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福岡地方裁判所 平成8年(行ウ)9号 判決 1997年12月24日

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

川副正敏

大神昌憲

被告

福岡県警察本部長倉澤豊哲

右訴訟代理人弁護士

佐藤至

右指定代理人

仕田原洋暉

釣谷卓世

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が原告に対して平成四年一二月二九日付でなした懲戒免職処分を取り消す。

第二事案の概要

本件は、被告が、原告の非行を理由として、平成四年一二月二九日、八幡西警察署地域課警ら係長であった原告に対して懲戒免職処分をなしたところ、原告が被告に対し、右懲戒免職処分の前提となる事実誤認、処分決定手続の違法性及び裁量権の濫用を主張して右懲戒免職処分の取消しを求めている事案である。

一  争いのない事実

1  原告の地位

原告は、昭和三二年四月に福岡県警察官に任用され、平成四年一二月二九日までその職にあったものである。

平成四年一二月二九日時点における原告の階級は警部補で、その職位は八幡西警察署地域課警ら係長であった。

2  本件懲戒処分

被告は、平成四年一二月二九日付で、原告に対し、地方公務員法二九条に基づき、以下の理由をもって懲戒免職処分をなした(以下「本件懲戒処分」という。)

(処分理由)

被処分者は、平成元年三月二八日から八幡西警察署地域課警ら係長として勤務する者であるが、呼気一リットルにつき〇・五ミリグラムのアルコールを身体に保有し、その影響により正常な運転ができないおそれがある状態で普通乗用自動車(<編集部注=略>)を運転し、

(一) 平成四年一二月二九日午前二時〇〇分ころ、太宰府市(編集部注=略)先路上において、中央線を越え、対向してきた普通乗用車(福岡第一交通株式会社のタクシー、ナンバー<編集部注=略>、運転手O)と衝突し、逃走

(二) 同日午前二時〇五分ころ、太宰府市(編集部注=略)先路上において、自車を追跡してきた上記タクシーに後退させて衝突させ、更に逃走

(三) 同日午前二時一三分ころ糟屋郡志免町(編集部注=略)株式会社アサヒ工産前において、駐車中の普通貨物車(ナンバー<編集部注=略>、H所有)に衝突

し、道路交通法違反の現行犯人として逮捕され、警察威信を著しく失墜させたものである。

これは地方公務員法三三条に違反し、よって同法二九条一項一号、三号に該当するものである。

二  争点及びこれに対する当事者の主張

1  本件懲戒処分の前提事実の有無

(被告)

本件懲戒処分の処分理由記載の事実が存在する。

(原告)

(一) 原告が本件処分理由記載の日時・場所において、呼気一リットルにつき〇・五ミリグラムのアルコールを身体に保有し、その影響により正常な運転ができないおそれがある状態で本件車両を運転し(以下「本件飲酒運転」という。)、その間、処分理由(一)のとおり、タクシーと衝突して(実態は本件車両がタクシーの右側面を擦ったものである。以下「第一事故」という。)、その後処分理由(三)の地点まで走行した後に、駆けつけた警察官から現行犯人として逮捕されたことは否定できないけれども、処分理由(二)のように自車を後退させて右タクシーに衝突したり(以下「第二事故」という。)、処分理由(三)のように貨物自動車に衝突させた(以下「第三事故」という。)との事実はなく、仮に本件車両が右タクシー及び貨物自動車に当たったことがあったとしても、それは接触した程度の軽微なものであった。

(二) また、原告は運転開始当初から現行犯逮捕されるまでの間、完全に泥酔していてほとんど前後不覚の状態にあり、逃走するという故意が欠如していた。

現に、原告は、本件飲酒運転に関して道路交通法違反、第一事故に関して業務上過失傷害の各罪で福岡地方検察庁から起訴されて、福岡簡易裁判所において罰金三〇万円の略式命令を受けると共に、本件飲酒運転を理由として、福岡県公安委員会から運転免許取消処分を受けているところ、右刑事処分及び行政処分のいずれにおいても、交通事故の場合の措置(いわゆる救護義務)違反(道路交通法七二条一項、一一七条の三第一号)の点は何ら認定されておらず、右各処分の理由からは除外されている。

(三) 以上のように、本件懲戒処分はその処分理由の重要な点において前提事実を欠く違法なものである。

2  本件懲戒処分決定手続の適法性

(被告)

