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福岡地方裁判所 昭和27年(行)35号 判決

原告 三宅義雄 外一名

被告 福岡市長

被告補助参加人 東邦生命保険相互会社

一、主  文

原告中村の換地予定地指定処分の無効確認を求める訴並びに、原告両名のこれが取消を求める訴は、いずれもこれを却下する。

原告三宅の換地予定地指定処分の無効確認を求める請求は、これを棄却する。

訴訟費用は、原告両名の負担とする。

二、事  実

原告等訴訟代理人は、第一次的に、「被告が昭和二十四年二月二十六日附を以てなした、(イ)福岡市上東町二十三番地の一所在宅地七十五坪一合三勺、(ロ)同所同番地の五所在宅地四十三坪及び(ハ)同所二十四番地の一所在宅地八十八坪九合三勺を従前の土地とする換地予定地指定処分は、無効であることを確認する。」旨、予備的に、「右換地予定地指定処分を取り消す。」旨、並びに、「訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として次のように述べた。

「被告は、特別都市計画法に基く福岡市の土地区画整理事業の施行者として、昭和二十四年二月二十六日請求の趣旨掲記の三筆の土地合計二百七坪六勺を従前の土地としこれが換地予定地として、別個の百十三坪一合の土地を指定し、原告三宅義雄の養母三宅フサ(当時既に死亡)にあてその旨を通知した。

しかし、右換地予定地指定処分には次のような違法がある。

(1)  まず、本件換地予定地指定処分当時の前記従前の土地の所有者は、前掲三宅フサではなく、原告両名であつた。

すなわち、右福岡市上東町二十三番地の一所在の土地及び同所同番地の五所在の土地(以下前者を『甲地』後者を『乙地』と略称する。)は、もと右フサの所有であつたが、同女は、昭和十五年四月十二日死亡したので、養子の原告三宅義雄が家督相続により右所有権を承継したものであり、同所二十四番地の一所在の土地(以下『丙地』と略称する。)は、もと訴外中村喜代次郎の所有であつたが、昭和二年九月十二日同人の死亡により、その長男善蔵が家督相続人となつたところ、同人も昭和十九年三月一日死亡したので、その長男たる原告中村誠が家督相続によりその所有権を取得し、同地上に家屋を所有し、昭和二十年戦災で焼失するまでこれに居住していたものである。なお右三筆の土地は、相接して一廓をなしたので、昭和二十二年一月原告両名は共同して同地上に『大博マーケツト』と称する商店街を建設したが、原告中村は、当時若年でありかつ遠くに住所を移していたので、同人のなすべき仕事は、しばらく原告三宅においてこれを代行し、同原告はもつぱら右商店街経営の衝に当つていた。しかし、原告中村はいまだかつて原告三宅に対し丙地を譲渡したことも同地の管理権を全面的に委譲したこともない。

しかるに、本件換地予定地指定処分は、前記甲、乙、丙三筆の土地がすべて原告三宅の先代フサの所有にかかるものであるとの認定に基き、もつぱら同女にあててなされ、原告中村に対しては、今に至るもかような処分があつた旨の通知すらなされていないのである。それ故、右換地予定地指定処分は、その名宛人フサの家督相続人たる原告三宅に対する関係はしばらくおき、前掲丙地に対する原告中村の所有権を無視し蹂躪するものであるから、少くとも同原告に対する関係においてはその効力を否定しなければならない。しかも、本件換地予定地指定処分は、原告両名所有の土地につき不可分的になされたものであるから、原告中村に対する関係において無効たる以上、原告三宅に対する関係においてもその効力を生ずるに由なきものであり、かりに有効であるとしても原告三宅に対し如何なる換地が指定されたかは不明である。

(2)  更に、本件換地予定地の面積百十三坪一合は、従前の土地たる右甲、乙、丙三筆の土地の合計面積二百七坪六勺に比し、あまりにも狭きに失する。しかも、右換地予定地のうち百坪は、従前の土地をそのまま指定されたものであるから、この重なり合つた部分を除外すれば、従前の土地百七坪六勺に対応する換地予定地は、僅か十三坪一合ということになり、その減少率は実に九割近くに達し、かかる法外な減少率は、他に類例がない。それ故、本件換地予定地指定処分は、憲法上保障された原告等の土地所有権を不当に侵害するものであつて、この点からしても無効であるといわなければならない。

