福岡地方裁判所 平成4年(行ウ)14号 判決 1998年3月20日
福岡県柳川市大字有明町一六六番地
甲事件・乙事件原告
宮川三勇賓
右訴訟代理人弁護士
永尾廣久
同
中野和信
福岡県大牟田市不知火町一丁目四四の一
甲事件被告
大牟田税務署長 池田勝宣
東京都千代田区霞ヶ関一丁目一番一号
乙事件被告
国
右代表者法務大臣
下稲葉耕吉
右訴訟代理人弁護士
國武格
同指定代理人
畑中豊彦
同
石山敏郎
同
岩本隆志
同
内野清久
同
田島敏行
主文
一 甲事件被告が甲事件原告に対して平成三年一月七日付けでした昭和六三年分所得税に関する無申告加算税の賦課決定処分(ただし、審査裁決による一部取消し後のもの。)を取り消す。
二 甲事件原告のその余の請求を棄却する。
三 乙事件原告の請求を棄却する。
四 訴訟費用は、甲事件についてはこれを一〇分し、その一を甲事件被告の、その余を甲事件原告の各負担とし、乙事件については全部乙事件原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 甲事件請求の趣旨
1 被告が平成三年一月七日付けでした原告の昭和六三年分所得税の更正処分のうち、総所得額金六六〇万七〇二三円、納付すべき税額金一〇九万五六〇〇円を超える部分及び無申告加算税の賦課決定処分(ただし、審査裁決による一部取消し後のもの。)をいずれも取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 甲事件請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
三 乙事件請求の趣旨
1 被告は原告に対し、金一一〇〇万円及びこれに対する平成三年一月七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
3 仮執行宣言
四 乙事件請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 担保を条件とする仮執行免脱宣言
第二当事者の主張
一 甲事件請求原因
1 本件課税の経緯
(一) 原告は、のり養殖業の事業専従者であるところ、原告の長男宮川勇二(以下「亡勇二」という。)が昭和六三年一月二二日に交通事故で死亡したことにより、同年二月四日、柳川郵便局から特別養老保険金(以下「簡易保険金」という。)一四〇〇万九三〇六円の支払を受け、また同年三月三一日、柳川農業協同組合(以下「柳川農協」という。)から一五〇一万九九〇五円の養老生命保険金(以下「第一の共済金」という。)と一五〇二万四二四三円の養老生命保険金(以下「第二の共済金」という。また、第一の共済金と第二の共済金を「本件各共済金」と総称する。)の合計三〇〇四万四一四八円の支払を受けた。
(二) 原告は、右支払合計額四四〇五万三四五四円が相続税法三条一項に規定する「みなし相続財産」に該当するとして、課税価格三四五〇万四〇〇〇円、納付すべき税額七七万五六〇〇円とする相続税の申告書を昭和六三年一〇月五日に被告に提出した。
(三) 原告は被告に対し、平成元年二月八日に課税価格二九五〇万四〇〇〇円、納付すべき税額を〇円とする更正の請求をしたところ、被告はこれを認め、同月一六日付けで相続税の減額更正をした。
(四) 原告は、その後簡易保険金と第一の共済金は「みなし相続財産」に該当せず一時所得に当たるとの被告の指導により簡易保険金一四〇〇万九三〇六円と第一の共済金一五〇一万九九〇五円との合計額二九〇二万九二一一円を原告の一時所得とする昭和六三年分の所得税の確定申告書を平成元年八月二九日に被告に提出した。
(五) 原告は、平成二年三月一五日、第一の共済金は「みなし相続財産」に該当するとして更正の請求をしたところ、被告は同年一二月一八日、更正するべき理由がないとする通知を行い、さらに、平成三年一月七日、第一の共済金のみならず第二の共済金についても原告の一時所得であるとして更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び無申告加算税の賦課決定処分(以下「本件無申告加算税の賦課決定処分」という。)をした。
