福岡地方裁判所 平成6年(行ウ)11号 判決 1998年3月27日
原告
高丘ウメ
(ほか一一名)
原告ら訴訟代理人弁護士
村山博俊
同
矢野正剛
被告
福岡県収用委員会(Y1)
(以下「被告委員会」という。)
右代表者会長
佐藤安哉
右指定代理人
星野敏
同
川畑剛
同
江上直治
同
吉田博敏
同
谷川清敏
同
矢野淳一
被告
福岡市(Y2)
(以下「被告市」という。)
右代表者市長
桑原敬一
右訴訟代理人弁護士
稲澤智多夫
主文
一 原告らの被告委員会に対する請求のうち権利取得裁決の取消しを求める部分を棄却する。
二 原告らの被告委員会に対するその余の訴え及び被告市に対する訴えをいずれも却下する。
三 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第二 当事者の主張
(被告委員会に対する請求について)
一 請求原因
1 事業計画の概要及び本件裁決
(一) 事業計画の概要
被告市は、福岡市博多区千代地区全体を六の区域に分け、地域改善事業の一環として、昭和四九年以降、順次、千代第一住宅地区改良事業ないし千代第六住宅地区改良事業(以下「第一期ないし第六期事業」といい、これら全体を併せて「千代地区改良事業」という。)を施行している。
被告市は、右のうち、福岡市博多区千代三丁目地区内の土地を対象とした本件事業につき、平成三年八月二一日付けで、福岡県知事から事業の認定(以下「本件事業認定」という。なお、同日付けで本件事業認定は告示された。)を受けたものであるが、平成四年五月二二日付けで被告委員会に対し、本件土地(一)ないし(三)等について土地収用法(以下「収用法」という。)三九条による収用の裁決申請及び収用法四七条の三による明渡裁決の申立て(以下、両者を併せて「本件申請」という。)を行った。
(二) 本件裁決
被告委員会は、これに対し、平成六年一月一四日付けで二号裁決ないし四号裁決(このうち権利取得裁決を「本件権利取得裁決」、明渡裁決を「本件明渡裁決」といい、これらの裁決を併せて「本件裁決」という。)をし、別紙補償金目録記載のとおり各補償額(以下「本件補償額」という。)を定めた。
2 本件事業認定の違法に基づく本件裁決の違法
(一) 収用法二〇条一号要件(以下「一号要件」という。)の欠缺
被告市は、本件事業にかかる事業計画(以下「本件事業計画」という。)上の本件土地(一)及び(二)の収用目的について、本件土地(一)は、その前面は道路用地(以下「本件土地(一)ア部分」という。)、その余の部分はその他の施設の用地(以下「本件土地(一)イ部分」という。)、本件土地(二)は地区施設等用地及び住宅建設用地に位置づけられた多目的広場であるとする。
しかし、実際の収用目的は、本件土地(一)イ部分は路外駐車場、本件土地(二)については博多祇園山笠祭(以下「山笠祭」という。)や地蔵尊祭のための広場や準備場である。
千代地区改良事業により設置された駐車場のうち、博多せんしょう買物駐車場を除く空地の大部分の管理は、受益者等により構成される住宅管理組合に委ねられ、駐車場の利用者の選択も恣意的に行われ、駐車場の収益の帰属先も不明であって、実際は一部の者の利権の対象になっている等、不当な運用がなされており、一部の者に利益や便益を供するための収用となっており、公共性を欠く。
また、山笠祭は櫛田神社の祭礼、地蔵尊祭は仏教的な祭礼であり、特定宗教の宗教的儀式に使用する事業計画は、憲法の定める政教分離原則に反し、違法である。
よって、本件事業認定は、一号要件を欠き、違法である。
(二) 収用法二〇条二号要件(以下「二号要件」という。)の欠缺
被告市は、本件事業の対象地区(以下「本件起業地」という。)の土地買収に関して充分な責任を持たず、住民参加方式の名の下に、本件事業にかかわる地権者により構成された第五期地区住宅建設組合(以下「建設組合」という。)の役員を利用し、建設組合役員らが原告ら住民に対し脅迫等の不当な圧力をかけて事実上買収を進めていくのを黙認してきたもので、被告市は事業を遂行する充分な意思と能力を有しない。
よって、本件事業認定は、二号要件を欠き、違法である。
(三) 収用法二〇条三号要件(以下「三号要件」という。)の欠缺
(1) 公共の利益の欠如ないし必要最小限度の原則違反
本件事業計画上の本件土地(一)及び(二)の収用目的については右2(一)記載のとおりであり、本件土地(三)の収用目的は改良住宅であるD棟建設用地である。しかし、道路用地、路外駐車場及び多目的広場は改良住宅の敷地等建設に直接的に必要な土地ではなく、右のような空間の確保は公共の利益に資するとはいえない。また、本件事業計画の実施により既に建設された改良住宅ないし改良店舗であるA棟、B棟及びC棟には既に地区外の者が入居しかつ空室があるのであるから、D棟を建設する必要性はない。
他方、原告高丘らは別紙物件目録一記載の建物<1>及び<2>(以下、これらを併せて「本件建物(一)」という。)に居住して薬局を経営し、原告和巳及び原告キクヘは同目録二記載の建物<1>及び<2>(以下「本件建物(二)<1>及び<2>」といい、これらを併せて「本件建物(二)〕」という。)に居住して理髪店を経営し、かつ、原告和巳は、本件建物(二)の一部、同目録三記載の建物(以下「本件建物(三)」という。)及び付属物置内で犬等を飼育して、右による収入によりそれぞれ生計を維持しており、本件土地(一)ないし(三)の収用により生活手段を奪われる結果になる。また、本件土地(一)ないし(三)上に本件建物(一)ないし(三)が存することは、改良住宅の居住者その他地域住民の支障とはならない。
さらに、第一期ないし第四期事業において、被告市は、当初事業計画に含まれていた土地数筆を任意に買収できなかった場合には事業対象地から除外し、また、一部の地権者に対しては起業地内に代替地を提供したものであり、千代地区改良事業全体の公共性の程度は、右のような事業計画の変更を許す程度のものである。本件事業は、第一期ないし第四期事業同様、千代地区改良事業の一還として施行されていることに鑑みれば、本件事業の施行により得られるべき公共の利益の程度は決して高いものとはいえない。
以上の事実を総合すれば、本件土地(一)ないし(三)が本件事業の用に供されることによって得られるべき公共の利益はそれにより失われる私的ないし公共の利益に優越するとはいえない。
(2) 代替案の検討を怠った違法
原告高丘らは、本件土地(一)に隣接しかつ被告市が取得済みであった駐車場用地の任意譲渡を受けることと引き替えに、本件土地(一)ア部分を被告市に譲渡し、さらに、本件建物(一)を原告高丘らの費用により被告市の意向に添う建物に立て替えることも提案していたにもかかわらず、被告市は右代替案の検討をしなかった違法がある。
(3) よって、本件事業認定は、三号要件を欠き、違法である。
(四) 収用法二〇条四号要件(以下「四号要件」という。)の欠缺
