大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所 平成6年(行ウ)17号 判決 1999年1月27日

原告

小野一好

右訴訟代理人弁護士

石井将

被告

田川市長滝井義高

右訴訟代理人弁護士

田邊俊明

主文

一  被告が原告に対し平成六年五月一一日付けでした六か月間停職を命ずる旨の懲戒処分を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

主文と同旨

第二事案の概要

本件は、被告のした原告に対する停職六月の懲戒処分が事実誤認に基づく違法な処分であるとして、原告がその取消しを求めた事案である。

一  当事者間に争いのない事実

1  原告は昭和四八年一月一日作業員として田川市の職員に採用されて以降、主として建設部土木課に所属し、土木二係の土木作業班員として勤務してきた。原告は技術員への任命を経て、昭和六三年四月一日作業指導員(現指導員)に昇任し、次いで平成三年四月一日作業主任(現主任)に昇任したが、平成五年三月二六日一か月間停職を命ずる旨の懲戒処分を受けるとともに、分限処分により主任から指導員に降任された。

2  さらに、被告は原告に対し、平成六年五月一一日付けで六か月間停職を命ずる旨の懲戒処分(以下「本件処分」という。)をするとともに、指導員から技術員に降任する旨の分限処分をした。

二  争点

本件処分の適法性が争点である。具体的には、<1>懲戒事由の存否、<2>懲戒処分の相当性(裁量権の濫用の有無)が争点となる。

三  争点に対する当事者の主張

(被告)

1 懲戒事由

(一) 早退退庁後の公用車使用及び飲酒行為

原告は平成五年一二月一七日病気を理由に早退したが、帰宅に際し部下の井上誠剛技術員に公用車を運転させてこれに同乗し、帰途、自宅を通り越して田川市糒桜ヶ丘所在の桜ヶ丘酒店に無理に公用車を停めさせ、同車を店の前に待たせたまま同店において飲酒した。なお、井上技術員には口止め料の趣旨でウイスキーと菓子を与えた。

(二) 勤務状況及び勤務態度

原告は昭和六三年四月一日指導員に昇任したが、それ以降現場作業という上司の目の届かない作業環境及び指導員という監督的立場を利用して、全般に真面目に作業せず、軽作業のみをしたがり、安全靴を履く危険な作業や重労働はせず、作業も気分次第でむらがあり、仕事量も通常人の五割以下である。また、勤務中に飲酒したこともある。作業員に接する態度も横柄で高圧的であり、このため作業員とのコミュニケーションもうまくいかず、作業員は原告との共同作業を望んでいない。また、作業自体も大雑把であり市民からの手直し要求や苦情申立てもある。

(三) 市有財産の私的流用行為等

(1) 森坪宅へのサブタ搬入

平成二年二月下旬原告は独断で部下作業員に指示して、市有財産であるサブタ(側溝蓋)二〇枚以上を田川市内の原告の妻方の親戚である森坪清隆宅に公用車で搬入させた。

(2) 原告自宅の市営住宅に関する事情

<1> 自宅車庫内の舗装

平成三年ころ原告は市有財産であるアスファルトを流用し、勤務時間中に部下の作業員をして、公務でもない自宅車庫内のアスファルト舗装工事(約一〇平方メートル)を施工完成させた。

<2> 市営住宅の無許可増築

原告は居住する市営住宅に無許可で倉庫兼用として車庫を増築した。

<3> 車庫内部及び周辺でのサブタ等の流用

原告は市有財産であるサブタ二〇枚及び平板ブロック六七枚を流用した疑いがある。

<4> 原告自宅周辺でのバキューム車の使用

原告は側溝に蓋をしたことにより暗渠となって汚泥が溜まり悪臭がするようになったため、平成二年四月から平成四年一二月までの間、浚渫のために合計一二回、市のバキューム車を出動させ、かつ、市の作業員を使役して清掃を行わせしめた。

