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福岡地方裁判所 平成6年(ワ)2557号 判決 1999年9月02日

原告

甲野太郎

外二名

右三名訴訟代理人弁護士

伊黒忠昭

稲村鈴代

松浦恭子

被告

福岡県

右代表者知事

麻生渡

右訴訟代理人弁護士

俵正市

山田敦生

主文

一  被告は、原告甲野太郎に対し、金一億五三五六万三二九〇円及びこれに対する平成六年四月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告甲野太郎のその余の請求並びに原告甲野一郎及び原告甲野花子の各請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その三を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決の第一項は、仮に執行することができる。ただし、被告が原告甲野太郎に対し金一億二〇〇〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実及び理由

第一  請求

一  被告は、原告甲野太郎に対し、二億四一七七万七六七八円及びこれに対する平成六年四月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告甲野一郎及び原告甲野花子に対し、それぞれ五五〇万円及びこれに対する平成六年四月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告甲野太郎(以下「原告太郎」という。)が高校二年生当時の運動会での大将落としの騎馬戦(以下「本件騎馬戦」という)において発生した事故(以下「本件事故」という。)によって傷害を負い、後遺症が残ったとして、原告太郎及びその両親が、高校を設置している被告に対して、債務不履行(安全配慮義務違反)に基づく損害賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実等

以下の事実は、当事者間に争いがないか、又は括弧内掲記の証拠により容易に認めることができる。

1  当事者

(一) 被告は、福岡県春日市春日公園<番地略>に福岡県立春日高校(以下「春日高校」という。)を設置している。

(二) 原告太郎(昭和四五年六月二六日生)は、昭和六一年四月春日高校に入学し、昭和六二年九月当時、二年八組に在籍していた者である。

原告甲野一郎(以下「原告一郎」という。)及び原告甲野花子(以下「原告花子」という。)は、原告太郎の両親である。

2  事故に至る経緯

(一) 運動会の準備

(1) 春日高校は、昭和五三年の創立以来、毎年九月一〇日に運動会を開催し、騎馬戦を運動会の競技種目の一つとして採用し、実施してきたが、その方法は、開校以来大将落としであった。大将落としとは、対戦相手の大将騎馬の騎士(大将)を先に引きずり落とした方が勝というルールの騎馬戦である(証人瀬口)。

運動会のプログラムは、毎年、体育科所属教諭と生徒会による運動会実行委員会(以下「実行委員会」という。)の委員長(体育委員長が務めた。)が話し合って原案を作成した後、職員会運営委員会(以下「運営委員会」という。)に諮り、職員会議で決定された。

(2) 昭和六二年六月中旬、体育科において同年度の運動会の担当者に釜瀬洋一教諭(以下「釜瀬教諭」という。)が選出された。釜瀬教諭は、実行委員長と話し合って運動会の原案を作成した。原案には例年通り騎馬戦が入っており、審判方法は帯同型(対戦の一方の側の騎馬それぞれに審判員が一人ずつ付き、したがって審判の対象となる騎馬が決まっており、騎馬の移動に伴い、担当の審判員が移動する審判方法である。)であった。この方法は、開校時から体育科教諭として春日高校に在職していた瀬口俊光教諭(以下「瀬口教諭」という。)の過去の経験、及び対戦場面に必ず審判員がいるべきであるという理由で採用されていた(証人瀬口)。

体育科会議で作られた原案は、運営委員会を経て、七月上旬職員会議に諮られたが、特に意見もなく、学校長は、原案通りプログラムを決定した(乙六)。

(3) 同年七月上旬の体育科会議で運動会の具体的実施要領が検討されたところ、騎馬戦について、前年生徒から相手の反則をとってもらえなかったとの不満があったとの報告があり、審判員の配置や数のバランスを考慮し、大将を中心とした陣を囲むようにして、各ブロックにつきそれぞれ同数の審判を配置した方がよいという結論に達した。これによれば、各審判員の立つ位置はあらかじめ決められてはおらず、大将騎馬審判員を除くと、各審判員には前年まであった担当騎馬がなくなり、審判の対象となる騎馬を決めず、見える範囲の不特定の騎馬を審判し、どう動くかは各審判員の判断に委ねられることとなった(乙六、証人瀬口、同釜瀬)。

同年八月二一日の職員会議において、釜瀬教諭は、全職員に対し実施要領案を配布し、職員の審判を要する競技については、ルールを読み上げ、反則は厳しくとること等の留意点を説明し、騎馬戦については、審判方法に変更があることの説明をした。その際、馬同士が攻撃してはならないこと、馬は頭を下げて攻撃してはならないこと、後ろから攻めてはならないことも説明した(乙六 証人釜瀬)。

瀬口教諭は、変更後の新しい審判方法では、対戦する騎馬が固まっている時は、審判員各自の判断で柔軟に対応すること、騎士が地面に着いてはいないがこれ以上対戦を継続することが危険だと判断した場合、勝敗を決して対戦を中止させること、騎士が落ちそうになったり、騎馬が重心を失って倒れそうなときに支えてやることが必要であると考えていたが、職員に対しては、このような具体的指示はしなかった(証人瀬口)。

(4) 本件騎馬戦の実施要領は次のとおりであった(乙三の6)。

① 競技方法  大将落としとし、トーナメントを行い、三、四位は同順位とする。

② 試合時間  九〇秒間とし、勝負がつかないときには大将同士二分間、それでも勝負がつかないときは抽選により、決勝では同点優勝とする。

③ 服装  色別はちまきを着け、大将のみラガーシャツを着用する。ベルト、眼鏡、コンタクト等の使用は禁止する。

④ 点呼等  入場前、各ブロックの格闘技長は点呼し招集係に報告する。

⑤ 勝負の判定  全体の判定については、審判の退場命令(暴力等)に対し直ちに退場しない場合、大将の身体の一部が地面に触れたとき及びこれ以上継続が危険と判断されたとき、大将に対する反則が行われたとき、大将馬の三人がフィールド外に出たとき、同一チームが二回以上の反則を犯したときは負けとし、時間内に勝負がつかないときは反則の少ない方が勝ちとする。

部分の判定については、騎士の身体の一部が地に触れたときやこれに近い状態で継続が危険と判断したとき、騎士が自分の馬から離れたとき、暴力行為、不正行為があった場合は負けとし、三騎以上が重なって倒れた場合は、一番上の騎士のみ再乗馬できることとする。

⑥ 反則行為  不正行為と暴力行為とに分類する。

不正行為には、危険物の保持、人員の規定数オーバー、明らかに落馬している者が相手騎士や馬をつかんで離さない行為、騎士の馬から離れての飛び込み、騎士以外の騎馬が相手の騎士を引きずり降ろしたり、直接攻撃したりすること、騎士が大将を囲んで腕を組む行為がある。

暴力行為には、審判に対する暴言や抵抗、相手チームの者に対する殴る、叩く、蹴る、髪をつかむ等の行為がある。

⑦ 減点  暴力行為、不正行為が一試合中二回行われれば反則負けで得点は零点となる。暴力行為、不正行為は、勝敗にかかわらず、一回の場合は一〇点、二回以上の場合は五〇点を総合得点から減点する。

⑧ 審判  審判員は絶対的権限をもち、一度下した判定はくつがえせない。反則と判断された者は直ちに審判長の前に正座する。

(5) 本件騎馬戦においては、一騎馬に対して複数騎馬が攻撃することが禁止されていなかった(証人釜瀬)。

(6) 実行委員会により、生徒が組単位で青緑黄赤の四つのブロックに分けられ、原告太郎の所属していた二年八組は青ブロックとなった。各ブロックごとに生徒の中からブロックのリーダーであるいわゆるブロック長と各競技種目のリーダーが決定された。

(二) 練習について

(1) 昭和六二年九月一日午後から運動会の練習が開始され、同月九日まで毎日練習が行われた。練習は、生徒の自主性に委ねられており、競技練習は実行委員会、各ブロック長及び各競技種目のリーダーの指導で行われた(甲二〇、乙三の14)。

(2) 騎馬戦については、練習時に男子生徒が身長順に並び、その順に四人ずつで一組の騎馬を作った。原告太郎は、藤井高志(以下「藤井」という。)、中川富久(以下「中川」という。)、金子慎治(以下「金子」という。)とともに騎馬(以下「原告騎馬」という。)を作り、中川が騎士、原告太郎が先頭馬、藤井が右馬、金子が左馬となった。この役割分担は、練習、本番を通じて変わらなかった。四人の身長は、一七一ないし一七五センチメートルであり、ほとんど身長差がなかった(甲二〇)。

