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福岡地方裁判所 平成7年(ワ)1312号 判決 1998年10月14日

甲事件原告兼乙、丙事件被告

藤野武重(以下「藤野」という。)

右訴訟代理人弁護士

小林洋二

小澤清實

梶原恒夫

甲事件被告

吉福グループ労働組合(以下「吉福グループ」という。)

右代表者執行委員長

森口国雄

甲事件被告兼乙事件原告

株式会社吉福運送(以下「吉福運送」という。)

右代表者代表取締役

吉福由美代

丙事件原告

森口国雄(以下「森口」という。)

吉福グループ、吉福運送、森口訴訟代理人弁護士

前原仁幸

主文

一  藤野が吉福運送に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二  吉福運送は、藤野に対し、次の1ないし3の各金員を支払え。

1  平成六年八月から同一四年六月まで毎月一〇日限り金三三万九八〇六円及び同一四年七月一〇日限り一〇万一九四一円並びにこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員

2  平成六年から同一〇年まで毎年七月三一日限り金三〇万二二七五円及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員

3  平成六年から同九年まで毎年一二月三一日限り金二二万九七四〇円及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員

三  藤野は、自ら又は第三者に指示・依頼して、別紙住所目録記載の各場所に向けて、吉福運送が従業員であるトラック運転手らをして日常業務運営上過積載輸送を前提に行う輸送体系と賃金体系(歩合給)となっており、経(ママ)常的に過積載を指示、実施させている運送会社である趣旨を街宣車で宣伝し、あるいは同趣旨が記載されたビラを配布するなどの方法で、吉福運送の業務上の信用を毀損する行為をしてはならない。

四  藤野は、森口に対し、金三〇万円及びこれに対する平成八年七月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

五  藤野の吉福運送に対するその余の請求及び吉福グループに対する請求を棄却する。

六  訴訟費用中、吉福グループ及び森口に生じたものは藤野の負担とし、その余はこれを四分し、その三を藤野の、その余を吉福運送のそれぞれの負担とする。

七  この判決は、第二ないし四項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  甲事件について

1  藤野が吉福グループに対し、組合員たる地位にあることを確認する。

2  主文第一項と同旨

3  吉福運送は、藤野に対し、次の(一)ないし(三)の各金員を支払え。

(一) 平成六年八月以降毎月一〇日限り金三三万九八〇六円及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員

(二) 平成六年以降毎年七月三一日限り金三〇万二二七五円及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員

(三) 平成六年以降毎年一二月三一日限り金二二万九七四〇円及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員

二  乙事件について

主文第三項と同旨

三  丙事件について

主文第四項と同旨

第二事案の概要

本件は、

1  藤野が<1>吉福運送に対し、会社の服務規律を乱したなどとして藤野を解雇したことが無効であると主張して雇用契約上の地位の確認及び未払賃金等の支払を求め、<2>吉福グループに対し、組合の名誉を汚したとして藤野を除名したことが無効であると主張して組合員たる地位の確認を求め(甲事件)、

2  吉福運送が藤野に対し、吉福運送が日常的に過積載させていた旨を内容とする街頭宣伝及びビラ配付(ママ)による信用毀損行為の差止めを求め(乙事件)、

3  森口が藤野に対し、吉福グループの委員長である森口を中傷、誹謗した内容の街頭宣伝及びビラ配付(ママ)による名誉毀損行為により損害を被ったとして、慰謝料の支払を求め(丙事件)

ている事案である。

一  争いのない事実

1 当事者

吉福運送は、運送業取扱業及び貨物運送業等を目的とする株式会社である。

吉福グループは、吉福運送のほか、有限会社吉福物流サービス、有限会社キチフク、有限会社熊本部品サービスの各会社の従業員で構成される労働組合である。

藤野は、昭和五五年二月から吉福運送に雇用されて車両運転の職務に従事していた者であり、平成元年五月一日に吉福グループに加入した。

森口は、吉福グループの委員長である。

2 藤野の除名

吉福グループは、平成六年五月二九日、次の各事実が「この組合の規約及び決議に反した時(組合規約四一条(一))」及び「この組合の名誉を汚した時(同条(三))」に該当するとして、藤野を除名した。