(3) 上伊田地区の里道の草刈り

平成五年三月中旬ないし下旬ころ、市の作業の優先度を無視して原告の親戚宅に隣接する里道の床掘りをし細石を敷いて舗装工事に着手したが、舗装中途で近隣住民からの抗議があったので完成しないまま中止となった。なお、これ以前にも同里道の草刈りを数回にわたって実施した。

(4) ひつじ屋倉庫付近の民家への平板ブロック搬入

平成二年ころ原告は独断で部下作業員に指示して、市有財産である平板ブロック約三〇枚を持ち出し、田川市内のひつじ屋倉庫付近の氏名不詳の民家まで搬入させた。

2 相当性

被告は、前記事実のほか、原告に対する過去の処分歴、原告の反省の情、事件の市民などに及ぼす対外的影響、他の市職員に与える対内的影響、さらには被告が行った原告以外の過去の処分事例など一切の事情を総合的に判断して、自らに与えられた自由裁量権の範囲内で本件処分を実施したものであり、本件処分は適法かつ妥当である。

(原告)

1 懲戒事由

被告主張の事由はいずれも懲戒事由に該当しない。

(一) 早退退庁後の公用車使用及び飲酒行為について

原告は当日上司である林主任に早退する旨の届出をし、その許可をもらい、同主任の指示により昼休みに井上技術員に公用車で自宅に送ってもらう途中、桜ヶ丘酒店に立ち寄り、送迎のお礼の意味で井上技術員に菓子を買い与えたのである。

(二) 勤務状況及び勤務態度について

被告主張の処分事由は極めて漠然としている。

(三) 市有財産の私的流用行為等について

(1) 森坪宅へのサブタ搬入について

被告の主張は事実無根である。森坪宅に存するサブタは、同宅で五、六年前に鉱害復旧工事をした際、これを施工した土木建築業者が自己調達して搬入したものである。

(2) 原告自宅の市営住宅に関する事情について

<1> 自宅車庫内の舗装について

原告は、自宅周辺道路等の舗装工事に従事していた土木課の作業員に、仕事が終了しアスファルトが余って廃棄するのであれば自宅車庫前の路面の凹凸部分を調整してもらいたい旨依頼し、実際に舗装してもらったことがあるが、余れば廃棄される運命にある資材を譲り受けたからといって、資材の流用となるものではない。

<2> 市営住宅の無許可増築について

原告は一〇年以上前に市営住宅である自宅に接してバラック造りの簡易倉庫を建てたことがあるが、市営住宅に居住する約八棟六〇世帯以上の住民のうち原告以外の市職員を含むかなりの居住者がさまざまな形で増改築をしている。原告の場合は、他の増改築事例に比して極めて軽微なもので、極端な例では一、二階すべてを増改築した例もある。しかし、市は原告以外の居住者に対して、かかる増改築ないし造作について管理上適切な措置をとったという形跡はなく、一〇数年経過した後に無許可を理由に原告のみが処分対象として非難されるのは不可解である。

<3> 車庫内部及び周辺でのサブタ等の流用について

原告自宅周辺のサブタは、側溝が深く近隣住民から危険性を指摘されたため、原告が上司の許可を得て使用したものである。

<4> 原告自宅周辺でのバキューム車の使用について

原告は側溝に溜まった汚泥等の悪臭につき住民からの苦情を受け、上司に相談して市の業務としてバキューム車を使用し、除去したのである。この点については、すべて主任である松永、久保田らが作業計画を立案し、これに基づき原告が指導員として作業に従事した。

(3) 上伊田地区の里道の草刈りについて

里道の草刈り及び舗装中止も市の作業計画に則った作業である。すなわち、当時、一市民からの苦情が寄せられたため、これにより松永主任が作業計画をたてて草刈りを始めたが、一市民から舗装せよとまでの要求がなされ、里道入口に平板を置いた段階で中止したものである。

