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福岡地方裁判所 平成4年(ワ)2965号の4 判決 1995年10月19日

福岡県春日市<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

吉村敏幸

井上道夫

宇治野みさゑ

内田敬子

大神周一

大谷辰雄

黒木和彰

古閑敬仁

黒川忠行

堺祥子

中嶋英博

成瀬裕

林田賢一

平田広志

古屋令枝

松井仁

松浦恭子

松尾弘志

山口茂樹

山崎吉男

吉岡隆典

東京都千代田区<以下省略>

被告

ユニバーサル証券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

三好徹

吉田哲

江川清

竹内義則

星隆文

根本雄一

樫八重真

主文

一  被告は、原告に対し、金五六二万八六七二円及びこれに対する平成四年一一月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その六を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求の趣旨

一  被告は、原告に対し、金九三九万七七八七円及びこれに対する平成四年一一月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

三  仮執行宣言

第二事案の概要

本件は、原告と被告との間の後記ワラントの売買取引に際し、被告の社員が行った違法な勧誘行為により損害を被ったとして、原告から被告に対する、不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償請求事案である。

一  争いのない事実

1  当事者等

(一) 原告は、旧制の福岡県立筑紫中学校を卒業した後、地方公務員を経て現在無職で六九歳の男性である。

(二) 被告は、肩書地に本店を有し、有価証券等についての自己売買等の取引を行う総合証券会社であり、訴外B(以下「B」という。)は、被告の社員である。

2  ワラントの意義等

(一) ワラントとは、新株引受権付社債(ワラント債)の新株引受権部分ないしは新株引受権証券をいう。新株引受権付社債は、昭和五六年の商法改正により制度化されたものであり、これには新株引受権と社債とが結合した「非分離型」と、両者が分離し、新株引受権部分のみが証券化されて取引される「分離型」があるが、本件において取引されたワラントは、後者の新株引受権証券のうちの外貨建ワラントである。このワラントは、昭和六〇年一一月以降から国内発行が行われるようになり、また、昭和六一年一月以降からは外貨建ワラントの国内取引も行われることになって現在に至っている。

(二) ワラントの価格は、原則的に発行会社の株価の変動に連動して上下するが、その動きは右株価と対比して格段に大きいハイリスク・ハイリターンの商品である。また、ワラントには新株引受権を行使できる期間、すなわち、権利行使期間の制度があり、あらかじめ定められた右期間内に新株引受権を行使しなければ、新株引受権は失効してワラントは無価値となる。そして、この期間は、国内発行のワラントでは六年、外貨建ワラントでは四年又は五年となっている。

また、外貨建ワラントは、その時価が、外国為替相場の変動(以下「為替変動」という。)により影響を受けるだけでなく、店頭における証券会社と顧客との間の相対取引で売買されるので、市場による価格形成がされないという特色を有する。

3  原告と被告との間の本件取引

原告は、Bから勧誘を受け、被告との間の相対取引で、平成元年一一月九日、ユニチカ外貨建ワラント(以下「ユニチカワラント」という。)二五万単位を単価二五ポイント代金九〇〇万六二五〇円で購入し、その後、同年一二月六日、右ユニチカワラントを単価二七・五ポイント代金九六八万三〇八八円で売却して六七万六八三八円の売却益を得たが、更に、右同日、トクヤマソーダ外貨建ワラント(以下「トクヤマソーダワラント」という。)二五万単位を単価二五ポイント代金九二二万四六二五円で購入した。

4  原告が現在所持するワラントの価値

原告は、右トクヤマソーダワラントを現在も所持しているが、右トクヤマソーダワラントは、権利行使期間が平成五年一〇月二八日に経過したため、現在価値は全くない。

二  争点1(本件取引における勧誘の違法性及び原告の損害の有無-請求原因)

(原告の主張)

1 ワラントの特質と危険性

ワラントは、権利行使期間経過後は紙屑同然になるので、その投資者は投資額の全額を失うことになるが、権利行使期間経過前においても、株価が権利行使価格とワラントの購入価額の合計額より下落すれば、これまた紙屑同然になる危険性を有している。そして、ワラントは、価格が大きく変動するにもかかわらず、株式のような市場が形成されていないため、一般投資家は直ちにその時価を知ることができず、また、時価がポイントという一見して分かりにくい単位で表示されるので、一般投資家が適時に投資判断をする事は極めて困難である。さらに、外貨建ワラントは、店頭において証券会社と相対取引で売買されるため価格形成が不透明であり、為替変動による影響も大きく受けるばかりでなく、その証券が日本にないためワラントの処分に手数がかかり投下資本回収に困難が伴うことになる。