監察官から原告に係る規律違反の申立てを受けた堀川和洋福岡県警察本部長(以下「堀川本部長」という。)は懲戒審査要求をなし、平成四年一二月二九日午前五時三五分、警察本部警務部長室において懲戒委員会が開催され、約一五分間の審議の後、委員長及び出席委員五名の全員一致で「懲戒免職」相当との決定がなされた。

堀川本部長は右決定の答申を受けて本件懲戒処分を決定し、同日午後一時一五分、東署において、原告に対し、懲戒処分書及び処分説明書が交付された。

以上の本件懲戒処分決定手続に何ら違法は存しない。

(原告)

(一) 本件懲戒処分は、原告が現行犯逮捕された平成四年一二月一九日午前二時一五分ころからわずか四時間足らずのうちになされたものであって、このような極めて短時間のうちに、それも未明という異例の時間帯において、一連の手続が履践されたとは考えがたい。

(二) 「福岡県警察職員の懲戒の取扱に関する規程」(昭和三三年八月一日福岡県県警察本部訓令第一二号)九条、一四条が、本人の供述調書又は始末書(但し、本人が供述又は始末書の提出を拒んだ時は、事実調査書)、関係人の供述調書又は陳述書などの適式な書面に基づいて事実認定が行われるべき旨定めているにもかかわらず、本件懲戒処分においては、電話聴取書で代替されている。

(三) 以上のように、本件懲戒処分は公務員懲戒処分における適正手続保障に違反する違法なものであり、無効である。

3  本件懲戒処分の裁量権濫用の有無

(原告)

本件においては、<1>原告には本件飲酒運転の認識が欠如しないしは著しく希薄であり、<2>原告は意図的に逃走したものではなく、<3>第一事故の結果は軽微であった、<4>本件懲戒処分は同種事案に対する措置と比較して著しく均衡を失している、<5>本件懲戒処分発令に至る手続が極めて杜撰であり、過剰な見せしめ的意図のもとに多分に感情的になされた、<6>原告は長年にわたり真面目に警察官の職責に従事して多大の功労をしてきた等の事情がある。

これらの事情を総合的に考慮すれば、経済的にも社会的にも事実上破滅に追い込むことになる懲戒免職という、地方公務員にとっては死刑にも等しい極めて過酷で重大な処分を、それも事件後わずか四時間ほどの短時間で課するというのは、それ自体として余りにも過酷であり、他の同種事案と比較しても均衡を失しており、本件懲戒処分は社会観念上著しく妥当を欠いたものといわざるをえず、懲戒処分における裁量権を濫用した違法・無効なものである。

(被告)

本件の事案は、その重大性・悪質性という点でこれまでに例がないといえるほどのものであり、その他の事情を考慮しても、本件懲戒処分は誠にやむを得ないものであり、何ら不当なものではない。

第三争点に対する判断

一  本件懲戒処分の前提事実の有無について

1  前記争いのない事実及び証拠(<証拠・人証略>)によれば、以下の各事実が認められる。

(一) 本件飲酒運転に至る経緯

原告は、平成四年一二月二七日当時、八幡西警察署地域課警ら係長の職にあったが、右の当時八幡西警察署では、午前八時三〇分からの二四時間を勤務時間とする当務、翌日の非番、更に翌日の指定休の順で循環することを原則とする三交代勤務体制を採っていたものであり、原告は同日午前八時三〇分から二四時間の当務勤務に就いた。

当務勤務においては仮眠時間があるものの、原告は同日から翌二八日にかけて、管内で発生した放火事件の現場保存及び折尾警察署管内で発生した強盗事件の緊急配備の現場指揮のため、一睡もしていない状態で当務勤務を終え、二八日午前一一時ころから入院中の部下を見舞った後、午後二時ころに自宅に帰った。その後原告は朝食と昼食を兼ねた簡単な食事を採り、そのままの服装で炬燵に入って二時間くらい仮眠をしたが、午後六時ころには妻に起こされてパチンコへ行こうと誘われ、息子名義の普通乗用自動車(<編集部注=略>。以下「本件車両」という。)を運転してパチンコ店へ行き、午後一〇時ころまで二人でパチンコに興じた。

その後、二人は食事をするためパチンコ店を出て、同日午後一〇時一五分ころ、原告の運転で太宰府市内の寿司店「M」まで赴いた。ここで原告は本件車両のキーを妻に渡し、殆ど食事を口にしないまま、ビール大瓶二本と二合入り二本分のをつけた日本酒を飲んだ。

