福岡地方裁判所 平成9年(ワ)1461号 判決 1998年10月21日
主文
一 原告の主位的請求を棄却する。
二 被告は原告に対し、金一〇二万〇三六六円及びこれに対する平成九年一月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
三 原告のその余の予備的請求を棄却する。
四 訴訟費用(補助参加によって生じた訴訟費用を含む。)は、全部被告の負担とする。
五 この判決は、第二項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
一 主位的請求
被告は原告に対し、金一〇四万二八五七円及びこれに対する平成九年一月一一日から支払済みまで日歩八銭の割合による金員を支払え。
二 予備的請求
被告は原告に対し、金一〇二万四六六五円及びこれに対する平成九年一月一一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、補助参加人(以下「参加人」という。)とカードローン契約を締結した被告のために連帯保証をした原告が、被告に対し、主位的に、<1>被告と参加人間の金銭消費貸借契約に基づく被告の借入金債務を保証人として弁済したとして求償金の請求を、予備的に、被告のカードが盗用されたことによる参加人の損害について原告が代位弁済したとして、<2>保証委託契約に基づき、または<3>法定代位に基づいて、求償金の請求をする事案である。
一 当事者間に争いのない事実等(弁論の全趣旨により認められる事実を含む。)
1 原告は割賦購入斡旋等を営む会社である。
2 参加人は、平成三年六月二五日、被告との間で、次のとおりカードローン契約を締結し(以下「本件ローン契約」という。)、カードローン用カード(以下「本件カード」という。)を貸与した。
(一) 貸越極度額は金一〇〇万円とし、期間は三年間とする。
(二) 貸越金の利息は付利単位一〇〇円とし、毎月一〇日に年一三・三パーセント(年三六五日の日割り計算)の利息によって計算の上(ただし実際の運用は年一二・五パーセント)貸越元金に組み入れるものとする。
(三) 返済方法は毎月一〇日(休日の場合は翌営業日)に貸越極度額の二パーセント(金二万円)を返済する。
(四) 前号に定める返済を遅延し翌月の返済日に至るまで返済をしなかったときは期限の利益を喪失する。
(五) 遅延損害金は年一八パーセント(年三六五日の日割り計算)とする(ただし実際の運用は年一四パーセント)。
(六) 参加人が同人に提出された書類の印影(または暗証)を、届出の印鑑(または暗証)に、相当の注意をもって照合し、相違ないものと認めて取引したときは、書類、印章等について偽造、変造、盗用等があってもそのために生じた損害については被告の負担とする(以下「本件特約」という。)。
なお、本件特約の適用があるためには、被告に本件カードの使用管理についての注意義務違反が必要である。
3 原告は、平成三年六月二五日、被告の委託を受け、参加人に対し、被告の前項の債務につき連帯保証した(以下「本件保証契約」という。)。
本件保証契約には、原告が参加人に対し代位弁済を行った場合には、被告は原告に対して右弁済金額に日歩八銭の遅延損害金を付して支払う旨の約定がる。
4 平成八年八月八日、本件カードにより参加人から九九万九二〇六円が借り入れられた。
なお、本件カードの暗証番号が被告の生年月日に一致するところ、参加人が被告に対し右暗証番号の変更を求めたことはない。また、本件カードを使用して参加人から借入れが行われる場合、参加人は暗証番号の照合のみを行う。
5 被告が右金員を借り入れたものであった場合、同年一二月一〇日時点で被告が参加人に対して負担する債務は、4の未払元金、利息及び遅延損害金の合計一〇四万二八五七円となり、第三者が本件カードを盗用した右金員を借り入れたものであった場合、平成八年八月八日時点での参加人の損害は、4の元金相当額九九万九二〇六円となる。
6 原告は、平成九年一月一〇日参加人に対し、本件保証契約に基づき、一〇四万二八五七円を代位弁済した。
二 争点
1 主位的請求について
被告が本件カードを使用したか
(原告の主張)
九九万九二〇六円は被告が本件カードを使用して借り入れたものである。よって、原告は、被告に対し、求償として、一〇四万一八五七円及びこれに対する代位弁済の日の翌日である平成九年一月一一日から支払済みまで約定の日歩八銭の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告の主張)
九九万九二〇六円は第三者が本件カードを盗用して借り入れたものである。
2 予備的請求について
(一) 本件保証契約に基づく債務の範囲
(原告の主張)
本件保証契約に基づいて原告が参加人に支払うべき債務には本件特約に基づく債務が含まれる。
(被告の主張)
本件保証契約に基づいて原告が参加人に支払うべき債務には本件特約に基づく債務は含まれない。
(二) 被告の注意義務の内容と注意義務違反の有無
(原告の主張)
被告は本件カードの使用管理について善管注意義務を負い、被告には右注意義務違反がある。
