福岡地方裁判所 昭和38年(ヨ)295号 判決 1964年4月10日
申請人 野口美津男 外一名
被申請人 スタータクシー株式会社
主文
申請人らが被申請人に対し雇傭契約上の地位を有することを仮に定める。
被申請人は、申請人野口美津男に対し金八四、〇〇〇円及び昭和三九年三月以降本案判決確定に至るまでの間毎月二八日限り金一二、〇〇〇円を、同坂上道人に対し金一〇五、〇〇〇円及び同年同月以降本案判決確定に至るまでの間毎月二八日限り金一五、〇〇〇円をそれぞれ仮に支払え。
申請人らのその余の申請はいずれも却下する。
訴訟費用は全部被申請人の負担とする。
(注、無保証)
事実
申請人ら訴訟代理人は、主文第一、第四項と同旨及び「被申請人は、申請人野口美津男に対し金一〇、四一〇円及び昭和三八年八月以降毎月二八日限り金二二、三〇八円を、申請人坂上道人に対し、金一三、四七三円及び同年同月以降毎月二八日限り金二八、八七二円をそれぞれ仮に支払え。」との裁判を求め、その理由として、
一、被申請人は一般乗用旅客自動車運送を業としているものであるが、申請人らはいずれも自動車運転手として被申請人に雇われ勤務していたものであり、且つ、福岡県自動車交通労働組合(以下福自交という)の組合員であつて、そのスタータクシー支部(以下単に支部という)に所属している。
二、ところで、申請人らは、昭和三八年七月六日、被申請人から、同日付で就業規則第五二条により懲戒解雇する旨の通知を、それぞれ受けた。
三、しかしながら、申請人らは、いずれも右の就業規則第五二条に定める懲戒事由に該当するような行為をしたことはなく、従つて、本件各懲戒解雇は、同条の解釈適用を誤つてなされたものとして無効のものである。
四、仮りに、申請人らに同条該当の行為があつたとしても、本件各懲戒解雇は、労働組合法第七条第一号及び第三号により使用者に禁止されているところのいわゆる不当労働行為であるから無効である。即ち、福自交は、全国自動車交通労働組合連合会(以下全自交という)加盟の自動車交通関係労働者の労働組合であるが、右の全自交は、日本における最も戦闘的な労働組合の一つで、ここ数年来全国的にタクシー業関係労働者を中心として急速に組織を拡大してきた。福自交も、これに伴い福岡県内のタクシー業関係労働者を急速に組織に結集してきたが、申請人らの所属する支部は、福自交の中でも中核をなす支部の一つであつた。そこで、最近全自交に対し、経営者からの組織攻撃と官憲による弾圧が全国的な規模で集中的に行なわれており、被申請人も又日経連の指導の下に、支部組織の切りくずしの機会をねらつていたが、昭和三八年五月初旬から積極的な支部分裂工作を開始し、同年六月一四日支部所属組合員の約三分の一を脱退させて、太陽スター労働組合(以下第二組合という)を結成させるに至つた。そして、その後も、被申請人は、様々な形で支部所属組合員に対し、第二組合員と比べて不利益な差別待遇を行ない、支部の組織及び運営に対する支配介入を行なつているが、本件各懲戒解雇もその一環で、支部所属組合員の中でも熱心な組合活動をしている申請人らを解雇することによつて、支部の組織を切りくずし、もつて支配介入をなすことを決定的な理由としてなされたものである。
五、右のように、本件各懲戒解雇はいずれも無効のものであるから、申請人らは、従来どおり被申請人に対し雇傭契約上の地位を有するものということができる。
そして、被申請人は、本件各懲戒解雇の通知の日の翌日である昭和三八年七月七日から、申請人らの就労を拒否し、賃金を支払わないが、右就労の拒否は、本件各懲戒解雇が無効のものである以上、被申請人の責に帰すべき事由というべきであるから、申請人らは、同日以降も賃金の支払請求権を有するものといわねばならない。ところで、本件解雇通知当時の申請人らの賃金は、いずれも非固定的なものであつたが、同年一月から六月までの六カ月分の賃金の合計は、申請人野口については金一三三、八五〇円、同坂上については金一七三、二三一円であつたので、その各一カ月平均額である前者についての金二二、三〇八円、後者についての金二八、八七二円をもつて、その後の各一カ月分の賃金額とすべきである。なお、賃金は、毎月二八日に、前月の二一日から当月の二〇日までの分について支払われることになつているので、同年七月分としては、同月七日から二〇日までの一四日間の分として右各平均額にそれぞれ三〇分の一四を乗じた金額、即ち申請人野口については金一〇、四一〇円、同坂上については金一三、四七三円が支払われるべきであり、同年八月以降は、それぞれ前月の二一日から当月の二〇日までの一カ月分として、右各平均額が、毎月二八日限り支払われるべきである。
