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福岡地方裁判所 平成11年(ワ)392号 判決 2000年3月29日

原告 A野太郎

<他1名>

原告ら訴訟代理人弁護士 松浦恭子

右同 辻本育子

右同 原田直子

被告 B山松夫

<他1名>

被告ら訴訟代理人弁護士 三ツ角直正

右訴訟復代理人弁護士 宇加治恭子

主文

一  被告らは、原告らに対し、それぞれ金二四一三万八六三三円及びこれに対する平成九年九月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを五〇分し、その三九を原告らの、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、各自、原告らに対し、それぞれ金一億一一五一万二三五七円及びこれに対する平成九年九月二〇日から、支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、交通事故によって死亡した亡A野春子(以下「亡春子」という。)の相続人である原告らが、加害車両の運転者である被告B山松夫(以下「被告B山」という。)に対しては民法七〇九条に基づき、加害車両の運行供用者である被告株式会社秀和(以下「被告会社」という。)に対しては自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実等(証拠によって認定した事実は、末尾に証拠を掲記した。)

1  被告B山は、平成九年九月二〇日午前九時一五分頃、被告会社の保有する普通乗用自動車(福岡《番号省略》。以下「加害車両」という。)を運転して福岡市博多区吉塚二丁目二番六号所在の西日本銀行吉塚支店駐車場(以下「本件駐車場」という。)から発進して本件駐車場前の道路に進入し、千代一丁目方面に向かって右折進行するにあたり、本件駐車場出入口付近はその両脇にある植え込み等のため、道路左右の見通しが困難であったから、加害車両を小刻みに進行させる等して前方左右を注視し、歩行者の有無及びその安全を確認して進行すべき注意義務があるのに、これを怠り、左前方の電柱との安全確認に気を取られ、道路右方の安全を十分確認しないまま、時速約一〇ないし一五キロメートルの速度で進行した過失により、加害車両前方を同方向に歩行中の亡春子(平成七年七月二三日生まれ。当時二歳)に気づかず、同区吉塚二丁目二番二〇号先路上(以下「本件事故現場」という。)の別紙図面イの地点において、加害車両前部を亡春子に衝突させた(以下「本件事故」という。)(《証拠省略》)。

2  亡春子は、本件事故により、頭部を強打され、意識障害、深昏睡、びまん性脳挫傷、外傷性くも膜下出血、両側頭・頭頂頭蓋骨閉鎖性線状骨折、両側頭・後頭側頭縫合解離骨折、肝臓破裂等の傷害を負い、本件事故後直ちに九州大学医学部付属病院に搬送され入院治療を受けたが、右傷害により、同月二五日、同病院において死亡した。

3  被告B山は、本件事故による亡春子の死亡による損害につき、民法七〇九条に基づく損害賠償責任を負う。

被告会社は、本件事故による亡春子の死亡による損害につき、自賠法三条に基づく損害賠償責任を負う。

4  亡春子が、平成九年九月二〇日から同月二五日までの間に九州大学医学部付属病院において受けた入院治療の治療費は、二五七万八五三五円である。

5  原告A野太郎(以下「原告太郎」という。)、同A野花子(以下「原告花子」という。)はそれぞれ、亡春子の父、母であり、亡春子の本件事故による損害賠償債権を相続分各二分の一の割合で相続した。

6  原告らは、被告会社から、本件事故による損害につき、二五七万八五三五円の填補を受けた。

二  争点

1  以下の損害額

(一) 諸雑費

(二) 葬儀費用

(三) 逸失利益

(四) 亡春子の慰藉料額

(五) 原告らの慰藉料額

(六) 弁護士費用

2  過失相殺の可否

三  争点に対する当事者の主張

1  争点1(一)(葬儀費用)について

(原告ら) 一二〇万円

原告らは、本件事故後、亡春子の葬儀を行った。原告らの社会的地位等を考慮すると、右葬儀のための相当な範囲の支出は、一二〇万円を下らない。

(被告ら)

原告らの主張は、争う。

2  争点1(二)(諸雑費)について

(原告ら) 七四二五円

原告らは、診断書発行手数料、本件損害賠償手続のために必要な書類取り寄せのために、合計七四二五円を支出した。

(被告ら)

原告らの主張は、争う。

3  争点1(三)(逸失利益)について

(原告ら)

逸失利益 一億九一八一万七二九〇円

後記(一)及び(二)の数値を基礎として、亡春子の逸失利益を、以下の計算式により算定すると、一億九一八一万七二九〇円となる。

五四八万〇四九四円×五〇年×(一-〇・三)=一億九一八一万七二九〇円

(一) 基礎年収 五四八万〇四九四円

(1) 亡春子は、本件事故当時、二歳二か月であり、将来一八歳から労働可能年齢である六七歳まで、少なくとも五〇年間にわたって就労したであろうと考えられる。

平成九年の全男子労働者の平均賃金を、同年賃金センサス第一巻第一表中、産業計・企業規模計・男子労働者・学歴計の一八歳から六七歳までの各年齢階級毎の平均賃金を用いて、別紙計算表のとおり算定すると、五四八万〇四九四円となる。

亡春子の逸失利益の算定における基礎収入は、右金額とすべきである。

(2) 被害者が女児である場合の逸失利益の算定には、賃金センサスの全女子労働者の平均賃金がよく用いられる。

しかしながら、女子労働者の平均賃金は、これまで憲法一四条、女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約(以下「女子差別撤廃条約」という。)、労働基準法四条等に違反して、女性を差別してきた違法な雇用現場の実状の結果であって、合理性を欠き、相当でなく、これを損害賠償額の算定の基準とすることはできない。