四号要件は、諸般の事情を総合した上で収用の必要性及び相当性を判断するものと考えられるところ、右(一)ないし(三)記載のとおり被告市による地権者らの取扱いが著しく不公平かつ不誠実であることに鑑みれば、本件土地(一)ないし(三)を収用することは、公正公平の原理に反し、四号要件を欠き、違法である。
(五) 本件事業認定の違法性の本件裁決への承継
右のような本件事業認定の違法は、本件裁決に承継されるものと解すべきであるから、本件裁決は違法である。
3 本件裁決固有の違法性
被告委員会は、右2(一)ないし(三)記載の各事実及び被告市が本件事業にかかる任意買収交渉において一部地権者等に対し裁決申請書記載額を上回る相当高額の補償を行った事実について、適正な事実調査及び現地調査等をしなかった。また、被告委員会は、本件土地(一)ないし(三)についての不動産鑑定評価書を原告らに開示せず、原告らに意見陳述の権利を十分に行使させなかった点で、審理不尽の違法がある。
4 よって、原告らは、主位的に、被告委員会に対し、本件裁決は違法であるから、その取消しを求める。
二 被告委員会の本案前の答弁の理由
明渡裁決に基づいて対象土地の明渡が完了したときは明渡裁決の取消しを求める訴えの利益は消滅すると解するのが相当であるところ、二号裁決に基づく明渡義務は平成七年一月三一日までに任意に履行され、三号裁決に基づく明渡義務は同年二月二日、四号裁決に基づく明渡義務は同年一月二四日までに、それぞれ行政代執行により代替的に履行されて、いずれも明渡が完了したものであるから、本件明渡裁決の取消しを求める部分は、訴えの利益を欠くものであって不適法である。
三 請求原因に対する被告委員会の認否
1 請求原因1(事業計画の概要及び本件裁決)は認める。
2 同2(本件事業認定の違法に基づく本件裁決の違法)について
(一) 同項(一)(一号要件の欠缺)のうち、本件事業計画上の本件土地(一)及び(二)の収用目的が、本件土地(一)ア部分は道路用地、本件土地(一)イ部分はその他の施設の用地、本件土地(二)は地区施設等用地及び住宅建設用地に位置づけられた多目的広場であることは認め、実際の収用目的が、本件土地(一)イ部分は路外駐車場、本件土地(二)は山笠祭や地蔵尊祭のための広場や準備場であることは否認し、その余は争う。
(二) 同項(二)(二号要件の欠缺)は争う。
(三) 同項(三)(三号要件の欠缺)のうち、本件土地(一)ないし(三)の本件事業計画上の位置づけ、原告高丘らが本件建物(一)に居住して薬局を経営していたこと、原告和巳及び原告キクヘが本件建物(二)<1>に居住して、原告キクヘが理髪店を経営していたこと、原告和巳が本件建物(二)<1>、本件建物(三)及び付属物置内で犬等を飼育していたこと、第一期ないし第四期事業において、被告市が、当初事業計画に含まれていた土地数筆を事業対象地から除外し、また、他の数筆の土地について代替地を提供した事実、原告高丘らが原告ら主張の提案をした事実は認め、その余は争う。
(四) 同項(四)(四号要件の欠缺)は争う。
(五) 同項(五)(本件事業認定の違法性の本件裁決への承継)は争う。
3 同3(本件裁決固有の違法性)については、原告らが被告委員会の審理において替地による補償を要求した事実は否認し、その余は争う。
四 被告委員会の主張
1 本件裁決に至る経緯
(一) 本件裁決に至る経緯
本件事業に必要な土地の面積は、二万七三六六平方メートルであり、これに伴い除却又は移転する必要のある建物は、三九六戸であるが、被告市は、昭和五九年四月から、土地、建物所有者等と用地等の取得等の協議を開始し、平成三年三月二六日の本件事業認定申請時までに、九七パーセントに相当する土地を買収し、建物を除却、移転した。しかし、本件土地(一)ないし(三)を含む土地五二七・七三平方メートル及び建物八戸(土地所有者七人及び関係人二三人)について任意買収が困難となったので、被告市は、収用法に基づく裁決によって土地を取得するため、平成三年八月二一日付けで本件事業認定の告示を受け、平成四年五月二二日付けで、被告委員会に対し、本件申請をした。
(二) 被告委員会は、同日、本件土地(一)についての申請を平成四年度第一号事件、本件土地(二)についての申請を平成四年度第二号事件、本件土地(三)についての申請を平成四年度第三号事件として本件申請を受理し(以下、順に、「一号申請」、「二号申請」、「三号申請」という。)、同年八月三日、裁決申請書等を福岡市博多区長に送付するとともに、原告らに裁決申請があった旨を通知し、裁決申請書等は、同月一三日から同月二七日まで、福岡市博多区役所において縦覧に供された。土地所有者等からの意見書の提出はなかった。被告委員会は、同年九月一一日、審理を開始し、以後一号申請については六回、二号申請及び三号申請については七回にわたる審理をしたうえで、平成六年一月一四日付けで本件裁決をした。
2 事業認定の違法事由を裁決取消の違法事由として主張することの可否
収用委員会は、原則として、裁決の前提として事業認定の適否を審査する権限も義務も持たないものであるから、事業認定の違法事由を裁決取消の違法事由として主張することはできないと解するのが相当である。
ただし、事業認定に重大かつ明白な瑕疵が存する場合は事業認定自体無効となり、このような場合には収用委員会は審査権限を有すると解する見解に立っても、本件事業認定に重大かつ明白な瑕疵は存しない。
3 本件事業認定の適法性
(一) 一号要件
原告らは、収用法三条一号に掲げる駐車場法による路外駐車場該当性の見地から一号要件を論じているが、本件事業は、住宅地区改良法(以下「改良法」という。)による住宅地区改良事業であるところ、住宅地区改良事業につき、収用法による事業認定を受けた場合、改良法一六条の規定は、収用法二〇条一号に規定する「第三条各号の一に掲げるもの」に「住宅地区改良事業」を置き換える趣旨の規定であると解されるので、原告らの主張は失当である。
(二) 二号要件
二号要件は、法的、資金的、組織及び人員的観点から判断されるところ、被告市が右の意味での事業を遂行する充分な意思と能力を備えていることは明らかである。
また、本件事業においては、原告らとの交渉は、改良事務所の担当係長及び職員が行い、交渉が難航、長期化した場合には、所長も交渉の場に赴き、事業の推進を図ってきたものであり、原告らが主張するように、被告市が任意交渉に充分な責任を持たず、建設組合の主導のもとに買収が行われた事実はない。
(三) 三号要件
(1) 公共の利益
本件起業地内の住宅は老朽化が激しく設備も不完全な不良住宅であり、また、道路等の公共設備の整備も遅れており、防災及び衛生上、憂慮すべき状態にあったものであるが、本件事業の完成により、起業地内の住環境の整備及び改善が図られ、健康で文化的な生活が確保されることが期待され、さらに起業地外の地域社会の整備及び発展等、経済的及び社会的に及ぼす効果は極めて大きい。