(3) 釜瀬教諭は、同年九月七日の予行練習の際、選手、審判員を全員集めて本件騎馬戦の実施要領を説明し、同月九日審判員に対し、本件騎馬戦については反則を厳しくとるよう要請した(証人釜瀬、同瀬口)。

(三) 運動会当日の本件事故の発生について

(1) 昭和六二年九月一〇日午前八時三〇分、春日高校運動場において運動会が開始された。

(2) 同日午後三時ころ、本件騎馬戦が開始された。各ブロックそれぞれ二七騎が出場し、うち一騎が大将であった。ブロックごとに、大将騎馬以外の騎馬を攻めのチームと守りのチームに分け、陣形もそれぞれ工夫を凝らしていた。

(3) 原告太郎が所属していた青ブロックは、一回戦で赤ブロックと対戦して勝ち、決勝戦で同様に勝ち進んだ緑ブロックと対戦した。青ブロックは、攻撃チームを一四騎、守備チームを一四騎とした(乙五)。

青ブロックの守備チームは、大将騎馬を中心にして、大将騎馬に背を向けて丸く囲み、守備騎馬の間から相手騎馬が侵入し大将騎馬に直接攻撃することがないよう、守備騎馬同士の体が接する程度に接近して陣を組んだ。原告騎馬は、大将騎馬の正面の位置に、相手方と正面に向き合って立った(甲二〇、乙五、証人藤井)。

審判員は、審判長一名の他、各ブロックにそれぞれ一五名の審判員(うち一名が大将審判)がつき、対戦開始前は各ブロックの騎馬の後方に並んでいた(乙五)。

緑及び青ブロックの陣組が完了したのを確認して、審判長であった釜瀬教諭が午後三時二七分ころ開始のピストルを鳴らした。

決戦時が開始されると、緑ブロックの攻撃の一番先頭を走ってきた相手騎馬が、青ブロックの守備騎馬の先頭馬役であった原告騎馬に勢いよくぶつかってきた。そのため、原告騎馬は体勢を崩したものの、何とか崩れずにもちこたえていたが、緑ブロックの騎馬が次から次へと押し寄せてきたために、原告騎馬は青ブロックの大将騎馬を含む敵味方の騎馬数騎とともに一塊になって倒れた。そして、青ブロックの大将が落馬したため試合は終了した。

本件事故発生時、青ブロックの守備騎馬を緑ブロックの攻撃騎馬が取り囲むようにして攻撃していたその周囲を、審判員がほぼ円形に取り組んでいた(乙五)。

(4) 本件騎馬戦の競技中、釜瀬教諭は、審判長として双方の大将審判員の方を注視しており、原告騎馬が対戦しているところを注視していたわけではなかった(証人釜瀬)。

(5) 春日高校教諭占部正己(以下「占部教諭」という。)は、本件騎馬戦において、審判員の一人であり、原告騎馬に相手騎馬が一番最初にぶつかってきたとき、原告騎馬から二、三メートル程度離れた位置におり、原告騎馬の方を見ていたが、その後、別の騎馬を見ていたので、原告騎馬が倒れるところは見ていなかった。占部教諭は、本件騎馬の競技中、ほとんど当初の位置から動かずにいた(証人占部)。

(6) 試合終了後、折り重なった倒れていた生徒が、上から一人ずつ起きあがっていったが、一番下に倒れていた原告太郎は倒れたまま起きあがらなかった。原告太郎の異常に気付いた占部教諭らが原告太郎を担架で本部席の救護班席に運び、同人は、その後救急車で徳州会病院に搬送された。

3  原告太郎の負傷及びその後のリハビリ等

(一) 原告太郎は、福岡徳州会病院に搬送された後、労働福祉事業団総合せき損センター(以下「せき損センター」という。)へ搬送された。せき損センターに到着した後、第四頸椎脱臼骨折、頸髄損傷、四肢麻痺との診断を受け、そのまま入院し、その日のうちに第四頸椎を整復固定する手術が行われた。

(二) 原告太郎は、手術後も自力で呼吸することが困難な状態となり、人工呼吸器が装着された。人工呼吸器を外した後も、一分間に三、四回しか呼吸しない状態が続いた。原告花子は、二四時間原告太郎に付き添い、呼吸の状態を監視し、原告太郎の胸を叩いたりする方法で呼吸筋を刺激して、呼吸が途絶えないようにし続けた。

原告太郎は、痰がよく出たが、肺活量が五〇〇シーシーしかないため、胸部を圧迫するとか叩く等して痰を出してやらなくてはならなかった。

手術後一か月間、原告太郎は、生命の危険に直面し、看護婦の資格を有していた原告花子の付添看護によりようやく生き続けることができた(甲二一、原告花子本人)。

(三) 手術後二か月が経過して、原告太郎は、リハビリ訓練を開始したが、それまで寝たきりの状態であり、重力に対して身体が対応できなくなっていたため、リハビリ開始後一か月くらいして、ようやくベッド上で座位の姿勢をとることができるようになった。

次に車椅子に座る訓練を行ったが、原告太郎の最高血圧は七〇ないし八〇程度しかなく、車椅子にもめまいや息切れでなかなか座れない日が続いた。

原告太郎は、現在も、一旦車椅子に座っても、自分で身体のバランスをとったり、身体の向きや座り具合を調整することができないので、原告花子らが正しい位置に身体を据えてやり、ベルトで固定しなければならない(甲二一、原告花子本人)。

(四) 原告花子及び原告一郎は、原告太郎が自宅でも生活することができるように、退院前からリフト等の設備を設ける等の改造工事をし、原告花子は、車の免許を取得し、自家用車を購入した(甲一二の1ないし3、一三の1・2、一四の1ないし11、二一、原告花子本人)。

(五) 原告太郎は、平成元年五月二七日までせき損センターに入院して治療を受け、退院後も通院してリハビリ治療を続けた。

(六) 原告太郎は、同年九月春日高校に復学し、平成三年同高校を卒業し、平成四年四月国立九州工業大学に入学、平成八年三月同大学を卒業、同年四月同大学大学院入学、平成一〇年三月同大学院を卒業し、インターネットのプロバイダーを主な業務とする会社に勤務している。右会社へは週二、三回通勤し、その他は在宅勤務となっている。基本給は一か月一二万五〇〇〇円である(甲二一、原告太郎本人第二回)。

4  原告太郎の後遺障害等

(一) 原告太郎は、昭和六二年一二月七日症状が固定し、右上肢機能全廃、左上肢機能の著しい障害、両下肢機能全廃、体幹の機能障害(座位不能)の後遺症が残り、身体障害一級の認定を受けた(甲一、二の1・2)。

(二) 原告太郎は、首から下が麻痺している状態であり、左手首をわずかに回転させたり、上下させたりすること、首を少し動かすこと、肩を少し回すことができる程度であり、寝ている姿勢であっても体が不安定であるため、介護者にクッションで姿勢を固定してもらわなければならず、寝ている状態で自分の姿勢を自力で修正することもできない。

また、長い間座ったままでいると、褥創ができるので、背に当て布をしてもらったり、時々体を持ち上げてもらったりして予防してもらわなければならない。現在は、ローホーマットという車椅子のマットを使用している。

なお、原告太郎は、体温の調節ができず、発熱悪寒が頻繁で、季節の変わり目には体調を崩しやすく、かつ、膀胱直腸障害であるため、自分で排泄することや排泄のコントロールができない(甲二一、原告太郎本人第二回)。

5  損害の補填

原告太郎は、三一三八万二五一〇円の損害の補填を受けた。

6  催告

原告らは、被告に対し、平成六年四月五日到達の書面により、本件事故につき債務不履行責任(安全配慮義務違反)に基づく賠償債務の履行の催告をした。

二  争点

1  被告の原告らに対する在学関係に基づく安全配慮義務違反の成否

2  損害額

3  消滅時効の成否

三  原告らの主張

1  被告の安全配慮義務について

(一) 契約関係を基礎とした安全配慮義務

県立高校の設置者たる被告と生徒の関係は、専ら契約関係という合意に基礎を置き、その合意が準拠する教育基本法等の諸規範、慣行等によって補完されている契約関係と解すべきである。この契約関係に付随する当然の義務として、学校設置者たる被告は、生徒に対し、教育条理、信義則上学校教育の場において生徒の生命、身体等を危険から保護するための措置をとるべき義務(安全配慮義務)を負っている。

(二) 営造物利用関係を基礎とした安全配慮義務

仮に、被告と生徒の関係が契約関係ではなく、入学許可という行政処分により発生する公法上の営造物利用関係であるとしても、県立高校における生徒あるいはその親権者とその指導に当たる教諭及び施設管理者たる学校当局との間は、一定の信頼関係により基礎付けられているのであって、特別な社会的接触関係に入った当事者間における当該法律関係の付随義務として、被告は、生徒に対し、学校教育の場において生徒の生命、身体等を危険から保護するための措置をとるべき義務(安全配慮義務)を負っている。