二歳の幼児の死亡による逸失利益を、当該幼児が男児である場合と女児である場合につき、それぞれ男女各年齢平均賃金、ライプニッツ係数を用いて計算する(但し、生活費控除を行わない)と、男児の場合は、四七二〇万六四二八円(五六七万一六〇〇円×八・三二三三=四七二〇万六四二八円)となるのに対し、女児の場合は、二七八九万五五三九円(三三五万一五〇〇円×八・三二三三=二七八九万五五三九円)となる。

そこで、少しでも妥当な結果に近づけようとして、現状では、生活費控除の割合を、男児の場合は五〇パーセント、女児の場合は三〇パーセントとする方法が採られているが、右方法によっても、二歳の幼児の死亡による逸失利益は、男児であれば、二三六〇万三二一四円(五六七万一六〇〇円×八・三二三三×〇・五=二三六〇万三二一四円)となるのに対し、女児であれば、一九五二万六八七七円(三三五万一五〇〇円×八・三二三三×〇・七=一九五二万六八七七円)となり、なお、社会的に無視できない数百万円の差異が残る。右のとおり被害者の性が異なるという一事によって、損害賠償額に無視できない差異が生じることは、性別による不合理な差別であり、憲法一四条、女子差別撤廃条約に反するものであって、右差異を、合理的に説明できる根拠はない。

(3) 右の逸失利益の男女格差の問題について、最高裁判所昭和五六年一〇月八日第一小法廷判決・集民一三四号三九頁(以下、単に「五六年最高裁判決」ということがある。)及び同裁判所昭和六一年一一月四日第三小法廷判決・集民一四九号七一頁(以下、単に「六一年最高裁判決」ということがある。)は、女児の逸失利益の算定にあたり、賃金センサスのパートタイム労働者を除く女子全労働者・産業計・学歴計の各年齢階級の平均給与額ないし女子労働者の全年齢平均賃金を基準とする方法は、不合理とはいえないと判示し、同裁判所昭和六二年一月一九日第二小法廷判決・民集四一巻一号一頁(以下、単に「六二年最高裁判決」ということがある。)は、一四歳の女児の逸失利益に関し、女子労働者の平均賃金に家事労働分として年間六〇万円の加算をして基礎年収を算定すべきであるとの上告人の主張を排斥している。

これらの最高裁判決は、男女間の賃金格差を、その要因について十分検討を加えることなく、無条件に容認し、右格差を前提とした賃金センサスの数値につき、それが現実の労働市場における実態であるとして、規範的評価を加えず、統計数値の算出方法等も問題とすることもないまま、右数値を女児の逸失利益の算定の基礎として用いることを、合理的だとするものである。

また、これらの最高裁判決の事案における不法行為はいずれも、昭和五六年以前に発生したものであるところ、我が国では、昭和五五年から平成九年までの間に、女性差別撤廃条約の批准、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等女子労働者の福祉の増進に関する法律(以下「男女雇用機会均等法」という。)の制定・施行(昭和六〇年)に伴って、男女間の平均賃金の格差は、昭和五五年には男子の賃金を一〇〇とした場合の女子の賃金は五八・九であったのに対し、平成九年には男子一〇〇対女子六三・一になり、漸進的ではあるが縮小する傾向にあった。そして、男女間の賃金格差は、平成九年に同法が改正され、採用、配置(昇格を含む。)について女子を差別することが禁止規定とされ、労働基準法が改正され、時間外労働等の女性保護規定が撤廃された状況からすれば、今後も確実に縮まるであろうことは明らかである。

右のとおり、前記各最高裁判決における合理性の判断を基礎づける社会事情は、現在では、大きく異なっているものであって、右のような社会変化の状況を無視して、過去数十年間にわたる差別の結果の反映ともいえる賃金センサスの平均賃金の差をそのまま二歳の女児の逸失利益の算定に反映させることは、現時点では、不合理なことというべきである。

(4) 損害額の算定にあたっては、「裁判所は被害者側が提出するあらゆる証拠資料に基づき、経験則と良識を活用してできるだけ蓋然性のある額を算出するように努め」るべきものとされている(最高裁判所昭和三九年六月二四日判決・民集一八巻五号八七四頁)から、女児の逸失利益の算定に際しては、単純に賃金センサスのみを用いて画一的な評価を行うことなく、この間変化が著しい女性の就業状況、生活の変化、統計的評価が行われるようになった無償労働の評価統計や女性のライフスタイルによる収入の違い等についての各種資料等、現時点において用いることのできる限りの客観性を有する統計資料を用いて、将来の得べかりし利益を正確に把握するよう努力すべきである。

男女間の賃金格差は、女子が、結婚ないし出産後は、仕事と家事ないし育児労働とを両立させることが時間的、体力的に困難であり、男子と同様に働き続けることができないため、就業を差し控えること及び、日本企業に根強い、違法な男女間の配置、昇進、昇格の差別等によって生じるものであり、女子は、無償労働である家事、育児労働を提供し、市場に有償労働を提供することを見合わせることによって、右有償労働により受けるべき賃金相当額の収入を失っているものである。

そうであるとすれば、女児の逸失利益を算定するにあたっては、女子の無償労働(家事、育児労働)を、少なくともこれを提供したために失った有償労働による賃金程度に、正当に評価すべきである。平成九年賃金センサスの第一巻第一表中、全産業計・学歴計の女子の平均賃金三三五万一五〇〇円に、同年度の有配偶者・有業の女性の無償労働の評価額約一七七万円(経済企画庁が労働省の賃金構造基本調査の産業計の平均賃金を用いて、無償労働を機会費用法(無償労働を、これを行うことにより、市場に労働を提供することを見合わせたことによって失った賃金で評価する方法)により評価した金額)を加えると、同年の全労働者平均賃金額である四九五万五三〇〇円を超え、同年の男子の平均賃金の五六七万一六〇〇円に近い、五一二万一五〇〇円となる。そして、右計算の基礎となった賃金センサスの平均賃金の数値には、前記のとおり、現在までの違法な男女差別の職場実態が反映されており、労働市場における女性の労働を適正に評価した結果とは言い得ない部分が存する。

