福岡地方裁判所 昭和35年(行)1号 判決 1960年12月23日
原告 矢野市三郎
被告 国 外一名
主文
原告の本訴請求のうち、被告森秀男に対し金二十万円及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和三十五年一月十七日から右支払に至るまで年五分の割合による金員の支払を求める部分(請求の趣旨第四項後段)は訴を却下する。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告は
「一、被告国が昭和三十一年十一月一日附でなした別紙目録記載の農地買収は無効であることを確認する。
二、被告国は、原告に対し別紙目録記載の農地につき福岡法務局甘木支局昭和三十一年十二月二十七日受付第一一四一七号所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
三、被告森秀男は、原告に対し別紙目録記載の農地につき福岡法務局甘木支局昭和三十一年十二月二十七日受付第一一四一八号所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
四、被告森秀男は、原告に対し別紙目録記載の農地を引渡し、かつ金二十万円及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和三十五年一月十七日から右支払に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
五、被告両名は連帯して、原告に対し昭和二十八年一月一日以降別紙目録記載の農地引渡しに至るまで一年につき金十二万七千九百七十円及びこれに対する年五分の割合による金員を支払え。
六、訴訟費用は被告等の負担とする」
との判決を求めその請求原因として
一、別紙目録記載の農地(以下単に本件農地という)は、原告の所有地で、もと原告が自作地として耕作していたが昭和二十七年十二月二十七日三奈木村農業委員会の許可を得て本件農地につき被告森秀男の養父森半次との間にその期間を昭和三十二年二月末日までとする小作契約を締結した。
二、被告国は、昭和三十一年十一月一日農地法第九条に基ずき本件農地を原告から買収した上、同日これを更に同法第三十六条により被告森秀男に売渡し、同年十二月二十七日福岡法務局甘木支局受付第一一四一七号、第一一四一八号をもつて、右買収並びに売渡による各所有権移転登記をそれぞれ了えた。
三、しかしながら、被告国のなした本件農地買収処分は次の点において重大かつ明白な瑕疵があつて無効である。
すなわち、
(1) 本件農地は農地法第九条、第六条に基ずく買収の対象となるべき農地ではない。
(2) 仮りにそうでないとしても、被告国は本件農地買収処分をなすに当り、本件農地の所有者である原告に対して買収令書を交付しておらず、またその対価も支払つていない。
これは明らかに農地法第十一条、第十二条に違反する。
なお、後日、右買収令書は福岡県朝倉郡杷木町久喜宮都甲孫平に、本件農地買収対価金二万九千二百三十六円は昭和三十三年十一月十一日甘木農林事務主任倉光久四郎より被告森秀男にそれぞれ交付されていることが判明した。
四、被告国のなした本件農地の買収が無効である以上、被告森秀男の本件農地の占有は何等法律上の権原に基ずかない不法占有であり、また本件農地につきなされた前記買収並びに売渡による各所有権移転登記はいずれもその実体上の権利関係に符合しない無効なものである。
五、そこで、原告は昭和三十三年十二月十二日福岡県知事に対し本件買収処分の無効であること、従つてその取消さるべきことを指摘した請願書を提出した上、自らも再三福岡県庁に赴き当局にこれが裁決を求めたところ、昭和三十四年一月三十一日同県庁農地開拓課長他一名は原告に対し、土地対価を農林省より受領手続を県知事に委任する旨の委任状に原告の実印が押捺してあると言うので、原告が右両名とその委任状を検分した結果右は何人かが偽造印章を押捺して原告名義の委任状を偽造の上これを提出行使したものであることが判明した。
しかして、甘木農林事務主任倉光久四郎も、本件農地について原告の所有権を回復するには被告森秀男の承認を要するから当局において直ちに同人の承認を得たうえ原告の所有権を回復し、その旨の登記簿謄本を原告宛に送付することを確約したにも拘らず未だにこれを履行しない。
