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福岡地方裁判所 昭和33年(ワ)53号 判決 1958年12月25日

原告 綿貫自動車株式会社

被告 国

訴訟代理人 小林定人 外一名

主文

被告は原告に対し金二十万二千二百七十九円及びこれに対する昭和三十三年二月二日より完済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は第一項に限り原告において金五万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は主文第一、二項と同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

「原告会社は昭和二十九年八月十八日、訴外飯塚自動車株式会社に対する自動車部分品売掛代金残金二十万二千二百七十九月の支払を求めるため、福岡地方裁判所飯塚支部に右売掛代金請求の訴を提起したが、他方右債権保全のため同年七月三十一日同庁に右訴外会社所有の別紙目録記載の自動車二台について仮差押命令の申請をなし、該申請は同庁昭和二十九年(ヨ)第四三号自動車仮差押命令申請事件として係属、即日右裁判所は保証金十一万円を供託(福岡法務局飯塚支局金第一七二号)させた上右自動車二台に対する仮差押決定をなした。その後原告会社が前記本案訴訟に勝訴し、昭和三十年三月七日該勝訴判決の確定により執行文の付与を受けて右仮差押中の自動車に対し強制執行をなすべく、自動車登録原簿謄本を取寄せたところが、前記仮差押の登録はなく、かえつて右自動車は二台とも既に昭和二十九年十一月六日前記訴外会社より訴外飯塚タクシー株式会社に譲渡登録済なることがわかつた。そこで調査してみると、右自動車に対しては前記仮差押決定がなされたものの、福岡県知事に対するその登録嘱託手続がなされず、そのまま本案判決の確定をみたことが判明した。ところが前記飯塚自動車株式会社は解散して財産は全くなかつたので、同会社に対する原告会社の前記債権は遂に回収不能となり、原告会社は右債権と同額の損失を蒙るに至つた。このことは前記福岡地方裁判所飯塚支部が仮差押決定をなしながら、その登録嘱託手続を怠つたため、債権保全手続が完全でなかつたことに起因するもので、全く公務員たる右裁判所係職員の職務上の過失に因るものというべく、したがつて被告は原告会社に対し前記損害金を賠償する義務がある。よつて前記金員及びこれに対する本訴状送達の翌日以降完済まで年五分の割合による金員の支払を求めるため本訴に及んだ」と述べ、被告の抗弁に対し「被告が指摘するように仮差押申請書添附の目録に誤記があつたとしても、それは右申請書添附の自動車登録原簿謄本と照合すれば容易に発見し得る極めて些細な誤りであつて、符箋返戻されて訂正を求められた以上、仮差押裁判所は自らこれを訂正して再嘱託をなせばこと足りたものである。しかるに右裁判所はこれに対して何等の処置もとらないまま放置し、仮差押申請代理人において本案訴訟に勝訴後別紙目録記載の自動車に対し強制執行をなさんとして再度自動車登録原簿謄本を取寄せ、右仮差押の登録がなされていないことを発見するまで、何等の手段を講じなかつたことはまことに重大な過失というべく、これを右申請代理人の過失、ひいては原告会社の過失として損害金の算定に斟酌すべきであると主張するのは到底許されない筋合である。」と附陳し、

