福岡地方裁判所 平成3年(行ウ)4号 判決 1991年10月24日
原告 崔昌華
被告 法務大臣
代理人 福田孝昭 辻三雄 ほか三名
主文
一 本件訴えをいずれも却下する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が、平成二年一二月一五日付で原告に対してした原告の在留期間を一年とする短縮処分を取り消す。
2 被告は、原告に対し、在留期間を三年とする在留期間更新許可処分をせよ。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
(本案前)
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告の在留資格の取得及び本件処分に至った経緯
(一) 原告の在留資格取得の経緯
原告は、昭和五年に朝鮮平安北道宣川郡宣川邑で朝鮮人として生まれ、同二九年、日本に自主入国し、同三五年、北九州市小倉北区白銀一丁目六番七号にある在日大韓基督教小倉教会牧師に就任した。
昭和四四年、法務大臣より在留期間一年の特別在留資格を取得し、その後一年の期間更新を四回した後、同四九年、期間三年の在留資格を取得し、同五二年、五五年、五八年にいずれも在留期間三年の更新許可処分を受けた。
(二) 本件処分に至った経緯
(1) 原告は、前記最終の在留期間は昭和六一年一二月一六日をもって満了するため、同年一一月一七日、出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)二一条一項の規定に基づき、法務省福岡入国管理局小倉港出張所において、被告に対し、三年の在留期間更新許可の申請をしたところ、同年一二月二七日付をもって在留期間を一年とする在留期間の更新許可処分の通知を受けた。その後、昭和六二年から平成元年まで右同様在留期間を一年とする被告の原告に対する同更新許可処分が続いた。
(2) 原告は、平成二年一一月五日、入管法二〇条二項によって、被告に対し、希望する在留資格を「永住」とする在留資格の変更許可申請書を提出したが、同年一二月一五日、被告から在留資格を「永住者の配偶者等」へ変更され、その在留期間を依然として一年間とする許可処分(この在留期間に関する許可処分の部分を以下「本件処分」という。)を受けた。
2 本件処分の違法性
(一) 指紋押捺拒否を理由とする制裁、報復的目的による処分としての違法、不当性
(1) 原告は昭和六二年法律第一〇二号による改正前の外国人登録法(以下「旧外登法」という。)一四条に基づく指紋押捺を拒否していたため、昭和五七年一〇月二九日、指紋押捺拒否を理由に再入国不許可となり、以後数回不許可処分となっていた。
しかし、昭和六二年、法律第一〇二号によって旧外登法は改正され(以下改正された外登法を「改正外登法」という。)、指紋押捺義務は原則として一回限りとなり、改正外登法の施行によって、指紋押捺拒否を理由とする再入国不許可処分の政策は変更された。原告も、昭和六三年七月二八日再入国許可となった。
他方、在留期間についても、在日中国人二世王慧槿は、指紋押捺拒否を理由として昭和六一年、在留期間三年から一年に短縮されたが、改正外登法の施行により、昭和六三年、在留期間が三年に戻された。したがって、原告も、昭和六三年の改正外登法の施行により、昭和六三年一二月の在留期間更新申請時から当然に在留期間を三年に戻されるべきであったのに、昭和六三年の在留期間の更新も一年しか許可されず、以後本件処分まで同様であった。
(2) 期間短縮処分に際しての被告の説明
在留期間を三年から一年に短縮した処分は、原告の在留を不安定ならしめる不利益処分であり、原告の基本的人権を侵害する違法なものであるから、原告は、被告に対し、右処分の撤回を求めたが、被告は撤回できないとして拒否した。そこで、原告は被告に対して、右処分の理由等について説明を求めたところ、被告は、「原告が、意図的かつ公然と指紋押捺を拒否した行為は出入国管理行政上看過しがたく、これを厳しく評価し在留期間を三年から一年に短縮のうえ在留を認めることとしたものである。」旨の説明をした。
(3) 指紋押捺制度の違憲性、不当性
