福岡地方裁判所 昭和32年(行)11号 決定 1958年2月20日
原告 林鹿造
変更前の被告 労働保険審査会
変更後の被告 飯塚労働基準監督署長
訴訟代理人 川本権祐 外一名
主文
本件被告並びに訴の変更を許す。
理由
原告代理人は、昭和三十二年七月二十三日、当裁判所に対し、労働保険審査会を被告として、同審査会が同年五月二十七日附で原告に対してなした再審査請求棄却の裁決の取消を求める旨の訴を提起したが、右訴状が同被告に送達される前である同年八月二十六日、被告を労働保険審査会より飯塚労働基準監督署長に変更すると共に請求の趣旨を同署長が昭和三十年二月十七日に原告に対してなした左示指及中指挫創竝右示指屈筋一部断裂後の障害等級十四級の九号に該当するとの決定(労働保険審査会のなした前掲裁決の原行政処分)の取消を求める旨に変更する旨の申立をした。
被告飯塚労働基準監督署長代理人は、原告の被告並びに訴の変更の申立に対し、原告が当初の被告労働保険審査会を飯塚労働基準監督署長に変更したのは、行政事件訴訟特例法第七条第一項本文の要件を満たさないので不適法である。即ち、原告が労働保険審査会を被告として提起したその裁決を求める訴は、正に被告とすべき行政庁を被告とした訴であつて、何等被告を誤つておらず同項本文にいう「被告とすべき行政庁を誤つたとき」には該当しない、と陳述した。
よつて、先ず行政事件訴訟特例法第七条第一項にいう「被告とすべき行政庁を誤つたとき」とはどのような場合であるかについて考えてみるに、これはたとえばイという行政処分に関する抗告訴訟について甲という行政庁が被告適格を有するのに、原告が誤つて乙という行政庁を被告として右行政処分の取消を求める訴を提起した場合を指称するものと解すべきである。ところで、本件で原告が当初被告とした労働保険審査会は、同審査会のなした再審査請求棄却の裁判に関する抗告訴訟の被告適格を有することは言うまでもないのであるから、原告が右裁決取消の訴につき右審査会を被告としたのは行政事件訴訟特例法にいう「被告とすべき行政庁を誤つたとき」には該当しないものというべきである。しかしながら一般に或る行政処分(以下単に原処分という)とこれに対する訴願を理由なしとしてこれを棄却する裁決(以下単に訴願裁決という)とは、実質的には全く同一の内容を有する行政処分ということができるし(従つて、その各処分の取消権請求は実質的には全く同一の請求であるということができる)、原処分によつて違法に権利を侵害された者は原処分と訴願裁決のいずれを攻撃の対象として取消を請求することも自由であると解せられるのであつて、他面元来抗告訴訟で行政庁に被告適格が与えられているのは、証拠の蒐集、資料の提出その他訴訟の進行上必要な行為をするについても最も便宜であるという理由からに外ならず、実質的には実体上の権利義務の主体である国が被告となつていることを考慮に加えるならば、少くとも右のような場合には、原告は行政事件訴訟特例法第七条等一項の規定にかかわらず原処分庁より訴願裁決庁へ、又はその逆に訴願裁決庁より原処分庁へ被告を変更し、且つこれに伴つて請求をも変更することが許されると解するのが相当である。従つて本件においても、原告は被告を訴願裁決庁である労働保険審査会より原処分庁である飯塚労働基準監督署長に変更すると共に請求を前者のなした訴願裁決より後者のなした原処分に変更したのは適法であつて許されるべきである。
よつて主文のとおり決定する。
(裁判官 鍛治四郎 中池利男 小中信幸)