(六) 原告はこれらに対し、異議申立てをしたが、被告は平成三年三月二五日付けで棄却する旨の異議決定をしたので、同年四月一二日に審議請求をしたところ、国税不服審判所長は平成四年六月一六日付けで本件無申告加算税の賦課決定処分を一部取り消した。
2 被告の処分の違法事由
(一) 本件各共済金の掛金は、いずれも亡勇二が負担したものであって、本件各共済金は「みなし相続財産」に該当するものであるから、被告の処分は違法である。
(二) 原告は、被告が示した見解に従って相続税を納付し、減額の更正処分を得、さらに所得税の確定申告についても、第二の共済金は「みなし相続財産」に該当する旨の見解が示されて、原告はこれを信頼していたのであるから、被告の処分は信義則に反し違法である。
(三) 被告の処分は、その根拠となる本件各共済金が一時所得であるとの認定が全く根拠のない、恣意的なものであるから、手続において違法である。
3 よって、原告は被告に対し、本件構成処分及び本件無申告加算税の賦課決定処分の取消しを求める。
二 甲事件請求原因に対する認否
請求原因1の事実はすべて認め、同2は争う。
三 甲事件被告の主張
1 本件各共済金の掛金のうち、預金口座からの振替による支払は全て柳川農協の原告名義の普通預金口座からなされているので、右掛金の支払者は受取人である原告であり、よって原告が受け取った本件各共済金は原告が負担した共済掛金に基づいて取得した一時金であるから、所得税法一時所得となるので、本件更正処分は適法である。
2 被告は、本件更正処分により増加した納付すべき税額に対して、国税通則法六五条一項に基づいて無申告加算税を賦課決定したものであり、適法な処分である。
3 原告の信義則違反の主張は理由がない。
(一) 原告の相続税の申告は任意に行ったもので、本件各共済金が相続財産に当たるという積極的な指導を被告が行った事実はない。その後の更正の請求の指導も、相続税法の改正の結果、改正前の同法に基づき申告した原告につき税額の変更が生じたので、申告された内容を前提に非課税部分のみを事務的、機械的に是正したにすぎないものであって、本件各共済金が相続財産に当たるとの公的見解に基づいて指導した事実はない。
(二) 原告による所得税の期限後申告書の提出は、被告担当者が原告と面接する前に把握した事実に基づいて一時所得と判断した簡易保険金及び第一共済金について指導したもので、第二の共済金については、その段階で把握された事実を前提にする限り一時所得と判断できなかったにすぎない。
すなわち、被告は柳川郵便局から提出された「生命保険契約等の一時金の支払調書」に保険料等払込人の表示が原告と記載されていることにより簡易保険金が一時所得に該当することが明らかになったことから、本件各共済金についてもその内容の事実確認をする必要を認め、平成二年一〇月ころ、大牟田税務署の中村統括調査官(以下「中村統括官」という。)が柳川農協に臨時調査したところ、「共済契約案内書」によれば第一の共済金については契約名義人である亡勇二の年齢が一一歳であることから、掛金は原告によって負担されていると認めたので、簡易保険金及び第一の共済金について一時所得として申告するよう指導したにすぎない。
(三) 国税通則法によれば、被告は納税申告所の提出があった場合において、その納税申告書に記載された課税標準等又は税額等がその調査したところと異なるときは、その調査により、当該申告書に係る課税標準等又は税額等を更正するとされ(同法二四条)、いったん更正をした後であっても、その更正をした課税標準等又は税額等が過大又は過少であることを知ったときは、その調査により、当該更正に係る課税標準等又は税額等を更正するとされている。(同法二六条)。
本件の場合、前記原告の柳川農協の普通預金等の調査の結果、所得税の期限後申告の指導の時点では把握されていなかった、第二の共済金の掛金が原告によって負担されていた事実が明らかになったのであるから、その段階で更正したとしても、期限後申告の指導の際の公的見解を変更したものでも、これに反する処分を行ったものでもない。
四 乙事件請求原因
1 甲事件請求原因1に同じ。
2 違法行為