よつて、原告三宅は、被告に対し本件換地予定地指定処分の不当を訴えてその取消を懇請したけれども、被告は、これを顧慮することなく、昭和二十六年十月二十九日同原告に対し従前の土地上の存在する物件につき移転命令を発し、更に昭和二十七年二月二十日右物件収去の代執行をなすに至つた。そこで同原告は、昭和二十七年七月十五日福岡県知事に対し正式に本件換地予定地指定処分の取消を求めて訴願に及んだが、同知事は、同年十月十三日右訴願を却下したのである。

よつて、原告等は、本訴において第一次的に右換地予定地指定処分が違法であるとしてその無効の確認を求めるが、もし右違法の程度が本件行政処分を無効ならしめるに至らないとするならば、予備的に右処分の取消を求める次第である。」

なお、原告等訴訟代理人は、後記被告補助参加人の本案前の抗弁に答えて次のように述べた。

「(一) 原告中村誠には、本件換地予定地指定処分の無効確認を求めるにつき法律上の利益なく、同原告は、当事者適格を欠くとの被告補助参加人の主張は、理由がない。けだし、本件丙地は、現在もなお同原告がこれを所有しているからである。もつとも昭和二十七年三月二十九日同原告から原告三宅に対し同月二十八日附の売買を原因として丙地の所有権移転登記がなされた事実は、これを認めるが、右は、当時原告三宅において係争中の他の訴訟を有利に導くため、同原告の訴訟代理人であつた弁護士作元勝胤の勧説に従い仮装売買に基きなしたものであつて、真実の権利関係を反映するものではない。

(二) 次に、本件行政処分の取消の訴が不適法であるとの被告補助参加人の主張も理由がない。そもそも特別都市計画法に基く換地予定地の指定は、その後なさるべき換地処分の前提としてなされる一の経過的段階的処分であつて、それ自体独立した一の終局的処分ではなく、むしろ換地処分の計画として重要な意義を有するものであるから、換地指定のなされるまでの間におていは何時にても換地処分の計画を争う意味において、換地予定地指定の効力を争い得るものと解するを相当とする。それ故、本訴は適法といわねばならない。また、原告中村が本訴提起前訴願手続を経由していないことは、これを認めるが、本件換地予定地の指定は、原告両名所有の従前の土地に対し不可分的になされたものであり、且つ原告三宅において訴願している以上、原告中村の訴を不適法ということはできない。」(立証省略)

被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のように述べた。

「被告が、昭和二十四年二月二十六日特別都市計画に基く福岡市復興土地区画整理事業施行者として、原告主張の甲、乙、丙三筆の土地合計二百七坪六勺を一括して従前の土地とし、これが換地予定地として、別個の百十三坪一合の土地を指定し、原告三宅義雄の養母三宅フサ(当時既に死亡)あてにその旨の通知をしたこと、更に被告が、右指定処分に基き昭和二十七年二月二十日原告主張のような代執行の措置に出たこと、原告三宅が、昭和二十七年七月十五日福岡県知事に対し本件換地予定地指定処分の取消を求めて訴願に及んだが、同知事は、同年十月十三日右訴願を棄却したこと、並びに、原告両名の相続関係の事実は、いずれもこれを認める。

しかし、以下説明するとおり本件換地予定地指定処分には、決して原告等が主張するような違法はない。

(1)  まず、本件換地予定地指定処分がなされた昭和二十四年二月二十六日現在、甲、乙二筆の土地が原告三宅の所有であつたことは原告等主張のとおりであるが、丙地の所有者が原告中村誠であつたことは、これを否認する。もつとも登記簿上は同日現在中村喜代次郎(原告誠の先々代)の所有名義になつているが(丙地がもと中村喜代次郎の所有であつたことは認める)、真実は、被告の係官が本件区画整理事業施行の準備のため現地調査に赴いた際、原告三宅が言明したとおり、右丙地は、当時既に同原告に譲渡されており(その後昭和二十七年三月二十九日には、原告中村において相続による所有権取得登記をした上、同原告から原告三宅に売買に基く所有権移転登記がなされている。)現に原告三宅は、従前から甲、乙両地のみならず丙地をも白已において管理使用していたものである。それ故、本件換地予定地指定処分の通知を、原告中村に対してしなかつたからといつて、同原告は、何等その権利を侵害されたわけではないから、この点をとらえて被告の右行政処分の違法を云々するのは当らない。