(三) 安全配慮義務の具体的内容

(1) 危険防止措置を講じる義務について

運動会は、正課の体育授業の延長上に行われ、生徒全員が参加する学校行事であるから、学校には正課の体育授業と同様に安全配慮義務が課されている。

しかも、運動会は、日常的な定まった教育活動とは異なり一時的要素の強いもので、危険に対する生徒の対応能力は不十分であるので、正課の体育授業よりも高度の安全配慮義務が学校に課されている。

特に騎馬戦においては、馬役の生徒は手の自由が奪われた状態で、また騎士役の生徒は不安定な馬に乗っている状態で、騎士同士が激しい勢いでぶつかるので、騎馬が倒壊する際に生徒が負傷する危険性が高いところ、更に、騎馬戦は、体位体格の向上とは直接関係がないため、学校体育の目的の見地からは実施する必要はないこと、体育会を盛り上げる競技として行われる側面が強いこと、また体育授業において行われておらず、生徒の体がその動きに慣れていないこと等を勘案すれば、学校行事として騎馬戦を実施する場合の注意義務の程度は、一般の体育科目における注意義務の程度よりも一層高い。

したがって、学校が教育の場である体育祭において敢えて騎馬戦を実施するのであれば、騎馬戦の実施に伴う危険性に対し、とりわけ万全の防止措置を採ることが要求されるのであり、被告には、騎馬戦の準備段階及び本番を通じて危険防止措置を講じる義務があった。

(2) ルール採用に関する義務について

被告には、騎馬戦を実施する際に、競技中に生徒が重大な負傷をしないように、より安全なルールを作成、実施するべき次のような安全配慮義務があった。

① 一騎対複数騎の対戦を禁止するルールを設けるべきであった。

② 騎馬の組み方を五人一組とし、騎馬三人と騎手の他に、いわゆる尻押しと呼ばれる騎手を後から支える役割の人間を配置すべきであった。

③ 試合時間について、勝負が激しさを増すのを防ぐため、九〇秒間よりも長い十分な時間をとるべきであった。

(3) 練習における指導、訓練の義務について

被告には、練習期間を十分に設けて、騎馬戦に参加する生徒に対し、身体の安全を防御できる能力を身につけて危険を回避できるよう指導及び訓練をする義務があった。特に本件騎馬戦では危険なルールを採用していたのであるから、教諭が積極的に徹底して指導、訓練をするべきであった。

① 騎馬を組むにあたっては、安全な組み方について具体的に指導及び訓練をすべきであった。

② 生徒の習熟度を漸次確認しながら段階的に実践指導を行うべきであった。

③ 集団で行っても危険性が増さないように、一騎のレベルから実技の指導をし、一騎のレベルでクリアできた段階で少数の集団より多数の集団へと数を増やすべきであった。

④ 負傷防止の具体的訓練内容を定め、練習が十分になされるように教諭が指導監督すべきであった。

騎馬がバランスを崩し危険性が生じた場合に、無秩序に組み手をはずして騎馬を壊したり、組み手をはずすタイミングを逸したりして危険が生じることがないように、具体的には、組み手をはずすタイミング及び方法の基準を設け、誰が号令をかけて組み手をはずすかを定める等の指導及び訓練を行うべきであった。

⑤ 春日高校では、正課の体育の授業では一度も騎馬戦をとりあげていなかったのであるから、生徒には騎馬戦に伴う危険に対して対応能力が全く備わっていないことを十分に配慮して、右練習期間や練習内容を定め、生徒の練習を指導監督すべきであった。

(4) 審判に関する義務について

被告には、審判に関して次のとおりの義務があった。

① 騎馬戦に参加している生徒に負傷の危険性が発生した場合、審判は直ちに発見し、対戦を中止させ、自ら騎馬や騎士を支えるなどして負傷の防止措置をとるべきであった。

② 各審判が右防止措置をとれるような審判の配置をすべきであった。

③ 審判が右防止措置を直ちにとり、生徒の負傷を防止できるためには、対戦を中止させたり騎馬等を支えたりする時機の判断について習熟している必要があるので、各審判員が習熟できるように指導及び訓練をすべきであった。特に本件騎馬戦では、前年度のそれとは異なり、審判員の立つ位置、担当騎馬が決まっていなかったのであるから、各審判員が臨機応変に危険防止措置を十分にとることができるよう、指導及び訓練を十分に行うべきであった。

2  被告の安全配慮義務違反について

被告は、協議内容・ルールの決定、練習、審判員への指導、本番の競技のそれぞれの段階において、危険を防止し、生徒の安全を図るための措置を講じるべき義務を怠った。

(一) 騎馬戦の内容について

(1) 騎馬戦の騎馬は、両腕の自由がきかず、騎士は、複数の他人の上に乗っているために足が自由にならず、かつ騎馬の重心が高く不安定な状態である。したがって、一騎だけで運動する場合でも、人が一人で運動する場合に比べて身体の安定性や安全性が低下する。

本件騎馬戦は、大将落としであり、一騎対複数騎や複数騎対複数騎による混戦が行われることが禁じられていなかった上、大将騎馬の落馬で勝負の決着がつくというものであった。この方法の場合、大将さえ落とせば勝てるため、攻めの騎馬たちは大将騎馬目指してその周辺に集中し、守る側も大将を落とされまいとして防御のために大将の周りに集中する。その結果、不安定な騎馬たちが一か所に集中してきて、集団で不規則かつ不安定な身体接触や攻撃・防御行動を行うことになるから、身体の安定性や安全性が一騎だけの場合とは比較にならない程低下する。したがって、本件騎馬戦に参加した生徒達の身体は、重大な危険にさらされていた。

(2) 本件騎馬戦において、騎馬は互いに相手騎士の身体を地面につけようとして組み合うため、騎馬のバランスは崩れやすくなる危険があった。騎士を支える役目の尻押しと呼ばれる者が配置されていない本件騎馬戦の場合は、なおさらである。このようなルールの下では、競技中に騎馬が倒壊する危険があり、しかも複数騎馬が同時に倒壊して重大な事故が発生する危険性が高かった。

(3) 本件騎馬戦の試合時間が九〇秒間とされていたため、短時間に勝敗の決着をつけようとするあまり、騎馬同士の攻防はより激しさを増し、また大将騎馬に向かっていく速度や攻撃の激しさをより増すことになった。

(4) 各騎馬は、自分の対戦相手がどの騎馬か特定しているわけではなく、また対戦相手が一つの騎馬とは限らず、一つの騎馬が複数の騎馬の攻撃にさらされることもあったので、各騎馬は、いつどこから攻撃されるか予測を立てることが困難であり、防護態勢を取るのが困難であった。また、倒壊する際に複数の騎馬がいわゆる団子状態で一塊になって倒壊する危険性が高かった。大将落としは、騎馬戦の中でも負傷の危険性が高い競技であるので、より安全な競技方法を採用すべきであったにもかかわらず、漫然と大将落としが採用された。

(二) 運動会の練習について

(1) 練習時間の大部分は、ブロックごとの応援合戦に充てられ、競技については、入退場の練習程度しか行われず、昭和六二年九月一日から同月九日までの練習期間中、大将落としの実践練習は、一回も行われなかった。なお、いわゆる「通し」の予行練習が行われた際にも入退場の練習しか行われなかった。

(2) 春日高校は、練習期間中、騎馬戦の練習を生徒の自由に任せており、練習内容の策定には関与しておらず、教諭から生徒に対し、騎馬の場合、不安定となること、強い力で転倒する危険があること、騎馬倒壊の危険が生じた場合、早期に組み手を外すこと、組み手を外すにあたっては合図をかけるべきこと、審判方法の変更等の説明、注意はされなかった。そのため、生徒は、騎馬の組み方や進み方、入退場の仕方の訓練を受けただけで、相手とぶつかって倒れる時の防護態勢等危険回避の訓練は全く受けず、一度も大将落としの実戦を経験せずに、いきなり本番の競技を迎えた。

(3) 高校一年時に正課の授業で柔道を教えたからといって、騎馬戦の指導がそれで十分であるということはできない。騎馬戦は、柔道とは異なり、団体競技であり、個人が自由に体を動かすことができるわけではなく、また、集団で倒れる可能性もある。

(三) 審判員に対する指導等について

審判員に対する指導は、ルールを徹底させ、反則をしっかりととることを要請したのみであり、具体的な審判方法、危険防止措置についての指導はなく、各審判員は、実戦での審判を一度も経験しないまま、本番を迎えた。

