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福岡地方裁判所 平成8年(ワ)3667号 判決 1998年3月20日

呼称

第一事件原告、第二事件被告(以下「原告」という。)

氏名又は名称

麻生セメント株式会社

住所又は居所

福岡県飯塚市芳雄町七番一八号

代理人弁護士

松崎隆

代理人弁護士

斉藤芳朗

呼称

第一事件被告、第二事件原告(以下「被告」という。)

氏名又は名称

エックスライド株式会社

住所又は居所

佐賀県鳥栖市田代大官町八四五番地二

代理人弁護士

野中英朗

代理人弁護士

太田和夫

主文

一  被告は、原告に対し、金二億五〇〇〇万円及びこれに対する平成八年一一月一〇日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  原告は、被告に対し、三五万一〇六九円及びこれに対する平成八年一一月一九日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

四  被告のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は第一事件、第二事件を通じ、これを五〇分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

六  この判決は、第一項及び第三項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(第一事件)

1 被告は、原告に対し、金二億五〇〇〇万円及びこれに対する平成六年六月九日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 第一項につき仮執行宣言

(第二事件)

1 原告は、被告に対し、金二億一二二七万七六〇三円及びこれに対する平成八年一一月一九日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 第一項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(第一事件)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(第二事件)

1 被告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

第二  当事者の主張

(第一事件)

一  請求原因

1 当事者

(一) 原告はセメント製品の製造販売、飯塚病院の経営等を主たる目的としている会社である。

(二) 被告はエックス線フィルター、エックス線装置の製造販売等を主たる目的としている会社である。

2 事実経過

(一) 原告、被告及び訴外株式会社九州キャピタルは、平成六年一月一四日、基本合意書を取り交わし、以下の事項を含む契約(以下「本件基本契約」という。)を締結した。

(1) 原告、被告及び九州キャピタルは、共同出資して新会社を設立する(三条)。

(2) 新会社は、被告との間で別紙特許と実用新案一覧表のナンバー2、8、13ないし19記載の特許権等について専用実施権設定契約を締結し、被告が特許を有する医療用キーフィルター(以下「キーフィルター」という。)を独占的に製造販売する(二条、八条)。

(3) 原告は、新会社との間で販売総代理店契約を締結して、新会社が製造するキーフィルターを販売する(八条)。

(4) 原告は、新会社に二億五〇〇〇万円を預託し、新会社は被告にこれを預託する(一〇条)。

(二) 原告、被告及び九州キャピタルは、平成六年四月二八日、右基本合意書に基づき新会社エックスレイプラス株式会社(以下「訴外会社」という。)を設立した。

(三) 被告は、平成六年六月九日、訴外会社との間で特許実施契約(以下「本件実施契約」という。)を締結し、同日訴外会社は本件実施契約に基づいて被告に対し預託金二億五〇〇〇万円を交付した。

(四) 原告は、右同日、訴外会社との間で販売総代理店契約(以下「本件総代理店契約」という。)を締結し、右同日、原告は訴外会社に対し預託金二億五〇〇〇万円を交付した。

3 詐欺取消し(主位的請求原因)

(一) 原告の訴外会社に対する預託金返還請求権

(1) 被告は、原告との交渉過程において、キーフィルターは被告が保有する特許権の範囲内であると説明した。

(2) 原告は、被告の右説明を信用し、医療用キーフィルターが被告の特許権により保護されているとの前提で本件基本契約等を締結した。

(3) しかし、キーフィルターは、被告の保有する特許権によっては保護されていない。

(4) 被告は原告に対し故意に虚偽の説明をしたものである。

(5) そこで、原告は、被告に対し、平成八年八月六日、詐欺を理由に本件基本契約及びこれを実施するための一連の契約を取り消す旨の意思表示をした。

(6) これにより、原告と訴外会社の間の本件総代理店契約は遡って無効になった。

(7) よって、右契約に基づいて原告が訴外会社に対して預託していた二億五〇〇〇万円について、訴外会社はこれを原告に対して返還する義務が生じた。

(二) 訴外会社の被告に対する預託金返還請求権

(1) 原告の詐欺取消しにより、訴外会社、被告間の本件実施契約は遡って無効となった。

(2) よって、本件実施契約に基づき訴外会社が被告に対して預託していた預託金二億五〇〇〇万円について、被告はこれを訴外会社に対して返還する義務が生じた。

(三) 訴外会社は無資力である。

(四) よって、原告は民法四二三条に基づいて、原告が訴外会社に対して有する預託金二億五〇〇〇万円の不当利得返還請求権を保全するために、訴外会社が被告に対して有する預託金二億五〇〇〇万円の不当利得返還請求権を代位行使し、右二億五〇〇〇万円とこれに対する不当利得の日である平成六年六月九日から支払済みに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

4 被告の解除(予備的請求原因)

(一) 原告の訴外会社に対する預託金返還請求権

(1) 被告は、訴外会社に対し、平成八年一一月九日、本件実施契約を解除するとの意思表示をし、本件実施契約は解除された。

(2) これにより、原告と訴外会社との間の本件総代理店契約は存続の前提を失い、当然に解消した。

(3) よって、右契約に基づいて原告が訴外会社に対して預託していた二億五〇〇〇万円について、訴外会社はこれを原告に対して返還する義務が生じた。

(二) 訴外会社の被告に対する預託金返還請求権

被告の解除により、本件実施契約に基づき訴外会社が被告に対して預託していた預託金二億五〇〇〇万円について、被告はこれを訴外会社に対して返還する義務が生じた。

(三) 訴外会社は、無資力である。

(四) よって、原告は民法四二三条に基づいて、原告が訴外会社に対して有する契約終了に伴う預託金二億五〇〇〇万円の返還請求権を保全するために、訴外会社が被告に対して有する契約終了に伴う預託金二億五〇〇〇万円の返還請求権を代位行使し、右二億五〇〇〇万円とこれに対する本件実施契約解除の通知の到達日である平成八年一一月一〇日から支払済みに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実は認める。

3 同3(一)(1)(2)の事実は認める。

4 同3(一)(3)の事実は否認する。国内においては、別紙特許と実用新案一覧表のナンバー2の物体組成判別装置に係る特許権又はナンバー8のエックス線撮像方法に係る出願公開に基づく仮保護の権利、国外においては同表13ないし19のエックス線撮像方法に係る特許権又は出願中の権利によって保護されている。

