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福岡地方裁判所 平成6年(行ウ)31号 判決 1998年5月26日

原告

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

林健一郎

小野山裕治

井手豊継

橋本千尋

甲能新児

八尋八郎

諌山博

平田広志

梶原恒夫

小林洋二

深堀寿美

永尾廣久

中野和信

井上滋子

久保井摂

山崎吉男

尾藤広喜

竹下義樹

被告

大牟田市福祉事務所長

中原厚子

右指定代理人

山之内紀行

外一三名

主文

一  被告が、平成五年一〇月一八日付けでした、原告に対する保護廃止決定を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

主文同旨

第二  事案の概要

本件は、生活保護を受けていた原告が、保護の実施機関である被告から、自動車の所有等を禁止した指示に違反したことを理由に保護廃止の処分を受けたのに対し、右処分は違法であるとして、その取消しを求めた事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、平成元年七月二四日、前夫甲野剛(以下「剛」(たけし)という。)と離婚し、同年九月九日、原告を世帯主とした長女A(昭和四六年九月二五日生)、次女B(昭和四九年三月三日生)、長男C(昭和五〇年一一月一四日生)及び三女D(昭和五三年五月二四日生)の五人により構成される世帯を被保護世帯として、被告に生活保護申請をし、被告は、右申請の日付けで生活保護を開始した(以下「本件保護」という。)。

2  原告は、平成五年一〇月一日、自動車を運転して被告事務所を訪れた帰途、原告世帯担当のケースワーカー井形純二(以下「井形」という。)から右自動車運転を現認され、被告事務所に呼び戻されて、同月六日を期日とする聴聞通知書を交付された。

3  被告は、原告に対し、同月一八日付けで、自動車の所有、借用及び仕事以外での運転を禁止する旨を記載した平成元年一一月一〇日付文書(以下「本件指示」という。)に原告が違反したとして、平成五年一一月一日をもって本件保護を廃止する旨の決定を行った(以下「本件処分」という。)。

4  原告は、同年一一月二日、福岡県知事に対し、本件処分について審査請求をしたが、平成六年三月二八日、右審査請求は棄却され、さらに、同年四月二一日、厚生大臣に対し、本件処分について再審査請求をしたが、同年七月一九日、右再審査請求も棄却された。

二  争点(本件処分の違法性)

1  本件指示が生活保護法二七条に基づく指示といえるか否か

(原告の主張)

生活保護法(以下「法」という。)二七条の指示とは保護受給中における指示をいい、右指示違反を理由に被保護者に対して保護廃止等の処分をする場合には、まず口頭による指示を経た上で文書による指示がなされていることが必要である。ところが、本件指示は、本件保護の開始に際して、原告自身に直接関わりのない事項、すなわち原告が離婚する以前に生活保護を受給していた際の剛に関する自動車使用等の事情をとらえてなされたものであるから、右は保護開始に際して一般的注意事項を示したものにとどまり、法二七条に基づく指示には当たらない。そうすると、原告に対して保護廃止等の処分をするには、本件指示とは別に口頭及び文書の各指示を経ることが必要であったのに、原告に対する自動車使用に関するその後の指導は平成四年一二月二日になされたにとどまり、右各指示を経たものとはいえない。

(被告の主張)

(一) 原告には、本件保護に先立ち次の事情が認められた。

(1) 剛は、同人を世帯主とした原告及び前記四人の子の計六人により構成される世帯(以下「旧世帯」という。)を被保護世帯とし、被告を保護の実施機関として、昭和五三年七月二一日付けで生活保護の受給を開始したが(以下「第一次保護」という。)、右受給期間中の昭和五六年ころ、剛が仕事以外で自動車を運転しているとの通報があり、被告において当時旧世帯を担当していたケースワーカーの古賀喜治(以下「古賀」という。)が、法二七条に基づき、原告及び剛(以下、右両名を併せて「原告ら」ということがある。)に対して、同人らの所有車であれば売却し、借用車なら貸主に返却するよう口頭で指導した。このとき、原告らは借用車である旨述べ、その後、古賀が右自動車を返却したか否かについて確認した際、原告は、友人に返却した旨述べていた。

しかし、これに先立つ同年八月七日付けで、日産ステーションワゴン(ナンバープレート略。以下「バネット」という。)が剛名義で登録されており、剛は、右登録の当時からこの自動車を所有していたものである。

自動車の保有(所有又は利用)は、被保護世帯の世帯員各自について禁止されるものであり、いずれかの者の違反により保護が廃止されることもあるのであるから、禁止事項を遵守する意識があれば、夫がこれを怠っている場合にこれを遵守させるべき行動をとるのが通常であるところ、剛が度々自動車を使用していたことは、原告がそのような行動をとっていなかったことを示すものであり、自動車の保有禁止に関し原告自身もこれを遵守しようとする規範意識に乏しいといえる。また、保護受給中に自動車の保有が認められないことを原告が当時から知っていたことも右により明らかである。

(2) 旧世帯は、大牟田市からの転居に伴い昭和五九年四月一日付けで第一次保護を廃止されたが、昭和六一年一〇月六日から再度被告を保護の実施機関とする生活保護の受給を開始した(以下「第二次保護」という。)。

しかし、右受給期間中の昭和六二年八月五日、原告は、被告事務所に自動車を運転して訪れ、また、剛が同年四月ないし五月ころ同人又は原告の運転により自動車で通勤していたこと、剛が前記バネットを同年五月二一日に第三者の所有名義に移転登録する直前まで所有していたこと、これに先立つ同年三月三一日付けで別の日産ステーションワゴン(ナンバープレート略。以下「プレーリー」という。)が剛を使用者、日産プリンス福岡販売株式会社を所有者として新規登録されていることの各事実がいずれも同年八月に判明したため、同年九月一日をもって、第二次保護は廃止された。

これは、右(1)に加え、原告自身も自動車の使用に固執し、規範意識が欠如していたことを示すものである。

(3) 剛は、同年一二月八日、旧世帯について再度生活保護の受給を申請したが(以下「第三次保護の申請」という。)、原告らは、生活保護の支給を受けるためには、保護を受給する世帯員が所有している自動車の処分を求められることを熟知していたため、右申請に際し、前記プレーリーを原告の弟である乙山良夫(以下「良夫」という。)名義に変更した。なお、右名義変更手続には原告自身が関与していたものである。

また、剛は、被告から右プレーリーの所有について疑問を出されると、昭和六三年一月一四日、原告を介して「現在申請しています生活保護申請については車の問題もありますので取り下げますのでよろしくお願いします。」と記載された「辞退届」を被告に提出し、右申請を取り下げた。

右の経緯は、剛が自動車の所有を認めたものと理解でき、また、前記(1)及び(2)と同様、原告が自動車保有に固執していたこと、原告に自動車所有、使用の禁止を遵守する規範意識が欠如していたこと、原告が自動車の保有禁止を熟知していたことを示すものである。

(4) 右(1)ないし(3)の経緯から、本件保護申請時の担当ケースワーカー田中純二(以下「田中」という。)は、右申請を受理した際、原告に対し、自動車を所有している場合保護は開始できない旨説明したところ、原告は、自動車は原告の兄の乙山定雄(以下「定雄」という。)に依頼して売却したとして、田中に対し、右売却代金をもって支払に充てたとするローンや家賃の領収証を提出した。

(二) 本件指示は、原告について、右のとおり自動車保有への固執、保護受給中における自動車の所有、借用の禁止を遵守する規範意識の欠如、自動車の保有禁止の熟知が認められたため、法二七条により、保護の目的を達成するため必要と認めて行ったものであり、また、右(一)の経緯から、原告については以後も自動車を保有するおそれがあり、口頭による指示では保護の目的を達することができないと認められたため、文書による指示を行ったものであって、右指示は適法である。

(原告の反論)

(一) 本件保護に先立つ事情の実際の経緯は次のとおりである。

第一次保護受給中、剛が自動車を使用していることを理由に被告から指導を受けたことはあるが、これは、剛の勤務先の都合で自動車を運転したにすぎず、本来、指導を受けるべき性質のものではなかった。

また、バネット及びプレーリーの登録は、自動車の修理、販売業を営んでいた定雄が、自己使用の目的で購入したものであり、定雄名義ではローンが組めなかったため、剛の名義を借りて登録したものである。右各登録の当時、旧世帯には自動車を購入する余裕は全くなく、原告は、第一次保護及び第二次保護の受給中バネットの登録の事実を知らず、第三次保護の申請前のプレーリーの名義変更の事実も知らなかった。