次いで午後一一時三〇分ころ、二人は妻の運転で同じく太宰府市内の焼き鳥屋「T」へ向かったが、「M」を出る時点で、原告は酔いのためふらふらし、舌がもつれて何を言っているか分からない状態であった。原告は「T」で二合入り四本分の冷酒を飲み、翌二九日午前一時三〇分ころ、酒に酔った状態でふらふらと「T」を出て、所持していた予備キーを使って同店前駐車場に駐車中の本件車両の運転を開始した。

(二) 第一事故ないし第三事故の発生

原告の運転する本件車両は、平成四年一二月二九日午前一時五〇分ころ、太宰府市(編集部注=略)先路上を西に向かって進行していたが、中央線を越えて走行し、対向してきた二名の乗客を乗せたO運転のタクシー(以下「本件タクシー」という。)右側面に衝突後(第一事故)、停止することなくそのまま進行したため、本件タクシーは転回して本件車両を追尾した。

本件タクシーは、関屋交差点で信号待ちをしていた車両の後ろに本件車両が停止したところに追い付き、運転手Oがクラクションを鳴らしたところ、前方信号は青に変わって本件車両は再び発進し、南方向に左折した。

本件タクシーは追尾を継続し、同日午前二時〇五分ころ、太宰府市(編集部注=略)先の交差点でやはり信号待ちをしていた車両の後ろに停止していた本件車両に追い付き、Oが「降りてこんか、この野郎」と怒鳴ったところ、本件車両は後退し、後ろに停車中の本件タクシーの前部に自車の後部を衝突させ、一旦前進した後再び同様にして本件タクシー前部に衝突(第二事故)した後、信号待ちで停止中の前車の右側を通ってさらに進行した。

本件車両は蛇行運転によってガードレールに衝突しながら走行を続けたため、前輪のタイヤは左右いずれもパンクして外れていた。只越付近では本件車両のホイルキャップも外れてしまい、本件車両は両前輪のタイヤ及びホイルキャップがない状態で、路面に火花を散らしながら進行していたが、折しも死亡ひき逃げ事件捜査のため警戒中の東警察署高山一日警部補外一名乗務のパトロールカー東一号(以下「本件パトカー」という。)が本件車両とすれ違い、本件車両の特徴及び走行状態からひき逃げ車両の可能性を疑い、転回してこれを追尾した。

本件パトカーが本件車両の追尾を開始したことを確認した本件タクシーの運転手Oは、本件車両の追尾を中止して同僚のタクシーと待ち合わせ、二名の乗客を右タクシーに乗せ換えた。

本件パトカーは、午前二時〇七分ころ、糟屋郡(編集部注=略)「Y店」前において本件車両を現認したものであり、赤色警告灯を点灯、サイレンを吹鳴して車載マイクで停止を求めながらこれを追尾したが、本件車両はなおも走行を続けた。本件車両は、同日午前二時一三分ころ、糟屋郡(編集部注=略)の「S小学校」先のカーブに差し掛かり、このとき道路中央線を越えて右側部分にはみ出し、電柱に衝突した後、(編集部注=略)株式会社アサヒ工産前に駐車中の貨物自動車の後部に衝突(第三事件)して停止した。

高山警部補は、同日午前二時一五分、本件車両から降車してきた原告の顔面が青白いこと、目が充血していること、口元からの強いアルコール臭、足元がふらついていることから、酒酔い運転の現行犯人と認め、逮捕した。

飲酒検知の結果、原告は呼気一リットルにつき〇・五ミリグラムのアルコールを身体に保有していたものであり、原告は、右検知の際、飲酒の理由、場所等について事実と異なり又は趣旨が不明の回答をしているが、名前、生年月日、住所については正確に回答している。

本件飲酒運転の経路は全長約二〇キロメートルであった。

2  右各事実によれば、処分理由記載の各事実が認められる。

原告は、逃走について故意がない旨主張するが、自動車の運転には相当複雑な操作が必要であるところ、原告は蛇行しながらも本件車両を約二〇キロメートルにわたって運転していること及び途中信号待ち車両の後ろに本件車両を停車させていること並びに飲酒検知の際に名前、生年月日及び住所について正確に応答していることに照らせば、原告の右主張は採用できない。

また、原告は本件飲酒運転当時の記憶を有していない旨供述するが(原告本人)、逃走の故意の有無は右逃走時の認識についての認定の問題であり、記憶を喪失しているからといって前記認定を覆すものではない。

更に、本件において、検察官が救護義務違反(道路交通法七二条一項、一一七条の三第一号)の事実を起訴事実として取り上げず、公安委員会が右事実を運転免許取消処分の理由として掲げなかったことも、前記認定に影響を与えるものではない。

