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福岡地方裁判所 平成6年(行ウ)1号 判決 1994年8月30日

原告 福栄住宅産業株式会社

被告 福岡国税局長

代理人 辻井治 阿部幸夫 ほか三名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対して平成四年一〇月九日付けでなした差押えにかかる別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を福岡市との随意契約によって売却する旨の通知処分は、これを取り消す。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、本件土地を所有している。

2  被告は、昭和五七年五月二一日、本件土地に対して差押えをなし、同月二四日受付にて差押登記を経由した。

3  しかるところ、被告は、本件土地を福岡市に対し随意契約(以下「本件随意契約」という。)によって売却する方法にて換価することとし、平成四年一〇月九日付けで原告に対し、<1>見積価額(売買代金)五九六万三九二〇円、<2>買受代金の納付の期限を同月三〇日午後四時とする随意契約による売却通知処分(以下「本件通知処分」という。)をなした。

4  しかし、本件通知処分は違法であり、取り消されるべきものである。その理由は、以下のとおりである。

(一) 差押財産の換価は、国税徴収法(以下「法」という。)九四条の規定により、原則として公売によらなければならないとされているところ、被告は、本件が法一〇九条一項一号の「公売に付することが公益上適当でないと認められるとき」に該当するとして、本件土地の換価を、公売ではなく、福岡市との間の随意契約によっておこなうこととしたうえ、原告に対し本件通知処分をなした。

(二) しかし、本件は、法一〇九条一項一号の「公売に付することが公益上適当でないと認められるとき」に該当するものではない。

右の「公売に付することが公益上適当でないと認められるとき」の事例として、差押財産が麻薬であるときこれを換価する場合が挙げられているが、このように、法が「公益」という文言を使用するときは、極めて公益性の高い場合を意味するのであり、まして、本件においては、それまでに、何回が公売を実施したが、入札者がなかったという事実もなく、一度も公売を実施することもなく、いきなり福岡市に対し、随意契約によって売却することにしたのであり、一度も公売を実施することのなかったことを考慮に入れると、本件の場合は、「公売に付することが公益上適当でないと認められるとき」に該当するものではないことは明白である。

福岡市は、本件土地の取得を欲するのならば、公売において入札に参加すればよいのである。

(三) 次に、仮に、本件の場合、随意契約による売却という換価方法が違法ではないとしても、見積価額(売買代金額)が五九六万三九二〇円というのはあまりに低額すぎるものであり、この金額で随意契約によって売却するのは、金額が低額すぎる点において違法である。本件土地については、進藤運輸倉庫有限会社が、八〇〇万円位で買い受ける意思を有していることからも、右の点は裏付けられるものである。

以上により、請求の趣旨記載の判決を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の各事実は認める。

2  請求原因4(一)の事実は認める。同4(二)、(三)は争う。

三  被告の主張

1  納税義務の存在とその経緯

原告は、被告が原告に対して後記原告の財産差押えを行った昭和五七年五月二一日現在及び本件通知処分を行った平成四年一〇月九日現在においてそれぞれ別表一のとおり国税を滞納していた。平成六年五月一〇日現在の国税の滞納状況は、別表二のとおりとなる。

2  本件通知処分の適法性

(一) 被告は、別表一の(一)の国税債権を徴収するため昭和五七年五月二一日、原告が所有する本件土地を差し押さえ、差押書を原告に送達するとともに福岡法務局西新出張所昭和五七年五月二四日受付第二二〇四八号をもって差押登記を経由した。

(二) 原告は、その後においても差押えにかかる国税を完納しないので、被告は本件土地について平成四年一〇月九日、本件通知処分を行った。

(三) 差押財産の換価については、法九四条一項に、公売に付さなければならない旨規定されているところであるが、差押財産を「公売に付することが公益上適当でないと認められるとき」は、随意契約により売却することができる旨法一〇九条一項一号に規定されている。

(四) そして、法一〇九条一項一号にいう「その他公売に付することが公益上適当でないと認められるとき」として、次のような場合がこれに当たると解されている(国税徴収法基本通達一〇九条関係の四。以下、同通達を「本件通達」という。)。

(1) 麻薬取締法等の法令の規定により譲渡の相手方が制限されている場合において、その法令の規定により、譲受けが認められている者に対してその財産を譲渡しようとするとき。