第三次保護の申請の取下げ及び本件保護申請に先立つプレーリーの売却は、右の事情を被告が聞き入れないため、やむなく被告の言うままに辞退届を出し、あるいは、定雄にプレーリーの売却や売却代金の使途に関する領収証の用意を依頼したもので、現実には支払の事実がないものもある。

(二) したがって、本件保護受給前の経過は、原告の規範意識の欠如を示すものではなく、本件指示の根拠たり得ない。

2  本件指示の内容の違法

(原告の主張)

本件指示は、自動車の所有のみならず借用や運転まで禁止しているが、それには正当な理由がないから、本件指示は無効である。

(一) 法四条にいう「資産の活用」には、その資産を保有したまま利用する場合と、それを他人に譲渡するなどしてその対価を最低限度の生活の維持に役立てる場合とがあるが、換価性のないものは処分してもその資産が失われるだけで最低生活の維持にとっては意味がないことから、後者の方法による資産の活用が可能であるためには当該「資産」に換価性があることが必要である。しかし、借用した自動車には換価性がなく、これを貸主に返還しても最低限度の生活の維持にとっては意味がないから、借用自動車は法四条により活用を求められる資産には当たらない。

また、法八条は、厚生大臣が保護基準を設定する権限について定めるが、これは国民の最低生活の内容を個別具体的に決定する権限ではないから、法四条により保護受給者が保有し得る資産の範囲については、厚生大臣の裁量にゆだねられているとはいえない。殊に、借用物のような換価性のない物について保有を認めるか否かという問題は、保護基準の決定とは次元の異なる事柄であるから、これは厚生大臣の裁量事項ではない。

(二) 昭和三六年四月一日付け発社第一二三号各都道府県知事、指定都市市長宛の厚生事務次官通達「生活保護法による保護の実施要領について」(以下「次官通達」という。)の第3は、資産活用の方法として売却処分ないし貸与による収益、これが妥当でない場合に保有という運用を予定しており、対象となる資産として換価ないし収益可能なものを前提としている。

そして、右次官通達を具体化した昭和三八年四月一日付け社発第二四六号各都道府県知事、指定都市市長宛の厚生省社会局長通達「生活保護法による保護の実施要領について」(以下「局長通達」という。)の第3は、資産活用について他人の所有物に関する規定を置いておらず、これは、次官通達が他人の所有物を資産として念頭に置いていないことを示すものである。

他方、厚生省社会・援護局保護課監修の生活保護手帳(別冊問答集)(以下「問答集」という。)の問138の回答は、資産の保有に他人の所有物を利用する場合も含まれるとするが、これは、次官通達の理解を誤りその妥当領域を逸脱したもので、合理性がない。右問答は、遊興等の単なる利便のための自動車使用が法六〇条ないし二七条に関わるというもので、資産活用とは次元の異なる問題である。

(三) 自動車の借用を禁止することは、実質的にも合理性がない。すなわち、今日では自動車の普及率は全国平均でも八〇パーセントを超え、低所得者層においても自動車が必要な場合は費用を捻出してこれを保有しているのが実情であり、被保護者についても原則的に自動車の保有を認めるべき時代を迎えている。このような状況において、被保護者が保護費の範囲内で維持費を捻出し自動車を借用し運転することを否定する理由はなく、これを認めても低所得者層との関係で均衡を失することにはならない。また、一般に、自動車の運転は補償能力の有無にかかわらず認められている。

さらに、所有と借用とは法的・質的に全く異なるものであるから、福祉行政においても両者を区別して扱うべきであり、調査能力の欠如を理由に両者を一律に禁止することは許されない。

(四) 本件指示は、原告に関する自動車使用の必要性等を検討しないまま、所有はもとよりあらゆる借用まで一律に禁止したもので、法二七条の趣旨に反する。

(被告の主張)

(一) 法は、生活に困窮する国民に対し、最低限度の生活を保障しその自立を助長することを目的として、困窮の程度に応じて必要な保護を行うものであるが(法一条)、右の保護は、厚生大臣の定める基準により測定した要保護者の需要を基にして、その者の金銭又は物品で満たすことのできない不足分を補う程度において行うものであり(法八条一項)、その基準は、要保護者の年齢別、性別、世帯構成別、所在地域別その他保護の種類に応じて必要な事情を考慮した最低限度の生活の需要を満たすに十分なものであって、かつ、これを超えないものでなければならない(同条二項)。そして、最低限度の生活の具体的内容は、文化の発達や国民経済の進展その他多数の不確定要素を総合考慮して初めて決定できるものであるから、その認定判断は厚生大臣の合目的的裁量にゆだねられている(最高裁昭和四二年五月二四日大法廷判決)。

(二) 他方、法による保護は、生活に困窮する者が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われるが(法四条一項)、これは、生活保護制度が資本主義社会の基本原則の一つである自己責任の原則に対し補足的意義を担うという制度の本質的な性格から導かれるものである(補足性の原理)。そして、右は、法八条に基づいて定められた保護基準による最低限度の生活と整合性を保った規定であって、具体的には、保有による効用が最低限度の生活の内容となっていると考えられる資産についてはその保有を認め、そうでない資産については売却するなどしてその金銭価値を現実化し、これを最低限度の生活の維持のために活用することを原則とするものである。

したがって、法四条により保有が認められる資産か否かについては、その前提となる最低限度の生活の判断基準が厚生大臣の合目的的裁量にゆだねられている以上、同様に厚生大臣の合目的的裁量にゆだねられているというべきであり、自動車の保有が認められるべきか否かの判断は、右裁量権の行使に逸脱又は濫用があったかどうかという観点からなされるべきである。

(三) 保有を認められる資産の判断については、次官通達及び局長通達の各「第3 資産の活用」で運用基準が示され、さらに右各通達を前提とする昭和三八年四月一日付けの社保第三四号各都道府県、指定都市民生主管部(局)長宛の厚生省社会局保護課長通達「生活保護法による保護の実施要領の取扱いについて」(以下「課長通達」という。)により、同通達の「第3 資産の活用」の問9の1及び2に挙げる場合を除いて、自動車の保有は認められないという運用がなされている。そして、右の保有とは、その資産が最低限度の生活の内容をなすものとして利用されているか否かに関わるものであるから、現にこれを利用していれば足り、所有しているか借用しているかを問わないのはもちろん一時的な利用も含まれるのであって、これを明らかにしたのが問答集の問138である。

(四) 右運用基準が合理的であることは、次の理由により明らかである。

(1) 低所得者層との均衡

自動車の保有は、被保護者以外の低所得者層との均衡からして、社会通念上最低限度の生活の内容とは認められない。自動車の保有には、燃料費や駐車場費などの維持費を必要とし、その費用は一般的、平均的にみて相当高額となっている上、交通事故により多額の損害賠償債務を負う危険性があるところ、今日の交通事故の発生率の高さ、任意保険の普及率の低さ、保護費には自動車の保有にかかる諸経費が含まれておらず、車検切れでかつ保険未加入の状態で運転されるおそれもあることからすると、右の現実的危険性は低いものとはいえない。なお、身体障害者の自動車保有については、自賠責及び任意保険を含めた維持費が他からの援助等により確実にまかなわれる見通しがあることが保有の一条件になっている。

(2) 生活保護行政運営上の観点

福祉事務所には強制的調査権限が与えられておらず、調査能力にも限界があるから、他人名義の自動車を使用している場合、これが借用なのか、それとも名義が異なるだけで実質上は所有しているのかを正確に把握することは困難であり、自動車の所有を禁止する一方で借用等による自動車の使用を認めることは、事実上自動車の所有を認めたのと同じ結果となるおそれがある。

また、自動車の借用を認める場合、保護受給者が単なる遊興のために自動車を使用することが考えられ、これが度重なると、国民の生活保護制度に対する信頼を喪失し、制度の安定的運営を損なうことになるおそれがある。

(五) 以上により、自動車の借用を含むその保有を禁止する前記各通達の運用は合理的なものであり、被保護者に対する指示として自動車の保有を禁止することも、保護の目的達成に必要な指示として有効である。

3  本件指示違反の有無

(原告の主張)