(一) 吉福運送の営業部次長である吉福京一(以下「京一」という。)に刑事処分を受けさせる目的で、京一が過積載の責任者である旨の虚偽の事実を申告した(以下「除名事由<1>」という。)。

(二) 吉福グループ組合員に対し部外組合加入を働きかけたり、労使不信の組合分裂を図る動きをした(以下「除名事由<2>」という。)。

(三) 新洋海運株式会社(以下「新洋海運」という。)の発注について延着し、後日新洋海運に対し苦情の電話をしたことを詰問した(以下「除名事由<3>」という。)。

(四) 吉福グループとの間で独断専行しないと約束したにもかかわらずこれを破り、吉福グループと協議しないまま吉福運送社長宛に労働条件改善要求の文書を出した(以下「除名事由<4>」という。)。

3 藤野の解雇

吉福運送は、平成六年六月三〇日、次の各事実が「服務規律を乱し、または会社の業務運営を妨げ、または会社に協力しないとき(就業規則一二条五項)」に該当するとして、藤野に対し解雇の意思表示をした。

(一) 吉福運送の営業部次長である京一に刑事処分を受けさせる目的で、京一が過積載の責任者である旨の虚偽の事実を申告した(以下「解雇事由<1>」という。)。

(二) 虚偽の風説を流布することにより従業員間に経営者不信を招かせ、かつ、部外組合への加入勧誘をして組合分裂を図った(以下「解雇事由<2>」という。)。

(三) 新洋海運の発注について延着し、後日新洋海運に対し吉福運送に苦情の電話をしたことを詰問した(以下「解雇事由<3>」という。)。

4  賃金

(一)  藤野は、吉福運送から、平成六年五月から七月まで次のとおり給与の支払を受けていた。

四月分 金三七万三〇六〇円

五月分 金三一万七三〇四円

六月分 金三二万九〇五六円

右三か月の平均給与額は、三三万九八〇六円である。

(二)  藤野は、吉福運送から、平成五年七月に金三〇万二二七五円の、一二月に二二万九七四〇円のそれぞれ賞与の支払を受けていた。

5  藤野らによるビラ配布行為等

藤野及び「吉福運送と組合の不当解雇撤回を求める藤野武重君の闘争を支援する会」(以下「支援する会」という。)は、平成七年八月以降、別紙住所目録<略>記載の場所において、別紙ビラ一覧目録<略>記載の内容が記載されたビラを配布し、又は街宣車により右ビラ記載内容と同趣旨の宣伝行為を行っている(以下「本件ビラ配布行為等」という。)。

二 争点

1 除名が有効か(甲事件)

除名事由<1>ないし<3>は除名決議の対象であったか、除名事由<3>、<4>は組合規約に違反するかが具体的な争点となる。

(吉福グループの主張)

吉福グループ組合員らは、除名決議がされた組合大会において、明確に除名事由<1>ないし<3>を討議したわけではないが、右各事由をほぼ全て知った上で討議しており、除名事由<1>ないし<3>も除名決議の対象であった。

また、除名事由<3>、<4>は組合規約に違反する。

(藤野の主張)

除名事由<1>ないし<3>は除名決議がされた組合大会において討議の対象とはなっておらず、これらを除名事由とすることはできない。

また、除名事由<3>、<4>は組合規約に違反しない。

2 解雇が有効か(甲事件)

(一) 解雇事由<1>について

(吉福運送の主張)

藤野は、吉福運送の営業部次長である京一に刑事処分を受けさせる目的で、同人が過積載の責任者である旨の虚偽の事実を申告した者であり、解雇事由に該当する。

(藤野の主張)

藤野は、京一に刑事処分を受けさせる目的を有していなかった。

また、京一は当時、本社営業所の最高責任者である本社営業所営業部次長の地位にあり、警察が過積載について京一が吉福運送の責任者であると考えて同人を取り調べたことは当然である。

(二) 解雇事由<2>について

(吉福運送の主張)

藤野は、不実であることを知りながら、吉福運送代表者吉福由美代(以下「由美代社長」という。)が二、三億円貯めて会社を売り逃げするとの噂を流して従業員間に経営者不信を抱かせ、かつ、吉福グループが役に立たないとして部外組合に加入を勧めて組合分裂を図ったものであって、解雇事由に該当する。