(被告の主張)
被告は本件カードの使用管理について自己の財産におけると同一の注意義務が課されるにすぎない。
仮に善管注意義務が課されるとしても被告には右注意義務違反はない。
(三) 平成九年一月一〇日時点での参加人に生じた損害額
(原告の主張)
本件ローン契約は商行為であるから、盗取された九九万九二〇六円について、本件カードが使用された日から年六分の割合による遅延損害金が発生する。したがって、本件カードが使用された平成八年八月八日から原告が代位弁済をした平成九年一月一〇日の前日までの一五五日間の年六分の割合による遅延損害金は次のとおり二万五四五九円であり、結局、同日までに参加人に生じた損害額は、合計一〇二万四六六五円である。
九九万九二〇六円×〇・〇六×一五五日÷三六五日=二万五四五九円
(被告の主張)
被告が参加人に対して負担する債務は、本件カード盗用者の参加人に対する不法行為に基づく損害賠償債務であり、商事法定利率の適用はない。
(四) 代位弁済後の遅延損害金の利率
(原告の主張)
本件保証契約及び原告の代位弁済は商行為であり、代位弁済後の遅延損害金の利率は年六分である。
(被告の主張)
被告が参加人に対して負担する債務は、本件カード盗用者の参加人に対する不法行為に基づく損害賠償債務であり、また、保証債務の附従性から商事法定利率の適用はない。
(五) 参加人の過失の有無
(被告の主張)
参加人は、顧客である被告が誕生日を本件カードの暗証番号に設定したのに何ら暗証番号の変更を求めず、また、第三者が本件カードを利用するにつき本件カードと暗証番号を照合したのみであるから、本件カードの盗用について過失があり、被告は右盗用による責任を負わない。また、少なくとも過失相殺されるべきである。
(原告の主張)
参加人が被告に暗証番号の変更を求めず、または本件カードと暗証番号を照合したのみであっても、参加人に過失はない。
(六) 法定代位の成否
(原告の主張)
仮に右(一)の主張に理由がなくても、原告は「弁済につき利害の関係を有する第三者(民法四七四条二項)」に該当し、第三者弁済により法定代位する。
(被告の主張)
原告は何ら利害関係を有せず、法定代位しえない。
第三 当裁判所の判断
一 主位的請求について
<証拠略>によれば、被告は、平成八年八月八日午後五時ころから同日午後七時ころまでの間、福岡市博多区所在のパチンコ店駐車場内に自家用車(以下「本件車」という。)を駐車していたところ、同車内に置いていた本件カード等の入ったバッグを何者かに盗まれたこと、被告は同日午後七時ころ警察に盗難被害届を出したが、既に何者かが本件カードを使用して参加人のATMから合計九九万九二〇六円を引き出していたことが認められる。
右事実によれば、被告が参加人から右金員を借り入れたことは認められず、原告の主位的請求は理由がない。
二 予備的請求について
1 本件保証契約に基づく債務の範囲について
本件保証契約に基づく原告の債務の範囲は、被告が参加人との本件ローン契約に基づき負担する債務であるところ、本件特約は本件ローン契約中の一条項であることは第二、一2及び3のとおりである。
そうすると、本件保証契約は、通常の借入れに基づく債務について返済がなされない場合について保証することを、本来の目的とするものであるとも考えられるが、本件保証契約から本件特約に基づく債務を除外する旨の定めがなく、また、確かに第三者に本件カードを盗用された場合に被告に損害を負担させるのは酷とも思われるが、本件カードの盗用によって原告や参加人に多額の損害を与えうる危険性があることに鑑みると、本件特約が不合理であるとはいえない。
したがって、本件特約に基づく債務は、本件保証契約に基づき原告が弁済すべき債務に含まれるというべきである。
2 被告の注意義務の内容と注意義務違反の有無について
(一) 証拠(丙一、二の2)によれば、被告と参加人との間で締結された本件ローン契約では、契約者に対し、契約の解除がなされたとき及び契約者について相続の開始があったときローンカードの返還義務を負わせていること、本件カードの裏面には「このカードは、ご自身でお使いください」との記載があったことが認められる。したがって、本件カードの所有権は参加人に帰属し、被告は本件カードを貸与されているにすぎないというべきである。また、本件カードは盗用によって原告や参加人に多額の損害を与えうるものであるから、その管理には相当高度の注意をもってあたるべきものと考えられる。そうすると、被告は、本件カードの使用管理について善管注意義務を負っているというべきである。
この点、本件カードに限らず、一般にキャッシュカード等は、手頃に使いやすく携帯しやすいよう定期券、テレフォンカードと同程度の大きさ、軽さに作成されるものであること、したがって、利用契約者の日常生活の中で他のものとまぎれやすく紛失の可能性が低くないこと、他人による窃取等の対象となるおそれが高いこと、カード利用契約者は、その職業、社会的地位、信用取引の経験の有無など様々であり、ローンカードシステムについて知識の乏しい者がカードの発行を受ける事態があることも否定できないわけではないけれども、しかしながら、本件カードの使用管理について自己の財産におけると同一の注意義務を払えば免責されるとの被告の主張は、先に説示したところに照らし採用できない。