このように、ワラント、特に外貨建ワラントは、他の証券と比較して、その購入者が損害を被る危険性が極めて高いものである。

2 説明義務違反

今日の証券取引においては、一般の投資家のほとんどが証券会社からの情報・助言に基づいて取引を行っている状況にあるから、証券会社は、一般投資家に危険性の高い新商品たる証券の取引を勧誘する場合には、信義則上又は商慣習法上、当然に顧客に対してその商品の特質や危険性などの重要事項を明確かつ具体的に説明してこれらを正確に理解させなければならない義務を負っていることになる。したがって、その勧誘にあたっては、電話等による説明では不十分であり、説明書を交付した上でそれを示して説明するなどして、その内容を顧客に熟知させなければならない。

ところで、ワラント、特に外貨建ワラントは、前記のとおりの特質を有し、損害を被る危険性が格段に高い新商品たる証券である上、本件取引当時、日本における外貨建ワラントの取引実績はほとんどなく、右の特質や危険性についての周知性は極めて乏しかったものである。しかるに、本件取引において、Bは、原告に対するユニチカワラントの勧誘に際しては電話で単に「今度はこれが買い時ですよ」などと言ったにすぎず、ワラントの特質や危険性、さらには原告が従前取引していた投資信託とワラントの違いなどの説明を全くしなかった。そして、Bは、その後のトクヤマソーダワラントの勧誘に際しても別段その説明をしなかったばかりでなく、平成四年に至るまで、ワラントの取引説明書を原告に交付しなかった。

このように、ワラントの特質や高い危険性などについての説明を欠いたBの本件取引の勧誘行為は、この説明義務に違反する違法なものである。

3 適合性の原則違反

証券会社が証券投資を勧誘するにあたっては、投資家の意向、投資経験及び能力等にもっとも適合した投資が行われるよう十分に配慮しなくてはならず、特に証券投資に関する知識、経験が不十分な投資者及び資力の乏しい投資者に対する投資勧誘についてはより一層慎重を期して勧誘しなくてはならない(これを「適合性の原則」という。)。そして、ワラントは、前記のように仕組みが複雑であり、取引価額の形成に複雑な要因が絡み合い、価格変動が不安定なものであるから、その仕組み、流通態様、株式市場の動向などの様々な投資に関する事情に精通している者のみが初めて投資可能であり、証券会社は、そのような者に対してのみワラントの勧誘が許されることになる。ところで、原告は、主に農業関係を担当していた元地方公務員であり、投資の経験も昭和三〇年代に株式と投資信託を一度づつ経験しただけで、被告との取引も当初から国債を中心に行っていたにすぎず、本件取引を行う能力は全くなかった者である。そして、その投資目的も原告が会計係をするある団体の資金の安定的な運用であり、決して短期的に利益を出すことを目的としていたのではない。そのことは原告からBにも告げられていたのであるから、Bとしては、ワラントの持つ危険性に配慮し、原告の意向に沿った商品を勧誘すべきであった。しかるに、Bは、ワラントが危険性が大きいだけの原告の投資目的に全く反する商品であったにもかかわらず、この点を全く配慮せずに原告に本件取引を勧誘したのであるから、Bの右勧誘行為は、適合性の原則を無視した違法なものというべきである。

4 原告の損害

原告は、右違法な勧誘行為によって本件取引に応じたものであり、その結果、右トクヤマソーダワラントの購入代金九二二万四六二五円からユニチカワラント取引によって得た利益六七万六八三八円を差し引いた八五四万七七八七円及び本件訴訟提起に伴う弁護士費用八五万円の損害を被ったものである。

5 結論

よって、原告は、被告に対し、不法行為(使用者責任)又は債務不履行責任に基づく損害賠償請求として合計金九三九万七七八七円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成四年一一月一七日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告の主張)

1 ワラントの特質と危険性について

確かに、外貨建ワラントを含むワラントは危険性の高い証券ではあるが、少額資金による投資の可能性や、株価上昇時には株式投資に比較して相対的に高い投資効率を期待できるという利点があり、ワラントの危険性も、株式投資と対比すると、同額の利益を得るためにした投資額よりも損害が限定されることになり、為替変動の危険もその幅は知れている上、為替レートそのものは誰でも知ることができるものである。また、原告は外貨建ワラントの価格形成過程の不透明さをいうが、その価格は前日のロンドン業者間の最終気配値を基準に決定しているものであるから、証券会社間で右価格に大きな差異はないことになる。

