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福岡地方裁判所 昭和34年(ヨ)260号 判決 1960年4月13日

申請人 鹿野義信

被申請人 青木忠男

主文

被申請人が、昭和三四年五月二四日附で申請人に対してなした解雇の意思表示の効力を停止する。

申請費用は、被申請人の負担とする。

(注、無保証)

事実

第一、当事者の申立

一、申請人訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めた。

二、被申請人訴訟代理人は、

「申請人の申請を却下する。申請費用は、申請人の負担とする。」との判決を求めた。

第二、申立の理由

一、申請人は、昭和二八年九月一六日、公衆浴場「松の湯」を経営する被申請人に期間の定めなく火夫として雇用されたものである。

二、ところが、被申請人は、昭和三四年五月二四日以降申請人と被申請人との間の雇用関係の存在を争い、申請人を従業員として取り扱わない。申請人は、賃金を唯一の生計の資としているので、被申請人に対して本案訴訟を提起し、勝訴するのを待つていることができないほど、いちじるしい損害を蒙つている。よつて、本件仮処分申請に及んだ。

第三、被申請人の答弁および抗弁

一、申立の理由第一項の主張事実は、認める。同第二項の主張事実中、被申請人が、申請人との間の雇用関係の存在を争つていることは認めるが、その余の主張事実は、否認する。

二、被申請人は、申請人に対して、昭和三四年四月二四日解雇予告を言渡したので、予告期間の満了した同年五月二四日以降は、申請人と被申請人との間の雇用関係は、終了している。

被申請人が、申請人を解雇するに至つた理由は、次のとおりである。

(一)  申請人はサービス業である浴場業の従業員として不適格であつた。

すなわち、申請人は性格が粗暴であつて、被申請人の経営する浴場の顧客に対する態度が、穏当を欠き、このため、被申請人は、顧客を失い人気を失墜することが多く、そのため、申請人と雇傭関係を継続していくことは、営業面における損失を招くことが必至であつた。

右の事例を挙げると、次のとおりである。

(1) 閉店間際に来場する客に対し、申請人は、浴場を掃除する際故意に、乱暴に水をタイルに流して、入浴中の客に迷惑をかけ、そのため、被申請人は客より再三苦情を持ち込まれていた。

(2) 入浴中の女客の一人が、タオルを洗つていたところ、申請人は「何を洗つているのか」と尋ね、同客が、「タオルを洗つている」と答えるや、入浴中の他の大勢の客の面前で、同客に対し「タオルなら一〇〇枚洗つてもいいのか」と面ばした。更に同客が、被申請人に対して申請人の態度についての苦情を言つて、帰りかけると、申請人は、同客の帰途を待伏せて、これに文句を言つた。その後同客は、被申請人の浴場に来なくなつた。

(3) 近所の子供達が被申請人方の灰捨場近くで、投玉遊びをしていた時、申請人は、子供達に「やかましい」と言つて叱つた。投玉遊びをしていた子供達は、みんな逃げてしまつたのであるが、その際たまたま投玉遊びに加わつていなかつた子供(被申請人と同じ隣組で、顧客であつた後藤某の子供)を、申請人が殴打したため、母親が、申請人に苦情を言いにきた際、申請人は、「自分は、軍隊にいたから、諸事軍隊式にやる」と放言して、何ら謝罪しなかつた。

そのため、後藤某は、「申請人のような乱暴な従業員のいる浴場には、行けない」と言つて、そのご、被申請人方に来なくなつた。

(4) たまたま番台の居合わせなかつた閉店間近に、顧客の一人である品川某が、先に同人の妻が入浴料を支払つていたため、入浴料金を支払わずに入浴していたところ、申請人は、「あんたは、湯銭を払わずに入つている。きようだけでなく、この前も払つていない」旨難詰した。

そのため、同人は、申請人の態度に憤慨して、そのご入浴に来なくなつた。

(二)  申請人は、被申請人の経営上の指図に従わず、又被申請人やその家族に対し反抗的な態度をとり、従業員としての従順性、信頼性を欠いていた。その事例は、次のとおりである。

(1) 被申請人が、仕入れた石炭は、炭質が悪いと言つてたかず、自分で勝手に高価な石炭を仕入れて使用していた。被申請人がやむなく、従前の炭と混炭して使用するように命じても、これに従おうとせず、約一年位被申請人の仕入れた炭を放置して品質を低下させた。

