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福岡地方裁判所 平成6年(行ウ)28号 判決 1996年2月02日

原告

土器敏洋

右訴訟代理人弁護士

橋本千尋

八尋光秀

被告

福岡税務署長

山田恒文

右指定代理人

岡村善郎

外六名

主文

一  被告が原告に対して平成三年一月二九日付けでした昭和六二年分所得税の更正処分のうち長期譲渡所得金額一億〇〇四〇万五〇〇〇円、納付すべき税額二四四四万二二〇〇円を越える部分を取り消す。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

事実及び理由

第一  申立て

主文同旨

第二  本件事案の概要

(争いのない事実等)

当事者間に争いのない事実及び証拠(甲一、三ないし九、証人大坪廣幸)により認められる事実を総合すると、本件の事実関係は、次のとおりである。

一  土器福次郎(以下「福次郎」という。)は、昭和六〇年一二月二六日死亡し、福次郎の相続財産の主なものは福岡市博多区博多駅東三丁目一八一番地所在の宅地295.98平方メートル、右土地上の木造瓦葺平家建居宅及び木造瓦葺二階建居宅(以下、総称して「本件不動産」という。)であったところ、福次郎名義の昭和四六年五月三日付け遺言状(甲第三号証。以下「本件遺言状」という。)には「此土地其他不動産及ビ動産一切は長男敏洋にゆずるものであります」との記載があった。福次郎の相続人には、長男である原告の他に、長女古賀カズエ(以下「カズエ」という。)、二女倉橋シヅ子(以下「シヅ子」という。)及び養女松浦カヅミ(以下「カヅミ」という。)がいたが、原告は、本件不動産を現況のまま使用したいと思っていたので、昭和六一年三月二〇日、カヅエ、シヅ子及びカヅミに対し、遺産分割について、本件不動産を原告が取得する一方、カズエ、シヅ子及びカヅミは相続の権利を放棄し、その代償として一〇〇万円を原告はカズエらに支払うことや本件土地を他人に譲渡した場合には一〇坪の土地に対する代償を原告はカズエらに支払うことを内容とする分割協議を提案したところ、シヅ子とカヅミはこれに賛成したものの、カズエが反対したため、右分割協議は成立しなかった。そして、原告は、同年四月二二日、本件遺言状について検認を受け、翌二三日、本件不動産について原告名義の相続登記等をした。

二  カズエの代理人である井上庸夫弁護士(以下「井上弁護士」という。)は、昭和六一年六月六日ころ、原告に対し、本件遺言状の無効を主張し、仮に本件遺言状が有効なときは遺留分を減殺する旨の意思表示をした。そこで、原告は、不動産媒介業者で井上弁護士の知人である大坪廣幸(以下「大坪」という。)に井上弁護士との話し合いによる円満解決を依頼した。その話し合いの際、井上弁護士は、大坪に対し、本件不動産の売得金でカズエの遺留分相当額を支払うことによる解決を求めるとともに、本件不動産の譲渡費用は各自の分配額に応じて負担する旨を了解していた。そして、原告は、昭和六一年七月一六日、シヅ子及びカヅミとの間で、原告が本件不動産を所有することやシヅ子及びカヅミが原告から福次郎の遺産相続について既に各一〇〇万円を受領済みであることを確認し、原告がシヅ子及びカヅミに対して本件不動産の売却代金のうち土地代金の一〇坪分に相当する金額を昭和六二年一二月二七日までに支払う旨の起訴前の和解(以下「第一和解」という。)をしたが、その実質的手続は井上弁護士が行った。