2 説明義務違反について

およそ証券取引は、投資者に証券の値上がりによる利益をもたらす反面、その値下がりによる損失の危険を必ず伴うものである。そして、証券会社のもたらす情報は、証券取引の性質上不確定な要素を含む予測や見通しの積み重ねによる経験的判断であるのが通常であるから、投資者は、その点を理解した上で自己の判断と責任において取引を行うべきものである。したがって、投資者は、証券取引を行うにあたっては、まず何よりも自己の取引対象がどのような危険性と利点を有するものであるかを調査し、吟味してから取引に臨まなければならないし、その際、投資決定に必要な情報はすでに新聞や雑誌等を通じて公開されているのであるから、これらの情報に基づき自己の判断と責任において投資決定を行うべきであり、証券会社の助言はあくまで助言に過ぎないものである。このように、証券会社が行う説明が助言に過ぎないものであるから、すべての投資者に対してその内容は同一ではあり得ず、具体的事案ごとに異なるものである。そして、ワラント及びワラント取引の説明については、証券会社は、投資者が自己の判断と責任において取引を行う上でさしあたり必要なワラントの基本的な仕組みとその危険性について説明すれば十分であり、説明書の交付がなされている場合には、特段の事情がない限り、右交付でもって説明義務は尽くされたものというべきである。

本件において、Bは、本件取引に先立って、非常にわかりやすくかみ砕いた言い方で、ワラントの取引価額が株式に連動して動く商品であり、株価が上昇すれば株式以上に大きく値が動くこと、権利行使期間が大体四年くらいであり、それを過ぎるとワラントは無価値になること、本件取引当時、株式市況が非常にいいため、株価が少しでも上昇すればワラントの取引価額もそれに連動して大きく動くことが見込まれ、非常に有望であることなどのワラント及びワラント取引の基本的仕組みとその危険性について口頭で十分に説明した。さらに、Bは、トクヤマソーダワラント取引に先立つ平成元年一二月一日、原告に対し、被告社員のC(以下「C」という。)を介して、ワラントの危険性について平易に記述されているワラント説明書を交付している。他方、原告は、六二歳という未だ判断力が衰えるような年齢ではなく、証券取引の危険性も十分認識していたものである。したがって、これらのことに照らせば、本件においては、被告の説明義務は尽くされていることになる。

3 適合性の原則違反について

原告の主張する法令通達等の内容がそのまま私法上の義務を構成するものではないことはいうまでもない。本件において、原告は、昭和三〇年代に株式と投資信託を購入した経験があり、右投資で元本を大幅に下回る損害を受けた経験もあるから、証券投資について全くの素人とはいえない。また、原告は、本件取引に先立ち、投資信託等の元本保証のない証券の取引によって損失を被ったにもかかわらず、担当者に対しても何ら苦情をいわなかったものである。したがって、これらの点からすると、原告の意向が安全確実な証券のみを求めていたとはいえないばかりか、Bが原告の意向や投資経験を無視して本件取引の勧誘を行ったということもできない。

4 原告の損害について

原告は、本件取引によって損害を被るに至ったと主張するが、それは、原告の予想に反し、平成二年はじめから東京株式市場の市況が歴史的下落の局面に立ち至って、その後も容易に回復しなかったためであり、それがワラントの商品としてのハイリスク・ハイリターンという特質によって増幅された結果にすぎないのである。したがって、原告の右主張は失当というべきである。

三  争点2(過失相殺の可否-抗弁)

(被告の主張)

原告は、トクヤマソーダワラントの購入に先立ち、ワラントの特質と仕組みが明記されている説明書の交付を受けているばかりでなく、ユニチカワラントの取引によって年利に直すと九割以上の大幅な利益を受けているから、原告においてわずかな努力を払うことにより、ワラント取引の危険性を相当程度認識し得たものといわなければならない。それにもかかわらず、原告は、自己責任とはおよそ相容れない、証券会社に損失補填を求めるなどの無責任な態度に終始したものであるから、原告に対して大幅な過失相殺がなされるべきである。

(原告の主張)