(四) 本番での危険防止措置等について

(1) 本件騎馬戦において、原告騎馬は、相手騎馬一騎とぶつかり、その相手騎馬から押し続けられる一方で、その後数騎の相手騎馬から押され、背後、左右からも押され、もみ合う状態になり、原告騎馬を含めた騎馬の集団が一塊となって移動し、原告太郎は、次第に頭が下向きとなり、騎馬の集団は、組んだまま倒れた。原告太郎は右馬、左馬と組んでいた手を振りほどこうとしたが、かなわず、騎馬の集団とともに頭から地面に突っ込むようなかたちで倒れ込み、その上に騎馬の集団を構成していた生徒達が重なって倒れ込んだ。

(2) 被告は、対戦時には五四騎の騎馬が入り乱れてぶつかり合うにもかかわらず、審判の教諭を周囲に配置するだけで、危険防止の措置は何らとらなかった。

3  原告太郎の負傷の程度

(一) 原告太郎が本件事故により負った後遺障害は、今後回復する見込みはなく、終生常時の介護を要する身となった。

(二) 原告太郎の移動には車椅子が必要であり、食事、入浴、排泄行為とその後の消毒、襦疹予防のための体位交換等、日常生活動作の全てにわたっての介護なしには生活できない状態である。

4  原告太郎の損害

二億七三一六万〇一八八円

(一) 治療費二〇五万〇六九〇円

(二) 介護費

五四九九万三七五九円

(三) 雑費二〇二二万八二九六円

(四) 交通費 五一万七七二〇円

(五) 車両購入、家屋改造費

一五五六万〇六〇八円

(六) 医師への謝礼

五七万八六七八円

(七) 文書料 二万八八四〇円

(八) 逸失利益

一億四二二〇万一五九七円

原告太郎は、前記のとおり現在就職しているが、これは運良く友人を通じて就職することができたものであり、また現在の収入を今後も維持できる可能性は低い。したがって、労働能力喪失率は一〇〇パーセントとすべきである。

(九) 慰謝料 二八〇〇万円

(一〇) 弁護士費用 九〇〇万円

5  原告一郎、原告花子の各損害

各五五〇万円

(一) 慰謝料 各五〇〇万円

生徒の在学関係という法律関係において、生徒の親権者が全く無関係であるということはなく、親権者又は保護者の存在が予定されている。したがって、原告一郎、原告花子は、固有の慰謝料請求権を有している。

(二) 弁護士費用 各五〇万円

6  消滅時効について

事故報告書類の保存期間の定めは内部規定にすぎず、これを根拠に本件の安全配慮義務違反に基づく請求権の消滅時効期間を三年とすることは不当である。

四  被告の主張

1  具体的安全配慮義務の内容

(一) 本件の騎馬戦において被告がその履行補助者である担当教諭を通じて生徒に対して負う具体的安全配慮義務の内容は、本件における具体的客観的事情、すなわち騎馬戦の性質、生徒の年齢、判断能力、事故発生の蓋然性、予見可能性、結果回避の可能性等を総合的に考慮して決定されるべきである。

(二) 担当教諭が行うべき事前指導の具体的内容としては、騎馬戦に先立ち生徒に対し、殴る蹴る等の暴力行為や不正行為を禁止すること等を繰返し厳しく注意することをもって足りる。釜瀬教諭らは、本件騎馬戦における事前指導の義務は十分に尽くしていた。

(三) 監督監視の面においても、生徒の安全確保のために担当教諭が行うべきこととしては、外方から生徒の動向を注視することで足り、それでもって安全配慮義務は尽くされているというべきである。

2  騎馬戦の目的、従前の実施状況等

(一) 高校における体育的行事の目的は、①心身の健全な発達、②社会生活に必要な能力、態度の向上、③スポーツを愛好する態度の養成、余暇を有意義に活用する習慣を付けされること、④校風を理解させ、理解を高めること、⑤学校に対する地域社会の理解と協力の促進等にあり、騎馬戦は、右目的達成に資する。

(二) 春日高校は、強い意志を持った心身ともに逞しく明るい生徒の育成を目指しており、騎馬戦は右目的にふさわしい競技であるという共通認識が教諭、生徒にあった。

(三) 騎馬戦は、その勇壮な雰囲気が運動会を盛り上げる外、ルールを守る態度や協調性を培う要素もあるため、小学校でも広く実施され、女子が参加している学校もあり、中学校では過半数の学校で実施され、高校についてみると、先輩校でも広く採用されていた。平成五年度は、運動会をする高校の七〇パーセント以上が実施しており、生徒の側からもそれをプログラムに入れるよう強い要望があり、春日高校でも開校当時から毎年実施され、親しまれてきた。

3  騎馬戦の危険性について

(一) 騎馬戦は、単純な競技であるから、その危険性は、柔道やラグビーと比べるとはるかに小さい。

騎馬は、通常力学的に極めて安定的な系であり、騎馬戦の馬役は、組馬の体勢が崩れると、容易に手を離して身を守ることができるし、騎馬は四人一組になっているため、かなりの速度で衝突することはない。

また、騎馬が崩れた場合には勝敗が決せられるので、一瞬にして多数の者が馬役であった人間の上に折り重なることは、通常考えられない。多くの審判員が充てられるのは、内在する本来の危険よりも、主として外在的な暴力行為への監視のためである。したがって、体育科の教諭ではない一般教諭でも容易に審判をすることができる。

(二) 前馬は、右馬と左馬がいるのであるから、通常後方から衝突されるとは考えがたい。前馬は、衝突するときに手等を使って衝突を回避することはできないが、自らの判断により移動を伴って避けることはできる。

(三) 春日高校では、過去九年間の運動会での騎馬戦において、軽いかすり傷程度を負った生徒がいたものの、頸椎損傷等の重い傷害を負った生徒は皆無であった。

4  原告太郎を含めた生徒の能力等について

(一) 原告太郎らは、高校二年生の男子生徒であって、成人に近い判断能力、行動能力や体力を有しており、特に原告太郎は、筋肉質で抜群の運動神経をもち、体格もよかったため、先頭馬を受け持ったものと思われる。したがって、相手方の攻撃等に対しても、騎馬を構成する原告太郎ら四人が臨機応変に自己の身体の安全を守ることが一般的に期待できた。

(二) 春日高校では、男子は一年生全員につき柔道を正課として練習させ、二年生全員につき剣道を正課として練習させていたので、受身や倒れ方の指導は生徒全員に対して行っており、これはそのまま騎馬戦に応用できるというべきであって、練習の面における安全配慮義務違反はない。

5  騎馬戦の計画策定、ルール採用について

(一) 計画策定について

騎馬戦は、本件事故当時、他の高校でも採用されており、春日高校でも釜瀬教諭と実行委員長が話し合って採用されたものであり、反則行為の禁止等を盛り込んだ実施要領を作成し、生徒や教諭に徹底させた。

学習指導要領は、体育の種目として、水泳、ラグビー、柔道等をかかげているが、これらの種目では、毎年一定の蓋然性をもって重大な事故が生起していることは公知の事実であり、一般的な危険性だけを理由に騎馬戦を体育の種目として不採用とすべきでない。

したがって、騎馬戦の計画策定において、安全配慮義務違反はない。

(二) ルール採用について

(1) 春日高校では、本件運動会以前の九回の運動会で、審判員の配置の点を除けば同じ方法で騎馬戦を実施してきたが、何ら重大な事故は起きなかった。

(2) 一騎対複数騎の対戦については、大将騎馬以外の一騎に複数の相手騎馬が攻撃を加えることは、能率、騎馬の数の点からみて通常考えられない。本件騎馬戦においても、原告騎馬に対し、同時に複数の騎馬が当たったことはなかった。

(3) 尻押しを付け、一騎を五人で構成することは、他校でもあまり実施されておらず、尻押しを付けることで騎馬の倒壊を防止することができ、安全であるという根拠はない。

(4) 試合時間についても、長くすれば安全であるという根拠はない。したがって、ルール採用に関しても、安全配慮義務違反はない。

6  練習について

(一) 騎馬戦を行う高校二年生は、小学校、中学校で騎馬を組んだ経験があるので、特に指導しなくても騎馬戦につき十分理解している。仮に騎馬戦を経験していない者がいたとしても、組み方は単純であり、高校生ならば誰でも、他の生徒の行動を見て組み方等を理解し会得できる。騎馬そのものは極めて安定感があり、担当教諭は、質問があれば各ブロックで必要に応じて教えることで足りる。