六、申請人らは、いずれも自己の労働力を売ることによつてしか生きることのできない賃金労働者で、被申請人から得る賃金が唯一の収入源である。申請人らは、目下被申請人を相手方として雇傭契約上の地位の確認を求める本案訴訟を提起するよう準備中であるが、右の事情のため、その確定まで待つていては回復し難い損害を蒙ることが明らかである。
よつて、それまでの間、申請人らが被申請人に対し雇傭契約上の地位を有することを仮に定め、且つ前記昭和三八年七月分以降の賃金の仮払いを命ずることを求めて本件仮処分の申請に及んだ。
と述べ、
被申請人の懲戒解雇理由についての主張に対し、申請人坂上が、被申請人主張の日時に、その主張の車に乗車勤務中、その主張の区間申請人野口を運送したこと、その際その主張の場所まで料金メーターを倒さないで運行したこと、料金九〇円と申告したことはいずれも認めるが、その余の主張事実は否認する。申請人坂上は、そのとき料金メーターを倒すことを忘れ、同野口は、これに気付かなかつたものであつて、メーターを倒さなかつたことについて申請人両名に故意はなかつた。と主張した。
(証拠省略)
被申請人訴訟代理人は、「本件申請を却下する。訴訟費用は申請人らの負担とする。」との裁判を求め、答弁並びに主張として
一、申請の理由一、二の事実は認める。
二、申請の理由三の事実は否認する。
申請人らを懲戒解雇にした理由は次のとおりである。
申請人坂上は昭和三八年六月一四日午前一時四〇分頃、被申請人会社タクシー第八八号車に乗車勤務中、申請人野口を福岡市箱崎新楽町の同人方自宅より同市渡辺通り日赤前所在の被申請人の営業所まで運送したが、申請人野口の要請を容れ、同人の右自宅より同市柳町所在の柳橋付近に至るまで料金メーターを倒さないで運行し、同所から始めてメーターを倒し、これによつて右走行区間の料金を不正に九〇円と申告したものである。
申請人坂上の右所為は、被申請人の就業規則第五二条第五項第一号第六号第一三号に定める懲戒解雇処分の事由に該当し、申請人野口は、これに共謀したものである。
三、申請の理由四の事実は否認する。
なお、本件解雇が正当な懲戒処分であることは、右二のとおりであるのみならず、申請人らは、いずれも昭和三七年八月末に被申請人方に入社した比較的新入の社員であつて、組合の幹部でないことは勿論、組合活動を弾圧するために特に名目をつけて解雇しなければならない程の有力な組合活動家ではない。
四、申請の理由五の事実中、申請人らの賃金が非固定的なものであること、昭和三八年一月から六カ月分の賃金合計額が申請人ら主張のとおりであること、同年七月七日からの賃金を支払つていないこと、被申請人の賃金支払方法が申請人ら主張のとおりであることは、いずれも認めるが、その余の主張は争う。
五、申請の理由六の事実は否認する。
申請人野口の妻は飲食店を、同坂上の妻は果実商をそれぞれ経営しているし、又運転手としての働き口は他にいくらでもあるから、本件仮処分の必要性はない。
と述べた。
(証拠省略)
理由
一、被申請人が一般乗用旅客自動車運送を業としていること、申請人らがいずれも自動車運転手として被申請人に雇われ、勤務していたところ、昭和三八年七月六日、被申請人から、同日付で就業規則第五二条により懲戒解雇する旨の通知をそれぞれ受けたことは、当事者間に争いがない。
二、そこで、先ず被申請人主張の懲戒解雇の理由について考える。
(一) 申請人坂上が、昭和三八年六月一四日午前一時四〇分頃、被申請人会社タクシー第八八号車に乗車勤務中、同車でもつて申請人野口を福岡市箱崎新楽町の同人の自宅から同市渡辺通り日赤前所在の被申請人の営業所まで運送したこと、その際同市柳町の柳橋付近に至るまで料金メーターを倒さなかつたこと、そして同所からようやく料金メーターを倒し、そこから右営業所までの料金九〇円についてのみ被申請人に申告したことは当事者間に争いがなく、証人田中定雄及び同福井守の各証言と右各証言によつていずれもその成立を認めることのできる疎乙第二、第三号証の各記載を合わせ考えると、右の料金メーターを倒さなかつたことについては、申請人野口の乗車直後申請人らにおいて互に意思を通じあつたこと、申請人野口の右運送についての料金は、当初からメーターを倒していれば約二七〇円となるはずであつたことを認めることができる。右認定に反する申請人両名の各本人尋問の結果及び疎甲第七号証の一、二の各記載はいずれも採用できない。