原告は、ある団体の資金の安定的な運用を投資目的としていたものであり、本件取引に先立つ投資信託の取引についても元々消極的であったのに、Bから、「あの当時と今は経済状態が違いますよ。今は大丈夫ですよ」などと熱心に勧誘され、やむなく投資信託の取引をするに至ったのであるが、さらに、Bから右投資信託の勧誘の場合と同じように「今が売り時ですよ。これがチャンスですよ」などという勧め方で本件取引を勧められたので、原告としては、ワラントを投資信託の一種と考えて本件取引に応じたに過ぎないのである。したがって、これらに照らせば、原告がワラントの有する格段の危険性を引き受けたということはできない。

また、被告は、原告がBに尋ねるなどしてワラントの特質や危険性を調査しなかったことが過失にあたる旨主張するようであるが、これは、原告がワラントを投資信託の一種と誤解していたことに基づくものであり、さらに、本件取引当時、ワラントの危険性については未だ問題視されていなかったから、Bから勧誘されるがままに投資信託の取引を行ってきた素人の投資家である原告に、ワラントについてその特質や危険性などを調査する義務を課すことは原告に不可能を強いることに等しいといわなければならない。仮に被告が事前にワラント取引説明書を受け取り、確認書に署名したとしても、これは、被告の受渡係が持参したものにすぎず、このような場合、原告のような一般投資家としては、書類にそれほどの配慮を払うことはないから、右説明書の交付のみをもって原告にワラントについての疑問を持つことを期待することは困難である。

以上のとおり、原告側に本件取引における落ち度はなく、過失相殺は行われるべきではない。

第三当裁判所の判断

一  本件取引の経緯について

1  前期争いのない事実及び証拠(甲一〇〇、一〇一、一〇三の1、2、乙5の1ないし3、六の1、2、七の1、2、八、一〇二、一〇三、一〇四の1、2、一〇五の2、一〇六の1ないし10、一〇七、一〇八、証人B、原告本人)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 原告は、大正一五年○月○日生まれで、旧制の福岡県立筑紫中学校を卒業して地方公務員となり、退職後はある団体の会計係となって、その資金の管理にあたっていたが、当初右資金を定期預金で保管していたものの、知人の紹介で知り合った被告の社員から国債購入の勧誘を受けたので、昭和五七年七月二一日、右資金でもって国債を購入して、被告との取引を始めた。

その後、原告は、被告の社員から投資信託取引の勧誘を受けたが、過去の経験から元本割れのおそれがある投資信託の取引をためらって右勧誘を断っていた。しかし、原告は、さらに被告の社員から「今は時代が違いますよ。上り調子の時代で下がることはないですよ」などとの勧誘を受けたので、右国債で運用していた資金を投資信託への投資に振り替えることにし、昭和六二年九月二五日には、外国債に投資することを業とする会社の株式を購入し、当該会社の運用実績によって右株式が値上がりすればその差額で利益を得るという構造を持つ元本保証のない投資信託である「ファイブ・アローズ・インターナショナル・ボンド・ファンド」を、また、同年一一月一一日には、国内株式を運用する元本保証のない投資信託である「フォーミュラ・ストック・ファンド八七」をそれぞれ購入した。

(二) 昭和六三年七月ころ、原告の担当者となったBは、担当者が変わったということで原告の自宅に一回挨拶に赴いた外は、原告に対して主に電話で投資信託取引を勧誘していた。その結果、原告は、外国株で運用する投資信託である「外国株ファンド」や「ディーン・ウィッター・ワールド・ワイド・インベストメント・ファンド」、国内株で運用する投資信託である「第二オープン」や「業種選択ファンド・機械」、外国債で運用する投資信託である「フィデリティ・グローバル・インダストリーズ・ファンド」をそれぞれ購入したが、これらは何れも元本保証がないものであり、さらには、外国株である「フィリップモリス」も購入した。これらの取引に際し、原告は、積極的に銘柄を指定して購入したことはなく、Bら被告社員の勧めるままに応じていたものである。そして、右取引の内、原告は、「ファイブ・アローズ・インターナショナル・ボンド・ファンド」については昭和六三年一二月二日に売却して二八二〇円の損失を、「第二オープン」については平成元年五月二三日に売却して九万六三〇九円の損失を、「フィディリティ・グローバル・インダストリーズ・ファンド」については同年一二月七日に売却して三六万八五八三円の損失をそれぞれ受けたが、これらの取引について、いずれもBに対して苦情をいわなかった。他方、原告は、被告との間の昭和六一年一月から平成二年一〇月までの国債や投資信託の取引において、右損失の外に合計二四六万九四五四円の運用益を得ている。

