福岡地方裁判所 昭和30年(行)17号 判決 1955年10月26日
大川市向島二千九十七番地の二
原告
有限会社古賀木工場
右代表者代表取締役
古賀徳次郎
右訴訟代理人弁護士
由布喜久雄
同
市榎津三百二十五番地の一
被告
大川税務署長
奥村欽吉
右指定代理人
今井文雄
小倉馨
新盛東太郎
右当事者間の昭和三十年(行)第一七号物品税滞納処分取消請求事件につき当裁判所は次のとおり判決する。
主文
原告の訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は「被告が原告に対する昭和二十五年度物品税金四万二千九百円の滞納処分として昭和三十年五月二十七日原告所有の木工旋盤一台につきなした差押はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、「原告は机、椅子等の製造及び販売を業とするものであるが、訴外九州電力株式会社港第二発電所(大牟田市新港町一番地所在)に対し、(一)昭和二十五年六月十四日原告製造の事務机(単価金二千四百円のもの)二十個を金四万八千円で、(二)同年七月八日同じく事務机(単価金二千四百円のもの)二十箇を金四万八千円で、(三)同月十三日同じく事務机(単価金二千四百円のもの)十箇を金二万四千円で各移出販売した。而して(一)(二)の場合はそれぞれ一箇につき金五百円相当、(三)の場合は一箇につき金三百円相当の輸送、入庫等の費用を要したので、(一)及び(二)の場合は各金一万円、(三)の場合は金三千円を費用として前記発電所から受取つた。ところで物品税は机については単価金二千五百円以上のものにのみ百分の三十の税率で課税されていたから、前記事務机の移出については当然課税されない筈である。然るに被告は前記費用を物品の価格に加算し、(一)(二)の場合は一箇金二千九百円、(三)の場合は一箇金二千七百円として計算の上、総合計金十四万三千円の物品を移出したものと認め、物品税金四万二千九百円を賦課決定した。而して被告は昭和二十八年十一月頃原告の代表者古賀徳次郎を右物品税を逋脱したものとして福岡地方検察庁柳川支部に告発したが、同検察庁において捜査の結果犯罪の嫌疑なしとして昭和二十八年十二月十二日不起訴処分に付せられた。然るにその後被告は原告に対し物品税金四万二千九百円を納付すべき旨督促をなし原告がこれに応じないところから、昭和三十年五月二十七日被告は原告所有の木工旋盤一台の差押をなした。しかし被告の右物件に対する差押は前述の如く違法な賦課処分に基くものであつて違法であるから、原告は昭和三十年六月二十五日被告に対し再調査の請求をなしたが、これに対する決定、更に審査の請求並びにこれに対する決定の手続を経由するにおいては著しき損害を生ずる虞があるのでここに右滞納処分の取消を求めるため本訴に及んだものである。」と陳述し、被告の本案前の抗弁に対し、「原告が本訴提起に先立ち被告に対し再調査の請求をなしたのみで、審査の請求をしていないこと、被告が本件物件の差押に際しその保管を原告に命じ、その使用を許可していること、未だに公売予告通知を受けていないこと、従つて公売公告がなされていないことは認めるが、被告が原告の再調査請求を棄却し昭和三十年六月二十七日この旨を原告に通知したとの点は否認する。
しかし原告の本訴提起が訴願前置の要件を欠いているとしても、原告代表者が物品税法違反被疑事件につき犯罪の嫌疑なしとして不起訴処分に付せられたので物品税の問題は当然に解消したものと信じていたところ、その後も物品税納付の督促があるので原告は大川税務署、福岡国税局に出頭してその事由の説明を求めたが納得できなかつた。従つて再調査、審査の請求等による行政上の救済を求めても到底その見込のないことは予測し得るところであり、また本件は昭和二十五年度の物品税の問題であるから速かに裁判所の最終的判断により解決すべき事態にあり訴願前置はその必要のないものと思料する。