被告指定代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として、

「原告会社の訴外飯塚自動車株式会社に対する自動車部分品売掛代金残金二十万二千二百七十九円の支払を求める訴訟が福岡地方裁判所飯塚支部に係属したこと、他方右債権保全のため原告会社が昭和二十九年七月三十一日同庁に右訴外会社所有の別紙目録記載の自動車二台について仮差押命令の申請をなし、右申請が同庁昭和二十九年(ヨ)第四三号として係属、即日右裁判所は保証金十一万円を供託させた上右自動車二台に対して仮差押決定をなしたこと、その後原告会社は前記本案訴訟に勝訴し、その判決確定により昭和三十年三月七日執行文の付与を受けたこと及び前記仮差押の登録は遂になされなかつたことは認める。冒頭記載した訴訟は、原告会社が前記訴外会社に対し昭和二十九年八月十九日自動車部分品売掛代金残金二十六万三千八十八円につき飯塚簡易裁判所に支払命令を申請し、右訴外会社が右申請によつて発せられた支払命令に対して同年九月一日異議申立をなして訴訟に移行した後、原告会社において請求金額を金二十万二千二百七十九円に減縮したものであり、なおまた前記仮差押の、登録手続については、昭和二十九年七月三十一日仮差押決定がなされた後、仮差押裁判所(前記福岡地方裁判所飯塚支部)は、仮差押命令申請書添附の目録の記載に基いて即日福岡県知事に対しその登録嘱託をなしたところが、同年八月六日にいたり右登録嘱託書添附の目録中、種別の「普通乗用」を「普通常用」、原動機番号の「示五二-〇七三四示」を「原五二-〇七三四」と誤記してある旨符箋返戻され、そのまま再嘱託手続をとらなかつたものである。その余の事実は不知。

ところで自動車に対する仮差押の登録嘱託は不動産仮差押のそれと同じく申請人の申請に基いてなされるもので(実務上は仮差押申請に登録嘱託の申請が含まれているものと解され、改めて登録嘱託の申請はなされていない)、本件の場合原告会社の仮差押申請書添附の目録に誤記があり、したがつてそれに基いてなされた登録嘱託書に不備があつて返戻され、そのままになつて結局前記仮差押の登録がなされなかつたのであるから、仮りに前記裁判所の手続に過失があるとしても賠償額の算定については右原告会社の過失を斟酌すべきものである」と答え、

立証<省略>

理由

原告会社の訴外飯塚自動車株式会社に対する自動車売掛代金残金二十万二千二百七十九円の支払を求める訴訟が福岡地方裁判所飯塚支部に係属したこと、他方右債権保全のため原告会社が昭和二十九年七月三十一日右裁判所に右訴外会社所有の別紙目録記載の自動車二台について仮差押命令の申請をなし、該申請が同庁昭和二九年(ヨ)第四三号として係属、同日右裁判所は保証金十一万円を供託させた上右自動車二台につき仮差押決定をなしたこと、その後原告会社は前記本案訴訟に勝訴し、その判決確定により昭和三十年三月七日執行文の付与を受けたこと及び前記仮差押は結局自動車登録原簿にその旨登録されなかつたことは当事者間に争がない。

しかして成立について争のない甲第一、二号証の各一、二に証人石田市郎(第一、二回)、同青柳照也の各証言を総合すれば、前記仮差押決定の執行については、その決定のなされた昭和二十九年七月三十一日福岡地方裁判所飯塚支部において別紙目録記載の自動車二台について仮差押する旨の登録嘱託手続が一応なされたこと、ところが右嘱託は登録嘱託書添附の自動車の目録中、種別の「普通乗用」を「普通常用」、原動機番号の「示52-0734示」を「原52-0734」と誤記してあつたため同年八月初め頃その旨符箋つきで返戻されてきたこと、その後裁判所係職員の不注意のため次のような経過をへてそれが明らかになるまで何等の措置がとられず放置されていたこと、すなわち冒頭記載の福岡地方裁判所飯塚支部に係属していた右仮差押命令申請事件の本案訴訟において原告会社が勝訴し、その判決確定により昭和三十年三月七日執行文の付与がなされた後、右本案訴訟並びに前記仮差押命令申請事件の原告会社代理人であつた石田市郎弁護士が強制執行をなすべく、前記自動車の登録原簿謄本を再度取寄せてはじめて仮差押の登録がなされていないことを知り、前記裁判所に連絡したことから当初の登録嘱託書が符箋返戻された後再嘱託の手続がなされていなかつたことがわかつたこと、なおその上右自動車は二台とも既に昭和二十九年十一月六日に前記訴外会社より訴外飯塚タクシー株式会社に譲渡登録済になつており、また前記飯塚自動車株式会社の所有していた他の自動車も他に譲渡されて同会社は全く財産なく単に名目上の存在となつてしまつていたこと、かくて原告会社は保証金十一万円を供託して仮差押決定を得、更に本案訴訟にも勝訴したけれども、右認定したような事情のもとに仮差押の登録がなされなかつたがため、遂に勝訴判決によつて確定された金二十万二千二百七十九円の債権は強制執行ができずに回収不能となつたことが認められる。証人青柳照也の証言中叙上確定にそわない部分はその証言全体が不確かな記憶に基づく甚だ漠としたもので、他にこれを支える証拠もない本件においてはそのまま信用するわけにゆかない。