(一) 大牟田税務署井樋調査官は、平成元年七月ころ、原告に対して簡易保険金と第一の共済金について、理由を示すことなく一時所得とする所得税の確定申告書に捺印を迫り、原告がこれを拒否するや「契約者と保険金受取人が違う。これは贈与になる。贈与税の対象にもできる。」、「確定申告書を作っているから、それにハンコを押して欲しい。」「応じられないのなら、全部を一時所得とみなして課税する。」と要求に応じないならばあたかも莫大な贈与税が課せられるかの如き文言を弄して脅迫した。
第一の共済金はそもそも亡勇二が掛金を負担していたもので、当然にみなし相続財産に該当するものであるから、右井樋調査官は原告に対して義務なき確定申告所の提出を強要した。
(二) 大牟田税務署中村統括官は、平成二年七月ころ、原告に対し「更正の請求を取り下げて欲しい。もし取り下げないのなら更正をうちます。」と原告を威迫して更正の請求の取下げを強要した。
(三) 原告は、右取下げ強要に応じなかったので、甲事件被告は、第二の共済金についても原告が掛金を負担したので一時所得に該当するとして報復的に本件更正処分を行った。
(四) 甲事件被告は、本件各共済金について、一方では前記のとおり課税価格を〇円とする相続税の減額更正をするなど、相続税の対象であるとした判断を維持しながら、他方、一時所得であるとして本件更正処分を行ったのであり、原告に対して本件各共済金について二重に課税した。
3 原告の損害
原告は被告の右違法行為によって多大な精神的苦痛を余儀なくされたのであるから、これに対する慰謝料は金一〇〇〇万円が相当であり、また、原告は本訴提起に当たって訴訟代理人弁護士に訴訟追行を委任せざるを得なかったから、その弁護士費用の内金一〇〇万円を被告は負担すべきである。
4 よって、原告は被告に対し、国家賠償法一条に基づき金一一〇〇万円及びこれに対する本件更正処分の日である平成三年一月七日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
五 乙事件請求原因に対する被告の認否及び被告の主張
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2(一)の事実は否認ないし争う。
原告は、昭和六三年一〇月五日、亡勇二の交通事故に伴って受領した簡易保険金及び本件各共済金について、相続税の期限後申告書を提出し、七七万五六〇〇円を納付したが、相続税の改正により基礎控除額が引き上げられたため、被告は、原告に対して相続税の更正の請求書を提出するよう指導し、平成元年二月八日原告から提出された右更正の請求書に基づき、同月一六日付けで納税額を〇円とする更正処分を行った。
さらに、その後原告が相続財産として申告していた生命保険金のうちの簡易保険金及び第一の共済金は、所得税法上の一時所得に該当することが判明したので、原告にはがきにより来署を求め、相続財産ではなく一時所得に該当する旨を原告及び原告の関与税理士である喜多淳児(以下「喜多税理士」という。)に説明したところ、原告は右説明に納得して平成元年八月二九日に所得税の期限後申告書を提出したものであり、原告の主張する強要等の事実はない。
3 同2(二)の事実は否認ないし争う。
大牟田税務署職員は、原告との第一回目の面接の際に、原告が第二の共済金については、あくまでも「みなし相続財産」に該当すると主張したので、第二回目の面接の前に柳川農協に臨場して、原告に支払われた共済金について調査したところ、本件各共済金について、その全てが原告の一時所得であることが判明した。そこで、右職員は原告に対し、更正の請求の取下げと併せ、新たに判明した第二の共済金についての所得税の修正申告書を提出するように指導したものであり、原告が主張するような原告を威迫して強要した事実はない。
4 同2(三)の事実は否認ないし争う。
大牟田税務署職員は、右記載の更正の請求に基づく調査の過程において、本件各共済金が原告の一時所得に該当することが明らかとなったため、更正の請求についてはその取下げを、第二の共済金については、修正申告書を提出するよう原告に説明し指導したのであるが、それにもかかわらず原告がこれに応じないため、大牟田税務署長は、やむを得ず本件更正処分を行ったものである。
