福岡地方裁判所 昭和32年(ワ)308号 判決 1960年4月08日
原告 株式会社博多会館
被告 福岡県
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「福岡県東福岡財務事務所長が原告に対し昭和三十年三月十二日附でなした税額金四百十三万九百八十円の不動産取得税賦課決定は無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。
一、福岡県東福岡財務事務所長は昭和三十年三月十二日附で原告に対し、福岡市東中洲町二七七番地所在の鉄骨鉄筋コンクリート造地下二階地上九階建総延面積七九七九、三三平方メートルの建物(以下本件建物という)のうち六階以上の九八二坪九合三勺につき税額金四百十三万九百八十円の不動産取得税賦課決定(以下本件決定という)をなし、右決定は同月十六日原告に通知された。
二、しかしながら本件決定は以下に述べるとおり賦課すべきでないものに賦課したもので違法であるから無効である。すなわち、
本件建物は、昭和二十八年六月原告と訴外株式会社竹中工務店との間の請負契約に基き、材料は一切同工務店の供給により建築され、昭和二十九年六月二十一日竣工したので、同日建築基準法に基いて福岡県福岡土木事務所に届出した上、翌二十二日竣工検査を受け、同月二十四日検査済証の交付を受けた。そこで同月二十九日原告は訴外日活株式会社との間に本件建物の賃貸借契約を締結し、右契約による使用期間の始期を映画劇場及びビヤホールは同日、ホテル部は同年七月二十日とすると共に、同年六月三十日原告は前記訴外工務店から本件建物の引渡を受けて管理を始め、右日活株式会社は同日映画劇場及びビヤホールを、七月二十日ホテル部をそれぞれ開店し使用を始めたものである。
以上のように本件建物は、昭和二十九年六月二十二日の竣工検査を了した時、大審院判例の所謂「建物としてこれを遇しうべき域に達した工作物」としての所有権取得の対象たる不動産となつたものであり、かつ本件建物は請負者である前記工務店が一切の材料を供給したものであるから、右竣工検査の当時先ず同工務店が本件建物を原始取得し、次いで同月三十日原告がその引渡を受けてこれを承継取得したものである。
しかし地方税法第七三条の二第二項にいう建物新築の場合に最初に使用又は譲渡が行われた時に取得があつたものとみなす旨の規定は昭和二十九年五月十三日法律第九五号附則に基き同年七月一日から施行されたのであり、原告の本件建物の取得は同年六月三十日であるから、たとえ本件建物のうち六階以上の部分の使用開始が右施行期日後になされたものであつても、やはり不動産取得税を賦課する余地はない。即ち時期的に見ても元来新築建物はその使用をまつまでもなく竣工と目されるに至れば、当然新築されたものと遇すべきであり、その新築時期につき行政庁がたとえ目的が異なるとしても、その担当部課により各別に観察することは許されない。その竣工されたか否かは建物自体につき直接所管する県土木事務所の意見に従うべきで、同所が有権的に竣工検査を完了した限り、財務事務所としてもその意見を尊重し、検査完了の時期を以て新築の時期とすべきである。また建物新築の場合は一ケの建物として観察すべきで、部分的に観察すべきでない。例えば住宅建築の場合、玄関、居間、台所、便所が既に完成し、数寄をこらすために座敷と風呂場の内部造作に未完成の部分があるとしても、住宅そのものとしては一応竣工したものと見るべく、既に完成部分の使用を始めれば建物全体として使用を始めたものと目すべく、座敷と風呂場の未使用を理由にこの部分のみを課税の対象とすべきではない。このことは数階建の鉄筋コンクリート建物についても全く同様である。従つて本件建物のうちホテル部の内部造作が五階以下の部分より稍遅れ、最初の使用が同年七月二十日になされても、不動産取得税を賦課すべき余地はないのである。右の部分が七月二十日に最初の使用がなされたことを以て、同日その部分の取得があつたものとみなすためには、七月一日以後に改築としてその部分の新築があつた場合でなければならない。しかし本件建物の建築工事は六階以上の部分とそれ以外の部分と工期を分けて建築したものではなく、一連の建築工事としてなされたものであり、七月一日以後に六階以上の部分の増改築をなしたものではない。
以上のとおり本件建物のうち六階以上の部分に対する不動産取得税の賦課はいずれの点よりするも許されないものであるから、これを敢えてなした被告の処分は無効たるを免がれない。