(4) ひつじ屋倉庫への平板ブロック搬入について

全くの事実無根である。平成二年ころ植田ミヨシの娘婿である富原澄夫が田川市日吉町のガソリンスタンド前歩道の道路補修工事の際、現場付近に遺棄された平板を知人の木部澄夫に依頼して植田宅に運んだことはある。

2 懲戒処分の相当性

仮に原告に対し何らかの懲戒事由が認められたとしても、停職六か月という本件処分は重すぎるものであり、裁量権を濫用したものである。

第三当裁判所の判断

一  本件処分に至る経緯

証拠(<証拠・人証略>)によれば、次の事実が認められる。

1  土木課長である野島節は平成六年一月二五日、当時の人事課長から、市の職員が勤務中に公用車を使って飲酒しているとの匿名の電話通報があったとして調査をするよう指示を受け、飲酒場所と思われる田川市糒桜ヶ丘所在の桜ヶ丘酒店での聞き取り調査を行い、電話通報のとおり市の職員による飲酒行為があったものと判断した。同年二月三日野島課長は土木作業班全員の前で、公務中に飲酒した者がいないか問い質したところ、井上技術員から、自分が公用車を使い早退する原告を自宅に送る途中酒屋に寄り、そこで原告が飲酒した旨の申告がされた。そこで野島課長は、公用車の使用ができる運転免許保有者及び原告の五名から事情聴取を行った結果、原告が桜ヶ丘酒店で飲酒したものと判断した。野島課長による調査が続いていた同月六日、田川市内各地において、原告の氏名、所属を明記した上、市民への報告と銘打って、原告が勤務時間中に飲酒したこと及び過去にも処分歴があることを指摘するとともに、市に適切な処置を求める旨記載されたビラが大量に配布された。野島課長はさらに事実関係を調査すべく、原告を除く土木作業班の職員一〇名及び会計課車両係二名から事情聴取を行った。その結果、多数の同僚職員から原告の勤務態度等に関する不満や非難が出された。

2  平成六年三月二八日、市の人事諮問委員会が開催され、同委員会は野島課長の報告の検討及び関係職員に対する独自の事情聴取をしながら計六回の審議を経て、同年四月二八日付けで原告の処分に関する答申書を被告に提出した。被告は右答申を受け、原告に対し、平成六年五月一一日付けで本件処分をした。

二  各懲戒事由について

1  早退退庁後の公用車使用及び飲酒行為について

(一) 右認定の事実に、証拠(<証拠・人証略>)を総合すれば、平成五年一二月一七日体調が思わしくなかった原告は、午後の勤務は年次休暇を取得する旨の早退届を上司である林主任に提出し、同人から許可を受けたこと、林主任は原告の早退を許可し、井上技術員に対し原告を田川市の公用車で自宅まで送るよう指示したこと、井上技術員は同日午後〇時一〇分ころ原告を公用車(車体に「田川市役所16号車」との記載がある。)に乗せて田川市役所から原告自宅へ向かったが、原告から桜ヶ丘酒店に行くよう指示され、原告の自宅を通り越し、公用車を同酒店の前に駐車させたこと、原告は同酒店においてコップ二杯の酒を飲み、店の前で待たせておいた井上技術員に対し送迎のお礼の意味を込めてウイスキーと菓子を買い与えたこと、井上技術員は原告を公用車で自宅に送り届けた後、同日午後〇時五五分ころ田川市役所に戻ったこと、田川市役所から原告自宅まで自動車で十数分の距離であることが認められる。

