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福岡地方裁判所 昭和30年(行)3号 判決 1974年12月03日

原告 上田清次郎

被告 福岡国税局長

訴訟代理人 小沢義彦 ほか七名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 <省略>

理由

一  請求原因1記載の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで先ず租鉱権は富裕税の課税対象となる財産であるか否かについて検討する。富裕税法二条によると、富裕税は納税義務者の有する財産の全部に対して課税されるものであるが、同法には右財産の意義ないしは課税対象財産の範囲を制限的に明示する規定は存しない。そうすると、富裕税の課税対象となる財産の範囲を明かにするためには、同法二条にいう財産の意義を明かにしなければならないのであるが、鑑定人熊本敬一郎の鑑定の結果によると、税法上の財産概念は民事法上の財産概念より狭く、金銭的価値を有する物または権利をいうものと解されているから、結局、金銭的価値を有する物または権利のすべてが富裕税の課税対象になるということができる。ところで、鉱業法によると、租鉱権とは設定行為に基づき他人の鉱区において鉱業権の目的となつている鉱物を掘採しこれを取得する権利であつて、これは物権とみなされるから、租鉱権は金銭的価値を有する物である鉱物に対する支配権であるということができ、この点では鉱業権と実質的に異るところがないものである。したがつて、租鉱権は金銭的価値を有する権利であるということができ、その結果富裕税の課税対象となる財産であるというべきである。ところが、富裕税法一二条には、財産評価の原則として、特別の定めのあるものを除くほか、課税時期における財産の価額はその時における時価によると規定しており、時価とは不特定多数の当事者間で自由な取引が行なわれる場合に通常成立すると認められる価額をいうのであるが、鉱業法七二条によると、租鉱権は相続その他の一般承継の目的となる外、権利の目的となることができないとされており、租鉱権は自由に他に処分することを法律上禁止されている権利であるから、これについて時価が成立するか否かは一応疑問のあるところである。しかしながら、鉱業法が租鉱権の自由な処分を禁止するのは、鉱山保安上の要請という政策的見地に基づくにすぎず、このことによつて租鉱権の金銭的価値が失なわれるものではない。租鉱権に金銭的価値がある以上、社会経済上の通念から見れば取引が成立することは明らかであり、法律上は、鉱業法八二条により売主が租鉱権を放棄し、買主が新たに鉱業権者との間で租鉱権設定契約を結びその認可を経ることにより、租鉱権の譲渡の目的を達することが可能である。そうすると、租鉱権についても時価が成立し得るといえるから、時価主義により、租鉱権に富裕税を課すことができるのである。したがつて、租鉱権に時価が成立し得ないことを理由に、これが富裕税の課税対象とならないとする原告の主張は失当として排斥を免れない。

右のように解することは、富裕税が所得税の補完税として所得を生ずる元本である財産価格に対して課せられ、もつて富の不均衡を是正するという目的にも合致するのである。

なお、富裕税法三条一項二号には、財産の所在に関し、鉱業権について規定しているものの、租鉱権には何ら触れていないのであるが、<証拠省略>によると、租鉱権は富裕税法施行後の昭和二五年一二月に公布された鉱業法により新たに設けられた権利であり、富裕税法はその施行当時から早晩廃止されることが予想されていたため、昭和二七年当時に至つても前同号に鉱業権と並んで租鉱権を加える改正をしなかつたにすぎないことが認められるから、同号に鉱業権に関する規定があるのに租鉱権について触れていないからといつて、同法が租鉱権を例外的に課税対象から除外する趣旨でないことは明らかである。

三  次に、原告は、租鉱権に富裕税を課することは憲法八四条の租税法律主義に反すると主張するので、この点について判断する。原告の主張の骨子は、租鉱権についてはその時価の算定方法が他の財産に比較して極めて困難であるから、時価の算定方法までも法定しなければ租鉱権について課税条件を法定したことにはならないのに、富裕税法にはその規定がないという点にある。たしかに、同法には財産評価の通則として時価主義による旨の規定があるのみで、租鉱権の時価の算定方法については何ら規定するところがなく、<証拠省略>によると、被告は富裕税財産評価事務取扱通達に基づいて租鉱権の時価を算定したことが認められる。しかし、時価の算定方法は評価理論の進歩の度合や社会経済条件の変化に応じて変遷するものであり、また財産の種類に応じ種々の算定方法が考えられるのであるから、これを法律上に逐一かつ一義的に規定することは極めて困難であるのみならず、法律上評価基準として時価主義によることが明示されていて、税務当局において算定基準を定めて運用を統一している以上、法律にこれを定めることは望ましいことではあるが、かならずしも必要なことではないというべきである。なぜならば、租税法律主義は、課税条件を法定することにより、公平で公正な課税の実現を保障することを目的とするものであるが、時価の算定方法がたとえ通達に基づくものであつても統一されておれば、課税の公平を期することは可能であるし、また通達の定める算定方法が公正で妥当であるか否かは、法律に定める評価基準に照らして裁判所が判断し得ることがらであつて、納税義務者が出訴することにより課税の公正を計ることが可能であるから、具体的な時価の算定方法が法定されていなくても、租税法律主義の趣旨を逸脱するものではないと考えられるからである。結局、原告の主張は、租税法律主義の問題ではなく、被告の算定方法が時価の算定方法として正当であるか否かの問題に帰着するのである。