更に被申請人が、しいて古い石炭を使用するように命ずると、故意に風呂をぬるくしたり、湯量を少くしたりして、いやがらせをした。

(2) 例年正月の二日、三日は、朝風呂をたてて、顧客にサーヴイスするのが、慣習であるが、昭和三四年正月三日は、被申請人の命に従わず、勝手に朝風呂をたてずに休んだ。そのため、同日一日分の収入減を来したのみならず、顧客に対する信用を失つた。

(3) 風呂の湯かげんが、ぬるい時に、申請人にその旨連絡すると、「表から何のかんのと言つてきたら、たくものは、たかれん」と言葉荒く、はねつけて応じなかつた。

(4) 昭和三二年正月二日に朝風呂をたてた時、被申請人の娘が開店八時少し前に入浴しようとすると、時間が早いと言つて入浴させなかつた。

(5) 昭和三四年三月中旬、申請人は、被申請人の長男の婚礼の際の仲人であつた玉田清に対して、理由もなく暴言をはいて、同人を侮じよくし、被申請人を困惑させた。

(三)  経営上の理由

被申請人の近所にあつた鐘紡の宿舎が、昭和三四年一月他に移転したため、同宿舎の従業員家族約一五〇世帯の顧客を失い月一万五千円ないし二万円の減収を余儀なくせられ、経費節減のため月給八千円ないし一万円の火夫に切替える必要が生じた。

被申請人は、右(一)(二)記載のごとき理由で、申請人を早くより解雇したいと考えていたのであるが、昭和三三年一一月被申請人の長男である青木正治の縁談がまとまり、三四年三月挙式することとなり、結婚後は、同人が、家業を継ぐことになつていたので、之を機会に申請人を解雇することにしていた。

この時、前記(三)の経済上の理由も生じたので、長男の結婚式がすみ、一段落ついたら、直ちに申請人を解雇することに決定していた。

そうして、昭和三四年三月一五日結婚式も終了し、四月上旬になつて、長男夫婦も落着いたので、被申請人は、給料日である四月二四日、申請人に対し、解雇予告を言渡した次第である。このように申請人と被申請人との間の雇傭関係は、右解雇予告期間の満了した昭和三四年五月二四日以降消滅しているものであるから、本件仮処分申請は、失当として、却下されるべきである。

第四、抗弁に対する答弁および再抗弁

一、昭和三四年四月二四日、被申請人より申請人に対して解雇予告の言渡をなされたことは認める。解雇するに至つた理由に関する主張事実については次のとおり認否する。

(一)  解雇理由(一)の主張事実は、否認する。

同(一)の(1)について、申請人が、閉店間際に、浴場を掃除する際、浴場の湯をタイルに流していたことは認めるが、その余の主張事実は否認する。閉店間際の浴場の掃除については、被申請人から「客がいても、客を移動させて掃除するように」と指示されていたので、申請人は、その指示に従つて、掃除をしていたにすぎない。

同(一)の(2)について、入浴中の女客が、洗濯を行つていたこと、申請人が、同客に対して「何を洗つているのですか」と尋ねたことは、認めるが、その余の主張事実は否認し、同客がそのご入浴に来なくなつたとの点は、不知。浴客の洗濯については、被申請人は、申請人に対し「浴客が、洗濯をしているのを見つけたら、注意を与えて止めさせてくれ。もしそれでもきかないで洗濯を続けていたら、洗濯物を取り上げて、番台に保管し、帰るときに渡すようにしてくれ。」と指示をしていたので、申請人は、雇われていた当初には、右指示を誠実に履行し、注意をきかない浴客から洗潅物を取り上げ保管したこともあるが、右指示を誠実に履行するときは、浴客の気分を害し、経営上悪影響を及ぼすと考え、雇用一年後からは取り上げたこともなかつた。