(二) 右の点につき、原告は桜ヶ丘酒店における飲酒の事実を否定し、井上技術員に対するお礼の菓子とウイスキーを買ったにすぎない旨供述し、原告の人事諮問委員会に対する事情聴取書(<証拠略>)にも同旨の記述があるが、当時原告と原告以外の職員との間で作業内容等を巡るわだかまりがあったと推認される(後記2(一))ものの、井上技術員が事実をねつ造して原告を陥れようとするまでの事情を認めるに足りないこと、市役所から原告自宅までの距離を勘案すると、原告と井上技術員は少なくとも一〇分以上桜ヶ丘酒店にいたことになり、原告の供述等のように単に菓子等を買ったとすると所要時間が長すぎることに照らし、原告の右供述及び右記述は措信できない。なお、(人証略)は右事実関係についてすべて記憶がない旨を証言するが、現に同じ職場の同僚である原告との軋轢を慮り、明確な証言をすることを避けたものとみるのが相当であり、右記憶がない旨の証言をもって原告が桜ヶ丘酒店において飲酒をしなかった旨の認定をすることはできない。

(三) ところで、地方公務員法三三条に規定する信用失墜行為の禁止は職員身分の保有に伴う義務であり、職務外の個人的行為であっても公務員全体の名誉を損なうことになるような場合には、同条所定の信用失墜行為に該当すると解すべきであるところ、右認定にかかる原告の飲酒は年次休暇届出後の勤務時間外の行為ではあるけれども、当人にとっては勤務時間外とはいえ、日中、公用車を酒店の前に駐車させて飲酒すれば、一般市民がこれを見て、公務中の飲酒であると勘違いし、公務員一般に対する信頼を損なう可能性が十分にあるから、公務員の信用を失墜する行為に該当するというべきである。しかしながら、証拠(<証拠略>)によれば、当時、田川市においては全庁的に公用車の管理体制に甘さがある旨指摘されていることが認められることに照らせば、公務外の用件で公用車が使用されることもあったと推認されること、また、原告の飲酒量は比較的少量であり、時間的にも昼休み時間のうち十数分であることからすると、原告への非難の程度は特に重大であるとまでは認められない。

2  勤務状況及び勤務態度について

(一) 証拠(<証拠・人証略>)によれば、指導員として現場において指揮指示をしていた原告は、作業員に対する指示の方法が高圧的であったり、過去休職にまで至ったことのある公務災害で起こした腰痛を理由にして重労働を避けがちで、作業内容にむらがあったため、多数の土木作業班員は、原告の勤務態度に不満を持っていたこと、また、原告がくわえたばこで作業をする作業員や自己の判断で休憩を取った作業員に対して強く叱ることがあったため、これに反感を感じている作業員もいたことが認められる。

(二) 右認定した事実によれば、原告は特に部下職員から信頼されていたとはいい難く、上司として土木作業班全体をまとめていくには適格性に欠けるところがあったといわざるを得ないものの、原告には腰痛のおそれにより現実に作業困難な場合があったこと、現場での指揮に当たっては指導員は自らの具体的作業についてある程度の裁量が存すると考えられること、原告の勤務態度に不満を持っていたり、原告に反感を感じている旨の部下職員の供述にはある程度の誇張が見受けられることなどを考慮すると、原告の右勤務状況及び勤務態度が直ちに懲戒処分の対象となるとは認められない。

3  森坪宅へのサブタの流用について

(一) 被告は、平成二年二月下旬原告が独断で部下作業員に指示して、市有財産であるサブタ二〇枚以上を森坪清隆宅に公用車で搬入させたと主張し、これに対し、原告は、右サブタは森坪宅の工事の際施工業者が運び込んだものであると主張する。

(二) 被告の主張に沿う証拠として(証拠略)(<人証略>の人事諮問委員会に対する事情聴取書)の記述がある。しかしながら、証拠(<証拠・人証略>)によれば、森坪宅に存するサブタは平成二年四月ころ同宅の新築工事をした施工業者である仲島一夫が森坪清隆の依頼を受けて、自ら調達して同宅へ運び込んだ中古品であることが認められることに照らせば、右記述は措信できず、他に被告の主張を認めるに足りる証拠はない。

