大判例

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福岡地方裁判所 昭和24年(レ)1号 判決

控訴人代理人は原判決中原告その余の請求はこれを棄却するとある部分を除いてその余を取消す。被控訴人の請求はこれを棄却する、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者間双方の事実上の主張及び証拠の提出、援用並びに認否は被控訴人において法律の改正によつてホテルの基準は洋室十五室以上の設備を有すれば足ることになり被控訴人経営のホテル関門莊は洋室十五室以上を有し基準に叶つてはいるが門司市にはホテル式旅館は右関門莊があるのみで門司港が貿易港であるので諸外国から貿易業者が來門しても、又その他一般の観光客や団体客等が訪れても門司市内にはそれ等の人々を宿泊させるに適した旅館がないため福岡縣並びに門司市各当局から被控訴人に対し客室増設の勧告もあり、又旅客数に比し現在の室数では不足勝であるので現在の設備の外になお本件家屋を客室に改裝して使用する必要があると述べた外は、原判決当該摘示と同一であるからここにこれを引用する。<立証省略>

三、理  由

控訴人が昭和十四年頃被控訴人よりその所有に係る別紙目録<省略>記載の家屋を家賃月二十二円毎月末拂の約にて期間の定なく賃借し現にこれに居住していることは当事者間に爭がなく、原審における証人雜賀習之の証言及び控訴人並びに被控訴人各本人の尋問の結果を綜合すると昭和二十二年二月頃被控訴人が控訴人に対し右賃貸借契約の解約を申入れたことを認めるに足る。仍て右解約申入の当否について審究するに成立に爭のない甲第一号証原審証人波多野ナツ当審証人有光寒吾の各証言、当審被控訴本人尋問の結果及び原審並びに当審檢証の結果を綜合すると被控訴人は昭和十六年頃から門司市廣石町二丁目において旅館業を営んで居たが終戰後外国貿易の再開が傳えられ門司港が貿易港として発足することが予測されたので門司警察署よりホテル経営を推奬され從來の旅館営業をホテル式営業に変更するためホテル営業の許可を申請したところ昭和二十二年五月一日附を以て客室本館に十六室(以上洋室)別館に四室(和室)を有するとして営業が許可されたこと、右別館と呼ばれる建物は本件家屋を含む七戸建一棟の建物であつて本件家屋は東端より五戸目の一戸であり右ホテル営業許可のあつた後被控訴人は現在までに本件家屋の東隣りに続けて三戸を客室に改裝して和室十二室を拡張していること(尤も中二室は被控訴人が自己の居室として使用している)、前記本館には現在洋式客室十八室を有していることが認められる。ところで旅館業法にもとずく福岡縣規則に依ると福岡縣におけるホテルの施設基準は洋室十五室以上の客室を有すれば足りることとなつているところ、前示被控訴人経営のホテル関門莊は既に所定の客室数を有していることが明らかであるから、結局客室数がホテルの基準に達しないので本件家屋を必要とする旨の被控訴人が從來主張していた事由は今日においては最早や解消した訳である。然しながら当裁判所が眞正に成立したと認める甲第四号証に当審被控訴本人尋問の結果を綜合すると門司市には現在ホテル式旅館としては前記関門莊があるのみで諸外国からの貿易業者やその他一船の団体客や観光客等の宿泊に適する旅館が他にないので福岡縣並びに門司市より客室増設の勧告を受けて居り又宿泊の旅客数に比して客室が不足勝であることを認めることができる。而して原審並びに当審檢証の結果に徴すると本件家屋は前記本館と別館とを連ねる廊下に近いところにあつて被控訴人が既に客室として改裝使用している他の部分と同様客室として使用するに適していることが認められる。以上認定の事実から考えると被控訴人がホテルの客室として使用するため本件家屋を必要とすることを首肯し得るところであるが、然し控訴人に本件家屋を明渡させてまでホテルの客室として使用することを相当とするか否かはたやすく論断し難い。