5 同2(四) の事実のうち一定の期間二重課税の状態であったことは認めるが、その余の主張は争う。
二重課税の状態にあった事実によって原告と被告の間に新たな債権債務の関係を生じさせた事実はないし、その後の相続税の更正処分の結果、右状態は解消しているから、原告について一時的に二重課税の状態が発生したことになったとしても、原告に損害は発生しない。
6 同3は争う。
理由
第一甲事件について
一 本件課税処分の経緯等(乙事件も共通)
当事者間に争いのない事実、証拠(甲第一号証ないし第五号証、証人中村政勝、同井樋博志、同青柳義雄、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、本件課税処分の経緯等について以下の事実が認められる。
1 原告はのり養殖業の事業専従者であり、亡勇二(昭和四三年二月一七日生)はその長男であったが、原告は、亡勇二が昭和六三年一月二二日に交通事故で死亡したことにより、同年三月三一日、柳川農協より第一の共済金(別紙第一の養老生命共済契約に基づく死亡共済金)及び第二の共済金(別紙第二の養老生命共済契約に基づく死亡共済金)の合計金三〇〇四万四一四八円の支払を受け、同年一〇月五日、右二口の共済金はいずれも相続税法三条一項に規定するみなし相続財産に該当するとの理解の下に、相続税の申告書に課税価格三四五〇万四〇〇〇円、納付すべき税額七七万五六〇〇円と記載して被告に期限後申告をした。
2 原告は、大牟田税務署の吉原統括官より「相続税の更正の請求書等の送付について」と題する書面を受領し、相続税法改正による控除額の変更に伴い、相続税額の減額を受けることができることになったことを知ったので、平成元年二月八日、被告に対し、課税価格二九五〇万四〇〇〇円、納付すべき税額を〇円とする更正の請求をしたところ、被告は同年二月一六日、右内容の減額更正処分をした。
3 その後、大牟田税務署の井樋調査官は、前記吉原統括官より本件の引継ぎを受け、その際同人より簡易保険金及び本件各共済金が一時所得に該当するとの説明を受けたが、その後柳川農協両開出張所への臨場調査の結果、右のうち簡易保険金と第一の共済金は一時所得に該当するが、第二の共済金はみなし相続財産に該当すると判断し、右理解の下、同年七月ころ、原告に対し柳川市民会館への出頭を求めた。これに対し、原告は柳川民主商工会の青柳事務局長に相談の上、右場所へ出頭したところ、井樋調査官は簡易保険金及び第一の共済金が原告の一時所得であるとする旨の所得税の確定申告書を作成し、署名捺印を求めた。原告はその後再度青柳事務局長に相談の上、同人と共に大牟田税務署に行き、井樋調査官に面会し、説明を求めたところ、同調査官から第一の共済金については贈与税の対象にもなるといった趣旨の回答を得たので、原告は、喜多税理士と相談の上、これに応じ、簡易保険金及び第一の共済金は原告の一時所得であるとして、同年八月二九日、昭和六三年分所得税の確定申告書に総所得金額(一時所得の金額)一三九三万三九一一円、納付すべき税額三五二万一二〇〇円と記載して、喜多税理士を通じて被告に期限後申告をした。
4 被告は同年九月一二日、右所得税について右のとおり確定申告書が法定期限後に提出されたため、国税通則法六六条一項本文により納付すべき税額五二万八〇〇〇円とする無申告加算税の賦課決定処分をした。
これに対し、原告は被告に対し、同年一一月一〇日、右処分の取消しを求める異議申立てをし、平成二年一月二〇日、無申告加算税につき還付を受けたので、右異議申立てを取り下げ、被告は、同年一月二二日、原告が確定申告書を法定期限内に提出しなかったことについて国税通則法六六条一項ただし書にいう「期限内申告書の提出がなかったことについて正当な理由があると認められる場合」に該当するとして、無申告加算税について納付すべき税額〇円とする無申告加算税の賦課変更決定処分をした。