三  原告は、井上弁護士の前記要求に応じるには本件不動産の売却以外に方法はないと考えて大坪に本件不動産売買の媒介を依頼していたところ、昭和六一年一〇月ころ、井上弁護士からカズエの夫が坪四〇〇万円による買主を知っているとの連絡が大坪にあったが、売買成立までには至らなかった。その後、大坪は、井上弁護士に本件不動産について坪六〇〇万円による買主がいることを連絡した上で、同年一二月二日、大坪の媒介により、原告と地産建設株式会社との間で本件不動産を総額五億三七二一万六〇〇〇円で売る旨の契約(以下「本件契約」という。)を成立させ、本件契約代金のうち、昭和六一年一二月二日五三七二万一六〇〇円が、昭和六二年三月一〇日二億円が、同年七月六日二億八三四九万四四〇〇円がそれぞれ原告に支払われた。本件契約締結後、大坪は、井上弁護士に本件契約の契約書写しを送付したが、井上弁護士からはカズエの夫が契約書写しでは信用してくれない旨の連絡があったので、右契約書原本を井上弁護士に提示した。それでも、カズエらが本件契約の内容を信用しなかったので、井上弁護士の手続により昭和六二年五月六日成立した原告とカズエとの間の起訴前の和解(以下「第二和解」という。)の調書には「本件土地を坪六〇〇万円で売却したものとしての遺留分減殺として金六七一五万〇二〇〇円の支払義務あることを認め」る旨が記載されていた。その後、原告は、シヅ子及びカヅミに対して本件契約代金のうち一〇坪分に相当する金額六〇〇〇万円から譲渡費用一八五万六二九五円を控除した残額五八一四万三七〇五円を支払うとともに、同年八月一二日ころ、カズエに対して支払金額六七一五万〇二〇〇円から譲渡費用合計二〇七万七五一二円を差し引いた金額六五〇七万二六八八円を支払う旨通知してこれを支払った。しかし、カズエから右譲渡費用の負担について第二和解には記載がないので応じられない旨の異議が出たので、その処理に困った井上弁護士は、大坪に原告の説得方を依頼し、大坪が原告に弁護士費用を支払うつもりで紛争解決のために二〇〇万円を支払うよう説得した結果、原告は、同年一一月三〇日、井上弁護士に和解金残金の名目で二〇〇万円を支払った。

四  原告は、被告に対し、昭和六三年二月一九日、別紙表一記載のとおり、昭和六二年分所得税の確定申告に際して長期譲渡所得金額を一億〇〇四〇万五〇〇〇円、納付すべき税額を二四四二万〇六〇〇円と申告したが、同年七月一一日、別紙表三記載のとおり、納付すべき税額を二四四四万二二〇〇円等とする旨の修正申告をした。これに対し、被告は、別紙表四記載のとおり、平成三年一月二九日付けで長期譲渡所得金額を一億六一七九万一〇〇〇円、納付すべき税額を四二八五万八〇〇〇円とする旨の更正処分をした(以下「本件処分」という)。

五  原告は、平成三年三月二五日に被告に対して異議申立てをしたところ、被告が同年六月二四日に右申立ては理由がないとして棄却したので、さらに、同年七月二二日に国税不服審判所長に対して審査請求をした。しかし、同所長は、平成六年六月二八日、右請求を棄却する旨裁決した。

(争点)

一  被告の主張

カズエが昭和六一年六月六日に原告に対して遺留分減殺の意思表示をしていること、原告が同年一二月二日に本件不動産を売却したこと、昭和六二年五月六日にカズエとの間で成立した第二和解には「遺留分減殺として」の文言が使用されていること、原告は、第二和解に基づき同年八月一二日にカズエに対して六五〇七万二六八八円を支払うとともに、同年一一月三〇日に残金二〇〇万円をカズエに対して支払っていることなどの事実からすると、原告は、カズエからの遺留分減殺請求に対して民法一〇四一条一項に定める価額弁償を行うことによってこれを免れたものと解するのが相当である。そうすると、遺留分の減殺請求が行われて遺贈が失効しても、価額弁償がされると遺贈の効果が復活することになるので(最高裁判所第一小法廷平成四年一一月一六日判決 判例時報一四四一号六六頁)、本件土地建物の所有権は遺留分請求権者たるカズエには移転しなかったことになり、結局、原告、シヅ子及びカヅミが本件不動産の所有権を遡及的に取得したことになる。したがって、本件不動産の譲渡所得は、原告、シヅ子及びカヅミの三名に帰属することになるので、本件不動産の売買代金総額五億三七二一万六〇〇〇円のうち、原告がシヅ子及びカヅミに支払った合計一億二〇〇〇万円についてはシヅ子及びカヅミの譲渡所得の収入金額としなくてはならないため、原告の譲渡価額の総額を算出するにあたってはこれを控除する必要があり、結局、残額である四億一七二一万六〇〇〇円が原告の譲渡価額の総額となる。したがって、これをもとに算定すると、別紙表五記載のとおり課税される長期譲渡所得金額は一億六一七九万一三一九円となるので、本件処分は、適法である。