以上の状況からすれば、女児の逸失利益の算定にあたって、男子の平均賃金を用いることは、何ら不当なことではなく、むしろ、女子の労働能力を適正に評価することになり、憲法が定める両性の平等にも適う結果となる。

(5) 六二年最高裁判決は、女児の逸失利益について、女子の平均賃金に家事労働分を加えて算定することを二重評価であると判示しているが、前記(4)の計算は、専業の職業を持っている、有業の女性の家事労働の評価額を加算したものであって、専業主婦の家事労働分の評価額を加算したものではないから、右判示は、前記(4)の計算には妥当しない。

(二) 生活費控除率 三〇パーセント

(三) 中間利息控除について

(1) 従来、将来得べかりし収入を現時点で損害として算定する際には、被害者が賠償金を受領してから当該収入を得る予定であった時点までの期間、これを利殖することができるという理由から、その間に期待できる利回りについて、中間利息を控除することが相当であると考えられている。

しかしながら、逸失利益の算定では、その基礎とされる平均賃金において、経年的な経済成長に伴う賃金の上昇や、賃金の後払いである退職金、年金の使用者負担部分等のかなり確実な総収入の増加要素、資産価値の減少要素である物価上昇率が考慮されないにもかかわらず、労働生産性上昇率や物価上昇率と同様に現在から将来に向けての経済予測である、中間利息控除において適用される運用期待利益のみが、認められ、しかも、被害者に一方的に不利に働いていることは、不当であり、著しく不公平というべきである。右のような事情を考慮すると、逸失利益を、現在の賃金を基礎にインフレ率を考慮しないで考える限り、その算定にあたっては、中間利息を控除すべきでない。

(2) また、仮に、中間利息を控除するとしても、現在の期待運用利回りから、現実的蓋然性に基づいて算定すべきである。

現在、中間利息を控除する場合の利子率は、明確な根拠がないまま、一律に法定利率である年五パーセントとされている。しかしながら、法定利息(民法四〇四条)は、本来、金銭債務の負担や、債務の履行遅滞の際に適用されるものであるところ、中間利息の控除の問題は、被害者が負担する金銭債務や履行遅滞の問題ではなく、将来の運用益の問題であるから、控除のための利率は、どのような利率で運用できるかという観点から考えられるべきであり、この金員の期待運用利回りは、現在における政府の金融政策(公定歩合)あるいは金融市場における預金や各金融商品の運用利回り等に基づいて考えられるべきである。この点については、賠償金をもって資産を購入し、あるいは、より有利な方法での利殖、運用を図ることによって法定利率を超える割合の資本収入を得ることも十分考えられるとの考え方(東京高等裁判所昭和五九年一月二三日判決・判例時報一一〇二号六一頁)もあるが、このような金融商品は、元本割れのリスクがあり、従来資産価値の上昇が確実とされていた不動産ですら、現在ではその資産価値を維持することが困難であることは明らかであって、素人が現金を確実・安全に維持・運用していく方法としてはやはり、金融市場最も多くの国民がごく普通に利用する金融商品を目安に考えるべきである。

戦後、昭和二三年七月から昭和六〇年までの間は、高度経済成長に支えられ、公定歩合が年五パーセントを下回ったのは合計三年間程度であり、公定歩合に連動した定期預金の利率も、年五パーセント以上の高率を維持してきたため、年五パーセント以上の利率で資産を運用することを高度に期待することができた。

しかしながら、いわゆるバブル崩壊後の低金利政策の中で、一年ものの定期預金金利は、一千万以上の大口定期でも〇・一パーセント、五年ものでも〇・四五パーセントであり、従来高金利商品とされてきた証券会社各社の金融商品ですら、元金保証のものでは〇・五パーセントを上回るものはほとんどない。しかも、従来の中間利息の控除は、複利の利回りを想定しているが、右のように預け入れ年数によって利率が異なる体系では、高利率の恩恵を受けようと思えば、少しでも利率のよい長期金融商品で単利計算に甘んじざるを得ない(例えば、半年複利でもっとも率がよいとされてきた郵便局定額貯金でも、年〇・一五パーセントの利率で半年複利で二〇年間運用した場合、二〇年間の合計利率は〇・三〇四パーセント、一〇〇〇万円の貯金が二〇年後に一〇〇三万〇四〇〇円にしかならない。五年ものの大口定期〇・四五パーセントを二〇年間運用してやっと、単利合計利率が九パーセント、一〇〇〇万円の貯金の一〇九〇万円になるのであり、二〇パーセントの利子課税の税引後の実質利回りは、これをさらに下回ることになる。)。このような状況に鑑みれば、複利のライプニッツ係数による中間利息の控除は、不当であり、被害者に不利な算定式であることが明らかである。

(被告ら)

(一) 基礎年収について

原告らは、亡春子の逸失利益の算定につき、賃金センサスの全男子労働者の平均賃金を用いるべきであると主張するが、右主張は、以下のとおり、幼児の逸失利益の算定が非常に困難である点を看過するものであり、損害の公平な分担という不法行為法の基本理念に照らし、到底是認できない。損害の公平な分担の見地からは、女児の逸失利益の算定にあたっては、女子労働者の平均賃金を基準とすべきである。

幼児は、死亡時に収入を得ておらず、死亡せずに成長しつづけた場合に何歳で就職し、その時の収入はいくらで、その状態がいつまで続くかを具体的に証明することもできないから、幼児の死亡による逸失利益は、厳密に考えれば、認定することができないといわざるを得ない。