また仮に公売の執行手続が被告主張の如く差押後三ケ月乃至一年半の期間を置いてなされるものとすれば、本訴提起の当時は著しき損害を生する虞がなかつたかも知れないが、既に四ケ月を経過した現在においては、その虞充分にあるものというべきである。」と述べ被告の答弁に対し「本件物品税につき昭和二十八年九月二十四日頃納税告知を受けたことは認める。」と附陳し、乙第三号証の成立を認め同第一、二号証の成立を否認した。
被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、本案前の抗弁として「原告は被告のなした滞納処分の取消を求めるものであるが、右訴の提起については国税徴収法第三十一条の四第一項に従い同法第三十一条の二による再調査の請求、並びに同法第三十一条の三による審査の請求をなしその審査の決定(同法第三十一条の三第五項の決定)を経由しなければならないのに、原告はその主張の頃再調査の請求をなしたのみで審査の請求を経ていないから、本訴は訴願前置の要件を欠き不適法のものである。なお被告は昭和三十年六月二十七日右再調査の請求を棄却しこれを原告に通知した。もつとも原告は国税徴収法第三十一条の四第一項但書にいわゆる著しき損害を生する虞があるときに該当すると主張するが、被告が国税滞納による公売をなさんとするときは、公売決行前に滞納者に対し公売予告通知を発して納税方を勧奨したうえで公売公告をなし、右公売公告の初日より少くとも十日の期間を置いて公売の執行をしている。而して差押の日から公売公告の日までは三ケ月乃至一年半の期間を存しているのが通例である。ところで原告に対しては本件物件を被告において差押えた後、その保管を原告に命じ且つその使用をも許可しており、未だ公売公告はもとより公売予告通知をも発していないのであるから公売処分実施の日が切迫しているようなこともなく、また原告主張の如く著しき損害を生ずる虞は全くない。従つて原告の本訴請求は不適法として却下さるべきである。」と陳述し、本案について「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として「原告主張の事実中、原告が机、椅子等の製造販売業者であつて、その主張の頃訴外九州電力株式会社港第二発電所との間にその主張のとおり机の売買が行われたこと、当時物品税が机については価格二千五百円以上のものにのみ課税されていたこと、原告会社代表者を右物品税の逋脱を理由として告発したところ、検察庁は捜査の結果原告代表者を不起訴処分に付したこと、その後被告において右物品税の納付を督促したが、原告がこれに応じないため昭和三十年五月二十七日本件物件を差押えたこと、原告において同年六月二十五日被告に対し右差押に異議ありとして再調査の請求をなしたことはいずれも認めるが、本件物品税賦課の対象となつた机が価格二千四百円であつたことは否認する。従つて原告の右物品の移出について課税されないとの主張は争う。
ところで原告は本訴において、本件物品の移出については物品税を課すべきでないにもかかわらずこれを課税したものであるから、右賦課処分に基ずきなされた本件差押処分もまた違法であると主張する。しかし課税処分と滞納処分とは全然別個の手続のもとに行われその性質を異にする処分であつて、税法も各処分について各別の不服申立方法を定め、それぞれの処分の段階において各処分の違法の有無を確定しようとしているのである。従つて課税処分の違法は同処分に対する再調査、審査の請求更には訴訟手続においてのみこれを主張すべきであり、既に課税処分につき不服の申立をなさずしてこれを確定せしめた以上、あらためて滞納処分の取消の訴において課税処分の違法を主張することは許されない。而して本件物品税については昭和二十八年九月十四日納税告知をなし、原告において不服申立をなさないまま課税処分は既に確定している。
仮に課税処分の違法が滞納処分の取消の訴において主張できるとしても、本件物品税の課税についても、何等違法の点はない。即ち、原告は訴外九州電力株式会社港第二発電所との売買により、(一)昭和二十五年五月三十一日に机二十箇(単価金二千九百円)を、(二)同年六月十五日に机二十箇(単価金二千九百円)を、(三)同年七月十一日に机十箇(単価金二千七百円)をそれぞれ原告の製造場より移出した。
