大判例

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福岡地方裁判所 昭和22年(レ)31号 判決

控訴代理人は原判決を取消す。被控訴人の請求はこれを棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は控訴代理人において

(一)  仮に被控訴人主張の調停條項第五項が有効であるとしても、該條項にいう建物移轉とは本件家屋を收去即ち取り毀すことなく其儘本件宅地より他の場所に引き直して移轉させることを意味する。このことは從來判決主文、和解條項等の記載において家屋を取り毀して土地を明渡す旨の給付を命ずる場合は、家屋を收去して土地を明渡さねばならぬと記載される例に徴しても明らかである。從つて該條項の既判力は本件家屋を移轉させることのみに止まり、宅地の明渡は包含していないから該調停を請求原因として本件宅地の明渡を求めることは失当である。

(二)  仮に右條項に宅地の明渡が包含されているとしても、被控訴人の本訴請求は右條項に定める本件家屋の收去土地明渡を求めるものであつて結局該調停に依る既判力ある事項につき再び同一の請求を本訴において主張するものであるから一事不再理の原則に反する。

(三)  仮にそうでないとしても右條項は禁止規定の廃止を停止條件とする。然るにその條件は被控訴人主張のように法令に建物移轉禁止の條項が存在するかも知れぬと万一を考慮して定めたものではなく、その趣旨とするところは該調停成立当時は戰時統制によつて工作物築造統制規則、物資統制令、臨時農地管理令等多数統制規定があつてこのため家屋を自由に築造移轉することも亦田畑を自由に宅地に変更使用することも禁止乃至制限せられて居たから斯様な統制が全廃されて木材瓦等の建築資材の入手や、田畑の宅地に変更使用等が自由に爲し得るようになれば、本件家屋を他に移轉するというのである。然るに現在尚家屋移轉を禁止する法令は存在し、且控訴人は田畑一町歩程を耕作する農家であるが宅地を所有しないので田畑を宅地に変更する以外に本件家屋を他に移轉することは不可能である。而して農地調整法に依つて田畑を宅地に変更することは禁止されているところであるから今日尚建物移轉につき禁止規定存在し該條件は成就していない。

(四)  仮にそうでないとしても控訴人には本件家屋以外に所有家屋はないから右家屋を收去すれば直ちに居住に困り田畑を耕作することも不可能となる。現今のような食糧並に住宅事情下において本件家屋を收去し被控訴人には不必要な土地の明渡を請求することは公共の福祉に反し、且人道を無視した権利の濫用である。