また、本件事業は、単に地区内の住宅等の除却又は移転を行い改良住宅の建設を行うことのみを目的としているのではなく、地区住民の健康で文化的な生活を営む環境を確保するために、児童遊園や集会所及び建物の敷地の一部を利用した多目的広場、駐輪場及び緑地等の整備をも行うものであるから、多目的広場用地は必要であったこと、本件事業認定申請時点で、本件事業着手前に存在していた住宅数等から算定した本件事業に必要な住宅戸数とA棟ないしD棟の住宅戸数との間に過不足はなく、D棟の建設は必要であったことからすれば、本件土地(一)ないし(三)は本件事業に必要不可欠な土地であり、収用すべき公共性が極めて高い。
他方、本件事業の遂行によって失われる公共の利益はなく、原告らの不利益は、補償金並びに改良住宅及び改良店舗の確保によつて補填される。
とすれば、本件土地が本件事業の用に供されることによって得られるべき公共の利益は、本件土地が本件事業の用に供されることによって失われる私的ないし公共の利益に優越する。
なお、本件事業と事業年度及び事業内容が異なる第一事業ないし第四事業を比較の対象とすることは妥当ではなく、過去の事業計画との比較が、三号要件該当性の問題であるとする原告らの主張は失当である。
(2) 代替案の検討を怠った違法
原告らの主張が、被告らが本件事業計画以外に代替案の検討を怠ったとの意味である場合、本件事業計画は、事業認定庁が起業地の範囲の必要最小限度性、配置計画の合理性等を総合的に判断して認可したものであるから、原告らの主張は失当である。
また、原告らの主張が、被告委員会に対する替地の要望を意味する場合、原告高丘らの申出によると、原告高丘らの土地ないし原告高丘らの新築する建物は、事業計画上多目的広場として利用される土地を分断する形で存在することとなり、この広場としての一体的利用を離害し、本件事業及び業務の執行に障害を及ぼす結果となり、採用しがたい。
4 本件裁決自体の適法性
収用委員会は、権利取得裁決については収用法四八条所定の事項、明渡裁決については収用法四九条の事項を調査等しなければならないが(同法六五条)、原告らの主張する第一期ないし第四期事業との比較、任意買収交渉過程における不平等取扱い及び不当な圧力等の事実は、収用法により被告委員会が採決をしなければならないと規定された事項とは関係のない事実に関するものであるから、被告委員会がこれらの事実につき調査、判断しなかったことは、裁決の瑕疵とはならない。
また、収用委員会は、審理制度の趣旨に反しない限り、必ずしも調査手続によって蒐集された資料を審理手続にのせて当事者に意見を述べる機会を与えなければならないものではないのであるから、告知、聴聞の機会を与えなかったことをもって裁決の瑕疵とする原告らの主張は失当である。
(被告市に対する請求について)
一 請求原因
1 原告ら
(一) 二号裁決関係
(1) 原告ウメは、本件土地(一)<1>及び<2>を、原告章は本件土地(一)<3>及び<4>をそれぞれ所有していた。
本件土地(一)上に、原告ウメは別紙物件目録一記載の建物<1>を、原告章は同目録一記載の建物<2>をそれぞれ所有し、本件建物(一)につき昭月が、右建物<2>につき原告ウメがそれぞれ使用借権を有していた。
(2) 昭月は、平成七年四月四日死亡し、同人の財産上の地位を原告章が相続により承継した。
(二) 三号裁決関係
原告和巳は、本件土地(二)<1>ないし<3>を、原告キクヘは本件土地(二)<4>をそれぞれ所有し、原告昭典らは、それぞれ、本件土地(二)につき使用借権を有していた。
そして、原告柳内らは、本件土地(二)上に、本件建物(二)並びに同目録二記載の<3>建物付属設備及び<4>工作物1(以下「三号工作物1」という。)を共有し、かつ原告和巳は、同目録二記載の<5>工作物2(以下「三号工作物三という。)及び同目録二記載の<6>立木(以下「三号立木」という。)を所有していた。
(三) 四号裁決関係
原告和巳及び原告豊は、本件土地(三)及び本件建物(三)を共有し(持分各二分の一)、原告和巳は、本件土地(三)及び本件建物(三)につき使用借権を有していた。
2 本件裁決
被告委員会に対する請求についての請求原因1(二)と同旨
3 二号裁決関係についての正当な補償額
(一) 土地に対する損失の補償
近傍類地である第六期事業の対象地の買収価格基準は、対象地の種類をまず、A商業地、B住宅地と二分し、その中で、広い道路に面するところ、路地に入ったところまで三段階に分けている。右基準に照らせば、本件土地(一)は、商業地であるから、最低でも右基準のA3にあたり、一坪あたり一二〇万ないし二八〇万円が相当である。
また、原告らの土地に近接する澄井メイ所有地の鑑定評価は、一坪あたり一五五万一〇〇〇円である。
以上に照らせば、原告ウメに対する補償額は一億九〇七万六〇〇〇円、原告章に対する補償額は七九九八万一〇〇〇円が相当である。
(二) 建物に対する損失の補償
二号裁決は、本件建物(一)を一棟ととらえているが、本件建物(一)は、店舗兼住宅として建築されていること、地下室等の設備があることをも考慮すれば、本件建物(一)に対する移転補償額は、原告ウメ、原告章に対し、それぞれ一〇〇〇万円が相当である。
(三) 土地及び建物に対する損失の補償以外の補償
(1) 工作物移転料
原告ウメ及び原告章に対する工作物移転料は、それぞれに対し六五万円とするのが相当である。
昭月所有の工作物としては、二号裁決が補償の対象としたクーラー二基、日除け五、看板二か所、電話三か所以外に、クーラー一基、自動扉フロントガラス、備付の棚等があり、昭月に対する工作物移転料は、合計一二〇万円が相当である。
(2) 立木補償
原告ウメに対する立木補償は、一〇万円が相当である。
原告章に対する立木補償は、二号裁決のとおり(二万三一七五円)である。
(3) 動産移転料
移転すべき動産は、居住用の動産のみならず事業用の在庫商品等も存するのであるから、昭月に対する動産移転料は二〇〇万円を下らない。
(4) 営業休止補償
営業休止補償は、原告ウメ分については二号裁決のとおり(六九万三二〇〇円)である。
しかし、エビス薬局の主たる経営者は昭月であること、昭和六〇年から平成元年まで及び平成四年分の売上額は、平均約二五六五万円であり、純利益の平均は約五〇〇万円であること、新規に自宅兼店舗を建築して営業を再開するのに一年間、売上が回復するまでに少なくとも五年間を要することを考えれば、営業休止補償料は、昭月分については一〇〇〇万円が相当である。
(5) 移転雑費
移転雑費は、原告ウメ及び原告章分については二号裁決のとおり(原告ウメについては二一三万五六一四円、原告章については一五七万三九六二円)である。
昭月は、原告ウメ同様、本件建物(一)内に居住して薬局を営業していたものであるから、少なくとも原告ウメと同額の二一三万五六一四円を認めるのが相当である。
(四) 以上により、二号裁決により原告高丘らに支払われるべき補償額は、原告ウメに対し一億二二六五万四八一四円、原告章に対し九二二二万八一三七円及び昭月(原告章が相続)に対し一五三三万五六一四円が相当である。
4 三号裁決関係についての正当な補償額
(一) 土地に対する損失の補償