イ 被告が、右短縮処分の理由とした旧外登法一四条の指紋押捺制度は、憲法一三条の保障する「個人の尊厳」、「幸福追求権」を侵害し、国際人権規約B規約(以下「B規約」という。)七条の禁止する「品位を傷つける取扱い」に該当するものであり、また、在日韓国人・朝鮮人と日本国民とを合理的な理由なく差別的に取り扱っている点で憲法一四条、B規約二六条に違反するものである。そのため、指紋押捺制度そのものが人権の侵害として日本の国内外から厳しく問われ、昭和六二年に指紋押捺制度は改正されることとなったのである。
ロ 前記改正外登法によれば、本邦に入国する外国人は、入国又は出生時から一定期間内に外国人登録を申請する義務があるとされている。本邦に一年以上在留する一六才以上の外国人が新規登録申請をする場合、その後五年毎に登録証明書の切替交付申請をする場合及び登録証明書の引替交付・再交付を申請する場合には、いずれも登録原票、指紋原紙に指紋を押捺しなければならない(同法一四条一項)が、一度指紋を押した者は原則として指紋押捺する必要はない(同条五項本文)。すなわち、指紋押捺義務は、原則として一回限りとされたのである。
ハ 改正外登法による指紋押捺制度もやはり憲法一三条、B規約七条に違反する。
すなわち、指紋押捺の強制は、人格の核心にかかわるほどの精神的苦痛により心の平和を侵害するものであり、みだりに指紋押捺を強制されない自由は精神的自由そのものである。また、憲法一三条は、個人の人格的生存に不可欠の主観的権利を包括的に保障したものであり、プライバシー権も自己の生存にかかわる情報を開示する範囲を選択できる権利として同条により保障されていると解されるところ、指紋を自己の管理から離脱させ、個人識別の用具とされる状態に置く押捺という行為は指紋という情報の開示に当たり、それを強制することはプライバシー権の直接の侵害に他ならない。
ニ また、右制度は、憲法一四条、B規約二六条に違反する。
すなわち、改正外登法による指紋押捺制度の対象とされる人々八〇万人余りのうちその大多数を占めるのは在日韓国人・朝鮮人である。しかし、在日韓国人・朝鮮人を「外国人」として同法の適用対象とすること自体が憲法一四条に反する。これは以下の事情による。
明治四三年の日韓併合によって、居住地のいかんを問わず、全ての朝鮮人は「帝国臣民」とされ、日本国籍を強制的に付与された。「帝国臣民」であるがゆえに朝鮮人は国民徴用令による強制連行・強制労働・特別志願兵制や徴兵令の対象とされ、昭和二〇年には二百数十万人の朝鮮人が日本に居住していたが、昭和二〇年八月一五日ポツダム宣言の受諾によって、日本の植民地支配は崩壊し、多数の朝鮮人は故郷に帰った。しかし、約六〇万人の朝鮮人は日本に引き続き居住した。
同年一二月選挙法改正において「戸籍法の適用を受けざる者の選挙権及び被選挙権は当分の間これを停止す」(同法付則)として、在日朝鮮人の参政権を剥奪し、さらに、同二二年五月公布の外国人登録令においては朝鮮人は「この勅令の適用については当分の間これを外国人とみなす」とされ、登録義務と登録証明書の常時携帯義務を負わされた。同二七年四月一九日、法務省民事局長通達は、サンフランシスコ平和条約の発効に伴い、日本に居住している者を含めて全ての朝鮮人は日本国籍を喪失するとし、同年四月二八日、旧外登法を制定し、指紋押捺制度を採用した。これは、少数民族である在日韓国人・朝鮮人を管理、同化又は追放するためのものであった。
在日韓国人・朝鮮人は実効的に日本国籍を保有し、日本社会における少数民族としての実態をもって生活している。したがって、在日韓国人・朝鮮人に対して外登法を適用すること自体が不当であり、指紋押捺の強制はまさに「人権(民族)による差別」であって、憲法一四条、B規約二六条に反する。
(4) 以上の経緯、事由によって、原告は、平成元年、同二年とも在留期間一年とする処分を受けたもので、その処分の実質は原告の指紋押捺拒否に対する報復的目的による制裁であり、このような報復的目的による本件処分は違法、不当なものである。
(二) 被告の裁量権の範囲の逸脱による違法
(1) 以前、在日韓国人・朝鮮人は参政権・居住権としての日本国籍を保有していたが、日本政府は一方的に国籍を剥奪し、一般外国人として取扱い、それを韓・日条約で追認してきた。このような経緯や歴史的社会的経過を踏まえて、在日韓国人等に対しては既に与えられた在留資格が尊重されるべきであって、在留期間について従前の許可内容を変更してはならない。