(二) そして、右認定のほか、証拠(乙一ないし二、丙四、五、七、被告本人)によれば、被告は、パチンコ店駐車場に本件車を駐車し施錠した際、本件カード、預金通帳及び実印等を入れたセカンドバックを助手席側後部座席の足下に置いたが、車外から車内を覗けばバック類が置かれているのが見える状態であったこと、本件カードの暗証番号が被告の生年月日と一致していた(この点は当事者間に争いがない。)ところ、被告の生年月日が記載されている運転免許証が本件車内の運転席サンバイザーの裏側に挟んで置かれていたこと、被告が当日午後五時ころから午後七時ころまでの間本件車から離れていたところ、何者かが本件車内から右セカンドバックごと本件カード等を盗み、右カードを使用して、参加人のATMから合計九九万九二〇六円を引き出したことが認められ、右各事実によれば、被告は本件車に施錠はしたものの、本件カードをセカンドバックに入れ、駐車中の本件車内に放置した状態でその場を離れ、かつ、本件カードの暗証番号を容易に看破されうる生年月日の記載された運転免許証をも同じ本件車内に放置していたのであるから、本件カードの管理について被告に善管注意義務違反があったものと認めるべきである。
3 平成九年一月一〇日時点までに参加人に生じた損害額について
本件特約は、第三者の本件カード盗用により参加人に生じた損害について賠償義務を定めているところ、右損害とは、参加人の第三者に対する不法行為に基づく損害賠償をいうのであるから、本件においては、年五分の割合による遅延損害金が発生するにすぎない。
したがって、盗取された九九万九二〇六円について本件カードが使用された平成八年八月八日から原告が代位弁済した平成九年一月一〇日の前日までの一五五日間の年五分の割合による遅延損害金は次の計算式のとおり計二万一一六〇円であり、同日までに参加人に生じた損害額は合計一〇二万〇三六六円となる。
(一) 平成八年八月八日から同年一二月三一日まで
九九万九二〇六円×〇・〇五×四六日÷三六六日=一万九九二九円 (円未満切捨て)
(二) 平成九年一月一日から同月九日まで
九九万九二〇六円×〇・〇五×九日÷三六五日=一二三一円 (円未満切捨て)
(三) 計二万一一六〇円
4 代位弁済後の遅延損害金の利率について
原告が株式会社であること、原告が被告のために本件保証契約を締結し、同契約に基づいて代位弁済をしたことはいずれも当事者間に争いがない。
そうすると、本件においては第三者による本件カードの不正使用が原告の請求の契機となっているが、本件保証契約は原告の商行為によって行われていること、本件保証契約には本件特約に基づく債務も含まれること、原告の代位弁済も商行為であることから、代位弁済後の遅延損害金の利率は商事法定利率年六分と認めるのが相当である。
5 参加人の過失の有無について
本件カードの暗証番号が被告の生年月日に一致すること、参加人が被告に対し右暗証番号の変更を求めたことはないこと、本件カードを使用して参加人から借入れが行われる場合、参加人は暗証番号の照合のみを行うことはいずれも当事者間に争いがない。
確かに暗証番号を他人に容易に知られないためには、自己の生年月日以外の番号を暗証番号として設定するのが好ましいとも考えられるが、証拠(証人北村安則)によれば、いかなる番号でも暗証番号として設定でき、個人のプライバシーの関係上金融機関が顧客に対し生年月日以外の番号に変更させる措置を行っていない以上、本件においても暗証番号変更の措置を取らせなかったといって参加人に過失があるということはできない。
また、被告は、暗証番号の照合のみで注意義務が尽くされるというのでは、印鑑照合の場合と比較して不均衡であり、不当であると主張するが、カードによる借入れの場合、特段の事情がない限りカードと暗証番号の照合のみで注意義務が尽くされるというべきであり、本件において右特段の事情を窺わせる事実は認められないから、右主張は採用できない。
以上により、本件の第三者による借入れについて参加人に過失を認めることはできず、被告の責任を否定ないし過失相殺することはできない。
6 よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の予備的請求は、求償として、右3の損害合計一〇二万〇三六六円及びこれに対する代位弁済の日の翌日である平成九年一月一一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
三 結論
以上の次第で、原告の主位的請求は理由がないから棄却し、予備的請求は右の限度で理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用(補助参加によって生じた訴訟費用を含む。)につき民事訴訟法六一条、六四条ただし書、六六条を、仮執行宣言につき同法二五九条一項を各適用して、主文のとおり判決する。