5 同3(一)(4)の事実は否認する。

6 同3(一)(5)の事実は認める。

7 同3(一)(6)(7)は争う。

8 同3(二)(1)(2)は争う。

9 同3(三)は認める。

10 同3(四)は争う。

11 同4(一)(1)ないし(3)は認める。

12 同4(二)(三)は認める。

13 同4(四)は争う。

三  抗弁(相殺)

1 債務不履行に基づく損害賠償請求権(国外の販売に係る分)

(一) 被告と訴外会社は、平成六年六月九日の本件実施契約締結の際、訴外会社のキーフィルターの販売促進及び宣伝広告についての努力義務を定めた。

(二)(1) 訴外会社は、国外においてキーフィルターの販売を行わなかった。

(2) これは訴外会社が販売促進等の努力義務を怠ったもので、平成七年四月一日から平成八年一〇月三一日までの国外での本来の売上高は一九億四九四五万四七二〇円であり、実施料は四億二八六〇万三五二〇円であるから、被告は同額の損害賠償請求権を有する。

2 被告は平成一〇年三月四日の口頭弁論期日において、右1の請求権のうち二億五〇〇〇万円と本訴請求債権を対当額で相殺する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否

1 抗弁1(一)の事実は認めるが、努力義務条項の効力は争う。

2 同1(二)(1)の事実は不知

3 同1(二)(2)の事実は否認する。

(第二事件)

一  請求原因

1 当事者

第一  事件請求原因1に同じ。

2 被告の訴外会社に対する債権

(一)  未払実施料債権

(1)  被告と訴外会社は、平成六年六月九日の本件実施契約締結の際、実施料につき訴外会社が販売したキーフィルターの総販売価額に実施料率七〇・五分の一五・五を乗じて算出する額とし、支払時期を毎月月末を締切日とし、翌月末日に当該一箇月間に生じた一切の実施料を支払うとの定めをした。

(2)  訴外会社は、平成六年五月一二日から平成八年七月二五日までの間にキーフィルターを八五九六万一八四九円売り上げたので、実施料は一八八九万九四一四円となる。このうち、一一八五万三二九二円は弁済があったので、残額は七〇四万六一二二円である。

(3)  よって、被告は訴外会社に対し、七〇四万六一二二円の未払実施料債権を有する。

(二)  債務不履行に基づく損害賠償請求権

(1)  訴外会社の努力義務

被告と訴外会社は、平成六年六月九日本件実施契約締結の際、訴外会社のキーフィルターの販売促進及び宣伝広告についての努力義務を定めた。

(2)  国内の販売に係る分

▲1▼ 訴外会社は、国内で平成六年五月一二日から平成七年三月三一日までの間に八〇一五万八五〇〇円を売り上げたにもかかわらず、平成七年四月一日から平成八年三月三一日までの間は五七二万七二〇九円、平成八年四月一日以降は七万六一四〇円売り上げたにとどまった。

▲2▼ 平成六年五月一二日から平成七年三月三一日までの売上げを基準とすると、被告は平成七年四月一日から平成八年一〇月三一日までの本来の売上高は一億二六九一万七六二五円で実施料二七九〇万三八七五円を得るべきところ、訴外会社が販売促進及び宣伝広告についての努力を怠ったので、実際の同期間の売上高は五八〇万三三四九円で、実施料は一二七万五九一四円となり、その実施料の差額二六六二万七九六一円の損害を被った。

(3)  国外の販売に係る分

▲1▼ 訴外会社は、国外で医療用キーフィルターの販売を行わなかった。

▲2▼ これは訴外会社が販売促進等の努力義務を怠ったもので、平成七年四月一日から平成八年一〇月三一日までの国外での本来の売上高は一九億四九四五万四七二〇円であり、実施料は四億二八六〇万三五二〇円であるから、被告は同額の損害を被った。うち、二億五〇〇〇万円は第一事件で相殺に供したので、残額は一億七八六〇万三五二〇円である。

3 訴外会社の原告に対する債権

(一)  売掛金債権

訴外会社は、原告に対し平成六年六月九日から平成八年七月二五日までの間キーフィルターを販売し、八五九六万一八四九円の売上げをあげたのでその売掛金残金三〇九二万三六八九円の売掛金債権を有する。

(二)  債務不履行による損害賠償請求権

(1)  原告は、訴外会社との間で、平成六年六月九日本件総代理店契約締結の際、原告がキーフィルターの宣伝販売に関し努力義務を負う旨の定めをするとともに、訴外会社の原告に対する販売価格は原告の販売額の七〇・五パーセントと定めた。

(2)  国内の販売に係る分

▲1▼ 原告の平成六年五月一二日から平成七年三月三一日までの国内におけるキーフィルターの売上額は一億一三七〇万円で、訴外会社の原告に対する売上額は八〇一五万八五〇〇円であったが、平成七年四月一日から平成八年三月三一日までの原告の売上額は八一二万三七〇〇円、訴外会社の原告に対する売上額は五七二万七二〇九円で、平成八年四月一日以降は原告の売上額は一〇万八〇〇〇円、訴外会社の原告に対する売上額は七方六一四〇円である。

▲2▼ 原告の平成六年五月一二日から平成七年三月三一日までの売上額を基準とすると、平成七年四月一日から平成八年一〇月三一日までの本来の売上額は一億八〇〇二万五〇〇〇円で、訴外会社は原告に対し一億二六九一万七六二五円の売上げを得べきところ、原告が販売促進等の努力義務を怠ったため、現実には訴外会社の原告に対する売上額は五八〇万三三四九円であり、その差額一億二一一一万四二七六円の損害を被った。

(3)  国外の販売に係る分

▲1▼ 原告は、平成七年四月一日以降、国外において医療用キーフィルターを販売しなかった。

▲2▼ 平成七年四月一日から平成八年一〇月三一日までの原告の国外における本来の売上額が二七億六五一八万四〇〇〇円で、訴外会社の原告に対する売上額が一九億四九四五万四七二〇円となる筈であったところ、原告が販売促進等の努力義務を怠ったため、訴外会社は同額の損害を被った。