二  原告の主張

本件は、カズエが本件遺言状による遺言の無効を主張したことに伴い、相続人たる原告、カズエ、シヅ子及びカヅミとの間で福次郎の遺産である本件不動産について分割協議がなされ、その結果、本件不動産の売得金を、原告、カズエ、シヅ子及びカヅミ間で分配したものと見るべきであって、被告主張のようにカズエの遺留分減殺請求に対する価額弁償と見るべきではない。本件のように遺言の効力について争いがある場合に、相続人らが訴訟により遺言の効力を確定させることなく相続人間の協議により遺産を分配したときには、相続人間の遺産分割協議により遺産の分配がなされたものと解すべきであり、本件においては、原告、カズエ、シヅ子及びカヅミ間に遺産分割協議がなされ、その結果、換価分割の方法によって福次郎の遺産たる本件不動産を分割する旨の合意がなされたものと解される。そうすると、別紙表一及び表二記載のとおり、原告の本件不動産の譲渡価額の総額は、本件不動産の売買代金総額五億三七二一万六〇〇〇円からカズエに対する支払金額六七一五万〇二〇〇円、シヅ子及びカヅミに対する支払金額各六〇〇〇万円合計一億五七一五万〇二〇〇円を控除した残額三億五〇〇六万五八〇〇円であり、その結果、原告の昭和六二年分の長期譲渡所得金額は一億〇〇四〇万五〇〇〇円、納税すべき税額は二四四四万二二〇〇円となるから、本件処分のうち右金額を越える部分は、違法な処分として取り消されるべきである。

第三  当裁判所の判断

一  本件処分の適法性について

被告は、るる事実関係を指摘した上で、原告はカズエからの遺留分減殺請求に対して価額弁償をしたものであり、これによって遺留分減殺請求により一旦失効した本件遺言状による遺贈の効果は遡及的に有効になったことを前提に本件処分の適法性を主張する。

そこで、被告指摘の事実関係を見るに、まず、原告がカズエから本件遺言状による遺贈について遺留分減殺請求を受けた後に本件不動産を売却したことは、指摘のとおりである。しかし、原告が本件不動産を売却するに至ったのは、カズエの代理人である井上弁護士からの本件不動産売得金による遺留分相当額の金銭支払要求に応じるためであることは明らかであり、その目的には遺留分減殺請求に対して現物返還義務を免れるという、後に判示する価額弁償の趣旨は何ら認められないところである。その意味で、右指摘の事実をもって本件不動産売得金による金銭支払が現物返還義務を免れるための価額弁償であることを基礎付ける事実と見ることは、許されないことになる。また、カズエとの間の第二和解に「遺留分減殺として」との文言が使用されていることも被告指摘のとおりであるが、前記本件の事実関係から明らかなとおり、カズエの代理人である井上弁護士は、当初より原告に対して遺留分相当額の金銭支払を求めていたのであるから、右記載は原告からカズエに対して支払われる金銭の計算根拠を示したものと解するのが相当であり、右文言が「遺留分減殺の価額弁償として」と記載されていないことからすると、右記載文言を根拠に原告のカズエに対する金銭支払を価額弁償と認めるのは早計といわなければならない。さらに、被告は、カズエに支払われた金額とシヅ子及びカヅミに支払われた金額の違いや本件不動産の譲渡費用をカズエが負担していないことを問題にしているが、右支払われた金額はいずれも六〇〇〇万円台であるばかりでなく、その金額の差もカズエに支払われた金銭の趣旨を価額弁償と認めるほどのものとは考えられず、また、譲渡費用の負担についても、当初井上弁護士はカズエがこれを負担することを了解していたものであるにもかかわらず、カズエが第二和解の内容に記載されていないことを理由に紛義を生じさせ、これに困った井上弁護士のために、原告は大坪の説得に応じて右紛義解消のために二〇〇万円を支払ったものであり、初めからカズエに本件不動産の譲渡費用を負担させないことが合意されていたというものではないから、この譲渡費用に関する事実でもって原告の価額弁償を基礎付けることもできないというべきである。したがって、被告が指摘する事実関係でもって原告が本件不動産の売得金からカズエに支払った金銭を価額弁償と認めることは、許されないことになる。