(2) 原告も、日本の朝鮮半島への侵略、植民地化、皇民化政策の結果、かって出生による日本国籍保有者であった者で、小学校三年生のころから日本人としての教育を受け、神社参拝・日の丸・君が代斉唱・創氏改名等強要され、一方、現実に日本に居住して三七年間という歳月が流れている。このような実態を考慮すると、原告は実効的に日本国籍を所有した者であり、事実実態として日本に居住する権利を取得している。
(3) したがって、このような原告の定住性、歴史的社会的家族的諸関係から生ずる居住の権利、利益を侵害することになるような在留期間の許可内容の変更が許されるべきではなく、むしろ、本件申請に関する被告の裁量は覊束裁量というべきである。よって、本件処分は、その裁量の範囲を逸脱した違法な処分であり、少なくとも従前原告が有していた在留期間三年に回復すべきである。
(三) 行政処分としての一貫性を欠く違法
そもそも行政処分は、一貫性・継続性が維持されなければならない。
しかし、本件処分は、原告に対して、今までなされてきた在留期間三年の更新許可の行政処分、特に昭和五五年指紋押捺拒否後の昭和五八年一二月になされた在留期間三年の更新許可の行政処分と一貫性を欠いており、不当な処分であり、即刻取り消されて三年の期間更新を許可すべきである。
(四) 本件処分の違憲性
(1) 憲法一四条違反
本件指紋押捺拒否を理由とする本件処分は、憲法前文及び憲法の基本的人権保障規定に違反し、違憲・違法なものである。
すなわち、在日韓国人・朝鮮人は、日本国における少数民族であり、その人権保障がB規約に規定されている。そして、憲法一四条は、「法の下の平等」を規定し、それは、近代国家において個人を人間として尊重する基本原理であること、B規約二六条は同趣旨を規定しており、法の下の平等が全ての人に対して保障される性質の規定であることは自明である。
よって、被告のなした本件処分は憲法一四条違反である。
(2) 憲法一三条違反
憲法一三条の保障する「個人の尊重」、「幸福の追求権」は、近代憲法の基本原理である個人主義・個人の尊重から出ているものであって、日本国民であるか否かを問わず、保障されるべき人権である。人間が生存していく権利の中で最も強く保障されるべきものが居住権であり、居住が不安定、不安をもたらす場合、生活そのものの不安定、不安をもたらすものである。
したがって、被告のなした本件処分は、憲法一三条に違反するものである。
3 結論
よって、本件処分には以上述べたような違法が存するから、原告は、被告に対し、本件処分の取消し及び在留期間を三年とする在留期間更新許可処分をすることを求める。
二 被告の本案前の主張
1 本件処分の取消請求について
(一) 処分の取消しを求める訴えは、当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り提起することができる(行政事件訴訟法九条)。すなわち、処分取消しの訴えの原告適格を有する者は、当該処分の法的効果として、自己の権利若しくは法律上保護された利益(当該行政処分の根拠法規によって個別具体的に保護された利益)を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者に限られる。また、処分の取消しの訴えについていわゆる狭義の訴えの利益を有するというためには、その者が、取消判決によって、右の権利利益を回復されるべき状態にあることが必要である。
(二) 原告は、本件処分によって侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある権利若しくは法律上保護された利益を有しない。
(1) 原告は、平成元年の入管法の見直しに伴い、前記のとおり在留資格変更許可申請をしたものであるところ、被告の本件処分は、改正前の入管法四条一項一六号、改正前の同法施行規則二条三号に基づく在留資格から、現行入管法二条の二第二項別表第二に定める「永住者の配偶者等」への在留資格の変更を許可し、その際、在留期間を一年に定めたものである。原告の希望する在留資格は「永住」であったのに対し、被告が、原告の在留資格を「永住者の配偶者等」に変更した点については原告は争っていないから、結局、原告の不服は、その際付与した一年と定めた在留期間にあるが、本件処分によって原告の権利若しくは法律上保護された利益が侵害され又は必然的に侵害されるおそれがあるというためには、原告が一年を超える期間(原告の主張によれば三年間)日本に在留することが、原告の権利として認められ、あるいは、本件処分の根拠法規である入管法上個別具体的に保護された利益として認められていることが必要である。