四  そこで、被告の行つた租鉱権の時価の算定方法の一般的な当否について、<証拠省略>を参考のうえ判断する。

1  租鉱権の時価の算定方法として現在考えられているものには、間接法と直接法とがあり、前者は鉱業全体を評価単位とし、鉱業価額から鉱業を構成する租鉱権以外の資産価額を控除した額をもつて租鉱権の価額とする方法であり、後者は租鉱権それ自体を独立の評価単位として把握し、租鉱権の価額を認識する方法である。ところで、前者は、鉱業全体の価額を算出するために鉱業の収益を基礎として収益還元法によるのであるが、富裕税のような財産課税においては、財産の帰属主体の能力に関係のない客観的価格を課税標準とすべきであるのに、右方法はこれと矛盾する収益という主観的要素を算定基準としているのみならず、鉱業全体の価額から控除すべき租鉱権以外の資産の中には算定不能な営業権価格が含まれていて、正確な租鉱権の価額の算出が困難であるとされており、他方、後者は、租鉱権の客体となる埋蔵鉱物の埋蔵量及び鉱物の単位あたりの通常価格により、埋蔵鉱物全体の価額(これは採掘権の価額である。)を基準とするため、間接法に見られるような算定上の間題点は回避しうるが、租鉱権の価額は採掘権そのものではなく、採掘権の価額を上限とし、評価額零を下限とする価額の中間位にあると考えられるため、これを具体的に確定することは困難であるとされている。

2  ところで、租鉱権の価額が採掘権の価額と同様その客体となつている埋蔵鉱物の価値によつて規定されることについては、おそらく異論はないものと思われるが、埋蔵鉱物はそれ自体において一定の価値を有するものではなく、掘採されて処分される場合に一定の価格を形成するものであり、その場合には掘採及び販売に要した経費の程度は全く関係がなく、鉱物の品質や需要の程度等の経済状況によつて一定の市場価額が形成されるものと考えられるから、鉱物の実質的な価値はその単位あたりの収益に如実に反映するものというほかないのである。そして鉱物の単位あたり収益は鉱業全体の収益を規定する一要素であるから、結局、租鉱権の価額は基本的には鉱業の収益を基準とせざるを得ないのではないかと考えられる。前記直接法において算定の基礎とする鉱物の単位あたりの通常価額というのも、産出鉱物の山元における通常価額から掘採原価及び販売経費その他を控除した価額というのであり、実質的には単位あたりの収益をいうのと同一に帰するのではないかと思われる。それが、単なる市場価格をいうのであれば、理論的に極めて疑問である。原告の主張する石炭鉱業整備事業団業務方法書に定める採掘権評価方式は、基本的には直接法に属するものと考えられるが、右方式の算定要素となつている基準価額は正に単位あたり収益に他ならない。そうすると、直接法といえども、鉱業の収益という主観的価値を算定要素に持ち込むものであつて、この点では間接法との優劣をつけ難いというほかないのである。

3  問題の一つは、<証拠省略>にも見られるように、鉱業全体の収益は、鉱物の単位あたり収益のみならず、鉱業の採掘能力すなわち採掘設備の程度によつても規定されるため、間接法によると、租鉱権の価額が変わり得るのではないかと考えられる点である。たしかに、平均年間収益を基礎として収益還元法により鉱業の価額を算出する限り、鉱業設備の程度によつては平均年間収益は変わり得るから、鉱業の価額は変動し、したがつて租鉱権の価額にも影響があることは否定できないところである。そうすると、企業活動の程度によつて財産の価額が変動するということは、本来客観的であるべき財産課税の課税標準としては不適当ではないかとの疑問が起り得るのである。しかし、租鉱税は法定の存続期間が定められており(これは設定契約の更新と監督官庁の認可を経ることにより延長可能であるが、権利として当然延長できるわけではないから、この法定期間を無視することはできない。これを無視すれば、租鉱権と採掘権すなわち鉱業権との実質的差異はなくなつてしまう。)、しかも一定量の埋蔵鉱物を客体とするのであるから、その存続期間内にすべての埋蔵鉱物を掘り尽すに必要な程度以上の設備は無意味である。特に、鉱業の設備は右鉱業の経営を離れては殆んど価値のないものであるから、過度の設備は考えられない。そうすると設備の程度如何による鉱業の価額にも一定の上限があるのであり、この上限こそは正に設備の程度に関係のない客観的な鉱業の価額といえる。そして、これを下回るような設備の鉱業の価額にこそ問題があり、これに基づく租鉱権の算定はむしろ客観的でないといえるが、結果において納税義務者に不利益を課すことにならず、この点の疑問は間接法による算定を否定するほどのものとはいえない。なお、原告の主張する前記算定法も年間生産数量を要素としており、これは正に鉱業設備の程度に規定される要素であるから、間接法と同じ問題をはらんでいるものといえるのである。