5 原告は被告に対し、平成二年三月一五日、青柳事務局長に相談の上、第一の共済金はみなし相続財産に該当するとして、所得税の更正の請求をした。そこで、大牟田税務署の中村統括官は本件各共済金の掛金の負担者が原告であるか、あるいは亡勇二であるかを調査するため、同年九月ころ、柳川農協両開出張所に臨場調査を行い、同年一〇月一六日に大牟田税務署において原告と面談して事情を聴取し、当時の大牟田税務署長及び国税局に相談の上、本件各共済金の掛金の負担者は原告であり、よって本件各共済金はいずれも一時所得であると判断し、同年一〇月二十四日、原告に対し右更正の請求の取下げを打診し、第二の共済金について修正申告書を提出する必要がある旨説明した。
他方原告は、同年九月三〇日、牛島税理士を代理人として第一の共済金もみなし相続財産である旨の「昭和六三年分所得税更正の請求についての請求理由の補正書」と題する書面(甲第五号証)を提出したほか、同年一〇月ないし一一月ころ、牛島税理士は中村統括官と面談し裁決例を渡すなどしたが被告は同年一二月一八日、更正すべき理由がない旨の通知を行った。これに対し、原告は被告に対し、同年一二月二七日、異議申立てをした。
6 被告は原告に対し、平成三年一月七日、第二の共済金も一時所得に該当するとの理由で、総所得金額(一時所得の金額)二一三一万五一八二円、納付すべき税額六五六万七五〇〇円、無申告加算税の額四五万六〇〇〇円とする本件更正処分及び本件無申告加算税の賦課決定処分をした。
これに対し、原告は被告に対し、同年三月一日に異議申立てをしたが、被告は同月二五日、右異議申立てを棄却した。
7 原告は平成三年四月一二日、国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、被告は同年四月二六日に納付すべき税額〇円とする相続税の減額再更正を行い、国税不服審判所長は平成四年六月一六日、前記通知及び本件更正処分に対する審査請求を棄却し、本件無申告加算税の賦課決定処分の一部を取り消した。この結果、裁決による金額は、総所得金額(一時所得の金額)二一三一万五一八二円、納付すべき税額六五六万七五〇〇円、無申告加算税三〇万四〇〇〇円(ただし過少申告加算税相当額)となった。
二 本件更正処分の違法事由の有無につき判断する。
1 本件各共済金を原告の一時所得と認定した点について
(一) 原告は、本件各共済金の掛金は亡勇二が負担したものであり、本件各共済金はみなし相続財産となるにもかかわらず、原告の一時所得に該当するとして被告が行った本件更正処分は違法な処分であると主張する。
ところで、税法上、被共済者の死亡により共済金を取得した場合、その共済金が一時所得として所得税の課税対象となるのか、あるいはみなし相続財産として相続税の課税対象となるのかはその共済金に対応する共済掛金の負担者が誰であるかによって判断すべきであるとされる(相続税法三条一項一号、所得税法三四条一項)。そこで、本件各共済金の掛金を負担したのは亡勇二であるか、あるいは原告であるかを検討するに、以下の事実が認められる。
(1) 本件掛金の支払状況
前記認定事実によれば、第一の共済金にかかる共済契約は昭和五四年八月二八日契約締結、共済掛金六万二九〇〇円、共済掛金払込期日年一回毎年の契約応当日とされ、第二の共済金にかかる共済契約は昭和六一年二月一五日契約締結、共済掛金九万二〇〇〇円、共済掛金払込期日年一回毎年の契約応当日とされていたところ、証拠(乙第四号証の一ないし七)によれば、昭和五九年以降の本件各共済金の掛金のうち、貯金口座からの振替による支払は次のとおり全て柳川農協両開出張所の原告名義の普通貯金口座からなされていることが認められる。
<1> 第一の共済金
昭和五九年八月二日 四万四七六〇円
昭和六一年八月八日 四万一九六八円
<2> 第二の共済金
昭和六一年二月二六日 九万二〇〇〇円
昭和六二年六月三〇日 九万二〇〇〇円
また、乙第五号証の五、六、乙第六号証によれば、第一の共済金の掛金の一部は次のとおり現金で支払われていることが認められる。
昭和六〇年一〇月三〇日 四万五三五四円
昭和六二年一一月二五日 四万三九五八円
(2) 亡勇二の当時の生活状況等