(二) ところで、成立に争いのない疎甲第二号証によると、被申請人の就業規則第五二条には、「従業員に左の行為があつたときは、各号に規定する範囲で懲戒する。」として、その第五項に「懲戒解雇」とあり、同項第一号に、「第六条第一項六、八、十二、十三号、第二項八号後段、九、十号に違反したとき。」と、又同項第六号には、「料金メーターを不正に操作したり、又故意に附属部品、連繋部品封印を取外したり或いは毀損したとき。」と記載されていること、そして第六条には、「従業員は次の各号を守らなければならない。」としてその第二項第九号に、「上長の許可なく無料にて、又メーターを倒さず何時如何なる場合と雖も前部、後部座席を問わず乗車させないこと。」と記載してあることを認めることができる。
してみれば、申請人らの右所為は、いずれも右就業規則第五二条第五項第一号及び第六号、第六条第二項第九号に一応該当するものといわねばならない。
そして、右のような懲戒規定の解釈運用については、社会通念に照らし著しく苛酷不当と判断されない限り、使用者の裁量に委ねられていると解するのが相当である。
そこで、この点を本件について考えてみると、メーター不倒によつて会社に与えた損害は僅少な額にすぎず、又乗車させたのが職場の同僚であること等からいつて事案は軽微であるといえないこともない。しかしながら、一方証人田中定雄及び同福井守の証言と証人福井の証言から真正に成立したものと認められる疎乙第一五ないし第一九号証を綜合すると、乗車料金はタクシー営業の存立の根幹をなし、しかも運転手による料金の不正は防止が困難であるため、これがたまたま発見されたときは事案の軽重を問わず他戒の意味からも重い処分をするのがタクシー業界一般の方針であることが認められ、これらの事実を比較衡量すれば、右の程度の苛酷不当性を有するとは認め難く、従つて、本件各懲戒解雇が就業規則の解釈適用を誤つたものとしてそれ自体で無効であるとまですることはできないといわねばならない。
三、しかしながら、申請人らの不当労働行為の主張についてはなお考察をしなければならない。何となれば、正当な組合活動をしたこと又は労働組合に対する支配介入の意図と解雇との間に相当因果関係が存在するときは、他に解雇理由があつたとしても当該解雇は不当労働行為としてその効力を否定するのが相当と解されるからである。
よつて、次にこの点について判断する。
(一) 申請人らが支部に所属する福自交組合員であることは当事者間に争いがなく、証人諸井義則、同安永猛、同梅野光則及び同蒲池雅徳の各証言並びに申請人らの各本人尋問の結果を綜合して考えると、従来被申請人会社では福自交スタータクシー支部が唯一の組合であつたが、昭和三八年四月頃から、被申請人による支部組織の切りくずしが、支部所属組合員に対する買収、供応という形でかなり激しく行なわれたこと、その結果同年六月一四日、支部組合員の約四分の一に当る四十名余りを脱退させて第二組合を結成させるに至つたこと、その後も被申請人は、残りの支部組合員に対し、買収説得等の方法で福自交を脱退して第二組合に加入するよう勧誘し、もつて支部の組織の弱化に努めていること、申請人坂上については別段組合活動というべきものの事例はないが、同野口は支部大会において殆んど毎回議長に選任されていたし、同僚の懲戒処分について被申請人方責任者に抗議をしたこともあつたこと、本件懲戒解雇の理由とされた事実のあつた後未だ解雇の通知前、第二組合員である申請外池口が申請人坂上に対し、被申請人側の意向を受けて、「右の事実があつたについては、任意退職して欲しい。会社としては君をやめさせる必要はないが、野口をやめさせるためにはどうしても君に身を引いてもらわねばならない。野口は組合活動が活発だし、運収もあがらん上に欠勤も多い。やめてしばらくしたら、君については又会社に復帰できるようにしてやる。」旨勧告したことを認めることができる。右認定に反する証人田中定雄の証言は採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