(三)  以上により、訴外会社は原告に対し、右合計二〇億七〇五六万八九九六円から預託金二億五〇〇〇万円を控除した一八億二〇五六万八九九六円の損害賠償請求権を有し、売掛金債権三〇九二万三六八九円との合計一八億五一四九万二六八五円の債権を有する。

4 訴外会社は無資力である。

5 よって、被告は原告に対し、民法四二三条に基づき、被告が訴外会社に対して有する未払実施料債権と債務不履行に基づく損害賠償請求権の合計二億一二二七万七六〇三円の債権を保全するために、(1)訴外会社が原告に対して有する売掛金債権三〇九二万三六八九円と、(2)債務不履行に基づく損害賠償請求権二〇億七〇五六万八九九六円から預託金返還債務二億五〇〇〇万円を控除した一八億二〇五六万八九九二円の内金一億八一三五万三九一四円、以上(1)と(2)の合計二億一二二七万七六〇三円の債権を代位行使するとともに、これに対する訴状送達の日の翌日である平成八年一一月一九日から支払済みに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二 請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2(一)(1)の事実は認める。

3  同2(一)(2)の事実は否認する。売上高は五五〇九万四八〇〇円、実施料は一二一一万三〇四一円であり、一一七六万一九七二円弁済したので、未払実施料額は三五万一〇六九円である。

4  同2(一)(3)は否認する。

5  同2(二)(1)の事実は認めるが、努力義務条項の効力は争う。

6  同2(二)(2)▲1▼の事実は否認する。平成六年五月一二日から平成七年三月三一日までの売上高は四三四万九六四〇円、平成八年四月一日以降は五万六六四〇円である。

7  同2(二)(2)▲2▼の事実は否認する。

8  同2(二)(3)▲1▼の事実は不知

9  同2(二)(3)▲2▼の事実は否認する。

10  同3(一)の事実は否認する。売上高は五五〇九万四八〇〇円であり、売掛金債権は一五二万六〇〇五円である。

11  同3(二)(1)の事実は認めるが、努力義務条項の効力は争う。

12  同3(二)(2)▲1▼の事実は否認する。平成六年六月九日から平成七年三月三一日までの売上額は七一八九万八六一〇円であり、平成七年四月一日から平成八年三月三一日までの売上額は六一六万九七〇二円、訴外会社の原告に対する売上額は四三四万九六四〇円で、平成八年四月一日以降は八万〇三四〇円、訴外会社の原告に対する売上額は五万六六四〇円である。

13  同3(二)(2)▲2▼の事実は否認する。

14  同3(二)(3)▲1▼の事実は不知

15  同3(二)(3)▲2▼の事実は否認する。

16  同3(三)は争う。

17  同4の事実は認める。

18  同5は争う。

理由

一  第一事件の主位的請求原因について

1  争いのない事実、証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一)  被告は、別紙特許と実用新案一覧表記載の発明又は考案について、同表記載のとおり、出願をしていた。被告は、エックス線撮像装置に装着するフィルターを開発してこれをキーフィルターと称し、これを用いれば医療用エックス線による被曝の低減を図ることができる旨、及び、キーフィルターは被告の特許権で保護されている旨を原告に説明した(説明の具体的内容の点は今はさておく。)。原告はこれを信じて、被告及び訴外九州キャピタルとの共同出資により、キーフィルターの製造販売を目的とする会社として、訴外会社を設立し、被告が訴外会社に特許権等の実施を許諾し、原告が訴外会社の総販売代理店となることを目的として、基本合意書(甲一)を取り交わし、本件基本契約を締結した(甲一、一二、一四、二四、二七、乙五〇)。

本件基本契約を受けて、被告は、別紙特許と実用新案一覧表のナンバー2、8、13ないし19の発明について、訴外会社に対して専用実施権を設定すること等を内容として本件実施契約を締結した(甲三、一五、一六)(なお、専用実施権は登録を効力要件とするため、特許権又は実用新案権として登録されていない発明又は考案については成立し得ないが、そのような発明又は考案についても専用実施権設定契約として実施契約が締結されることがあることは当裁判所に顕著であり、そのような場合は、特許権として登録されることを停止条件として専用実施権の設定を約するとともに、特許権として登録されない間は、出願中の権利について完全独占的通常実施権を設定する旨の契約として理解するのが、契約者の通常の意思に合致するというべきである。)。

(二)  これを受けて、訴外会社と原告の間で、エックス線フィルター技術に基づく医療用具について本件総代理店契約が締結された(甲八)。

2  原告は、キーフィルターは被告が実施を許諾した特許権等によって保護されていないのに、被告はこれらにより保護されているとの虚偽の説明をしたと主張するのに対し、被告は、国内においては、ナンバー2の物体組成判別装置に係る特許権又はナンバー8のエックス線撮像方法に係る出願公開に基づく仮保護の権利により保護されていたと主張するので検討する。

(一)  特許法は、発明の内容を公開した者に保護を与えるものとしており、本件各契約締結当時の特許法(平成六年法律第一一六号による改正前の昭和三四年法律第一二一号、以下「旧法」という。)上、その保護は、出願後の段階に応じて、(1)出願公開に基づく仮保護の権利の段階では補償金請求権(ただし、出願公告後でなければ行使できない、旧法六五条の三。なお、現行法六五条では、特許権設定登録後でないと行使できない。)、(2)出願公告に基づく仮保護の権利の段階では差止請求権と損害賠償請求権(旧法五二条。なお、現行法には出願公告の制度はない。)、(3)特許権として登録された後も差止請求権(旧法一〇〇条。なお、現行法も同じ。)と損害賠償請求権が認められていた。そして、これらの請求権は、物の発明においては、特許権の技術的範囲に属する物の製造、販売等を行う者に対して行使することができ、方法の発明においては、特許権の技術的範囲に属する方法を実施する者に対して行使することができる。そして、特許権の技術的範囲に属するか否かの判断においては、特許請求の範囲を構成要件毎に分説し、侵害を主張される者が製造、販売等する物(いわゆるイ号物件)又は実施する方法(いわゆるイ号方法)を特定した上、これを前記構成要件に対応するように分説して対比させ、イ号物件又はイ号方法が前記構成要件のすべてを充足するか否かを判断する方法で行う。これは、特許発明の実施とは特許発明の構成全体の実施をいい、その一部のみの実施をいうものではないとする権利一体の原則のあらわれである。前記構成要件のすべてを具備していない場合でも侵害したものとみなされる場合として、間接侵害の制度(旧法一〇一条。なお、現行法も同じ。)が認められている(以下、前記構成要件のすべてを具備している場合を、間接侵害と対比して直接侵害と呼ぶこととする。そして、直接侵害又は間接侵害の成立する場合でなければ、以上に述べた各請求権を行使することはできない。なお、構成要件の一部を形式的には充足しないが、実質的には充足する旨のいわゆる均等や不完全利用の主張が認められる場合は、ここでは直接侵害に当たるものと理解すればたりる。)。