証拠(甲第一号証、原告本人)によれば、亡勇二は、昭和五九年七月及び八月に北九州市八幡区所在の堀プラント工業に勤務し(この間同会社の寮に入寮)、月約一〇万円の収入を得ていたが、同年一〇月から昭和六〇年一月までの間は福岡県大牟田市所在の古賀建設工業に勤務し(この間同会社の寮に入寮)、各月四万四七〇〇円、九万九九〇〇円、七万三二〇〇円、四万一三〇〇円の収入を得、昭和六〇年二月から同年五月までは福岡県大牟田市所在の岡鉄工所に勤務し(この間原告の自宅より通勤)、各月一一ないし一三万円程度の収入を得、同年一〇月から昭和六一年四月まで福岡県大川市所在の丸八ガラス店に勤務し(この間原告の自宅より通勤)、各月一一万一三九〇円、一二万八七三五円、二〇万九四八〇円、八万〇五八二円、七万四二一〇円、九万〇二七五円、二万五七二〇円の収入を得(なお、昭和六〇年七月及び八月は堀プラント工業に勤務していた事実は認められるものの、給与額は不明である。)同年四月から八月までは福岡県大牟田市所在の永井商事株式会社に勤務し(この間原告の自宅より通勤)、各月一万六〇〇〇円、一〇万一八七八円、六万六二四五円、一〇万二四三一円、一八万九六二三円の収入を得、昭和六二年五月から七月までの間前記堀プラント工業に勤務し、各月五万八四〇〇円、二一万七〇〇〇円、五万円の収入を得ていた。また。昭和六一年九月ころから同六二年四月ころまで及び同年八月ころ以降は原告が従事するのり養殖業の手伝いをし、原告より毎月一〇万円程度の収入を得ていた(このうち、三、四万円を現金で交付され、差額は後述のローンの支払に充てるなどしていた。)
他方、乙第一一号証の一、二及び原告の供述によれば、亡勇二はオリエントファイナンス大牟田営業所他三社との間で自動車部品代等名目でローンを組み、合計五四万九九二五円の負債を有しており(昭和六三年一月二六日現在)、ローンの支払は前記のとおり原告が立替払する場合を除き、亡勇二が柳川信用金庫の同人名義の預金口座から支払っていた。
(二) 以上の認定事実から、本件各共済金の掛金の負担者が原告か亡勇二かにつき判断する。
(1) 昭和五九年以降の第一の共済金の掛金の一部及び第二の共済金の支払は前記認定のとおり原告名義の貯金口座からなされているが、このように貯金口座からの振替によって共済掛金の支払がなされている場合は、右掛金の負担者は事情なき限り貯金口座の名義人であると解するのが相当である。
そこで、右の特段の事情の有無につき検討するに、原告は毎月本件各共済金の掛金の支払のために亡勇二から二、三万円を受領していたと供述し、前記認定事実によれば、確かに亡勇二は昭和五九年以降は毎年掛金を負担できるだけの収入を得ており、(のり養殖業の専従期間も同様)、必ずしも右掛金の支払能力がないとはいえない。しかし、乙第四号証の一ないし七(普通貯金元帳)によれば、本件各共済金の掛金の支払日前の現金による入金額は右共済金の掛金の額に満たないことが認められ、それ以上に原告が亡勇二から本件各共済金の掛金として金員を受領していたとか、亡勇二が右貯金口座に現金を入金していたとか、原告が掛金分を贈与していたと認めるに足りる的確な証拠はないし、かえって前記認定事実によれば亡勇二は柳川信用金庫に自己名義の預金口座を有しているのに右口座から本件各共済金の掛金が支払われた形跡は窺えないこと、乙第一一号証の一、二、原告の供述によれば、亡勇二は自動車の購入費名目の借入金及び自動車の部品代金で合計二四〇万三九六六円の負債を有しており、右掛金の負担能力につき疑問の余地があることが認められる上、仮に原告の供述のとおり亡勇二が毎月金員を原告に支払っていたことが認められるとしても、かかる金員が家族の一員として家計の一部を負担する趣旨を超えて本件各共済金の掛金の支払を目的としたものであるかどうかにつき原告はあいまいは供述をしており、他にこれを認めるに足りる証拠もないのであるから、結局、本件全証拠をもってしても右特段の事情の存在は認められないというべきである。
なお、原告は右貯金口座は原告の一家が共同で管理し使用していた農協口座であるから、右口座から本件各共済金の掛金が支払われたとしても、これをもって原告が同掛金の出捐者であるとすることはできないと主張するが、原告の供述によれば、原告の家族は原告と妻がのり養殖業及び農業に従事しており、家族の生計の支柱は原告であると認められることに加え、右口座が原告名義であることを考えると、右口座の貯金者は原告であると認められるべきであるから、原告の右主張は採用できない。