同(一)の(3)について、近所の子供達が、被申請人方の灰捨場の近くで、投玉遊びをしていたことは、認めるが、その余の主張事実は、否認する。

子供達が投玉遊びをしていた灰捨場附近は、風呂の釜の備えつけてある建物の直ぐ裏にあたり、しかも右建物は、軒下が数一〇センチすいていて、投玉や打上花火がはいる危険があつた。そこで被申請人もかねてから子供達の遊びを気にして、申請人に対し子供達が、投玉花火遊びを右場所でしないように注意して欲しいと依頼していた。そこで、申請人も、前記子供達に、危ないから、近くにある学校の運動場で遊ぶよう注意したものである。そのご、子供の母親が、「子供が悪かつた」とわびにきたくらいである。

同(一)の(4)について、顧客の一人である品川某が、閉店間際に入浴に来たこと、その際番台の人が居合わせなかつたことは、認めるが、その余の主張事実は、否認する。申請人は、番台の人が居なかつたので、風呂桶一つを脱衣場において、浴客に対し「風呂銭を支払つていない方は、これにいれて下さい」と言つたところ、品川某だけが、明らかにいれていないので、「風呂銭を支払つて下さい」と言うと、同人は、威猛高に申請人にくつてかかつてきたことはある。

(二)  解雇理由(二)の主張事実は、否認する。

同(二)の(1)について。全部否認する。

同(二)の(2)について。例年正月二日、三日は、朝風呂をたてて顧客にサーヴイスしていたこと、昭和三四年正月三日に、申請人が、朝風呂をたてずに休んだことは、認めるが、その余については、否認する。右休業するについては、被申請人の承諾をえていたものである。

同(二)の(3)(4)について。いづれも否認する。

同(二)の(5)について。昭和三四年三月中旬被申請人の長男の婚礼のあつたこと、玉田清と申請人が口論したことは、認めるが、その余の点は、否認する。右口論は、玉田の暴言ことに申請人を奴れい視した言動に誘発されたものである。

(三)  解雇理由(三)のうち、被申請人の近所にあつた鐘紡の宿舎が、昭和三四年一月他に移転したことは、認めるが、その余は、不知。

二、申請人には、被申請人の主張するような解雇の理由に当る言動は、全くなく、かえつて、被申請人が申請人に対してした解雇の意思表示は、不当労働行為又は権利の濫用に該当するものであつて、無効である。

(一)  不当労働行為

本件解雇は、申請人が浴場従業員労働組合を結成しようとしたことを理由としてなされたものである。

(1) 申請人は、火夫の労働条件が劣悪な状態に放置されていることから、これを改善するために労働組合を結成しようと決心し、昭和三四年三月上旬頃より、申請人が中心となつて、火夫仲間と話し合い、組合結成の署名運動をはじめ、約五〇名の賛同者を得た。

そして、同年四月二〇日頃組合結成準備大会を開催し、同年六月一日、浴場従業員労働組合を結成し、申請人は、同組合の組合員となつた。

(2) ところが、被申請人は、申請人が右のように組合結成の中心人物となつて活動していたため、これを嫌悪して、本件解雇をなすに至つたものである。

このことは、次のような諸事情よりみて明らかなところである。

(イ) 申請人等が、前記のように署名運動をはじめるや、これを察知した浴場経営者等は、署名運動ならびに組合結成活動を阻止するため、激しい妨害運動をはじめ、まず、昭和三四年三月一五日公衆浴場「東領湯」経営者嶽武次は、同湯の火夫久我某に対し、同人が組合に加入したことを理由に、即時解雇処分にした。更に、他の浴場経営者等は、組合に加入しようとしている従業員に対し、組合からの脱退を強要し、それに従わないときは、解雇する旨通告して、脅迫し、組合結成を阻止しようとしていた。

(ロ) 被申請人も、おそくとも同年四月一八日開催された浴場経営者等の講の席上において、申請人が火夫労働組合結成の中心的役割を果していることを知るに至つた。

(ハ) しかして、同年四月二〇日頃開かれた労働組合結成準備会において、申請人は、公衆浴場「津島湯」の火夫藤口仁三郎より同湯の経営者平井嘉一が、右藤口に対して「君達は、組合を作るらしいが、もしそんなことをすれば、君を解雇する。「松の湯」の鹿野は、組合結成の中心人物になつているから、「松の湯」では、鹿野を今月二四日でくびにすると言つている」と告げていた。との報告を受け、事実申請人は、予言された四月二四日に、右の話を裏書するように、被申請人から解雇予告の言渡しを受けた。