(2)  次に、本件換地予定地が従前の土地よりもかなり面積狭小であることは、原告等が指摘するとおりであるけれども、かような結果がどこかで部分的に生ずることは、土地区画整理の遂行上避けられぬところであつて、法は、かような場合金銭による清算を以て不合理を矯正する途を開いているのである。しかも、本件換地予定地の従前の土地に対する減歩率は、他との比較において決して高きに失するということはできない。のみならず、前記甲、乙、丙三筆よりなる従前の土地は、いずれも電車通から多少入り込んだ位置にあつたのであるが、これに対して指定された換地予定地は、北と東の二面が電車通に接している角地であつて、地価において前者の二倍以上になつているのである。それ故、原告等が、単純に前記換地予定地の従前の土地に対する減歩率のみを捉えて、本件換地予定地指定処分が違法であると主張するのは、失当であるといわなければならない。

よつて、本件換地予定地指定処分の無効確認乃至は取消を求める原告等の本訴請求は、理由がない。」(立証省略)

被告補助参加代理人は、参加の理由として次のように述べた。

「被告補助参加人は、(イ)福岡市下新川端町十四番地の三所在宅地五十九坪五合五勺、(ロ)同市上東町二十二番地の一所在宅地六十二坪四合、並びに、(ハ)同町二十八番地の二及び同町二十九番地の四合番宅地三十八坪六合を所有しているが、現にこれらの土地の各一部を従前の土地として、本件甲、丙二筆の土地内に換地予定地の指定を受けているので、もし本件訴訟で被告が敗訴すれば参加人に対する右換地予定地指定も無効となり、その結果受ける損失は重大であるから、被告を補助するため本訴訟に参加するものである。」

なお、被告補助参加代理人は、本案前の抗弁及び本案の答弁として次のように述べた。

「(一) 原告中村誠は、本件換地予定地指定処分の無効確認を求めるにつき法律上の利益がなく、正当な当事者ではない。

同原告は、本件丙地の所有者が自己であると主張するが、同地は、もと同原告の祖父中村喜代次郎(昭和二年九月十二日)死亡の所有であつたところ、同人は、生前その二男である原告三宅義雄にこれを贈与し、同原告においてこれが所有権を取得し終戦前後から同地を甲、乙両地と共に占有管理して来たものである。かりに然らずして、右換地予定地指定当時丙地が原告中村の所有であつたとしても、同原告は、その後昭和二十七年三月二十八日原告三宅に同地を売り渡し、その所有権を喪失しており、登記簿上も同地の所有名義は、同月二十九日右売買を原因として原告三宅に移転しているのである。かように原告中村は現在丙地につき何等の権利を有しないから、同原告に本件換地予定地指定処分の無効確認を求める法律上の利益はなく、当事者としての適格を欠くものといわなければならない。

(二) 次に原告三宅の予備的請求たる本件行政処分の取消を求める訴は、下記のとおり法定の出訴期間が経過した後に提起されたものであり、かりに然らずとするも、法律が要求する適法な前審手続を経ないで提起されたものであるから、不適法たるを免れない。

およそ違法な換地予定地指定処分に対し不服のある者が、当該処分につき訴願を提起し得るか否かは問題ではあるが特別都市計画法第二十六条、都市計画法第二十五条第二項、第二十六条により、裁判所に対し直接出訴することが可能である以上、訴願は、これを提起し得ぬものと解するのが相当である。それ故、原告三宅は昭和二十七年七月十五日福岡県知事に対し本件換地予定地指定処分の取消を求めて訴願しているけれども、右は権利なくしてこれをなしたものであるから本訴の提起が法定の出訴期間を遵守しているかどうかを判断するに当つて考慮に入れることはできない。そして、被告は、昭和二十四年二月二十六日本件換地予定地を指定し原告三宅には同日右の旨を通知したにもかかわらず原告等は、その後三年以上を経過した昭和二十七年十月三十日に至りようやく本訴提起に及んだものであるから、右は、行政事件訴訟特例法第五条所定の出訴期間を遵守しなかつたものと断じなければならない。

かりに訴願をなし得るとしても、原告三宅の提起した訴願は、訴願法第八条第一項所定の処分後六十日の期間を遵守しなかつたので福岡県知事は、不適法としてこれを却下している。およそ行政処分の取消又は変更を求める訴が適法であるためには、行政事件訴訟特例法第二条所定の前審手続たる行政庁に対する不服の申立も法定の申立期間を遵守した適法なものでなければならぬことはいうまでもない。それ故、同原告の本件換地予定地指定処分の取消を求める訴も、結局訴願前置主義に違反するから不適法といわなければならない。また、同原告の提起した訴願が法定の提起期間を徒過した不適法のものである以上、出訴期間を計算するについても行政事件訴訟特例法第五条第四項を適用する余地がないから、同原告の本件行政処分の取消を求める訴が出訴期間不遵守の故を以て不適法に帰することは、前記説示の場合と同様である。