被告訴訟代理人等は主文同旨の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。
一、原告の請求原因事実中第一項は認める。第二項中原告が訴外株式会社竹中工務店との間に本件建物の請負契約をなし建築したこと、昭和二十九年六月二十四日建築基準法に基く検査済証を受領したこと、本件建物のうち映画劇場及びビヤホールは同年六月二十九日開業し、ホテル部は同年七月二十日開業したことはいずれも認めるが、本件建物の竣工時期及び引渡を受けた時期並びに所有権取得の時期は否認する、その余は不知。
二、本件建物中地上六階以上は昭和二十九年六月三十日当時主体工事のみが漸くできていて、ホテル営業用の間仕切、内壁、天井、床等の建具工事各種仕上工事は未だ完成せず、主要階段も仕上中であり、接客用エレベーターも据付けられてなく、附帯設備も殆んど完備していなかつたのであるから、かような状況で福岡県土木事務所が検査済証を交付したとしても、本件決定につき何等影響を与えるものではない。
地方税法第七三条の二第二項にいう「新築された家屋」とは「当該家屋の建築の一連の工事の段階において、それ以上家屋の価格の増加を期待できない程度に工事を完了したと認められる状態に達した建物」と解すべきである(東京地裁昭和三十四年四月二十二日判決行政裁判例集十巻四号七五頁)。しかして右法条によれば右のような状態に達した新築家屋につき最初に使用又は譲渡が行われた日をもつて、家屋の取得がなされたものとみなし、不動産取得税を課するのであり、本件においては本件建物のうち六階以上の部分は昭和二十九年七月二十日使用開始されたものであるから、その時においてその所有者に対し不動産取得税を賦課したものであり、従つてこの賦課が適法であることは明らかである。原告主張のような引渡又は賃貸借契約の締結の如きは税法上に所謂建物の新築前になされたもので、右法条にいう「最初の使用」には該当しないものである。
(立証省略)
理由
福岡県東福岡財務事務所長が昭和三十年三月十二日附で、原告に対し、本件建物のうち六階以上の部分について税額金四百十三万九百八十円の不動産取得税の賦課をなし、右決定が同月十六日原告に通知されたことは当事者間に争がない。
そこで本件決定が違法であるかどうかについて判断する。
地方税法第七十三条の二第二項によれば、家屋が新築された場合は、当該家屋について最初に使用又は譲渡が行われた日をもつて家屋の取得があつたものとみなし、当該家屋の所有者又は譲受人を取得者とみなして、これに対して不動産取得税が課せられるが、右規定は請負人又は立売業者の形式的所有権の取得に対する課税を避け実質的な不動産の取得者に対し課税することをその趣旨とするものであるから、右にいう「家屋が新築された場合」とは不動産取得税の課税目的を考慮し、社会通念に従つて決すべきである。ところで本来不動産取得税は所有者が取得する経済的利益(当該家屋の所有者として当該家屋を使用収益する経済的価値の取得)に対し、課せられるものであつて、単に形式的な所有権の取得をその対象とするものではない。このことは改築による家屋の価格の増加の場合、当該改築を以て家屋の取得とみなし、その増加した価格を課税標準として不動産取得税を課することからも明瞭である(地方税法第七十三条の二、第三項、第七十三条の十三、第二項)。即ち不動産取得税は、私法上の不動産所有権の取得の場合のように単に不動産として所有権の対象となりうる程度の建物の取得を対象として課せられるのではなく、取得された当該家屋について有する取得者の経済的利益をその対象としているものであり、その課税標準は一般には不動産を取得した時における不動産の価格による(同法第七十三条の十三第一項)ことになつているから、家屋新築の場合における取得の対象となる当該不動産の程度は、その価格が課税標準として確実に把握され、算定できる程度にまで達した家屋であることを要すると解すべきである。換言すると「家屋が新築された」といいうる時期は原告主張のように「建物としてこれを遇しうべき域に達した」時期ではなく、当詳家屋を取得する所有者の経済的利益―課税標準としての当該不動産の価格―がその一連の工事の段階において客観的に見て確実に算定可能と認められる程度に、家屋の建築が達した時と解すべきである。