福岡地方裁判所 昭和27年(モ)106号 判決 1952年5月02日
申請人 株式会社福岡国際観光ホテル
被申請人 米倉哲之助 外二九名
主文
当裁判所が申請会社と被申請人等間の昭和二十七年(ヨ)第九八号建造物立入禁止仮処分申請事件につき昭和二十七年三月十三日為した仮処分決定はこれを取消す。
申請会社の申請を却下する。
申請費用は申請会社の負担とする。
事実
申請会社代理人は「当裁判所が、申請会社と被申請人等間の昭和二十七年(ヨ)第九八号建造物立入禁止仮処分申請事件につき、昭和二十七年三月十三日為した仮処分決定はこれを認可する」「申請費用は被申請人等の負担とする」との判決を求め、その申請理由として陳述した事実の要点は、(一)申請会社は別紙目録記載の建造物及び設備等一切を大和商事株式会社から賃借し、福岡国際観光ホテルの名の下に、ホテル営業及びキヤバレー、一般食堂、カフエー等軽飲食店業を営んでいたもの、被申請人等はその従業員であつたところ、申請会社は昭和二十七年二月二十五日臨時株主総会の決議によつて解散をしたので、即日清算事務の一部として、被申請人等を含む全従業員の解雇を為し、併せて二月分の給与と一ケ月分の解雇予告手当を支給する旨及び会社の営業は個人の経営に切換えられるから、その上は引続きでき得る限りの従業員を再雇傭する旨を発表した。(二)以上の通り申請会社は、臨時株主総会の決議に基き、ここに解散をしたのであるから、清算事務の一部として従業員を解雇するということは正に当然の措置であり、従つて被申請人等は前記解雇の意思表示によつて、もはや、申請会社の従業員たる地位を失つたものである。(三)然るに被申請人等は申請会社の承認を得ることなく、勝手に本件建造物を占拠し、正面玄関を除くその余の出入口を釘着して経営者に面談を強要し、ドアを破つて侵入する等の暴行を働き、又他の労働団体の人と覚しき多数の人々を出入させ、夜は電蓄を鳴しピアノの鍵をはずして弾奏し、ダンスに踊り狂い、果ては備付けの椅子を並べて寝台をつくり宿泊する等を敢えてし、これを阻止退去せしめんとすれば、多衆の威力を以て反抗するという乱行を繰返しているのである。(四)よつて申請会社は、被申請人等に対し解雇確認等の本案訴訟を提起すべく目下準備中であるが、賃借人として本件建造物及び設備一切を賃貸人である大和商事株式会社に返還すべくこれが管理している責任上、今にして被申請人等の占有妨害を排除して置かなければ、火災、盗難の危險もあり又高価な設備品等の破損による計り難い損害を蒙る虞もあるので、ここに本件仮処分の申請に及んだというに在り、(五)被申請人等の主張に対し、申請会社の解散は、後記の理由に基くものであつて、断じて従業員中の特定の者を解雇し若しくは労働組合の結成を阻害するために為された擬装解散ではない。すなわちもともと大和商事株式会社及び申請会社は共に山田直太を中心に妻ハルエ、父徳一、長男豊、次男直美及びその近親者を以て設立されたいわゆる同族会社であつて、その経営に係る国際ホテル、ニユーハカタホテルは事実上山田直美が、大和ホテルは山田豊が、福岡ホテルは山田直太の信頼する戸田清子がそれぞれ経営の衝に当つていたのであるが、昭和二十七年頭初以来親族間において、直美等も相当の年配に達し、経営上の経験もできたから、それぞれ個人として独立させ、その創意と責任において事業を経営せしむべく、同年一月二十五日顧問計理士並びに弁護士の意見と助言を求めて個人企業に移すことが定められ、これによつて同年二月二十五日申請会社の取締役会(実体は親族会議)が開かれ続いて臨時株主総会に解散が提案され、ここに解散の決議が為されたのであつて、断じて擬装解散ではないと述べた。(六)疏明<省略>
被申請人等代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として陳述した事実の要点は、申請会社の主張事実は申請会社が国際観光ホテルの名の下に、申請会社主張の如き営業を営んでいたもの、被申請人等がその従業員であつたこと及び申請会社が昭和二十七年二月二十五日臨時株主総会において解散の決議が為されたとして、被申請人等に対し解雇の通告を為したことは認めるがその余は全部否認する。しかして(一)申請会社の解散は、被申請人等の労働組合の結成を阻害するために、真実解散の意思がないにも拘らず、形式上解散決議が為された如くびぼうした擬装の解散である。