本件土地(二)<3>及び<4>は商業地であるから、最低でも前述の第六期事業の土地買収価格基準のA3にあたり、土地の評価額は一坪あたり二一〇万ないし二八〇万円が相当であること、及び前述の澄井メイ所有地の鑑定評価に照らせば、原告和巳に対する補償額は五二四一万七五〇〇円、原告キクヘに対する補償額は五五三〇万五九〇〇円が相当である。
(二) 土地に対する損失の補償以外の補償
(1) 原告柳内らの建物移転料
本件建物(二)の移転料は、三五〇九万五五四八円が相当である。
(2) 原告柳内らの工作物移転料
三号工作物1の移転料は、一〇〇万円を下らない。
(3) 原告和巳の工作物移転料
原告和巳所有の工作物としては、三号裁決が補償の対象とした三号工作物2以外に、クーラー二台、瞬間湯沸器、石油ボイラー・タンク等があり、原告和巳の工作物移転料は、合計一〇〇万円を下らない。
(4) 原告和巳の動産移転料
本件建物(二)内には多数の動産類が存したことを考えると、動産移転料は一〇〇万円を下らない。
(5) 原告和巳の移転雑費
移転雑費は、原告和巳分については、三号裁決のとおり(三二四万六一〇九円)である。
(6) 原告和巳の営業休止補償
原告和巳は、本件建物(二)の一部及び(三)の建物内で犬の飼育及びシャモの孵卵の事業を営んでおり、平成三年から平成五年当時の一年間の売上額は、犬の飼育によるものが二五〇万円、シャモの孵卵によるものが一五〇万、合計で少なくとも三五〇万円を下らなかったこと、右事業の営業休止期間は二年間と考えるのが妥当であることを考えれば、右事業の営業休止補償額は七〇〇万円が相当である。
(7) 原告キクヘの移転雑費
三号裁決は、原告キクヘ分の移転雑費を認めていないが、原告キクヘは、原告和巳と同様、本件建物(二)内に居住して理髪店を営業していたものであるから、少なくとも原告和巳と同額の三二四万六一〇九円を認めるのが相当である。
(8) 原告キクヘの営業休止補償
原告和巳及び原告キクヘが理髪店を経営して得る収入は、平成三年当時で約三五〇万ないし四〇〇万円であったこと、営業休止期間は二年間と考えるのが妥当であることを考えれば、営業休止補償額は少なくとも七〇〇万円が相当である。
(三) 以上により、三号裁決により原告柳内らに支払われるべき補償額は、原告和巳に対し六四六六万三六〇九円、原告キクヘに対し六五五五万二〇〇九円並びに原告柳内らに対し三六〇九万五五四八円が相当である。
5 四号裁決関係についての正当な補償額
(一) 土地に対する損失の補償
本件土地(三)は住宅地であり、前述の第六期事業の土地買収価格基準のB2にあたり、土地の評価額は一坪あたり一三六万ないし一四六万円が相当であること、及び前述の澄井メイ所有地の鑑定評価に照らせば、本件土地(三)の評価額は、一平方メートルあたり九五万円であるから、本件土地(三)についての補償額は五九六六万円が相当である。
(二) 建物に対する損失の補償
本件建物(三)の移転補償金としては、三〇〇万円が相当である。
(三) 土地及び建物に対する損失の補償以外の補償
(1) 工作物移転料
工作物移転には新築と同様の費用がかかるものであるから、工作物移転料としては、三〇万円が相当である。
(2) 原告和巳の動産移転料
原告和巳は、本件建物(三)内及び物置内において、五〇ないし六〇匹の犬を飼育していたものであり、その他の動産も有していたのであるから、動産移転料は、少なくとも五〇万円が相当である。
(3) 移転雑費
四号裁決のとおり(合計一九万二九六〇円)である。
(四)以上により、四号裁決により原告らに支払われるべき補償額は、原告和巳に対し三二〇七万六四八〇円、原告豊に対し三一五七万六四八〇円が相当である。
6 よって、原告らは、予備的に、被告市に対し、収用法一三三条に基づき、正当な補償額と本件裁決の定めた補償金額との差額としても二号裁決につき、原告ウメに対し六五〇三万四八五九円、原告章に対し四九二一万九五六円及び一二四九万六六二八円、三号裁決につき、原告和巳に対し三六七八万五六三八円、原告キクヘに対し三九一九万五七六一円、原告柳内らに対し一三六三万二二八八円、四号裁決につき、原告和巳に対し一九九六万五四八二円、原告豊に対し一九五六万七六五八円並びに右各金員に対する本件裁決の日の後である平成六年三月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 被告市の本案前の答弁の理由
本件訴えは、主観的予備的併合であるから、不適法であり、却下されるべきである。
三 請求原因に対する被告市の認否
1 請求原因1(原告ら)について
(一) 同項(一)(二号裁決関係)(1)のうち、原告ウメが本件土地(一)<1>及び<2>を、原告章が本件土地(一)<3>及び<4>をそれぞれ所有していた事実は認め、その余の事実を否認する。なお、本件建物(一)は、一棟の建物である別紙物件目録一記載の建物<3>として収用された。
同項(一)(2)(昭月の死亡及び原告章による承継)については、明らかに争わない。
(二) 同項(二)(三号裁決関係)のうち、原告和巳が本件土地(二)<1>ないし<3>、三号工作物2及び三号立木を、原告キクヘが本件土地(二)<4>をそれぞれ所有していた事実は認め、その余は否認ないし不知。
(三) 同項(三)(四号裁決関係)のうち、原告和巳及び原告豊が本件土地(三)及び本件建物(三)を共有しており、持分は各二分の一であったことは認め、その余は否認する。
2 同2(本件裁決)については被告委員会の認否と同旨
3 同3ないし同5(正当な補償額)は争う。
四 被告市の反論
1 土地に対する損失の補償について
原告らは、第六期事業における地権者大会で決定した買収価格を、近傍類地の取引価格であって一番に参考にされるべきであるとする。しかしながら、右地権者大会は、平成五年一月二四日に開催されたものであって、本件事業認定の告示のとき(平成三年八月二一日)とは時期が異なり、また、右買収価格は現実の取引事例でもないことから、右買収価格を参考にすることは妥当ではない。
2 二号裁決における土地に対する損失の補償以外の補償
(一) 建物に対する損失の補償
原告らは、本件建物(一)には地下室等の設備があった旨主張する。しかし、事業認定後の被告市による土地も物件調査の際、原告ウメ及び原告章が調査を拒否したため、被告市は、本件建物(一)の内部を調査することができなかったものであり、また、原告ウメ及び原告章は、本件裁決手続において、右設備の存在を主張していないのであるから、本件訴えにおいて増額の請求をすることはできない。
また、原告ウメ及び原告章は、建物に対する補償について移転料を請求しているが、被告市は、本件建物(一)については取得補償をしているのであるから、建物移転補償は問題とならない。
(二) 工作物移転料、立木補償及び動産移転料
原告高丘らの工作物移転料原告ウメの立木補償及び昭月の動産移転料については、それぞれにつき具体的な主張立証がないから、増額請求は認められない。
また、昭月は、任意交渉においてのみならず、物件調書作成段階でも、被告市による本件建物(一)内部の立入調査を拒否し、また、昭月は、本件裁決手続において、原告ら主張の設備の存在を主張していないのであるから、本件訴えにおいて増額の請求をすることはできない。
