福岡地方裁判所 平成2年(ワ)1570号 判決 1991年12月26日
原告 光増基
<ほか三名>
原告ら訴訟代理人弁護士 浦田秀徳
同 稲村晴夫
同 伊黒忠昭
被告 東峰住宅産業株式会社
右代表者代表取締役 財津幸重
右訴訟代理人弁護士 古賀義人
主文
一 被告は、原告原田喜八郎に対し金二五万円及びこれに対する平成二年七月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員、その余の原告らに対し各金一五万円及びこれらに対する平成二年七月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを六分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。
四 この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。ただし、被告が原告原田喜八郎に対し金二五万円、その余の原告らに対しそれぞれ金一五万円の担保を供するときは、右仮執行をそれぞれ免れることができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告らに対し、各金一〇〇万円及びこれに対する平成二年七月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
3 仮執行免脱宣言
第二当事者の主張
一 請求原因
1 債務不履行
(一) 被告は、「建築土木の設計施工管理及び請負並びに資材販売業」及び「不動産の売買業」等を目的とする会社であり、原告らは、同社から昭和六三年一月頃別紙物件目録記載の分譲マンション(以下「本件マンション」という。)を約二〇〇〇万円にてそれぞれ購入し、同年八月頃それぞれ引渡しを受けた。
(二) 本件マンションの所在地は、交通量の多い道路を通る車、福岡空港へ発着する航空機並びにJR鹿児島本線を通過する電車・貨車及び遮断機の騒音等の交錯する場所にある。
特に本件マンションの東面は道路を経てJR鹿児島本線と接しており、深夜そこを走る貨物列車の騒音は激しい。
(三) 本件マンションの売買はサンプルルームによるいわゆる見本売買であった。
本件マンションのパンフレットによれば、「高性能サッシ」「快適なくらしのために東峰マンション上大利では遮音性、気密性に優れた高性能防音サッシを使用しています。」などと説明されている。
また被告会社のセールスマンによるセールス・トークも、本件マンションの防音性能を誇張し、空港騒音対策としての防音サッシと同等の物と理解した購入者も少なくなかった。
(四) しかしながら、本件マンションは、防音性能の点で、通常の性能を欠いている。すなわち、本件マンションは、JR線の横にあるのであるが、JR貨物列車の距離一〇メートル地点の騒音レベルは八五ホンである。本件サッシの遮音性能は二五dBであるから、同地点での室内騒音は六〇ホンである。原告原田の専用部分はほぼこの地点にあり、その余の原告の占有部分はややこれより離れている。実際、平成二年一一月、原告らが騒音計を借りて、本件マンションの室内騒音を測定したところ、貨物列車の通過時には五〇ホンをこえ、殊に原告原田の占有部分においては六〇ホンをこえることもあった。しかるに、社会通念上、室内騒音の許容値は四〇dBとされている。以上より、本件マンションのサッシの遮音性能としては二五dBでは到底足りず、より高性能の遮音性能を有するサッシを設置しなければならないことが明らかである。
また、被告会社はサッシの遮音性能について「高性能防音サッシ」であるとその性能を保証した。しかし、遮音性能二五dBとはJIS規格上遮音性としては最低レベルにランクされており、取引通念上も高性能防音サッシとは三〇dB以上をいうものである。よって、本件マンションが被告会社の保証したサッシの性能を欠くことは明らかである。
以上より、本件マンションは瑕疵あるものというべきである。
(五) 右の瑕疵により、本件マンションでは窓を閉めてもうるさくてたまらないことがあり、原告らは、不快感、睡眠妨害、作業能率低下、会話妨害などの被害を受けている。したがって、かかる欠陥を有する本件マンションの現在価格ないし転売価格はそうでない場合と比較して少なくとも金一〇〇万円は下落する。
よって、本件マンションに瑕疵あること、若しくは被告の債務不履行によって原告らが被った財産的損害は各金一〇〇万円を下らないというべきである。
2 不法行為
(一) 右1で述べたように、被告は、通常の防音性能を欠くマンションと知りながら、又は知らなかったとしても当然知りうべきだったのに漫然と、誇大な広告によって、原告らに本件マンションを購入させた。
(二) その結果、原告らは、本件騒音の影響で不快感、睡眠妨害、作業能率低下、会話妨害などの肉体的、精神的苦痛を受けている。
(三) 右の被告の不法行為と原告らの右苦痛との間に相当因果関係が存することは明らかである。
(四) 原告らの右苦痛を慰藉すべき金額は、それぞれ金一〇〇万円を下らない。
3 よって、原告らは、被告に対し、債務不履行ないし瑕疵担保責任に基づく財産的損害の賠償として各金一〇〇万円及び不法行為に基づく慰藉料として各金一〇〇万円、合計各金二〇〇万円のうち各金一〇〇万円及びこれに対する平成二年七月二七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。
一 請求原因に対する認否
1(一) 請求原因1(一)の事実のうち、売買代金額を否認し、その余は認める。
(二) 請求原因1(二)の事実のうち、本件マンションの所在地はJR鹿児島本線を通過する電車・貨車及び遮断機の交錯する場所であること、本件マンションの東面は道路を経てJR鹿児島本線と接している事実は認め、その余は否認する。
(三) 請求原因1(三)の事実のうち、本件マンションの売買がサンプルルームによる見本売買であること、本件マンションのパンフレットに原告ら主張のような説明がされている事実は認め、その余は否認する。
(四) 請求原因1(四)の事実のうち、本件サッシの遮音性能が二五dBである事実は認め、その余は否認する。