(三) 他方、証拠(<証拠・人証略>)によると、原告は、平成二年四月下旬ころ約六名の部下作業員に指示して、森坪清隆宅前に置いてあったサブタ約三〇枚を同宅裏庭に運ばせ、同サブタを使って同宅のU字溝に蓋をさせたことが認められる。この点、(人証略)は右サブタは従業員三名ぐらいとともに自ら森坪宅裏庭に運んだと証言するが、右各証拠に照らし、措信できない。

(四) そうすると、被告の主張するところの原告が市有財産であるサブタを私的に流用したという事実を認定することはできないが、原告は勤務時間中に部下作業員に指示して、公務と関係のない私人(<人証略>の証言及び原告の供述によれば、両名は親戚である。)宅で資材の運搬及び設置をさせたものであり、全体の奉仕者として公共の利益のために勤務することを義務づけられた公務員の服務の根本基準に反するものである。しかしながら、市有財産の流用の事実は認められないほか、証拠(<証拠・人証略>)によれば、前記平成五年三月二六日付け被告の原告に対する一か月間停職を命ずる旨の懲戒処分にかかる処分事由の一つは、原告が平成二年四月二四日から同月二五日にかけて市道等補修時に森坪宅屋敷内舗装を指揮して資材の投入等により田川市に損害を与えたとされていることであることが認められるところ、右認定の事実関係は右過去の懲戒処分事由と時間、場所、内容において密接に関連するものであることを考慮すれば、改めてこれについて懲戒処分をする場合にあたっては原告への非難の程度をさほど大きいものであると評価することはできない。

4  自宅車庫の舗装について

(一) 証拠(<証拠・人証略>)によれば、原告は平成二年ころ自宅付近における土木作業班の工事の際アスファルトが余ったことから、余ったアスファルトを使用して自宅車庫の土間を舗装したい旨を松永主任に申し出てその許可を得た上、二回にわたり他の作業員に指示して現場作業で余ったアスファルトを使用して自宅車庫の土間を舗装した(広さ約一〇平方メートル)こと、アスファルトは温度が下がると利用価値がなくなるものであること、また、土木課においては道路補修工事でアスファルトが余った場合、市の資材置場である平原倉庫に持ち帰って地盤の悪い箇所に使用したり、一般市民等に頼まれて応急の補修に用いたり、現場近くのごみ捨て場に廃棄することもあったことが認められる。

(二) 原告が余ったアスファルトで自宅車庫の土間を舗装した事実は市有財産の私的流用にあたり、公務員の信用失墜行為に該当するものである。この点原告は、廃棄される運命にある資材を貰い受けても何ら非難されることはないと主張するが、例え余ったアスファルトであっても土木課では現実の利用法もあり、勤務時間中、部下作業員を自宅車庫の舗装作業に従事させ、舗装のための機械等を私的に使用した点において非難を免れるものではない。しかしながら、アスファルトを貰い受けるについて上司の許可を得ていること、アスファルトは温度が下がると利用価値がなくなるものであること、一般市民等からの要望に応えて臨機応変に処理されていた実態もあることからすると、右舗装の事実をもって原告を強く非難することはできない。

5  無許可増築について

(一) 証拠(<証拠・人証略>)によれば、市営住宅の入居者は田川市市営住宅管理条例一八条三項三号により原則として増築や工作物の設置を禁止されており、増築する際には市長の承認を受けることが必要であると規定されているところ、原告はその居住する市営住宅高柳団地の自宅横に相当以前に無許可で倉庫兼車庫を増築したこと、市営住宅高柳団地では車庫や倉庫を増築するに際し許可を受けている例もあるが、多くの居住者は許可を受けず車庫や倉庫を増築しており、その中には原告同様、市の職員も含まれていること、また、他の市営団地においても同様に居住者が許可を受けずに車庫や倉庫を増築していること、本件訴訟提起後に市から増築部分の撤去等を求められた者を別とすれば、原告を含め車庫や倉庫を増築している居住者でそれまで市から増築部分の撤去等を求められたことはないことが認められる。