(藤野の主張)

由美代社長が会社を売り逃げするとの話は、もともと吉福運送の従業員間に広まっていた噂であり、藤野が経営者不信を生じさせるために不実の話を広めたものではない。

また、藤野が部外組合への加入の勧誘を行ったことはなく、仮に右行為が行われたとしても言論の自由として保護されるべき言動であって、解雇事由に該当するものではない。

(三) 解雇事由<3>について

(吉福運送の主張)

藤野が新洋海運の発注について延着し、後日新洋海運に対し苦情の電話をし、これによって、吉福運送は業務上の信用を毀損されたが、この事実は解雇事由に該当する。

(藤野の主張)

藤野の延着及び電話によって吉福運送が業務上の信用を毀損された事実はない。

3 本件ビラ配布行為等が吉福運送の業務上の信用を毀損するか(乙事件)

(吉福運送の主張)

本件ビラ配付(ママ)行為等は、吉福運送が著しい過積載常習業者である旨の虚偽の事実を流布しているものであって、業務上の信用を毀損するものである。

(藤野の主張)

吉福運送において過積載は常態化していたものであって、藤野は、吉福運送の過積載に対する無反省な態度及びそのような態度に基づいて過積載を警察に自己申告した藤野に対して解雇で臨むという不当性を訴えようとしたのである。また、過積載は、重大事故につながるおそれがあるなど極めて危険な行為であって公共性の高い事実である。したがって、表現行為の内容ないし態度の点から、事前差止の対象となるべき重大な違法性は存しないというべきである。

また、吉福運送は、表現行為によりいかなる具体的損害が発生しているかについて何ら立証していない。

4 本件ビラ配布行為等は、森口の人格、名誉を毀損するか(丙事件)

(森口の主張)

吉福グループ委員長である森口が、労使一体となって藤野を除名、解雇した旨を指摘した各ビラの記載内容は、全く事実無根の中傷誹謗で、森口の人格、名誉を傷つけるものである。

(藤野の主張)

各ビラの記載内容は、森口との関係では抽象的な内容にとどまっており、労働組合としての役割を果たさない吉福グループの批判を行っているにすぎず、具体的事実を示して森口の人格ないし名誉を毀損するものではない。

第三争点に対する当裁判所の判断

一  争点1(除名の有効性)について

1  証拠(<証拠・人証略>)によれば、次の各事実が認められる。

(一) 吉福グループ組合員の藤野に対する認識

平成五年一一月一四日以前、吉福グループ組合員間において、藤野が、<1>過積載を内部告発し、<2>組合員に部外組合加入を働きかけ、<3>吉福運送の役員が三億円を貯めしだい、吉福運送を第三者に売るとの噂を流し、<4>荷主に対し直接電話をし、<5>吉福運送(ママ)との話合いを経ないで、吉福運送に労働条件改善の要求を行ったのではないかとの疑問が生じ、藤野に対して不信感が生じていた。

(二) 平成五年一一月一四日臨時組合大会(以下「本件臨時大会」という。)

「組合規約違反の件について」の議題が取り上げられ、藤野が過積載を内部告発した件及び吉福運送の売り逃げの件について、組合員間で議論がされたが、藤野の除名については特に議論されなかった。

藤野は、本件臨時大会において、吉福グループに対し、次の各要求(以下「九項目要求」という。)について吉福運送との交渉を委ねた。

<1> 会社の一方的な給料や職場の変更はしない

<2> 明るい職場に

<3> 給料の計算がみんなにできるように

<4> 有給休暇の日当を三か月平均の一日分つけるように

<5> 一時金のマイナス査定をしない

<6> 荷待ち時間の時間カットをしない

<7> 会社は退職の強要をしない

<8> 職場差別をしない

<9> 会社都合で帰宅するときは、時間カットをしない

(三) 吉福グループの九項目要求に対する対応

吉福グループは、本件臨時大会後、九項目要求について吉福グループ執行委員会に諮り、要求項目<5>以外の要求項目についてはとりたてて吉福運送に要求する必要はないと判断し、右要求項目<5>を吉福運送に要求したのみで、その他の要求項目については吉福運送に要求せず、藤野から九項目要求がされている旨を報告するにとどめた。