従つて物品税法(昭和二十四年法律第四三号による改正後、昭和二十五年法律第二八六号による改正前のもの)第二条、第四条により当然本件課税のとおり物品税が賦課される筈である。而して原告は(一)(二)の場合において机一箇につき金五百円、(三)の場合は金三百円をそれぞれ諸費用として受取つたもので、物品の価格は金二千四百円であると主張するが、一般にかかる取引においては諸費用を含めた金額を物品の価格として取扱われるのが通例であつて物品税法にいわゆる物品の価格もこのような金額をいうのである。このことは物品税法施行規則第十一条(昭和二十四年政令第八三号による改正後のもの)に「物品ノ価格ハ当該物品及其ノ容器又ハ包装ノ価格ニ荷造費、運送費、保険料其ノ他ノ費用ヲ加ヘタル金額ニ依ル」旨を規定していることからも明白である。されば本件課税処分には原告主張の如き違法は存在しない。また差押処分自体の瑕疵については原告の何等主張しないところであるから原告の本訴請求は理由がない」と述べ、立証として乙第一乃至第三号証を提出し、証人柴山四郎の尋問を求めた。
理由
先ず本件訴が適法であるか否かについて判断するに、税務署長のなした滞納処分に対し異議あるものは当該処分をした税務署長に対し右処分の通知を受けた日から一ケ月以内に再調査の請求をなし、これに基ずく決定に対し国税局長に審査の請求をしてその決定を経たうえ、訴を以て滞納処分の取消を求め得ることは国税徴収法第三十一条の二乃至四により明白である。然るに原告は右滞納処分について被告に対し昭和三十年六月二十五日再調査の請求をなしたのみで審査請求の手続を経ていないことは当事者間に争がない。
なお、原告の再調査請求につき被告が昭和三十年六月二十七日右請求を棄却する旨の決定をなしその頃原告に対しその旨通知したとの点については当事者間に争のあるところであるが、仮に右請求棄却の決定が原告に通知されていないとしても本訴の提起は勿論本件最終口頭弁論期日まで国税徴収法第三十一条の四所定の再調査請求の日から未だに六ケ月を経過していないことは本件記録に徴し明らかである。
ところで原告は訴願の裁決をまつて訴を提起するとすれば、その間に職業に必要な差押物件を公売手続により奪われ著しき損害を蒙むる虞があると主張するが、本件差押物件は差押とともに原告に保管を命じその使用を許可しておるものであること当事者間に争のないところであるから現実に損害を生ぜしめていないことは勿論、成立に争のない乙第三号証並びに証人柴山四郎の証言によれば、通常公売執行に際しては公売前にできるだけ滞納者に現金納付の機会を与えるため、公売公告を出すまでに原則として引揚(予告)通知又は公売予告通知を発しているのみならず、大川税務署の取扱としては差押の日から公売公告の日までに六ケ月乃至二ケ年の期間を存していることが認められ、且つまた原告に対しては未だに公売公告はいうまでもなく公売予告通知をもなされていないことは当事者間に争のないところであるから、右公売処分実施の日が切迫しているようなこともないといわなければならない。然らば本件は国税徴収法第三十一条の四第一項但書にいう著しき損害を生ずる虞ある場合に該当しないものと認定するのが相当である。
なお原告は本件滞納処分に対し再調査、審査の請求等の行政上の救済を求めても到底認容される見込なく、また昭和二十五年度の物品税に関する処分であり既に相当の日時を経過しているから本訴については必ずしも訴願前置を要しないものと主張するが、行政訴訟につき訴願前置を定めた法の趣旨に照らし右主張は採用できない。
以上の次第であるから原告の本訴提起は訴訟要件を欠きその欠缺は補正し難いものといわなければならない。
よつて本訴請求は本案の判断をなすまでもなく不適法な訴として却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 鹿島重夫 裁判官 大江健次郎 裁判官 権藤義臣)