六、原告は前記のとおり、被告森秀男の養父森半次との間に本件農地の小作契約を締結したが、その際同所千九百四番地上の木造平家建居宅一棟建坪五坪二合五勺、井戸便所付をも同人に賃貸したところ、被告森秀男はその後右家屋を原告に無断で取毀した。その結果、森半次は前記家屋を原告に返還できなくなつた。
よつて、右被告は原告に対し前記不法行為による損害賠償として右家屋の価格相当額の損害金二十万円及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和三十五年一月十七日から右支払に至るまで民法所定の年五分の割合による損害金の支払義務がある。
七、被告両名は共謀の上、前記の如く、何等法律上の根拠なく被告国において原告所有の本件農地を買収して更に被告森秀男に売渡し、爾来今日まで同人において右農地を耕作することによつてこれを不法占有している。
従つて、右は悪意の占有であることは明らかであるから被告両名は民法第百九十条、第七百四条に従い、その間の収得果実に利息を付してこれを原告に返還すべき義務があるところ、本件農地耕作による平均年間収益は金十二万七千九百七十円であるから被告両名は連帯して原告に対し被告森秀男が本件農地の占有を取得した後である昭和二十八年一月一日以降本件農地引渡に至るまで一年につき金十二万七千九百七十円及びこれに対する民法所定の年五分の割合による利息を付した金額の支払義務がある。
以上の次第で、原告は請求趣旨記載同旨の判決を求めるため本訴請求に及んだと述べた。
立証として、証人山下次男の証言を援用し
被告国指定代理人は「本訴請求中被告国に対する部分を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として
一、請求原因第一項のうち、本件農地はもと原告の所有であつたことは認めるがその余は不知。
二、請求原因第二項は認める。
三、請求原因第三項のうち(1)は争う。
同項(2)のうち、本件農地の買収令書を都甲孫平に交付したことは認めるが、同人は原告と同居の親族でありかつ原告の代理人として右買収令書の交付を受けたものである。
また、当時原告と被告森秀男との間に本件農地の売買契約が締結されていて、その約旨に従い既に右両名間に本件農地の売買代金名下に金員の授受がなされていたので、原告の代理人である前記都甲孫平の承諾を得て、右売買代金と本件買収対価とを三者間で相殺した。
四、請求原因第四項は否認する。
五、請求原因第五項のうち、原告が福岡県知事に対し請願書を提出したこと、原告が再三同県庁に来たことは認めるがその余は否認する。
六、請求原因第七項は否認する。
と述べた。
立証として、乙第一、第二号証を提出し、証人森半次、同都甲正治の各証言を援用した。
被告森秀男は「本訴請求中被告森秀男に対する部分を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として
一、請求原因第一項のうち、本件農地はもと原告の所有であつたことは認めるがその余は否認する。
二、請求原因第二項は認める。
三、請求原因第三、第四項は否認する。
四、請求原因第五項のうち、原告が福岡県知事に対し請願書を提出したこと、再三福岡県庁に赴いたことは不知、その余は否認する。
五、被告森秀男は、昭和二十七年十二月一日原告の娘婿都甲孫平立会の上、原告より本件農地を代金十五万円で買受け、即時に内金一万円を原告に支払つて本件農地の引渡を受けた。
しかして、同月七日原告と被告森秀男の代理人森半次双方から三奈木村農業委員会に対し、本件農地の前記売買について福岡県知事の許可申請をなしたところ、ちようど当時は同農業委員会地区では土地改良法による交換分合計画並びにその実施を推奨していたため、係員より「当事者間に売買事実が間違いなければ、この際農地交換分合手続に便乗してはどうか」と勧められたので右両名合意の上交換分合手続によつて本件農地の所有権を被告森秀男に移転すべく前記係員にその旨依嘱し、翌八日同被告方において残代金十四万円を原告代理人都甲孫平に交付した。
従つて、被告森秀男が本件農地の所有権を取得したについては法律上何等の瑕疵も存しない。
と述べた。
当裁判所は職権で原告本人を尋問した。
理由