(2) 昭和五九年以降の第一の共済金の一部は現金で支払われているが、これらはいずれも共済金掛金払込期日である八月二八日の経過後に支払われており、前記貯金口座の残高が不足したことにより現金で支払われたものと認められる上、証人今村和徳の証言によれば柳川農協両開出張所に右掛金を持参した者は亡勇二ではないことが認められることから、これについても共済掛金の負担者を亡勇二と認めることはできない。また、昭和五八年以前の第一の共済金の掛金の支払方法は明らかでないが、当時亡勇二が稼働していなかったことは原告の供述により明らかであるから、これについても共済掛金の負担者を亡勇二と認めることはできない。
(3) よって、本件各共済金の掛金の負担者は原告であって亡勇二ではないと認められるから、本件共済金を原告の一時所得に該当するとして被告が行った本件更正処分は適法であり、これを違法とする原告の主張は理由がない。
2 本件更正処分の信義則違反の有無
原告は、本件更正処分は信義則に反し違法であると主張する。
ところで、租税法規に適合する課税処分について、法の一般原理である信義則の法理の適用により、右課税処分を違法なものとして取り消すことができる場合があるとしても、法律による行政の原理なかんずく租税法律主義の原則が貫かれるべき租税法律関係においては、右法理の適用については慎重でなければならず、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分にかかる課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合に、初めて右法理の適用の是非を考えるべきものである。そして、右特別の事情が存するかどうかの判断に当たっては、少なくとも、税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したことにより、納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動したところ、のちに右表示に反する課税処分が行われ、そのために納税者が経済的不利益を受けることになったものであるかどうか、また、納税者が税務官庁の右表示を信頼しその信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないかどうかにより決するのが相当である。(最高裁判所第三小法廷昭和六二年一〇月三〇日判決・裁判集民事一五二号九三頁参照)。
これを本件についてみるに、原告は先に認定のとおり昭和六三年一〇月五日に本件共済金はみなし相続財産に当たるとする確定申告書を被告に提出し、被告はこれを受理しているが、これは当該申告書の申告内容を是認することを何ら意味するものではないし、その後平成元年二月に大牟田税務署職員が相続税の減額更正を指導しているが、これは相続税法の改正に伴った処理であり、これをもって納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したとはいえない。また、被告から本件各共済金がみなし相続財産に当たるとの見解が積極的に原告に示されたことを裏付ける的確な証拠はないし、本件において、少なくとも本税に関する限り客観的に正当な事実関係に基づき所得税の課税処分を受けることが原告の経済的不利益であるということもできない。したがって、本件更正処分は何ら信義則に反するものではない。
3 手続上の違法
原告は、本件更正処分はその根拠となる、本件各共済金が一時所得であることの認定が全く根拠のない、恣意的なものであるから、手続において違法であると主張するが、前記認定事実に照らせば、被告の右認定には合理的根拠があると認められ、なんら恣意的であるとは認められないのであるから、右原告の主張は理由がない。
三 本件無申告加算税の賦課決定処分の違法性に有無について判断する。
前記認定事実及び甲第一号証によれば、国税不服審判所長は、原告が第二の共済金を一時所得として申告しなかったことについて同法六五条四項に規定する「正当な理由」があるとは認められないとして、本件無申告加算税の賦課決定処分のうち過少申告加算税相当額を超える部分についてのみ取り消したことが認められる。