なお、以上のことは原告中村関係においても同様である。

いずれにせよ、原告等の予備的請求たる本件換地予定地指定処分取消の訴は、不適法であると断ぜざるを得ない。

(三) 最後に本案について、被告のなした本件換地予定地指定処分には、決して原告等主張のような違法の点は存しない。

(1)  まず、本件換地予定地指定処分当時の丙地の所有者は、原告中村ではなく原告三宅であつた。すなわち、原告三宅は、三宅フサの養子であるが、元来丙地の所有者であつた亡中村喜代次郎(昭和二年九月十二日死亡)の二男であつて、右実父の生前同人から同地の贈与を受けてその所有権を取得し、終戦後から同地の外これに隣接する甲、乙両地に跨つて大博マーケツトを建設所有していたものであり、右の旨は、同原告自身が、昭和二十三年末頃本件土地区画整理事業施行準備のために現地調査に赴いた被告の係官津田利七技手に言明したところである。ところで被告は、右三筆よりなる一団の土地の所有者が原告であるとして、同原告に対し一括換地予定地を指定したものであつて、ただその指定の通知は、当時甲、乙両地の登記簿上の所有名義人であつた三宅フサにあててなされ当時、同人は既に死亡していたけれども、現実にその通知を受けたのは、原告三宅自身であつたから、右指定処分には、名宛人を間違えたという違法の廉は存しないのである。

(2)  次に、本件換地予定地指定処分は、決して原告三宅に不利益をもたらしたものではない。原告は、本件甲、乙、丙三筆の土地の外、これに近接する上東町二十六番地にも宅地四十一坪五合二勺を所有し、右四筆の合計面積は、二百四十八坪五合八勺であつたところ、これに対応して指定を受けた換地予定地の合計面積は、百六十三坪八合九勺であるから、その減歩率は、三割四分強という計算になる。ところで被告は、本件福岡市上東町地域の復興土地区画整理事業を施行するに当つて、換地予定地の従前の土地に対する減歩率は、通常三割二分とし、但し、(イ)従前の土地は角地でなかつたのにこれに対応する換地予定地が角地である場合は五分、また、(ロ)従前の土地は幅員十五メートル以上の道路に面していなかつたが、換地予定地でこれに面することになる場合は三分を右減歩率に加算するという標準により、従前の土地の所有者に換地予定地を指定したのである。しかるに、原告三宅に対する換地予定地指定の結果は、右(イ)及び(ロ)の両要件を充たすものであるから、同原告としては、合計四割の減歩率は当然忍ぶべきところ、実際には前述のように三割四分強に止まることを得たのである。(因みに、同じ上東町地域にある被告補助参加人所有の土地が本件区画整理の結果蒙つた減歩率は、三割三分八厘であつて、同原告のそれと大差はない。)しかも同原告は、本件換地予定地指定によつてあらたに電車通に面する角地を使用し得るようになり、その地価は躍進し、莫大な利益を得ているのである。

よつて、本件換地予定地指定処分の無効確認乃至は取消を求める原告等の請求は、理由がない。」(立証省略)

三、理  由

被告が、昭和二十四年二月二十六日原告等主張の甲、乙、丙三筆よりなる一団の土地合計二百七坪六勺を従前の土地としその換地予定地として別の土地百十三坪一合を指定し、その通知を原告三宅義雄の養母三宅フサ(当時既に死亡)あてになしたこと、同日現在甲、乙二筆の土地の所有者が、原告三宅であつたことは、当事者間に争いがない。