本件において、他に右認定を覆すに足りる証拠はないから、本件懲戒処分の前提事実の存在を認めることができる。

二  本件懲戒処分決定手続の適法性

1  前記争いのない事実及び証拠(<証拠略>)によれば、以下の各事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一) 福岡県警察における懲戒手続

福岡県警察職員の懲戒の手続及び効果に関する条例六条を受けて定められた「福岡県警察職員の懲戒の取扱に関する規程」(以下「規程」という。)は、職員の懲戒に関する審査の公正のために以下のとおりの手続を定めている。

警務部長を委員長とし、総務部長、刑事部長、防犯部長、警ら部長、交通部長、警備部長、福岡市警察部長、北九州市警察部長及び警務部警務課長を委員とする福岡県警察職員懲戒審査委員会(以下「委員会」という。)を置き(三条、四条)、右委員会の開催には委員長及び委員を合わせて五人以上の出席を要する(一四条三項)。監察官は職員に規律違反があることを知ったときは、ただちに事実を調査し、懲戒手続に付する必要があると認めるときは、申立書に本人の供述調書又は始末書、その他の証拠を添えて本部長に申し立てなければならず(九条、一〇条)、右申立てを受けた本部長は、その規律違反に対し懲戒処分の必要があると認めるときは、懲戒審査要求書に関係記録を添えて、ただちに委員会に当該事案の審査を要求するとともに、申し立てられた職員にその旨を通知しなければならない(一一条)。また、右通知を受けた被申立者たる職員は口頭審査を申し立てることができるが(一一条二項、一四条二項但書)、右申立がない場合は書面審査による(一四条二項本文)。委員長は、懲戒処分の要否、種別、程度その他必要と認める事項を決定して、答申書を本部長に提出し(一七条)、本部長は右答申を受けて懲戒処分を行い(一八条)、懲戒処分書及び処分説明書を被処分者に交付する(一九条一項)。

(二) 本件懲戒処分の手続

福岡県警察本部の吉川貴久監察官室長(以下「吉川室長」という。)は、平成四年一二月二九日午前二時三五分ころ、大西洋一郎監察官(以下「大西監察官」という。)を通じて、東署の今村署長から、原告が酒酔い運転の現行犯人として逮捕されたとの連絡を受け、東署との電話連絡を通じて事実関係を調査した。大西監察官は、原告を懲戒手続に付する必要があると判断した吉川室長の指示を受け、現行犯人逮捕手続書、原告の弁解録取書、酒酔い鑑識カード、事実経過調査のために作成した電話筆記書七通並びに大西監察官作成にかかる原告の身上調査書を添えて、堀川本部長に懲戒の申立てを行った。

右申立てを受け、懲戒処分の必要があると判断した堀川本部長は、委員会委員長である玉井篤雄警務部長(以下「玉井警務部長」という。)に対し、規程一一条に基づいて懲戒審査要求をなした。他方、吉川室長は、東署に赴いていた八幡西署島義孝副署長を通じ、原告に対し、同日午前四時四五分ころ、東署行政室において、「今回のことについて、まもなく懲戒審査委員会が開かれるとのことだが、何か言うことはないか。」と委員会開催を通知したが、原告は、「よろしくお願いします。」と述べたのみで、口頭審査の要求をしなかった。

その後の同日午前五時三五分、警務部長室において、委員長である玉井警務部長並びに委員である中野刑事部長、植本防犯部長、上田地域部長、石井交通部長及び倉冨警務課長が出席して委員会が開催された。委員会においては、冒頭で大西監察官から添付資料に基づいて事案の概要の説明があり、更に同監察官から前記原告の身上調査書の内容を前提としても懲戒免職処分が相当である旨意見が述べられた。各委員の意見も同様に懲戒免職処分もやむを得ないというものであり、委員会として懲戒免職処分相当との決定をなした。

委員会委員長の玉井警務部長から右決定の答申を受けた堀川本部長は、答申どおり本件懲戒処分を行った。

大西監察官は、原告に対し、同日午後一時一五分、東署取調室において、本件懲戒処分の懲戒処分書及び処分説明書を交付した。

2  右1(二)のとおり、本件懲戒処分は所定の手続きに従って行われており、その過程に手続的瑕疵は認められない。

原告は、本件懲戒処分に至る経過において、規程九条が添付資料として要求する本人の供述調書又は始末書及び関係人の供述調書又は陳述書が提出されていなかったことをもって本件懲戒処分の違法を主張するので、以下検討する。

