福岡地方裁判所 昭和32年(ワ)775号 判決 1959年4月20日
原告
国
右代表者法務大臣
愛知撥一
右指定代理人
小林定人
右同
小村正幸
福岡市長浜町四丁目二十六番地
被告
水沢幸蔵
右訴訟代理人弁護士
石橋重太郎
右当事者間の昭和三十二年(ワ)第七七五号詐害行為取消請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
訴外的野正が昭和二十九年十月二十日別紙目録記裁の不動産につき被告との間になした売買契約は金五十四万四千四百三十円の限度でこれを取消す。
被告は原告に対し金五十四万四千四百三十円及びこれに対する昭和三十二年九月四日より支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え、
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、「訴外的野正は昭和二十九年十月二十日現在、別紙滞納税目録記載のとおり国税六十二万七千九百九十円を滞納していたものであるが、右的野は同日、前記国税に基く差押を免れるため故意に、その唯一の財産である別紙目録記載の不動記(以下単に本件不動産という)を金二百五十万円で被告に売渡した。
而してその後の昭和三十年五月二十日に至り原告において、前記国税のうち昭和二十七年度所得税七万一千九百十円、同年度過少申告加算税三千五百五十円、同年度利子税八千百円は徴収したものの残金五十四万四千四百三十円は未納のままとなつている。
よつて原告は国税徴収法第十五条に基き前記的野と被告間の本件不動産についての売買契約を金五十四万四千四百三十円の限度で取消し、右五十四万四千三百円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和三十二年九月四日より完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める」と述べ、被告の抗弁に対し「被告主張の抗弁事実中(一)については被告が昭和三十年三月十五日(ロ)記載の申請書を福岡税務署に提出したことは認めるが、被告主張の(イ)の所有権移転登記手続をなしたこと及び(ロ)記載の申請書の提出を以て、直ちに原告が本件詐害行為を知つたものといえないことは多言を要しないところで、原告は昭和三十一年二月二十七日福岡税務署係官の調査の結果始めて本件詐害行為の取消原因を覚知したものであり(二)の善意の点は否認する。」と述べ、立証として、甲第一号証、同第二号証の一、二、同第三乃至第五号証、同第六号証の一乃至三を提出し、証人広瀬馨、同白石良左衛門の各証言を援用し、乙第一号証は原本の存在並びにその成立を認めた。
被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として原告の主張事実中、被告が原告主張の日に訴外的野正より本件不動産を代金二百五十万円で買受けたことは認めるが、その他は不知。と述べ、抗弁として仮りに右的野の本件不動産の譲渡行為が、原告の租税債権により滞納処分としての差押を免れるため故意になされたものとしても、(一)国税徴収法第十五条に基く詐害行為の取消権も民法第四百二十四条規の定の詐害行為取消権と同様租税債権者が取消原因を覚知したときから二年間これを行使しなければ時効により消滅すべきものというべきところ、原告は(イ)被告が前記売買契約に基く所有権移転登記手続を福岡法務局になした昭和二十九年十月二十日、(ロ)或は被告が租税特別措置法第十八条による居住用家屋の買換えの場合の譲渡所得計算上の特則適用方承認申請書を福岡税務署に提出した昭和三十年三月十五日には前記的野の本件不動産の売買の事実を知つていたものであるから、本訴が提起された昭和三十二年八月二十八日には既に原告の本件詐害行為の取消権は右覚知の日から二年の経過により時効によつて消滅したものであり、(二)仮りに然らずとするも被告は本件不動産を相当の対価を支払つて買受け詐害の事実を知らない善意の買主であるから原告の請求は失当である」と述べ、立証として、乙第一号証を提出し、被告本人訊問の結果を援用し、甲各号証の成立はいずれもこれを認めると述べた。
理由