(ニ) 更に右解雇予告の言渡しを受ける際被申請人は、解雇の理由として経営が、不振となつたので、家族の者で釜をたくからと言つていたにもかかわらず、申請人を解雇して数日たつや、あらたな火夫を雇い入れている。

(二)  権利濫用

仮りに不当労働行為に関する申請人の主張が認められないとしても、被申請人の主張する解雇理由に該当する事実は、特に著るしく不当ともいえない些細な事実であつて、中には数年前のものさえ含まれている。

被申請人は、本件解雇の決定的理由として、前記玉田清と申請人間の口論の事実を主張しているが、右口論は、同人の言動に挑発され、しかも労働者としての誇を傷つけられたことに対して、口答えをした程度のものにすぎなかつた。しかも右口論には、申請人と被申請人との間の雇傭関係には、申請人と被申請人との間の雇傭関係に影響を及ぼすようなものは全く含まれていず、むしろ、被申請人の妻青木ハナの言葉に従つて、玉田との口論を申請人の方からやめてさえいる。

以上要するに被申請人が、申請人の些末な言動をとらえて、申請人に対し、労働者にとつて最も苛酷な解雇の処置にでたことは、解雇権を濫用したものというべきであり、右解雇は民法一条三項に照らして無効である。

第五、再抗弁に対する答弁

一、不当労働行為の主張について、

本件解雇が、申請人の組合結成活動を理由としてなされたものであるとの主張事実は否認する。

申請人主張の(一)の(1)、(2)の(イ)(ハ)の各事実は不知、(2)の(ロ)の事実は否認し、(2)の(ニ)の事実中被申請人があらたな火夫を雇い入れたことは、認める。

二、権利濫用の主張について、

(一)  本件解雇は、すでに抗弁の項において述べたような理由にもとづいて、なされたものであつて、解雇権を濫用したものではない。

仮りに右理由が、理由として薄弱であるとしても、少くとも被申請人のなした解雇は申請人の労働権を故意に剥奪して、その生活権を危殆にひんせしめる目的でなされたとか、火夫の一般的賃金を低下せしめることにより、不当な利潤を追求する目的でなされたとかいう事情は全く存しないから、解雇権の濫用となるものではない。

(二) 本件のごとき純粋の個人企業にあつては、使用者と労働者との精神的融和、信頼関係が、雇傭契約の重大な基盤をなすものであり、これが根本的に破壊された場合には、いかに労働者が、外形的に労務の提供をなしたとしても、企業の円滑を期することは到底不可能になるものというべきである。とりわけ申請人は、被申請人方に住込んで雇われている火夫であつて、同一家屋内に於て起居を共にしているのであるから、右の精神的融和と信頼関係の存在は、雇用関係を存続していくうえに不可欠の要素となつていたものである。

しかるに、申請人は、些細なことで顧客と争い、その憤激を再三買つており、使用者およびその家族と協調性に乏しく、平素の言動も粗野であつて、これがため、男手のない被申請人方においては、家族は絶えず申請人を恐れて、思うことも充分に言えない状態であつた。

かように、被申請人と、申請人との間は、全く信頼性をかいた状態にあつたのであるから、被申請人が、申請人を解雇したのは解雇権を濫用したものではない。

第六、疎明関係<省略>

理由

第一、当事者間の雇用契約および解雇

申立の理由第一項記載の事実および、被申請人が、昭和三四年四月二四日申請人に対して解雇予告の言渡しをした事実、同年五月二三日に右解雇予告期間が満了した事実は、当事者間にいずれも争がない。

第二、被申請人の申請人に対する解雇の効力

申請人は、右解雇の意思表示が、不当労働行為を構成し、又は解雇権を濫用したものであるから、無効であると主張するので、以下この点について判断する。

一、不当労働行為の主張の当否

(一)  申請人の組合結成活動

証人藤口仁三郎、同二又岩雄、同清武正の各証言および申請人本人尋問の結果ならびにこれにより真正に成立したものと認められる甲第一号証によれば

1 申請人は、浴場の火夫の労働条件を改善するため、労働組合を結成しようと決心し、昭和三四年三月頃から、地区労の事務局次長清武正の助言をえて、申請人が、中心となつて、同じ火夫仲間である藤口仁三郎、二又岩雄、等と協力し他の火夫達の間をまわつて、労働組合結成の賛同署名運動を行つていたこと、