(三) 昭月の営業休止補償
被告市は、昭月に対し、任意交渉時から、営業休止補償金算出のための資料の提出を再三にわたり求めたにもかかわらず、昭月がこれを提出しなかったため、中小企業庁編「中小企業の経営指標」(平成三年発行)に基づき売上高及び利益率を認定し、被告市の公共事業の施行に伴う損失補償基準、同細則及び同参考に基づき、二号裁決にかかる営業休止補償金を算出したものであり、被告市の右算出根拠には合理性がある。
また、被告市は、本件事業施行地区内に昭月の自宅及び店舗を用意していたのであるから、そこに移転して営業を再開するまでには一年はかからず、仮に、昭月が、本件事業施行地区外に移転するのに一年間の準備を要するとしても、昭月は、二号裁決の通知がなされた平成六年一月一八日から任意退去した平成七年一月三一日までの約一年間、従前の店舗での営業を継続しており、その間新店舗等の準備をなし得たものであるから、一年間の営業休止補償を請求する理由はない。
また、昭月は、移転後五年間にわたる売上減に対する補償を主張しているが、被告市は、移転後一時的に得意先を喪失し売上げが減少することに対しては、得意先喪失補償をしている。
よって、昭月の主張は失当である。
(四) 移転雑費
昭月は、本件土地(一)及び本件建物(一)の所有者でないため、移転雑費としては法令上の手続すなわち住民票の異動手続に要する交通費及び日当等が算定されたものである。
3 三号裁決における土地に対する損失の補償以外の補償
(一) 原告柳内らの建物移転料
原告柳内ら主張の本件建物(二)の移転料は、新築に必要な費用全額であって、建物の経過年数分の減耗分を全く考慮しておらず、正当な補償額とはいえない。
被告市は、損失補償基準細則に基づき再築工法により建物移転料を算出した。その際は、本件建物(二)は、登記簿謄本に記載された建築年月日と実際の建物の状態が一致しなかったことから、任意交渉時における原告和巳の昭和四七年に建築した旨の発言に基づき、経過年数を一九年とみたものである。
(二) 工作物移転料、原告和巳の動産移転料
三号工作物1、原告和巳の工作物移転料及び動産移転料については立証がない。
また、そもそも被告市による土地、物件調査の際、原告和巳が調査を拒否したため、被告市は、本件建物(二)の内部を調査することができなかったものであり、また、原告和巳は本件裁決手続において、原告和巳主張の工作物及び動産の存在を主張していないのであるから、本件訴えにおいて増額の請求をすることはできない。
(三) 原告和巳の営業休止補償については、工作物移転、動産移転の補償として処理されている。
(四) 原告キクヘの営業休止補償
理髪店の経営者は原告キクヘで、原告和巳は事業専従者である。原告キクヘは、昭月と同様、被告市の再三にわたる提出要請にもかかわらず資料の提出を拒んだため、被告市は、「中小企業の経営指標」に基づき売上高及び利益率を認定し、被告市の公共事業の施行に伴う損失補償基準等に基づき営業休止補償金を算出したものであり、被告市の右算出根拠には合理性がある。
また、被告市は、本件事業施行地区内に原告キクヘの自宅及び店舗を用意していたのであるから、そこに移転して営業を再開するまでには二年はかからず、また、原告キクヘは、三号裁決の通知がなされた平成六年一月一八日から行政代執行がなされた平成七年二月一日以前までの間、従前の店舗での営業を継続しており、その間新店舗等の準備をなし得たものであるから、二年間の営業休止補償を請求する理由はない。
よって、原告キクヘの主張は失当である。
(五) 原告キクヘの移転雑費
原告キクヘ分の移転雑費は、同居人である原告和巳に対する移転雑費補償に含まれている。
4 四号裁決における土地に対する損失の補償以外の補償
(一) 建物に対する損失の補償
被告市は、本件建物(三)は、改良法にいう不良住宅として取得補償をしているので、建物移転料は問題とならない。
裁決で認定された本件建物(三)の補償額は、不動産鑑定士の鑑定や現地調査のうえ認定されたものであり、相当である。
(二) 工作物移転料
工作物移転料は、新築工作物の建設に要する費用から減耗相当額を控除したものが相当な補償額であるから、新築と同様の費用が工作物移転料として相当であるとする原告和巳の主張は失当である。
(三) 原告和巳の動産移転料
原告和巳は、本件裁決手続において、同人の主張する犬の飼育等について具体的な主張をしていないのであるから、本件訴えにおいて増額の請求をすることはできない。
被告市は、動物等は屋内動産に準じた扱いとし、運搬用自動車の借り上げ費用をもって動産移転料としたものであり、相当である。
五 被告市の本案前の答弁の理由に対する原告らの反論
諸般の事情により、予備的被告が不当に不利益を受けず、又は不安定な立場に置かれてもやむを得ないと認められるべき事情がある場合には、主観的予備的併合は許されるべきである。損失補償に関する請求が裁決取消請求に対し本来二次的関係にあること、起業者は裁決取消請求に直接の利害関係を有し、その訴訟に参加しうる地位にあることから、裁決取消訴訟に関与させられることが特に不利益とはいえないこと、裁決取消訴訟中で起業者の事業認定の違法性が争われている本件のような事案では、起業者は裁決取消訴訟におけるいわば実質的な被告であるから、別訴を提起される場合に比べて特に不利益、不安定な立場に置かれるものではないこと等の事情に照らすと、予備的に被告市に対し補償金増額を求める本訴の主観的予備的併合は適法である。
理由
第一 被告委員会に対する請求(主位的請求)について
一 請求原因1(事業計画の概要及び本件裁決)の事実は当事者間に争いがない。
二 本件明渡裁決について
明渡裁決(収用法四九条)は、その対象となった土地の所有者又は占有者に対しその明渡義務を課するものに過ぎず、対象土地の明渡が完了したときは当該明渡裁決はその目的を達成し、右所有者等が右明渡裁決に基づいてそれ以上に何らかの義務を負うことはなく、また同人が右明渡につき現状回復を求めるためにはその前提となる権利取得裁決を争えば足りるから、明渡が完了すれば明渡裁決の取消しを求める訴えの利益は消滅すると解するのが相当である。
これを本件についてみると、二号裁決に基づく明渡義務は平成七年一月三一日までに任意に履行され、三号裁決に基づく明渡義務は同年二月二日、四号裁決に基づく明渡義務は同年一月二四日までに、それぞれ行政代執行により代替的に履行されて、いずれも明渡が完了した事実について、原告らは明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。
したがって、原告らの本件訴えのうち、本件明渡裁決の取消しを求める部分は、訴えの利益を欠き、不適法として却下を免れない。
三 本件事業認定の違法性
1 事業認定の違法事由を裁決取消の違法事由として主張することの可否
本件裁決の取消訴訟において本件事業認定の違法事由の主張が許されるか否かにつき検討する。