と述べた外は原判決摘示事実の記載と同一であるからこゝにこれを引用する。<立証省略>

三、理  由

被控訴人が控訴人に対し本訴土地明渡を訴求する原因として第一次的に主張するところは要するに右当事者間の柳河区裁判所昭和十八年(ノ)第三号調停事件において昭和十九年二月九日成立した調停條項の履行を求めるということにあるところ右調停事件において、(一)福岡縣山門郡山川村大字尾野字中小路九百三十番地宅地百十二坪同所九百二十九番地の二宅地二十五坪の本件土地及び同所字北ヘタメ五百九十番地田十八歩が被控訴人の所有であることを確認する。(二)被控訴人は右宅地上に建設しある木造草葺平家建本家一棟建坪二十二坪五合(家屋番号第二百一番第一号)の外小屋及びせこ各一棟を控訴人に対し代金四百円で賣渡すこと、(三)控訴人は昭和十九年二月十六日柳河区裁判所瀬高出張所において右代金を被控訴人に支拂ひ被控訴人はこれと引換に控訴人名義に右建物の所有権移轉登記手続を爲すこと、(四)控訴人は右建物代金と同時に右宅地及び建物に対する昭和十七年度及び同十八年度の賃料を被控訴人に支拂うことなる旨の條項を以て調停の成立したことは当事者間に爭がなく、成立に爭のない甲第一号証に依れば前記調停において右各條項の外更に第五項として控訴人は建物移轉につき禁示なきに至つたときは遅滞なく第二項の建物を他に移轉する旨の條項の成立したことを認め得る。然るに控訴人は右第五項は控訴人の調停申立代理人が擅に作成したものであるとの理由を以て右條項の成立を否認するが右調停は控訴人の調停の権限のある申立代理人が出頭してその権限に基いて同意したものであることは控訴人の自認するところであるから該條項は有効に成立したものと解すべきものである。その後昭和二十一年九月十三日控訴人被控訴人間の久留米区裁判所昭和十九年(ハ)第一六五号損害賠償請求事件において(一)控訴人は被控訴人に金千二百円を支拂うこと、(二)被控訴人その余の請求(昭和十七、八年度の賃料を含む)は抛棄すること等の條項を以て裁判上の和解が成立したことは当事者間に爭がないところ、控訴人は、該和解に因つて前認定の調停第五項は失効したものであると主張するので考えるに成立に爭のない甲第二乃至第四号証、乙第一号証及び原審における被控訴本人訊問の結果に弁論の全趣旨を綜合すれば前記土地及び建物は被控訴人が大正十三年一月控訴人より買受けたもので、土地については即日その旨の登記を了し建物についてはその現存するに拘らず控訴人において解崩登記を爲したが、右登記後に控訴人の懇願により控訴人において大正二十年(昭和六年)十二月三十日までに買戻しを爲し得べきことを被控訴人は承諾した。然るにその後控訴人は右買戻期限を徒過したに拘らず、昭和十八年一月に至り突然被控訴人を相手取り久留米区裁判所に対し買戻期限の延長を得たりと主張して(後には賣渡担保なりと変更)右土地については所有権移轉登記手続を、建物については所有権の確認を求める訴訟を提起し同廳同年(ハ)第一七号事件として繋属中控訴人は更に被控訴人に対し調停を申立てた結果、前記の如く、調停が成立して右訴訟は取下となつた。ところが右建物についてはいわゆる二重登記となつていて、すなわち前記解崩登記をなした登記の外に明治二十八年三月三十一日控訴人先代加藤忠平の保存登記の存したところから控訴人は如何なる底意ありてか右調停による建物買受代金の支拂も了せずして昭和十九年五月二日家督相続に因る移轉登記を受けた上同年同月五日女婿の訴外野田勝次に本件建物を賣渡し同人名義に賣買に因る所有権移轉登記を経由したので、これを知つた被控訴人は控訴人の該処分により本件建物の所有権は右訴外野田勝次に帰し、その結果被控訴人においてはこれが所有権を喪失するに至り建物の時價に相当する金一千五百七十五円の損害を受けたりとして控訴人に対しその賠償を求めると共に(右損害額は後で金四千五百円に拡張請求)前記土地建物に対する昭和十七年度及び同十八年度の賃料支拂の訴訟を久留米区裁判所に提起したが(昭和十九年(ハ)第一六号事件)前記の如く裁判上の和解が成立したことを認めることができる。かくの如く右和解は本件建物の所有権が訴外野田勝次に帰したことを前提とするものであるから、該和解により控訴人が調停により負担せる本件建物の收去義務は解消したものというべきであるが、これは控訴人が本件建物の所有権を有せざるに至つたが故であつて、本件建物の所有権が控訴人に再び帰したときは右調停成立の事情経緯よりするときは、控訴人は更に右收去義務を負担するに至るものと解するを相当とすべくこのことは民事訴訟法第二百一條の規定の精神よりも窺えるものといえる。而して前顕甲第四号証の記載及び弁論の全趣旨によれば本件建物の所有権は控訴人が右野田勝次に対し訴訟をなした結果控訴人に復帰し、控訴人が現在その所有権者であること明であるから控訴人においては本件建物の收去義務を負担するものというべきである。