2 右署名運動の結果、約五〇名の賛同者をえたので、同年四月二一日に労働組合結成準備大会を開催し、右大会において申請人が、準備委員長に選出されたこと、

3 同年五月中旬頃に、組合規約が立案され、同年六月一日に、福岡市浴場従業員労働組合が、結成されるにいたり、申請人は同組合の組合員になつたことが、一応認められる。

(二)  申請人の組合結成活動と解雇との間の因果関係

(一) 証人平井嘉一、同宮原勘作、同矢永須直、同二又岩雄、同藤口仁三郎の各証言および申請人本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨を綜合すれば

1 申請人を中心として火夫達が、前記署名運動ならびに組合結成活動をなしていることを、同年三月頃から、はやくも察知した浴場経営者達は、この問題を経営者間で話し合つていたこと。

2 同年三月中旬頃、浴場経営者の一人である「東領湯」の嶽某は、当時同湯の火夫として雇われていた久我某を、同人が、組合加入の署名に応じたことを理由に即時解雇し、他の一部浴場経営者も、その雇用している火夫に対して、組合に加入するならば、解雇する旨通告し、之等経営者が申請人等の組合結成運動を妨害していたこと、

3 被申請人が、申請人に対して本件解雇予告の言渡しをする以前に、福岡県浴場組合(浴場経営者の組合)の幹部である宮原勘作(同組合理事)、末益某(同組合福岡支部理事)、平井嘉一(元同組合小組理事)等が、被申請人の妻青木ハナコに、申請人は、組合結成の中心者となつて活動しているから、解雇したらどうかと勧告していたこと

4 同年四月二〇日頃、前記平井が、同人方の火夫をしている藤口仁三郎に対して「君達は、組合を作つているそうだな、東領湯の火夫もやめさせられたし、松の湯の火夫(申請人のこと)も四月二四日に給料を払つて、やめさせることになつている。」と言明していたこと、

を一応認めることができ、右認定に反する証人青木ハナコ、同平井嘉一、同宮原勘作の各証言部分は措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

以上認定の事実によると、被申請人の申請人に対する解雇は、被申請人が浴場経営者組合の幹部等の前記のような勧告に応じて、申請人が組合結成活動をなしていたことを理由としてなされたものであると推認することができる。

そこで、被申請人の主張する解雇理由の有無について、考えてみる。

(二) 被申請人の主張する解雇理由

被申請人は、申請人に対する解雇理由の第一点は、申請人が浴場業の従業員としての適格性を欠いていたことにある旨主張し、証人青木鶴代、同品川九八郎の各証言および申請人本人尋問の結果によれば、その事例として、

1 申請人が、入浴中の女客の一人が数枚のタオルを洗つているのを見つけて、同客に「一人で風呂にはいるのに四枚も五枚もタオルがいりますか、タオルでも洗濯することにまちがいない。」と言つて、浴場内で洗濯をしないように注意したところ、同客が、当時番台にすわつていた被申請人の娘鶴代に、申請人の叱り方がひどいと苦情を言いに来た事実

2 昭和二九年頃申請人が、浴客の一人品川九八郎に対して、「あんたは、湯銭を払わずに入浴している」と注意したことから、同人と口論をし、そのため、同人は、そのごしばらく被申請人方へ入浴にこなかつた事実

を一応認めることができる。

しかし、右に認定した事実によれば、なるほど申請人の浴客に接する態度には、いささか穏当を欠く点も認められないわけではないが、之等の注意は申請人の職務行為として為されたもので右のような注意によつて客の気分があるていどそこなわれることはやむをえないものというべきであり、しかも右の事件は、すでに数年も前のことであり、当時においては、とりたてて問題にされていなかつたことが証人青木ハナコの証言によつて、認められるので、右事実をもつて、ただちに申請人に解雇されねばならないほどの従業員としての適格性が欠如していたものとは、認めがたい。なお、被申請人は、申請人の従業員としての適格性の欠如の事例として右認定事実以外の事実を主張し、証人吉岡照夫、同杉尾ませのの各証言中には右主張にそうものがあるけれども措信できず、他に右主張事実を認定し且つ右適格性の判断を左右するに足る証拠はない。