収用法は、起業者が事業のために土地を収用しようとするときは、建設大臣又は都道府県知事による事業の認定を受けなければならず(同法一六条、一七条)、建設大臣又は都道府県知事は、起業者の申請に係る事業が法定の要件を充たす場合には、事業の認定をすることができ(同法二〇条)、事業認定がされた場合には、起業者は、事業認定の告示があった日から一年以内に限り、収用委員会に収用の裁決を申請することができ(同法三九条)、収用委員会は、申請却下の裁決をすべき一定の場合を除いて収用裁決をしなければならない(同法四七条、四七条の二)と定めている。このように、事業認定は土地の収用という目的ないし効果を達成するための一連の手続の前段階に設けられた処分であり、これにより実現しようとしている目的ないし効果は最終段階の収用裁決により実現されるものであるから、収用法に基づく事業認定と収用裁決は、相互に結合して当該事業に必要な土地の収用という一つの法的効果の実現を目的とする一連の行政行為であると解することができる。そして、右のような密接な関係にある先行処分と後行処分との間では、前者の違法性が後者に承継されるものと解するのが相当であるから、本件においても、先行の事業認定に瑕疵があって違法であるときは、その違法性が承継されて後行の収用裁決も原則として違法となるというべきである。したがって、本件権利取得裁決の取消訴訟においては事業認定の違法性の有無も審理判断の対象となると解すべきである。
2 事業計画の概要及び本件事業の経緯
〔証拠略〕によれば、以下の事実が認められる。
(一) 本件事業計画の概要
本件起業地を含む福岡市博多区千代地区は、戦災を免れた古い木造住宅が密集し、老朽化が著しく設備も不完全であり、また道路等の整備も遅れ防災及び衛生上憂慮すべき状態にあったため、被告市は、地域改善事業の一環として、改良法に基づき、昭和四九年一一月から、これらを除却又は移転し、これらに代わる住宅及び店舗の集団的建設を行うことにより、右地区全体の住環境の整備及び改善を図り、健康で文化的な生活を確保するための住宅地区改良事業を開始した。右事業は、地区全体を六の区域に分けて、順次、改良法に基づく地区の指定を受け、昭和四九年の第一期事業から第六期事業までに八・八ヘクタールの区域について、改良住宅その他公共的施設の整備を図るものであった。
本件事業は、右事業のうち福岡市博多区千代三丁目地区内において昭和五八年から開始された第五期事業であり、改良住宅四棟、改良店舗八棟、集会所一棟を建設するものである。
(二) 本件事業の経緯
(1) 本件事業の認可
被告市は、福岡県都市計画地方審議会の審議を経て、昭和五七年六月三〇日、本件企業地について、施行者として、建設大臣に対し、改良法四条による改良地区の指定を申請し、建設大臣は、昭和五七年一一月二日、同指定をした(建設省告示一七四四号。昭和五九年二月二五日建設省告示第二二七号により追加地区指定がなされた。)。被告市は、昭和五八年一一月二日、建設大臣に対して、改良法五条に基づく本件事業計画の認可を申請し、建設大臣は、昭和五九年二月二五日、本件事業計画を認可した(同年四月二日建設省告示第八六六号。その後、昭和六一年六月一四日(同年七月三日建設省告示第一二四五号)、昭和六二年一一月二〇日(昭和六三年三月一四日建設省告示第七〇五号)、平成元年三月六日(同月一八日建設省告示第六四八号)、平成二年四月一九日(同年八月三一日建設省告示第一五一七号)、事業計画の変更認可がなされた。)
(2) 本件事業に伴う用地の買収等
本件起業地の面積は、約二万七三六六平方メートルであり、本件事業に伴い除却又は移転する必要のある建物は、三九六戸であるが、被告市は、昭和五九年四月から、土地、建物所有者二九六名及び関係者五七九名と用地等の取得等の協議を開始し、平成三年三月二六日までに、土地については一万八六六二・〇一平方メートルを買収し、また、建物については三八八戸を除却又は移転した。しかし、本件土地(一)ないし(三)を含む土地五二七・七三平方メートル及び建物八戸(土地所有者七人及び関係人二三人)については補償金等に関して合意に至らず、交渉が難航していた。このうち原告らとは、被告市は、昭和六二年ころから数十回の交渉を行ったが当原告高丘らは、一貫して従前の位置での居住及び営業を望み、その意向に添った事業計画の変更を要望し、原告柳内らは、土地の補償金額に対する不満を述べ、代替地の斡旋等を要望したが、代替地と補償金額との差額については支払わないとの意向であったため、交渉はついに合意に達せず、任意による用地買収の見込みが立たなかった。
本件事業は、昭和五十九年度の計画では昭和六三年に、昭和六二年度に変更した事業計画では平成三年度にそれぞれ完了する予定であったにもかかわらず、右のような経緯により、被告市は、D棟の建設等を行うことができず、D棟の入居予定者から、事業の早期完成を求める声が上がっていた。
(3) 土地収用手続
被告市は、右の状況に鑑み、速やかに事業の円滑な推進を図るために、収用法に基づく土地の収用手続に移行することとし、平成三年三月二六日、収別法一六条に基づき、福岡県知事に対し、事業認定の申請を行った。福岡県知事は、同年八月二一日、本件事業認定をし、同日付けで事業認定の告示を行った(福岡県告示第一四〇六号)。
被告市は、平成四年五月二二日、被告委員会に対し、本件土地(一)ないし(三)について収用法三九条一項に基づく収用裁決を申請し(一号ないし三号申請)、被告委員会は、同日、右申請を、裁決事件として受理した。被告委員会は、同年八月三日、裁決申請書等を福岡市博多区長に送付するとともに、土地所有者等に裁決申請があった旨を通知し、裁決申請書等は同年八月一三日から同年八月二七日まで福岡県博多区役所において縦覧に供されたが、土地所有者等から意見書は提出されなかった。被告委員会は、同年九月一一日、裁決手続の開始を決定し、その旨を同年九月三〇日の福岡県公報にて公告し、かつ、同年一〇月九日福岡法務局に裁決手続の開始の登記を嘱託した。被告委員会は、平成五年一月一三日から、一号申請については六回、二号申請及び三号申請については七回にわたる審理を経て、平成六年一月一八日付けをもって権利取得の時期を同年三月一五日、明渡の期限を同年五月三一日、損失の補償を別紙補償金目録のとおりとする本件裁決を行い、右裁決書は原告らに対して送達された。
被告市は、本件裁決にかかる損失補償金について、明渡の期限内である同年三月八日までに、受領拒否を理由として、福岡法務局に供託した。
3 一号要件該当性
前記認定事実によれば、本件事業は、改良法による住宅地区改良事業であるところ、改良法一一条一項は、施行者は改良地区内の不良住宅を除却するため必要がある場合においては当該不良住宅又はこれに関する所有権以外の権利を収用することができる旨、同法一三条一項は、一二条の規定による土地の整備のため必要がある場合においては改良地区内の土地又はその土地に関する権利を収用することができる旨、同法一六条は右各条項の規定による収用に関しては収用法の規定を適用する旨それぞれ規定しているのであるから、改良法一一条一項、一三条一項は収用法三条の特別規定であることが明らかである。そうすると、本件事業は改良法による住宅地区改良事業として収用法二〇条一号の要件を満たすものであるから、本件事業認定が一号要件を欠くとの原告らの主張は失当である。