以上に述べたことは、ここであらためて述べるまでもなく、特許侵害訴訟における常識というものである。

(二)  ところで、特許権又は出願中の権利(以下「特許権等」という。)についての実施権の設定は、不動産の所有者から地上権や賃借権の設定を受けることになぞらえられることが多いが、実施権の設定を受けた者は、地上権者や賃借人が不動産を占有しても所有者から所有権の侵害を主張されないのと同様、特許権等の直接侵害又は間接侵害に当たる行為を行っても、特許権等の権利を有する者(以下「特許権者等」という。)から、前記の各請求権を行使されることがない。だからこそ、特許権者等に対して、実施料を支払っても実施権の設定を受けるのである。自らの行おうとする行為が、特許権等の直接侵害にも間接侵害にも当たらないのであれば、通常は、実施権の設定を受ける必要も、実施料の支払をする必要もないのである。

してみると、ある製品を製造、販売するに当たって、その製造販売のためにある特許権の実施許諾が必要であるか否か、その製品がその特許権で保護されているか否かが協議される場合、これは、その製品の製造販売がその特許権の直接侵害又は間接侵害を構成するか否かが、まず問題とされるものなのである。したがって、本件基本契約や本件総代理店契約を締結するに当たって、キーフィルターが被告の保有する特許権等で保護されているか否かが協議された際も、それは、当然、キーフィルターの製造販売等が被告の保有する特許権等の直接侵害又は間接侵害を構成するかどうかが、まず問題とされるべきであったものであり、被告はこの点についての説明をする義務があったものと理解すべきである(松本法律特許事務所の調査書(甲一九)や遠藤弁理士の意見報告書B(甲二二)のうち六頁六行目から一四行目の部分はこれと異なる観点からの意見を述べるものであり、この点は(五)で後述する。)。

(三)  そこで、キーフィルターを製造販売することが、被告が実施許諾した特許権等の直接侵害又は間接侵害を構成するかを検討する。

(1) 本件実施契約で実施許諾された発明のうち、ナンバー2の発明である物体組成判別装置に係る発明については、本件各契約締結当時、既に特許権として登録されていたが、その特許請求の範囲の記載は別紙の特許公報のとおりである(乙一)。

(2) 同じくナンバー8の発明であるエックス線撮像方法に係る発明については、本件各契約締結当時、出願公開がされた仮保護の権利(旧法六五条の三)にすぎなかったが、その特許請求の範囲の記載は別紙公開特許公報のとおりである(乙二)(なお、エックス線撮像方法に係る発明については、本件各契約の締結に先立つ平成五年一〇月二六日に拒絶理由通知が発せられ(乙三)、本件各契約締結後、預託金交付の六日前の平成六年六月三日に拒絶査定がされ(乙五)、現在拒絶査定不服審判で係争中であるが、本件各契約締結時には拒絶査定が確定していない以上、出願公開に基づく仮保護の権利が有効に存在することを前提に以下の検討を行う。また、乙二、四号証によれば、右発明は被曝線量の低減といわゆるビームハードニング現象の回避とを目的とし、その手段として透過エックス線の実効エネルギーの変動をフィルターにおいてプラスマイナス一〇パーセント以内に収めることを特徴とするものと認められるが、甲六一号証の三、乙九三号証によれば、銅などのフィルターで実効エネルギーの変動を小さくし、ビームハードニング現象を補正し得ること自体は公知であったことが認められる。そうすると、日本の特許法制のもとでは、実効エネルギーの変動幅を小さくする効果的な方法を開示した発明又は変動幅をある一定の数値に収めることの臨界的意義を明らかにした発明でなければ特許されないのではないか(乙一〇二)との疑問が生じ、エックス線撮像方法に係る発明が現在の特許請求の範囲のままで特許され得るかについては疑問があるが、以下の検討は現在の特許請求の範囲の記載のままで行うこととする。)。

(3) さて、キーフィルターの製造、販売がこれら特許権等の直接侵害又は間接侵害に当たるかを判断する前提として、キーフィルターの具体的構成が明らかにされるべきである。ところが、本件各契約においては、キーフィルターの具体的構成について明確な合意が成立していない。その原材料が銅、アルミ、銀、アクリル又は塩化ビニール板であることは原告に開示されていたことが認められる(乙四〇の七四、乙五五)ものの、これら各部材の厚さ、張り合わせ方法等については原告に対し開示されていなかったことが認められる(甲三一号証には、キーフィルターの材質について特殊合金を張り合わせたものと記載されており、いかにも特殊な材料で構成されていたかのような印象を与えるが、右の材料が合金に当たらないことはいうまでもなく、右の記載は誇大な表現である。)。ただし、現実に製造販売されていたキーフィルターの具体的形状等については別紙説明書のとおりであると認められる(甲二一、乙二一、四九、五六号証。各部材の厚さ、張り合わせ方法等の多くは不明なので、これをもってキーフィルターの具体的構成が特定されているとまではいい難い。なお、乙九三号証によれば、エックス線撮像方法の明細書記載の実験例のうち、一二〇kV用フィルター(実験例1、2、7)は、銅一・〇四ミリ+銀〇・三ミリの部材の張り合わせによるものと認められる。)。

(4) いずれにせよ、キーフィルターがエックス線撮像装置に装着するフィルターにすぎないものである以上、物体組成判別装置やエックス線撮像方法の構成要件を分説して対比するまでもなく、右構成要件のすべてを充足するものではないから、これらの直接侵害に該当しない。このことは、前述した特許侵害訴訟の常識に照らし、火を見るよりも明らかである(当然のことながら、甲二〇、二二、三七号証も同旨である。)。