しかしながら、外国人の入国及び在留の許否は、専ら当該国家の裁量によって決定し得るのであって、国家は、特別の条約がない限りは、外国人を自国内に受け入れるかどうか、また、受け入れる場合にも、どのような条件を付するかを自由に決定できるというのが国際法上の原則である。そして、憲法二二条一項も、外国人が日本に入国することについては何ら規定していないのであるから、憲法上、外国人が日本に入国する自由を保障されているものでないことはもちろん、在留の権利ないし引き続いて在留することを要求し得る権利を保障されているものではない。
現行入管法二一条も、憲法の右規定を受けて、外国人が日本に在留することができるのは一定の在留期間に限られ、在留期間が経過したときは当然に在留資格を失うことを前提として、その延長の必要が生じた場合には期間の更新の申請をすることができるものとしており、かつ、この場合でも、同条は、その更新申請に対しては、法務大臣が在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り更新を許可することとしているのである。しかも、その在留期間は、在留資格に対応して法律が所定の期間を定め、法務大臣がその範囲内でこれを定める裁量を有していることが明らかである(同法施行規則別表第二)。したがって、申請者に対し当然にその最長の在留期間を付与することを認めたものではないことはもちろん、在留資格等に照らして合理的な期間内は在留期間の更新を受けることを保障するとか、あるいは入管法五条の上陸拒否事由若しくは同法二四条の退去強制事由に該当しない限り当然に更新の許可を受けられるというものでもない。
したがって、関係法令上、法務大臣が外国人に付与した在留期間を超えて一定期間在留することを権利として認め、あるいは個別具体的に保障された利益として認めたと解すべき根拠は、何ら存在しない。
(2) また、外国人に対する出入国管理の制度は、国内の治安と善良の風俗の維持、保健・衛生の確保、労働市場の安定等の国益の保持を目的として行われるものであるところ、右の国益の保持の判断をするに当たっては、申請者の申請事由の当否のみならず、当該外国人の在留中の一切の行状、国内の政治・経済・社会等の諸事情、国際情勢等の諸般の事情を斟酌し、時宜に応じた的確な判断をしなければならないが、このような判断は、事柄の性質上、出入国管理行政の責任を負う被告の裁量に委ねるのでなければ到底適切な結果を期待することができないこと等を考え併せれば、在留期間の決定に関する被告の裁量権は極めて広いというべきであって、原告の主張は失当である。
(3) 以上のとおり、原告は、本件処分取消しの訴えにつき、処分の取消しを求める法律上の利益を有する者に該当しないから、右訴えは不適当である。
2 三年の在留期間更新許可処分の請求について
(一) 原告の請求は、裁判所に対し、行政庁に一定の行政処分を命ずるいわゆる義務付け訴訟である。
義務付け訴訟が憲法の定める三権分立制度との関係上、許容されるものであるか否か、また許容されるとしても、どのような要件の下で許されるかについては、議論の存するところである。しかし、これを認め得るとする見解であっても、その場合は、行政庁が当該行政処分をすべきこと又はすべからざることが法律上覊束されていて、行政庁の自由裁量の余地が全く残されていないために第一次判断権を行政庁に留保することが必ずしも重要でないと認められる場合であって、かつ、事前審査を認めないことによる損害が大きく、事前の救済の必要性が顕著であり、しかも、他に適切な手段が存在しないことを必要とするという厳格な要件が求められるものと解される。
(二) ところで、被告の行う在留資格変更許可処分の際の在留期間の決定に当たっては、被告は、前記のとおり、広範な裁量権を有しているのであって、被告に自由裁量の余地が全く残されていないとは到底認められないのである。また、その余の前記の要件を欠くことも明らかであるから、原告の右請求は不適法である。
理由
一 被告に対する本件各請求について