してみると他に格別の主張立証のない本件においては原告会社は公務員である前記裁判所係職員の職務上の過失によつて売掛代金残金二十万二千二百七十九円と同額の損害を蒙つたものといわざるを得ず、したがつて被告は原告に対しこれが賠償の義務がある。

しかるに被告は、自動車に対する仮差押の登録嘱託は不動産仮差押の場合と同じく実務上登録嘱託申請はなされていないけれども、それは仮差押申請自体に登録嘱託申請も含まれていると解されるからであつて、本来申請人によつてなされるものであるが、本件の場合前段認定したように仮差押申請書添附の目録中に誤記があり、これに基いてなされた前記裁判所の登録嘱託書に不備が生じたのであるから、たとえ裁判所係職員に過失ありとしても、その過失には仮差押申請人である原告の過失も競合しており、したがつて損害額の算定にあたつては賠償請求者である原告の右過失も当然斟酌さるべきである旨主張する。

ところで仮差押の登記、登録の嘱託については職権によるとすべきか、申請に基づくものと解すべきかについては必ずしも見解の統一があるとはいい得ないが、仮差押債権者にはその執行をなすか否かの自由があるというべきであるから、登記登録等の嘱託は申請人の申請によるものと解すべきであらためてその嘱託申請をしない実務の取扱は、仮差押申請自体に右嘱託申請も含まれていると解してなされているというべきことまことに被告の主張するとおりであるが、前示の如き嘱託が職権によるとする立場においてはいうまでもなく、右のように申請によると解する立場においても、その嘱託は申請人の申請に基いて裁判所が職権でなすべきものであつて、実務の取扱において嘱託申請(仮差押申請自体にそれが含まれていると解する立場においては仮差押申請となる)の際余部の物件目録を提出させるのはこれを利用して嘱託書作成の労を軽減し裁判事務の円滑な運営を期した実務の慣行に過ぎず、本来嘱託書に物件目録を添附するのは裁判所の職権行為である嘱託手続の一部をなすものというべきであるから、これが記載の誤りは当然右申請を受理した裁判所において補正をなすべく、本件のように、その点を看過して嘱託手続がとられたとしても、あらためてその誤りを指摘され符箋返戻された以上、すみやかにその補正をなしたのち再嘱託手続をなすべきことは自明のことであるといわねばならない。しかるに本件において前記裁判所係職員が当初の登録属託手続の前後にわたつて右に述べたような措置をとつた何等の事蹟のみあたらないこと前段認定したとおりであるから、仮差押申請書添附の目録中の誤記をもつて原告の過失となし損害額の算定にこれを斟酌すべきであるとする被告の主張は採用の限りでない。

そうだとすれば被告は原告に対しさきに認定した金二十万二千二百七十九円の損害金及びこれに対して本訴状送達の翌日であること本件記録上明らかな昭和三十三年二月二日より右金員完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるといわねばならない。

よつて原告の本訴請求はすべて正当として認容し、訴訟費用の負担並びに仮執行の宣言について民事訴訟法第八十九条、第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 川井立夫 村上悦雄 麻上正信)

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