(二) 騎馬戦には段階的練習は必要ではない。本件運動会においては、騎馬戦以外にも騎馬リレーがあり、そこでも騎馬を組んで慣れているはずである。

(三) 高校生ならば、馬が崩壊するに際して、特に特定の者が声をかけて合図すること等を定めなくても、その状況を臨機応変に把握して、組み手を外して自分の身を守ることが期待されるし、場合に応じるのであるから合図を決めていても実際上は意味がない。誰かの合図がなければ組み手を外すことができないのであれば、臨機応変に対応できなくなり、かえって危険性が増大する。組み手は、前馬と後馬の双方がお互いに外さないよう力を込めているときは別として、その一方が外す意思があれば容易に抜ける。したがって、運動会前の練習に関しても、安全配慮義務違反はない。

7  事前指導について

釜瀬教諭らの生徒に対する事前指導は、徹底を図るために幾度も繰り返し行われ、同教諭らは、危険がないように暴力行為や不法行為をしないよう注意を促しており、各審判員に対しても右の事項を強く要請した。

春日高校の運動会担当教諭は、本件騎馬戦における事前指導を十分行っていたものであり、この点の安全配慮義務違反はない。

8  審判員による監視について

(一) 本件騎馬戦当時、各ブロックに一五名もの審判員がつき(一試合三〇名)、監視していた。

(二) 審判員は、いつまでも騎士が組み合って頭から落下しそうなときは、適宜判断して行動する必要があるが、高校生ならば、馬が倒れるときには通常は反射的に手をつく等自分の身を守ることが予測されるので、倒れる瞬間を待って中断させ支える等の行為を審判員に求めるのは適当でないし、騎馬が倒れる瞬間を待って審判員が騎馬を支え、倒壊を防止することは実際には不可能である。

(三) 本件事故は、原告騎馬が緑ブロックの騎馬の一つともみ合っているうち、次々に押し寄せてきた緑ブロックの騎馬が、たまたま原告騎馬付近に集中し、原告騎馬が押されて瞬時に大将騎馬とともに倒れるという通常予測できる範囲を超えて起こった希な形態の事故であり、審判員らがその直前で制止できるものではなかった。このような事態は、通常の予測範囲をはるかに越えているので、このような重大な結果を予見して直ちに競技を中断させたり、救助にかけつけたりすることを審判員に期待するのは、実際上は不可能であり、予見可能性も結果回避可能性も無かった。仮に、前年と同じ審判方法であったとしても、本件事故の発生を防ぐことはできなかった。

したがって、本件事故につき、審判員には事故発生の予見可能性や結果回避可能性がなく、安全配慮義務違反はない。

9  逸失利益について

原告太郎は、春日高校卒業後、九州工業大学、同大学院へと進学した後、インターネット関係の接続業を営む会社へ就職し、ある程度手を動かしてキー操作を行うことが可能であるため、パソコンを使用した仕事をしており、相当額の賃金を得ているのであって、精神や頭脳に何らの障害はなく、働いて賃金を得ることが可能であるから、労働能力を一〇〇パーセント喪失したとして逸失利益を計算することは相当でない。逸失利益は、原告太郎が賃金を得る分だけ減少しているというべきである。

10  原告一郎、原告花子の請求について

原告一郎、原告花子は、原告太郎の負傷について、債務不履行に基づき固有の慰謝料を請求しているが、これを認める法的根拠はない。

11  消滅時効について

(一) 学校における事故報告書類の保存期間は五年と定められており(福岡県教育庁文書管理規程四七条別表第二)、保存期間経過後に訴訟を提起された場合、証拠書類が散逸したり職員が退職または死亡している可能性があり、立証が困難であるため、三年の消滅時効を認めるべきである。

(二) よって、被告は、三年の消滅時効を援用する。

第三  当裁判所の判断

一  安全配慮義務の根拠について

1 県立高校における生徒の在学関係は、私立高校におけるように契約によって生じるものではなく、行政処分(入学許可)により生じる公法上の法律関係であると解されるから、本件事故につき、在学契約に基づいて被告に安全配慮義務が存するとする原告らの主張は採用できない。

2 しかしながら、県立高校においても、県は、高校を設置し、これに生徒を入学せしめることにより、教育法規に従い、生徒に対し、施設等を供与し、教諭をして所定の教育を施す義務を負い、他方、生徒は、県に対し授業料を支払い、同校において教育を受けるという関係にあるのであるから、右両者は、特別な社会的接触の関係に入ったというべきであり、高校の設置者である県は、右関係に基づき、信義則上、学校教育の場において、当該生徒に対し、その生命、身体、健康等についての安全に配慮すべき義務を負うものと解すべきである。

3  春日高校も県立高校であるから、被告は、原告太郎に対し、右のとおり特別な社会的接触関係に基づき、信義則上安全配慮義務を負っていたというべきである。

二  運動会における安全配慮義務の具体的内容

校内学校行事の一つである運動会は、校外で行われる行事と異なり、生徒が日頃慣れ親しんだ場所で行われるものであるが、日常的な教育活動と違って一時的要素の強いものであり、危険に対する対応能力が生徒に十分に備わっているとはいえないから、被告には、履行補助者である担当教諭を通じて、十分な計画策定、適切な指示・注意、事故が発生した場合の対応策等危険を防止し、生徒の安全を確保するための措置を講じるべき義務が課されているということができる。

具体的には、事前に十分に計画を練り、運営方法を検討する等の義務、競技内容、生徒の能力に応じて、生徒に対し指導、監督、注意する義務、運動会に伴う事故を回避するため、一定の場合には生徒に動静を監視して、行事の進行状況等を把握し、危険な状態が発現すれば直ちに対応できるようにしておくべき義務があるというべきである。

三  騎馬戦の危険性等について

証拠(甲二四、二五、乙九)によれば、次の事実が認められる。

1  騎馬戦は、三人が手を組んで馬をつくり、その手を組んだ上に騎士が乗って一組の騎馬を構成し、騎士同士が組み合って相手騎士を落とす方法の外、帽子やはちまきを取るとか風船を割る等の方法により勝敗が決せられる競技である。

いずれの対戦方法にも、馬の接触、騎士の落馬、馬の崩壊等の危険性が考えられ、それぞれに対する配慮が必要である。

2  騎馬戦の騎馬は、騎士の位置の変化によって全体の重心も変化し、このことが馬役三人の動きの難易度に個別の変化を与える。動きの中では、馬役三人の位置関係も変化し、馬役自身の重心も時々刻々と変化するため、この変化が騎士全体の重心に影響を与える。

激しい動きの中で、騎馬が倒れずに移動するための条件は、騎馬の複数の足が地面から受ける抗力を合成することで、重心に上向きの力を生じさせ、同じ重心に働いている下向きの全体重を常にうち消していることである。騎馬の重心と足の位置関係がこの条件を満たす位置からずれると、騎馬は転倒することになる。騎馬がこの条件を満たすことができるのは、騎馬の足の位置で決まる安定範囲の内側に騎馬の重心があるときである。

3  騎馬役は、重心の位置の変化に応じて足の位置を変え、重心が安定範囲から出ないように調整して、転倒を防止しなければならない。

しかし、騎馬戦において、騎馬役が得る情報は、自分の身体の様々な部分が受ける力と目に入る映像である。左右後方の騎馬役は、互いの手や腕を直接に組んではないため、他方がどのような力を受け、どのような力でそれに抗しているかを瞬時に知ることは不可能である。複数の人間が束縛し合う競技の危険性はそこにあり、その危険性は、構成員の数が多いほど増大する。

したがって、騎馬の構成員が安定範囲を移動させ、転倒を予防するための行動を的確にとることは困難となり、安定性を欠くこととなる。

相手騎士を落馬させようとしてもみ合う騎馬戦においては、本来不安定な騎馬の重心を力ずくで安定範囲の外に出そうとすることになるため、騎馬は一層転倒しやすくなる。

また、複数の人間が束縛し合って行う競技では、構成員の一人が自分一人の運動量の変化の他に、他の構成員の運動量変化まで背負う場合がある。必ずしも、構成員の運動量変化の合計値を構成員の数で割ったものを構成員各自が負担すれば足りるということにはならない。

四  本件騎馬戦について

1  本件騎馬戦のルールについて

証拠(証人釜瀬)によれば、本件騎馬戦のルール上は、一騎対複数騎の対戦が禁止されていなかったことが認められる。

2  騎馬戦の練習等について

証拠(甲一九、二〇、証人藤井、同占部、同釜瀬)によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告太郎は、中学校では騎馬戦をしたことはなかった。高校一年生の時も騎馬戦、騎馬リレーはしなかった。また、春日高校において体育の時間に騎馬戦をしたことはなかった。原告太郎の他にも、本件騎馬戦前まで騎馬戦の経験のない生徒がいた。しかし、原告太郎は、騎馬の組み方、崩し方につき、教諭から指導を受けたことはなかった。