4 二号要件該当性
(一) 収用法二〇条二号は、事業認定の要件として、「起業者が当該事業を遂行する充分な意思と能力を有する者であること」としており、右の「能力」とは事業を遂行する法的、経済的、実際的(企業的)能力を指称するものと解される。
そこで、右見地から検討するに、法的には、前記三2(二)(1)に認定したとおり、被告市は本件事業認定の前提として必要な法的手続を履践しているものである。また、〔証拠略〕によれば、経済的な面では、被告市は、本件事業の遂行に必要な予算上の措置を講じており、財源の手当をしていたことが認められる、そして、前記認定事業及び〔証拠略〕によれば、実際的な組織、人員の面でも、被告市は、建設局住宅建設部のもとに改良事務所を設け、既に本件事業の開始以前に昭和四九年から昭和五八年にかけて千代地区における第一期から第四期までの住宅地区改良事業を終えていたものであり、被告市が本件事業遂行に必要な組織、人員を備えていることが認められる。
したがって、被告市は、本件事業を遂行する充分な意思と能力を有するものというべきである。
(二) 原告らは、被告市が本件事業対象地の土地買収に関して充分な責任を持たず、もっぱら建設組合の原告ら住民に対する不当な圧力を利用していたと主張する。しかし、〔証拠略〕によれば、建設組合は、住民による自治的組織であり、被告市が施行する本件事業の推進に協力するという機能を果たしてはいたものの、建設組合自体が本件事業の施行に直接かかわっていたと認め得る根拠はないから、建設組合の存在は被告市が本件事業を遂行する意思と能力を有しないと解すべき根拠とはなり得ないといわなければならない。
5 三号要件該当性
(一) 収用法二〇条三号は、事業認定の要件として「事業計画が土地の適正且つ合理的な利用に寄与するものであること」としており、右要件の存否は、収用の対象となる当該土地が当該事業の用に供されることによって得られる公共の利益と、当該土地が当該事業の用に供されることによって失われる利益等諸要素を比較衡量し、当該事業計画が国土全体の土地利用の観点から適正かつ合理的であるか否かにより決すべきものと解せられる。
そこで、右見地から検討するに、前記三2(一)に認定したとおり、本件事業は、千代地区における密集不良住宅を除却、移設して、これらに代わる住宅及び店舗の集団的建設を行うことにより、地区全体の住環境の整備及び改善を図ろうとするものであり、本件事業によって得られる公共の利益は大きいものといえる。
一方、当事者間に争いのない事実によれば、原告高丘らは本件建物(一)に居住して薬局を経営し、原告和巳及び原告キクヘは本件建物(二)に居住して理髪店を経営し、かつ、原告和巳は、本件建物(二)の一部、本件建物(三)及び付属物置内で犬等を飼育して生計を維持しており、本件土地(一)ないし(三)が本件事業の用に供されることによって、原告らが従前の自宅兼店舗からの退去を余儀なくされ、従前の店舗における営業ができなくなる等の不利益を被ることになる。しかし、〔証拠略〕によれば、被告市は、原告らに対して、移転先として、従前の居宅兼店舗の近くにそれぞれ住宅及び店舗を用意しており、また、原告らが本件土地の収用によって受ける不利益は、その大部分が金銭的補償によって償うことが可能な性質のものといえる。
右判示の事情を総合して判断すると、本件事業計画は土地の適正かつ合理的な利用に寄与するものと認められる。
(二)(1) なお、原告らは、第一期ないし第四期事業において、被告市が、土地の売却にあくまで反対する一部の土地所有者に対し代替地を提供したり、そのような土地所有者の土地を事業認可の際に事業区域から除外した事実に鑑み、本件事業を含む千代地区改良事業の施行により得られるべき公共の利益の程度は決して高いものとはいえないと主張する。しかし、本件事業とは事業年度も事業内容も異なる第一期ないし第四期の事業と本件事業内容とを単純に比較して、本件事業の公共性を論ずるのは妥当ではないことは明らかである。
よって、原告らの右主張は失当である。
(2) また、原告らは、起業地の範囲は必要最小限度でなければならず、事業のために不可欠でなく、あった方がよいといった程度の土地の収用まで認めることは許されるものではないという比例原則の見地から、本件土地(一)及び(二)を収用する必要はない旨主張する。
しかし、前記認定事実及び〔証拠略〕によれば、千代地区における密集不良住宅を除却、移設して、地区全体の住環境の整備及び改善を図ろうという本件事業の目的に照らせば、住宅自体の整備に加え、道路、公園、緑地、集会所、多目的広場等、周辺の住環境の整備が重要であったものと認められることから、本件土地(一)及び(二)を収用する必要性が認められき比例原則に違反するところはない。
(3) さらに、原告らは、D棟の建設は必要性が認められず、本件土地(三)を収用する必要性を欠く旨主張するので、この点について検討する。
〔証拠略〕によれば、以下の事実が認められる。
本件事業着手前、本件起業地内には、三二五戸の不良住宅及び七一戸の良住宅(合計三九六戸)があった。被告市は、当初、事業計画の策定にあたり、当時における世帯数をもとに、昭和五八年度から昭和六三年度までの事業期間内に、世帯分離等で新たに必要となる住宅戸数を考慮し、総戸数四二五戸の改良住宅を建設することとし、右必要戸数を満たすために、鉄筋コンクリート一四階建改良住宅三棟(A棟、B棟及びC棟。住宅戸数は、それぞれ、一三〇戸、一二九戸、一六六戸。)の建設を計画した。
ところが、用地買収交渉の難航等により本件事業期間が延長したことに伴い、結婚等による世帯分離等により世帯数が増加したため、必要戸数が当初予定した戸数を上回ることが明らかになったため、被告市は、入居戸数につき事業計画変更を行って、鉄筋コンクリート四階建改良住宅一棟(D棟。住宅戸数は二四戸。)を建設することとし、本件事業に必要な住宅戸数を四四九戸として本件事業計画の認可の申請を行った。
以上認定の事実によれば、D棟の建設は、本件事業の遂行に伴って確保されるべき住宅用建物の建設として必要なものであったと認められ、原告らの右主張は理由がない。
(4) 原告らは、改良法六条二項一号にいう住宅、地区施設及びその他の施設の「用に供すべき土地」とは、住宅等建物部分の直接の敷地となる部分のみを指すところ本件土地(一)、(二)はこれに該当しない旨主張するが、同条所掲の事項は、住宅地区改良事業地区内の土地の利用計画に関する基本計画を示すためのものにすぎず、自ずから、原告らが主張するような限定した意味のものと解すべき理由はなく、個々の土地の本件事業計画上の位置づけをみても、本件土地(一)は道路用地及びその他の施設の用地(多目的広場)、本件土地(二)は住宅建設用地及び地区施設等用地(多目的広場)、本件土地(三)は住宅建設用地であり、それぞれ改良法六条二項一号に規定する土地に該当するものである。