(三) 平成元年一一月六日ころ、Bは、原告に対し、電話により、「今ワラントが非常に有望です」などとワラントの利点を強調して投資信託の売却代金によるユニチカワラントの購入を勧誘した。右勧誘に対し、原告は、ユニチカワラントも投資信託の一種と考えてその購入を承諾し、その結果、同月九日、ユニチカワラント二五万単位を単価二五ポイント代金九〇〇万六二五〇円で購入した。右購入後まもなく、被告は、原告に対し、ユニチカワラントを購入した旨の記載ある預り証を送付した。右ワラントの預り証には権利行使最終日という投資信託とは異なる記載はあるが、原告は、当初ユニチカワラントを投資信託の一種と誤解していた上、右預り証が投資信託の預り証と同じ書式を使用していることから、右預り証が投資信託のものではなくワラントという商品のものであることには気付かなかった。

(四) 平成元年一二月一日、Cは、Bの指示を受けて原告方に赴き、原告に対して預かり証及び外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書(乙一〇二)を交付し、原告から、右説明書の内容を確認し、私の判断と責任において外国新株引受権証券の取引を行う旨の不動文字が印刷された確認書(乙一〇三)を原告の署名と取引届出印の押印を得た上で徴収した。

(五) 同月六日、Bは、原告に対し、「今売り時ですよ。代わりにトクヤマソーダが有望ですから買わんですか」等とユニチカワラントの売却とその売却代金によるトクヤマソーダワラントの購入を勧誘した。その際、Bは、ワラントの特質や危険性等について追加して説明することはなかった。そこで、原告は、同日、右Bの勧誘のままに右ユニチカワラントを単価二七・五ポイント代金九六八万三〇八八円で売却して六七万六八三八円の利益を得る一方、右代金でもってトクヤマソーダワラント二五万単位を単価二五ポイント代金九二二万四六二五円で購入した。

(六) 右トクヤマソーダワラント購入後、Bは、右ワラントの取引価額がかなり下がるまでは、その時価についての情報を原告に対して提供することはなかった。他方、原告は平成三年一〇月ころになって、週刊誌でワラント投資による被害が生じていることを知ったので、Bに問い合わせたところ、そのときには、すでに右ワラントの価額は大幅に下がっていたことが告げられた。しかし、原告は、右ワラントの値下がり分については、被告が損失補償をするものと考え、右ワラントをそのまま所持し続けた。その結果、平成五年一〇月二八日の右トクヤマソーダワラントの権利行使期間が経過するとともに、右ワラントは無価値となった。

以上の事実が認められる。

2  ところで、本件取引の経緯について、証人Bの証言や陳述書(乙一〇七)、あるいは原告本人の供述や陳述書(甲一〇〇)には、右認定と異なる部分があるが、これらは次のとおりいずれも採用することができない。

(一) 証人Bは、本件取引に際し、原告に対してワラントの取引説明書を示して専門用語を使わずにワラントの特質や危険性について易しく説明した旨証言ないしは陳述する。

しかし、Bが原告に対する説明に使ったとされるワラントの説明書は証拠として提出がないばかりでなく、証人Bの証言中には、ワラントの相対取引や権利行使価格について全く説明していない旨の証言がある。加えて、ポイントから時価を算出する方法の説明についての証人Bの証言やワラントの仕組みに関する説明部分の同人の証言は全く具体性を欠いており、証人Bのワラントに対する理解内容は不正確なものであることが認められる。しかも、前記認定のとおりBは原告に対して電話により勧誘しているが、電話にて右内容を説明することはほとんど困難と思われるので、右証言ないしは陳述内容自体疑問といわざるを得ない。したがって、これらのことに照らすと、右ワラントの特質や危険性について易しく説明した旨の証人Bの証言ないしは陳述部分は到底採用することができない。

(二) 他方、原告は、平成四年ころ、被告の社員であるDが原告に残高問合せ書(乙一〇九)の残高確認の印をもらいにきた際に併せて、前記確認書(乙一〇三)に押印をしたから、右確認書の徴収は平成元年一二月一日ではなく、平成四年である旨供述ないし陳述するが、右の供述等は憶測の域をでるものではなく、また、右確認書の押印状況が残高問合せ書の押印状況と異なる上、他の証拠(乙一〇三、一〇八、一〇九、証人B)と対比すると、右原告の供述ないしは陳述内容はすぐには採用できない。