しかしながら、前記認定事実、証人牛島昭三の証言及び原告の供述によれば、井樋調査官は平成元年七月ころ原告に対し簡易保険金及び第一の共済金について一時所得であるとの指導を行っているが、この際第二の共済金については何ら言及していないこと、むしろ同調査官は第二の共済金はみなし相続財産であると判断していたこと、原告はこの時喜多税理士から第二の共済金はみなし相続財産と認めてもらったと聞いていること、被告はその後の柳川農協での臨場調査の結果、第二の共済金も一時取得であると判断し、原告は平成二年一〇月に初めて中村統括官より第二の共済金は一時取得であるとの修正申告書を提出するよう指導されたこと、これに対し原告は牛島税理士と相談し、同税理士の見解に従って右指導に応じることなく本件更正処分を受けたことが認められる。
以上によれば、原告が第二の共済金を一時所得として申告しなかったことには相当の事情があったというべきであり、このことは同法六五条四項にいう「正当な理由」に該当すると認められるので、本件無申告加算税の賦課決定処分(ただし、審査裁決による一部取消し後のもの。)は違法であり、したがってその全部を取り消すのが相当である。
第二乙事件について
一 請求原因2(被告の違法行為)について判断する。
1 同(一)について
先に認定したとおり、井樋調査官は平成元年七月ころ、原告に対し柳川市民会館への出頭を求め簡易保険金及び第一の共済金は原告の一時所得であるとする旨の確定申告書を作成し、贈与税に関する説明も行いつつ、右申告書に署名捺印を求めた事実は認められるが、簡易保険金及び第一の共済金が原告の一時所得であって、原告が確定申告の義務を負うものであることは右に認定したとおりであるから、井樋調査官の右行為は原告に対して義務なき確定申告書の提出を強要する違法行為であるとは認められない。
2 同(二)、(三)について
また、中村統括官が、平成二年一〇月ころ、原告に対し更正の請求の取下げを打診した事実は先に認定したとおりであるが、これは同統括官が柳川農協への税務調査により判明した事実に基づいてした税務指導であると認められるから何ら違法行為であるとはいえないし、第二の共済金が原告の一時所得であることは右に認定したとおりであるから本件更正処分は何ら違法行為であるとはいえない。
3 同(四)について
甲事件被告の本件更正処分により一時的に本件各共済金につき二重課税の状態となったことは当事者間に争いがないが、先に認定のとおり、大牟田税務署長は平成三年四月二六日に納付すべき税額〇円をする相続税の減額再更正を行い、本件各共済金を相続税の課税標準から除外し、二重課税状態は解消しているのであり、右一時的かつ形式的な二重課税の状態により原告に精神的苦痛等何らかの損害が生じたとは到底認められない。
4 よって、本件において大牟田税務署長ないし同署員の違法行為及び原告の損害はいずれも認められず、原告の主張は理由がない。
第三結論
以上によれば、原告の本訴請求のうち、甲事件にかかる本件無申告加算税の賦課決定処分の取消しを求める部分は理由があるからこれを認容し、その余の請求及び乙事件の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六四条本文、六五条一項本文を適用して、主文のとおり判決する(平成九年一二月二四日口頭弁論終結)。
(裁判長裁判官 野崎彌純 裁判官 青木亮 裁判官 上田洋幸)
別紙
第一
契約番号 三九六二
契約年月日 昭和五四年八月二八日
共済契約者 原告(昭和五五年九月三〇日に亡勇二に変更)
被共済者 亡勇二
死亡共済金受取人 原告
死亡共済金額 一五〇〇万円
共済掛金額 年額六万二九〇〇円
共済掛金払込方法 年払
共済掛金払込期日 毎年の契約応当日
第二
契約番号 四九五〇
契約年月日 昭和六一年二月一五日
共済契約者 亡勇二
被共催者 亡勇二
死亡共済金受取人 原告
死亡共済金額 一五〇〇万円
共済掛金額 年額九万二〇〇〇円
共済掛金払込方法 年払
共済掛金払込期日 毎年の契約応当日