なお、右事情について、吉福グループの書記長が藤野に伝えることになっていたが、実際には、藤野に吉福運送専務取締役道岡から個人的に説明すると伝えるにとどまった。

藤野は、平成六年一月八日と同年三月ころの二回にわたり、吉福グループ執行委員三役に対し九項目要求の取り組みについて回答を求めたが、吉福グループはいずれも返事をしなかった。

(四) 藤野の労働条件改善を求める文書提出

藤野は、同年五月九日、トレーラー乗務から二トン車乗務に配置換えされたことに伴い、吉福グループを介さず直接吉福運送代表取締役に対し、右配置換えの理由及び二トン車乗務の期間について説明を求め、右配置換えに伴う賃金差額が生じないよう要望した(以下「本件要望」という。)。

(五) 平成六年五月二七日定期組合大会の開催準備委員会(以下「本件準備委員会」という。)

本件要望の事実は間もなく吉福グループに明らかとなり、吉福グループは、本件準備委員会において、同月二九日に行われる定期組合大会における藤野の取扱いを討議したが、除名事由<1>については個人の名誉にかかわるとの理由で、同<2>については組合員が他の労働組合に加盟した確証がないとの理由で、いずれも定期大会の議題として取り上げない旨が取り決められ、同<3>及び<4>については、準備委員会満場一致で「組合の名誉を汚した」との理由で除名やむなしとの結論に達した。

(六) 同月二九日定期組合大会(以下「本件定期大会」という)

本件定期大会の定例の議事進行後、藤野が吉福グループとの約束を破り、組合を通さないで吉福運送に労働条件改善を求める文書を提出したこと(本件要望)が取り上げられ、右藤野の行為が組合規約に反するのではないかとの指摘がなされ、組合員らの議論の結果、藤野に組合員の資格があるか決議をとることとなった。

その結果、出席組合員四八人中四六名が組合員の資格なしとし、続いて四三名が除名が相当であるとし、藤野の除名が決議された。

2  除名事由<1>ないし<3>について

以上の各事実からすると、少なくとも本件準備委員会開催時点までに、除名事由<1>ないし<4>が吉福グループ組合員に認識され、議論されていたことが窺われるが、本件定期大会で除名事由として明示的に議論及び決議されたのは除名事由<4>のみである。

したがって、除名事由<1>ないし<3>が除名決議の理由であったと認めることはできない。

3  除名事由<4>について

(一) 右1で認定した事実によれば、九項目要求が労働条件一般に関するものであること、本件要望が二トン車乗務従業員全員の労働条件に関するものであることが認められ、藤野が九項目要求について吉福グループに吉福運送との交渉を委ねながら、吉福グループを介さないで本件要望を吉福運送に提出した行為は、吉福グループを無視する行為であり、同組合規約及び決議に反するものであって、除名事由に該当するというべきである。そして、前記認定した吉福グループと藤野との相互不信の状況に鑑みれば、藤野に対する除名はやむをえないものと認められる。

(二) なお藤野は、吉福グループが九項目要求について何ら取り組まなかったため、組合に諮らないで本件要望を吉福運送に申し入れたとしても除名事由にならないと主張する。

確かに、本件要望がなされた経緯に照らせば、吉福グループは、九項目要求を吉福運送に要求する必要がないと判断した時点で早急に右結論を藤野に説明するのが望ましかったとはいえるが、吉福グループの九項目要求についての取扱いが組合の判断として直ちに不当であるとはいえず、藤野の行為が当然に正当化されるということはできない。

二  争点2(解雇の相当性)について

1  解雇事由<1>について

(一) 証拠(<証拠・人証略>)によれば次の事実が認められる。

藤野は、平成五年七月二〇日、警察に対し過積載を自己申告し、吉福運送の組織等について取調べを受けたが、その際京一が営業部次長であるなどと供述した。

京一は、同年八月二三日午前九時半ころから午後五時ないし午後六時まで間(ママ)、警察による取調べを受けた。

京一は当時、吉福運送において営業部次長の地位にあり、車を荷主に割り当てる業務を担当していたが、北九州地域の日常的な配車の決定は、北九州営業所の配車係である吉田が荷主の注文を受けて行っていた。