よつて、右換地予定地指定当時及び現在における丙地の所有者が何人であるかにつき判断する。

同地がもと中村喜代次郎の所有であつたこと、同人は、昭和二年九月十二日死亡したので、その長男喜蔵が家督相続人となつたが、同人も昭和十九年三月一日死亡したので、その長男たる原告中村誠が、更に家督相続人となつたことは、当事者間に争いがない。しかるに、成立につき争いのない丙第一、第四、第七及び第八号証、証人津田利七の証言、並びに、原告中村の第一回及び原告三宅の各本人訊回の結果(後記信用しない部分を除く)によれば、(1)原告三宅は、原告中村の先々代喜代次郎の二男であること、(2)昭和二十三年八、九月頃、福岡市技術吏員津田利七が被告の命を受けて同市土地区画整理の準備のため本件土地附近の現地調査に赴いた際、原告三宅は、右吏員に対し、丙地は、自分がさきに三宅フサと養子縁組をした際実父喜代次郎から贈与を受けて、現にこれを所有している旨言明した上、土地区画整理の結果自分の所有している甲、乙、丙三筆の代りに貰える換地はどうなるだろうかと質問したこと、(3)同原告は、本訴提起に先立つこと僅か八箇月の昭和二十七年三月三日、当裁判所に弁護士作元勝胤を代理人とし、右三筆の土地がいずれも自己の所有にかかるものとして訴外井手重武、藤好美及び大庭しかのを相手に本件土地の使用及び立入禁止の仮処分の申請をしたこと(同年(ヨ)第八八号事件)、右仮処分の取消申立事件(当裁判所同年(モ)第八三号事件)の同月二十日午後一時の口頭弁論期日において、右代理人作元弁護士は裁判官の問に対し、丙地は、原告三宅がさきに中村喜代次郎から贈与を受けて現にこれを所有している旨答えたこと、(4)同地の登記簿上の所有名義は、前述のように喜代次郎が昭和二年九月十二日死亡した後も久しくそのまま放置され、原告中村所有名義に登記がなされたのは、本件換地予定地指定処分後の昭和二十七年三月二十九日であること、(5)本件三筆の土地の上には、昭和二十二年頃『大博マーケツト』と称する商店街が建設され、本件行政処分当時も存在しており、その建設及び経営にあたつていたのはもつぱら原告三宅であり、原告中村においてその建設資金を支出したことはなく、僅かばかり利益の分配にあずかつていたにすぎないこと、並びに、(6)原告三宅は、昭和二十四年二月二十六日被告から本件換地予定地指定の通知を受けたが、原告中村は、原告三宅の甥であり、当時既に二十二歳に達し(大正十五年十二月二十二日生)、且つ、原告三宅と同じ福岡市内に居住しながら、その後久しく右換地予定地指定の事実を知らず、ようやく昭和二十六年末頃被告から右商店街の移転命令が発せられるに及び、被告の係員安河内寛行から右事実を聞知したものであることが認められる。且つ、(7)同地につき昭和二十七年三月二十九日受附で同月二十八日附の売買を原因として原告中村誠から原告三宅義雄に所有権移転登記がなされていることは、当事者間に争いがない。

そこで、以上認定事実並びに成立につき争いのない丙第六号証を綜合すれば前記丙地は、原告が三宅フサと養子縁組した際(前掲丙第八号証によれば、それは、大正八年一月二十五日であることが認められる。)、実父中村喜代次郎から贈与を受けてその所有権を取得し、ただその所有権取得登記が本件換地予定地指定後になされたにすぎないものであり、その所有権は、本件換地予定地指定当事は勿論、現在まで原告三宅に帰属していると認定すべきものである。証人岡村繁輝及び同井上彌六の各証言、並びに、原告中村の第一回及び原告三宅の各本人訊問の結果中右認定に反する部分は、当裁判所のたやすく信用し難きところであり、他に右認定を覆すに足る証左は存しない。

かように、丙地の現在の所有者は原告中村ではなくまた、同原告が本件三筆の土地につき現在地上権、賃借権、抵当権等何等かの権利を有するとの事実は、同原告において全く主張、立証しないところであるから、右三筆の土地の換地予定地としていかなる土地が指定されたとしても、同原告に全然利害関係のない事柄であり、同原告は、本件換地予定地指定処分の無効確認を求める利益を欠くものと断ずべきである。

なお、原告三宅の第一次的請求について考えても、被告が右丙地の所有者を原告三宅であると認定して本件換地予定地指定に及んだことに何等違法の点はなく右行政処分の通知が、当時既に死亡していた同原告の先代三宅フサ宛になつていた点に形式上の瑕疵があるが、右通知を原告三宅において現実に受領していることは、同原告本人訊問の結果により認められるから、右瑕疵は、治癒されたものと認めるのを相当とする。