従つて法律上解散というものは存在しないのであるから、申請会社が清算のために被申請人等を解雇する何等の合理的根拠はなく、これは明に組合の結成を阻害し又はその運動に熱心な者を排除せんがため行われた不当労働行為であることは明であつて、このことは、従業員の間に、かねてから労働条件の改善を要求すべく組合結成の気運があつたところ、昭和二十七年二月二十四日タイムレコードカードの紛失事件を契機として、翌二十五日急速に組合が結成せられるや、突如として解散が宣言され、従業員の解雇が為された事情に徴し、疑の余地はない。(二)仮りに申請会社の解散が擬装でないにしても、以上の通り、これは組合結成を阻害し又はこれに熱心であつた者を排除せんがために行われたものであるから、このような解散は無効であり、従つて申請会社が清算のためと称して為した、被申請人等の解雇は、正に不当労働行為を構成するものである。(三)以上の次第であるから被申請人等が正当な争議行為の一環として、職場である本件建造物に出入し、申請会社に対し不当解雇徹回の要求と、営業の再開を要求することは正に許さるべきことである。申請会社は被申請人等が本件建造物に出入することにより、火災、盗難、器物破損の虞があると主張しているが、未だかつて斯る事態の起つた事実はなく、今後も斯様な危險の起る虞はない。否むしろ被申請人等は終始秩序ある団体行為の限界を守り、問題を平和裡に解決すべく、組合の結成以来、何回となく申請会社に対する協議を申入れたに拘らず、申請会社はその都度これを黙殺し、本件仮処分の申請に及んだのであつて、これがため被申請人等の結成した組合は不当に切崩され、組合員の団結権は争議破りの脅威にさらされ遂に取り返しのつかない結果を惹起する虞があるので、ここに異議申請に及んだというに在る。(四)疏明<省略>
理由
一、申請会社の解散は擬装であるとの主張について、被申請人等のすべての疏明によるも、未だ本件の解散が真実解散の意思がないに拘らず、形式上恰も解散の決議が為された如くにびぼうされた擬装解散であることの疏明があつたとは認められない。
二、申請会社の解散の効力について
被申請人等は、本件の解散は、組合の結成を阻害しその運動に熱心であつた者を排除すべき意図の下に、為されたものであるから無効であると主張している。しかしながら株式会社を解散するか否かということに従つてその企業を廃止するか否かということは、株主の自由に委かされているところであつて、労働組合のために企業を存続させなければならぬという法律上の義務はないのであるから、株主が真に会社を解散せしむる意思の下に、その旨の決議を為すならば、これによつて会社解散の効力を生じ、たとえそれが組合結成の阻害のためであつたにせよ、このことの故に、是等の解散を無効とすべき理由はない。若し斯様に解さねば、株主総会が真に解散の決議を為すに拘らず、会社は労働組合のために企業を存続しなければならぬという拘束を受ける結果となり、会社法の理念と矛盾することになろう。それで会社が解散の決議によつて解散し、企業そのものを廃止してしまう場合には、これに伴う措置として、従業員の解雇が為されてもこれは会社清算のための当然の措置であり、従つてこの場合には、別段不当労働行為の問題を生ずる余地もないと解すべきである。仮りに又以上の見解が容れられないとしても、株主総会における決議の無効を確認する判決は、ただ訴訟当事者間のみならず、広く第三者に対しても、絶対的、対世的効力を及ぼすものであるが故に、決議の無効は決議無効確認の訴によつてのみ主張し得べく、従つてこれを本案としない別訴において決議無効を攻撃又は防禦方法として主張することは許されないと解さねばならぬ。それで本件において被申請人等が申請会社における臨時株主総会の決議の無効を主張して解散の効力を争うことはそれ自体不適法といわねばならぬ。
三、本件解雇の効力について