(二) 右認定のとおり、藤野が過積載の取調べの際、少なくとも京一の名前と京一が営業部次長であることを供述したことは認められる。

しかしながら、藤野が過積載の自己申告の際、右以外に何を供述したかは証拠上明らかではない。また、京一は、配車係を統括する営業部次長の地位にあったのであるから、警察が京一の取調べを考えることは、藤野の供述の内容如何にかかわらず当然に起こりうることである。そうだとすると、藤野が過積載の自己申告をし、結果として京一が取調べを受けたとしても、藤野が京一に刑事処分を受けさせる目的で虚偽の事実の申告をしたと直ちに推認することはできない。

よって、解雇事由<1>は認めることができない。

2  解雇事由<2>について

(一) 証拠(<証拠・人証略>)によれば次の事実が認められる。

(1) 藤野は、平成五年九月上旬ころ、吉福運送の従業員である安井忠義に「うちの組合に言っても何にも動いてくれないし、また、会社が倒産して、社長が金を持って逃げるようになったら、最後の最後まで取立てをしてくれるので、保険の意味で、よその組合に入った方がよい」と話した。

(2) 藤野は、同年一〇月ころ、当時吉福運送の従業員間で噂になっておらず、かつ、噂を裏付ける根拠が特に存在しないことを認識しながら、吉福運送の従業員入江義隆及び同吉村照久に、それぞれ「会社が三億貯め込んだら会社を処分すると言っている」と話した。

なお、売逃げの話が既に従業員間で噂になっており、藤野が他の従業員に噂を広げたものではないとの主張に沿う証拠(藤野本人)があるが、右各証拠に照らして信用できない。

(二) 以上の事実が解雇事由に該当するかについて検討する。

(1) 部外組合への加入勧誘について

従業員がどの労働組合に加入するかは各従業員が決すべきことであり、吉福運送自体には何ら関与の余地はないことから、解雇事由となるものではない。

(2) 吉福運送経営者の売り逃げの話について

藤野が、当時吉福運送の従業員間で噂になっておらず、かつ、裏付ける根拠も特に存在しない右風説を従業員間に広めたことは認められるが、売り逃げの話自体が抽象的で具体性に乏しく、冗談話に類する内容であるから、直ちに解雇事由に該当するということはできない。

(3) 結論

よって、解雇事由<2>は理由がない。

3  解雇事由<3>について

(一) 証拠(<証拠・人証略>)によれば次の事実が認められる。

(1) 新洋海運発注先への延着

藤野は、平成五年一二月二一日、新洋海運が発注した貨物を山口県の「なめら」に運送したが、出勤時間が遅れたため到着予定時間に間に合わず、約二時間遅れて到着したところ、新洋海運から吉福運送に藤野の延着を非難する連絡がされた。

(2) 二トン車乗務への配置換えと新洋海運への電話

藤野は、平成六年五月九日、トレーラー乗務から二トン車乗務に配置換えになったため、同月一一日、新洋海運に直接電話をし、自分が延着したため同社と吉福運送の取引の継続が危ぶまれているかどうかを確認し、かつ、右延着によって配置換えがされた旨を伝えた。新洋海運は藤野の電話に不快感を抱き、その旨吉福運送に連絡した。

なお、運送業界において、荷主の意向は第一とされ、運送会社乗務員が会社を通じることなく荷主に対し直接詰問することは許されないとの認識があった。

(二) 右の各事実によれば、藤野が新洋海運に右の内容の電話をかけ、不快感を与えたことが認められる。

しかしながら、新洋海運への電話は一回のみであること、吉福運送と新洋海運との取引量が減少したというような吉福運送の業務上の信用を毀損した事実は証拠上窺われないことを考慮すると、藤野の右行為には解雇事由となるまでの重大性はないというべきである。

したがって、解雇事由<3>の事実は認められるものの、これのみをもって解雇がやむをえなかったとはいえない。

4  未払賃金及び未払賞与請求について

(一) 未払賃金請求について

証拠(<証拠・人証略>)によれば、吉福運送の就業規則第一四条においては、社員の定年を五五歳とし、退職日を五五歳の翌日と定めていること及び藤野の生年月日が昭和二二年六月九日であることが認められるから、藤野が定年となる平成一四年六月九日までの賃金請求に限って認容し、その余は棄却すべきである。