原告の各請求は、被告が原告に対し、平成二年一二月一五日付で在留期間を一年とする「短縮処分」をしたとして、被告に対し、その取消し及び在留期間を三年とする更新許可処分をなすことを求めるものであり、後者は、いわゆる無名抗告訴訟たる義務付け訴訟に当たるものと解される。
原告は、請求の趣旨第一項において「短縮処分」という表現を用いているが、本件原告の申請について被告が、原告に対して一旦在留期間を三年とする更新許可処分をした後、これを一年に短縮する処分をした旨の主張はされていないから、その表現は妥当ではない。その趣旨は、要するに、原告が、平成二年一一月五日、入管法二〇条一項、二項に基づき、在留資格変更許可申請(以下「本件申請」という。)をしたところ、被告が、原告の在留資格を「永住者の配偶者等」とする変更を許可し、その際、右資格に基づく在留期間を一年に定める本件処分をしたということに関し、その在留期間が、原告の希望するところと異なるところから、これを不服として、その取消しを求めるとともに、これに代わる新たな処分(三年の在留期間の許可処分)を求めるものと解される。
二 本件処分の取消しを求める訴え(請求の趣旨第一項)の適否について
1 行政処分の取消しを求める訴えは、当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り提起することができるものであるところ(行政事件訴訟法九条)、当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者とは、当該処分の法的効果として、自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうと解される。
本件処分は、被告が、本件申請に対し、入管法施行規則三条に基づいて在留期間を一年と定めて、在留資格を「永住者の配偶者等」と変更することを許可した処分であるが、原告は右在留資格変更許可処分のうち、在留期間を一年と定めた部分だけを不服としているので、この点が、原告の法的利益を規制、侵害するものであるかどうかを判断する。
2(一) まず、国際慣習法上、国家は、特別の条約がない限り、外国人を自国内に受け入れるかどうか、また、これを受け入れる場合にいかなる条件を付するかを自由に決定できるというのが原則であり、外国人の在留の許否についても専ら当該国家の裁量によって決定し得るものと解されている。また、憲法二二条一項は、日本国内における居住・移転の自由を保障するにとどまり、外国人が、わが国に入国することについては何ら規定していないから、右国際法上の原則に何らかの制約を加えているものとは解されないし、憲法上も、外国人は、わが国に入国する自由を保障されているものとは認められず、また、在留の権利ないし引き続き在留することを当該国家に要求しうる権利を保障されているものでもないと解すべきである(最高裁昭和五三年一〇月四日大法廷判決・民集三二巻一二二三頁)。
そして、入管法二一条も、憲法の右趣旨を前提とした上で、外国人が日本に在留することができるのは、認められた一定の在留期間に限られ、それが経過すれば当然には在留することができないこととなるのではあるが、この場合でも、その更新申請に対しては、被告が在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り、更新を許可することとしているものである。したがって、被告は、当該外国人の在留中の状況、在留の必要性・相当性等を審査して在留の許否を決定する広範な裁量権を有するものと解される。すなわち、被告は、在留期間の更新の許否を決するに当たっては、外国人に対する出入国の管理及び在留の規制の目的である国内の治安と善良の風俗の維持、保健・衛生の確保、労働市場の安定等の国益の保持の見地に立って、申請者の申請事由の当否のみならず、当該外国人の在留中の一切の行状、国内の政治・経済・社会等の諸事情、国際情勢、外交関係、国際礼譲等諸般の事情を斟酌した上で在留期間の更新の許否、更新期間の程度を決定できるものと解される。