同条(1)及び(2)は添付資料として「本人の供述調書又は始末書。ただし、本人が供述又は始末書の提出を拒んだときは、事実調査書」「関係人の供述調書又は陳述書」を掲げている。同条の定める証拠の添付は懲戒の理由となる事実の認定を慎重に行うために要求されるものであり、資料には一定の信頼性が要求されることは当然であるが、組織内部で処理される懲戒処分の性質上、右認定が刑事裁判における厳格な証明と同程度の立証によることまで要求されているとは考えられない。他方、同条(4)は「その他の証拠」として包括的に規定されていること、処分に対する不服については人事委員会における審理が予定されていること並びに規程九条、一〇条及び一四条が懲戒処分の速やかな処理を念頭においていると考えられることに鑑みれば、規程九条に掲げられた各証拠は一定の信頼性を有する資料の例示であり、同条(1)及び(2)は事実の認定のために重要と考えられる資料を類型的に示したものと解するのが相当である。

したがって、懲戒事由該当事実が同条(1)及び(2)記載の資料を含む証拠によって認定されることが望ましいものの、同条は列挙の各証拠以外による認定を排除する趣旨の規定ではないから、同条(1)及び(2)記載の資料に準ずる一定の信頼性を有する資料及びその他の証拠によって懲戒事由該当事実全般が認定されていれば、右認定に基づく懲戒処分を違法とする理由はない。

本件懲戒処分において、原告の懲戒事由該当事実は、現行犯人逮捕手続書、原告の弁解録取書、酒酔い鑑識カード、電話聴取書によって認定されており、原告の弁解録取書及び電話聴取書のうち本件タクシー運転手Oからの聴取内容が記載された部分は、それぞれ本人の供述調書及び関係人の陳述書に準ずる資料として一定の信頼性を有するものであると認められるから、右各資料及びその他の証拠によって認定された事実を根拠として行われた本件懲戒処分に原告主張の違法は存しない。

三  裁量権濫用の有無

1  懲戒処分の判断基準

地方公務員法(以下「地公法」という。)二七条三項は懲戒事由の法定を定め、同法二九条一項本文は懲戒処分として戒告、減給、停職又は免職の処分をすることができる旨定めるが、懲戒処分の判断基準について、同法二七条一項が「すべて職員の分限及び懲戒については、公正でなければならない。」と定めるほか、懲戒事由が存在する場合に懲戒処分をなすべきか否か及びいずれの懲戒処分をなすべきかに関する具体的な規定は存しない。

懲戒事由が存する場合の懲戒権の行使は、本来懲戒権者の裁量に属する問題であるが、地公法二七条一項の趣旨からすれば、右懲戒権の行使は恣意にわたるものであってはならず、当該懲戒処分の手続及び内容が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したと認められる場合には、右懲戒処分は違法の評価を受けるものというべきである。

2  本件懲戒処分における裁量権濫用の有無

原告の本件飲酒運転、第一ないし第三事故の発生並びに右第一及び第二事故後の逃走は、飲酒運転はもとより適正な交通秩序を保つために各種取締りを行うべき立場にある警察官の職の信用を傷つけるものと評価され、地公法三三条の信用失墜行為に該当すると認めるのが相当である。

本件懲戒処分は右信用失墜行為の禁止規定に違反したものとして地公法二九条一項一号、三号によりなされたものであり、その手続に違法が存しないことは前記二のとおりであること、原告の本件飲酒運転は、前日からの疲労と睡眠不足を顧ず妻の誘いに応じて安易に外出し、多量に飲酒したことに端を発しているものであること、本件飲酒運転自体が重大な結果を惹起する危険性を有していたと認められること及び右飲酒運転を含む本件処分の前提事実を他の処分例における前提事実と比較した場合に本件懲戒処分が重きに失すると認めるに足りる事情が存しないこと(<証拠略>)に加えて、原告が地域課警ら係長として一般市民はもとより警察職員に対しても指導を行うべき立場にあったことを併せ考えると、原告が平素から飲酒運転には注意していたとの事情がうかがわれること(<人証略>)及び過去において原告に処分歴がなく警察官として一定の功労があること(<証拠略>)を考慮しても、本件懲戒処分が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したとまでは認められない。

四  以上によれば、本件懲戒処分には前提事実の誤認、手続的違法性及び裁量権の濫用のいずれもこれを認めることができないから、右処分は適法であり、原告の請求は理由がない。

(裁判長裁判官 草野芳郎 裁判官 岡田治 裁判官 杜下弘記)

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