(5) 次に、物体組成判別装置に係る特許権又はエックス線撮像方法に係る出願公開に基づく仮保護の権利の間接侵害に当たるかであるが、キーフィルターなるものが、物体組成判別装置の生産のみに使用されるものであるか、又は、エックス線撮像方法の実施にのみ使用されるものであるかが問題となる(特許法一〇一条)。

(6) キーフィルターの具体的構成が特定されていないが、物体組成判別装置の生産にのみ使用されているものでないことは明らかであるから、物体組成判別装置に係る特許権の間接侵害に当たることはあり得ない。これまた火を見るより明らかである(当然のことながら、甲二〇号証も同旨であり、甲三七号証もこれに反するものではない。)。

(7) 次に、エックス線撮像方法に係る権利の間接侵害に当たるかであるが、これに当たるというためには、エックス線撮像方法に係る発明の特許請求の範囲の記載にいうフィルターに当たり、かつ、右発明の実施にのみ使用されるものでなければならない。

さて、乙二号証によれば、エックス線撮像方法に係る発明の特許請求の範囲の記載にいうフィルターは、エックス線源から放射されたエックス線を通過させるもので、これを通過したエックス線の実効エネルギーの変動をプラスマイナス一〇パーセント以内に収めることができるように構成されたものであり、これによりビームハードニング現象を解消することができるものであると認められる。また、乙二、九三号証によれば、右発明は、フィルム撮影やI・Iカメラによる透視を主としたアナログ法による単純エックス線撮影方法の技術であり、デジタル法によるエックス線CT装置の技術ではないことが認められる。

キーフィルターが物体組成判別装置の生産に使用することができるものであれば、エックス線撮像方法の実施にのみ使用されるものとはいえないといえよう。また、キーフィルターの具体的構成は明らかにされていないが、甲二一、乙二一、四九、五六号証によれば、現実に製造販売されていたキーフィルターは一般に利用されているエックス線撮像装置に装着できる形状であることが認められるところ、仮に、現実に製造販売されていたキーフィルターが、その具体的形状からして、一般に利用されているエックス線撮像装置に装着して被曝低減目的で用いることしか実用的用途がないとしても、それだけでは、エックス線撮像方法に係る権利の間接侵害に当たるものとはいえない。まず、前述のとおりアナログ法による単純エックス線撮像に使用されるものでなければならず、デジタル法によるエックス線CT装置に使用されるものではないところ、乙四九号証によれば、キーフィルターの説明書自体に、エックス線CTにもキーフィルターを使用することが記載されている事実が認められるから、アナログ法を前提としたエックス線撮像方法の実施にのみ使用されるものとはいえない。次に、甲五三、乙二、二三(一四二二頁)、二四(一一四頁)、四〇号証の七二、乙四九(一一頁)、九三号証によれば、ビームハードニング現象の回避のためには、管電圧に対応したキーフィルターを用いることが必要であると認められるところ、甲五三、乙二三(一三六〇、一四一七、一四二二頁)、二五ないし二七、四〇号証の七二、乙四九号証を総合すると、管電圧に対応しないキーフィルターを用いることが、ビームハードニング現象を回避できないとされながらも、より実用的な方法として紹介されていることが認められる(特に、甲五三(三一頁)、乙二三号証によると、日本放射線技術学会第五一回総会においてキーフィルターの評価について多数の発表が行われた際、座長を務めた近畿大学の小寺氏は、キーフィルターの差替えの困難さを指摘するとともに、ビームハードニング現象を起きないようにするには八〇kVの管電圧で八〇kVのキーフィルターを入れないといけないが、管球負荷が五倍も六倍もかかるから現実的に使えない、ビームハードニング現象が起きないというのは理想だが、現実のエックス線装置ではそこまでできない旨発言している事実、乙二五(一一六頁、一一七頁)によれば、東北大学のグループが消化管造影検査(撮影及び透視管電圧が七五kV~一〇〇kVで自動的に変化する)について、ビームハードニング現象は解消されないことを明記しながら、五〇kV用キーフィルターの使用を選択した事実が認められる。さらに、乙二一号証、四〇号証の七二、八四ないし八七、乙四九号証によれば、キーフィルターのパンフレットや説明書等自体に管電圧に対応しないキーフィルターを使用する方法が記載されている事実が認められる。)。

前述のとおり、エックス線撮像方法に係る発明は、実効エネルギーの変動をプラスマイナス一〇パーセント以内に収めることによって、ビームハードニング現象を回避するものであるところ、管電圧に対応したキーフィルターを使用せず、ビームハードニング現象を回避しない(この場合、実効エネルギーの変動幅もプラスマイナス一〇パーセント以内に収めていないものと認められる。)方法が実用的用途として存在する(むしろ、その方がより実用的な用途であると認められる。)のであるから、キーフィルターはエックス線撮像方法の実施にのみ使用されるものであるとはとうていいえない。甲二二、三五、四二号証からも、キーフィルターが常に実効エネルギーの変動幅をプラスマイナス一〇パーセント以内に収めるものとして使用されるものではないことが認められる(なお、後述4(二)(2)参照)。

(四)  以上のとおり、キーフィルターの製造販売は、物体組成判別装置又はエックス線撮像方法の直接侵害にも間接侵害にも当たらない。このことは、本件において書証として提出された弁理士や特許専門の弁護士の意見書等(甲一九、二〇、二二、二三、三七)を見るまでもなく、特許侵害訴訟に通じた者であれば等しく導き出すことのできる結論である。

しかるに、被告は原告に対し、少なくとも、エックス線撮像方法により保護されている旨説明した(乙五四、一〇二)だけでなく、甲一七号証によれば、被告の取締役であった藤崎和声が、東京医科歯科大学でアルミ〇・五ミリ+銅〇・二ミリの付加フィルターを用いて業として患者に照射した場合、物体組成判別装置の特許に抵触する旨説明したことが認められる。右説明は本件各契約締結の後にされたものであるが、本件各契約締結の前にも、キーフィルターの製造販売が物体組成判別装置の特許権の侵害になる旨説明したものと推認される。