(2) 土地収用法、都市計画法等の規定に基づいて土地を収用できる者から、差し押された土地を買い受けたい旨の申出があったとき。

(3) 公売財産が私有道路、公園、排水溝、下水処理槽等である場合において、その利用者又は地方公共団体等から、その私有道路等を買い受けたい旨の申出があったとき。

ちなみに原告は、「公売に付することが公益上適当でないと認められるとき」の事例として前記(1)の場合のみを挙げているにすぎない。

(五) 本件土地は、土地収用法三条一号及び三一号に規定する事業に供される予定地であり、その起業者である福岡市から平成四年九月一七日付けで被告に対し、本件土地の買受けの申入れがされているのである。

したがって、福岡市は土地収用法に基づいて本件土地を収用できる者に該当し、その福岡市から、差押財産である本件土地を買い受けたい旨の申出がされているのであるから、被告が本件土地を換価するため法一〇九条一項一号の規定を適用して随意契約による売却をしようとしたことは適法であり、本件通知処分は何ら違法なものではない。

(六) さらに、原告は、本件通知処分が一度も公売を実施することなく、いきなり福岡市に対し随意契約によって売却することとしたのは「公売に付することが公益上適当でないと認められるとき」に該当するものでないことが明白であると主張するが、原告の主張は失当である。なぜなら、法一〇九条一項一号にいう「その他公売に付することが公益上適当でないと認められるとき」について、公売実施が前提要件とされていないことは明らかであるからである。

(七) 次に、原告は、仮に本件の場合、随意契約による売却という換価方法が違法でないとしても、、本件通知処分における本件土地の見積価額五九六万三九二〇円というのは低額すぎるものであり、この金額で随意契約によって売却してしまうというのは、金額が低額すぎる点において違法であり、右の点は訴外進藤運輸倉庫有限会社が八〇〇万円位で買い受ける意思を有していることからも裏付けられると主張する。

しかしながら、被告が、本件土地の見積価額について近隣地域の取引事例価額及び福岡県の基準地の標準価額を基に、本件土地と取引事例地及び基準地との地域的要因及び個別的要因を比較する方法により算定した最高価額は一六〇万円であったところ、福岡市が本件土地を収用する場合の収用予定価額は五九六万三九二〇円であり、右最高価額を大幅に上回っていることから、これを試算価額として採用の上見積価額を決定したものである。

したがって、本件土地の見積価額の決定は適法であり、また、原告にとっても高価有利に決定されているのであるから、この点においても原告の主張は失当といわざるを得ない。

(八) また、本件土地の買受意思を有すると原告の主張する訴外進藤運輸倉庫有限会社の代表取締役新井康文は、原告の取締役であり、原告と利害関係がある者であるから、同社が八〇〇万円で買い受ける意思を有しているとの裏付けもないというべきである。

3  以上に述べたとおり、原告の主張は失当であって、本件通知処分には何らの瑕疵もなく適法である。

よって、本件訴えは棄却されるべきものである。

四  被告の主張に対する原告の反論

被告は、「その他公売に付することが公益上適当でないと認められるとき」に該当する場合として、「土地収用法、都市計画法等の規定に基づいて土地を収用できる者から差し押さえた土地を買い受けたい旨の申出があったとき」があると主張する。しかし、本件通達における解釈は、誤っているという外はない。

注文は、「その他公売に付することが公益上適当でないと認められるとき」となっているのであるから、あくまで、本件が、「その他公売に付することが公益上適当でないと認められるとき」に該当するといえるかどうかであって、本件の場合が、「土地収用法、都市計画法等の規定に基づいて土地を収用できる者から差し押さえた土地を買い受けたい旨の申出があったとき」に該当するかどうかということではない。

第三証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因について

1  請求原因1ないし3、同4(一)の事実は、当事者間に争いがない。

2(一)  請求原因4(二)について検討する。

(二)  法九四条一項は、税務署長は、差押財産を換価するときは、これを公売に付さなければならない旨規定し、差押財産の換価処分は、原則として公売により行うべきこととしているところ、同項の趣旨は、差押財産の換価処分を公売によって行うことによりその公正を維持すること、及び高価売却をある程度まで制度的に保障すること、すなわち、価格の有利性を確保することにあると解される。

これに対して法一〇九条一項は、「次の各号の一に該当するときは、税務署長は、差押財産を、公売に代えて、随意契約により売却することができる。」旨規定しており、同項一号は、「法令の規定により、公売財産を買い受けることができる者が一人であるとき、その財産の最高価額が定められている場合において、その価額により売却するとき、その他公売に付することが公益上適当でないと認められるとき」を挙げているのであるが、同条項が法九四条の例外を定めた規定であることからするならば、「その他公売に付することが公益上適当でないと認められるとき」とは、公売に付すると、法九四条一項の保護する利益以上に害される公益的利益が大きい場合を意味するものと解するのが相当である。