以上の如く解散そのものの効力を争い得ないことは明であるが、しかし、一面から考えると、企業というものは、労働力を離れては在り得ないつまりそれは有形無形の資本と労働力の結合による動的な組織とみるべきであり、従つて労働関係は特定の経営者に対するというよりも、むしろ企業そのものに結合したものということができるから、たとえば合資会社から株式会社に組織変更があり、株式会社から個人企業に切換が為されたとしても、企業そのものが廃止されることなく、同一性を存続する限り労働関係は新な経営者に承継されると解すべきである。商法第百三条が合併後に存続する会社は合併により消滅した会社の権利義務を包括的に承継する旨規定しているのも、これ等の理由に因つたものということができよう。それでたとえ株主総会において解散の決議が為されても、これにより終局的な企業の廃止が伴わず、新な経営者がこれを承継して経営を続ける場合には、ただ企業の所有者乃至経営者が交替をしたというに止まり、企業そのものは、実質的には同一性を失うことなく、終始存続しているとみることができるから労働関係は解散会社から新な経営者に承継せられ、従つてこの意味では解散会社には清算の必要もなければ又清算の観念を容れる余地もないのである。そしてこのことは被合併会社が合併によつて解散をしても、これに伴うべき清算を必要としない理論と同じように考えることができよう。そうすれば、たとえ解散の決議が為されても企業そのものは廃止されず新な経営者に同一性を失うことなく、承継せらる場合には清算のために全従業員を整理する何等の必要がなく、従つてこのような場合に清算会社が組合の結成を阻害しこれに熱心であつた者を排除する底意の下に従業員を解雇することは、解散が有効であるに拘らず矢張り不当労働行為を構成し、無効と解するのが相当である。
これを本件について調べるに、本件に顕れたすべての疏明資料を綜合すると、申請会社は山田直太を事実上の実権者たる会長としてその近親者のみを以て設立せられた、いわゆる同族会社であつて、国際ホテル、ニユーハカタホテル、大和ホテル、福岡ホテルと呼ばれる四つの営業場を有し、ホテル、キヤバレー、カフエー等の営業を経営していたものであり、実際に国際ホテルとニユーハカタホテルは山田直実、大和ホテルは山田豊、福岡ホテルは戸田清子がそれぞれ経営の衝に当つていたところ、山田直太の希望により、昭和二十七年頭初頃から会社を解散して個人企業に移すべく計画することになつた。ところが一方において、かねてから労働条件の改善を要求すべく組合の結成を希望し、その気運の動いていた従業員の間に、いわゆるタイムレコードカードの紛失事件を契機として、昭和二十七年二月十五日急速に組合の結成をみることになつたため、日頃組合の結成を面白からずと考えていた申請会社において、同時にこれ等の組合の結成を阻害し、運動に熱心であつた被申請人等を排斥する目的をも併せ達せんとする底意の下に、同日急遽臨時株主総会(実質は親族会議)を招集し、会社解散の決議を為した上、即日解散に伴う清算事務の遂行に藉口して従業員を解雇するに至つたこと、申請会社は解散をしたけれども、その企業そのものは廃止されることなく、前記の如く事実上経営の衝に当つていた区分に従い、国際ホテルとニユーハカタホテルは山田直実、大和ホテルは山田豊、福岡ホテルは戸田清子の各個人経営の下に休業することなく(国際ホテルについても、即日開業の予定であつたが、本件争議の関係で遅れ、三月十四日から営業が始められた)従前通りの営業が続けられていること、ホテルの名も大和ホテルは大和ホテルというが如く何等変更がないこと、営業の場所も設備も一切が同じものであること、個人企業に移されたとはいいながら、矢張り山田直太に従前通り事実上の実権が握られ、各ホテル間に人事の交流が行われていること等諸般の事実が疏明せられるのであつて、これ等の諸事実を綜合して考えるときは、三つの事業場を有する会社を分割してそれぞれ三つの事業場を独立させ、その部分において従前と同じ企業が続けられる場合と同じく申請会社の企業そのものは、ただ三つに区分され、その範囲においては別段同一性に欠くることなく存続していると認めるを相当とする。
然るときは申請会社は解散したとはいいながら、これに伴う清算の必要はないのであつて本件の解雇は矢張り不当労働行為を構成するものと解すべく、従つて被申請人等の労働関係は従前所属の職場区分に従い、それぞれ新経営者に承継せられると解すべきである。
四、結論について
果して然りとするならば、申請会社の企業というものは、新な経営者に承継されるに至つたとみるべきであるから結局申請会社には、本件仮処分申請事件においては当事者適格が無かつたものと認むべきのみならず、又本件仮処分は被申請人等に対する解雇確認請求等を本案としては許されなかつたといわねばならぬから、本件仮処分決定はこれを取消すべきものとし、その申請を却下し民事訴訟法第八十九条を適用して申請費用の負担を定め、主文の通り判決する。
(裁判官 入江啓七郎)
(別紙目録省略)