(二) 運動会の練習には、全体練習とブロックごとの練習(以下「ブロック練習」という。)とがあり、ブロック練習が主であった。ブロック練習においてはタンブリング(組体操)と応援の練習が主であった。青ブロックでは、ブロック練習において、上級生が騎馬戦での陣形の作り方や動き方を指示したことはあったが、騎馬戦自体の練習はしなかった。騎馬の崩し方や、騎馬がバランスを崩したときの対処の仕方、馬役同士の組み手の外し方等についての練習、指導もなかった。

(三) 教諭から、全体練習の際、暴力を振るうなという注意がなされ、また、三年生のリーダーから、暴力を振るうと、反則となり、負けになるため、暴力は振るうなという注意がなされた。なお、ブロック練習においては、組体操の練習以外では、教諭は立ち会わなかった。

(四) 運動会の本番前、釜瀬教諭は、騎馬戦の審判員となる教諭らに対し、騎馬の危険な状態として二、三例を挙げて、騎馬が危険な状態になった場合やルール違反行為が行われた場合には、攻防を止めて、危険な状態を回避するようにという指導をしたが、その際、具体的な止め方の指導等まではしなかった。

(五) 九月七日の通しの予行練習の際、実際に騎馬を組んで入退場の練習をした。騎馬をつくって整列をし、次ぎに試合開始の位置に着いた。しかし、実際の試合は行わず、審判、騎馬の動き方を確認し、九〇秒よりも短い時間内で一方が勝ったこととし、勝負がついた場合の移動の仕方等の練習をした。

(六) なお、春日高校では、正課授業において、一年生男子全員に柔道を、二年生男子全員に剣道をそれぞれ教えていた。

3  決勝戦について

証拠(甲一九、二〇、証人藤井、同占部、同釜瀬、同瀬口、同本田)によれば、次の事実が認められる。

(一) 開始後間もなく、緑ブロックの攻撃騎馬一騎が原告騎馬のほうへ走ってきて、原告騎馬に体当たりをしたので、原告騎馬は、強い衝撃を受けた。右攻撃騎馬は、体当たりをした後、なおも原告騎馬の左の方へ突っ込もうとして原告騎馬を押し続けた。その際、原告騎馬の騎士中川は、相手騎馬の騎士と取っ組み合いをしている状態であった。

(二) 右攻撃騎馬が原告騎馬から離れることなく、原告騎馬と押し合っていたとき、緑ブロックの攻撃騎馬がもう一騎、原告騎馬からみて右側から原告騎馬にぶつかってきたので、原告騎馬は、緑ブロックの攻撃騎馬二騎を相手に押し合うこととなった。

(三) その後、他の騎馬も原告の騎馬の周囲に集まってきて、原告騎馬は後からも押される状況となった。そのとき藤井は、周囲の状況は全く見えず、とにかく相手騎馬を押し返すことを考えながら押し合っており、そのために体は前かがみとなり、頭を上に向けることはできず、下を向いた状態で、もみ合うように押し合っていた。原告太郎も押されたり蹴られたりした。そして、藤井は、後ろの騎馬から押されて踏ん張りきれずに、前方に向けて、騎馬を組んだまま、他の騎馬と一緒に、一塊となって倒れた。

(四) 原告太郎が騎馬を組んだ際、お互いが手の指を付け根まで互いに深く組み合わせ、外れにくいように手を組んでいたため、一方が手を外そうとしても、容易には外れない状態であった。

原告太郎は、一塊になって倒れた際、騎士を支えるため腕を後に回しており、手をつこうとしても組み手が離れなかったため、頭から地面に突っ込むような姿勢で倒れた。

(五) 占部教諭は、青ブロックの陣地側の審判員であった。同人は、審判をしていた当初の位置から、競技終了までほとんど移動しなかった。同人は、緑ブロックの攻撃騎馬一騎が原告騎馬に最初に接触したところを見たが、その後、原告騎馬らが視界から外れたため、別の騎馬を見ていた。占部教諭は、目の前にいる騎馬の審判をしているときには、別の騎馬を見ている余裕はなかった。

決勝戦で審判員をした者の中に、原告騎馬が倒れた場面を見た者はいなかった。

五  原告太郎の負傷の原因について

証拠(甲二三)によれば、次の事実が認められる。

1  原告太郎は、本件騎馬戦により第四頸椎を脱臼したが、第四頸椎の脱臼は、多くの場合、過屈曲によって生じると考えられている。頸椎の過屈曲は、頭部から地面に倒れるようなときに起こるが、このような場合、人間は、反射的行動として、倒れるときに防御のために手をつく行動をとるのが通常であるが、何らかの理由で手をつくことができなかった場合には、頭部が直接衝突することになり、事故が起こることになる。

他にも、人体が正面を向いて垂直姿勢をとっているときに、頭部の後方から強い外力が加わって起こることもある。しかし、意識がある人体が垂直姿勢をとっているときには、頸椎を支える筋肉やその周囲の筋肉も緊張している状態にあるため、少々の外力が加わった程度では、頸椎の脱臼に至るような過屈曲は起こりにくい。非常に重い物が落下したときや、交通事故のように通常の予測の範囲を超える外力が不意に加わったようなケースで頸椎損傷が起こることがある。

2  高い位置から落ちたり、倒れたりするときは、地面に対して人面の頭部がある角度で衝突することになるが、この場合、人体の重みが、頸椎に沿った方向で衝撃として伝わるものと、重力の方向のベクトルとに分散される。

角度が大きく、ほぼ垂直に頭部が地面に対して衝突するような場合には、頸椎の一番や二番が損傷し、これにより即死に至る場合も多い。

それより小さい角度で衝突する場合でも、両手で衝撃を支えることができなければ、頭部から倒れ込んだ衝撃を頸椎のみで支えることになり、他方で首から下の身体は地面に倒れていくため、容易に過屈曲による頸椎損傷が起こる。

3  頭部からの転倒による、過屈曲による頸椎損傷を防止するためには、倒れるときに手をつくという本来の防御行動をとることが重要である。

しかし、騎馬戦において、倒れるときに手を組み合っている人がいる場合、手を組んでいる相手方が倒れようとしていれば、それを支えるために引っ張ろうとする心理が働くことが多い。したがって、特に中央の騎馬は、両手が組まれた状態で倒れることになるため、頸椎損傷の危険が大きい。

六  本件事故の翌年度以降の運動会

証拠(乙六)によれば、次の事実が認められる。

1  騎馬戦は、原告太郎らの心中を察し、原告太郎が卒業するまで中止することとなった。

2  平成三年度は、実行委員会から大将落としの方法による騎馬戦を運動会において実施したいとの強い要望があり、体育科で審議したところ、事故が起きた事実に配慮して、大将落としではなく、一騎打ちの方法により騎馬戦を実施すべきとの意見で一致し、その後体育科の右意見が案として運営委員会、職員会議で検討された後、校長が一騎打ちの方法による騎馬戦を実施することに決定した。

七  他校の実施状況

証拠(調査嘱託の結果)によれば、次の事実が認められる。

昭和六二年度に他の高校(二一校)において開催された運動会における騎馬戦に関する調査結果は、次のとおりである。

1  運動会を実施したのは一五校であり、そのうち一二校が騎馬戦を実施した。

2  大将落としの方法を採用したのは一一校であった。

3  大将落としを採用した高校については、次のとおりの実施状況であった。

(一) 騎士同士が組み合って勝敗を決する方法を採用したのは一〇校であった。

(二) 時間制限を設けていたのは五校であり、三分としていた高校が二校、二分としていた高校が二校、五ないし七分としていた高校が一校であった。

(三) 一騎馬対複数騎馬の対戦に関するルールを設けていなかった高校は、六校であり、右ルールを設けて右対戦を絶対的に禁止していたのは一校であった。

(四) 負傷事故防止のルールを設けていたのは一一校であり、そのうち危険物の保持、馬役による攻撃、暴力行為についてルールを設けていたのが一一校、落馬者からの攻撃、審判員に対する反抗についてルールを設けていたのは一〇校であった。

(五) 審判員の配置方法につき、両方の騎馬に審判員が一人ずつ帯同する方法であったのが四校、片方の騎馬に審判員が帯同する方法であったのが二校、両陣に審判員を配置し、担当騎馬を持たない方法であったのが五校であった。

(六) 尻押しをつけた高校は、一校であった。

(七) 騎馬が崩れそうになり、組み手を離さなくてはならない状況になった場合の指導を行った高校は八校であった。

(八) 騎馬戦の練習を行ったのは一一校であり、そのうち騎馬の歩行や走行の練習を行ったのは八校、対戦練習を行ったのが七校であった。対戦練習については、一騎対一騎の対戦練習を行ったのが三校、本番どおりの対戦練習を行ったのが五校であった。