判例は、年少者の死亡による逸失利益の算定に関し、「年少者死亡の場合における右消極的損害の賠償については、一般の場合に比し、不正確さが伴うにしても、裁判所は被害者側が提出するあらゆる証拠資料に基づき、経験則と良識を活用してできるだけ蓋然性のある額を算出するように努め、その蓋然性に疑いが持たれるときは、被害者側にとって控えめな算出方法(たとえば、収入金額につき疑いがあるときはその額を少なめに、支出額につき疑いがあるときは、その額を多めに計算し、また遠い将来の収支の額に懸念があるときは算出の基礎となっている期間を短縮する等の方法)によるべきであ」(最高裁判所昭和三九年六月二四日判決民集一八巻五号八七四頁)るとして、年少者についても死亡による逸失利益を算定すべきであるが、有職者と比較して予測の確実性が劣る点は否めないため、損害の公平な分担という見地から、疑いがある場合には被害者にとって控えめな算定方法によるべきであるという基本姿勢を明らかにしている。

また、六二年最高裁判決は、女児の死亡による逸失利益を算定するについて、女子労働者の平均給与額に更に家事労働分を加算すべきでないとした原審の認定判断を、是認している。

そもそも、逸失利益は、被害者が当該事故に遭わなければ得られたであろう将来の収入を填補するものであるから、その算定にあたっては、当該被害者が労働市場においてどれだけの収入を得る蓋然性があったかを考慮して、できるだけ合理的に算出すべきである。現実の実態として、統計上男女の収入に格差が認められ、右格差をもたらす要因が一概に不当なものとはいえないこと、さらに、被害者が稼働を開始する頃に右格差が解消又は縮小する蓋然性が高いことを示す証拠はなく、右格差が将来縮小するとしてもその幅はどれぐらいかを現在合理的に推認し得る資料もないこと等に照らすと、右格差を無視して女児の逸失利益を算定することは、かえって不合理な結果を招来する(名古屋高等裁判所昭和五六年一〇月一四日判決・交民集一四巻五号一〇二三頁)。

男女別平均賃金の格差是正が将来実現されるべき課題であるからといって、直ちにこの要請を女児の逸失利益の算定に反映させる必要はなく、相当でもない。

(二) 中間利息の控除について

中間利息の控除は、将来の予測される就労可能年齢から就労不能年齢までの予想収入を現価に引き直すために行われるものであって、将来の金利変動等の経済情勢は予測困難であること、また、同種事案との均衡を図る必要があることからも、これを当事者が主張立証したり、裁判所が判断することは現実的ではなく、民法所定の利率である年五パーセントという割合を変更すべき合理的な理由はない。

原告らは、(1) 現在の経済情勢、金利水準等から考えて、今後、原告らが年五パーセントの割合で賠償金を利殖することができる可能性はほとんどないと主張するが、この点に関連して、東京高等裁判所昭和五九年一月二三日判決(判例時報一一〇二号六一頁)は、「将来得べかりし収入が現在価格で一時に支払われる場合においては、これを資産の購入に充て、あるいはより有利な方法での利殖、運用を図ることによって右法定利率を超える割合の資本収入を得ることも十分考えられるところであ」ると判示している。また、原告らは、(2) 長期的には将来にわたって消費者物価指数は上昇し、貨幣価値は下落することが確実であると主張するが、この点に関しても、前記東京高裁判決は、「中間利息の控除において、一般にその利率を民事法定利率年五分としているのは、ほかにこの点につき明確な指標がない以上、民法所定の利率によることを相当とするという考え方に基づくものであって、将来にわたってインフレがなく、年五パーセントの割合による実質金利が維持されることを前提としているものではない」と判示している。さらに、原告らは、(3) 被害者が就労する間、一定のベースアップが、行われることも確実に予想されると指摘するが、前記東京高裁判決は、この点に関連して、「損害賠償制度は、元来、不法行為等の被害者が現実に被った損害を填補するものであるから、その賠償金額は損害額を超えることはあり得ないことを併せ考えると、将来の賃金上昇率というきわめて困難な事柄を逸失利益の算定の基礎資料に加えることは相当でない。」と判示しており、右判断は、その上告審判決(最高裁判所昭和六一年一一月四日第三小法廷判決・集民一四九号七一頁)において是認されている。

原告らは、消費者物価指数及び賃金につき、一定の上昇が確実に期待されると主張するが、どの期間についてどの程度の上昇が確実に期待されるかについての主張、立証はない。

さらに、本件は、年長者が年少者を相続するいわゆる逆相続のケースであり、相続人の平均余命の方が、被害者の平均余命よりも短くなり、相続人は被害者が死ななければ取得できなかったであろう逸失利益まで請求できることになってしまうという不合理が生じる場合であることに鑑みれば、逸失利益の算定にあたっては、なおもって被害者側にとって控えめな算定方法によるべきである。

4  争点1(四)(亡春子の慰藉料)について

(原告ら) 一〇〇〇万円

亡春子は、本件事故によって、幼い命、可能性に満ちた未来を奪われたものであり、その無念の思いを慰謝するための慰謝料は、少なくとも一〇〇〇万円を下らない。

(被告ら)

原告らの主張は、争う。

5  争点1(五)(原告らの慰藉料)について

(原告ら) 各一〇〇〇万円

亡春子は、三人姉妹の次女として生まれ、原告ら夫婦に慈しまれて育ち、本件事故当時は、二歳になったばかりの可愛い盛りであった。原告らは、幼い娘を本件事故で失い、言葉に尽くせないほどの重大な精神的苦痛を被り、原告花子は、本件事故直後はほとんど外出できなくなり、両親の助けを得てようやく長女の養育を行えるような状態であった。また、原告らは、亡春子と共に暮らしていた住居には、亡春子が生活していた思い出が残っており、そこで生活することはあまりにも苦痛が強く、耐え難かったため、転居を余儀なくされた。原告らの苦しみは、本件事故後一年以上経過した現在も変わらず、右のような原告らの苦痛を慰謝するための慰謝料は、少なくとも、原告らそれぞれについて一〇〇〇万円は下らない。

(被告ら)