(三)  <証拠略>によれば、以下の事実を認定できる。

福岡市は、昭和六一年度に建設省道路局所管国庫補助事業の採択を受け、福岡市早良区曲渕(国道二六三号)を起点に前原町との市境まで延長約一六〇〇メートル、道路幅員八メートルの主要地方道福岡早良大野城線飯場工区道路改良事業(以下「本件道路改良事業」という。)に着工したが、本件土地の一部(四六〇平方メートル)が、本件道路改良事業の区域内にあることが判明した。

また、福岡市は、水質悪化や土砂の流入等によって同市の水道専用ダムがその機能を損なうことを防止すべく、水源浄水場整備事業(以下「本件整備事業」という。)を計画し(水源かん養林用地買収計画)、昭和五五年度より平成七年度までの予定で同市の水道専用ダムである曲渕、背振両ダム周辺の山林を買収中であるところ、本件土地が本件整備事業の対象区域内にあることが判明した。

そこで、福岡市は、本件土地の所有者である原告との間で、四年間にわたって本件土地の買収交渉を行ってきたものの、右交渉は成立するには至らなかった。

原告は、昭和五七年五月二一日当時、別表一のとおり国税を滞納していたため、福岡国税局は、同日、本件土地を差し押さえ、福岡法務局西新出張所昭和五七年五月二四日受付第二二〇四八号をもって差押登記を経由した。そこで福岡市長は、被告に対し、平成四年九月一七日、随意契約による本件土地の買受けを依頼した。

右買受け依頼に対し、被告は、本件土地を随意契約によって福岡市に売却する方法によって換価する旨の決定をなし、原告に対し平成四年一〇月九日付けで本件通知処分をした。

(四)  右(三)の認定事実を前提とすると、被告が本件土地を公売に付したとしても福岡市が必ず本件土地の買受人となることができるわけではなく、仮に福岡市以外の第三者が本件土地を公売により取得したとすれば、本件道路改良事業、本件整備事業の遂行に困難が生じることは容易に予想され、その結果公共の利益が害される可能性は極めて高いものと認められる。したがって、本件は法九四条一項の保護する利益以上に侵害される公益的利益が大きい場合にあたるというべきであり、よって本件は、「その他公売に付することが公益上適当でないと認められるとき」にあたると認めるのが相当である。

(五)  なお、原告は、被告が一度も公売を実施することなく、本件随意契約を締結した点を根拠の一つとして、本件が「公売に付することが公益上適当でないと認められるとき」に該当しない旨主張するが、法一〇九条一項は、公売を事前に実施したことを随意契約による売却の要件とはしていないし、また本件は、公売に付するときには公益的利益を害するおそれがあることから随意契約による売却をなしたものであり、公売に付することを随意契約による売却の要件とすることに特段の合理性もないのであるから、被告の右主張は採用できないものといわざるを得ない。

3  請求原因4(三)について検討する。

成立に争いのない乙第一〇号証によれば、本件土地の存する福岡市早良区曲渕地区における最近の取引事例をもとに本件土地の価額を算出したところ、右価額は一二〇万円であったこと、県の基準地の価額をもとに本件土地の価額を算出したところ、右価額は一六〇万円であったことを認めることができるところ、本件土地の本件随意契約における売買価額五九六万三九二〇円は、道路用地部分を二八五万三七三六円(一平方メートルあたり六二〇〇円)と、水源かん養林用地部分を三一一万〇一八四円(一平方メートルあたり一四九六円)と、それぞれ評価した合計額であり、立木等の補償費等を考慮しているため、前二者の価額のいずれをも大幅に上回っている。また、土地収用法七一条の「相当な価額」とは客観的取引価格をいうと解するのが相当であるところ、同号証によると、本件土地の本件随意契約における売買価額は、福岡市の算出した本件土地の収用予定価額と同額であることが認められる。

したがって、本件土地の見積価額が低額過ぎるということはなく、むしろ、適正な売却価額が定められたものと認められるから、本件通知処分は適法なものというべきである。

二  よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 牧弘二 高橋譲 原啓章)

別紙物件目録 別表一及び二 <略>

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