また、右甲一七号証によれば、エックス線撮像方法に係る仮保護の権利によっても差止めが可能であると説明されているが、右権利は出願公開に基づく仮保護の権利であるから、前述のとおり補償金請求権を出願公告後に行使することしか認められず、その点だけでも、明らかに誤った説明である(乙九五号証によれば、出願公開に基づく仮保護の権利に補償金請求権しか認められないことについては、被告は本件各契約締結前に知ることができたものと認められるにもかかわらず、このような説明をしていることは強く非難されるべきである。)。

さらに、乙三六号証によれば、物体組成判別装置の特許権の侵害になるかとの原告の質問に対して、これを否定しない回答をしていることが認められ、このことからも、被告が原告に対し、キーフィルターの製造販売が物体組成判別装置の特許権の侵害になる旨説明していたことが推認される。

なお、右甲一七号証に著作権により差止めが可能と記載されているのは意味不明であるし、右乙三六号証に、特許権の侵害が決定してから数年後に対策を講じるのが一般であるかのような記載がされているが、特許侵害訴訟の実務を知る者にとっては、抱腹絶倒ものである。

(五)  以上のように、被告の原告に対する説明は客観的には誤りであるものが多々認められる。

なお、キーフィルターの製造販売が直接侵害にも間接侵害にも当たらなくとも、キーフィルターの購入者がこれを用いて物体組成判別装置やエックス線撮像方法に係る特許権等の侵害行為を行うことはあり得る。その場合、被告は侵害者に対して特許権又は仮保護の権利に基づく前記各請求権の行使ができるだけでなく、そのような侵害行為に用いられる可能性があることを知りながらキーフィルターを製造販売する者に対して、侵害行為を幇助するものであるとして、共同不法行為を理由に損害賠償請求をすることができないかは問題となり得よう。しかし、ある物がその用い方によっては違法行為に使われ得るというのは、世の中にいくらでもあることである。その物を製造販売する者に対して損害賠償責任を問うことができるかは、その物がどの程度の確実性をもって違法行為に用いられるか等に大いに左右されることは論を待たない。キーフィルターについては、前認定のとおり、アナログ法を前提としたエックス線撮影以外にも使用され得るものと認められるほか、アナログ法を前提としたエックス線撮影に用いる場合でも、管電圧に対応しないキーフィルターを用いる使用法の方が、より実用的な使用法であると認められるのであるから、エックス線撮像方法に係る発明の侵害に当たらない使用法に用いられることが多いものと認められ、右のような請求がそう簡単に容れられるものとは認め難い(さらに、出願公開に基づく仮保護の権利の段階では、もともと、出願公告後でないと行使できない補償金請求しか認められていないことからして、出願公告がされていないのに現在給付の訴えとして不法行為を理由とする損害賠償請求をすることは理論的に困難な問題をはらむと考えられる。)。

もっとも、キーフィルターの製造販売が直接侵害や間接侵害に当たらなくとも、右のような紛議が被告との間に生じることを避けるために、被告との間で特許実施契約を締結するということは、一つの経営判断としてあり得ることであろう。しかし、その場合は、実施許諾についての協議の際に、キーフィルターを製造販売する者に対して右のような不確実な請求をすることしか考えられないことを説明し、これを前提にして実施料等の契約条件が設定されるべきものである。しかるに、本件においては、被告において、そのような説明をしたものとはとうてい認め難いし、原告においても、そのような不確実な請求しかされ得ないものとの前提なら、二億五〇〇〇万円もの預託金を払うような契約を締結するとは考え難い。

3  被告はキーフィルターは国外においてはナンバー13ないし19のエックス線撮像方法に係る権利により保護されていると主張する。しかし、諸外国における特許権侵害についての法制は様々であろうが、仮に日本と同様であるとすれば、やはり直接侵害も間接侵害も成立しないこととなる。仮にキーフィルターの製造販売が特許権侵害となる国があったとしても、いかに本件各契約が国外における販売をも目的とするものであるからといって、国内における特許権等の効力等の説明について誤りがあれば、原告は本件各契約を締結しなかった可能性があるし、また、前に認定し、さらに後にも認定するような被告の不誠実さを減殺することはできない。

4  被告は、特許権等の効力等について誤った説明をしたばかりか、そのほかにも、次のように信義に反する不誠実さが認められる。

(一)  被告は本件各契約締結前の平成五年一月一日現在の被告保有の特許権等について、「拒絶を除く」として一覧表を提出しておきながら(乙四〇の四三)、エックス線撮像方法に係る発明について同年一〇月二六日に拒絶理由通知書が発せられても(乙三)、これを原告に通知せずに本件各契約を締結し、平成六年六月三日に拒絶査定を受けながら(乙五)、これを原告に通知せずにその六日後に二億五〇〇〇万円の預託金を受領した事実が認められる(甲二四、三三、四〇)。原告は本件各契約締結の前には拒絶理由通知が発せられた事実を知っていたことは認められるものの、それにより被告の不誠実さの徴憑としての意味が減殺されることにはならないし、拒絶査定を受けながらその通知をせずに高額の預託金を受領したのは商取引上要求される信義に反する不誠実な行動である。乙四一、四五号証によれば、原告の担当者であり被告代表者とともに訴外会社の代表取締役に就任した高嶋は、拒絶理由通知、拒絶査定の事実を報告されなかったことに対して不満の意を表明していた事実が認められるが、あまりにも当然の反応である。

(二)  被告が本件訴訟で提出する陳述書に記載された弁解には、説明内容の不可解なもの、明らかに不合理なものが多数みられる。いくつか例を挙げる(これは、本件の結論を導くためにいくつか例示したにすぎず、被告の説明にみられる誤りや不可解な点は、文字どおり、枚挙にいとまがない。)。

(1) まず、乙一〇二号証の八頁から九頁にかけて、甲二二号証を引用して、「間接侵害という観点でイ号を出願発明の特許権に対して検討すると、出願発明は、方法の発明であるので、イ号が出願発明の方法にのみ使用するものであるとすれば、イ号を業として生産し譲渡し貸し渡し譲渡若しくは貸し渡しのために展示し又は輸入する行為は、特許権侵害の見倣されるのである。と、明確に記載されています。(中略)従いまして、瑕疵はありません。」との記載があるが、そこに引用された甲二二号証は、右引用に係る一般論を前提に、「出願発明の方法にのみ使用するもの」であるか否かを検討し、これを否定して、間接侵害は成立しないとの結論を述べているのであって、被告の右記載は全くの誤りである。