被害者の死亡による慰謝料は、精神的損害を賠償するものではあるが、遺族の扶養的要素をも含んでいるものであり、被害者が一家の支柱ないしそれに準じる立場にある場合と、それ以外の場合では、おのずからその金額に差が生じる。原告らの慰謝料については、本件が、いわゆる逆相続の事案であり、慰謝料に遺族の扶養的要素はないことを考慮すべきであって、被害者が一家の支柱である場合と同視して慰謝料額を算定すべきでない。

6  争点1(六)(弁護士費用)について

(原告ら) 二〇〇〇万円

原告らは、本件訴訟提起のために、原告ら訴訟代理人弁護士との間で委任契約を締結し、その報酬として二〇〇〇万円を支払う旨を約した。

(被告ら)

原告らの主張は、争う。

7  争点2(過失相殺の可否)について

(被告ら)

(1) 本件事故現場は、本件駐車場出入口に近い公道上であり、付近には住宅地とはいえ本件駐車場、産婦人科医院駐車場、個人の住宅の駐車場等が点在し、自動車が路外施設から道路に出てくる可能性の高い場所であり(原告らが行った調査結果によっても、おおよそ六分間に一台の割合で自動車又はバイクが右道路を通行していることになる。)、歩行者が道路中央部分を通行していても危険性のない道路とはいえない。また、原告太郎は、亡春子を連れて本件事故現場にさしかかった頃、本件駐車場内で車両らしきものが動いたかもしれない、本件駐車場に車両が入っていったかもしれないと、ぼんやりとではあるが思っていたというのである。このような本件事故現場付近及び本件事故当時の状況に鑑みれば、本件事故現場付近の通行にあたっては、歩行者としても、道路の端を歩行する等して注意を払うべきであり、原告太郎は、亡春子に付き添って本件事故現場を通行していたのであるから、咄嗟の場合にも亡春子と離れないようにする等の注意義務を負っていたものである。

原告太郎は、本件事故現場付近で亡春子の歩みが遅くなっていたことに気付いていたにもかかわらず、自ら亡春子に近づき、あるいは、亡春子を呼び寄せることをせず、本件事故の際には、二歳の亡春子を路上で一人歩きさせていただけでなく、亡春子から五ないし六メートル離れた位置におり、亡春子に背中を向けて歩行するなどしていたものであって、とっさの場合に亡春子の安全を確保できる状態にはなく、二歳の幼児の保護者として必要な注意義務を果たしていなかった。

原告太郎の右過失は、損害賠償額の算定に当たって、いわゆる被害者側の過失として斟酌されるべきであり、前記のような本件事故の態様、本件事故現場の状況、亡春子と原告太郎の関係を考慮すれば、その過失割合は、原告側二割、被告側八割とするのが相当である。

(2) なお、原告らは、仮に、原告太郎が亡春子と並んで歩いているか亡春子を抱いていたとしても、本件事故は避けられなかったと主張する。

しかしながら、原告太郎は、成人男性であり、本件事故当時二歳であった亡春子に比べてはるかに身長が高いのであるから、同原告が亡春子にすぐそばに付き添っていれば、被告B山が視線を千代一丁目方面に向ける前にその姿が視界に入り、早々に回避措置をとり、衝突を避けられた可能性は充分ある。

また、仮に加害車両の制動距離が被害者と加害車両との直線距離よりも長いとしても、被告B山は、進行方向直前に人がいるのに気付いていれば、ハンドルを切ることにより進行方向を変更し、衝突を避けることも可能であった。

(原告ら)

本件事故が起きた道路は、幅員三・九メートルで車両の離合も困難な狭い道路であり、道路沿いの建物に用事がある者の車両以外、通り抜け車両が入り込むことは少なく、全体として交通量も少ない。このため、歩行者は、必ずしも道路の端を歩いておらず、しばしば中央付近を歩いているものであって、原告太郎及び亡春子が、右道路の端を歩いていなかったことは過失にはならない。

しかも、加害車両は、本件駐車場から突然出て来て、あっという間に亡春子を後ろからはね飛ばしており、亡春子が成人であっても被害者として避けることはできず、この点でも被害者側の過失を問うことはできない。

また、被告B山は、別紙図面⑤の位置において初めて加害車両進行方向(千代一丁目方面)に視線を向けたと主張しているのであるから、原告太郎が、亡春子ともに同人がはねられた同⑥の位置にいたとしても、同被告が同⑤の地点以前に原告太郎らの存在を視認し、より早い時点でブレーキを踏んだとは考えられず、また、同被告が初めて加害車両進行方向に視線を向けたと主張する同⑤の位置と亡春子がはねられた同⑥の位置との距離は、わずかに一・八メートルしかないのに対し、同被告がブレーキを踏んだ位置(同⑥の位置)から加害車両が停止した位置(同⑦の位置)までの距離は、約三・三メートルあるから、被告B山が右方に視線を移すのが余りにも遅すぎて、加害車両を停止させることができず、結局、亡春子と原告太郎の両者に衝突していたことになるものであって、原告太郎が亡春子と同⑥の位置に並んで歩いていたか、亡春子を抱いて歩いていたとしても、本件事故は避けられなかったはずである。

さらに、被告B山は、本件駐車場から充分な減速もしないまま突然道路に出てきて、本件駐車場出入口からわずか五メートル弱進行した地点で亡春子と衝突したものであって、時間的な余裕がなかったこと、原告太郎と亡春子が同じ位置にいたならば、ともに進行方向である千代一丁目方面を向いており、後方にまで充分注意を向けることはなかったと考えられることからすれば、原告太郎が亡春子と一緒にいても、咄嗟に同原告が亡春子の手を引いて道路の端によける等して加害車両を避けたとは考えられない。

結局、本件事故発生の原因は、被告が進行方向である右方の安全を全く確認することなく、しかも、充分な減速もせずに右折進行した点にあるのであって、本件事故の発生と、原告太郎と亡春子が離れた位置にいたこととは何ら因果関係がなく、原告太郎には、被害者側の過失として指摘されるべき注意義務違反は存在しない。