そこで控訴人側に存する事情について考えるに、原審並びに当審における控訴人及び被控訴人各本人尋問の結果によれば控訴人は家族四人を擁して居るが無職であること明であるから、從つて本件家屋に居住するのでなければ特に生活がなり立たないという訳でもない。ただ現下の窮迫せる住宅事情からして他に移轉すべき家屋もなくして明渡を求められるにおいては控訴人が当面する困難についてなお考うべきものがあるが、原審並びに当審控訴人及び被控訴人各本人尋問の結果に依ると前認定の解約申入後被控訴人は昭和二十二年七月頃控訴人に前記別館の東端の一戸を轉居先として提供したが控訴人はこれを肯ぜずして移轉しなかつた事実が認められ、原審檢証の結果に徴すると右提供家屋は間取構造等本件家屋と極めて近似して居り右提供当時において疊建具等幾分損傷はしていたが住居に支障を來す程度のものではなかつたことを認めることができるのみならず、当審被控訴本人尋問の結果並に弁論の全趣旨を綜合すると控訴人が右提供家屋に移轉後において間もなく右損傷部分の修理を爲す手筈になつていたことが認められる。さすれば右提供家屋に移轉した場合修理の完成するまでは控訴人において多少の不便を見ることは想像に難くないところであるけれども、この程度の一時的不便は借家人としても忍ぶべきが相当であると思われる。而も控訴人は右提供を肯ぜずして移轉を拒んだがさりとて自ら轉居先を探出す等の積極的な努力を爲したかというに、かような事実については何等主張も立証もないので結局控訴人に見るべき誠意は何一つないというの外はなく、控訴人の斯る一方的態度は納得できないところである。從つて控訴人が本件家屋の明渡を拒む理由は極めて薄弱であつて前記解約の申入は正当の事由ある場合に該当するというべきである。被訴人は被控訴人の解約の申入は営業の拡張の爲であつて住宅緊急措置令さえ布かれている現在にあつては正当の事由ある場合に該当しないというけれども、叙上認定の如き事由による本件解約の申入は住宅緊急措置令の趣旨を考慮に入るるもなおこれを正当の事由あるものというを妨げないものと解すべきであるから、右主張は採用し難い。然らば本件家屋の賃貸借契約は前記解約の申入後六ケ月の経過によつて遅くとも昭和二十二年八月末には解約の効力発生によつて終了したものというべきである。控訴人は右解約の効力発生後昭和二十三年一月頃まで被控訴人が何等異議を述べなかつたので更に同一條件の賃貸借契約が成立した旨主張するけれども、前掲雜賀証人並びに原審被控訴本人尋問の結果を綜合すると被控訴人は前示解約申入後においても更に又昭和二十三年一月頃においても屡々本件家屋の明渡を求めていた事実を認め得るので右主張は理由がない。從つて控訴人は被控訴人に対し本件家屋を明渡すべき義務あるものというべきである。

次に家賃相当損害金の請求について按ずるに、右賃貸借契約終了によつて控訴人は昭和二十二年九月一日以降本件家屋の不法占有に依る家賃相当の損害金を支拂うべき義務あること明かであるところ、控訴人が本件家屋の昭和二十三年八月分迄の家賃相当金額を弁済のため供託していることは被控訴人の認めるところであつてその後の弁済については何等主張立証がないから、控訴人は同年九月一日以降明渡済に至るまで一ケ月金二十二円の割合に依る損害金の支拂義務あること勿論である。

以上の次第にて被控訴人の本訴請求は控訴人に対し本件家屋明渡を求める部分及び昭和二十三年九月一日以降明渡済迄の損害金の支拂を求める部分についてこれを認容しその余は失当として棄却すべく、從つて右と同旨に出でた原判決は相当であるから民事訴訟法第三百八十四條第一項第八十九條第九十五條を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 野田三夫 入江啓七郎 眞庭春夫)

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