(二) 右認定した事実によれば、原告がその居住する市営住宅に倉庫兼車庫を増築したのは右条例の無許可増築の禁止規定に違反するものの、市営住宅における実態は多くの者が無許可で増築を行っており、それにもかかわらず、その時点で他の居住者には特段の措置もなされておらず、市の職員で原告同様無許可で倉庫や車庫を増築した者に対しこれを懲戒処分の対象にしたものはないと推認されることを考慮すれば、原告についてのみ右増築の事実をもって懲戒処分の対象とするのは公平を欠き、被告の裁量を逸脱したものというべきである。

6  車庫内部及び周辺でのサブタ等の流用について

証拠(<証拠・人証略>)によると、原告自宅周辺の側溝にはサブタが設置されており暗渠となっているが、これは、付近住民からの要望に基づき原告が松永主任らに申し出て、土木作業班の正規作業として計画され、実行されたものと認められる。この点、被告は、原告が市有財産であるサブタ二〇枚及び平板ブロック六七枚を流用した疑いがあると主張し、右主張に沿う証拠として(人証略)の証言があるが、右認定に照らし、同証言はたやすく措信できず、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。

7  バキューム車の過剰利用について

(一) 証拠(<証拠・人証略>)によれば、原告が自宅車庫を増築したため付近の側溝が暗渠となったことから、周辺住民から異臭がするとの苦情が申し立てられ、平成二年四月から平成四年一二月にかけて合計一二回市のバキューム車が浚渫のため出動したこと、この回数は他の市営住宅に比して若干多いものの、各出動は上司の許可等を得て所定の作業プランに沿ったものであることが認められる。

(二) 右認定の事実によると、原告の自宅周辺では他の市営住宅に比して若干多い回数バキューム車が出動しているけれども、その出動回数の程度及びいずれも上司の許可等を得てなされた作業であることに照らせば、右事実関係をもって懲戒処分の対象となるものではないというべきである。

8  里道の草刈りについて

(一) 証拠(<証拠・人証略>)によると、土木作業班では平成二年ころから市民からの道路の草刈り要請に応じて、上伊田地区の国の管理する里道でありながら里道であることを知らないまま、先が畑で行き止まりとなる道路の草刈りを行っていたこと、右里道について市民から舗装してほしい旨の依頼があり、繰り返し草刈りを行うよりは舗装した方が効率的であると判断した土木作業班は所定の作業プランを立て舗装を実施したこと、しかしながら、舗装工事の途中、里道に隣接する土地の所有者から自己の所有する私道であるとの申出がなされたため、舗装工事を中止したこと、なお、右里道は原告の親戚宅にも隣接していることが認められる。

(二) 右認定の事実によると、本件里道の草刈り及び舗装について公務の遂行として若干の疑問の余地がないわけではないが、市民からの要請に基づいて草刈り及び舗装の作業がなされたものであり、舗装の中止ももっぱら通報によってなされたのであるから、懲戒処分の対象となるものではないというべきである。

9  平板ブロックの無断持ち出しについて

(一) 被告は、平成二年ころ原告が独断で部下作業員に指示して市有財産である平板ブロック約三〇枚を持ち出し、ひつじ屋倉庫付近の氏名不詳の民家まで搬入させたと主張するところ、証拠(<証拠・人証略>)によれば、田川市内(後藤寺地区)のひつじや(ママ)倉庫付近の民家である原告の親戚である植田ミヨシ宅には平板ブロックが十数枚積み上げられ存在していること、平成二年ころ植田の娘婿である富原澄夫が同市日吉町のガソリンスタンド前歩道の道路補修工事の際、現場付近に遺棄された平板数十枚を知人の木部澄夫に依頼して植田宅に運んだこと、右には原告は全く関与していないことが認められる。

