方自治法の規定に違反する支出行為を正当化するために制定された違法な規定である。

したがって、本件支出は違法である。

【争う。本件支出は、右条例に基づきされたものであるから、違法性はない。】

2 本件視察は、その目的が明確でない。仮に、デンマーク、ノルウェーの環境・福祉政策の研修が目的であるとしても、外国の法制度とわが国の法制度とは相違しているから、海外での研修内容が筑紫野市において活用されることは全く期待できないし、現に、これまでに筑紫野市において海外視察の成果が市政に反映されたことはない。非常勤職員である議員が海外視察の成果を市政に反映させることもあり得ない。本件視察は、福岡県中部八市議会議長会の申合せに基づくものであるが、右議長会は任意の団体であり、その申合せに基づく海外視察に対して市民の税金を支出する合理的理由はない。本件視察は、具体的必要性のあるものではなく、毎年繰り返される公費による接待旅行である。このことは、本件視察派遣の議案がその必要性についての説明もなく本会議の最終日に突然提案され、これに反対する原告の発言を封じて採決され、賛成多数で可決されたことからも明らかである。

【本件視察が福岡県中部八市議会議長会の申合せを契機としていることは認めるが、その余は争う。山林原野の多い筑紫野市にあっては、一般廃棄物や産業廃棄物が不法投棄され、環境破壊が進み、飲料水も汚染される状況下にあり、厚生行政は緊急を要する部門である。これに対応して、環境処理の先進国の実態調査に当たらせ、その結果を地方行政に反映させる目的で、筑紫野市議会が環境・福祉関連の常任委員会の委員である議員を海外に派遣することは当然のことであり、違法性はない。】

四 右のとおり、本件支出は違法であり、被告が筑紫野市に対して右支出額と同額の損害を与えたことは明らかであるから、原告は、地方自治法二四二条の二第一項四号前段に基づき、筑紫野市に代位して、被告に対し、損害賠償金二〇〇万円及びこれに対する本件支出の日である平成九年六月二六日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

理由

一  請求原因一、二の各事実は当事者間に争いがない。

二1 普通地方公共団体の議会は、当該普通地方公共団体の議決機関として、その機能を適切に果たすために必要な限度で広範な権能を有し、合理的な必要性があるときはその裁量により議員を海外に派遣することもできると解される(最高裁判所昭和六三年三月一〇日判決・裁判集民事一五三号四九一頁)。

2 普通地方公共団体の長は、予算の執行権を有し(地方自治法一四九条二号)、当該普通地方公共団体に対して予算執行の適正を確保すべき義務を負うところ、執行機関の長としての普通地方公共団体の長(同法一四八条)と議決機関としての議会(同法九六条)は相互に独立し、執行機関の長としての普通地方公共団体の長が議会を指揮監督する権限を有するものではない。したがって、普通地方公共団体の長は、議長がその議員を海外に派遣することを決定した場合には、右決定が著しく合理性を欠き、そのため予算執行の適正を確保する見地から看過することのできない瑕疵が存する場合でないかぎり、右決定を尊重し、その内容に応じた財務会計上の措置を採るべき義務があり、これを拒むことは許されないものと解すべきである(最高裁判所平成四年一二月一五日判決・民集四六巻九号二七五三頁)。

3  括弧内記載の各証拠によれば、次のとおり認められる。

(一)  福岡県中部八市議会議長会は、議会機能の充実向上のための調査研究を行うことを目的として、福岡県中部に位置する八市の市議会議長で組織される団体であるが、その目的を達成するため、加盟市の議員を対象として研修等の事業を行うものとしている。右議長会は、昭和六〇年九月、国際感覚を高めるとともに国際知識を取得し、各市の行政の発展に資するため、議員を年一回海外行政視察に派遣すること、その経費は一人当たり四〇万円を限度とすることを申し合わせた(丙三号証)。

(二)  平成九年度の右議長会の会長市であった宗像市の市議会議長は、同年二月二八日、今後の女性政策・福祉政策・環境政策の推進に資する目的で、同年七月一三日から同月二〇日までの間にデンマーク、ノルウェーを視察することを各市議会議長に提案し、各市議会からの参加者を募った(乙二号証)。筑紫野市議会では、同年六月二〇日の議会本会議において、請求原因一記載の五名の議員を右目的で本件視察に派遣することを採決した(乙一号証、三号証)。これに先立ち、同年六月一三日、右五名の議員に対し、筑紫野市議会議長により旅行命令が発せられた(丙五号証)。

(三)  本件視察の日程は、七月一四日にコペンハーゲンにおいて同市厚生福祉局の担当者からデンマークの福祉政策全般についてレクチャーを受け、一五日に同市の児童福祉施設を見学し、一六日にベルゲンにおいて同市清掃局の担当者から環境問題の現状等についてレクチャーを受け、同市の町並みを視察し、一八日にオスロにおいて同市厚生福祉局の担当者から高齢者福祉政策等についてレクチャーを受けて、同市内を視察する等の内容であった(丙九号証の三)。

(四)  本件支出は一人当たり四〇万円であるが、一般職員の海外視察研修の費用と比較しても特に高額とはいえない(丙一〇号証)。

4 右認定によれば、本件視察は、議員の国際感覚を高めるとともに国際知識を取得し、市の行政の発展に資する目的で行われている海外行政視察の一環であり、特に、今後の女性政策・福祉政策・環境政策の推進に資することを目的として行われたものであって、現実の視察先も右目的に沿うものであり、これに要する費用も特に高額とはいえないものであるから、本件視察を行う旨の筑紫野市議会の決定が著しく合理性を欠くということはできない。

原告は、本件視察は公費による接待旅行である旨主張するが、右認定の視察内容に照らすと、そのようにいうことはできない。また、原告は、本件視察の結果が筑紫野市の市政に活用されることはない旨主張するが、視察の結果が直ちに市政に反映されなければ視察の必要性がないということもできないのであって、視察によって議員の見識を高めることも、議決機関としての機能を適切に果たすために必要なことである。

三 地方自治法二〇三条三項は、議員は職務を行うため要する費用の弁償を受けることができる旨規定し、筑紫野市議会議員の報酬条例(丙一号証)は、四条において、議員の職務のために要する費用弁償は旅費とする旨、五条において、旅費は議員が会議に出席し、又は公務のため旅行する場合に支給する旨、右旅費の額は筑紫野市職員等の旅費に関する条例の定めるところによる旨各規定し、筑紫野市職員等の旅費に関する条例(乙五号証)は、一六条三項において、市議会議長会等が主催又はあっせんする行政視察(中略)に参加する場合の旅費については、規則で定める旨規定し、筑紫野市職員等の旅費に関する規則(乙五号証)は、九条において、右条例に規定する外国旅行に要する旅費の支給額は、旅行者一人につき(中略)市議会議長会等の団体が請求する経費の全額のほか、主催者等が指定する出発地までの旅費及び帰着地からの旅費全額とすると規定している。そして、本件視察について市議会議長会が筑紫野市に対して請求した経費は、参加議員一人当たり四〇万円である(乙四号証)。

右によれば、本件支出は右各条例及び規則の規定に基づくものであるということができる。なお、原告は、右条例等の規定が地方自治法二〇四条の二に違反する旨主張するが、そのように解すべき根拠はない。

四  以上によれば、被告が筑紫野市長として、市議会の決定した本件視察のためにした本件支出が違法であるということはできないから、原告の被告に対する本件損害賠償請求は理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官野﨑彌純 裁判官青木晋 裁判官菊池浩也)

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