遮音性能二五dBの本件サッシは、本件取付当時の一般住宅、集合住宅用の引違い窓の防音サッシとしては高性能のサッシである。
(五) 請求原因1(五)の事実は否認する。
2 請求原因2の各事実は否認する。
第三証拠《省略》
理由
一1 請求原因1(一)の事実のうち、売買代金額以外の点に関しては当事者間に争いが無い。《証拠省略》によれば、売買代金は、原告光増基が一九三〇万円、同菊地一雄が一八六〇万円、同高瀬雅文が一六四〇万円、同原田喜八郎が一二四〇万円と認めることができる。
2 請求原因1(二)の事実のうち、本件マンションは道路を隔ててJR鹿児島本線と接しており、JR鹿児島本線を通過する電車、貨車及び遮断機の騒音がうるさい場所に位置している点については当事者間に争いがない。《証拠省略》によると、本件マンションと道路を隔てて接するJR鹿児島本線の線路の更に向こう側は福岡空港の防音対策地域に指定されていることが認められ、したがって、本件マンションの所在地においても、飛行機の騒音が一定の影響を与えるものと推認することができる。
3 請求原因1(三)の事実のうち、本件マンションの売買がサンプルルームによる見本売買であったこと、本件マンションのパンフレットに「高性能サッシ」「快適な暮らしのために、東峰マンション上大利では遮音性、気密性に優れた高性能防音サッシを使用しています」などの説明がある点については当事者間に争いがない。証人光増明子の証言及び原告高瀬雅文本人尋問の結果によれば、同人らが本件マンションを購入するに際しては、その所在地が前述のような場所であることから鉄道の騒音に対する防音につき相当の関心を有していたこと、それに対して被告会社のセールスマンが、高性能防音サッシを使用しているから騒音は大丈夫だという発言をしたこと、以上の事実が認められる。右争いのない事実及び認定事実からすれば、被告会社のセールスマンは、原告らに対し、本件マンションの販売に当たって、被告会社作成のパンフレットの前記記載内容に従い、少なくとも通常人が騒音を気にしない程度の防音性能を備えたマンションを提供するとのセールス・トークを行っていたものと認められ、したがって、被告会社は、本件マンションの購入者である原告らに対し、右のような防音性能を有するマンションを提供する債務を負っていたものというべきである。
4 請求原因1(四)の事実のうち、本件サッシの遮音性能が二五dBである点については当事者間に争いがない。問題は、かかるサッシを付けていれば、右の債務の履行として十分といえるか否かである。
《証拠省略》によれば、本件マンションにおいては、サッシを締め切った状態であっても電車・貨車の通過時には、五〇ホンをこえる騒音があること、特に原告らのうち、線路にもっとも近い部屋である原告原田喜八郎の部屋では六〇ホンをこえる騒音を記録することもあることが認められる。《証拠省略》によれば、公害対策基本法第九条に基づく昭和四六年五月二五日閣議決定「騒音に係る環境基準について」によると主として住居の用に供される地域のうち生活環境を保全し、人の健康に資するうえで維持されるに望ましい基準として昼間五〇ホン以下、朝夕四五ホン以下、夜間四〇ホン以下とされていることが認められる。《証拠省略》によれば、電車・貨車は、早朝から深夜にいたるまで本件マンションの横を通行しているものと認められるから、本件マンションでは、少なくとも朝夕及び夜間には右の基準をかなり上回る騒音が聞こえるものと認められる。《証拠省略》によれば、原告らは、右騒音の影響で、寝付けない、眠りが浅いといった不眠、不快感を受けていることが認められ、したがって、右騒音は通常人の受忍限度を超えているものというべきである。
以上の事実からすると、本件マンションは、二五dBの遮音性能を有するサッシが使用されているものの、通常人が騒音を気にしない程度の防音性能を備えているものとは認められない。よって、被告は前記債務の本旨にかなった履行をしたものとはいえない。
5 してみると、本件マンションの価格は、十分な防音性能を欠くことによって下落し、原告らは下落した価額に相当する損害を被ったものであり、被告は、原告らに対し、右債務不履行から生じた右損害を賠償する責任があるが、その各下落額を認めうる的確な証拠はないから、被告に対し、瑕疵担保責任若しくは債務不履行責任に基づいて財産的損害の賠償を求める原告らの各請求は、結局、失当というほかはない。
二1 請求原因2について判断するに、前記のとおり、被告会社のセールスマンは、本件マンションの販売に当たって、誇大とまでは言えないにしても、被告会社作成のパンフレットに従ってその防音性能を保証する発言をしたこと、原告らは、これを信用し、騒音は気にならないものと思い本件マンションを購入したことがそれぞれ認められる。ところが、前記のように、本件マンションは、十分な防音性能を欠き、それにより、原告らは不眠、不快感といった被害を受けている。そして、被告会社は、本件マンションの売り主なのであるから、防音性能の程度を知っていたか少なくとも知りうべきだったというべきである。
してみると、被告は、故意又は過失により、原告らに対し、不眠、不快感といった精神的損害を与えたものであり、その損害を賠償する責任を負うというべきである。
2 前記のような原告らのマンションと鉄道線路との位置関係、騒音の程度、その影響の程度、前記のとおり被告の債務不履行により原告らが財産的損害を被っていること等諸般の事情を斟酌すれば、右精神的損害を慰謝する額は、原告原田喜八郎については金二五万円、その余の原告らについては各金一五万円と認めるのが相当である。
三 結論
以上によれば、本訴請求は、原告原田喜八郎につき金二五万円、その余の原告らにつき各金一五万円、及びこれらに対する訴状送達の日の翌日であることが本件記録上明らかな平成二年七月二七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余はいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、仮執行の免脱宣言につき同法一九六条三項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 寒竹剛)
<以下省略>