次に被申請人は、第二点として、申請人が、従業員としての従順性、信頼性を欠いでいた旨主張し、証人青木ハナコ、同鶴代、同玉田清の各証言および申請人本人尋問の結果を綜合すれば、その事例として、

昭和三四年三月二二日、被申請人方で、申請人と被申請人の長男の婚礼の際の仲人であつた玉田清との間に、言葉のやりとりをめぐつて激しい口論があり、その際右玉田が、被申請人に向つて申請人のようにやかましい人を使う必要はないから、やめてもらえばいいではないかと言つたところ、被申請人が、申請人に「こんな大事な人にそんなことをいうてなにごとか、たつた今やめろ」と怒つて何度も言つていたこと、

を一応認めることができ、証人青木ハナコの証言の中、および申請人本人尋問の結果中、右認定に反する部分は採用しない。

しかしながら、右認定の如き偶発的な事実のみによつては、被申請人が解雇をもつて臨まねばならないほど申請人に従業員としての信頼性、従順性が欠如していたものとは認めがたい。

なお、被申請人は、申請人の従順性、信頼性の欠如の事例として前記認定の事実以外の事実を主張し、証人鶴丸義則、同青木ハナコの各証言中には、右主張にそうものがあるけれども、にわかに採用しがたく、他に右主張事実を認定し且右信頼性、従順性の判断を覆えすに足る証拠はない。

更に被申請人は、第三点として経済上の理由を主張しているけれども、右主張事実を認むべき証拠は全くない。

しかして、以上認定してきた事実はすべて綜合して判断してみても、いまだ申請人を解雇するに足る事由があるものとは解されない。

(三)  不当労働行為の成立

被申請人が、申請人を解雇する理由として主張した事由が、さきにみてきたように一部は単に名目的なものであり、後記の点についても申請人を解雇するに足りるほど重大なものとは解されない以上、被申請人が、申請人の解雇を決意した決定的な動機は、申請人の前述のような正当な組合活動および労働組合の結成運動を理由とするものであると認めるのが相当である。この点に関し、証人青木ハナコ、同杉尾ませのは、被申請人が、申請人の解雇を決定したのは、申請人については日頃からいやな思いをしており、使いにくい人だつたので、解雇したいと思つていたところへ、前記玉田清との口論が起つたので、これをきつかけとしてなされるに至つたものである旨証言しているが、なるほど申請人と被申請人およびその家族との間には、家族同様な親しさが欠けていたことを認めるに難くはないが、弁論の全趣旨によれば、申請人を解雇したいと考えるほど嫌悪していたものとは認められず、また玉田清との口論の際に被申請人が、申請人に「たつた今やめてくれ」と言つていることもし細に右事件全体を検討してみると、被申請人の長男の仲人であつた玉田から申請人をやめさせればいいじやないかと言われたことと、その場の極度に緊張したふん囲気と怒りと興奮とに影響されて、突嗟に被申請人の口から発せられた言葉であつて、冷静な状態で真実ただちに申請人を解雇する意思で発せられた言葉であつたとは解されず、このことは、本件解雇が、右事件の日から約一ケ月も経過してなされているにもかかわらず、右一ケ月の期間を経過するまで解雇をすることのできなかつたような理由について、これを納得させるに足る合理的な根拠が、本件においては認められないところよりみても、一層明らかなものというべきであるから結局青木ハナコ、杉尾ませのの右証言も前記認定を覆えすに足りない。

してみると、被申請人の申請人に対する解雇は、労働組合法第七条第一号に違反し、労働関係の公序に反するものであつて無効なものというべきであり、したがつて、申請人と被申請人との間には現になお雇用契約が存続しているものと認めるべきである。

第三保全の必要

申請人本人尋問の結果によれば、申請人は、被申請人から支払われる賃金を唯一の生活の資としていたところ、本件解雇により被申請人からその就業ならびに賃金の支払を拒絶され、生活に困窮していることが一応認められるので、本件仮処分を求める必要性があるものというべきである。

第四結論

よつて、本件仮処分申請は、理由があるので、保証をたてさせないで、これを認容することとし、申請費用の負担については、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中池利男 宇野栄一郎 阿部明男)

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