(二) 右事実によれば、申請人野口に対する本件懲戒解雇は、その組合活動を理由とし、ひいては支部の組織の切りくずしを意図してなされたものと認めざるを得ず、憲法第二八条、労働組合法第七条第一号第三号、民法第九〇条に則り、無効のものというべきである。又申請人坂上については、同野口を解雇するための手段として懲戒解雇されたものと認めるべきであり、従つて、右解雇は、同野口の解雇による支部組織の切りくずしの一環としての解雇ということができるので、憲法第二八条、労働組合法第七条第三号、民法第九〇条に則り、無効のものというべきである。
四、してみれば、申請人らは、いずれも従来どおり被申請人に対し雇傭契約上の地位を有するものといわねばならない。
そして、被申請人が昭和三八年七月七日以降申請人らに対し賃金の支払いをしていないことは、当事者間に争いがなく、被申請人が本件各懲戒解雇を理由として解雇通告日以降申請人らの就労を拒否し、よつて申請人らはその労務の提供をなすことができなくなつたことは弁論の全趣旨によりこれを認めることができるから、民法第五三六条第二項により、申請人らは、右同日以降も反対給付たる賃金の支払いを受ける権利を失わないものというべきである。ところで、申請人らの賃金がいずれも非固定的なものであることは当事者間に争いがない。しかして、右同日以降支払われるべき賃金額は、労働基準法第一二条に則つて算出したいわゆる平均賃金額によるのが相当である。即ち、申請人らの賃金は、毎月二八日に前月の二一日から当月の二〇日までの分について支払われる定めであることは当事者間に争いがないので、同年六月二〇日から起算してそれ以前の三カ月間の賃金総額を、その期間の総日数である九二で除したものが右の平均賃金となるところ、いずれも成立に争いのない疎甲第三号証の一、二の記載によると、申請人野口の右期間の賃金総額は金六二、〇三四円、同坂上のそれは金八〇、八九五円と認められるから、その平均賃金は、前者が金六七四円二七銭、後者が金八七九円二八銭となる。従つて、申請人らは、昭和三八年七月以降毎月二八日限りその前月の二一日からその月の二〇日までの日数(但し昭和三八年七月分は一四日)に右各平均賃金額を乗じた金額につき、それぞれ支払いを受ける権利があるというべきである。
五、一般に、労働者が使用者の不当解雇により当該職場に勤務し得なくなつた場合には、特段の事情のない限り精神的にも経済的にも著しい損害を蒙るものといわねばならない。ところで、申請人の各本人尋問の結果によると、申請人らはいずれも被申請人からの賃金以外に収入源がないこと、申請人野口においては、妻と子供二人の生活で、妻がめし屋をやつているけれどもその収入だけでは一家の生計を維持すると足りないのみか、同申請人にはかなりの借金がある上、この先子供らの就学を控えてその学資も入要になつてくること、同坂上においては、妻と子供二人の生活で、妻が菓子等の販売をしているが、生計費には事欠き、又売行不振のため問屋その他に借金があるような状態であることが疎明される。
右の事情に徴すれば、本件仮処分の必要性は一応これを肯認することができる。なお、成立に争いのない疎乙第三三ないし第四三号証と証人福井守の証言によれば、被申請人主張のとおり、現在一般に自動車運転手の働き口が多数あることが疎明されるが、このことがあるからといつて直ちに右の必要性を否定することはできない。ただ賃金については、労働基準法第二六条の趣旨をも参酌し、前記被保全権利の範囲内において、申請人野口については、昭和三八年七月二一日から同三九年二月二〇日までの分として月額一二、〇〇〇円の割合による合計金八四、〇〇〇円及び同年三月以降本案判決確定に至るまで毎月二八日限り前月の二一日から当月の二〇日までの分として右月額相当額の支払いを求める限度において、又同坂上については、同三八年七月二一日から同三九年二月二〇日までの分として月額金一五、〇〇〇円の割合による合計金一〇五、〇〇〇円及び同年三月以降本案判決確定に至るまで毎月二八日限り前同様の趣旨で右月額相当額の支払いを求める限度においてそれぞれ右の必要性を認めるのが相当である。
六、よつて、右の限度において本件仮処分の申請を認容し、その余は却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 江崎弥 諸江田鶴雄 伊藤邦晴)