次に、右三筆よりなる従前の土地の面積及び価値と、これに対応して指定された換地予定地のそれと比較し、本件行政処分が原告三宅に対しいかほどの不利益をもたらしたかにつき考えよう。右従前の土地の合計面積が二百七坪六勺であり、これに対応して指定された換地予定地の合計面積が百十三坪一合にすぎないことは、当事者間に争いがない。しかしながら、証人武内卯兵衛の証言、並びに、これにより真正に成立したと認められる丙第十一及び第十二号証を綜合すれば、右従前の土地は、甲、乙、丙三筆の土地が一応相接して一団をなしているとはいうものの、その形状は、おおむね細長い長方形であつて、道路に接する側面の長さはかなり短く必らずしもその利用価値は高いとはいい得ないのに反し、換地予定地は北側と東側が道路に接する短形の角地であり、殊に北側の電車通に面する部分は、従前の土地よりはるかに長く、極めて利用価値が高いことが認められるから、四割の減歩率ではあるが右換地予定地の指定処分が、同原告に対し著しい不利益をもたらしたものということはできず従つて右処分を当然無効であるとしたもの、すなわち憲法に認められた所有権の保障乃至は平等の原則を無視した違法があるとはいい得ず、従つて、右処分を当然無効であるということはできない。

よつて、原告三宅の本件換地予定地指定処分の無効確認を求める請求は、理由がない。

更に予備的請求につきその訴が適法であるかどうかにつき判断を進める。

そもそも、特別都市計画法に基く違法な行政処分に対していかなる不服申立の方法があるかは特別都市計画法第二十六条、都市計画法第二十五条、第二十六条の解釈をめぐつて、異論の存するところであるが、当裁判所は、かかる場合行政庁に対する訴願と裁判所に対する出訴とが選択的に認められており訴願に対する裁決があつた場合は更に行政事件訴訟特例法により裁判所に出訴しうるものと解する。従つて訴願手続を経由して後原処分の取消を求めて出訴する場合、その出訴期間は、行政事件訴訟特例法第五条第四項により訴願の裁決のあつたことを知つた日又は訴願の裁決の日から、これを起算すべきものといわねばならない。原告等は、換地予定地指定処分取消訴訟は、本換地の指定がない限り出訴期間の制約は受けないと主張するが、右は法律上何等の根拠のない原告等の独断にすぎず、しかも土地区画整理事業の速やかな進行を希求する特別都市計画法の精神をも没却するものであるから、これを採用することができない。

しかして、本件換地予定地指定処分がなされたのが昭和二十四年二月二十六日であることは、当事者間に争いがなく、また、本訴提起が昭和二十七年十月三十日であることは、訴状押捺の当裁判所の受理印により明らかである。よつて原告中村の本訴が出訴期間内に提起されたか否かにつき按ずるに、原告中村が本訴提起前本件行政処分に対し訴願をしたとの事実は、何等同原告において主張し立証しないところであるから、本訴は直接裁判所に出訴されたものと認めねばならず、その出訴期間は、行政事件訴訟特例法第五条第一項第三項所定の期間でなければならず、本訴の提起が処分の日から三年八月を経過した後であることは前認定のとおりであるから、本訴は、出訴期間経過後に提起されたものというべく、しかも、正当な事由に因りこの期間内に訴を提起することができなかつたことの疎明は、何等存しない。よつて、原告中村の右予備的請求は、出訴期間を徒過して提起された不適法な訴といわねばならない。

次に、原告三宅の本訴が出訴期間内に提起されたか否かにつき按ずるに、同原告が本訴提起前昭和二十七年七月十五日、福岡県知事に本件換地予定地指定処分を不服として訴願を提起したことは、当事者間に争いがない。しかして右訴願が、訴願法第八条第一項所定の期間を遵守しなかつたものであり、右を理由として却下されたことは、成立に争いのない丙第二号証によりこれを認めることができる。かように訴願が不適法な場合にはたとえそれに対し却下の決定があつても、それは行政事件訴訟特例法第五条第四項にいう訴願の裁決を経たことにはならないから、その場合の出訴期間は、同条第一項第三項によらねばならず、同原告において本件換地予定地の指定の通知を受けたのが昭和二十四年二月二十六日であることは、同原告の自認するところであり本訴が原告中村と同じく昭和二十七年十月三十日に提起したことが訴状押捺の当裁判所の受理印により明らかであるから、原告中村の場合と同様原告三宅の右訴は、同法条第一項第三項所定の出訴期間を経過した後に提起したものといわなければならない。よつて、原告三宅の右予備的請求も不適法な訴といわねばならない。

そこで原告中村の本件換地予定地指定処分の無効確認を求める訴、並びに、原告両名の右行政処分の取消を求める予備的訴はいずれも不適法としてこれを却下し、原告三宅の右行政処分の無効確認を求める請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鹿島重夫 大江健次郎 戸根住夫)

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