また、乙八二号証の一九頁から二一頁にかけて、甲二〇号証を引用して、定量測定目的のキーフィルターは物体組成判別装置の特許によって保護されており、被爆低減目的のキーフィルターは物体組成判別装置の特許によって保護されていないとするのが甲二〇号証の結論であるとの記述があるが、甲二〇号証の右引用に係る部分は、キーフィルターは医療透視検査用のエックス線装置に用いられているから、物体組成判別装置の生産にのみ使用されるものではないので、キーフィルターの製造販売等は物体組成判別装置の間接侵害に当たらないと述べているのである。

これらの弁明は、白を黒、黒を白と言いくるめようとしているとみられても仕方がないものである。

(2) 次に、同じく乙一〇二号証の七頁から八頁にかけて、乙二五号証を引用して、八〇kVの管電圧に対して四〇kV用のキーフィルターを使用した場合の平均エネルギー(実効エネルギー)が五〇keVで、八〇kVの管電圧に対して八〇kV用のキーフィルターを使用した場合の平均エネルギー(実効エネルギー)が六〇keVであるから、平均エネルギー(実効エネルギー)の移動範囲は五五keVを中心にプラスマイナス九・一パーセントの範囲に収まり、そのことを第三者の公設機関が立証しているから瑕疵はない旨の記載がある。しかし、乙二号証によれば、エックス線撮像方法に係る発明においては、「管電圧を一定」にした上で、「その管電圧用のフィルターを使用」すれば、「撮影される物体の厚さを変えても」、透過エックス線の実効エネルギーに変動が少ないものと理解されるところ、乙一〇二号証の右記載は、「管電圧を変えても」実効エネルギーの変動が少ないとの説明であり、不可解である。被告は、原告が、平成一〇年二月三日付求釈明書において、キーフィルターの購入者の多くが八〇kVの管電圧に対して四〇kV用のキーフィルターを使用しているし、パンフレットにおいても、半定量撮像の場合には管電圧に対してキーフィルターを一~数ランク下げて使用する方法を紹介している(乙二一)として、このような使用によっても実効エネルギーの変動幅がプラスマイナス一〇パーセント以内に収まり、エックス線撮像方法に係る発明の侵害になるかの釈明を求めたのに対して弁明しようとしたのではないかと推測される。そうであるならば、被告がここで弁明すべきは、「管電圧を一定(八〇kV)」にして、これに「四〇kV用のキーブィルターを使用」するという条件のもとで、「撮影される物体の厚さを変えても」、透過エックス線の実効エネルギーの変動幅がプラスマイナス一〇パーセント以内に収まるということでなければならないのである。にもかかわらず、右に述べたような弁明の仕方しかしていないことは、かえって、原告の主張する使用法において物体の厚さを変えた場合の実効エネルギーの変動がプラスマイナス一〇パーセント以内に収まっていないとの前記認定(2(三)(7))を補強するものである。

(3) 高嶋は、被告は物体組成判別装置に係る特許権が「基本特許」であり、エックス線撮像方法に係る発明はその防衛出願として出願したにすぎないから、特許されなくてもかまわないと述べたと陳述する(甲二四)のに対し、被告は、いずれも基本特許であると弁明している(乙八一)。乙八一号証によれば、被告は基本特許なる概念を「権利範囲の広い基本的技術を対象とした特許」との意味で用いたものと認められるが、いずれかの発明がそのような意味における基本特許に当たるか否かの判断はここではさておくとして、甲一七号証によれば、被告は物体組成判別装置に係る特許権がエックス線撮像方法に係る権利の前提となる基本特許であるとの説明をしていることは明らかであるから、被告の右弁明が事実に反することは明らかである。

(三)  以上に述べたような被告の不誠実な態度、本件訴訟において被告が陳述書等で示す弁解の不明朗さ等に照らすと、被告は、キーフィルターの製造販売が物体組成判別装置に係る特許権の侵害にもエックス線撮像方法に係る仮保護の権利の侵害にも当たらないことを知りながら、被告を欺罔したのではないかと強く疑われるのはあまりにも当然であり、むしろ疑わない方が不自然な程である。直接侵害の成否は少しでも特許侵害訴訟について勉強すればすぐ理解できる筈であるし、間接侵害の成否についてもキーフィルターの使われ方を認識している筈の被告としては難しい判断を伴わない筈であるからなおさらである。しかしながら、乙四〇号証の三、五、七、一〇、一五により認められる被告代表者の経歴からすれば、被告代表者は、特許法の出願手続等は別として、特許権侵害の要件や効果について充分な勉強していなかった可能性がないではなく、本件訴訟における主張、弁解をみても、特許法による「保護」の内容を充分理解していなかった可能性がないではない。

結局のところ、被告は宝石鑑定の研究をするうちに物体組成判別装置等を開発し、その際、一定のエネルギーの波長をカットし、透過エックス線の実効エネルギーの変動幅を抑えるフィルターが被曝低減の効果をも有することに気づいてエックス線撮像方法の特許権を出願し、その際、そのようなフィルターすなわちキーフィルターを

「定量測定に用いれば物体組成判別装置の発明の一要素」となり、

「被曝低減等に用いればエックス線撮像方法の発明の一要素」となるにすぎないのに、キーフィルターを

「定量測定に用いれば物体組成判別装置の特許権で保護」され、

「被曝低減に用いればエックス線撮像方法に係る出願中の権利で保護」されるものと軽信し、これを自信に満ちた断定的態度で原告や新聞記者等に説明し、そのあまりの断定的態度や新聞報道等により、原告がこれを安易に信用してしまったのが真相であると認める余地もないではない。

すなわち、被告には、商取引上、当然要求される注意義務、信義則に反して、不正確な事実を述べたり、拒絶理由通知、拒絶査定の事実を告知しなかったりした不誠実な行為が認められるし、遅くとも本件訴訟係属後は、事実に反することを(少なくとも未必的には)認識しながら虚偽の弁解をしているものと認められる。しかし、本件各契約締結当時は、特許権等の効力について無知であり、その意味で欺罔の認識を欠いたとみる余地もないではない。