また、原告らは、多目的広場として収用された土地が、現状において受益者らによって不適切に管理されている事実を主張するが、右事実は当初の本件事業認定自体の適法性を左右する事情とはいえない。また、原告らは、右広場が山笠祭や地蔵尊祭に使用されている点をもって、政教分離原則に違反する旨主張するが、右広場が受益者らによって右祭礼の時期に使用されたからといって、本件事業認定自体を政教分離原則違反と評価すべきものとも解されない。
(5) 原告高丘らは、本件土地(一)に隣接しかつ被告市が取得済みであった駐車場用地の任意譲渡を受けることと引き替えに、本件土地(一)ア部分を被告市に譲渡し、さらに、本件建物(一)を原告高丘らの費用により新築するという代替案を提示したにもかかわらず、被告市は右代替案の検討を怠った違法がある旨主張しており、また、右のような代替案の提示があった事実については当事者間に争いがない。
しかしながら、そもそも被告市に右代替案を検討しなければ事業認定が違法となるという意味での法的業務が存するかという点を措くとしても、〔証拠略〕によれば、被告市は右代替案を検討したが、右代替案によれば本件土地(一)は本件事業計画上多目的広場として利用される土地を分断する形で存在すること及び前記認定のような本件事業の目的に照らした多目的広場の重要性の観点から、右代替案は採用できないとした事実が認められ、いずれにしても被告市が代替案の検討を怠ったことによる事業認定の違法の主張は理由がない。
6 四号要件該当性
収用法二〇条四号は、事業認定の要件として「土地を収用し、又は使用する公益上の必要があるものであること」としているが、同号の趣旨は、当該事業が当該土地を収用し又は使用する公益上の必要があることを要件とするものと解せられる。そして、前記5に認定の事実によれば、被告市は本件事業のため本件土地を収用する必要があったことが肯定されるというべきであり、収用法二〇条四号の要件を充たしていたものといえる。
7 以上により、本件事業認定が違法であるという原告らの主張は採用できない。
四 本件裁決固有の違法性
1 原告らは、被告委員会が前述のような原告ら主張の収用法二〇条各号の要件の存否等について審査をしなかった違法があると主張する。
しかしながら、収用法は、事業認定を建設大臣又は都道府県知事の権限とし、個々の具体的土地についての収用処分は収用委員会の権限として、各処分権限を二つの別個の行政機関に分属させているから、事業認定に重大かつ明白な瑕疵があって事業認定が明らかに無効と解されるような特殊な場合でない限り、収用委員会が権利取得裁決をするに際し、事業認定の適否について審査する権限はないものというべきであり、本件が右のごとき特殊な場合に該当しないことは前述のとおり明らかであるから、右の点について審査しなかったことにより手続的違法性があると解する余地も全くないことになる。
また、原告らが主張する他物件と原告らに対する補償金額との均衡の点については、被告が本件権利取得裁決にあたり当然にその調査が要請されるという性質のものとは解し難く、補償額の合理性を判断する際の一事情として、損失補償の増額を求める訴えにおいて考慮される余地があるにすぎないものというべきである。
したがって、原告らが主張する事由は、いずれも本件権利取得裁決を違法とするものではない。
2 次に、原告らは、被告委員会は、本件土地(一)ないし(三)についての不動産鑑定評価書を原告らに開示せず、原告らに意見陳述の権利を十分に行使させなかった点で、審理不尽の違法がある旨主張する。
しかしながら、土地収用は公益に直結しかつ合目的性を有する行政作用であるから、収用委員会は審理手続とは別に職権調査を行うことができるのであり、審理制度の趣旨に反しない限り、必ずしも調査手続によって収集された資料を審理手続にのせて当事者に意見を述べる機会を与えなければならないとする根拠は特に認められないから、原告らの主張は失当である。
五 小結
以上によれば、本件権利取得裁決には、原告ら主張の違法はない。
第二 被告市に対する請求(予備的請求)について
主位的被告に対する請求が認められない場合に備えて、予備的被告に対する請求を併合して提起するいわゆる主観的予備的併合は、予備的被告を応訴上著しく不利益、不安定な地位に置くことになり、許されないものと解するのが相当である(最高裁判所昭和四三年三月八日判決・民集二二巻三号五五一頁)。
この点、抗告訴訟においては、行政事件訴訟法一一条により、国又は地方公共団体の機関である行政庁が被告とされるが、右抗告訴訟と関連請求の関係にある国又は地方公共団体に対する請求とが実質的に同一であると解される場合には、抗告訴訟が容れられないときに備えて予備的に国又は地方公共団体に対する請求を併合しても、実質的に客観的予備的併合と差異がなく、被告の地位が不利益、不安定なものになるとはいえないとして、このような場合には、主観的予備的併合を許容する余地がないではない。
しかしながら、収用裁決取消訴訟の被告は国の機関としての地位に立って収用という国家事務を行う収用委員会であり、その裁決にかかる事務は国に帰属するのに対し、損失補償請求訴訟の被告は起業者とされているから、実質的に考えても主位的被告と予備的被告との間の同一性を認めることは困難であること、収用法一三三条が損失補償の適否を裁決取消訴訟とは別個独立に争い得るとした趣旨は、収用に伴う損失補償に関する紛争については、収用そのものの適否ないし効力の有無又はこれに関する争訟の帰趨とは切り離して、起業者と被収用者との間で早期に確定、解決させようとする趣旨に出たものと解されるところ、収用裁決取消訴訟に損失補償に関する訴訟を予備的に併合することを認めることは右趣旨に反し、起業者にとっても、損失補償に関する紛争を早期に確定、解決し、応訴の負担から解放される利益を奪われることになり、妥当でないこと、収用裁決取消訴訟と損失補償に関する訴えとでは中心的争点が異なることから、主観的予備的併合を認めることが必ずしも訴訟経済にかなうとはいえないこと、収用裁決の違法性と損失補償の額の増額の双方を主張しようとする当事者は、別訴を提起するなり、単純併合の形式で訴えを提起できることに鑑みれば、本件のような事例の場合に主観的予備的併合を認める必要性も合理性も存しないというべきである。
以上によれば、被告委員会に対する収用裁決取消請求に被告市に対する損失補償に関する請求を予備的に併合することは許されないというべきであり、被告市に対する予備的請求は不適法といわざるを得ない。
第三 結論
以上によれば、原告らの被告委員会に対する本件訴えのうち権利取得裁決の取消しを求める部分の請求は理由がないからこれを棄却し、原告らの被告委員会に対するその余の訴え及び被告市に対する訴えはいずれも不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 野﨑彌純 裁判官 渡邉弘 細野なおみ)