かえって、前記本件の事実関係における本件不動産売却の経緯からすると、原告は、カズエからの遺留分減殺請求を契機として、本件不動産を現況のまま自己が取得することを諦め、福次郎の遺産である本件不動産を売却の上、相続人である原告、カズエ、シヅ子及びカヅミ間でその売得金を分配する意思のもとその旨の遺産分割協議の申出をし、その結果、本件不動産の売得金を分配するという、いわゆる換価分割の方法による遺産分割に合意した上で右遺産分割を実行したものと認めるのが相当である。

翻って、遺留分減殺請求における価額弁償の趣旨を考えてみるに、遺留分権利者の減殺請求により、贈与又は遺贈が遺留分を侵害する限度において失効した結果、受贈者又は受遺者が取得した権利は右の限度で減殺請求をした遺留分権利者に帰属することになり、侵害された遺留分回復の原則的方法としては、贈与又は遺贈の目的物の現物返還をすべきことになるが、民法一〇四一条一項は、目的物の価額弁償を認めても遺留分権利者の生活保障上支障を来すことにはならないし、一方これを認めることによって、被相続人の意思を尊重しつつ、既に目的物の上に利害関係を生じた受贈者又は受遺者と遺留分権利者との利益の調和を図ることを目的として、目的物の価額弁償によって右目的物返還義務を免れうると定め、目的物を返還するか、価額を弁償するかを義務者である受贈者又は受遺者の決するところに委ねていると解するのが相当である(最高裁判所第二小法廷判決昭和五一年八月三〇日 民集三〇巻七号七六八頁参照)。そうすると、前判示のとおり、原告には遺留分減殺請求による現物返還義務を免れるために本件不動産を売却する意図はなく、また、原告のカズエに対する金銭の支払にも遺留分減殺請求による現物返還義務を免れる目的は認められないから、本件では右金銭支払を価額弁償とみる根拠はないものといわなければならない。その意味で、本件において原告が本件不動産を売却してその売得金の一部をカズエに支払ったことをもって価額弁償と捉えた被告の主張は、この現物返還義務を免れるという価額弁償の趣旨を看過した誤りがあるといわざるを得ないので、到底採用できない。なお、被告指摘の判例は、遺贈の目的物を売却することなく、その返還義務を免れるために価額弁償をした事案であり、本件とは事案を異にするので、何ら右判断を左右するものではない。

以上を総合すると、本件不動産の売得金からカズエが支払を受けた六七一五万〇二〇〇円は価額弁償ではなく、シヅ子及びカヅミが支払を受けた金員と同様にカズエの譲渡所得と解するのが相当である。そうすると、原告における本件不動産の譲渡価額の総額は、その売買代金五億三七二一万六〇〇〇円からカズエ、シヅ子及びカヅミにそれぞれ支払った金員の合計額一億八七一五万〇二〇〇円を控除した三億五〇〇六万五八〇〇円となり、原告の長期譲渡所得金額及び申告納税額は、別紙表三記載のとおりの金額となる。したがって、本件処分のうち、これを超える部分は違法であり、取消しを免れない。

二  結論

よって、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担については行訴法七条、民訴法八九条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官中山弘幸 裁判官向野剛 裁判官三村義幸)

別紙1ないし5<省略>

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