一、原告は昭和三十五年五月二十七日本件口頭弁論期日において従来の本件農地買収無効確認等請求事件の請求趣旨を拡張して、被告森秀男に対し金二十万円及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和三十五年一月十七日から右支払に至るまで年五分の割合による金員の支払を求め、その請求原因として、原告は被告森秀男の養父森半次との間に、昭和二十七年十二月二十七日本件農地の小作契約を締結したが、その際同所千九百四番地上の木造平家建居宅一棟建坪五坪二合五勺、井戸、便所付をも同人に賃貸したところ、被告森秀男はその後右家居を原告に無断で取毀した。その結果、森半次はこれを原告に返還できなくなつたので、原告は被告森秀男に対し不法行為による損害賠償として前記家屋価格相当額の損害金二十万円及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和三十五年一月十七日以降右支払に至るまで民法所定の年五分の割合による損害金の支払を求めるというにあるが、
およそ、数個の請求は同種の訴訟手続に依る場合に限りこれを併合して一の訴によることができるとするのが民事訴訟、行政訴訟の原則であり、例外として、抗告訴訟ないしはこれに準ずる行政処分無効確認訴訟における請求と関連する原状回復、損害賠償はその他の請求に限り、本来民事訴訟手続によるべき私法上の請求をも併合することが許容されるに過ぎない(行政事件訴訟特例法第六条第一項)ところ、原告の右請求は本件農地買収無効確認の請求とは何等関連性のない、全く別個の不法行為による損害賠償請求であることはその請求自体により明らかであるから、これを本件に併合して訴求することは許されないものといわなければならない。よつて原告の本訴請求中右請求部分は不適法として訴を却下する。
二、本件農地はもと原告の所有であつたこと、被告国は昭和三十一年十一月一日農地法第九条に基ずき本件農地を原告から買収し、同日更にこれを同法第三十六条により被告森秀男に売渡し同年十二月二十七日福岡法務局甘木支局受付第一一四一七号、第一一四一八号をもつて右買収並びに売渡による各所有権移転登記を経由したことは当事者間に争いがない。
しかるに、原告は被告国のなした本件農地の右買収処分は無効であると主張するので以下この点につき判断する。
三、証人森半次の証言によつて成立を認めうる乙第一、第二号証、証人山下次男、同森半次の各証言並びに原告本人尋問の結果を綜合すると、原告は老令のため本件農地を自作することが困難となつたので原告の長女の婿都甲孫平の仲介により昭和二十七年十二月一日本件農地を被告森秀男に代金十五万円で売渡すことにし即日内金一万円を受領したこと、同月八日右売買について福岡県知事の許可申請のため、原告と被告森秀男の代理人森半次が三奈木村農業委員会に出頭したところ、同委員会書記山下次男より同委員会では県の指令に基き目下管内の土地改良法による交換分合計画並びにその実施を推奨している折から、農地の権利関係の移動は成るべく交換分合の形式によることとし私人間の農地売買は認めない方針であるから、同人等の本件農地の売買も土地改良法による交換分合の形式によつて、其の目的を達するようにせられ度く、ただ既に当事者間で売買契約が成立し、既に代金の一部も支払われているのであればその実質を保持する手段として且買主の不安(代金は支払いながら、売買についての許可が得られないという不安)を解消する為交換分合手続の完了まで賃借権設定の形式を取るよう勧告されたのでこれを了承し右の手続をする為取あえず本件農地について農地法第三条による賃貸借契約許可申請及び売渡仮契約書を提出し、爾後被告森秀男において本件農地を耕作することにしたこと、同日右被告方において前記森半次より残代金十四万円を原告に渡そうとしたところ、原告が都甲孫平に受取るように命じたので原告の面前で右金員を都甲に交付したこと、その後原告は主として福岡市福工新町一丁目次男矢野茂寿郎方に同居し、本件農地は被告森秀男において耕作して今日に至つていること及び三奈木村農業委員会は、その後方針を変更し、本件農地については、交換分合の手続によらず原告を不在地主として農地の買収売渡の手続によつたことを認めることができる。
右認定に反する原告本人尋問の結果は措信し難く、他に前認定を左右するに足る証拠はない。
そこで以上の認定事実に前記争いのない事実を綜合すると、本件農地買収がなされた昭和三十一年十一月一日当時においては、本件農地は被告森秀男の小作地であり、かつ原告の住所は福岡市福工新町一丁目矢野茂寿郎方にあつて本件農地所在地とその市町村を異にすること明らかであるから、本件農地は農地法第六条第一項第一号に該当し、同法第九条の買収の対象となること明白である。
四、本件農地買収の買収令書が朝倉郡杷木町久喜宮都甲孫平に交付されたことについては当事者間に争いがない。