(二) 未払賞与請求について

口頭弁論終結日までに支払日が到来した未払賞与については、弁論の全趣旨により、平成五年度に藤野が支給を受けた額と同額の請求権が具体的に発生しているものと認める。口頭弁論終結日以降に支払日が到来するものは、賞与が本来労使の協定や使用者の決定により額が具体化しない限り請求権として認められないことに照らして、具体的には発生していないものというほかはない。よって、弁論終結日以前に支払日が到来しているものに限って認容し、その余は棄却すべきである。

三  争点3(差止請求)について

1  本件ビラ配布行為等の内容

本件ビラ配布行為等の内容は、吉福運送が従業員に対して過積載を奨励し、従業員がこれを拒めば解雇の制裁をもって臨む会社であることを指摘しており、不特定多委の第三者をして危険な運送業務を行う会社であるとの評価を生じさせるものであるから、吉福運送の営業上の信用を毀損するものであるというべきである。

2  事実の公共性

証拠(<証拠略>)によれば、過積載車は定量積載車に比べて制動距離が長くコーナリングで転倒するおそれがあるなど走行安定性に欠け、交通事故を引き起こしかねない危険性があることが認められ、したがって過積載が公共性のある事実であることが認められる。

3  事実の真実性

証拠(<証拠略>)によれば、吉福運送において過積載が行われていたことがあったことが認められる。

しかしながら、他方、証拠(<証拠・人証略>)によれば、吉福運送は、従前過積載が多かったために、二三トン車を増やし、過積載の要求が著しい荷主に過積載を止めるよう抗議し、従業員に対してはミーティングの際に過積載をさせられた場合は連絡するようにとの指導を行うなど過積載防止の措置を講じたこと、そのため、右荷主との取引は徐々に減少していき、特に藤野が過積載を申告した平成五年七月二〇日以降同年八、九月にはその傾向は著しく、一〇月に至っては取引が一切なくなったこと、トレーラー部門縮小に伴い乗務員数も減少させたことが認められる。

右事実を合わせ考慮すると、本件ビラ配付(ママ)行為等当時に、吉福運送の過積載が常態化していたとまで認めることはできない。

右認定に反する証拠(<証拠・人証略>)は、前記の証拠に照らして採用できない。

以上により事実の真実性は認められない。

4  結論

本件ビラ配布行為等が吉福運送の業務上の信用を毀損するものであり、3のとおり事実の真実性が証明されないうえ、現時点でも継続されている事情に照らすと、本件ビラ配布行為等の差止以外に吉福運送の業務上の信用を回復することはできないというべきである。

よって、吉福運送の業務妨害等差止請求は理由がある。

四  争点4(慰謝料請求)について

1  本件ビラ配布行為等は、森口個人が労働者を解雇したと批判するものであって、森口個人の人格ないし名誉を毀損したものと認められる。

藤野は、本件ビラ配布行為等は、森口個人を批判するのではなく、労使一体となって労働組合としての役割を果たさない吉福グループに対する批判を行っているものであると主張するが、右に認定したところに照らして採用できない。

2  森口が被った名誉毀損による損害についての慰謝料の額について判断するに、ビラの記載内容及び本件ビラ配付(ママ)行為等が別紙住所目録記載の場所で行われるなど広範囲にわたって行われていることを総合して考慮すると、金三〇万円が相当である。

第四結論

甲事件のうち、藤野の吉福運送に対する地位確認請求については理由があるからこれを認容し、未払賃金及び未払賞与請求については、主文の限度で理由があるから右の限度でこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、吉福グループに対する地位確認請求については理由がないからこれを棄却し、乙事件については吉福運送の業務妨害等差止請求には理由があるからこれを認容し、丙事件については森口の慰謝料請求には理由があるからこれを認容する。

(口頭弁論終結の日 平成一〇年八月二六日)

(裁判長裁判官 草野芳郎 裁判官 岡田健 裁判官 蛯名日奈子)

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