けだし「建物としてこれを遇しうべき域に達した」時を以て「家屋が新築された」ものとして、かかる程度の不動産の価格を課税標準とすれば、右日時以後において施工された一連の工事による価格の増加は、当該工事が一連の工事としてなされたものである以上、これを改築とみなして、その増加分に対し各別に課税することはできないから、結局右日時以後における増加分は課税標準の中に含まれないという不都合な結果を生ずるのみならず、また右日時以後において所有権の移転が生じない場合、いかなる時期の所有権者を当該不動産の取得者として課税すべきか問題となるし、そのいずれをもその取得者として課税することは形式的な所有権の取得に対する課税を避けようとして前記第七十三条の二第二項の立法趣旨に反することになる。従つて右の意味における家屋の新築がなされた場合において、新築後当該家屋について最初に使用又は譲渡がなされた場合に始めて課税要件たる不動産の取得があつたものとみなすのが同法第二項の趣旨と解すべきである。
そこで本件建物についてこれをみるに、証人杉原良一、同山脇貢喜(第一、二回)の各証言により真正に成立したものと認めうる乙第一号証、右山脇及び証人戸渡健次の各証言により真正に成立したものと認めうる乙第二号証、証人森尾芳美の証言により真正に成立したものと認めうる乙第三乃至第五号証と右各証言並びに証人石井毅同榎本芳郎の各証言を綜合すれば、地方税法の施行された昭和二十九年七月一日の前日である六月三十日当時の本件建物の状況は、その全部の階について主体構造部はすでに出来上り、地下二階(機械室)、地上一階(ビヤホール)、地上二乃至五階(映画館)の工事は完了して当時使用中であり、地下一階は貸店舖として使用予定のところ、その間仕切等が未了であり、地上六乃至八階(ホテル)及び九階(食堂)は天井、床等につきシツクイ上塗、タイル張、ペンキ吹付等のいわゆる仕上工事のほか建具取付等の附帯工事を施行中の段階にあり、ホテルに使用する階段は手すり、ペンキ塗り等の工事が未了であり、塔屋では人貨兼用のエレベーターは完成していたが、当時仕上工事の資材等の運搬に使用中で客用エレベーターは漸く試運転の段階にあつたこと、もともと本件建築工事は当初昭和二十九年五月末竣工の予定であつたが、原告は同年四月すでに帝国ホテルが開店していた関係から、これに対抗するため、六階以上のホテル部分につき若干の設計変更をなしたこと等のため当初の予定より遅れ、七月中旬に至つて漸く工事を完了したものであることをそれぞれ認めることができる。他に右認定を左右するに足る証拠はない。
右認定の事実によれば、本件建物のうち六階以上の部分及び地下一階は六月三十日当時未だ不動産取得税の課税標準を算定するに足る程度にまでその工事が達していなかつたと認められるから、地下一階を除く五階以下の部分が既に完成し使用中であつても、本件建物を全体としてみれば、不動産取得税の課税目的に照し課税標準の算定は不能であつたのであり、したがつて本件建物は当時地方税法第七十三条の二第二項の新築された状態には達していなかつたものと解するのが相当である。
尤も本件建物については昭和二十九年六月二十四日建築基準法に基く県土木事務所の竣工検査を経て検査済証が交付されたことは当事者間に争いがなく、証人石川勝敏の証言によれば本件建物は建築基準法に基く限り完成(竣工)と見うる程度に達していたことを認めることができるが、建築基準法は建築物の構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康、財産の保護を図ることを目的として定められた(同法第一条)ものであり、地方税法における不動産取得税の課税目的とは自ら異なるから、家屋の新築又は完成と建築基準法のそれとを同一視できないのは当然であり、地方税法に所謂新築の意義をかく解すべきでないことは前示説明のとおりであるから、本件建物につき建築基準法に基く検査済証が交付されていることは右認定と矛盾するものではない。
したがつて原告主張のように、原告が六月三十日その請負者たる株式会社竹中工務店から本件建物の引渡を受けたとしても、当時本件建物はいまだ地方税法第七十三条の二第二項にいう新築された状態に達していなかつたのであるから、地方税法のいう不動産の取得には当らないのであり、原告が本件建物を取得したのは、前示認定のとおり、これが新築されたと認むべき七月中旬以後とみなすべきであるから、被告が原告の本件建物の取得につき地方税法施行後に取得されたものとして、本件建物のうち同月二十日使用開始されたことにつき当事者間に争いのない六階以上の部分に対し不動産取得税を課したことは、結局違法ではないといわなければならない。
よつて原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 鍛冶四郎 唐松寛 杉島広利)