また、本件各契約の内容からすると、原告は被告の誤った説明等により錯誤に陥ったことは疑いないが、被告の説明の誤りの多くは極めて明白であることに照らすと、原告が本件各契約の規模や原告の企業規模(甲一四号証によれば、原告は資本金三〇億円余、従業員一七八三名、売上高四三〇億円、グループ社数七一社、グループ総売上高一七三〇億円という大企業であると認められる。)からして通常払うべきものとされる注意を払い、被告が提出していた資料(乙四〇)等をもとに、事前に弁理士その他の専門家に充分相談するなどしていれば、被告の欺罔により原告が錯誤に陥ることは通常あり得ないというべきである。

5  したがって、その余の点について判断するまでもなく、第一事件の主位的請求は理由がない。

二  第一事件の予備的請求について

1  請求原因については当事者間に争いがない。、

2  被告は抗弁として、訴外会社は本来であれば国外でキーフィルターを販売することにより一九億四九四五万四七二〇円の売上げを上げることができ、これにより被告は訴外会社に対して四億二八六〇万三五二〇円の実施料請求権を取得できたはずであるところ、訴外会社がキーフィルターの販売促進及び宣伝広告についての努力義務を怠ったため、右実施料請求権を取得できず、同額の損害を被ったので、その損害賠償請求権のうち、二億五〇〇〇万円をもって、本訴請求債権と相殺すると主張する。

しかしながら、キーフィルターに対する国内医学関係者等の反応をみるに、従来から存する付加フィルター(銅(Cu)、アルミ(Al)、ニオブ(Nb)を用いたものがあった)と変わりがないとか、管電圧に応じてフィルターを取り替える等の点で操作性が悪いとか、管球負荷が大きいとかのマイナス評価、キーフィルターが何で構成されているのかが不明であるといった疑問、本当に特許権で保護されているのかとの疑問が多く、これらを理由とする返品が相当行われたことが認められる(甲一八、二四、四三の四、甲四四、四九、五〇、五二、五三、五五、五六、五七、六二、乙二三(一三五八頁、一四一八ないし一四二一頁、一四二四頁等)、二五、四〇の二五(九〇、九二頁)、三二、乙四九)。結局、キーフィルターは、一2(三)(7)で認定したように、医療用のエックス線撮像においてビームハードニング現象を回避するフィルターとしての実用性は乏しく、被曝低減用フィルターとしては、従来から存する付加フィルターと比べて、画期的な製品とはいえないものと認められ、また、被告が特許製品であると称しながらその具体的構成を明かさなかったことに対する不審の念(前述のとおり、特許法は発明の内容を公開することを要求しているから、特許製品と称しながらその内容を明かさないことに不審の念を抱くのは当然である。)から、キーフィルターの売行きが伸びず、そのうち被告が本件実施契約を解除したことにより供給不能になってしまった(甲六〇)ものと認められる。むしろ、被告がキーフィルターの構成を最初から明らかにしていれば、また、新聞等で特許製品である旨の報道がされなければ、現在の売上げを得ることも困難であったものと推認される程であって、訴外会社が販売努力を怠ったとか、これにより売上げが伸びなかったものとはとうてい認め難い。いかに訴外会社が販売努力をしようとも、これ以上売上げを伸ばすことは無理であったものと認められる。このことは、国外での販売についても同様であると推認される。

したがって、相殺の抗弁は全く理由がない。

三  第二事件について

1  被告は、請求原因として、

(一)  訴外会社は無資力であるところ、

(二)  (1)被告が訴外会社に対して有する未払実施料請求権七〇四万六一二二円と、

(2)訴外会社が販売促進及び宣伝広告を怠ったことにより得られなかった実施料請求権の額に相当する損害賠償請求権二億〇五二三万一四八一円(▲1▼国内での販売に関する分として二六六二万七九六一円、▲2▼国外での販売に関する分として四億二八六〇万三五二〇円のうち第一事件の抗弁で相殺に供した二億五〇〇〇万円を除いた一億七八六〇万三五二〇円)

以上、(1)(2)の合計二億一二二七万七六〇三円を保全するために、

(三)  (1)訴外会社が原告に対して有する売掛金請求権三〇九二万三六八九円、

(2)原告が販売促進及び宣伝広告を怠ったことにより訴外会社が得られなかった売上げの額に相当する損害賠償請求権二〇億七〇五六万八九九六円(▲1▼国内での販売に関する分として一億二一一一万四二七六円、▲2▼国外での販売に関する分として一九億四九四五万四七二〇円)から訴外会社が原告に対して負う預託金返還債務二億五〇〇〇万円を控除した一八億二〇五六万八九九二円の内金一億八一三五万三九一四円、

以上、▲1▼と▲2▼の合計二億一二二七万七六〇三円を債権者代位権に基づき行使すると主張する。

2  訴外会社が無資力であることは当事者間に争いがない。

3  被告が訴外会社に対して有する債権について

被告の訴外会社に対する未払実施料請求権は三五万一〇六九円の限度で争いがない。これを超える額を認めるに足る証拠はない。

被告の訴外会社に対する損害賠償請求権については、第一事件の抗弁において判示したとおり、これを認めることはとうていできない。

4  訴外会社が原告に対して有する債権について

訴外会社の原告に対する売掛金請求権については一五二万六〇〇五円の限度で争いがない。これを超える額を認めるに足る証拠はない。

訴外会社の原告に対する損害賠償請求権については、第一事件の抗弁において判示したのと同様の理由により、これを認めることはとうていできない。

5  以上によれば、第二事件については、三五万一〇六九円の限度で理由があるから、その限度で認容し、その余の請求は理由がないから棄却すべきである。

四  結語

以上の事実によれば、原告の第一事件に係る請求は、主位的請求には理由がないから棄却し、予備的請求には理由があるので認容し、被告の第二事件に係る請求は、原告に対し、三五万一〇六九円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、その限度で認容し、その余の請求ぱ理由がないから棄却することとする。

(裁判官 青木亮)

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