第三争点に対する判断

一  争点1(一)(葬儀費用)について 一二〇万円

《証拠省略》によれば、原告らは、亡春子の葬祭費用として合計一〇六万一四一〇円を支出し、また、仏壇、仏具購入費として少なくとも合計八四万二九四〇円を支出したことが認められ、本件事故と相当因果関係にある葬儀等の費用は、両者の合計額の範囲内である一二〇万円と認めるのが相当である。

二  争点1(二)(諸雑費)について 七四二五円

《証拠省略》によれば、原告らは、亡春子の診断書発行費として九州大学医学部附属病院に六八二五円を、本件事故に関する文書の発行のため自動車安全運転センターに六〇〇円をそれぞれ支払ったことが認められるから、本件事故により原告らが負担した諸雑費は合計七四二五円であると認められる。

三  争点一(三)(逸失利益)について 一九八二万一六八九円

1  亡春子は、前記第二の一のとおり、本件事故当時、二歳であり、一八歳から六七歳まで就労が可能であったので、将来の稼働により得たであろう収入を平成九年賃金センサス第一巻第一表の産業計・企業規模計・学歴計の女子労働者の全年齢平均賃金三四〇万二一〇〇円を基準として算定し、生活費控除率を三〇パーセントとみて、六五年間(六七歳から二歳を差し引いた年数)に対応するライプニッツ係数一九・一六一〇から一六年(一八歳から二歳を差し引いた年数)対応するライプニッツ係数一〇・八三七七を差し引いた係数である八・三二三三を用いて中間利息控除後の現価を算定すると、以下の計算式のとおり、亡春子の逸失利益は、一九八二万一六八九円となる。

三四〇万二一〇〇円×(一―〇・三)×八・三二三三=一九八二万一六八九円

2  基礎収入について

(一) 原告らは、亡春子の死亡による逸失利益の算定にあたっては、平成九年賃金センサス第一巻第一表中、産業計・企業規模計・男子労働者・学歴計の一八歳から六七歳までの各年齢階級毎の平均賃金を、別紙計算表のとおり、合計した上、各年齢区分毎の期間の合計(五〇年)で除した金額をもって、亡春子が将来の稼働によって得たであろう収入とすべきであると主張し、その根拠の一つとして、男女間の平均賃金の格差は、憲法一四条、女子差別撤廃条約、労働基準法四条等に違反して、女性を差別してきたこれまでの違法な雇用現場の実状の結果であり、女子労働者の平均賃金を損害賠償額の算定の基準とすることは、合理性を欠くものであることを挙げる。

しかしながら、亡春子のような死亡時に現実の収入のない女児が被害者であり、将来の就労の時期、内容、程度、及び結婚後の職業継続の有無等将来につき不確定な要因が多い場合の逸失利益の算定において、賃金センサスにおける女子労働者の平均賃金を基準として、被害者が将来の稼働によって得たであろう収入額を算定することは、判例上、不合理とはいえないとされている(最高裁判所昭和五六年一〇月八日第一小法廷判決・集民一三四号三九頁、同裁判所昭和六一年一一月四日第三小法廷判決・集民一四九号七一頁、同裁判所昭和六二年一月一九日第二小法廷判決・民集四一巻一号一頁。)。

賃金センサスに現われた男女間の平均賃金の格差は、現実の労働市場における実態を反映するものと解されている(昭和六二年最高裁判決)ところ、原告らは、賃金センサスに示された男女間の平均賃金の格差は、これまでの雇用現場における違法な女性差別の結果であると主張する。しかしながら、《証拠省略》によれば、このような男女間の平均賃金の格差が生じる背景には、女子労働者の就業する職種、企業の雇用体系や、いわゆる年功序列型の賃金体系、結婚、出産、育児を機とする女子労働者の中途退職率、女子労働者が再就職する場合の職種、過去における女子労働者の就業状況、過去の女子労働者の中途退職率など様々な要因が存することが認められるものの、賃金センサスに現われた男女間の平均賃金の格差が、憲法一四条、女子差別撤廃条約、労働基準法四条等に反する違法な差別を伴う雇用の結果として生じたものであることを認めるに足りる証拠はない。

賃金センサスに依拠して逸失利益を算定する場合には、これに反映される労働市場に現に存在する男女間の賃金格差が、男児と女児の逸失利益の算定結果の差として現われることになるが、両者の算定結果に格差が生じるということ自体をもって、性別による不合理な差別であるということはできず、また、賃金センサスにおける女子労働者の平均賃金が、女児が当該事故に遭わなければ将来の稼働によって得られたであろう収入額を算定する際の基準として、不合理なものであるということもできないのであって、原告らの前記主張は理由がない。

(二) また、原告らは、前記各最高裁判決の判断は、その後の男女雇用機会均等法の施行、労働基準法の改正等に伴い男女間の賃金格差が縮小し、今後もその傾向が続くことが確実であるという社会状況の変化に鑑みれば、現在では妥当しないと指摘する。

しかしながら、前記各最高裁判決後一〇年以上が経過した本件事故当時(平成九年)においても、男女間の賃金格差は、従前より縮小したとはいえ、依然として存在し、同年の賃金センサスの男女の平均賃金の格差にも反映されていたことは、原告らもその主張の前提とするところである。また、将来、右のような男女間の賃金格差が解消されることに相当の蓋然性が存することや、その解消の時期を認めるに足りる証拠はなく、右格差がいつ頃どの程度縮小されるのかを認めるに足りる証拠もないから、原告らの前記指摘は、不確実な将来予測を前提とするものといわざるを得ず、前記判断を左右するに足りない。