しかるに、被告国は右買収令書交付当時原告は都甲孫平方に同居し、同人は原告の代理人として買収令書を受領した旨抗争するけれども、これを肯認するに足る確証はない。却つて前掲各証拠によると、原告は本件農地を被告森秀男に賃貸した昭和二十七年十二月八日以降は、福岡市の矢野茂寿郎方に主として居住し、ただ時折都甲孫平方を訪れる程度に過ぎなかつたことが認められる。
従つて、本件買収令書は原告に交付されたと言えないこと明らかである。
五、しかしながら、前掲山下、森証人の各証言によると、買収令書を受領した都甲孫平は原告の長女婿であり、原告と被告森秀男間の本件農地売買の交渉については終始仲介の労をとり、かつ原告も右売買については都甲孫平に殆んど全面的に委任していたこと、原告は本件農地の耕作を止めた後は必ずしも居住先が明確でなかつたため、三奈木村農業委員会書記山下次男が本件買収令書を交付するに当り、原告の住居を森半次に尋ねたところ、同人も前記事情から都甲孫平に聞けば原告の消息も判明するものと考え、都甲孫平の住所を教えたので右山下は都甲孫平に、原告に手渡すよう依頼して本件買収令書を交付したことが認められる。のみならず、原告は当時福岡市矢野茂寿郎方に同居していたとは云え、親戚を転々としながら都甲孫平方にも屡々滞在していたことは原告本人尋問の結果によつて認めうるところである。
加えるに、本件農地については先に認定のとおり、原告と被告森秀男間に本件農地を代金十五万円で売買する旨の契約成立し、これについて福岡県知事の許可申請のため三奈木村農業委員会に双方出頭したところ、前記認定の如く、土地の交換分合の形式によつて、実質上右売買を為すよう勧告されてこれを了承し右売買に対する県知事の許可申請の手続を留保し、形式的な賃貸借契約を締結することとしたが、これは飽くまで右当事者間において既に代金の一部も支払われている売買契約の実質を保持するための便宜的配慮に出たものであること、同日中に残代金も完済されていること、本件農地買収並びに売渡はかかる事情をも考慮の上なされたこと等が認められる。
以上の各事実に徴すると、本件買収令書が都甲孫平に交付されたことによつて、原告はその内容を了知しうる機会を全面的に奪われたものではなく、少くとも都甲孫平を通じて買収令書の内容を了知しうる或る程度の可能性が存していたものと認めうるのみならず、前認定のとおり本件農地の買収売渡と、結果的には全く一致する売買契約が、その以前に為されていて、本件農地の買収売渡は、右農地売買契約に対する確認的意味を有するに過ぎなかつたものということができる。
従つて、かかる事情のもとにおいて本件買収令書が原告に交付されなかつたとしても、右は本件買収処分の取消事由となるのは格別、これをもつて当然に本件買収処分自体をも無効となる程重大かつ明白な瑕疵であるとは解し難い。
(なお、原告は本件買収処分について農地法所定の訴願をなした形跡も認められないから、本訴をもつて本件買収処分の取消を求める抗告訴訟としても不適法である)
六、原告は本件買収対価の支払がなされていないから本件買収処分は無効であると主張するけれども前掲乙第一、第二号証、証人山下次男、同森半次の各証言によると、当時原告と被告森秀男間に本件農地売買代金名下に金十五万円が既に授受されていたので原告代理人都甲孫平、被告森秀男及び国の三者間で右売買代金と本件買収対価とを相殺したことが認められる。右認定に反する原告本人尋問の結果はたやすく措信し難く、他にこれを覆すに足る証拠はない。而して右の事実に、前認定の本件農地の買収売渡が、実際は既に当事者間に売買契約が為され売買代金の支払が完了していた事実を前提とし、これを確認する意味を有したに過ぎなかつた点を併せ考えると、買収対価の支払が為されなかつたことは、本件農地買収処分を無効ならしめる程の瑕疵とはいい難い。従つて、原告の右主張も採用できない。
七、以上の次第で、原告の本件農地買収処分の無効主張は理由がないこと明らかであり、他にこれが無効原因となるべき事由も認められない。
そうすると、本件農地買収の無効なることを前提とする原告その余の請求も理由がないこと当然である。
八、よつて、原告の本訴請求中先に不適法として訴却下した部分を除くその余の部分はいずれも失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条に従い主文のとおり判決する。
(裁判官 中村平四郎 唐松寛 牧山市治)
(別紙目録省略)