本件処分は、原告に本件指示違反の事実がないにもかかわらずなされたもので、処分理由を欠く。

すなわち、原告は、本件保護受給中に自動車を所有したことはなく、借用も必要な場合に必要な限度でしたにすぎない。本件処分の契機となった平成五年一〇月一日は、原告が、その前日に久留米在住の長女Aから体調が悪いとの訴えを受けたため、同人方を訪れて病院に連れていくために、良夫の自動車を借用して運転していたものである。

したがって、問答集の問138の回答を前提としても、原告の自動車使用は遊興等のためのものではなく、右問答が禁止する自動車利用には当たらないから、これをもって本件処分の理由とすることはできない。

(被告の主張)

(一) 原告には、次のとおり本件指示違反が認められた。

(1) 井形は、平成四年五月ころ、原告が茶のワゴンを運転しているのを現認し、同年の夏ころには、原告が赤の軽自動車を運転しているのを現認した。また、同年一一月、原告の自動車使用について匿名の通報を受け、そのナンバーを照会したところ、右自動車は原告以外の他人名義のものであった。

さらに、井形は、同年一二月二日、原告がトヨタの乗用車(ナンバープレート略。以下「マークⅡ」という。)を運転しているのを現認し、原告に対して右自動車使用及び過去に井形が現認した自動車使用について説明を求めたところ、原告は、長女の友人からちょっと借りて使っただけで常用していないと述べ、前記茶のワゴン及び赤の軽自動車の運転については否定しなかった。右マークⅡは、当時Eの名義であったが、原告はこれを通勤に常用し、同月二八日には長女A名義に移転登録したものであり、Aが自動車の運転免許を有していないことからすれば、右名義移転は原告が保有するためになされたというべきである。

被告は、右一二月二日、原告に対して自動車の使用禁止を再度指示した上で、今後自動車の所有及び借用をしない旨の誓約書の提出を受け、右以降、面接時の確認や口頭指導により本件指示の徹底を図った。

(2) しかし、原告は、右誓約書提出後も次のとおり自動車を使用した。

平成五年六月、原告の自動車使用について被告事務所に匿名の電話があったため、井形が陸運支局に所有者を照会したところ、A名義の自動車(ナンバープレート略。以下「ラルゴ」という。)であることが判明した。その後、井形は、原告が被告事務所を訪れた帰りに自動車を運転しているのを現認し、また、同月一八日及び同月二三日の両日、原告の勤務する鳳来軒の前にラルゴが駐車してあるのを現認した。

さらに、井形は、同年一〇月一日、原告が被告事務所で保護費を受領した帰途ラルゴを運転しているのを現認した。

なお、右ラルゴは、同年五月九日に車検の有効期限が満了し、同年八月一九日に更新がなされており、その間、原告は右自動車を無車検の状態で使用していたものである。

(二) 以上によれば、原告の自動車使用は一時的な借用とは認められず、指示違反の程度は重大である。また、原告の自動車使用は、燃料費等の点から、法六〇条の定める支出節約等の生活上の義務にも著しく違反するものである。

(原告の反論)

(一) 被告が本件指示違反と主張する事実の実際の経緯は次のとおりであり、これを処分理由とするのは当たらない。

(1) 原告は、本件保護受給中、度々自動車を使用したが、これは通勤や日常生活に必要な限度での使用にとどまるものである。

すなわち、原告が平成三年一〇月から平成四年一二月まで勤務していたミモレ・ダイコクは交通の便の悪い場所にあり、原告の自宅から同所までは、自動車では二〇分であるのに対し、公共交通機関を利用した場合、バスを乗り継いで片道一時間二〇分を要し、勤務開始時間に間に合わせるためには午前六時に自宅を出なければならず、四人の子供を抱えた母子家庭において右のような通勤を継続することは事実上不可能であった。また、原告は肺炎の既往歴により冬季は体調が崩れやすく、貧血や肋間神経痛の持病もあったため、バイクによる通勤も無理であった。

そのため、原告は当初の三か月間は良夫の赤の軽自動車を借用し、その後は同僚の江崎の自動車に同乗して通勤していたが、用事のあるときは何度か右良夫の自動車を借用したほか、平成四年一一月から約一か月間はAの友人のマークⅡを借用して通勤した。

また、原告は、平成五年六月から同年九月まで勤務していた鳳来軒へ、良夫のラルゴを何度か借用して通勤したが、これも子供の学校の行事など必要な場合に限っての使用であって、通勤等に常用していたものではない。

(2) また、右マークⅡは、平成四年一二月二日の被告の指導により貸主に返還しており、同車が同月末にA名義に移転されていることは原告の関知しないところである。ラルゴについても、良夫が車庫証明を取るためにAの名義を借りただけであり、原告は、これを時々借用していたにすぎない。

右各自動車のA名義への移転登録当時、原告世帯には自動車を購入する余裕は全くなかった。

(二) 本件保護受給中における被告のケースワークは、生活保護の趣旨及び目的に合致せず、違法である。

井形には、原告の自動車使用について、尾行により証拠を集めてこれを突きつけ保護の廃止を導こうという姿勢が見られ、原告が自動車を使用した目的や使用の必要性、維持費の負担等について何ら検討せず、自動車使用の事実のみを取り上げて、問答集の文言を機械的に運用したものである。

また、同年一二月二日付けの誓約書は、保護費を取り上げられた上、これを提出しなければ保護費を支給しないと言われて提出したものであり、右の経緯からすれば誓約書は無効というべきである。なお、右保護費は、原告が自動車を所有者に返還した後も、被告担当者がこれを確認するまで取り上げられたままであった。

このようなケースワークにより、原告に指示違反を認め本件処分を課すことは、生活保護の趣旨及び目的に反するものである。

4  本件処分の手続上の違法

(原告の主張)

保護の停廃止をするためには告知聴聞の機会を与えなければならず、具体的には、聴聞期日に先立って、予定される不利益処分の内容及びその原因となる事実、聴聞期日に出頭して意見を述べ証拠書類を提出できること等を書面により教示し、聴聞期日においては、当事者に十分意見を述べる機会を与えるとともに、保護実施機関に対して質問を発する機会を与えなければならない。

しかるに、被告は、平成五年一〇月一日及び同月六日の両日ともに、一方的に保護の廃止を通告するのみで、原告に対し、自動車を使用した目的や維持費の負担の事情等について十分に意見を述べる機会を与えなかった。

したがって、本件処分は、適正な告知聴聞手続を欠くものとして憲法三一条及び法六二条四項に違反するものであり、右違法が本件処分に影響を与えこれを誤らせたというべきである。

(被告の主張)

本件処分に当たっては、まず、井形が、平成五年一〇月一日、自動車使用について弁明の機会を与える旨を説明した上で、同月六日を期日とする聴聞通知書を交付しており、右一〇月六日も、被告事務所の保護課長、課長補佐、担当主査及び井形が同席の上、原告の弁明を聴取している。そして、右聴聞期日においては、原告が、一〇月一日は娘を病院に連れていくために自動車を使用したこと及び保護廃止は二、三か月待ってほしい旨を述べたが、それ以上の弁明はなかった。

したがって、本件処分は原告に告知聴聞の機会を与えた上でなされたものであり、適正手続違反の点はない。

5  本件処分の相当性

(原告の主張)

(一) 仮に原告に本件指示違反の事実が認められるとしても、この場合の不利益処分としては、原則として保護費を期間限定的に一部減額するに止め、それ以上に強い制裁が必要な場合でも期間限定的に保護を停止し、その間に更なる指導を行うべきであるところ、これらの手続をとることなく保護を廃止した本件処分は、非違行為との均衡から考えて著しく相当性を欠く。

(二) また、被保護世帯の一員の非違行為を理由に保護を廃止する場合は、当該非違行為者を世帯分離して処分を課し、その他の世帯構成員の保護は継続すべきであるところ、本件処分は、原告の指示違反を理由として原告世帯の構成員全員に対する保護を廃止したもので違法である。

(三) 本件処分により、原告世帯は、原告のパートによる収入のみで生活することを余儀なくされ、光熱費や家賃の支払も滞ってその生活は困窮を極めたものであり、右処分は過酷であって違法である。

(被告の主張)

(一) 原告の本件指示違反の態様は、自動車を所有し又は継続的に使用可能な状態で長期間にわたり保有していたもので、本件保護に先立つ前記経過からうかがわれる原告の自動車保有への固執及び保護受給中における自動車使用の禁止を遵守する規範意識の欠如をも考え併せると、違反の程度は重大であるから、保護を廃止した本件処分は相当である。