二  ワラントについて

前記争いのない事実及び証拠(甲一、二、一三の1、2、乙一、二の1ないし5、三の1ないし6、一〇二)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  ワラントの意義

ワラントは、昭和五六年の商法改正で創設された新株引受権付社債制度の下で発行される新株引受権付社債(ワラント債)の社債部分から切り離され、それ自体で独自に取引の対象にされている新株引受権、すなわち、発行会社の株式を、一定期間(権利行使期間)内に一定の権利行使価格で一定量購入できる権利ないしはこれを表章する証券である。

2  ワラントの特質と危険性

(一) ワラントには右のようにあらかじめ権利行使期間が定められており、この期間内に新株引受権を行使しないで経過すると、新株引受権は失効し、ワラントは無価値なものとなる。

なお、ワラントの権利行使期間は、あらかじめ四年から六年の幅で定められているが、権利行使期間経過二年前になると事実上取引量は減少して売却が困難になり、権利行使期間経過一年前になると取引が停止される。

(二) ワラントの権利者が、実際に新株引受権を行使して新株の発行を受けるためには、そのワラントで引き受けられる株数分の権利行使価格相当額を支出しなければならない。したがって、株式の時価が右権利行使価格を下回っている場合には、市場で株式を取得した方が有利なので、ワラントを取得する意味はなくなり、ひいては、ワラントの価値は理論的には零になる。このような、ワラントの価値については、右のような株式の時価と権利行使価格との差額(パリティ)と将来の株価の値上がりへの思惑(プレミアム)の合計からなると通常説明されている。

このように、ワラントの価値は、将来、株式の時価が権利行使価格より値上がりすることを前提としたものであり、その価値の変動は株式の時価の変動に連動するが、その変動率は株価より一般に大きいとされ、また、プレミアムによる変動の要素も大きいために極めて不安定である。

(三) ワラントの時価はポイントという指標で表すが、ポイントだけ知っていても、ワラントの額面などがわからなければワラントの時価は算出できず、ひいては一ポイント上がることによっていくら差益が生ずるかも算出できない。

(四) 外貨建ワラントは新株引受権を行使するために発行会社に払い込まなければならない金額が外貨建で定められているので、円での払い込みを前提とすると、現実の払い込み価額は、そのときの為替変動によって変わることになり、ひいては、これを反映してワラントの時価も為替変動の影響を受けることになる。

(五) 外貨建ワラントは、昭和六一年から国内での発売が解禁され、その後、証券会社と顧客との間の相対取引により売買されるのに、ワラントの時価等に付いての公表がない等の問題点が指摘されていた。そこで、平成元年一月から業者間売買市場が創設され、平成元年五月からは、外貨建ワラントの代表的銘柄約四〇銘柄(平成二年七月二五日からは約二〇〇銘柄となる。)の売値と買値についてそれぞれの気配値(各証券会社が取引を希望する価額の平均値)を日本経済新聞紙上で発表することになった。さらに、平成二年九月二五日からは、各証券会社間の外貨建ワラントの取引を原則として日本相互証券株式会社に集中させてその値段を公表することになり、統一的価格が形成されるようになった。

このように、外貨建ワラントは、上場株式等と異なり、証券会社と顧客が当事者となる相対取引で売買されていたものの、右のようにその売値と買値についてそれぞれ気配値が公表されるまで、顧客にとってワラントの時価を知ることは困難であるばかりでなく、その価格形成要因に関する情報も事実上証券会社に集約されていたので、その価格が適正であるか否かはさておくとしても、一般投資家は、ある意味では、証券会社の言い値で売買するしかなかった。

以上の事実が認められる。

三  証券取引における証券会社の注意義務について

証券取引は一般的にいって本来危険を伴うものであり、投資家が損害を受ける危険を内在するものであるから、投資家自身、証券市場に参入するにあたっては、自己の資力・投資判断能力、情報収集力を勘案して、自己に適合した証券投資を自己の判断と責任で選択しなければならない(自己責任の原則)。そして、このことは、本件のようなワラント取引においても当然妥当するものである。