4  もう一つの問題は、間接法による租鉱権の算出額には企業活動により事実上形成された営業権の価額が含まれてしまい、これを除外する方法がないという点である。しかしながら、鉱業においては企業者の経営手腕の優劣や取引先の有無といつた点は鉱業の価額にそれほど関係があるとは考えられず、これに決定的な影響を与えるのは鉱区及び鉱物の質にあるといえるから、仮に営業権が認められるとしても、それは算定上の他の諸要素のひかえ目な認定により無視できる程度のものといつて差支えなく、また、仮に無視できないような営業権があるとすれば、これも一個の財産として富裕税の課税対象から除外されるものではなく、その算定が困難であるという事情を考慮すれば、租鉱権と合せて算定し課税しても、あながち不当であると言うことはできないのである。そうすると、この間題も間接法による租鉱権の算定を不当とする理由にはならないものといえる。

5  他方、直接法が、掘採可能と認められる埋蔵鉱物の量と右鉱物の価値権に対する期待権の価額(通常価格)から直接採掘権の価額を評価するとするのは、理論的に明快であり、実際可能であるならばより客観的な評価方法といいうるであろうが、その地質、埋蔵鉱物の量、品位及びその分布状況等の自然条件並びに租鉱区の立地条件など種々多様な間題を抱えている鉱業の特異な性格を考えるとき、右鉱物の通常価格といえどもこれを如何なる基準によりどのようにして算定するか、極めて困難な問題であつて未だ解明されておらず、今後の評価埋蔵の進歩に期待するというのが現状である。そのうえ、前記のとおり、採掘権の価額から租鉱権の価額を算出する基準も今だ確立されているとはいえない。

6  以上の点を総合して判断すると、本件課税時点においては勿論のこと、現時点においても、租鉱権の時価の算定方法としては、間接法が算定可能でかつ妥当なものであるということができる。主張によると、被告は本件租鉱権の評価にあたり、間接法を採用していることが明かであるから、この点は正当として是認することができ、また被告は鉱業の価額の算定にあたつては、複利年金現価公式を採用しているのであるが、<証拠省略>によれば、右公式は企業価額の算定公式として現在最も有力なホスコールド氏公式よりも納税者に有利なものであることが認められるから、この点も正当として是認できる。

五  そこで、被告が本件租鉱権について行つた具体的な時価の算定の当否について判断する。

1  原告が、被告の算定方法を争う点は、第一に本件租鉱区の特殊事情を考慮しないこと、第二に昭和二七年が好況の年であつたのに、この点を考慮していないで同年の所得を基準に平均所得を算定していること、第三に本件鉱業の価額から控除すべき固定資産及び流動資産の評価額が正当でないことの三点であつて、その余の点は特に争つていない。そこで、右争いのある点について以下順次判断する。

2  先ず第一点について。原告は本件租鉱区の特殊事情として掘り易さの程度を掲げるのみで、他に特段の立証をしないので、その非難するところが必ずしも明確ではないが、間接法は、鉱業の収益を基礎とする算定方法であり、鉱業の収益こそは右の掘り易さの点を含めて鉱区の個別的な事情を如実に反映しているものといえるから、被告の算定にはその点で原告が論難するような不当性は認められない。かえつて<証拠省略>によれば、原告の主張する算定方式こそ各鉱山の特殊事情を考慮しない一般的なものであるといえる。

3  第二点について。<証拠省略>によると、被告は、昭和二七年が石炭ブームの好況の年であつたので、その年における本件鉱業の所得の八割をもつて平均所得とみなし、さらに鉱業が他の企業に比較して危険度が高いため平均所得から五割を危険率として減じていること、しかし、危険率は、経済変動による収益の減少も含めた数値であるから、右算定は二重に経済変動による減収の可能性を考慮したものであつて、納税者に有利な取扱いとなつていること、危険率は、鉱業に限らずすべての企業にあてはまる要素であるが、鉱業の危険率五割が最高の控除率であることが認められる。右事実に照せば、被告の算定にはこの点について原告が主張するような不当な点はないといえる。

4  第三点について。原告が本件租鉱区に設備した固定資産及び流動資産について被告が行つた評価が正当であるか否かについては、原告において特にそれが低額であることを立証していないが、固定資産及び流動資産も富裕税の課税対象となる財産であるから、仮にこれらの額に変動が生じても、その分は租鉱権の価額に直ちに反映し、原告の財産の総額には何ら影響がないと考えられるから、この点についても被告の算定を特に不当としなければならない理由がない。

六  以上によれば、被告が行なつた本件租鉱権の時価の算定には原告の主張するような瑕疵は認められず、すべて正当としてこれを是認することができる。そして、本件審査決定のうち、右租鉱権の評価に関する部分以外の点については、当事者間に争いがなく、これによると本件富裕税及び加算税に関する審査決定はすべて正当である。よつて、原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担については民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 権藤義臣 大石一宣 小林克美)

目録

福岡県田川郡川崎町及び田川市所在

福岡県租鉱登録第七五号

石炭 三六八三アール(ただし、これから六四〇アールを減じたもの)

昭和二五年五月二日使用権設定登録

存続期間一〇年

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