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福岡地方裁判所 平成7年(わ)790号 判決 1995年12月25日

主文

一  被告人を懲役二年に処する。

一  未決勾留日数中七〇日を右刑に算入する。

一  訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(犯罪事実)

被告人は、福岡県飯塚市<番地略>学校法人K大学附属女子高等学校教諭であったが、平成七年七月一七日午後三時四五分ころ、同校本館四階二年一組教室前廊下において、同校生徒のJ(当時一六歳)が、校則違反のスカート丈を元に戻させようとした被告人の指示に直ちに従わないばかりでなく、「わかっちょる。」と口答えするなどしたため激怒し、Jに対し、力を込めてJの肩部付近を二回連続して突き、さらに左手でJの右側頭部付近を下から上に突き上げるなどの暴行を加えた。その結果、Jの頭部をコンクリート柱等に激突させ、Jに頭部打撲等の傷害を負わせ、同月一八日午後二時三七分、同市芳雄町三番八三号飯塚病院において、Jを右の傷害に基づく急性脳腫脹(脳浮腫)により死亡させた。

(証拠)<省略>

(法令の適用)<省略>

(量刑事情)

一  犯行に至る経緯

被告人は、放課後に教室内で簿記の再々試験を実施しているとき、試験を受ける必要のない被害者が教室内の自席にいたのに気づき、教卓の所から被害者に教室外へ出るように言った。これに対し、被害者が被告人の指示を無視して、自席を立とうとしなかったので、被告人は被害者の席のそばに近寄って再度教室外に出るように言ったところ、被害者は、黙って出入口に向かったものの、廊下には出ないで、出入口そばの鏡の前で髪をとく仕種をした。これを見て、被告人は、被害者が反発していると思い、腹立たしくなって被害者のそばに行き、注意をしようと思った。そのとき、被害者が、スカートのウエスト部分を折り曲げ、丈を短くして校則に違反しているのに気づいた。そのため、被告人はさらに腹立たしくなり、被害者に対し、「早く帰れ。」、「お前、スカート折り曲げちょろうが、下ろせ。」と言うなどしているうち、被害者は鏡の前から離れて出入口に向かって歩き始めた。ところが、被害者が廊下に出る直前ころに、被告人が被害者の背中を後ろから押したので、被害者は教室内に倒れて四つん這いになったが、すぐに立ち上がり、被告人に背中を押されながら廊下に出た後、背後からついて来た被告人と向き合う状態になった。そして、被告人が被害者に対し、スカート丈を校則に合わせるように再度注意したところ、被害者が「わかっちょる。」と言うなどしたため、被告人は口答えをされたと思い、かっとなって咄嗟に本件犯行に及んだ。

二  特に考慮した事情

1  被告人が被害者に本件暴行を加えたとき、被害者の一メートルほど背後には、鉄製の手摺がついた窓やコンクリート柱があり、被告人らのいた廊下は滑りやすい状態であった。そのような場所で被告人は、被害者のすぐ前に立ち、怒りのあまり我を忘れて、手加減を加えずにいきなり力を込めて被害者をコンクリート柱等の方向に突くなどしたため、被害者は不意を突かれて身構える暇もなくコンクリート柱等に激突して頭部を強打したのであって、本件行為の持つ危険性は大きい。そして、被害者は高校二年生であって注意の意味内容を理解する能力を備えており、法はもとより当時の校長からも体罰が禁止されていたのであるから、被告人としては、被害者に対し、スカート丈を定めた校則を守るべき理由などについて十分な説諭等による指導をすべきであった。しかるに、被告人は日頃から体罰禁止は建前に過ぎないと考え、安易に力に頼る指導をしていたこともあって、本件においても、右のような説諭等による指導を十分行なうことなく、被害者の態度に短絡的に激怒して本件犯行に及んだものである。本件の動機は、被害者の校則違反を是正しようとする等の教育的意図がなかったということはできないにしても、もっぱら被害者の態度に誘発された私的な怒りの感情に基づくものであるから、特に酌むべき事情は認められない。しかも、本件犯行によって、前途ある一六歳の若い命が、こともあろうに信頼すべきはずの教師によって奪われたのであって、本件犯行の結果は重大である。そのため、一人娘を失った両親ら遺族の悲しみは深く、被告人の厳罰を望んでいるのも無理からぬものがある。このような事情に加えて、教師と生徒との信頼の上に成り立つ学校教育の場で、生徒を保護すべき立場にある教師が憤激のあまり生徒に暴行を加えてその命を奪った点で、本件が教育界のみならず社会一般に与えた衝撃が大きいことにも鑑みると、被告人の刑事責任は重い。

2  他方、被告人は咄嗟に暴行を加えたものであって、被害者をコンクリート柱等に激突させようとする意図はなく、被告人としては、まさかこのような事態を招くものとは思っていなかったこと、被告人が激怒した経緯には、被告人の指導に対する被害者の態度にも全く原因がないとまではいえないこと、被告人は本件により懲戒解雇されて教職を去っているなど、すでに社会的制裁を受けていること、被告人は日頃から生徒の就職活動のために奔走し、就職を有利に運ぶために生徒の躾や簿記の習得について熱意をもって取り組んでおり、卓球部の活動においても面倒見のよい教師として被告人を慕う卒業生も多数いること、本件犯行当日も生徒のためを思って、学校の正規の課程ではない時間外の再々試験をしていたこと、被告人は被害者の遺族にお詫びの一部として三〇〇万円の支払を申し出たこと、被告人にはみるべき前科がないこと、被告人は被害者の冥福を祈り、本件を心から反省していることなど被告人にも酌むべき事情が認められる。

三  そこで、これらの被告人に有利、不利な一切の事情を総合考慮し、被告人に対しては、主文のとおりの刑に処するのが相当であると判断した。

(出席した検察官 中村芳生、私選弁護人 桑原昭煕)

(求刑 懲役三年)

(裁判長裁判官 陶山博生 裁判官 鈴木浩美 裁判官 金田洋一)

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