しかしながら、他方、一般の個人投資家が得られる情報は、一般的には新聞や雑誌あるいは証券会社の担当者等からのものに限定されるのに対し、証券会社は、証券に関する専門的知識はもちろん、独自の調査機関を整備して、証券市場を取り巻く政治、経済情勢、証券発行会社の業績、財務状況等について高度の専門的知識、経験、情報等を有する一方で、多数の一般投資家も、これら証券会社の専門的知識や情報等を信頼して証券市場に参入している現状にある。そうすると、これらの状況において、右投資家の信頼を保護するのが相当であるから、信義則上、証券会社及びその社員は、顧客に対し、具体的な事案に応じて、顧客の投資能力(年齢、学歴、職歴、投資経験)、投資資力(取引残高)、投資目的に照らし、その意向と実情に適合した取引が行われるよう努めるとともに、証券会社が勧誘する証券について、特にその証券が一般的に周知されていない場合はもちろん、的確にその証券の内容や特質、その危険性を十分認識させる具体的な情報を提供すべき注意義務を負うことがあるというべきであり、これに違反したときには、証券会社は、具体的状況に応じて違法な勧誘行為に基づく不法行為の法的責任を負うことになる。

四  本件取引における勧誘の違法性について

1  前記認定のとおり、外貨建ワラントには、株式や投資信託などのこれまでの証券取引とは異なって多くの特質やそれに基づく危険性があることが認められる一方、外貨建ワラント取引が国内で開始されてから本件取引までの間にさほどの期間も経過していないものであり、右特質や危険性についての一般投資家間の周知性もほとんどなかったものと認められ、一般投資家がそれらについて正確な知識を得ることは著しく困難であったといわなければならない。

したがって、証券会社は、外貨建ワラントの取引勧誘に当たっては、顧客に対し、右のような特質や危険性について的確な認識を十分に得させるため、少なくとも、①ワラントの意義、②権利行使価格、権利行使期間及びその期間を経過するとワラントは無価値になること、③ワラントは価格表示が複雑な上、その価値を知るには証券会社に問い合わせなければならないこと、④外貨建ワラントは上場株式等と異なり売買の相手方が証券会社である相対取引で売買されることなどについて具体的に説明すべき義務を負っていたものと認めるのが相当である。そして、顧客の投資経験、年齢、資力等に照らして、これらの説明が不十分なまま証券会社の社員による勧誘がなされ、その結果、顧客がワラントの特質や危険性についての認識を十分得ないまま右勧誘に応じたため、損失を被ったときは、証券会社は、右説明義務違反に基づき不法行為による損害賠償義務を負うことになる。

2  そこで、本件における被告の説明義務違反の有無について判断する。

前記認定のとおり、原告は、株式や投資信託の取引の経験を有し、証券取引の仕組みについてある程度の知識は有していたが、本件取引において、Bは、原告に対するユニチカワラントの勧誘に際し、ワラントという言葉を用いたものの、電話を使って単に「ユニチカのワラントが買い時ですよ」などと述べたというだけであり、右①ないし④の各事項について適切な具体的説明を欠いていたことは明らかである。さらに、前記認定のとおり、原告は、トクヤマソーダワラントの取引に先立って被告から取引説明書の交付を受けていたが、右取引説明書の記載内容について具体的説明がなされたことを認めるに足りる証拠はない上、右のとおりBの当初の説明は不十分なものであること、ワラントの意義、特質などが一般的に複雑なことなどに鑑みると、右取引説明書の交付をもって、被告が右①ないし④の各事項の説明義務を尽くしたものと認めることは相当でない。そして、前記認定のとおり、原告にトクヤマソーダワラントを勧誘する際のBの説明は、単に「トクヤマソーダワラントが有望ですから買わんですか」というものであるから、右①ないし④の各事項について何の説明を加えるものではないことも明らかである。したがって、本件取引に際して、Bは右①ないし④の各事項についての説明義務を懈怠したといわざるを得ないので、その余の点を判断するまでもなく、被告は、本件取引により原告が被った損害について、原告に対し、民法七一五条によりこれを賠償する責任を負っていることになる。

五  原告の損害額について

前記認定のとおり、原告は、本件取引に際してのBの違法な勧誘行為によりユニチカワラント及びトクヤマソーダワラントをそれぞれ購入し、その結果、最終的には本件取引により八五四万七七八七円の損失を被ったものというべきであるから、これを原告の損害額と認めるのが相当である。