八  計画策定等における義務違反について

1  前記事実によれば、騎馬戦における騎馬は安定性に乏しく、騎馬が崩壊した場合には、その構成員が身体に多大な衝撃を受ける危険性があるのであるから、騎馬戦を運動会において実施する場合には、騎馬戦を実際に行う生徒の身体の安全を確保するため、右危険性に十分留意した計画策定等を行うべきである。

2  しかし、証拠(乙一の3)によれば、高等学校学習指導要領においては、特別活動の指導計画の策定にあたっては、学校の創意を生かすとともに、生徒の発達段階や特性を考慮し、教師の適切な指導の下に、生徒自身による実践的な活動を助長することが要請されている事実が認められるところ、生徒の体力、気力の充実等、心身の健全な発達をはかる等の学校教育における体育的行事の目的にかんがみれば、競技方法等の騎馬戦の計画策定については、競技者が負傷等事故に遭遇する可能性が極めて高い競技方法を採用する場合でない限り、生徒、学校間の競技等により任意に選択することが許されると解される。

3  この点、原告らは、本件騎馬戦においては、一騎対複数騎の対戦を禁止するルールを設定すべきであった旨主張する。

確かに、騎馬は安全性に乏しいものであり、騎馬の崩壊によりその構成員が強度の衝撃を受けて負傷する危険性があるから、一騎対複数騎の対戦を認めると、一騎対一騎の場合よりも多くの集団が一緒になって倒壊する可能性があり、競技者が重傷を負う可能性が高まるし、また、本件騎馬戦のルールは、大将落としであり、大将騎馬を崩壊させれば、他の騎馬がいくら残っていたとしてもそのブロックは負けることになるため、攻撃騎馬が相手方の大将騎馬に向かって集中して攻撃して行くことが十分に予測可能であった以上、一騎対複数騎の対戦を認めることは、騎馬戦における生徒負傷の危険性を高めることになる。

しかし、この点について、練習において、自分の騎馬が崩れそうになった場合、すみやかに組み手を外し、他の構成員を支える等の指導及び訓練や、審判員による対戦中止、転落、転倒の防止等についての監視の徹底により、生徒の負傷を防止することが可能であるから、一騎対複数騎の対戦を禁止するルールを設定すべき義務があったということはできない。

4  原告らは、騎馬について、尻押しと呼ばれる人間を配置すべきであったと主張する。

確かに、騎馬に尻押しの人間を付けることにより、騎馬の不安定性を補い、騎馬が倒壊しそうな場合に他の構成員の転倒等を支えることで、競技者の負傷を防止することができるため、騎馬戦における生徒に対する安全性を高めることができる。

しかし、尻押しをつけなくても、生徒に対する指導及び訓練を行い、審判員による対戦中止、転落、転倒防止等についての監視を十分に行うことで、競技者である生徒に対する安全を確保することはできると解されるから、尻押しをつけるべき義務があったということはできない。

5  原告らは、試合時間につき、九〇秒よりも長くすべきであったと主張する。

本件騎馬戦の競技方法は、大将落としであり、相手方の大将騎馬を倒壊させれば、勝負が決せられるものであった。そして、決勝戦において、緑ブロックの攻撃騎馬が青ブロックの大将騎馬を目指して青ブロックの陣内に侵入し、右大将騎馬のすぐ前で守備をしていた原告騎馬は、緑ブロックの攻撃騎馬二騎からの攻撃を受け、混戦、もみ合いとなり、青ブロックの大将騎馬を含めて一塊となって倒壊したものである。

したがって、試合時間に九〇秒という制限があったからこそ、早く大将騎馬を倒壊させようとするあまり青ブロックの大将騎馬付近に緑ブロックの攻撃騎馬が集中し、それに対し、右攻撃騎馬から大将騎馬を守るために青ブロックの原告騎馬を含めた守備騎馬も大将騎馬の付近に集中したことから、結局一塊になって原告騎馬を含めた騎馬の集団が倒壊したものと考えられ、九〇秒よりも長く試合時間を設定していれば、本件騎馬戦の決勝戦ほどに複数の騎馬が集中することはなく、安全であったということもできる。

しかし、試合時間を九〇秒と設定していたとしても、生徒への指導及び訓練、審判員による監視が適切に行われれば、競技者である生徒の安全をはかることができたというべきであるから、本件騎馬戦において、試合時間を九〇秒よりも長くすべき義務があったということはできない。

6  よって、本件騎馬戦実施に際しての計画策定等についての義務違反はないというべきである。

九  練習における生徒に対する指導等の義務違反について

1  前記のとおり、本件騎馬戦については、大将落としという騎士同士が組み合って騎馬を倒壊させようとする競技方法を採用し、一騎対複数騎の対戦を禁止せず、尻押しをつけず、試合時間も九〇秒と短く設定した以上、教諭自身が騎馬戦の危険性を認識、理解し、生徒の騎馬戦の経験、生徒の運動能力等を十分に把握し、生徒に対し、騎馬戦における安全確保のための注意、指示、指導等を行うべきであったということができる。

2  この点、原告太郎は、本件騎馬戦当時高校二年生であり、騎馬同士の衝突をやわらげることも自分の経験に照らして可能な年齢にあったというべきであって、騎馬戦が技術的には比較的単純な競技であること、春日高校では正課授業として一年生男子に柔道を、二年生男子に剣道を教えていたこと等にかんがみれば、練習において、一騎対一騎の対戦から始めて、その後に複数騎同士の対戦の練習を行うというように、段階を踏んで練習を行う必要性があったとは必ずしもいい難い。

しかし、騎馬を組んでいる馬役の一方の意思のみでは組み手がなかなか外れず、倒壊の際、騎馬の構成員の一人に多大な圧力が生じる可能性があるという危険性が騎馬戦にはあるのであるから、教諭は、右練習段階において、騎馬の倒壊の仕方、組み手の外し方等についての指導、訓練をすべきであったということができる。ところが、本件全証拠によるも、本件運動会の練習において、原告太郎も、藤井も、教諭、ブロックのリーダー等から組み手を外すことや、騎馬の倒壊に関する注意事項の説明、指導等を受けたことを認めることはできない。

3  したがって、本件騎馬戦に関し、被告の履行補助者である指導担当教諭らは、騎馬戦についての危険性を認識、理解し、練習段階で、生徒に対し、騎馬の倒壊の仕方、組み手の外し方等につき説明、指導等をすべき義務があったにもかかわらず、これを怠ったものというべきである。

一〇  本件騎馬戦における監視体制について

1  騎馬戦には前記のとおりの危険性が存するところ、本件騎馬戦では大将落としの方法が採用され、一騎対複数騎の対戦が禁止されておらず、試合時間が九〇秒と制限されていたため、短時間の内に大将騎馬に敵の攻撃騎馬が集中し、それから大将騎馬を守るために、守備の騎馬がやはり大将騎馬の付近で守備をし、そのために大将騎馬付近に多数の騎馬が集中する可能性があることは、本件騎馬戦開始当時、教師らにおいて十分に予想できたものである(なお、本件騎馬戦の実施要領には、三騎以上の騎馬が重なって倒れた場合は、一番上の騎士のみ再騎乗することができると定められていた。)。

2  また、本件騎馬戦においては、前年度実施の騎馬戦における審判の配置方法(対戦する一方のブロックの騎馬それぞれに審判員を帯同させる審判方法)とは異なり、担当騎馬を決めずに各ブロックに同数の審判員をつける方法が採用され、大将騎馬の審判員以外の各審判員には担当騎馬が決まっていなかったのであるから、ある一騎の騎馬に複数の審判員が注目し、審判員が全く監視していない騎馬が出てくる可能性があった。実際、占部教諭は、目の前の騎馬についての審判をしていた時は、別の騎馬を見る余裕はなかった。

3  したがって、指導担当教諭らには、本件騎馬戦に伴う事故を回避するため、騎馬の動向を注視して、対戦騎馬の一方が倒壊しそうになったり、複数の騎馬が集中して一緒に倒壊しそうになったりして、生徒が負傷する危険が生じたような場合には、直ちにこれに対応して、対戦を中止させたり、騎馬の構成員の転落、転倒を防止したりする等の措置を採ることができる監視体制を予め整えておくべき義務があったというべきであるところ、指導担当教諭らは、右義務の履行を怠ったものである。