訴外的野正が昭和二十九年十月二十日本件不動産を金二百五十万円で被告に売渡したことは当事者間に争がなく、右売買当時右的野正が原告主張どおりの金六十二万七千九百九十円の国税を滞納していたことは成立につき争のない甲第二号証の一の記載によつて肯認できるところであつて、且つ本件不動産の売買当時右的野正が本件不動産以外に他に財産としてでなく、それまで営んでいた飲食店営業も営業不振のため数ケ月前からこれをたたみ、本件不動産を売却し直ちに行先不明となつていることがいずれも成立につき争のない甲第一、五号証及び被告本人訊問の結果により認められ、他方右的野正の本件不動産の売渡が弁済その他有用の資を弁ずるためになされたものと認むべき証拠が全く存しない本件においてはたとえ本件不動産が相当の対価で売渡されていたとしても、右的野正は本件不動産を売渡すに際し、その譲渡の結果原告の前記租税債権に基く差押を免れる結果となることを充分知つていたものといわなければならない。そこで被告の抗弁について順次判断する。
先ず被告の消滅時効の援用について考えると、国税徴収法第十五条に定める詐害行為の取消権も民法第四百二十四条所定の詐害行為取消権と同様取消原因を覚知したときから二年間これを行使しないときは時効により消滅すべきものと解すべきことは、被告主張のとおりであるが、被告主張の(イ)原告において明らかに争はない昭和二十九年十月二十日本件売買に基く所有権移転登記手続がなされていること又(ロ)昭和三十年三月十五日福岡税務署に居住用家屋の買換の場合の譲渡所得計算上の特則適用方承認申請が提出されていること(このことは当事者間に争がない)をもつて直ちに原告が本件詐害行為の事実を知つていたものということはできず、他に原告において本件訴提起の二年以上前に本件詐害の事実を知つていたことを認めるに足る証拠はなく、却つて証人白石良左エ門の証言からすると、福岡税務署勤務の白石良左エ門が昭和三十一年二月二十七日前任者作成の前記的野正に対する滞納処分票を閲覧して始めて本件詐害行為の事実を知つたというのであるから、前任者のとき既に本件詐害の事実を知つていたことが推認できるけれども、その日時が明らかでないので右白石良左エ門の覚知のときを以て始めて原告は本件詐害行為の事実を知つたものと認めるの外はない。従つて被告のこの点に関する主張は採用できない。
次に被告の善意の取得者であるとの主張について考えると、被告の立証を以てしては未だこのことを認めることができず、却つて、いずれも成立に争のない甲第三、五号証、証人白石良左エ門の証言及び被告本人訊問の結果並びに弁論の全趣旨を合せ考えると、前記的野正は、被告の妻の弟であつて、終戦後間もなく無一物で満洲より引揚げ福岡市新天町で飲食店を営むこととなつたが、被告はその営業資金として金六万円を貸与し、爾来月に数回は被告の方より右的野を訪ねて陰に陽に右的野を助け、右的野の営業も一時相当な収益を収め、右的野は昭和二十七年秋頃には前記飲食店を営んでいた家屋を買受け、その後間もなくして本件土地を住宅金融公庫から借受けた金四十万円及び自己資金で以て買受けると同時に本件家屋を建築してこれに居住するに至つた。ところが右的野は昭和二十七年頃から所得税を滞り勝ちであつたが、昭和二十八年には所得税の滞納による電話加入権、有体動産の差押を受ける状態となり、遂に昭和二十九年初めには、前記飲食店事業の失敗から、新天町の店舗をたたんでこの店舗を売却し、この売却についてはこの家屋の購入当初よりその名義人が被告となつていたことから被告にも相談し、更には自己の居住していた本件不動産をも手離すことを余儀なくされ、この売却のために同年五月十七日本件不動産を訴外古賀彌生名儀に仮装の所有権移転登記手続をなしたうえで、その連絡先を同訴外人又は被告としてその買手を求め、結局買手がなく、被告に泣きついてこれを買取つて貰い、その代金の内現金で百五十万円を受領するやこれを持つて行先不明となつたものであつて、被告は本件不動産を買受けるに際し、前記的野は事業に失敗して財産の整理をなすもので、本件不動産が訴外古賀彌生名義になつているが、これは仮装のもので、依然として右的野の所有で、右的野の残された唯一の財産であることを充分知つていたもので、且つこれによりさきに右的野は被告に税金が多くて困る苦衷を訴えていたことが認められることからすれば、被告は右的野に滞納国税及び多額の私法上の債務があることを知つていたものと推認するのが相当で、右的野の唯一の財産である本件不動産を買受けたものというべきであり、叙上認定に反する被告本人訊問の結果は措信できない。従つてこの点に関する被告の抗弁も採用できない。
されば、原告の前記的野正に対して有する国税金五十四万四千四百三十円の限度での本件不動産の売買の取消とともに、これが返還にかえて同額の損害及びこれに対する訴状送達の翌日が記録上明らかな昭和三十二年九月四日より支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を被告に求める本訴請求は正当として認容すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 美山和義)