從つて控訴人は前記調停條項に基き建物移轉につき禁止なきに至つたときは遅滞なく本件建物を他に移轉することを要するところ昭和二十四年六月三十日建設省令第九号臨時建築制限規則により住宅の移轉は全く自由に爲し得ることとなつたのであるから、控訴人は遅滞なく本件建物を他に移轉すべき義務あるものといわねばならない。この点につき、控訴人は農家であるが宅地を所有しないので田畑を宅地に変更する以外には本件建物を他に移轉することは不可能であるところ、農地調整法により田畑を宅地に変更することを禁止されているから、建物移轉につき、なお禁止は存するものであるというが前記調停成立の事情よりするも又その條項の文言自体に徴するも、いわゆる建物移轉につき、禁止なきに至つたときとは、建物の移轉自体につき禁止のなくなつたことを意味し、控訴人主張のように建物を移轉せんとするその移轉先が法令の規定上建物の敷地となし難い場合をいうものではないこと明であるから右の主張は採用の限りでない。

ところで、前記調停はその第五項において右のように建物の移轉のことを定めているだけで土地明渡については何等言及していないので、その文言のみによるときは、單に建物を移轉することのみを定めたものというべきが如くであるが、当審証人壇斡一の証言と前記認定の本件調停の成立した事情経緯とを綜合するときは、右調停は控訴人より被控訴人を相手取り、本件土地建物の所有権の帰属につき爭ありとして申立てられた調停事件であるところ同調停において土地は被控訴人の所有であることを確認し、建物は被控訴人より控訴人に賣渡すことになつたので被控訴人よりこの建物は即時本件土地より移轉すべきことを希望したのであるが、当時戰時中にて建物の移轉につき禁止規定あるやも計られずとして、その禁止規定なきに至つたとき移轉することとしたものであることを認め得るので、調停條項としては特に土地明渡の点につき言及するところがないけれどもその趣旨とするところは本件土地より本件建物を移轉してこれを明渡すにあることは明である。而も右壇証人の証言によれば建物の移轉というも特に建物をその儘引き移すことのみを意味するものではなく建物を取毀して他に搬出することをも意味し、すなわち建物を本件土地より收去するという同意義であることが窺われる。

かく解するときは控訴人の抗弁するように本訴は既に和解調書と同一の効力を有する、從つて又確定判決と同一視すべき調停調書に基きその調停條項の履行を求めると同一に帰することゝなつて、いわゆる既判力により出訴の利益なきものというべきが如くであるが、右調停調書はその表現明確を欠きその成立の事情経緯等を証すべき資料より分離して單にその記載のみによるときは右の如き結論に達し得ることを保し難いので、このような場合には更に訴を以て同一請求を主張し得べき利益乃至必要があるものというべきであるから控訴人の既判力の抗弁は採用し難い。

然らば控訴人は本件土地より本件建物を收去してこれが明渡を求める本訴請求に應ずべきものであるところ、これに対し、控訴人は借地法を援用して本件土地上に本件建物を所有し得る旨抗爭するが本件調停條項をその成立の事情経緯に照して考えるときは本件調停においては控訴人に対し本件建物所有の爲積極的に本件土地につき借地権を設定したものと見るべきものにあらずして寧ろ本件土地より本件建物を移轉すべきもその禁止規定なきに至るまで移轉を延期するいわゆる不確定の期限を附してその明渡を猶予したるに止るものというべく、これをその猶予期間内本件土地を使用し得る点より考察するときは借地法第九條にいわゆる一時使用の場合に該るものといえるので本件の場合借地法の適用なきものと解すべきものである。なお控訴人は本訴は権利の濫用というが適法に成立した調停上の義務の履行を求める本訴が権利の濫用にあらざることは多くいわずして明である。

以上説明の如く本訴請求はその理由があるからこれを認容すべく、よつてこれと同旨に居でた原判決は相当で本件控訴はその理由がないのでこれを棄却すべきものとして訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條第九十五條を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 野田三夫 入江啓七郎 眞庭春夫)

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