(二) また、法一〇条は、保護について世帯を単位としてその要否及び程度を定めることとしており、本件について例外的に個人を世帯分離して取り扱うべき事情は認められない。

第三  当裁判所の判断

一  争点一(本件指示が法二七条に基づく指示といえるか否か)について

1(一)  法二七条は、保護の実施機関が、被保護者に対して生活の維持、向上その他保護の目的達成に必要な指導又は指示をすることができる旨を定めるが(以下、単に「二七条指示」という。)、これは、単に機械的に保護費等を支給するだけでなく、漏救、濫救等の発見、防止及び是正を行い、また保護費等が真に法の目的とする最低生活の維持のために十分に利用、消費され、ひいては被保護者の自立が助長されるよう、実施機関が被保護者に対して働き掛けることを定めた規定である。

そして、法六二条一項は、被保護者が右二七条指示に従わなければならない旨を、同条三項は、被保護者が右遵守義務に違反した場合に保護の変更、停止又は廃止をすることができる旨をそれぞれ定めているが、その運用について、法施行規則一八条は、被保護者が書面による二七条指示に従わなかった場合でなければ、実施機関は法六二条三項の権限を行使してはならない旨を定め、局長通達は、二七条指示は原則として口頭により行うものとし、口頭による指示で目的を達せられなかった場合や目的を達せられないと認められる場合等口頭によりがたいときに文書による指導指示を行うものと定めている(甲一)。

これらの運用は、法六二条三項による保護の停廃止等が被保護者の生活に関わる重大な不利益処分であることにかんがみ、指導指示の遵守義務違反があった場合においても直ちに右処分を選択するのではなく、再度右義務を遵守させる機会を与えるとともに、当該指導指示の内容を明確にするべく書面をもって被保護者に知らしめ、それでも違反した場合に初めて処分を行うことができるとするのが妥当であるとの趣旨で定められたものと解される。

したがって、二七条指示は、保護支給開始後、実施機関が保護費の利用状況や就労状況等を継続的に把握した上で必要があると認めた場合に、まずは口頭により行い、続いて書面により行うという経過をたどるのが通常と考えられる。

(二)  これに対して本件の場合、被告は、平成元年一一月一〇日、原告に対し、自動車の所有、借用及び仕事以外での運転を一切禁止する旨並びに右指示に従わない場合には保護の変更、停止又は廃止をする旨を記載した同日付けの指示書を交付しており(乙一、証人田中)、被告が原告世帯に対する本件保護の開始を決定したのは、同年九月九日の保護申請後、原告について自動車の所有等に関する調査を終えた同年一〇月三〇日以降のことであるから(証人田中)、本件指示は、保護開始決定とほぼ同時ないし開始決定直後になされたものということができる。

この点につき、被告は、旧世帯に対して保護が実施されていた際に剛ないしは原告が自動車を保有していたことがあり、そのことに対して繰り返し指導がなされていたことから、原告の自動車保有に固執する態度やこの問題に関する規範意識の欠如がうかがわれたため、特に保護の開始時に最初から文書で指示をしたものである旨主張する。

2  そこで検討するに、本件保護開始前(本件指示前)の旧世帯における自動車の所有等に関する事情及びこれに対する指導等の経過として、当事者間に争いのない事実及び証拠により認められる事実は以下のとおりである。

(一) 第一次保護(昭和五三年七月二一日から昭和五九年四月一日まで)については、古賀が右保護開始から昭和五七年三月まで旧世帯のケースワークを担当したが、同人は、昭和五六年の終わりころ、被告事務所に対して剛が自動車を使用している旨の通報があったことから、旧世帯の住居を訪れ、原告らの面前で右の点について確認し、所有している自動車なら売却し、借用している自動車なら返却するよう口頭で指導した。このとき、原告らは借用している自動車である旨述べ、古賀がその二、三か月後に再度原告ら方を訪れて確認した際は、原告が、右自動車は友人に返却し今は乗っていないと答えたため、古賀は、右自動車の存在や返却の事実等について実際に確認することはせず、原告に対し保護受給中は自動車の所有及び借用が認められないことを念押しするにとどめ、その後も自動車に関する具体的な指導は特に行わなかった。

なお、右第一次保護期間中の昭和五六年八月七日に、バネットが「コウノツヨシ」の所有名義で登録されているが、古賀は、旧世帯の担当期間中、右バネットの存在及び登録名義については把握していなかった。

(乙七、一六、証人古賀、原告本人)

(二) 第二次保護(昭和六一年一〇月六日から昭和六二年九月一日まで)については、城戸孝一(以下「城戸」という。)がその期間中旧世帯のケースワークを担当したが、同人は、プレーリーが右保護期間中の昭和六二年三月三一日に「日産プリンス福岡販売株式会社」を所有者、「コウノタケシ」を使用者として登録されていることを把握したため、これを原告らに対して指摘した。これに対し、原告は、同年八月七日ころ、福岡県生活と健康を守る会大牟田支部事務局長の江川憲徳及び定雄を伴って被告事務所を訪れ、プレーリーを実際に所有し使用しているのは定雄であって剛は名義を貸しただけである旨釈明した。しかし、被告は、旧世帯において右自動車を購入したものであると判断し、自動車購入を理由に第二次保護を廃止した。

なお、第二次保護期間中、城戸は、旧世帯における自動車の所有等に関するその他の事情として、原告が自動車で剛を送り迎えしていること、バネットが、第一次保護廃止後に「コウノツヨシ」の所有名義で登録(再登録)され、第二次保護期間中である昭和六二年五月二〇日まで右の所有名義となっていたことも把握していたが、城戸ないし被告事務所は、第二次保護期間中及び保護廃止に際しても、旧世帯に対してこれらの点を指摘していなかった。

(甲一三、一五、乙八ないし一〇、一六、二一、証人田中、同井上、同江川、原告本人)

(三) その後、原告らは、昭和六二年一〇月一四日付けでプレーリーの使用者名義を「コウノタケシ」から「オツヤマヨシオ」に変更した上で、同年一二月八日、第三次保護の申請をし、使用者名義が右のとおり変更されたプレーリーの登録事項等証明書の写しも併せて提出した。しかし、被告事務所から、使用者名義を変えただけで実際はまだ剛がプレーリーを所有しているのではないかと疑われたため、原告らは、保護受給をあきらめ、昭和六三年一月一四日、原告は、剛名義で代筆した辞退届を被告事務所に提出し、右申請を取り下げた。(甲一三、乙一一、一二、二一、四〇、証人井上、原告本人)

(四) 原告は、平成元年七月二四日に剛と離婚した後、同年九月九日に原告世帯について本件保護の申請をし、田中が右申請時からケースワーカーとして原告世帯を担当した。田中は、原告の保護受給歴に関する記録を参照して、第二次保護期間中に旧世帯に関する自動車の保有が問題となったが、これについて原告らは名義を貸しているだけで自分たちの自動車ではない旨述べていたこと、旧世帯で問題となった自動車が複数台あったことを把握し、城戸からも同様の話を聞いた。そこで、田中は、原告に対し、保護受給中は原則として自動車を使用できないことを説明し、第二次保護期間中の自動車がその後どうなったかを質したところ、原告は、定雄に売却を依頼し本件保護申請の約一週間前に同人から坂鈑金に売却された旨述べた。

田中は、坂鈑金に赴いて、定雄から坂鈑金に宛てたプレーリーの売却代金二七万円の領収証(同月三日付)の写しの交付を受け、さらに、坂鈑金から同車の転売先が柳川在住の新開方である旨を聞いて現地調査をした結果、同所に右プレーリーが駐車してあるのを確認した。また、田中が右二七万円の使途を明らかにするよう原告に求めたのに対し、原告は、同年一〇月三〇日、NCみいけから剛宛の六万二一五五円の領収証(同年九月四日付)、木村鉄男から原告宛の八万円の領収証(同月五日付)及び大牟田さつま会館代表者脇本偵二から原告宛の一〇万円の領収証(同月八日付)を提出し、それぞれについて、生活費に充てるために借り入れていた金額の一部返済、自動車のローンの支払に充てるために借り入れていた金額の一部返済及び家賃滞納分の一部支払である旨説明し、自動車のローンの支払については、日立クレジットから剛宛の計六万一〇〇〇円分の領収証二通(同年六月八日付及び同年七月三一日付)も併せて提出した。