(三) 原告らは、亡春子の逸失利益を平成九年賃金センサスの男子労働者の平均賃金を基準として算定すべきことの根拠として、男女間の賃金格差は、女子労働者が、結婚、出産を機に、仕事と家事・育児との両立が困難であるため、就労を差し控えて無償労働に従事すること、及び、雇用現場における違法な性差別に起因するものであるから、女児の逸失利益の算定にあたっては、右無償労働を正当に評価すべきであり、女児が将来の稼働により得られたであろう収入は、少なくとも賃金センサスの女子の平均賃金に有配偶者・有職の女子の家事・育児労働の評価額を加えた金額とすべきところ、右金額は、賃金センサスの全労働者平均賃金額を超え、男子労働者の平均賃金額に近いものであることを挙げる。

しかしながら、右算定方法については、原告らの主張する有配偶者・有職の女子の家事労働評価額の合理性、正確性が問題になることはもとより、仮に右評価額に合理性、正確性が認められるとしても、前記(一)のとおり、男女間に賃金格差が生じる背景には、種々の要因が存在し、原告らの指摘する、女子労働者の結婚、出産等に伴う就業の中断という要因のみが右格差を生じさせるものとは認められないことに照らすと、賃金センサスの女子労働者の平均賃金に、有配偶者・有職の女子の家事労働評価額を加えることによって、男児と女児の逸失利益の算定結果の格差を解消しようとする原告らの主張の方法は、将来の就労、婚姻、出産について不確定な要因の多い女児の逸失利益の算定方法として、合理性があるとは言い難い。しかも、原告らは、亡春子の逸失利益を右算定方法によって算定すべきことを主張しているのではなく、亡春子の逸失利益を、賃金センサスの男子労働者の平均賃金を基準として算定すべきことの根拠として、前記算定方法による算定結果が男子労働者の平均賃金を基準とした場合の算定結果に近いことを挙げるにすぎないところ、右各算定結果が近似することは、平成九年賃金センサスの産業計・企業規模計・学歴計・男子労働者の平均賃金が、亡春子が将来得べかりし収入の算定基準として合理性を有することを裏付けるものではないから、結局、原告らが亡春子が将来得べかりし収入を算定する方法として主張する、平成九年賃金センサスの産業計・企業規模計・学歴計・男子労働者の年齢階級別平均賃金を用いて算定方法は、合理性があることの裏付けを欠くものであって、採用することができないものといわざるを得ない。

3  中間利息控除について

原告らは、亡春子の逸失利益を算定するにあたっては、中間利息を控除すべきでないと主張し、その根拠の一つとして、(1) 逸失利益の算定においては、平均賃金を基礎として収入を把握する際には、かなり確実な、総収入の増加要素である賃金の上昇、退職金の支払、年金(使用者負担部分)は考慮されていないのに、賃金の上昇等と同じ現在から将来に向けての経済予測である賠償金の運用期待利益だけが考慮され、中間利息が控除されるのは、被害者に一方的に不利であって、不当、著しく不公平であること、(2) 仮に、中間利息を控除するとしても、現在の期待運用利回りを前提として、現実的蓋然性に基づいて算定すべきところ、法定利率である年五パーセントによる利息の控除は、現在の資産運用における利率の実態とはかけ離れており、不当であることを挙げる。

しかしながら、女児の逸失利益の算定にあたって、賃金上昇率を考慮することなくライプニッツ式計算法を用いて中間利息を控除することは、判例上、不合理なものではないとされている(最高裁裁判所昭和六一年一一月四日第三小法廷判決・集民一四九号七一頁)。

また、損害賠償制度は、元来、不法行為等の被害者が現実に被った損害を填補することを目的とするものであり、その賠償金額は損害を超えることはあり得ず、被害者が年少者である場合の逸失利益の算定に際しては、「裁判所は、被害者側が提出するあらゆる証拠資料に基づき、経験則とその良識を十分に活用して、できうるかぎり蓋然性のある額を算出するよう努め、ことに右蓋然性に疑いがもたれるときは、被害者側にとって控え目な算定方法(たとえば、収入額につき疑いがあるときはその額を少な目に、支出額につき疑いがあるときはその額を多めに計算し、また、遠い将来の収支の額に懸念があるときは算出の基礎たる期間を短縮する等の方法)を採用す」べきものと解されている(最高裁判所昭和三九年六月二四日第三小法廷判決・民集一八巻五号八七四頁)ところ、原告提出の証拠(甲二一)によっても、昭和四七年から平成九年までの間、賃金センサスに示された賃金の上昇率は、最低マイナス〇・六パーセントから最大二七・七パーセントまで幅広く変動していることが認められる。右事実に加えて、右のような賃金上昇率は、国内外の政治、経済情勢等複数の要因の影響を受けて変動するものであって、その変動に一定の法則が存するわけではないことに照らすと、将来の賃金上昇率を高度の蓋然性をもって適確に予測することは極めて困難であるといわざるを得ないから、これを逸失利益の算定の基礎資料とすることは相当でないというべきである。

さらに、原告らが指摘する、年少者の逸失利益の算定においては将来の退職金、年金の受給が考慮されていないという点についても、退職金支給の有無、算定基準等は、職種、企業によって区々であって、亡春子のような死亡時には就労前であった年少者の被害者について、将来就労し続けた場合に退職金の支給を受けるかどうか、支給を受ける場合の退職金額や、いかなる年金を受給することになるのか等を、高度の蓋然性をもって予測することは困難であると考えられるから、被害者が年少者である場合には、将来の退職金、年金を予測して被害者の逸失利益の算定において考慮することは相当でないというべきである。