そうすると、原告のように入管法別表第二に定める「永住者の配偶者等」の在留資格をもって在留する者についても、入管法上、その在留期間を同法施行規則三条、別表第二に定める三年、一年又は六月のうちどの範囲で定めるか、その在留期間の更新を許可するか、許可する場合にその在留期間をどの程度にするかといった点につき、被告に広範な裁量権限が与えられているものというべきであり、原告に当然在留期間の更新を求め得る権利や、在留期間を当然三年として認めさせる権利を肯定することはできない(在留資格変更許可申請書や在留期間更新許可申請書の様式(入管法施行規則様式第三〇号、第三〇号の二)には在留期間の記入欄があるが、これはあくまで「希望する」在留期間であって、被告の裁量判断の一資料とする以上に申請の内容として不可分一体のものと認めることはできない)。
したがって、原告は、申請のとおりの許可処分を求め得る地位を有するものではなく、在留期間を一年とする本件処分によって、その地位に基づく利益を侵害されるものとは解されない。そして、また右の点を除けば、本件処分は、本来、従前の在留期間の経過によって法律上当然に在留資格を失い、わが国から直ちに退去しなければならない地位にある原告に対し、旧期間経過後も引き続き一年間わが国に在留し得る資格を付与したものであるから、そもそも原告の権利又は法律上の利益を侵害するものではなく、不利益処分ともいえないものである。
(二) この点に関し、原告は、出生により日本国籍を取得したのに、日本政府が一方的にこれを剥奪したという歴史的社会的経緯及び三七年間の長期にわたりわが国に定住してきたことから、居住権(居住の利益)を取得しており、入管法二一条三項に基づく被告の裁量も、従前の在留期間の許可内容を変更できないという覊束裁量となっていて、本件処分によって原告の右居住権ないし法的地位が侵害されると主張するが、右のような事情から原告が居住権を取得するとか、被告の前記裁量権に制約が加わるという実定法上の根拠は何ら存在しない。
(三) また、原告は、本件処分は行政処分の一貫性、継続性を欠くものであると主張する。
しかしながら、前記のとおり、在留更新の許否、条件については、入管法の定める範囲内で被告に当該更新許否の判断時における前記のような諸事情を斟酌した上での広範な裁量権が認められるのであるから、過去に何回か在留期間を三年とする更新許可処分をしたからといって、三年の在留期間が既得権化し、被告の裁量権に制約が加わると解すべき根拠はない。
(四) したがって、原告の右各主張はいずれも失当である。
3 以上のとおり、原告は、本件処分によって侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある権利若しくは法律上保護された利益を有するものとはいえないから、本件処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に当たるとはいえず、したがって、本件処分の取消しを求める訴えは不適法である。
三 在留期間を三年とする在留期間更新許可処分を求める訴え(請求の趣旨第二項)の適否について
1 右訴えは、無名抗告訴訟としてのいわゆる義務付け訴訟に当たるものであるところ、義務付け訴訟が許容されるためには、少なくとも、行政庁が当該処分をなすべきこと又はなすべからざることについて法律上覊束されており、行政庁に自由裁量の余地が全く残されていないため、第一次的な判断権を行政庁に留保することが必ずしも重要でないと認められるような場合であることを必要とするものと解すべきである。
2 ところで、二2(一)で述べたとおり、本件申請に対しては、被告は、これを許可するかどうか、仮に許可するものとしても、その在留期間をどの程度にするのかについても、広範な裁量権を有するものであるから、被告の裁量権が法律上覊束されているということはできない。
また、本件処分により、少なくとも一年間の在留期間が認められているのであり、さらに右在留期間経過後、更新が拒絶されるものとは限らないのであるから、原告に重大な損害又は危険が切迫しているものとは認められず、請求の趣旨第二項のような義務付け訴訟を許容しなければならないような事情を肯定することもできない。
3 よって、右の訴えも、義務付け訴訟の要件を欠くものであるから、その余の判断をするまでもなく、不適法である。
四 結論
以上によれば、本件訴えは、いずれも不適法であるから却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 川本隆 川神裕 阿部哲茂)