田中は、以上の調査によってプレーリーに関する売却の事実及び代金の使途が明らかになり、この間、原告から右自動車の所有を否定する前記(二)のような主張が一度もなされなかったことから、プレーリーは、第二次保護期間中に旧世帯が購入し、本件申請の直前まで旧世帯ないし原告が継続して所有、使用していたものと判断し、その他保護受給歴にあらわれた自動車の所有等に関する事情を併せ考慮した結果、保護開始から間がないうちに書面による二七条指示が必要であると判断した。

その後、内部の決裁を経て、前記のとおり本件保護の開始決定とほぼ同時に本件指示がなされた。

(乙一、一七ないし二〇、二二の2・3、証人田中、原告本人)

3(一)  原告は、剛がバネットやプレーリーを所有していた事実はなく、被告が主張する本件保護受給前の経過は本件指示の根拠たり得ないと主張している。

たしかに、剛が実際に前記各当時において自動車を所有していたか否かについては、バネットの所有名義が「コウノツヨシ」とされ、プレーリーに関する契約書の記載も「コウノツヨシ」と振り仮名が送られていて(乙二二の1)、剛(タケシ)本人の関与しないところで登録ないし契約締結がなされた疑いもあること、昭和五六年のバネットの登録及び昭和六二年のプレーリーの登録はいずれも新規登録であり、剛ないし旧世帯に右の各当時これを購入する余裕があったかどうか疑わしいこと(乙一六、二一、原告本人)、定雄は、昭和五六年ころは自動車修理板金業を営む一方でこれに関連して自動車を販売することもあり、その後昭和五九年ころには借金を抱えて倒産しているもので(甲一三、原告本人)、同人に剛の名義を借用する理由がないとはいえないこと、さらに、本件保護の申請に際して提出された領収証の名義人のうち木村鉄男は定雄の同業者であって(原告本人)、原告が借入れをするような間柄であったかどうか疑わしいことなどの事情に照らすと、バネット及びプレーリーの登録名義が実際の所有関係を反映していたかについては疑問の余地がないわけではない。

(二)  しかしながら、他方、原告らは、自動車購入を理由に第二次保護が廃止された際に審査請求等異議申立の措置を執っていないこと、プレーリーの使用者名義を変更の上でした第三次保護の申請も被告から依然として同車を所有しているのではないかとの疑念を抱かれたことにより自ら取り下げていること、原告は、本件保護の申請の際に田中からの指示に従いプレーリーの処分に関する資料を多数提出していること、そのうちの一部については原告らの借金等についての支払の領収証であることを原告自身認めていることが認められ、これらの態度からすると、やはり原告らが自動車を所有していたものと推認する方向に傾くのは避けられない。

(三)  これらの事情を総合すると、少なくとも、剛は、第一次保護の当時から自動車の所有等が認められないことについて指導を受け、この点について十分認識していたにもかかわらず、複数台の自動車についてこれを所有していたか、少なくとも自己名義での自動車の登録を許諾して自己が自動車を所有しているのではないかと疑われかねないような外観を作出したものということができ、また、原告についても、剛と同様、第一次保護の当時から自動車の所有等に関する指導を同人とともに受け、自動車の所有等が認められないことについては十分認識していたにもかかわらず、剛の自動車所有又は剛名義での自動車の登録を容認し(少なくともプレーリーについては、原告自身、剛を使用者とする登録について定雄から依頼を受けこれを承諾した旨を自認している。)、しかも、第二次保護の廃止に先立って被告事務所に自ら釈明に出向いたり、第三次保護の申請から同取下げまでの経緯にも関与しているのであって、自動車の所有等に関する原告自身の規範意識の稀薄さは否定できない。

そして、担当ケースワーカーである田中は、原告の保護受給歴に関する過去の記録を調査し、当時の担当ケースワーカーから事情を聴取したほか、原告自身とのやりとりの中で、原告が右記録等に反する主張を一切せず、かえってこれを前提にその後の自動車の売却処分に関する発言や売却代金の使途に関する関係書類の提出をし、売却先及び転売先に対する調査でも、原告の右言動が裏付けられる結果となったことから、第二次保護期間中における自動車所有の事実及び原告が右自動車を本件保護の申請直前まで所有していた事実があったものと判断したものであり、福祉事務所やケースワーカーの調査権限・能力も考え併せると、右調査及びこれに基づく判断に特に問題とすべき点は見出し難い。

(四)  以上によれば、被告が、旧世帯に対する従前の保護の経緯や今回の申請の直前まで原告らが自動車を所有していたと考えられたことから、離婚後の原告世帯においても、保護開始の時点において、自動車の所有等を禁止する旨の二七条指示が必要であると判断したことには一応合理性が認められ、また、右の判断材料及び経過からすると、指示の方法として、もはや口頭にはよりがたく文書による指示が必要と判断したことについても裁量権の逸脱があったものということはできない。

4  したがって、本件指示は法二七条に基づく指示であり、本件処分の前提たり得るものと認められる。

二  争点2(本件指示の内容の違法)について

1  法四条一項の「資産の活用」の意義

(一) 法四条一項は、保護は、生活に困窮する者が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活のために活用することを要件として行われる旨定めており、また、法八条によれば、右の最低限度の生活の基準は、厚生大臣が、要保護者の年齢別、性別、世帯構成別、所在地域別その他必要な事情を考慮して定めることとされ、保護は、右の基準で測定した要保護者の需要を満たすことができない不足分を補う程度において行うこととされている。

(二) ところで、右法四条一項は、資本主義社会における自己責任の原則との関係で生活保護制度が補足的意義を担うことを明らかにし、自らの力で最低生活を維持することができない場合に初めて保護が行われるべきであるという生活保護実施のための基本的な要件を定めたもので、「補足性の原理」と呼ばれる。

そして、この点に関連し、次官通達は、「第3 資産の活用」として、「最低生活の内容としてその所有又は利用を容認するに適しない資産は、次の場合を除き、原則として処分のうえ、最低限度の生活の維持のために活用させること。なお、資産の活用は売却を原則とするが、これにより難いときは当該資産の貸与によって収益をあげる等活用の方法を考慮すること。」とし、右の例外的な場合として、「1 その資産が現実に最低限度の生活維持のために活用されており、かつ、処分するよりも保有している方が生活維持及び自立の助長に実効があがっているもの、2現在活用されてはいないが、近い将来において活用されることがほぼ確実であって、かつ、処分するよりも保有している方が生活維持に実効があがると認められるもの、3 処分することができないか、又は著しく困難なもの、4 売却代金よりも売却に要する経費が高いもの、5 社会通念上処分させることを適当としないもの」という五つの事由を列記している(乙二九)。

これによれば、要保護者としては、その利用し得る資産について、当該資産を保有することが最低限度の生活の基準の範囲内にあるか否かを勘案し、右範囲内にあればこれを手元に置いたまま使用するという方法で活用することができるが、そうでない場合には、原則としてこれを処分してその収益を生活費用に充てるなどの方法で活用することを迫られることになり、また、ここにいう「資産」としては、売却ないしは貸与による処分が可能であるものが念頭に置かれていることが明らかである。

(三) したがって、法四条にいう「資産」としては、要保護者において売却等の処分権限を有するものを指称するとの有権的な解釈がなされてきたことになるが、当裁判所においても右解釈を変更する必要を認めない。

そうすると、右「資産」とは、要保護者が所有権ないしこれに準ずる権利を有するもの、具体的には所有物のほか例えば借地権(賃借権又は地上権)付建物における借地権などを指すものと解され、他人からの借用物のように要保護者に処分権限がないものは、同条にいう「資産」には含まれないものというべきである。

(四) しかしながら、要保護者が借用物を利用して生活している場合において、右借用物の使用による利益を全く考慮せずに、他の要保護者と同等の保護を受給できるというのでは、他の被保護者や保護を受けていない低所得者層との関係で均衡を失することになるのみならず、借用物であればいかなるものでも被保護者はこれを利用できると解することは、そもそも最低限度の生活の需要を満たしつつこれを超えない範囲で保障しようとする法の趣旨(法一条、三条、八条参照)にも反することになる。