一一  被告の責任について

右のとおり、本件事故は、被告の履行補助者である指導担当教諭らにおいて、本件騎馬戦の練習段階で騎馬の倒壊の仕方、組み手の外し方等についての説明、指導等をすべき義務に違反し、更に、本件騎馬戦にあたり、騎馬の動向を注視し、騎馬が倒壊しそうになる等の危険が生じた場合に、対戦を中止させたり、騎馬の構成員の転落、転倒を防止する等の措置を採ることができる監視体制を整えるべき義務に違反したことによるものというべきであるから、被告は、原告太郎に対する安全配慮義務に違反したものであり、本件事故による損害を賠償する責任がある。

被告は、本件事故について予見可能性も結果回避可能性もなかったと主張するが、被告の責任阻却を認めるに足りる証拠はなく、被告の右主張は理由がない。

一二  損害

1  原告太郎の労働能力について

(一) 原告太郎は、右上肢機能全廃、両下肢機能全廃等の後遺障害を負っているが、インターネットのプロバイダーを主な業務とする会社に就職し、右会社に週二、三回通勤し、その余は在宅勤務をして、毎月一二万五〇〇〇円の基本給を得ている。

(二) しかし、証拠(原告太郎本人第二回)によれば、勤務先会社の業種や原告太郎自身の体調に照らすと、原告太郎が右の仕事を将来も続けることができるかどうかは定かでないこと、右のように仕事ができるのは、原告花子の介護があるからこそであり、右介護がなくなれば、原告太郎は寝たきりの状態になる可能性が高いことが認められる。

また、前記争いのない事実等によれば、原告太郎が仕事をして収入を得ているのは、原告太郎自身の必死のリハビリの努力及び原告一郎及び原告花子の献身的な介護があったからこそであるということができる。

(三) したがって、右の仕事により原告太郎が収入を得ている点は、労働能力喪失率の認定において考慮すべきではなく、原告太郎は、労働能力を一〇〇パーセント喪失したというべきである。

2  原告太郎の損害

(一) 治療費二〇五万〇六九〇円

(1) 福岡徳州会病院 証拠(甲三)によれば、二〇六〇円と認められる。

(2) せき損センター 証拠(甲四の1ないし41)によれば、二〇四万二一九〇円と認められる。

(3) 医療法人三光会誠愛病院 証拠(甲五の1ないし6)によれば、六四四〇円と認められる。

(二) 原告太郎専用の車両購入費

一三八万一三八〇円

証拠(甲一三の1・2)によれば、右全額と認められる。

なお、車両の買替えは、不確定要因が大きいので、慰謝料額の算定に際して考慮することとする。

(三) 家屋改造費

八四三万一一四一円

証拠(甲一四の1ないし11)によれば、右全額と認められる。

(四) 文書料 二万八八四〇円

証拠(甲一五の1ないし10)によれば、右金額と認められる。

(五) 医師、看護婦等への謝礼

主張に係る医師、看護婦等への謝礼としての出捐が本件事故により通常生ずべき損害といえるかは疑問であり、慰謝料額の算定に際して考慮することとする。

(六) 介護費

五〇八八万四九七二円

(1) 職業付添人 七一万〇八九五円

証拠(甲六、七の各1ないし8)によれば、本件事故により原告太郎が入院期間中、職業付添人の介護を受けた日があり、その付添看護費として六六万六〇九五円、付添人宿泊費として四万四八〇〇円を出捐したことが認められる。

(2) 家族付添 七〇万八〇〇〇円

証拠(甲八の1ないし35)によれば、原告太郎の入院期間の内一一七日は、原告一郎又は原告花子が宿泊の上介護したことが認められる。両親による入院付添費としては、一日当たり五〇〇〇円が相当である。したがって、五〇〇〇円に一一七日を乗じると五八万五〇〇〇円となる。

また、右証拠によれば、原告一郎及び原告花子が入院付添の際要した宿泊実費は一二万三〇〇〇円であったことが認められる。

(3) 退院後の介護費

四九四六万六〇七七円

原告太郎は将来にわたって全面的な介護を要するため、退院後の付添介護費についても原告太郎本人の損害として認められるべきである。

そして、原告太郎の付添介護は、原告花子が行っていくことが予想されるところ、食物の摂取や排泄等原告太郎の生活の多くの場面で介護を要することから、近親者の付添費として一日当たり五〇〇〇円が相当である。

原告太郎は、平成元年五月二七日の退院時一八歳であり、平成九年簡易生命表によれば、平均余命は59.79年であった。したがって、原告太郎の余命期間の介護費の退院時における金額は、五〇〇〇円に三六五日を乗じ、これに五九年間の新ホフマン係数27.1047を乗じた四九四六万六〇七七円(一円未満切り捨て)となる。

(七) 交通費

原告一郎又は原告花子が付添のため通院した際の交通費は、前記入院付添費に含まれるというべきであり、原告太郎の通院交通費については、正確な金額を認めるに足りる証拠がないので、慰謝料額算定に際して考慮することとする。

(八) 雑費二〇五三万七六三一円

(1) 入院雑費 七五万一二〇〇円

原告太郎の入院期間は六二六日であるところ、入院雑費は、一日当たり一二〇〇円が相当であるので、一二〇〇円に六二六日を乗じると七五万一二〇〇円となる。

(2) 退院後の雑費

一九七八万六四三一円

原告太郎は、健常人のような排泄が困難であるから、集尿袋、導尿カテーテル、紙おむつ等を購入する必要がある。また、歩行困難、起立不能のため、身体の移動手段として車椅子が不可欠である等様々な雑費が必要であり、金額にすると一日当たり二〇〇〇円が必要であるというべきである。

したがって、原告太郎の余命期間の雑費の退院時における金額は、二〇〇〇円に三六五日を乗じ、五九年間の新ホフマン係数27.1047を乗じた一九七八万六四三一円となる。

(九) 逸失利益

六五六三万一一四六円

前記のとおり、原告太郎は、本件事故により労働能力を一〇〇パーセント喪失したというべきである。また同人は、前記のとおり後遺障害を有していながら高校に復学し、大学、大学院を卒業している。したがって、同人は、平成元年三月に春日高校を卒業し、同年四月に大学に入学し、平成五年三月に大学を卒業する能力を有していたものというべきである。

よって、満二二歳から六七歳までの逸失利益の本件事故時(一七歳)における金額は、平成五年賃金センサスによる男子労働者旧大・新大卒計二〇歳から二四歳の平均年収三二二万七一〇〇円に新ホフマン係数20.3375(五〇年の係数と五年の係数の差)を乗じた六五六三万一一四六円(一円未満切り捨て)となる。

(一〇) 慰謝料 二八〇〇万円

(1) 傷害慰謝料 五〇〇万円

原告太郎は、本件事故により六二六日入院し、その後もリハビリ等のために通院したものであるから、傷害慰謝料としては五〇〇万円が相当である。

(2) 後遺障害慰謝料 二三〇〇万円

原告太郎は、前記のとおりの後遺障害を負い、精神的苦痛を受けた。右苦痛に対する慰謝料としては、二三〇〇万円が相当である。

(一一) 損害の補填

以上の合計額は一億七六九四万五八〇〇円となるところ、原告太郎が三一三八万二五一〇円の損害補填を受けたことは、争いがないので、これを控除すると一億四五五六万三二九〇円となる。

(一二) 弁護士費用

本件事案の内容、認容額その他の事情を勘案すると、原告太郎が支払うべき弁護士費用の内八〇〇万円は、本件事故と相当因果関係のある損害として、被告において負担すべきである。

3  原告一郎及び原告花子の損害

本件において、被告との間で特別な社会的接触関係に入ったのは、あくまで原告太郎であって、原告一郎、原告花子ではない。したがって、原告一生及び原告花子は、いずれも固有の慰謝料請求権を持たないというべきである。

(一三) 消滅時効について

1  被告は、原告太郎の被告に対する本件事故についての安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権は、三年の消滅時効により消滅した旨主張する。

しかし、右の安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権は、債務不履行としてのものであって、不法行為に基づくものではなく、右損害賠償請求権の消滅時効期間を三年とすべき法的根拠は存在しない。

2  被告は、被告における教育庁文書管理規程により、学校における事故報告書類の保存期間が五年であることを根拠としているが、右規定は、被告において設けた内部管理規程にすぎず、右規程が存するからといって、債務不履行としての安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権の消滅時効期間を三年間に短縮すべき根拠とはなり得ないというべきであり、むしろ、右保存期間の延長が検討されるべきであると考える。

3  したがって、被告の右消滅時効の主張は採用できない。

(一四) 結論

以上の次第で、原告太郎の請求は、被告に対し、一億五三五六万三二九〇円及びこれに対する平成六年四月六日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから、右範囲でこれを認容し、その余の請求は棄却し、原告一郎及び原告花子の各請求は、いずれも失当であるからこれを棄却することとする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官古賀寛 裁判官金光健二 裁判官秋元昌彦)

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