六  過失相殺について

1  前判示のとおり、証券投資には内在的に投資者が損害を被る危険性が存在するのであるから、証券投資を行おうとする者は、証券の危険性について、自分自身で情報を収集して投資判断をしなければならないのが原則である(自己責任の原則)が、証券会社に証券に関する情報が集中している現状をふまえると、ワラントという新規の証券について顧客自身が自力で十分な情報を収集することは困難であるといわざるを得ない。そこで、顧客は、証券会社を利用して、投資判断に必要な情報を収集することが必要になり、証券会社も顧客への情報提供を行う態勢を整えているのであるから、顧客に対しては、その能力に応じて証券会社への問い合わせなどにより必要な情報収集が求められているといわなければならない。特に取引の対象が新規の証券である場合には、顧客が新規の証券であることを知り得たにもかかわらず、その証券の特質や危険性についてこれを証券会社に問い合わせるなどの情報収集を怠った結果、その証券取引により損失を被ったとしても、顧客の落ち度はこれを認めざるを得ないのである。

2  そこで、本件について見るに、前記認定のとおり原告はかつて投資信託等で失敗して証券投資の危険性を知っている者であり、しかも、原告の年齢、職歴やある団体における会計係という社会内での役割などに照らしてみても、原告の証券取引における能力や知識が特に劣るものとは認められない。にもかかわらず、前記認定によれば、原告は、本件取引の対象たる外貨建ワラントが新規の証券であることを知り得たものの、Bや被告に対してワラントの特質や危険性に関する問い合わせを全くといっていい程に怠っているばかりでなく、取引説明書の交付を受けたにもかかわらず、トクヤマソーダワラントを購入するに際して、Bにワラントの特質や危険性について問いただすことを何らしなかったのであるから、原告には、本件取引において無視することができない落ち度があるといわざるを得ない。

これに対し、原告は、本件ワラントも投資信託の一種と誤解していたものであり、Bは、原告に対し、格別にワラントについての説明も加えずに従前の投資信託の勧誘の時とと同じように勧誘したため、原告の右誤解を解くことができなかったのであるから、原告には落ち度がない旨主張する。しかしながら、証券投資の自己責任の原則は、本件取引においても当然に妥当するものであるところ、「Bを信用していたので、必ず私の信用に報いてくれると信じていた。いずれ損したら補填してくれるものと思っていた」などの原告の供述内容から窺われる原告の本件取引における考え方は、右の自己責任の原則にもとるものといわなければならず、原告の右盲信の態度は、到底是認されるものではない。そして、前記認定のとおり、原告はユニチカワラントを購入した後にその取引報告書を受け取っているが、その記載からは右購入したものがワラントという名称のものであることは理解し得たこと、また、原告が被告からトクヤマソーダを購入する以前に交付を受けた外貨建ワラントに関する取引説明書には外貨建ワラントの危険性につき注意喚起を促す文言があること、原告は、本件取引のうちユニチカワラントの取引によって、短期間のうちに高い利益を上げており、外貨建ワラントがハイリスク・ハイリターンの商品であることは認識し得たことが認められ、そのため、原告には、外貨建ワラントが従前の証券とは違うものであることを認識する機会は十分にあり、ひいては、Bや被告に対して外貨建ワラントの特質や危険性について問いただす機会も十分存在したものと認めることができる。したがって、これらを理由に原告に前記のような落ち度を認めることは当然であり、右原告の主張は到底採用できない。

そうすると、原告は、右落ち度があることによって、本件取引により被った損失のうち、自己責任の原則からいって一定割合につきその損失を負担しなければならないことになる。そして、その割合は、原告の落ち度やBの勧誘行為の違法性の程度、その他本件に現れた諸般の事情を考慮すると、原告の損害額の四割とするのが相当であるから、結局、右過失相殺後の原告の損害額は、五一二万八六七二円となる。

七  原告の弁護士費用について

原告が本訴提起をその訴訟代理人である弁護士に委任したことは、当裁判所に記録上明らかであり、その費用のうち五〇万円を原告の本件取引と相当因果関係にある損害として被告に負担させるのが相当である。

八  結論

以上のとおり、原告の本訴請求は、合計五六二万八六七二円及びこれに対する平成四年一一月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の付帯請求について理由があることになるので、右の範囲内で認容し、その余の請求は失当であるからこれを棄却する。

(裁判長裁判官 中山弘幸 裁判官 渡邉弘 裁判官 松葉佐隆之)

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