したがって、法四条による資産の活用というときに、当該資産が最低限度の生活の内容として適当かどうかという観点からその保有の可否が検討されるのと同様に、借用物についても、そもそもこれを利用することが最低限度の生活として容認できるかどうかという観点も含めて、その借用の可否が検討されることになるのは当然であり、次官通達が、前記のとおり「所有又は利用を容認するに適しない資産」としているのも、右のような見地から、最低限度の生活に相応しくないものは所有のみならず利用をも容認しないことを明らかにしたものということができる。もっとも、法四条にいう「資産」とは所有物その他を指し、借用物を含まないことは前記(三)のとおりであるから、厳密にいえば、次官通達の右部分には資産概念についての若干のずれが見られ、その置かれている位置の相当性についても疑問の余地がないではないが、右は、法四条の「資産の活用」の具体的内容を明らかにするに当たって、その前提となるべき当然の事理を確認的に明らかにしたものと解すべきである。また、次官通達における前記例外事由及び局長通達以下がその「第3 資産の活用」において詳細に基準を定めるに際し(後記2(一)のとおり)、資産の「保有」という表現を用いて、所有のみならず利用の基準にも言及しているかのような体裁をとっていること、さらに問答集の「問138」が、資産の「保有」が所有のみを指すかという点に関し、右次官通達を引用した上で、「所有権を有する場合だけでなく、所有権が他の者にあっても、その資産を現に占有し、利用することによって利益を享受する場合も含まれる」としていることなども、右に述べたと同様の趣旨において理解すべきものである。

2  自動車の所有及び借用の可否

(一) この点に関する通達等の取扱いは次のとおりである。

(1) 局長通達「第3 資産の活用」は、次官通達を受けて、「資産保有の限度及び資産活用の具体的取扱いは、次に掲げるところによること。ただし、保有の限度を超える資産であっても、次官通達第3の3から5までのいずれかに該当するものは、保有を認めて差し支えない。」と定め、その1ないし4において順次土地、家屋、事業用品及び生活用品を掲記してそれぞれについて具体的取扱いを定めている。そして、「4 生活用品」としては、(1)ないし(3)に家具什器及び衣類寝具、趣味装飾品、貴金属及び債券を定めるほか、「(4) その他の物品」として、「ア 処分価値の小さいものは、保有を認めること。イア以外の物品については、当該世帯の人員、構成等から判断して利用の必要があり、かつ、その保有を認めても当該地域の一般世帯との均衡を失することにならないと認められるものは、保有を認めること。」と定めている(乙二九)。

(2) また、課長通達「第3 資産の活用」では、次官通達及び局長通達を受けて、個々の事例についての運用基準を定め、その「問9」及び「問12」が自動車について規定している(乙二九)。

まず、「問9」では、身体障害者又は山間へき地等地理的条件、気象的条件が悪い地域に居住する者が通勤用に自動車を保有することについて、自動車による以外に通勤する方法が全くないか、又は通勤することが極めて困難であり、かつ、その保有が社会的に適当と認められるときは、次官通達第3の5にいう「社会通念上処分させることを適当としないもの」として通勤用自動車の保有を認めてよいとしている。

次に、「問12」では、身体障害(児)者が通勤用の場合のほかに自動車を保有することについて、身体障害(児)者が通院、通所及び通学(以下「通院等」という。)のために自動車を必要とする場合であって、①右通院等のために定期的に自動車が利用されることが明らかな場合であること、②当該者の身体状況等から、利用し得る公共交通機関が全くないか又は公共交通機関を利用することが著しく困難であり、自動車による以外に通院等を行うことが極めて困難であることが明らかに認められること、③自動車の処分価値が小さく、又は構造上身体障害者用に改造してあるものであって、通院等に必要最小限のもの(排気量がおおむね二〇〇〇CC以下)であること、④自動車の維持に要する費用が他からの援助(維持費に充てることを特定したものに限る。)他施策の活用等により、確実にまかなわれる見通しがあること、⑤身体障害者自身が運転する場合又はもっぱら身体障害(児)者の通院等のために生計同一者が運転する場合であること、のいずれにも該当し、かつ、その保有が社会的に適当と認められるときは、次官通達第3の5にいう「社会通念上処分させることを適当としないもの」としてその保有を認めて差し支えないとしている。なお、右のいずれかの要件に該当しない場合であっても、その保有を認めることが真に必要であるとする特段の事情があるときは、その保有の容認につき事前に課長に協議するものとされている。

(3) さらに、問答集は、課長通達以外の具体的取扱いについて規定しており、その「問134」は、課長通達第3の9及び12以外に保護受給者が自動車を保有することが認められる場合について問われたのに対して、「生活用品としての自動車は、単に日常生活の便利に用いられるのみであるならば、地域の普及率の如何にかかわらず、自動車の保有を認める段階には至っていない。事業用品としての自動車は当該事業が事業の種別、地理的条件等から判断して当該地域の低所得世帯との均衡を失することにならないと認められる場合には、保有を認めて差し支えない。なお、生活用品としての自動車については原則的に保有は認められないが、なかには、保有を容認しなければならない事情がある場合もあると思われる。かかる場合は、実施機関は、県本庁及び厚生省とも十分協議の上判断していく必要がある。」としている(乙二五)。

(4) 以上のとおり、生活用品としての自動車の所有及び借用は、課長通達の問9及び問12のような例外的な場合を除いて、原則的に認められないものとされている。

(二)  自動車は、近時急速に普及率が高まっているけれども、その本体価格自体高額な物品であり、維持費(燃料費、車検等の点検整備費、駐車場代、自賠責の保険料)や任意保険の保険料等の負担も相当額にのぼるため、本件指示時及び本件処分時においてもなお、一般的には最低限度の生活には相応しくない高価な生活用品であるという観念が依然として根強く残っていたもの(原告について、被保護者が自動車を運転しているとの通報が一度ならずあったのもそのような国民感情の表われである。)といわざるを得ない。そうすると、前記のような自動車の所有及び借用に関する通達等の取扱いは一応合理性を有するものということができる。ただ、自動車の著しい普及の拡大及びそれに伴いかなり低価格の中古車等も出回るようになっていることなどの社会情勢の変化にかんがみれば、問答集「問134」の「なお書」にいう「例外的に保有を容認すべき事情がある場合」については、基本的には課長通達の「問9」及び「問12」に準ずることとしつつも、①通勤のための公共交通機関を利用することが著しく不便である場合や身体障害者の通勤、通院、通学等自動車を利用する必要性が高いこと、②保有にかかる自動車の価格が低廉であること、③維持費等が他からの援助等により確実にまかなわれる見通しがあることなどの要件を満たし、かつ、その保有が社会的に適当と認められるときには、例外的に保有が認められるというように、その要件を一定程度緩和して解釈・運用する必要があるというべきである。

(三) 自動車の借用についても、それが相当期間にわたり継続するものであるときは、その外観上も所有と区別する理由はないから、その所有に関する議論がそのまま当てはまるものというべく、したがって前記(二)と同様の要件でその可否を検討するのが相当である。もっとも、借用の場合には、所有の場合に比し例外事由に該当する場合が多いであろうことが予想されるし、一時的な借用の場合には、これを禁止すべき度合いは小さくなると考えられる。

3  本件指示の内容の適法性

(一) まず、前記一2で認定した本件指示前の原告らの自動車所有又は借用が、前記2(二)の要件をみたすかどうかについて検討するに、第一次保護受給中、剛は土木関係の会社に運転手として勤務し、自宅から工事現場まで直接出向くような場合には会社のトラックを使用しており、他方、原告は、当時実家の鮮魚店を手伝っており、自宅と店との往復には実家の軽トラックを借りていたことが認められ(甲一三、乙三五、四四、原告本人)、右仕事以外に当時の旧世帯において自動車を必要とする事情があったものとは認められない。また、第二次保護受給中は、剛は今福組を退職して日雇いの作業員をするようになり、原告は、第一次保護受給中と同様、実家の鮮魚店を手伝い、往復には従前どおり実家の軽トラックを使用していたもので(甲一三、原告本人)、同様に、右仕事以外に当時の旧世帯において自動車を必要とする事情があったものとは認められない。さらに、第三次保護の申請時及び離婚後の本件保護申請時についても、同様に自動車を必要とする事情は認められない。