(二) 当時土木課の技術員であった(人証略)は、原告の指示により三人くらいの作業員でひつじ屋倉庫付近の民家に市の資材倉庫から平板ブロック三〇枚くらいを運んだと証言し、(証拠略)(<人証略>の野島土木課長に対する事情聴取書)及び(証拠略)(<人証略>の人事諮問委員会に対する事情聴取書)にも同旨の記述があるが、これを裏付ける客観的な証拠はなく、他に同旨のことを述べる作業員もいないことに照らせば、右証言及び各記述はたやすく措信することはできないし、他に被告の主張を認めるに足りる証拠はない。

三  本件処分の相当性について

1  公務員につき懲戒事由がある場合に、懲戒処分を行うかどうか、懲戒処分を行うときにいかなる処分を選ぶかは懲戒権者の裁量に任されているものと解すべきであるが、懲戒権者は、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の右行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきかを決定すべきものである。したがって、懲戒権者が裁量権の行使としてした懲戒処分が違法となるのはそれが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合に限られる(最高裁判所昭和五二年一二月二〇日判決・民集三一巻七号一一〇一頁参照)。

そこで、本件処分が社会観念上著しく妥当を欠き裁量権を濫用したかどうかについて判断することになるが、本件においては、被告の認定した被処分事実には前記認定のとおり事実誤認があり、証拠により認められる事実の限度で原告に懲戒事由が存するというべきであるから、右事実を前提に処分の可否、種類等を決する必要がある。

2  原告に関する従前の懲戒処分

(一) 原告は、昭和六〇年三月四日勤務時間中無断で私用を果たし、さらに飲酒をし、市役所に帰庁後は酒に酔って、上司並びに市民に対し暴力行為を行ったことを理由に、昭和六〇年四月一八日付けで、給料の一〇〇分の五を三か月間減ずる旨の懲戒処分を受けた。(<証拠略>)

(二) 原告は、平成五年二月一〇日原告が発した資材搬出命令が特定の個人の便宜を図る目的のものであったこと及び平成二年四月二四日から二五日にかけて市道補修時に個人屋敷内舗装を指揮し便宜行為を独断で実行し、資材を投入したことが市に損害を与えたとして、平成五年三月二六日付けで、一か月間停職を命ずる旨の懲戒処分並びに主任から指導員に降任する旨の分限処分を受けた。(<証拠略>)

3  すでに説示のとおり、証拠上明確に認められる懲戒処分の根拠となりうる事由は、公用車を利用しての飲酒行為、森坪宅におけるサブタの運搬及び設置行為に作業員を使用したこと、自宅車庫の舗装をしたことであるが、このうち森坪宅にけるサブタの運搬等、自宅車庫舗装の各事実は、原告が平成五年三月二六日に受けた懲戒処分より以前のことであり、同処分により市有財産の流用を戒められた後に同種の行為を繰り返したものということはできず、特に森坪宅での運搬等は、前記のとおり同処分にかかる事由に関連することを考え併せると、これらに対して強く非難することはできないというべきである。また、公用車を使用しての飲酒行為についても前記のとおり年次休暇届出後の行為で特に強く非難することはできない。さらに、原告は、本件処分に併せて作業員に降任する旨の分限処分も受けており、右分限処分も十分に重たいものというべきである。

4  まとめ

結局、本件処分は被告主張の懲戒事由に基づきなされたものであるが、前記認定のとおり被告には懲戒事由に関する事実誤認があり、証拠により明確に認められる事実を前提にすれば、原告の過去の懲戒処分歴その他一切の事情を考慮しても、原告に対して六か月間停職を命ずるのは社会観念上著しく妥当を欠き、被告の裁量権を濫用したものであり、違法であって、本件処分は取り消されるべきものである。

第四結論

以上によれば、原告の請求は理由があるからこれを認容する。

(口頭弁論終結の日 平成一〇年一〇月二一日)

(裁判長裁判官 草野芳郎 裁判官 和田康則 裁判官 石山仁朗)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例