一方、中間利息の控除は、将来得べかりし収入額を現在価格に引き直すための手段であるが、その利率に民事法定利率である年五分が採用されているのは、実際に年五分の金利が確保され、確実に右利率による運用利益を上げ得ることを前提とするものではなく、将来の金利変動率を予測するのは困難であって他に的確な指標がないこと、損害賠償金元本に附帯する遅延損害金については民事法定利率が年五分とされていること(民法四〇四条)との均衡、個々の事案ごとに個別に利率を認定することは困難を伴い、同種事案との均衡を図るという意味においても必ずしも適切とはいえないこと、長期的にみれば過去の実際の金利からみて年五分という利率は不相当とはいえないこと(甲二一によれば、昭和四七年から平成九年までの間における定期預金(期間一年のもの)の平均金利は四・六四パーセントであったことが認められる。)等の事情によるものである。

そして、前記のとおり、被害者が年少者である場合の逸失利益の算定に際して、その算定額に蓋然性に疑いがもたれるときは、被害者側にとって控え目な算定方法をとるべきものと解されること、甲二一によれば、昭和四七年から平成九年までの間、賃金成長率はマイナスになったことがあるのに対し、定期預金金利の最低利率は年〇・二五パーセントであってマイナスにはなっていないこと、将来得べかりし利益を現在価額で一時に支払を受けた場合には、資産の購入その他運用方法の如何によっては法定利率を超える割合の資本収入を得ることも、考えられること等に照らすと、逸失利益の算定において、被害者が将来得べかりし収入の把握に際し、賃金上昇率、退職金、年金を考慮せず、その一方で、民法所定の年五分の割合による中間利息の控除を行ったとしても、右逸失利益の算定方法は、不合理なものではないということができる。したがって、原告らの前記主張は、前記判断を左右しない。

四  争点1(四)及び(五)(亡春子及び原告らの慰藉料)について 二三〇〇万円

前記第二の一のとおりの本件事故の態様、亡春子の受けた傷害の部位、程度、死亡までの期間、亡春子の年齢、《証拠省略》により認められる、亡春子の死亡により原告らが受けた精神的苦痛の程度等本件に現われた一切の事情を斟酌すれば、亡春子及び原告ら両名の受けた精神的苦痛を慰謝するには、合計二三〇〇万円が相当である。

五  争点2(過失相殺の可否)について

前記第二の一の事実及び《証拠省略》によれば、本件事故が起きた道路(以下「本件道路」という。)は、幅員約三・九メートルの歩道、車道の区別のない道路であり、付近は住宅地であること、本件事故現場付近には、本件駐車場のほか、本件道路を挟んで本件駐車場の斜め向かいに産婦人科医院の駐車場があり、右各駐車場から本件道路に車両が出入りすること、原告らが本件道路の車両の通行量を調査したところ、平成一一年六月五日午前九時過ぎの約三五ないし三六分間に、自動車六台が本件道路に出入りし、同月一二日午前九時過ぎの約三五ないし三六分間に、延べバイク三台、自動車三台が本件道路に出入りしたこと、原告太郎と亡春子は、本件事故当時、原告らの長女一江を幼稚園まで送り、帰宅する途中であったこと、原告太郎は、幼稚園に向かう途中で本件道路を通った際には、亡春子と手をつなぎ、長女一江を同人らよりも先行させて歩いたこと、原告太郎と亡春子は、幼稚園からの帰途、本件事故現場から約一〇メートル手前付近から、亡春子が本件道路のほぼ中央付近を千代一丁目方向に向かって歩き、原告太郎がこれに正対して背面歩行する形をとったこと、加害車両は、本件事故現場の中央付近である別紙図面○の位置で亡春子に衝突しており、本件事故当時、亡春子が本件道路の側端を歩行していれば、本件事故は避けられたであろうことが、それぞれ認められる。

歩行者は、歩車道の区別のない道路においては、原則として、道路の右側端に寄って通行すべきものとされている(道路交通法一〇条)ところ、右事実によれば、本件道路は、住宅地内に位置しており車両の通行量は多いとはいえないものの、本件事故現場付近では本件駐車場及び産婦人科医院の駐車場が本件道路に面して存在しており、これらに出入りする車両等が本件道路を通行することは充分予測が可能であるといえる(現に、前記認定のとおり、原告らが二日にわたって行った調査によっても、本件事故が発生したのと同時間帯の午前九時過ぎの約三五ないし三六分間に、延べ六台の車両が本件道路に出入りしたことが確認されている。)。したがって、亡春子の監督義務者である原告太郎としては、亡春子が未だ二歳であって、道路の側端を歩く等道路を安全に通行するための措置を自らとるだけの判断力がなく、また、周囲の車両の通行等に注意を払い、危難に際して咄嗟にこれを回避する行動をとることのできないことに鑑み、亡春子に本件道路の側端を歩行させる等の措置をとるべき注意義務があったと考えられるところ、原告太郎は、右注意義務を怠り、亡春子に本件道路中央付近を歩行させていたものである。

右の原告太郎及び前記第二の一のとおりの被告B山の各過失の内容及び態様を対比して本件事故における寄与度を勘案すると、亡春子の死亡による損害賠償額を算定するにあたっては、被害者側の過失を、前記第二の一の4の治療費及び前記一ないし四の損害の合計額四六六〇万七六四九円から、過失割合五分の限度で控除する方法によって斟酌するのが、相当というべきである。

六  争点1(六)(弁護士費用)について 四〇〇万円

本件事故と相当因果関係にある弁護士費用相当額は、前記五の過失相殺後の損害合計額四四二七万七二六六円から、前記第二の一の6の既払金二五七万八五三五円を控除した四一六九万八七三一円の約一割である四〇〇万円とするのが相当である。

第四結論

以上によれば、原告らの各請求はいずれも、前記過失相殺後の損害合計額四四二七万七二六六円に、前記弁護士費用相当額四〇〇万円を加えた四八二七万七二六六円に、原告ら各相続割合である二分の一に乗じた金額である各二四一三万八六三三円、及び、これに対する不法行為の日である平成九年九月二〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた限度で、理由があるから、右の限度でこれを認容し、その余の請求はいずれも失当であるから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 武田美和子)

<以下省略>

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