そうすると、本件指示前は、旧世帯及び原告について自動車の所有及び借用を容認すべき事情は何ら認められなかったことになる。

(二) このような経過からすると、被告が前記2(一)でみた自動車保有についての取扱いに関する通達等を踏まえて、原告に対し、自動車の所有等を禁止する指示を与えたことは相当というべきである。

もっとも、本件指示は、自動車の所有、借用及び仕事以外での運転を一切禁止するかの如き表現となっているところ、前記2で述べたとおり、生活用品としての自動車の所有等は原則として禁止されるものの、一定の要件を満たすときには許容される場合もあるのであり、まして仕事以外での自動車の運転を全面的に禁止されるいわれはないから、本件指示はその表現においていささか適切さを欠いているものといわざるを得ない。しかしながら、問題はその実際の運用であり、この点につき、本件指示がなされた当時の大牟田市社会福祉部保護課主査であり、本件処分時の同課課長であった証人井上が、指示書の記載が右のようなものであってもケースバイケースで対応する旨証言しているところからすると、本件指示の表現にやや不適切な部分があったからといって、直ちに本件指示が、その内容において違法性を有することにはならない。

三  争点3(本件指示違反の有無)について

1  本件保護受給中の原告の自動車の使用状況等について、当事者間に争いのない事実及び証拠(甲一三、一四の1・2、乙二、四、一四、一五、二四、三一、三六、三八、証人田中、同井形、原告本人)により認められる事実は、次のとおりである。

(一) 原告世帯は、平成元年九月九日から平成五年一一月一日まで保護を受給し、田中が右保護開始から平成三年三月までの間、井形が平成三年四月から保護廃止までの間、それぞれ原告世帯のケースワークを担当したが、田中の担当期間中、原告について本件指示違反が問題となったことはなかった。なお、本件保護の開始決定以降田中が担当していた当時は、原告は、市内柿園町にある三池縫製ないし市内橘にある大塚食品に勤務しており、いずれの勤務先へも自転車又はバスで通勤していた。

そして、井形が平成三年四月に田中から原告世帯のケースワークに関する引継ぎを受けた際も、自動車の使用等に関する引継事項は特になく、井形は、これまでの記録から、本件保護以前の前記自動車に関する問題や本件指示について把握した。

(二) 井形は、自動車の使用に関して注意を払う必要があると考え、原告宅を訪問した際には、自動車に乗っていないかを口頭で原告に確認するなどしていた。

その後、原告は、同年一〇月から平成四年一二月までの間、ミモレ・ダイコクという縫製会社に勤務していたが、ミモレ・ダイコクは交通の便の悪い場所にあり、原告の自宅から右会社までは、自動車によれば片道二〇分で行けるのに対し、公共交通機関を利用した場合には、バスを乗り継いで片道一時間三〇分を要するものであって(しかも、一旦逆方向のバスに乗ってから乗り換えたり、バス停から約1.5キロメートルを徒歩で行く必要がある。)、勤務開始時間に間に合うには午前六時に自宅を出なければならなかった。また、原告は、肺炎の既往歴から冬季は体調を崩しやすく、貧血や肋間神経痛の持病もあったため、バイクや自転車による通勤も支障があった。そのため、原告は、当初の三か月間は良夫の赤の軽自動車を借用し、その後は同僚の江崎スマ子の自動車に同乗させてもらって通勤し、用事のあるときは何度か良夫の右自動車を借用したほか、平成四年一一月から約一か月間はE名義のマークⅡを使用して通勤していた。

そのころ、井形は、原告がミモレ・ダイコクから赤の軽自動車で帰宅するのを現認したことがあり、右自動車が原告宅周辺に駐車してあるのも度々現認した。また、井形は、同年六月一日、済生会大牟田病院において原告が茶のワゴンで長男を病院に連れて行くのを現認し、同年一一月の初めころには、原告が自動車に乗っている旨の通報が被告事務所に届いていた。

(三) 井形は、これらの事実について原告に直接確認することはしなかったが、平成四年一二月二日、原告が被告事務所に保護費の受領に訪れた帰途、マークⅡを使用しているのを現認したため、被告事務所に原告を連れ戻し、このときはじめて井形が以前現認した茶のワゴンや赤の軽自動車についても併せて指摘した。原告は、マークⅡについては長女の友人の車をちょっと借りただけだと答え、また、右各自動車の使用についても特に否定することなく、今後自動車の所有、借用及び運転をしないことと違反した場合は保護を辞退する旨記載した誓約書を作成し、提出した。なお、井形は、原告が右マークⅡについて長女Aの友人の所有である旨述べ、これを早急に返還するとのことであったため、所有者や返還の有無について特に確認することはしなかった。

(四) 原告は、ミモレ・ダイコク退職後、九州三幸を経て、平成五年六月から同年九月まで鳳来軒というパン屋に勤務したが、鳳来軒は原告の自宅から直線距離約1.5キロメートルの場所にあり、バイクで通勤することが多かったものの一か月に約一〇日はA名義のラルゴを使用して通勤していた。井形は、同年六月ころ原告がラルゴを使用しているとの通報があったため、これを調査したところ、同車は同年三月二五日にAの所有名義になっていた。その後、井形は原告が被告事務所に保護費を受け取りに来た帰途、ラルゴを運転しているのを現認し、また、鳳来軒にラルゴが止まっているのも二、三回現認したが、特に指導は行わなかった。

(五) 平成五年九月三〇日、原告は、Aから体の具合が悪いから来てくれと頼まれ、翌一〇月一日、保護費を受け取ったその足で久留米のA方に向かおうと考え、赤の軽自動車で被告事務所へ寄った帰途、井形に運転を現認された。

2  右に認定したところによれば、原告は、平成三年一〇月から平成四年一〇月一日までの間、何台もの車を次々に借り替えながら、頻繁に自動車を運転していたものであって、全体的には相当程度継続的に自動車を借用使用していたものと認められる(ただし、A名義のラルゴについては、同人が原告の長女であり、運転免許を有していないことからすると、名義は同女のものであっても、実質的には原告の所有と同視すべきものだったのではないかとの疑問がないわけではない。)。

そこで、原告に自動車の使用を認めるべき高度の必要性があったかどうかについて検討する(なお、本件の場合、前記二2(二)で指摘したその他の要件については概ね問題がない。)。

(一) まず、ミモレ・ダイコクに勤務していた当時、原告は、運転が現認された赤の軽自動車等を使用して通勤していたことがあるが、前記認定のとおり、原告方からミモレ・ダイコクへは交通の便が悪く、公共交通機関を利用すると通勤にかなりの時間と負担を要するのに比して、自動車を利用した場合には格段に時間の節約ができること、原告が自動車を運転して通勤していたのは主として冬季であるところ、原告は右時季には肺炎の既往歴や神経痛のために自転車やバイクで通勤するのに支障があったことなどからすると、前記認定にかかる通勤のための自動車の借用は、これを容認すべき場合に該当するものと解する余地がある。もっとも、前記のとおり、原告は、ミモレ・ダイコク勤務期間中である平成四年一二月二日に、被告事務所を自動車で訪れているが、同事務所は、原告方からミモレ・ダイコクへの通勤経路とは逆の方向にあり(乙三八)、右の使用については許容範囲外であるというべきである。

なお、平成四年六月一日に井形に現認された茶のワゴンについては、長男を病院に連れていくための一時的な使用と認められ、その後右自動車に関する使用の事実は認められないから(証人井形)、これを本件指示違反と評価するのは適当でない。

(二) 次に、鳳来軒への通勤については、原告方から同店までは直線で約1.5キロメートルと比較的近い距離にあり、徒歩による通勤も可能であって、原告自身多くの場合バイクで通勤していたと述べている。また、原告は、自動車での通勤を現認された平成五年六月一八日ころについて、三女Dの通学先に授業参観に行くためであった旨述べるが、そのころ右就学先において授業参観は実施されていないことが認められ(乙四一)、また、同月ころ原告の自動車使用について匿名電話があったことや井形が同月ころ鳳来軒にラルゴが止まっているのを二、三回目撃していること、原告自身一か月に約一〇日は通勤に使用していたことを認めていることなどからすると、やむを得ない事情がある場合のみ自動車を使用していたものとは認められず、恒常的に通勤に使用していたものと推認される。したがって、鳳来軒への通勤については、自動車使用の必要性が高いとはいえず、単に日常生活の利便に用いられていたものであって、本件指示に違反する行為であると認められる。

(三) さらに、本件処分の直接の契機となった同年一〇月一日の自動車使用についても、A宅の近所には救急指定病院があり(乙五〇、五一)、原告が自動車で出向いて病院に連れていく必要性は乏しく、また、原告の右自動車使用は、Aから連絡を受けた翌日であり、しかも途中で被告事務所に寄っていることなどからすると、緊急性があるわけでもないのであって、自動車使用を容認すべき事情は認められず、右軽自動車の使用は、本件指示に違反する行為であると認められる。

3  以上によれば、原告の自動車使用については、前記ミモレ・ダイコクへの通勤時の使用を除いても、鳳来軒勤務時等本件指示に違反する利用が認められることは明らかである。

四  争点4(本件処分の手続上の違法)について

1  乙三号証及び証人井形、同井上の各証言によれば以下の事実が認められ、これに反する甲一三号証及び原告本人尋問中の供述は信用することができない。

(一) 原告は、平成五年一〇月一日、赤の軽自動車を運転して被告事務所を訪れた帰途、井形に自動車運転を現認され、被告事務所に呼び戻された。井形らは、原告に対し、過去の経過や指示書及び誓約書の話をし、自動車に乗っていた理由を尋ねたが、原告が特に答えないため、自動車使用について弁明の機会を設ける旨説明して、同月六日に被告事務所において弁明の機会を与える旨記載した聴聞通知書を交付した。

(二) 同月六日、被告事務所の井上利夫保護課長、課長補佐、担当主査及び井形が、原告に対し、過去の経過や平成元年に指示書が出ていること、平成四年一二月に誓約書が提出されていること及び通勤等に自動車を使用しているものと認められることを説明し、自動車に乗っていた理由を尋ねたところ、原告は、平成五年一〇月一日は娘を病院に連れていくために乗っていた、保護の廃止は長男が二、三か月後に学校を卒業するのでそれまで待ってほしい旨述べたが、それ以上の弁明はなかった。

その後、井上課長らは、協議の上、自動車の使用に正当な理由がないと判断し、同年一一月一日をもって保護を廃止することとして、その旨原告に伝えた。

(三) その後、被告事務所の内部の決裁を経て、被告は、同年一〇月一八日付けで本件処分を行った。

2  法六二条四項は、保護の実施機関が二七条指示違反を理由とする保護の停廃止等の処分をする場合には、被保護者に対して弁明の機会を与えなければならず、その場合あらかじめ当該処分をしようとする理由、弁明をすべき日時及び場所を通知しなければならないと定めているところ、右認定事実によれば、被告はこれらの手続を履践した上で本件処分を行ったものと認められ、原告主張のような手続上の違法は認められない。

五  争点5(本件処分の相当性)について

1  本件処分は、前記一及び二で検討したとおりの適法な二七条指示に基づき、前記三のとおりの指示違反行為があったとしてなされたものであるが、個々の争点に対する判断中で述べたとおり、いずれにおいても、違法ということはないにしても、原告が指摘するような問題点が全くなかったわけではなく、これらの点は本件処分の相当性を判断するに当たっては、十分考慮する必要がある。

2(一)  まず、前記一で検討したとおり、従前の保護の経緯や本件保護の申請に際しての原告の態度等から、原告世帯について、保護の開始決定とほぼ同時に、自動車の使用に関する指示を文書により行う必要があると判断して行った本件指示は、適法な二七条指示であると認められるものの、本件保護の申請は、原告が剛と離婚した後、原告を世帯主とする保護の申請であり、単に旧世帯から剛が離脱しただけであるというにとどまらず、剛の影響を排して質的に異なる別個の世帯が形成されたとみるべき側面があることは間違いないし、書面による二七条指示の違反は直ちに法六二条三項により不利益処分につながる可能性を有するものであることも考え併せると、原告に対する指導としては、まず口頭による指示を行うか、保護開始決定後しばらく経過を観察した上でなお必要性ありと認めたところで書面による二七条指示を行うことを考慮する余地が十分あったものであり、このような意味で、本件指示は、相当性の点で問題がなかったわけではない。

(二)  次に、前記二で検討したとおり、原告に対し、自動車の所有、借用及び仕事以外での運転を一切禁止した本件指示は、内容において違法性があるとまでは認められないものの、少なくともその表現において不適切であり、相当ではないものといわざるを得ない。特に本件に則していえば、いかなる事情があっても自動車の借用が認められないかの如き記載になっている点は問題であって、使用の必要性が高い場合等一定の要件を満たす場合には、借用による自動車の使用を認める必要があり、そのような場合にまでこれを認めないことは裁量権の逸脱又は濫用として、違法となることもあるものといわなければならない。そして、本件指示の表現はともかくとして、実際の運用が右の点を十分わきまえたものであれば結果的には問題はないのであるが、前記三1で認定した本件保護受給中の被告事務所の原告に対するケースワークの様子を見ると、自動車の所有及び借用を原則として禁止する趣旨の理解が必ずしも十分でなく、そのために原告の自動車使用の必要性に対する配慮を欠き、通達、問答集や本件指示の内容を形式的に適用して対応していた傾向がうかがわれるなど、決して問題がなかったとはいえない。

(三)  さらに、本件指示違反行為について検討するに、前記三2のとおり、被告が違反行為として認識していたもののうち、少なくともミモレ・ダイコクへの通勤については自動車の使用が許容される余地があるものと考えられ、そうだとすると、主要な違反行為は、平成五年六月からの鳳来軒勤務時以降の使用行為にとどまることになる。そして、この間、被告から原告に対する指導は、平成四年一二月二日になされたのみであり、その際原告は今後自動車の所有及び借用をしないことと違反した場合は保護を辞退する旨記載した誓約書を作成、提出しているけれども、その前提となる主要な違反行為が右許容される余地のあるミモレ・ダイコクへの通勤のための使用であったことからすると、これが適切な指導方法であったかどうか問題が残るし、その後本件処分時まで、何度も原告の自動車使用を現認等しながら何らの指導等を行っていないという点についても疑問を提起しないわけにはいかない。原告世帯に対する保護の必要性があることは疑問の余地がないのであるから、保護の実施機関としては、できる限り原告世帯に不利益処分が及ぶようなことのないように最後まで十分な指導を尽くすべきであるのに、むしろこれとは反対の姿勢とも映りかねないからである。

3 指示違反を理由に被保護者に不利益処分を課す場合には、被保護者の保護の必要性にも十分配慮する必要があり、特に保護の廃止処分は、被保護者の最低限度の生活の保障を奪う重大な処分であるから、違反行為に至る経緯や違反行為の内容等を総合的に考慮し、違反の程度が右処分に相当するような重大なものであることが必要であって、それに至らない程度の違反行為については、何らかの処分が必要な場合でも、保護の変更や停止などのより軽い処分を選択すべきである。

原告の場合、本件指示違反の行為が繰り返されており、しかも従前の経緯からしても、原告の規範意識の希薄さは否定できず、とりわけ、自動車購入を理由に第二次保護が廃止された経験まで有する割には、原告の自動車使用に対する姿勢は余りに安易ではないかとの感が強く、原告側の問題性も決して小さくはない。

しかしながら、原告世帯の要保護性は高い上、本件処分の前提となる本件指示の態様及びその内容等に前記のとおりの問題があること、直接の違反行為自体の内容が自動車の借用による使用であって、しかもそのうちの一部については許容される余地もあること、近時自動車の普及率が著しく高まり、以前に比べると比較的身近な生活用品になってきていることなどの事情も考え併せると、原告の違反行為は直ちに廃止処分を行うべき程悪質なものとまでいうことはできず、保護の実施機関としては、処分に至るまでになお自動車使用に関する適切な指導を試み、又はこの際何らかの処分が必要であるとしても、保護の変更や停止といったより軽い処分を行うなどして、原告の規範意識の涵養に努める必要があったと考えられる。

4 これらの事情を総合して判断すると、被告が原告に対し、平成五年一〇月の時点で、直ちに最も重大な保護廃止処分を行ったことは重きに失し、処分の相当性において、保護実施機関に与えられた裁量の範囲を逸脱したものというべきであって、本件処分は違法な処分といわざるを得ない。

六  結論

以上の次第であって、その余の点を判断するまでもなく、本件処分には取消原因が認められる。

よって、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官岡健太郎 裁判官茂木典子 裁判長裁判官西理は、転補のため署名押印することができない。裁判官岡健太郎)

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